あの日たすけた少女が強すぎる件   作:生き残れ戦線

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十五話

新しくリエラを迎えた数日後、ラインハルト達は町に到着した。

ガリア中部地方西部に位置するその町はガリアにとって肺の様な場所である。

王都ランドグリーズを始め東西南北の主要な街道全てに繋がっているためだ。

物資というガリアの血が経由して各地に届けられる。

よって此処は交通の要であり、ガリア軍が何としてでも守りたい場所と言えるだろう。

東に数十㎞の地点でガリア正規軍による防衛線が布かれているはずだ。

帝国軍が入り込む余地はない町の正門を。

しかしラインハルトは難なく通過する。

 

町に人影はほとんどなかった。

特に子供の姿がない事を確認する。

それらを尻目に義勇軍第七小隊は町の広場に集合した。

ウェルキンが全員の点呼を取る。

「アリシア」

「はい」

「ラルゴ」

「うす」

「ロージー」

「あいよ.....」

アリシアからスタートしてラインハルト、イムカ、そしてリエラで終わる。

全員の無事を確認して、よしとウェルキンは頷いた。

 

怪我の大なり小なりはあったけど全員が無事に揃っている。

本当に幸運な事だと思う。

いつ誰が死ぬか分からない時代だ。

今日目の前にいる仲間が明日はいないかもしれない。

だからこそ兵士には休息が必要なのだ。

 

「それじゃあ今日はここで解散しよう。時刻は明日の0070時に広場に集合、

それまでの間は自由時間とする、各自解散」

 

和やかな歓声が広がる。

隊員達は幾つかのグループを作ってぞろぞろと広場を後にする。

きっと思い思いの時間を過ごすのだろう。

補給物資の買い付けに行く者もいれば専用兵舎に寝に行く者もいるだろう。

さてラインハルトはと云うと、イムカを連れ立って街に繰り出した。

 

 

町中をゆっくりと二人で歩く。

別に長旅で疲れた体を癒しに遊びに行こうという訳ではない。

その理由はというと、

 

「.....ついてきてるか?」

「来てる隠れながら.....」

 

あまり意味がないけど。

そう二人のやや後方を尾行する人影があった。

勿論それはリエラだ。建物の陰に隠れて俺達を観察している。

安静にしてろと言っておいたのに。

どうやら彼女は真面目な性格の様だ。

 

「無線通信で連絡を取った形跡は?」

「ない。恐らくこの町の電報局にある無線暗号通信を使うはず」

「好きにさせろ、猟犬が来た時には俺達はもう町を出ている」

「でも.....」

「大丈夫だ俺を信じろ」

「.....分かった」

 

イムカが心配しているのが手に取る様に分かる。

文字通り密着しているからな。

きっと俺が何を考えているのか分からないのだろう。

彼女には全てを伝えている訳ではないから仕方ない。

俺の無謀な計画を知れば彼女は必ず反対するだろうから。

 

だから俺は狡い奴だ。

俺を信じろと言えば彼女は承諾するしかない。

少しだけ罪悪感を感じる。

 

さてリエラだが彼女はまだ自分が猟犬だと俺に気付かれていないと思っている。

彼女には悪いがそう信じこんでもらおう。

強硬手段に出られても困るからな。

俺が何者であるかをバラすのはもう少し後だ。

それは今じゃない。

 

だから今は立場を誤魔化すしかない。

私たちは只の夫婦ですよと云った具合に。

これはその為の偽装工作(デート)である。

 

そこでラインハルトはふと重大な事に気付く。

....そういえば俺ってデートするの初めてじゃないか?

偽装とはいえデート自体初めてのこと。

 

何をすればいいんだ?

自然な流れでデートする事になったから何も考えていなかった。

分からない。どうすればいい。

そもそも本当にはた目からは俺達が夫婦に見えているのか?

 

とりあえず周囲を見渡して何かヒントを探す。

やはり通りに人は少なかったが初老の男女が目に映る。

何とも仲睦まじい様子で男性が女性の手を握っている。

おお、あれだ。

 

とりあえず隣を歩くイムカの手をジッと見る。

そしておもむろに手を伸ばして、

 

「っ」

 

サッと逃げられた。なぜだ?

