あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十一話

ダハウの部隊が撤退した事で森を抜けられるようになったラインハルト達が中部地方に入って僅か半日が経過した時の事だ。第七小隊が交戦した森に、二十人余りの部隊がやって来た。

彼らは黒い衣装に身を包んでいる。

この時、まだガリア正規軍は街道に残っていたが彼らは一目を避けるように、

ただ静かに森の中に入った。

まるで彼らと出会うのを嫌うように。

 

それが彼らに課せられた罰であった。

彼らは懲罰部隊422——通称ネームレスと呼ばれる部隊だった。

その忌み名の通り彼らには名がない。名前を軍に奪われているからだ。

理由は多々ある。だがいずれもが軍規違反を行った者達だ。

懲罰部隊 隊長№7(本名クルト・アーヴィング)もその一人だった。

彼は奪われた名前を取り戻し元居た正規軍に復帰すべく任務に励んでいた。

 

今回の任務は、とある外国籍の男の素性を調べるというものだ。

対象の男の名前はハルト。

商会を仲介して入国した旅行者風の夫婦の片割れらしい。

表向き怪しい所は無いが、上の命令だ。

何かしらあるのだろう。

そこまでは知らされていないが。

とにかくネームレスに下された命令は男を追跡する事だ。

これまでに比べれば比較的簡単な任務である。

仲間達の表情も明るい。今夜はここで宿営する。

 

「——はいクルト」

「ん....ああ、ありがとうリエラ」

 

対象者を追跡する為の道筋を割り出す為に図面と向かい合っていたクルトの横から手が伸びる。その手に握られていたのは鉄製のコップで、中には温かいスープが注がれていた。

礼を言ってコップを受け取る。

クルトの横に立っていたのは緋色の髪をした女性だ。

名前で呼ばれた女性は嬉しそうに頷く。

仲間内の特に親しい関係の者達だけは名前で呼び合っていた。

リエラは図面を覗き込み、

 

「どうクルト?」

「うん問題ない。

 このルートなら街道を通らずに行けば気づかれず回り込める」

「....本当にやるの?」

 

おずおずと言うリエラ。

その瞳は不安に揺れていた。

だからクルトはその不安を払拭させる為、率直に頷いた。

 

「ああ、それが最も効率が良い方法だ。

時間は有限である以上、俺達は合理的判断をする必要がある」

「でも相手は民間人だよ?もし違ったら可哀そう。

 それに、もしかしたら味方と交戦することになるかもしれない......」

「.....まあ、その話はアルフォンスが戻ってからでも良いだろう」

 

あえてその話に結論をつけなかった。

確かにリエラの言う通り、クルトがやろうとしている事は危険な賭けだ。

間違っていれば大きな損失を出すだけになるだろう。

だからこそ、それを見極める為にここに来たのだ。

この森は対象が最後に訪れた場所だ。

何か対象に関する情報が残っているかもしれない。

 

そして偵察に秀でたアルフォンスなら何か有力な情報を持ってくるに違いない。短い間だがクルトは自らの隊員達の優秀さを疑っていなかった。それもみんなが俺を認めてくれたからだ。

最初は隊長として認めてもらえず隊員一人を動かすのにも四苦八苦していた。

少しずつ戦いを経て俺という存在を認めてもらえた。

それもリエラとグスルグが居なければ不可能だっただろう。

彼女達には感謝してもしきれない。

 

「どうしたのクルト?」

「いや何でもない。.....ただリエラには感謝している、そう思っただけだ」

「ええ!?」

 

堅物そのものなクルトだが褒める所は褒めるし感謝もする。

だからいつも奇襲染みたそれにリエラは咄嗟に対応できない。

口に手を当てて驚いて見せる。

彼女は過去の事もあり褒められ慣れてないのだ。

しどろもどろと照れるリエラ。

それを微笑ましそうに見ていたクルトに楽しむ男の声が上がる。

 

「本当に二人は相性が良いんだな」

「グスルグ」

 

宿営作業を終えやって来たグスルグがクルトの対面に座る。

その手には金属のコップがある。

スープを一口飲み、うん美味いと称賛する。

 

「これはリエラが?寄せ集めの具材だけで上手に作ったな。

 将来は良い嫁さんになるぞ」

「わ、私がクルトのお嫁さんに?

