あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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エピローグⅡ/Ⅰ

その後、女医から天幕を追い出された俺は渋々軍指令所に戻り第二次アスターテ戦の事後報告を聞いていた。その内容は膨大で精度に欠けた情報も数多く出回っていた為、一時は緘口令を布くなどして混乱を避ける事になる。通常であれば戦時中と云う事もありおおざっぱに把握できていれば良しというところなのだろうが、あえて一日使ってでも情報の整理に務めた。その間に天幕を訪れたアイスが挨拶に来た。

 

「ラインハルト様の御蔭で我が領土は守られました。我が領内の人間は一生この日の事を忘我する事はないでしょう。.....ハイドリヒ伯として感謝を」

「助けられたのはお互い様だ。結局あの時、駆けつけるのが間に合わなければ負けていただろう。この戦かいの勝利は俺とお前どちらが欠けていても手にする事はできなかった」

「ラインハルト様が窮地の際は次は私が駆けつけます。.....それまでお達者で」

「.....ああ、お前も無理はするなよ」

 

アイスとは此処で別れる事になる。

彼には撤退した連邦軍を追撃する役目があるからだ。

ハイドリヒ領内に残る敵を一掃する。それが伯爵としてのアイスの務めだ。

もう心配する事はないだろう。この戦いで多くの臣下から認められたアイスならば、もう俺が手を貸す必要は無い。きっとハイドリヒ領を守り切るはずだ。

 

彼は増援を待たずして西の森に消えた。その背に軽騎兵団を伴なって。

六万もの軍勢が居なくなった事でアスターテ平原も大夫スッキリした。

だからと云うわけではないが滞っていた報告が流れてくるようになる。

そしてその報告がようやく俺の耳に入る。

Bー17爆撃機の空爆によって消息不明となっていたオッサーが生きていた事が判明したのだ。負傷したものの命に別状はないようだ。その報告が遅れたのも今の今まで意識を失って救護室で眠っていかららしい。起きたら戦いが終わっていた事を聞き悔しそうにしているとの事だった。

それを俺は苦笑しながら聞いた。

 

朗報といえばそれくらいだ。

後は夥しい犠牲者の数や喪失した兵器類等の見積もりが延々と報告書として送られてきた。

その中には俺が見知った者達も含まれる。

誰も死なない戦争なんてものはない。分かってはいた。だがそれでも刻まれた傷は深く苦い。勝利は蜜のように甘いと言うがアレは嘘だな。勝利は血と鉄の味だ。

 

さらに待機すること二日間。

アスターテ平原にようやく待ち望んでいた者達が現れた。

帝国軍本隊その数――約30万人。ぞろぞろと途切れる事のない赤い川が平原に到着した。

軍を率いるのは帝国元帥ガロア・ミュッケンベルガー将軍。

齢六十にして錚々たる偉丈夫を誇る男だ。

彼の到着で反攻作戦『幻狼の扉』が発動した事を知る。

作戦の存在は知っていた。

 

というより、その作戦企画書を製作したのは他でもないラインハルトだ。

父親である皇帝の元に登城した際、来る連邦軍の進撃を予期していたラインハルトは、あの日、反攻作戦を上奏していた。その時は、一笑に付されて終わった。

だが事態は急変する。

まさか上奏した半月後、本当に連邦軍が攻め込んでくると思っていなかった帝国軍上層部は混乱した。作戦本部はまるで対応できておらず、効果的な対抗策を話し合われたが、日々を無為に過ごすだけに終わった。そんな時に目を向けられたのがラインハルトの作戦だ。

 

上層部は目を瞠った。

自分達が何日もかけて作った作戦案よりも優れていたその内容に。

実用的と判断した首脳部。

すぐさま埋もれかけた作戦は実行に移された、というわけだ。

経緯を知って納得するラインハルトは上層部の無能ぶりを改めて実感した。

 

