ラブライブ! Belief of Valkyrie's 作:沼田
Ⅰ
ギャップ萌えという概念が存在する。
ある人物が通念的なイメージと真逆な行動・要素を有することで心奪われる事例だが、萌えではなくとも落差はしばしば衝撃を与える。特に親しいなり尊敬する人物の意外な一面が垣間見えたのなら、なおのことである。影響の良し悪しは置くとして、かくのごときギャップの破壊力は絶大といえた。そうした衝撃を、真姫はまたしても目の当たりとする。
「あんなに人間……戦えるものなの? というか第六位の海未についていけるランク5の穂乃果って一体何なの!?」
「戦えるからこそ、私も含めてエースって呼ばれてるんだよ。実際、純粋な近接戦闘そのものの腕前だけなら穂乃果ちゃんと海未ちゃんの差はないし。狙われたりする力だけど、何かをやる分にはありがたいかな? 真姫ちゃんだって、生体技能であんなタイプの使い方の経験はあるでしょ?」
「なくはないし、一定以上のことはできる自信はあるけど……あんまりする主義じゃないわ。西木野の――
<どんな人も治せる力が、どんな人も壊せる力に化けることもそれがどれだけ悲劇になるか、分かりすぎるのよ>
一番の本音をあえて口にせず、真姫は傍らのことりにそう返す。現在彼女たちは放課後音ノ木坂学院内での訓練場にて模擬戦を観戦しているのだが、相当な激戦と化しているのである。とはいえ幼馴染として見慣れていることりは、特に感慨を抱かず隣の同志に話しかける。
「そういうスタイルも悪いことじゃないと思うよ? というか、私たちの経験柄だと穂乃果ちゃんが真っ先に反応しそうだし。去年はもちろんだけど、それより前からいろいろありすぎたんだよねぇ……」
「序列入りの経歴って、どうしてもそうならざるを得ないんじゃないの? どう転んだとしても私たちが国家クラスの能力を発揮できるって事実に変わりはないんだから。もっとも、良い方向に使うことぐらいできると思う」
「良い方向かぁ……真姫ちゃん、一つ確認して良いかな?」
「ん? やけに改まってどうしたわけ?」
「
特に平素と変わらぬ口調で、ことりは真姫にそう尋ねる。だが何気ないはずのその言葉には、有無を許さぬ響きが込められていた。スクールアイドルの練習最中になぜ鋭い感情を向けられるのか、聞き手の彼女は合点がいかなかったのである。そんな様子を前に、ことりは話の本筋を口にする。
「私の能力ってどんな奴だか有名だよね? 最大五十億ボルトの電気を発生・制御させ周辺空間の電子を制御できる生体技能
「程度の差はあれ、電気操作系の能力なら相手の生体電流を見て読心は可能なんじゃないの? 深層心理とかそれ以上のレベルの読み取りはランク7ぐらいじゃないときついと思うけど」
「その深層心理の読み取りが制限なく広範囲で起こって、周りの人間がほぼ全員どす黒い感情だらけだったら、どう思う? その中で穂乃果ちゃんがどす黒さなく私に心を向けてくれるとしたら、どう感じる?」
「そ、それは――すごくうれしいと思うわ。感謝もするし尊敬も、できると思う」
「うん、私もそうだったよ。だから穂乃果ちゃんのためなら、誰だろうと何だろうと、どこまでだって戦える。もし何かが穂乃果ちゃんを狙ってくるなら、その前に私が相手になる。個人でも集団でも国でも世界でも――私が絶対、倒してみせる。生体技能の全部を使って、どんな手段を使って、徹底的に。消し炭だって残さないから」
底冷えさせるような冷たい狂気を帯びた口調で、ことりは己の意思を披歴する。ただでさえ強烈な発言を、序列入り第四位が口にしたとなれば大概の人間は恐怖する代物だった。だが、言った当人は別段それで構うつもりはないのである。あらゆる負の感情に幼少期から晒され続けたことりにとって、混じり気ない明るさを向けてくれた穂乃果は、神に等しい存在だった。だからこそ、そんな彼女のためならばすべてを投げ打つ覚悟であり、現実に実践さえしているのである。凄絶な決意に動揺気味の真姫を前に、彼女はさらに言葉を口にする。
「だから、スクールアイドルでの対決でも徹底的に私は相手を倒すつもりだし、他のみんなもそうしてほしい。真姫ちゃんの意思にケチはつけないけどいざって時は」
「はいはいことりちゃんストップストップ。そんな昼間からこわ~い話振っても真姫ちゃんに毒でしょ? 人間だれでも本気でかなえたい何かがあるときは、逃げることなんてありえないんだから。ほら真姫ちゃん、ことりちゃんああ言ってるけどちゃんとほっぺ柔らかいんだよ? 触る?」
「ホノカチャン!? も、模擬戦切り上げたの?」
「このままでは千日手状態でそろそろ切り上げかと思っていたら、今のことりでしたからね。私から見ても、そう脅迫めいたことをせずに真姫は動くと思えますよ? 方向は違えども、私たちと同じ毛色なのですから」
両頬を穂乃果につままれ動揺することりに対し、一戦終えた海未は得物たる大太刀型魔法兵装を鞘に納めそう話す。長大な得物を超高速で体の一部に等しく扱える彼女にとって、この程度の練習などごく当たり前なのである。そんな非日常の連続故ある種の狂気を秘めた幼馴染を前にしても、全く海未は動じなかった。そのためことりの心情を理解したうえで、彼女はさらに話を進める。
