「メイド喫茶ァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!!」
「お化け屋敷イイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!!!!!」
「お化け喫茶ァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!!」
「それは無い!!!!!!!!!」
初っ端から、男子共の声が教室の窓を震わせる。そんなカオスで騒がしい会議の司会は、叫んでいる内の一人である岡取永大だ。隣に立っていた凛が永大を竦めるも、メイド喫茶vsお化け屋敷の熱は収まらない。収まる訳が無い。
一時間目の、学活。
生徒会選挙翌日に設けられたこの時間の目的は――――――
ずばり、『文化祭』に向けて色々決めよう! だ。
実行委員にはまさかのまさか、永大と凛が立候補した。賑やかな事が好きな二人は適任だろうし、生徒会として手伝う事になっている俺から見てもやりやすい。
今決めようとしているのは、定番の「クラスの出し物」だ。
演劇や飲食店、展示やちょっと遊べる様な場所……沢山の種類がある中での定番と言えば、やはりメイド喫茶かお化け屋敷だろう。お化け喫茶は誰も来ないと思うし。
そして今、男子を中心にしてクラスは二分割されていた。
言わずもがな、メイド喫茶vsお化け屋敷である。担任の先生は収集を付けきれないのか、椅子に座ったまま窓の向こうを見つめていた。……何かを悟ったような、そんな目だった。
「お前らっ……お前ら! 本当にアホだな!! メイド服のトアイリスさんを見たくねえのかよ!」
「見てえよ! 見たいけどよっ……和服桜さんも見たいんだよ! 桜さんに案内役をさせてみろ!? お化け屋敷に長蛇の列待ったなしだぞ!!」
「ああん!? 和服は露出すくねえじゃねえか!! それに比べて、メイド服は際どいのを選べば胸も足も背中も見れるんだぞ!! 絶対領域だって出せる!」
変態多すぎて何も言えない。こんなクラスで大丈夫なのかと今更不安になるも、和服桜側も直ぐに切り返していく。
「たわけ! 和服の良さを分からない雑種は人生やり直せ!!」
「お前どこのAUOだ!!」
「日本だ! 俺の宝物庫、〔ゲート・オブ・エロホン〕見せたるから家来い!! 和服の良さを叩き込んでやんよ!!」
「是非」
「俺も行きたい」
「俺もメイド喫茶派なんで行きます」「俺も」「僕も」
そーっと手を挙げかけた永大の頭を叩いた凛は、二回手を打ち鳴らした。そこで一気に静まり返る教室。何故無駄に統率が取れているのかは分からないが、これで実行委員の話が通りやすくなった。
「えっと、メイド喫茶とかお化け屋敷とかはどっちでも良いんだけど……その、会話の中心に居る筈なのにも関わらず一回も出て来ていない桜ちゃんとアイリスちゃんはどうなのかな?」
「私は別に、メイド服を着ても着なくても良いですけど……。流石に、露出が大きすぎるのは駄目ですけどね?」
「君たちお化け屋敷派はあれだよね。暗にボクが怖いって言ってるよね。口喧嘩で泣かすぞ」
アイリス(白)がやんわりと微笑み、桜が机に両腕を乗っけて体重を掛けたまま答える。露出が激しく無いメイド服でも充分に目立つし、人が来てくれるのは間違いない。
要は千人か千一人か。あの某テーマパークと同じだ。
「そんな!! 桜さんが怖いなんてとんでもない!!」
「……どうだか?」
「ただ僕たち一同は和服の桜さんを見たいだけです! まあ和服のメイクしてる桜さんに夜中会ったら全速力で土下座しますがね!!」
「胸を張って言ってる所悪いけど、最近練習中の『
桜がどこぞの
「皆! このままじゃ収集が付かないから一旦落ち着こう?」
彼は生徒会副会長。池田免である。またの名をイケメン。
生徒会らしく、と言った所か。混乱極まる1-2を宥めた彼はそのまま黒板の前に出て、凛に許可を取ってから白いチョークを持った。俺は呼ばれもしないので、一番後ろの席で待機中だ。
……やばい、割と真面目に俺空気すぎて笑う。
この文化祭準備は、いきなり二時間も取られている。まだ一時間目の半分当たりだから時間はたっぷりとあり、それを利用してイケメンは一人づつ意見を聞いていく事にしていた。普通なら非効率極まりない方法ではある物の、時間的余裕がある今ならやっても大丈夫だろう。
男子は綺麗に割れており、女子はメイド喫茶に抵抗があるのか演劇等に票を集めている。
因みに桜はメイド喫茶、アイリスはお化け屋敷と言っていた。
自然と最後の発言は俺になる。列の一番前が当てられたくらいから考え始める物の、やりたい物がありすぎて決めきれない。焦りつつも必死に考え、考え。ペン回しを失敗させてシャーペンを吹き飛ばした直後、遂にイケメンからの声が掛かった。
「最後に暁。君は?」
「あー……俺は……」
直前まで悩む。
黒板に書かれた票数を見れば、お化け屋敷とメイド喫茶と演劇がまさかの同じ票数だった。ここで俺がそのどれか三つに入れれば、その瞬間に決まってしまう。決選投票をするかもしれないが、それでも最有力候補になるのは間違いないだろう。
……どうするか。
和服桜も勿論良い。メイド服アイリスも良いとか言ったら桜に殺される。でも良い。このクラスの女子はかなりレベルが高い部類だから、それを生かせるとなるとどっちも有りなのだ。
これはズバリ、完全に趣味の部類で決まる。
俺の趣味は結構偏っているが、しかし洋か和か演劇か、と聞かれれば。
「……和風メイド喫茶、茶番ありで」
ごめん、全部です。
☆★☆
結局。
何故か俺の案が通り、和風メイド服なる物を具体的に調べようと言う事で二時間目はpcルームへ。先生が鍵を取って来てくれ、俺たちは何人かで固まって一つの事を調べ始める。情報共有だ。
無論、俺は桜の近くに。アイリスは他の女子に誘われて、(黒)を出す訳にも行かずに連れて行かれた。
「……で、和風メイド服って何さ」
「その名の通り、和風のメイド服を着た女の子ですよ。可愛いんだよな」
「……ああ、数学克服って名前のフォルダに「因数分解方面」ってあったね。そこの画像かな」
「そうそれ。……えっ」
何故あの秘蔵フォルダの存在を知っているんだ!? わざわざUSBに作って、そのUSBも数学の参考書の内部にある答えの中に入れたのに!! 俺でさえも場所分からなくて探すレベルだったのに!!