屈辱なのは軍部だろう。

一度は嘲笑った作戦を使用するしかないのだから。

恐らくガロア将軍が出張ったのも、もう失態を見せられないという、思惑の表れだ。

わざわざアスターテ平原に来たのも、つまりここからはラインハルトに出番はない。と言いたのだろう。結局、ラインハルトは第三機甲軍を同行していたウォルフに返すと、軍の思惑通り戦場を後にする事になった。元からそのつもりだったので異論はない。ラインハルトはそう言わんばかりだった。

 

 

そして――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

黒真珠の間で行われている舞踏会から、少し離れた中庭の椅子にラインハルトは腰掛けていた。

晩餐会の祝宴内容はアスターテ平原の勝利を祝ってのものだ。

主役であるはずのラインハルトが人の全くいない中庭に居る理由は――ぶっちゃけ面倒だから逃げて来たわけである。半月前までは虚け皇子と呼ばれていた自分が、今ではアスターテの英雄だ。

手の平を返した様に褒めたたえてくる連中が煩わしすぎたのだ。

遠くから明るい音楽が聞こえてくるのを、鼻唄混じりに口ずさみ。

やがてため息を吐いた。

 

「こんな事をしている場合じゃないんだけどな」

 

戦争はまだ続いている。

恐らく年内に終わる事はない。いつ終わるのかも分からない戦争だ。

いまもどこかで戦っている兵士がいる。

だがココにいる連中は戦争を遠い異国の出来事とでも思っているらしい。

自分達には関係の無い事だと、繁栄を享受している。

それがどれだけの血税で賄われているのかも知らずに。

 

確かにアスターテの戦いは大きな勝利だ。

祝う価値は十分にある。戦意高揚に繋がるなら大いに結構な事だ。

――それでも手放しで喜ぶ気にはなれないがな。

 

俺がこの舞踏会に出席したのは必要だったからだ。

大勢の敵を地獄に叩き落す事になったのも、その為だ。

そう、俺がアスターテで三十万もの将兵を殲滅したのには理由がある。

それは――

 

「戦争の早期決着。――()()を結ぶためには必要な事だからなぁ」

 

連邦政府との間に条約を結び戦争を終わらせる、全てはその為だ。

だからラインハルトは大勢の敵を殺した。その後、訪れる真の平和のために。

この馬鹿げた戦いを終わらせるためなら、ピエロにでも英雄にでもなってやる。

出たくもない晩餐会に出席したのも次の上奏合議に入る為だ。

褒美は要らないが上層部に訴える必要がある。

 

「そうなるとまた親父の命令を拒否する事になりそうだが.....まあいいか」

 

皇帝の意に背く事のはずなのに、そこはあっけらかんとしたものだ。

むしろ楽しみですらある。

大事なのは選択肢だ。

例えどんな結果になろうとも選択を間違えなければ最悪には至らない。

その為ならば平気で皇帝の下賜も辞退するつもりだ。

そんなだから虚けと呼ばれるのだが、ラインハルトは全く気にしない。

 

それを考えると気分も乗って来る。今なら音楽と相まって踊りの一つでも披露してやっても良いとすら思う。相手がいないなら歌でも歌うかと本気で考えていると、良い所に来客が来た。

 

「こんな所にいたのですね」

 

慣れ親しんだ声に顔を上げると、庭園の小道からセルベリアが姿を見せた。

今日の服装はいつもと違い、舞踏会用に仕立てられた純白のドレスだ。

私用の衣装ではないだろうから、会場に保管されていた無数のドレスの内からコーディネートされたのだろう。それにしても珍しい、彼女はそういった服を嫌がると思ったのだが。

何はともあれ仕立て人は良い仕事をした。

特に体のラインがハッキリわかるところが完璧だ。

プロポーションが抜群の彼女に良く似合っている。

 

「....街中に立っているだけで広告料を取れそうだ」

「え?」

「なんでもない、それよりどうした舞踏会は?」

「殿下こそ、主役がいないと令嬢方が残念そうでしたよ」

「退屈だから抜け出してきた」

「私もです」

子供がコッソリ抜け出してきた時の様で、おかしくてお互い笑みを浮かべ合う。

ラインハルトが隣を軽く叩く素振りを見せると、セルベリアはそこに座った。

暫く無言の時間が流れる。

だが嫌な空気じゃない落ち着く。

思えば不思議な距離感だ。俺と彼女の関係はなんだろう。

 

「殿下お体の具合はいかがですか?」

「お前今日だけで十回ぐらい同じことを聞いてないか?