「現に、ことりは真姫の脳波を読もうとしていないじゃないですか。人間不信のあなたが、穂乃果が認めたとしても会って間もない相手に、ですよ? 協力相手とか有益な価値とか以上に、あなたが同じ存在として彼女を認めている。違いますか?」
「ことりちゃんの心にあるのは、危なっかしいところだけじゃないんだよ? 人間不信だけじゃない、誰かを信じたい気持ちだってちゃんとあるから私が言わなくても自分で動く。そんな心理だから、真姫ちゃんにも本音を明かせたんだよ」
「ん~、言われると海未ちゃんや穂乃果ちゃんのいう通りかも? ごめんなさい真姫ちゃん、ちょっと私気分がどうかしてたよ」
「べ、別にそんな改まらなくても気にしないわよ。あなたたち三人のつながりを見れば、どれだけ強いかってことぐらい、私でもわかるぐらいだし。それにしてもだけどさ、穂乃果ってどこまで鍛えれば序列入りと太刀打ちできるまで強くなれるのかしら? 事象解析で見ても、あなたの細胞の状態ってかなり突き抜けてたわ」
幼馴染トリオの掛け合いにやや面喰いながらも、真姫は事態を承認しつつ新たな話題を振る。ほんの一、二分前まで大剣型魔法兵装で海未と斬り合いを演じた穂乃果だが、この事象には様々な意味が込められている。単純に近接戦闘の技量が序列入りの一角と拮抗しているとも取れるのだが、つまるところ彼女の練度が海未に匹敵しているのである。鍛錬で才能の核たる生体技能差を埋めることは一定域可能だが、それにも限界は存在する。己の解析結果の理由を問いかける真姫だが、実にシンプルかなたちで回答が示される。
「実をいうとさ真姫ちゃん……穂乃果、高校二年にもなった今でも生体技能の正体がつかめていないんだ。何回か解析して能力自体はちゃんと高レベルで宿っているけど、覚醒が不完全だって話なの。あ、でも魔力の質がかなり特殊だから、身体機能が高かったりカンが良くなるってメリットはあるみたい」
「軍隊で戦術価値以上の判定を下されるランク5でしょ? 解析が不完全でもそれだけの判定が出たってことは、かなり調べられたってことなの? それで読めなかったなんて……」
「厳密に言うと何回か生体技能が発動した例もあるのですが、どれも効果が違うものでした。保持者の精神状態で差が出るらしいとの見解が、今のところの最新です。つかぬ事を聞きますが、真姫なら解析できますか?」
「こうしてる間にも一旦やってはいるんだけど、さっぱりに近いわ。印象、現序列入り第一位の綺羅ツバサに近い感じはするけど、あれと根本からベクトルが違う気がするし、ホント未知ね」
「真姫ちゃんでも穂乃果の力はブラックボックスかぁ。けど、こんな力でも誰かのために役に立つならそれで良いな。才能が世の中すべてじゃないにしても、鍛えていたらちゃんと決定打になってくれるのは間違いないし」
不本意なはずの回答を得ても、穂乃果はさばさばとそう答える。目的を見据えた彼女にとって、生体技能の正体いかんにかかわらずやることは決まっていたのである。ならば使えるものを徹底して使い、全員の勝利に貢献するのみ。シンプルながら、そうであるが故に至るにはかなりの経験を有する考えを穂乃果は体現しつつあった。
「決定打になりうる才能、ですか。そう思うとある意味呪わしく感じる生体技能もありがたく思えますね。実際、ひと月そこそこでのライブという荒業がともかく可能となっているのも、真姫と身に宿す事象解析のおかげです。応用幅は広いだろうと睨んでいましたが、ああいう使い方ができるとは思ってもいませんでした」
「別に事象解析が直接医療的な効果を発揮するわけじゃないのよ? 魔力を含めた保持者の身体の一部がふれた対象を解析し、最適解を算出して魔力的にその実行を可能にさせる。治癒なり新薬開発は能力を単に医療方面に向けた産物よ。だから応用すれば、人間が治療した人の技能を解析して、対象者が再現することだってでるの。たまたま私が治した人の中にダンスに強い人がいたから、その技術をちょっと拝借したってわけ」
「獲得した技術を私たちに直接植えつけることだって、確かできるんだよね? 練習や発表で魔法と生体技能の利用は認められてるけど……真姫ちゃん、それはやらないよね?」
「というか、デフォルトが良いからやる必要もなかったってのが正解よ。練習の進捗が思わしくないなら、ことりあたりに肉体活性を頼んだかもしれなかったけど、杞憂だったわ。エースだけあって、鍛えているのね」
穂乃果の確認に対し、真姫は感心気にそう返す。生体技能を買われ、当人もその力を持って練習に貢献するつもりだったのだが、やはり自力での習得がより好ましいのである。とはいえそれにはある程度の下地が必要なのだが、歴戦の勇士として鍛えられた身体が見事に補った。指導と素材がそろった以上、スクールアイドルメンバーは一気にライブ技能を高めたのである。上々に近い滑り出しを飾った一同だが、しかし懸案もまた存在する。
「作曲は私がやって歌詞は海未、衣装はことり、全体統括と渉外活動は穂乃果が担当してるけど……グループ名ってまずどうするの? そろそろ決めた方が良い気がするけど」
「ペーパーとインターネット双方でアンケートを募集していますが……私たちでも腹案を決めた方が良さそうですね。真姫は何かありますか?」
「音楽に関係するか、それとも直接戦闘に関係させるか……系統としては二つあるわ。海未たちの考えもまずは聞かなきゃいけないけど、初ライブの段階までこの四人で回すの? 現状話題はかなり高い状態でいてくれてるけど、ある意味敷居が高くなっちゃってる気がするのよ。何しろ、序列入り三人と学院一の勝負師の集まりなのよ?」