「和服……浴衣寄りの着物に、メイド服仕様のエプロンを付けた感じかな? 色合いは結構何でも合うんだね。可愛いね」
「だよな。分かってくれるか」
「ところで結城、最近金髪巨乳物が増えてきたのはどういう事かな」
「どうもしないよ知らないよ」
「は?」
「……永大が悪いのさ」
「確かにあいつは馬鹿で変態だけどそれを持ってるキミもキミだよね?」
反論できない。
隣の席に座る桜からの視線がグサグサと突き刺さる。クーラーで涼しい筈の部屋の中で汗は止まらない。もう俺も彼女持ち。そういう物を持っているのは、彼女的にアウトなのか!? いや、でも桜がそんな作り物に対して俺が欲情する事に何か嫌悪感を覚えるか?
……無いな。嫉妬とか、そんなに無さそうだし。
「ごめん桜。今度からは見つからないようにするからさ。そういう物、見るの女子的に嫌だよな……」
「捨てないと許さないよ」
「後生だ頼む許してくれ!!!」
「はあ? 結城は彼女持ちのリア充と化したのにも関わらずそんな物に情欲を向けるのかい? 所詮二次元なんだよ? 触れないんだよ?」
「……ロマンって知ってる?」
「マロンなら。ロマンなんて知らないね」
俺の隣でパソコンを睨みつつ、桜がすっとぼける。むすっとしながら画面を見つめて高速タイピングをする姿は、それとなくシュールだった。
「大体さ。あんなゲームよりも他にまず欲を向けるべきだと思うんだよね」
「え? 何かあったっけ」
「……ボクはキミの前でだけ大分薄着なの気づいてたかな……っ!?」
「えっ」
「有罪」
素で驚いてしまった直後、やばいと思うよりも早く桜が立ち上がった。一応授業中なのだが、先生が統率を諦めたりクラスメイト殆ど全員が話していると言う事もあって咎める者は誰も居ない。男子の視線が痛い割には、彼らは助け舟を出してくれないのだ。
というか、何故か俺と桜が付き合い始めた事実はもう知られていた。
プライバシーって何だっけ。
「この前も? ボクが一週間結城の家に行けなかった時? トアイリスとご飯を食べていたそうじゃないか!」
「何で知ってるんですかね!」
「女子のLINEグループの情報量舐めてるのかな。キミがボクの体操服姿を眺めて『ブルマってどう思う』って永大に話しかけた事も知られてるからね」
「待ってそれはあかん! というか俺よりも永大が傷つくじゃねえかそれ!」
ポケットから桜色のカバーを付けたスマホを取り出して、見せつけてくる桜。黒い画面には何も映っていないが、俺にはありありと女子のLINEの厳しさが見えた。恐怖に震え始める男子(全員)。笑いを堪える女子(全員)。天井を見上げる担任(一人)。
「浮気か暁ー!」「サイテー!」「浮気だなんて……そんな……」「やばいトアイリスさんがトリップし始めたぞ!!」「戻せ! 現実に戻せ!」「衛生兵! 衛生兵!」「こ↑こ↓にお願いします!!」
何時も通りに暁非難コールが始まり、しかしそれは直ぐにアイリスの方へと声が向く。桜がそっちの方に気を引かれた瞬間に、静かに俺は逃げ出した。四つん這いでパソコンの置いてある机の下を抜けて、永大とかの近くに回り込む。
「おい浮気者。どうした」
「浮気してないですー。出来る程甲斐性無いですー」
「それはそれで悲しいなおい」
小声で永大と会話をする。凛はこっちを見ると苦笑いでため息を吐き、少しだけ椅子をずらした。
……あれ。俺って嫌われてたっけ。
少しだけガラスのハートにヒビが入り掛ける。何とか耐えようとするもダメージは逃しきれずに、俺のハートは砕け散った。心は硝子。幾たびの……。
しかし、どうやらそれは俺の勘違いで良かったらしい。
椅子を動かした凛は俺の方を向くと、一言。
「……保健室に行きたい時は、言ってね。連れて行ってあげるから」
「え?」
本日何回目だろうか。四つん這いになったまま、俺は間抜けな声を出して――――――、
「見つけた」
「ほあっァアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアア!!!!!!!」
突如、背中に人一人分の重みが落下。その勢いのままに、俺は顔面を床に叩き付けた。
「結城。幸い後25分間はあるみたいだし、ちょーっとお話ししよう?」
「桜」
「なんだい? ああ、言っておくけど根拠の無い言葉は信じないよ。浮気してるかどうかは絶対見極めて本当にしてたら……その、去s
「重い」
「去勢も待ったなしだね……?」
素直に言った、根拠のある言葉。
それを切っ掛けにして、俺は(男としての)生命の危機に瀕するのだった。