戦場で倒れたのは一週間以上も前の事だし、疲れてただけだもう大丈夫さ」

「心配なんです。殿下は危険な事を好む性質なので」

「そんなことは無い。俺は安穏としたいのに周りがそれをさせてくれないんだ」

俺は城に籠って楽して生きたいだけなのに。

あんな命が幾つあっても足りない戦場はもうこりごりだ。

愚痴を漏らすとセルベリアは切なそうに微笑んだ。

 

「私も殿下には安全に過ごして頂きたいです」

「そうだな帰ったら菜園を造ってみるのもいい、命を創る事ほど素晴らしい事はこの世界にない」

「私も手伝ってよろしいでしょうか」

「勿論だ来るものは拒まないさ、何であろうとな」

色々とやる事もあるが、

城に戻れば少しは時間も取れるだろう。

そうと決まれば親父から褒美とやらを受け取って.....。

そういえば。

 

「リアにも褒美を与える約束があったな」

「それは.....」

「何でも願いを叶えてやるというやつだ」

我ながら大それた約束をしたものだ。

俺では叶えてやれない程の願いだったらどうしようか。

少しだけ心配になった帝国の皇子に黙りこくっていたセルベリアが何かを決意したように口を開いた。

 

「本当に何でも叶えてくれますか?」

「も、勿論だ俺に出来る事なら何でも言うとよい」

「.....それでは、この想いを伝える事を許してください」

そんな些細な願いをした後に彼女は言った。

 

「愛しています。...あの日より殿下をお慕いしてまいりました」

ずっと言えなかった。秘めた思いをようやく伝えることが出来た。セルベリアの表情はそんな達成感にも似た感情と不安が混ざり合った事で、何とも言えない顔になっている。つまりドキドキで胸が一杯だ。

 

「.....」

告白を受けるずっと前から彼女の想いに俺は気が付いていた。

だけど気づかないフリをしてきた。彼女の想いには答えられない。そう思っていたからだ。

何故なら俺は――人間じゃないからだ。

全てを話せば彼女に嫌われてしまうだろう。

それが怖かった。

 

――けど、ずっと悩んでいた気持ちにケリを着け、勇気を振り絞ってセルベリアは告白してくれた。だったら俺もその気持ちに応えなければならない。

この人になら俺の秘密を知ってもらいたい。

そう思ったラインハルトは墓場まで持って行くつもりだった秘密を、とうとう話すことにした。

 

「リア、聞いてくれ――」

 

 

 

 

『俺は生まれてから3年で母親に捨てられた』そんな前置きで始まった殿下の語りは、それまでの私が知るラインハルトという人間の印象を根柢から覆す事となった。

事の始まりは殿下が生誕されて3歳の折、母親の愛を一身に受けて何不自由なく過ごしていた殿下は日々にある違和感を覚えるようになった。知らないはずの事を知っている。

本で読む知識も、景色に移る物体も殿下の目に新鮮に映ることは無かった。

 

――遠い異邦の誰かの記憶が俺にはあったのだ。

最初は些細な事柄を思い出すだけだったが、時間が進むにつれ限度が酷くなった。

この世界に存在する物から存在しない物まで。とりわけ多かったのは宇宙を渡る船の知識だ。

それは子供が知るには異常に高度な知識だった。

そんな記憶がおもちゃ箱をひっくり返した様な勢いで思い出されていくのだ。

当然だが――俺は発狂した。

 