「穂乃果ちゃんの計画では初ライブの後その成果をもって、メンバー募集に移る手はずだけど……早めに移った方が良いんじゃないのかな?」
「確かにね。すぐにでも勝てるメンバーでまずは対処する予定だったけど、逆にそれが仇になっちゃってる面も否めないかな? それでさ、皆は誘いたい子とかいるの?」
ことりたちの指摘を受けて、穂乃果は一堂にそう尋ねる。すでに勧誘候補を見つくろい終えている彼女だが、いきなりそれを告げる意思はなかった。スクールアイドル計画を己が主導で立案し指揮する立場であるからこそ、独走に陥ることを嫌ったのである。それ以前に優れた他人の考えがあるのなら、形式は置くとして受け入れるつもりだった。質問に質問を返された形の三人は、ややまごつきながらも答えはじめる。
「誘いたい子となると……弓道部の部員とかも、考えられますね」
「クラスの子とかも、結構面白いことか入るし……」
<肝心なところ、穂乃果頼みになってるじゃない。といっても、私だって言えた義理にあるわけじゃないんだけど>
目を泳がせて茶を濁すような回答をするばかりの海未とことりを見て、思わず真姫は内心で突っ込みを入れる。とはいえ自省の念を彼女は覚えながらも、しかし腹案がないわけではなかった。ただ、成算が見込める話題としてこの場で提示できるか否か、はっきりいって怪しかったのである。しかしそんな葛藤を、観察力の鋭い穂乃果は油断なく見とがめ話を振る。
「なんだか候補がありそうだって今の真姫ちゃんは見えたけど、何かあるの?」
「ヴェエ!? あ、あるといってもごく雑談程度で話題に上った程度なのよ? 一応こっちに合流する前クラスメートの子と入る部活の話になって、私が決めたところに来てほしいって誘っただけよ。向こうだってどの程度本気にしたかわからないし、来たとして参加するかどうかわからない。そもそも、もうどこか入ってるかもしれないのよ? そんな状態で、私だって二人のことよく知らないのに……平気なの?」
「平気へーき♪ 確かに今の真姫ちゃんは良い状況分析をみせてくれたよ? 不確定要素だらけで、成功のほどがおぼつかない。このことに、穂乃果も異論はないよ。けど」
真姫の考察を肯定しつつ、しかしと穂乃果は言葉を区切る。メンバーの明晰さを改めて実感した彼女だが、根底に決定的なずれがあると感じたのである。欠点というべき要素だが、しかし穂乃果は平易かつ温和な口調で話しをつづける。
「私たちが一番すべきことは、無理だってあきらめることじゃないよ。私だって何かをするときは、あらゆる可能性を考えて計画を立てる。けどそれは、誰かを巻き込んででも本当にやりたいことがあるからこそ、やることなんだよ。不安ばかり気にしていたら、成功できるプランでもダメになっちゃうよ。だからこそ、機会がちゃんと見込めるなら動くべきって穂乃果は思うな? ダメだったらそれで、すぐ次の考えに移れるし」
「無茶ぶりに近いことをよく振ってきますが、とにかく穂乃果は一度立てた軸をぶれさせないんですよ。このあたり、私たちも見習うべきですね。少し悲観的になりすぎてました」
「そうよね……やっぱりそうじゃない。私だってやりたいことがちゃんとあるからこそ、穂乃果たちと一緒に動いてるわけなんだし。ためらうわけにはいかないじゃないの」
「うんうん、真姫ちゃんがやる気になってくれたことだし、善は急げだよ♪ 一年生の教室に、このまま」
――あ、あの~、失礼します。
穂乃果の温度とともに移動を開始する瞬間の一同を、不意に訓練室に備え付けられたインターフォンからの音声が聴覚を刺激する。一座の面々とは違う声と映し出された映像に、当然穂乃果たちはその主が何者かわからなかった。だが真姫のみは、その相手がまさに話題に挙げた人物の片割れだと、瞬時に理解したのである。固まったというにふさわしい状態となった訓練室内に向け、外の女子生徒はさらに挨拶をつづける。
――こちらに西木野真姫さんはいるでしょうか? クラスメートで同じく学年協議員になります小泉花陽です。協議会がもうすぐ始まりますので、西木野さんを呼びに来たのですが……
「ま、まさか……こっちの話題が筒抜けになったわけじゃないわよね?」
「ええと、真姫ちゃん。今の子――小泉花陽さんって話題に出したクラスメートの一人なの?」
「正解よことり。向こうから結果的にやってくるってイミワカンナイ展開だけど……こんな時って今話した穂乃果みたいにするべきかしら?」
思考回路を回復させた真姫は、一同に対しそう確認する。動揺をいまだ抑えきれずとも理性的なタイプの彼女が示した意志に対し、彼女たちの回答は至極明白だった。かくて外に待つ小泉花陽は、プッシュからやや間を置いて現れた四人によって、迅速かつ丁寧に任意同行という名の連行を受けたのであった。
Ⅱ
有名人と同じ土俵に立てたらどうなるか?
会うだけならば大歓喜に大概至る。声を掛けられたら嬉しいし、写真なりサインを手に入れられたら御の字だろう。それで顔を覚えられるとしたらさらに喜ばしいことである。なぜならば、これらは質の良い非日常のことだから。
だが、一歩進み常時かそれ以上に行動を共にするとしたら?