ちょっとグスルグ!私たちまだ出会って日が短いんだから気が早いよ!」

「.....いや別にクルトの嫁にとは言ってないんだがな」

「っっ!!!」

「リエラ?」

 

何だか自爆した様子のリエラを不思議そうに見るクルト。

その視線にいたたまれなくなったリエラは顔を真っ赤にして走り去っていった。

 

「どうしたんだリエラは?」

「.....はあ、道のりは遠いようだな」

 

この朴念仁め、と首を振るグスルグ。

何でこの男は戦闘の時はあれほど鋭い読みを見せるのに、こういう時だけ鈍いんだ。

恐らくリエラはクルトに惚れている、あるいは意識し始めているというのに。

死神と恐れられたあの娘を唯一認め普通に接してくれたのがクルトだ。

好意を寄せるのは不思議な事ではない。

それはネームレス全員が共有している認識だった。

いつくっつくのか隊員達で賭けの対象になっている程だ。

 

この様子なら半年以内にくっつくと賭けた俺の負けかな?

己の勝率の低さに深いため息を吐いた。

賭けとは関係なしに二人には束の間の幸せを育んでもらいたい。

いや、それはネームレス全員に言える事だ。

懲罰部隊という特性上何があるか分からん、先の見えない行程を歩まされている俺達にとって、その程度の幸せぐらいねだったって良いだろう?。

 

.....せめてダルクス人である俺以外は。

自分はどうでもいい。仲間だけは、そう思わずにはいられない。

だからこそ今回の作戦は重要だ。

 

「本当にやるんだなクルト」

「リエラもだがそんなに心配か?」

「当り前だ下手すれば正規軍に戻れなくなるぞ」

「その為の俺達ネームレスだろう」

 

クルトの意志は固い。

きっと彼の中ではもう方向が決まっているのだろう。

 

「だがな対象者を直接捕縛するとなると確実に護衛の義勇軍と交戦する事になるぞ」

 

そうリエラが心配していたのはそれだ。

クルトの作戦は対象であるハルトの捕縛。

そうなると確実に味方と戦う事になる。

心配はそれだけじゃない。

 

「しかも相手はクローデンの森を解放した英雄様だというじゃないか。

 リスクが高すぎるんじゃないか?」

 

かなりの強敵と戦う事になる。

仲間の誰かを失うかもしれない。

あまりにも見返りが少なすぎる。そう考えているのは俺だけじゃない。

 

クルトは何も言わずスープに口をつける。

静かに何かを考えているようだ。

 

やはり結論は付かないまま、やがてコップが空になった。

そのころ合いでアルフォンスが戻って来た。

斥候に向いてなさそうな金髪碧眼でやや小太りのアルフォンスだが、その容姿を裏切る形で諜報能力が高い。キザな言動でたびたび女性隊員にしばかれている様子が見られるが、今回は真剣な様子でクルトの前まで来た。

 

「戻ったぜ隊長」

「ご苦労、報告を聞く」

「ああ、首尾は上々、この森に駐屯する正規軍に事の顛末を聞いてきた」

 

アルフォンスの報告は以下の通り。

ガリア正規軍は終始苦戦を強いられていた。

最初の攻撃から三度目の攻撃作戦も失敗に終わるかに思われたが、敵の背後を急襲する役目の別動隊を第七義勇軍が引き継いでくれたことで辛くも勝利を収めるに至った。

その際、対象も戦闘に加わっていたことが分かった。

その時点でもうおかしい。調べ上げた情報では対象が軍に所属していた経歴は存在しない。

なのに現場の人間からその腕前を非常に高く評価されていた程だという。

その事から対象には空白の経歴が在る事が推測できる。

 

続く報告に驚いた。

何と対象が一度は敵に捕まっていた事が判明する。

驚くのはここからだ。この時、対象の生存は絶望視されていた。だがウェルキン・ギュンター少尉の必死の捜索により対象は救出されている。

一度は敵に捕まっておきながら怪我もなく助けられているのは奇跡というほかない。

これは現場にいた多数の目撃者がいる事から事実であることが分かる。

現場の将兵からも手厚くもてなされたようだ。

 