後ろを気にしていたイムカの目がこちらを向いた。

瞳の奥には戸惑いと驚きがある。

しまったと思った。

結果を優先して過程を疎かにしてしまった事に気付いたのだ。

相手の同意を得ていなかった。

何たる不覚、俺としたことが。

 

「....夫婦の様に見えるから手を繋いでもいいか?」

「っ!......分かった」

 

自分の手を見て何かを葛藤するイムカだったが、しぶしぶと云った様子で頷いた。

あまり気乗りしなてない様子だ。

任務だから仕方ないといった感じだろうか。

少しだけショックを受ける。

好かれているかは分からないが嫌われてないと思っていたからな。

実は嫌われてたりするんだろうか。

 

「すまない」

 

手を握る際に何故か謝られた。

その意図を理解できずにいたが、イムカの手を握って何となく理解した。

その手はお世辞にも女性的とは言えなかった。

恐らく何百、何千と武器を振るってきたからだろう。

手の皮は厚く硬くなっていた兵士の手だ。

恐らくだがその手で俺と手を繋ぐのを躊躇ったのではないか。

 

馬鹿め、馬鹿者め。

何を恥ずかしがる必要がある。

むしろ誇らしいぞ。この手を握れる男が俺で光栄に思う。

なんどこの手に守られてきたことか。

感謝しても足りないぐらいだ。

この手は少しもイムカの魅力を損なうものではない。手にキスの一つでもしてやろうか。

 

そう思っている事を言葉にするのは難しい。

だから行動で思いを伝えたかった。

もっと深く彼女の手を握りしめる。

俗にいう恋人繋ぎというやつだ。

彼女の心の温もりや体の温かさが伝わってくる。

 

イムカが俯いてしまった。

だがもう嫌がられていない事が良く分かる。

 

「さあ行こうデートの始まりだ」

 

建前がなくなった様な気がしたがまあいい。

今はこのささやかな自由時間を楽しもう。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

手を取り合った二人が動き出す。

それに応じて建物の陰に隠れて覗き見ていた人影も動き出す。

.....よ、よしばれてないわね。

どうやら二人は私の完璧な尾行に気付いていないようだ。

もしかして私には探偵の才能があったのかもしれない。

と得意げに自画自賛するのは案の定リエラだ。

何も知らない彼女は妙にその自信を強めてその後も二人の尾行を継続する。

 

リエラはこの町に来る道中で決意を固めた。

クルトはきっと生きている。

なら私が今すべきことは合流するその日まで、彼らの知りうる情報を探る事だ。

そして彼らの正体を暴いてやる。

リエラは考えた。

きっと彼らはこの町で何か怪しげな事をしでかすのではないかと。

この町は交通の要所、何かするならここしかない。

悪いことをしないように監視しなければ。

 

「....わたし頑張るからねクルト。それにみんな。」

 

今は亡き仲間達に思いをはせながらも、リエラの視線は二人の後姿を捉えて離さない。

そうすると二人は商店街に入って行った。

 

一見何てことのない商店が連なる場所のようだが。

もしや此処に彼らの密会する場所が?

と思ったがどうやら普通にお店を見て回っている。

 

傍目からは普通の夫婦にしか見えない。

いやしかし、あれはきっと世を忍ぶ仮の姿に違いない。

気を長くして耐えていると二人はようやく一軒のお店に入っていった。

外観からして服飾店の様だ。

小さい店なので中に入れない遠くから伺う。

 

数分後、彼らは出てきた。

イムカさんの服が変わっている。

成程この旅で汚れていた服を一新したのだろう。

綺麗に整えられている。

しかもダルクス文様がちゃんと刻まれていた。

恐らくあの店はダルクス人が経営しているのだろう。

イムカさんの為に合う服屋を探していたのだ。

時間をかけて回っていたのはその為か。

 

よくできた旦那さんだなぁ。

ちゃんとお嫁さんの文化を尊重しているのが分かる。

何だかあったかい気持ちになった。

素敵な二人だなぁ。

本当にお似合いだと思う。

 