テレビ番組の企画のように、一つのプロジェクトに挑む。もしくはオーディション企画で発掘を受ける程度ならばまだ良い。だがそれ以上にチームを結成し長期間同一の案件に臨むとしたら。通常の領域の生活しかない一般人にははっきり言って処理しきれない沙汰である。
小泉花陽が臨んだ沙汰は、そうした非日常であり、恐ろしくリアリティーを伴うものであったがゆえに質が悪かった。
<本当、どうしようかなぁ……>
春分を過ぎて夕日が若干残る通学路にて、花陽は心よりそう思ってしまう。水準よりやや良い程度の学力と生体技能を有する程度の彼女は、ごく日常的に三年間を過ごせると信じていたのである。とはいえ、現時点においてはそうした平和な日々も残されているといえた。しかし、それとは対極な非日常が、具体性を帯びて花陽の心にこびりついているのである。
<二年の先輩たちがスクールアイドルに挑み始めているのはすごいし、西木野さんもそっちに合流できたのも嬉しかった。確かに私はアイドルが好きだし、魔法だって使ってみたい。けど、あの四人の中に私って、入れるのかな?>
衝撃的な事実を吟味し、まず花陽はそう考える。委員会の呼び出しで真姫を迎えに言った彼女が直面したのは、当人と同志三名による勧誘だった。やや強引な切り出しの素提示された内容は、『スクールアイドル』への挑戦だったのである。世間のカテゴリーでドルオタと評される程度にアイドル全般に入れ込んでいる彼女だが、そのアイドルに勧誘されるとは夢にも思っていなかった。
<話を聞く限りやる気満々……というか、具体的に確実な形で勝てるやり方を持ってたみたい。あれだけすごい人たちが集まれば、そんな考えも浮かぶかもしれないけど、それにしたって素人の私から見てもトップが狙えそうに思えた。突飛なようでいて計画だっていて、目標がそもそもはっきりしてたし。だからこそ、そこに私がいることがどうにも想像できなくて……>
説明の印象を振り返り、さらに花陽は自らの答えを出そうとする。委員会終了後改めて冊子付きで説明された計画は、素人目から考えても勝てるのではと感じさせるものだった。計画の参加者はもちろんのこと、目標設定と工程に無理がなかったのである。その上で、技能運用経験の薄い自分でも安心して活躍が見込めるものだった。至れり尽くせりでありながら相当な現実味を帯びたこの話を、そうであるがゆえに彼女は困惑してしまう。
<いじめにも遭うぐらい恥ずかしがりやで、こんな目立たない私がアイドルとして戦えるのかな? あの時の凛ちゃんみたいなことにならない――じゃなくて、その凛ちゃんを私が何とかしないと! そうしたらやっぱり入部、なのかな?>
恵まれた資質に反比例する自信のなさで、花陽は懊悩してしまう。率直に言って、彼女はこの勧誘がごく普通かそれともフィクションでありがちな突き抜けた非日常風であればありがたいと考えた。方向こそ対極だが、双方ともある程度出力は気楽な応対として発生するからである。しかし打診の内容は、突き抜けた非日常を堅実な日常として具体化するものだった。故に「できる」という印象といてはいけない気恥しさの間で、どうしても彼女は揺れてしまうのである。そしてそれは、はた目であってもわかりやすいものだった。
「かよちーん、なんか考え事にゃ?」
「り、凛ちゃん!? 部活見て回ってたんじゃなかったっけ?」
「一通り見終わって帰ろうとしたら、かよちんがなんか思い詰めていたんだよ? そりゃ駆けつけるにゃ。察するに部活がらみ? 委員会でならかよちんは頑張れそうだし」
「ちょっとその偏見ひどくない!? 委員会だって頭を抱える案件はいくらでもあるんだよ!? って、だけなら良いんだけど、実際部活のことで考え中なのは事実なんだよね。リアリティーがありすぎて」
「いっそ、カンで決めちゃう?」
深刻そうな花陽に対し、凛はあえて爆弾に近い発言を投下する。あまりものをいう際考えるタイプでない彼女でも、この一言が親友を逆なですることはさすがに理解できた。ゆえに当人としては珍しく、かなり詳しい理由を説明する。
「前にテレビの特集で見た話なんだけどさ、直感って七割ぐらい正解らしいにゃ。しかも、その直感も今までの経験が積み重なってイメージされるみたいだから、本当に強く残ったものがなるんだよ。だから、かよちんがもし悩んでるなら、それが一番良い答えだって凛は思うな」
「凛ちゃんはさ、私がアイドルしてるところなんて想像できるの? 昔いじめられるぐらい地味でおとなしい私が、ステージ立てる?」
「立てるにゃ! だってかよちんアイドルと魔法が係ると目の色変えるじゃん。凛知ってるよ? ためたお年玉八年分でアイドルグループグッズを買占めレベルで買ったの春休みじゃない。卒業祝い全額を投入してライブツアーも行ったでしょ? それ以前に、スクールアイドル関係の雑誌とか訓練とか、よくやってるじゃん」
「あ、当たり前だよ! アイドル大好きなんだから……ただそれを自分でやるのは別だよ? やったとしても」
花世は強めに反応するも、語尾を後半すぼめてしまう。一見引っ込み思案気味な性格によるものと解釈できるが、これに関しては別の面もあった。それも、彼女にとってはかなりつらい案件を伴うものだったのである。
「やったとしても……誰に何を言われるかわからないよ。いじめが起こった時だって、私がオーディションの選考通ったって言ったことがきっかけだったし」
「そういえばそうだったにゃ~、けど今度は大丈夫。何があっても、凛がかよちんを守りきるから。あの時みたいに、かよちんを悲しませたりはしないよ」
「凛ちゃん!? 分かって言っているの!? 私が無事だとしても、他の人たちが無事だとしても、凛ちゃんが傷ついたら意味がないんだよ!?」