それまでの快活な性格は失われ、部屋に引きこもり毎日何かをブツブツと呟く気味の悪い幼児になった。

そんな俺をあっさり母親は見限った。悪魔付きと思われたらしい。まあ半分は正解みたいなものだから仕方ない。

でも当時の俺は膨大な知識に押しつぶされる恐怖で怖くてたまらなかった。

母親という庇護を失った俺を気に掛けてくれる者はいない。

孤独の中で死ぬ寸前だった俺を救ってくれたのは義兄の母上だ。

邸宅に招いて一緒に暮らす事になった。叔母上は優しい人だった。

自らの子供ではない俺に対しても分け隔てなく愛情を注いでくれたんだ。

そこでようやく俺は自分という存在を確立する事ができた。

 

そんな幸せの日々も長くは続かなかったんだが――

こうして俺は俺になった。生まれ変わったんだ。

だけど俺という存在が異質なのは変わらない。実の母親が化け物と呼んだくらいだ。真っ当なモノじゃない。だから俺は誰かに愛されていい存在じゃないのさ。

 

そう言って微笑む殿下は寂しげだ。

知らなかった殿下にそんな秘密があったなんて。

思えば昔から私には理解できない不思議な事を言ったりしていたのも、前世の記憶が関係していたのだろう。理解はした納得はできない。なぜ殿下はそんな事で自分は愛されるべきではないと思っているのだろうか。

 

「本当は殿下は私の事が嫌いなのではないですか?」

「そんなわけないだろ好きに決まっている!」

「本当ですか?私こそ化け物です、他の者にはない力を持っている。比べてみれば十人中十人が私の事を化け物と恐れるでしょう」

「俺はそんな事思ったことは無い、超能力というのは前の世界にも存在した。お前はどこにでもいるただの女だ。だが俺は魂から違う」

「私にとっても同じことです、殿下はどこにでもいるただの男です。化け物の私に優しくしてくれた唯一無二の人.....そんな人を前世の記憶があるからと嫌うはずがありません」

「.....っ」

 

俺は断言するセルベリアの言葉が嬉しかった。受け入れられるとは思わなかった。

記憶を持っている事がコンプレックスに感じていた俺にとってそれだけで救われた思いだ。

人は引け目に思っていた事を、認められた時ほど嬉しい事はない。

こんな俺を受け入れてくれるというのなら、俺はお前を――

 

舞踏会から最終演目の交響曲が流れて来た。

ラインハルトは立ちあがり手を差し伸べる。

 

「せっかく此処に来て一回も踊らないのはつまらん、相手をしてくれないか」

「......はい!」

 

舞踏会には決まりがある。

最後の演目では伴侶としか踊ってはいけないという決まりだ。

伴侶をもっていない独身の男が誘う場合、それは愛の告白となる。

月が綺麗ですね――という感じだ。

つまりラインハルトは古典的表現でもって迂遠にセルベリアの告白に応えたのである。

セルベリアはそれを知らなかったが、どうでもいい事である。

彼と踊るのを七年前の舞踏会のあの日からずっと夢見ていたのだから。

 

「リア――」

「は、はい?....ん」

 

夢見心地で踊っていると唐突にラインハルトに呼ばれて、気づけば唇を奪われていた。

同時に演目の歌も終わる。静まり返る中庭で二人は唯一の鼓動を確かめ合う程に抱き合う。このまま時間が止まればいいと思った。――だが突然その静けさが破られる。

遠くの草陰からガサリと音が鳴る。

 

「――誰だ!?」

 

セルベリアをして近くに居た者の気配を感じられなかった。完全に気配を隠していたその何者かは驚いたように走り去る。黒い影が突風の速さで横切り庭園の奥に消えた。直ぐに追いかけるがドレスを着ていたセルベリアが追いつけるはずもない。直ぐに見失った。

セルベリアが捜索している間に、ラインハルトは草葉の影からある物を見付ける。

 

「......これは」

 

ラインハルトも見た事のある意外な物だ。

....何故これがここに?本来ならばあるはずのない物だ。

それはダルクス紋様の描かれたストールだった。

もしやと思いセルベリアが戻ってくる前にそれを懐に入れた。

 

 

 

 

まさかこれが後に、自分を巡る騒動のキッカケになるとは、この時はラインハルト自身も思いもしなかったであろう。

それが分かるのはもう少し後、戦乱只中のガリア公国での事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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