買い物をする節々でそう思う。二人はとても信頼し合っている。人種の差異を思わせない程に。特にイムカさんは完全に惚れているね。夫婦なのだから当然なのだけど、まるで恋する乙女の様にハルトさんの姿を目で追っているのだ。

そりゃあそうよねあんな格好いい人そうそういないもの。

まあクルトの次ぐらいにだけどね。

何故か張り合うリエラ。乙女には時として譲れないものがあるのだ。

 

リエラレポートに二人は相思相愛、という書き込みが更新される。

だからこそ二人がスパイとは思えない。

やはり何かの間違いなんじゃ。

むしろそうであってほしいと思う。

早々に二人に対して情が湧いてしまうリエラ。人間性はともかく追跡者に向いてないのは確かである。

 

悩むリエラをよそに二人は買い物を終え近くのレストランに寄りディナーを楽しんでいた。

意外にもその所作が目を惹いた。あまりに綺麗すぎたのだ。ラインハルトのテーブルマナーが。

まるで宮廷料理を嗜むかのように庶民料理を口にするものだから、女性客から目を釘付けにした。思わず自分の相方と比べてしまい羨む様な目をイムカに向ける程だ。

 

リエラもそれを見てほえーと口に出していた。

例え出された料理が庶民のものでも食べる人が違うとこうも変わるものなのかと感心する。

自分には真似できない。

確かハルトさんは自分を只の平民だと言っていた。

只の平民があんなテーブルマナーを習得するものだろうか。

むしろ貴族のよう....。

 

リエラレポートにハルトさんの食事風景はまるで貴族のよう、と更新された。

まさかラインハルトも普通に食事をしているだけで怪しまれるとは思っていなかっただろう。

どんなに隠そうとしても普段の何気ない所作は出てしまう。

それはラインハルトも過言ではなかった。

 

意外とこのまま行けばリエラはラインハルトの正体に限りなく迫れたかもしれない。

土台無理な話だったのだ。

いくら取り繕っても平民には見えない。

いずれボロが出ただろう。

 

その事に真っ先に気付いたのは対面のイムカだった。

明らかにラインハルトが衆目の視線を集めている事に気付きその理由を理解した。今さら取り繕うよう言っても無駄だろう。根本的な解決にはならない。

今も好奇の目を向けられてなお特に気にした様子はないのだから。

見られる事に慣れ過ぎているからだ。

これではイムカと比べられて余計に目立ってしまう。

しかも帝国式の所作だ分かる者が見れば一発で分かってしまう。

 

早くこの場から立ち去った方が良いだろう。

だとすればどこに。

不自然にならない場所にしなければならない。

 

私達二人が向かってもおかしくはなく、尚且つ追跡するリエラの目を欺く場所だ。

そんな都合の良い場所があるだろうか。

.....ある。

だがそこに行くのは躊躇われた。

自然と頬が紅潮するのを感じる。

しかし背に腹は代えられない。

ちょうどディナー(夕食)を終えたタイミングでイムカはラインハルトを連れ出した。

それを見ていたリエラも動き出す。

 

「どこに行くんだろう?」

 

何だか只ならぬ様子を感じた。

鬼気迫ると云っても良いだろう。

しかしようやく現れた異変を逃す訳にはいかない。

例えもうすぐ夜の帳が降りようとも、彼らが明るい看板の立ち並ぶ地区に足を踏み入れようとも、リエラの追跡は止まらない。まさに猟犬の名に相応しい働きである。

 

しかしピタリとリエラの足が止まった。

ぽかんとした顔で二人が入って行った建物を見上げる。

これは想像していなかった。

 

「でもそうよね二人は夫婦なんだし........あぅ」

 

顔を赤くして恥ずかしそうに見上げるその建物の名は『ディープナイト』。

風俗街の一角にあるそれは、いわゆる大人のお店である。

男女二人が入って行ったのだ。目的はひとつしかない。

 

リエラは回れ右をした。

流石の猟犬でもそこにばかりは立ち入れなかった。

どことなく背中に哀愁が伺えるのは気のせいであろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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