「かよちん、大丈夫にゃ。あの時より凛は強いし、そもそも……憂さ晴らしみたいにかよちんが傷つけられたら、そっちの方が嫌だよ。絶対、あんなことさせやしない」
快活なタイプの彼女からは想像がつかないほど負の決意を込めて、凛は花陽にそう返す。幼馴染二人に多大な影響を残したいじめであるが、その方向は互いに別となった。本心の発露に抑制がかかってしまった花陽と異なり、凛は危機感を伴った積極性を獲得したのである。すなわち、花陽に危害を及ぼす事象への闘争心である。初めて全力での生体技能しようとなった事件以来、彼女は力への嫌悪とは別に己を鍛え続けた。その産物としての推薦にとおるほどの魔法的素養に至ったわけである。きっかけこそ暗く、今なお手放して喜べる代物ではない代物だが、それでも自他ともに認める切り札として機能しつつあった。
「だから、別に凛に遠慮しなくてもためらわなくてもかよちんはやりたいことをやって平気だよ? 私はそんなかよちんを守れて、一緒にいるのが好きだから。すぐ判断できないなら見学とかも良いんじゃないのかな? 確かライブが近々やるみたいだし」
「それも……そうだよね。私でもやれるチャンスがあるなら、やらないといけないよ。箱入りから抜けて間もない西木野さんでも、あんなに頑張っているんだから」
「あ、そういえばスクールアイドルの方に今西木野さんっているんでしょ? あんまり溶け込めてないあの子が一生懸命になるってなんだかすごいよね。そっちの意味でも、かよちんは注目してるの?」
「上手く言えないけど、そうなるかな? 私の興味のあることに、人付き合いが不慣れな子が取り組んでるって普通にすごいなぁって思うの。その意味だと、見学も良いかもしれないし、ライブも見てみたい。その後に……」
「入って歌って戦って、輪の中に入りたい。そう言いたいんじゃないの? めったにないとんでもない好機、逸さずやっちゃいなさい。私と違ってあんたたち二人とも、翼を折られていないし、折れた翼を癒してくれる相手もいるんだから」
言いかけた花陽と聞く凛の聴覚を刺激する形で、唐突に第三者の声が響き渡る。当然二人は声の主を探そうと辺りを見回すが、視界に移る他人はいずれも距離がある状態だったので特定することはできなかった。ただ、はるか前方に映った制服にピンクセーターの音ノ木坂女子生徒の姿だけは、明確な印象として記憶に残ったのである。
「かよちん、さっきの声って前の方にいる人なのかな?」
「どうなんだろう……ただ、ライブと見学の必要性は上がった気がするよ。こんなチャンス、見逃すなんてやっぱりしたくない。入るにしてもそうでないにしても、自分で決めないとおかしいよ」
「おお、かよちんがやる気になってるにゃ! だったらその意気で一気にやるのが一番だよ。かよちんなら上手くやれるって」
「凛ちゃん、ありがとう。いろいろ悩んだけど、今なら全部やれそうな気がするんだ。私……少しだけ前に出てみる!」
凛の励ましに対し、花陽もまたはっきりと明るく決意を帯びた口調でそう返す。我ながら随分思い切ったと思う彼女であるが、その遺志に寸毫の迷いもなかった。かくしてきっかけを得た一年生二人は、各々次の行動への思いを強く胸に抱き帰路に就くのであった。
Ⅲ
時間は平等に経過する。
いかなる事象も世界の法則として、平等な時間の流れの中に身を置いている。故に生物はいずれ老いて死に、物質は朽ちていく。ただし、主観として感じられる時の流れは状況により一瞬とも悠久ともなりうるものだった。特に複雑な心を持つものならば、様々な状況により時間の流れに変化を感じるものである。
故に、現在時が止まったに等しい矢澤にこであっても、唐突に動き出す可能性は大いに転がりつつあった。
「なぁーんで私はあんな臭いセリフ伝えたんだか……」
通りすがりの女子生徒二名に助言めいたセリフを残したにこは、しかし自嘲気味にそう漏らす。彼女の主観では、もう自身はこの手の新たな動きに対し口をはさむ資格などないはずである。さらに言えば親友から託された形の少女も、立派かつ懸命に自らの足で進みつつある状態だった。もはや自分の出る幕などないはずだとにこは思うのだが、裏腹に出力される行動は別に至る。
<多分、私と同じ轍を踏んでほしくなかったはずなのかしら? それに、あの子たちが真姫ちゃんと関わる可能性が大きいならなおのことね。箱入り続きだった実姫の妹が前に進むには、支えがたくさんいるんですもの>
託され守るべきと定めている少女のことを意識して、にこはひとまずそう考察する。直接接する例こそ少なかったにせよ、様々に情報を得て真姫の人となりを熟知する彼女は、その積極ぶりに驚かされているのである。決して引っ込み思案でないものの、日常生活に関する経験値がどう考えてもあの少女は少なすぎた。その状態で新規のプロジェクトの立ち上げに臨み、果敢に対処する。大きくプラスの変化を遂げた真姫のことを思うと、心よりにこは嬉しく思うのである。
<引き換え私はこの二年何をしてきたわけ!? 実姫から後を託されて何をしてきたわけ!? 絵里と希を傷つけて、絵里が死にかけてもそっけなくして、真姫ちゃんまでやってきても、表立って動いていない。今の私に……何の価値があるのよ>
一方二年ばかりの己を振り返ると、にこは本心より慚愧の念に駆られてしまう。主観はもちろん世間大勢レベルにおいても、彼女にとって二年前の事件は大いなる悲劇だった。だがどう考えたとしても、親友二人が西木野実姫の死に対して原因となりえなかったのである。にもかかわらず、目の前で親友に死なれた悲しみすべてを、絶縁通告としてにこは絵里と希にぶつけてしまった。そして残された悲しみと負担に懸命に向かう彼女たちに、自身は実にそっけなくあり続けた。自らの不徳の限りと認識している一連の流れを、にこはどうしても許せなかったのである。