その点から踏まえて導きだされる答えは、

 

「怪しい事この上ないな」

 

何も知らない正規兵からすれば奇跡の生還者だが、裏に精通する俺達からすれば非常に不気味な存在だ。この男、調べれば調べる程に謎が出てくるな。

ではこの男、いったい何者なのか。

そう悩む彼らに後ろで黙っていたフレデリカが助言する。

 

「敵の手から生還した事を考えれば対象は帝国のスパイである可能性が高いでしょうね」

 

接触した際に何かしらの情報を交換したかもしれない——と。

艶やかな黒髪で美貌を誇る彼女だが裏の道に最も精通している。

その彼女が続けて言う。

 

「最近は国境を越えて街に不法入国する一団が増えていると聞くわ。

 もしかすると彼もその一人なのかもしれないわね」

 

それは情報部からの情報だった。

北から迫る帝国軍とは別の不穏分子が幾つかガリアに入った形跡がある。

フレデリカはそれを調べていた。

もしも対象が帝国のスパイなら恐ろしい事だ。

ガリア公国に入れる手引きをしている者を始めとした売国奴が貴族の中にいる。

しかもそれはかなり上位の人間も関与している事は間違いないだろう。

祖国の詰み加減に眩暈がする思いだ。

 

「やはり強行してでも対象を捕縛するべきだな。

 尋問して洗いざらい背後関係を吐いてもらおう」

 

この期に及んでは誰も異論はない。

そういう事ならとリエラも頷いた。故郷の危機だ。

誰しもがガリアの置かれている危険に危機感を募らせた。

今までに比べて易しい任務?とんでもない。

かつてない程に重要な任務が転がりこんできたのだ。

この国の運命を左右するほどの。

 

いったいぜんたいハルトという男の背後にはどんな黒幕が存在するのか。

想像もつかない。見えない壁が立ちはだかった様な、

漠然とした恐怖だけがリエラ達を襲っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

**

 

 

その様子を遠くで見ていた者がいた。

その正体はセルベリアだ。

なんと彼女は撤退するダハウ達から一時離脱し少数の兵士を率いて森に隠れ残っていたのだ。

彼らが感じていた立ちはだかる壁は錯覚ではなく、事実強大な壁が近くに潜んでいたのだ。

その理由はラインハルトの命令にあった。

あの時ラインハルトはこう言った。

 

『俺を追って来る者達がいるはずだ。

もし居た場合、命は取らず迎撃を頼む、俺が王都に入るまでの時間稼ぎをしてくれ』

 

——と。ラインハルトには分かっていたのだ自分の影を追う猟犬の存在に気付いていた。

死を偽装する工作を放棄した以上は迎撃する必要がある。

先を見据えてその任務をセルベリアに与えていた。

 

「流石です殿下」

 

用意周到なラインハルトに賛辞の言葉を送り、セルベリアは身を翻した。

兵を待機させていた場所に戻る。そこには仮面の部隊が命令を待っていた。

20人に満たない兵数だがダハウが貸してくれた部隊だ。

その際、ラインハルト殿下を必ず守れと言われ託された。

殿下を全面的に協力する気になったようだ。

何か考えが吹っ切れたらしい。

理由は知らん。

だがありがたく使わせてもらうとしよう。

 

「これより敵の妨害工作を行う。敵の追撃を阻止せよ」

 

命令を与えるにつけ条件を加えた。

殿下は言った。敵の命は取るなと。それは敵の命を取るのが可哀そうだとかいう博愛精神からくるものではない。恐らく殿下は敵に何らかの利用価値を見出した。殿下はそれが有効利用できると判断したのだ。あくまで合理的に殿下は命令を与えたに他ならない。

そして私ならそれが可能だと信じてくれている。

ならば私がすべきことは——

 

「遊んでやろう猟犬ども」

 

対象を追わせず、嬲ってやる。

いったい誰を追っているのか、その身をもって教えてやる。

ラインハルト・フォン・レギンレイブを追わせはしない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ハルトの背後にはガリア貴族がいる、その背後に黒幕が居て、その黒幕の背後にはラインハルト・フォン・レギンレイブの存在がある。......あれ?



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