<分かっているのよ。もう私は動いちゃいけない、動くことなんて許されないほど誰かを傷つけ続けていることだって。多少応援はできたとしても、輪の中に入ることなんて、ありはしないじゃない。そもそも真姫ちゃんが輪に入れたんなら、私があれこれする理由も>
「にこちゃん、こんなところで何してるの!? ここ、神田明神に近い方面だけど」
「ま、真姫ちゃん!? どうしてここ――じゃ、ないわね。希とでも話してたの? あの子の拠点――というか東條一族の拠点って確かあの神社だしね。耳寄りな情報でも聞けた?」
「いろいろ込み入った話をいくつかしてたわ。ここ二年間大分希さんも大変だったけど、最近ラッキー続きだったみたいよ」
出くわし気味の対面に動揺中のにこに対し、真姫は明るめにそう話す。現状多忙かつ平時よりも消耗の多い日々を過ごす彼女だが、話す相手と得た情報が吉報なら気分も晴れやかなのである。直接の事情こそ知らないものの、挙動からしてあらかたの展開はにこにも予測できた。ただ、最も大切と考える相手を前にしても、彼女の心は晴れようがなかったのである。
「そりゃ、真姫ちゃんたちの進めるプロジェクトが順調なら、希だって喜ぶわよ。自分たちが挫折したことを、成功できそうな勢いでやっているなら当たり前じゃない。私もスクールアイドルプロジェクトのサイトを見てるけど、結構いい塩梅なんでしょ?」
「いい塩梅かどうかわかりかねるところもあるけど……今は順調に進められてるわ。それに、私個人としても部活以外の学校生活がなかなか面白いって思えるの。やっぱり、外に出てみるものね。小学校の頃は明らかに浮いちゃってトラウマ気味になってたけど」
「なんだかんだで音ノ木坂よ? あなた以外に序列入りが二人いるし、勝負師高坂穂乃果も行動半径にいる。それ以外にもぶっ飛んだ生徒だって少なからずいるわ。実際、私たちの世代がそうだった。絵里がいて希がいて、何より実姫がいて……私も一緒になって突っ走ってたあの頃は特に、ね」
もう手にすることはないと思っても――あるいはそれゆえに、かつての経験をにこはしみじみと語る。過去行動を共にしていた自らの仲間は、自身も含めどこか常ならざる面を抱えていた。ただそうであっても、周辺が平凡といえばまったくのウソなのである。序列入りこそではないがランク7との対決や、あるいは国家クラスの組織との駆け引き。何よりそれ以上に身近な突き抜けたクラスメートなど多々いたのである。それらから鑑みれば、真姫の経験は相対的に程度が低いとにこには思えた。
「真姫ちゃん、失敗したにこが言うのもあれだけど……今ある仲間、大切にしてよね? きっと学校生活やもっと長い人生で支えてくれる相手に、違いないんだから。ううん、もっとそういう相手増やしていった方が面白いわよ」
「にこちゃん……その仲間の中に、にこちゃんたちは入れないの?」
「ごめんなさい、気持ちも嬉しいしこっちの責任だけど……私は入れない。当然の報い、だから」
「だったらなんで、にこちゃんは今も音ノ木坂にいるんですか?」
事態の本質というべき案件を、あえて真姫は口にする。あらゆる角度から見て、二年前の襲撃事件により矢澤にこは精神的に癒しきれない傷を負った。しかし、その事実のみでは彼女の行動を説明しきれないのである。すぐ考えれば思いつきながらも、しかし触れられていなかった案件に、彼女は意を決して踏み込み始める。
「お姉ちゃんを目の前で喪って、絵里さんと希さんを切り捨てたのに、どうして音ノ木坂に今もいるんですか? 確かに肉体を分解させたお姉ちゃんからの遺言と私のことも大きいです。けど、それだけなら別にこの学校にとどまる必要なんてないし、絵里さんが搬送された病院まで行く必要もなかったじゃないですか。四人で一緒に過ごせたこと――お姉ちゃんたちと一緒に前に進み続けたことをずっと好きでいる。だから私のことで目をかけてくれるだけじゃなくて、スクールアイドルプロジェクトのことにも投稿してくれる。違います、か?」
「仮にそうだとして……真姫ちゃんは私に何を望むわけ? ううん、違うわ。私は何をすべきなの? どれだけアイドルが好きでも、どれだけ絵里と希が大切でも、どれだけ実姫と真姫ちゃんを想い続けても! 私の罪は消えないのよ!? どう、すれば良いのよ! 真姫ちゃん、分かってそんなこと聞いたの!?」
「周りが許しても、絵里さんと希さんが許しても、多分私が許しても、にこちゃんの罪の意識は消えないはずです。けど、それなら私たちだって同じです。間に合わなかった二人はもちろん……あの日海外の研究所に出張っていて遅れた私だって、考えます。もしあの日日程を変えて日本にいたなら、お姉ちゃんを治せたはずだって。それに、あの日お姉ちゃんはにこちゃんを致命傷から回復させたとしても、命まで散らす必要はなかったんです」
「『西木野は傷つきし者を見逃さない』って家訓、絶対じゃなかったの!? 実姫はあの時以外にも負傷者が出た時は必ず動いたのよ!?」
「例外だって認められてます! 自分自身が重傷か、もしくは致命的な危機にさらされている時なら当人の保全が優先されるんです。二年前のあの時は、まさしくそうでした。しかも、お姉ちゃんにとっては一番大切な一人であるにこちゃんが、目の前で死にかけてたんですよ!? 『数倍の襲撃者を撃退し、多数の死者を出しながらも学院を防衛し、なおかつ親友を救った』、って結末をお姉ちゃんは選べたんです。しかも、それを選んだとしても誰からも非難されようがないし、称賛もされるであろうやり方を、です」
面食らうように返すにこに対し、真姫は自らの一族の流儀について説明する。医の名門として長く続く西木野一族は、家訓として癒しの流儀を掲げている。その内容は多岐であり意識のレベルも各員によりけりなのだが、実姫はある事情につき特に重視していたのである。故に先頭に長けていても、彼女は負傷者があればまず癒し、可能なら敵側の捕虜の傷も癒し続けた。そうまでして守り抜いた信念にかかわる本質を、真姫は己の主観も混ぜつつ、にこに話し続ける。
「お姉ちゃんはこれ以上、にこちゃんの目の前で誰かが死に続けることを可能な限り避けたかったと思います。物心ついてから、ずっとにこちゃんは死で誰かを喪い続け、二年前もお姉ちゃんを喪ってしまった。けど仮にお姉ちゃんが生き延びる選択をとったとしても、何十人も目の前で死を見たら、にこちゃんは自責の念でどうしようもなくなるんじゃないですか? また、私はたくさん死なせてしまたって。だからこそ、お姉ちゃんは自分の命を捨てても、何十人を助ける道を選んだ。西木野のこと以上に、絵里さんと希さんと、それに私と、何よりにこちゃんがまた立ち上がって進んでくれると信じて」
「あの時……実姫はそこまで――そうよね、あいつって昔からそうじゃないの。ノリが良い割にやたら理屈というかこだわり強くてさ。あの時の実姫だって、ずっと考え抜いたはずじゃないの」
「私は、そんなお姉ちゃんの想いを尊重したい。お姉ちゃんが死んでも、お姉ちゃんの気持ちは続いているんです。時間もかかるし、もともとの予想の形にならないかもしれない。けど、形にしたいんです! だったら、負い目も罪の意識も恥じることはないんです。あったとしても、進み続ければ、答えはきっと見えてきますから」
「まったく、随分私は買われているのね。この分じゃお仲間方より上なわけ? まぁ、それも道理か。これでも自分のやったことには責任を意識するキャラだわ。私があの時――二年前の今頃真姫ちゃんを病院での襲撃事件から救出したってこと。言っちゃ悪いけど、あの手の事件は私にとってある意味日常的だったわ。けどそれが、今に至るまでの真姫ちゃんの原点になったこと、すごく嬉しく思ってる。誰かを失い続けた私でも、誰かを救えてるんだって」
これまでと違い感慨深い笑みを浮かべながら、にこは本心を口にする。悲劇の一月ばかり前、彼女と三人の親友はとある病院での用心襲撃事件の迎撃にあたった。その最中にこは標的とされた真姫を救出したのだが、これが二人の直接的なつながりとなったのである。それも、若き序列第五位の精神的な呪縛を破壊してというおまけつきだった。以来真姫は颯爽と舞い降りた白馬の王子の如きにこのありようを、自らの基準に据えたのである。
「そうよ、そもそも私は成功も失敗も二年前から何もしてないじゃない。やって上手くいかないどころか、二人に拒まれるかもしれない。けど……けど、そこに真姫ちゃんがいるのなら、私にもやるべき理由があるわ。あなたに背中を見せた、スクールアイドルとしての責任がね。最終的にどうするか思いついたばかりだし全くの未定なんだけど、一度見させてくれるかしら? 真姫ちゃんたちのデビュー戦、それを見てにこは何をするか見定めたいの」
「にこちゃん。今の、今の言葉って……」
「ちょっとだけ、前進できるようになったのよ。人の本気って、どんどん伝播していくのが常みたいだわ。というか真姫ちゃん!? い、いきなり涙目にならなくても大丈夫なのよ? ほらほら、泣かれると私もあれだし――にっこにっこにーっ! ほら、昔私に送ってくれたビデオレターで真姫ちゃん随分はまってたでしょ!?」
「え、ええと――にっこにっこにーっ! はい、よくやってました。あの頃は髪伸ばしてにこちゃんと同じツインテールにしたことがありましたけど……どうでした?」
一瞬感涙を見せた後、懐かしい掛け声を聞いた真姫は、やや戸惑いながらもごく自然な調子でそう返す。一見すればある種チープなアクションだが、にこの代名詞ともいうべき属性がある以上彼女はしばしばまねたのである。事件以降余裕ない状況では特にしなかったのだが、本質的な好みに変わりはなくオリジナルの実行を前に嬉しくリアクションといたるのだった。
「うんうん、よくものにできてるわ。真姫ちゃんのスペックと素直さに、にこに~直伝のスキルがあれば大概の人間は落ちるわよ。にしても、真姫ちゃんでここまで親和性あるんなら、実姫ももっとやってくれたら楽しかったんだけどね」
「お姉ちゃん曰く、『あれはにこみたいに突き抜けた子じゃないと様にならない』って聞きました。私からみたら確かににこちゃんは突き抜けてますけど、実際だとどのあたりなんだろう?」
「んー、私でいっちゃうとあれな気がするけど……アイドルへの本気さなら負けないって胸を張れるわ。そのためならどれだけ苦労しようがぼろぼろになろうが構わないって、なんだかんだで思えるのよ。実姫の言い回しは何かに対する本気の姿勢だとするなら、真姫ちゃんだっていつか――伏せて! マジックオン!」
和やかにこたえようとしたにこだが、しかし次の瞬間鋭い支持とともに左腕で真姫の身体を伏せさせる。次の瞬間二人が立っていた地点めがけ、青い閃光が通過したと思うと、かなり後方で着弾しそのまま爆発したのである。あまりにも明白な魔力砲撃であるが、しかし狙われた二名とも――ことに歴戦の兵たるにこは久方ぶりに戦意を強くたぎらせる。
「真姫ちゃん。あの時と同じみたいかも知らないけど、にこに任せてね? これしき、ちゃっちゃと蹴散らすわ」
「けどにこちゃん、魔法狙撃の対処ってかなり難しいんじゃないの? 感知が強力じゃないと」
「最悪真姫ちゃんの手も借りるけど、あれくらいならにこでも割り出せるわよ? そもそも、どんな相手が来ても対処するのがプロの技能保持者ってわけ。いずれにしても、今回私は本気で行くわ」
獲物を狙う肉食獣じみた鋭い言葉とともに、にこは手持ちの魔法兵装を起動し、得物と黒のライダースーツにグレーのと白のスカートとブーツ姿の
Ⅳ
本気になると人間はどうなるか?
フィクションにありがちな展開では、何かの能力の覚醒なり本心の絶叫など、とにかく目立つ事例が多いだろう。物語として絵になり、続く展開も期待が持てる。だが現実において一定以上の玄人は、そのような無駄な動作というものが基本生じないのである。なぜならば、彼らの技量はもちろん心理までもが、完成された一挙一動に表れるのだから。
久方ぶりに臨戦態勢となった矢澤にこの挙動もまた、そうした本気と呼ぶにふさわしいものだった。
<状況からするに、十中八九狙いは私ね。日本の文字通り中心で西木野当主を襲撃するなんて暴挙、あまりにもリスクが大きすぎるもの。まぁ私にしたってこの立場から随分恨みも買ってるでしょうし、売られたケンカぐらい買うつもりだけど>
狙撃の第二波を警戒しつつ、にこはまず事態の整理を試みる。魔法関係者の襲撃事件はそれなりに発生するのだが、実行の危険度は状況により大きく異なるのである。その中でも西木野真姫の場合、一族による分もさることながら重要度により日本政府も協力し護衛戦力を送っていた。故に彼女に手を出すことは、西木野一族のみならず国家そのものを敵に回すも同義なのである。それでもなお襲撃を試みるならば、徹底して大規模かつ隠密裏に行うべきだった。先ほどの狙撃にそれらが感じられなかった以上、標的は自分とにこはすぐ確信できたのである。
「誰より優しいあの子の眼前でこんなことしでかしたつけ、重いわよ?」
ほんの小声でそう呟いたにこは、狙撃の方向へと高速移動を開始する。標的が自身であり真姫に被害が及んでおらずとも、彼女の怒りはこの時沸点近くまで達していたのである。接した絶対時間こそ短いものの、にこは守るべき赤毛の少女の根底が強い優しさにあると考えた。最高峰の生体技能とこれまた最高峰にある社会的立場にありながら、利己的な悪用に陥らない。特殊な環境下で奇跡とでも呼べるほど他者を慈しみ、彼らを救うべく力をふるう。それほどの相手が親友実姫の妹で、なおかつ自らを最も慕っている。死を幾度も感じ歩み続けたにこにとって、彼女は今やは歩むべき道を指し示す絶対の指針というべき存在なのである。
だからこそ、そんな真姫を傷つけ穢す存在の撃滅を、にこは一切躊躇する意思はなかった。
「隠れたままさっさと離脱したいでしょうけど、させやしないわよ!
にこは自身から斜め右方向にアンタレスを構えると、そうコールし白い光球を二つの銃口の先に生成する。一見すれば魔力を用いた射撃魔法の展開であり、特に生体技能を必要としないポピュラーな攻撃法といえる。だが傍目に平凡なはずの弾丸は、放たれるや否や特異性を発揮したのである。
<魔力弾が紡錘上になって急激に加速した!? 確かに射撃魔法で魔力弾の性質をいじれば軌道操作とか着弾効果の調整は利くけど、それだって限度もあるし、瞬間的な発動で可能なわけじゃないわ。だとするとあれは>
「驚きのところ中申し訳ないけどねぇ、真姫ちゃん。スクールアイドルがおしゃかになっても鍛錬は続けたのよ? それに単独で依頼とかもやったわ。だからこれしき――射程超長距離と誘導・貫通効果付与の魔力弾を多弾製造で作るなんて楽なわけ、よ!」
驚く真姫を尻目に、にこは説明とともに二発の弾丸を発射する。彼女が今しがた繰り出した魔力弾は、通常の魔法で生成されたものではなかった。保持者のイメージした性質を付与した魔力弾を生成する生体技能――多弾製造の産物によるものなのである。これにより通常魔法では及ばぬほど高速かつ繊細な魔力弾生成を可能としたにこは、近・中距離戦で無類の強さを発揮した。仲間たちと袂を分かってしまった彼女だが、その力は衰えるどころか鋭さを増している感さえあった。
<これ一撃で済めば楽でしょうけど、まぁ絶対そんなことないでしょうね。あの攻撃にしたって、結構な精度はあったわ。次攻撃が来るとしたら>
「にこちゃん! 魔力弾二十発が接近中、タイプは通常弾の火炎性質入り!」
「援護感謝よ! これしき全部撃ち落す! 多弾製造、
真姫の艦力情報を得たにこは、すぐさま多弾製造で同数の魔力弾を生成し、迫る敵弾を相殺する。強力な水流と拡散効果を帯びた弾丸は、火炎による延焼もしっかりと制し被害を周囲に一切及ぼ最中った。狙撃から多弾による面制圧に映った点を見て、彼女は舞を敵が一気に詰めてきたものとすぐさま判断する。そしてその読みは正しいものだと、最適な形で証明された。
「隠れたって、無駄なんだからぁっ! 多弾製造、
「ヌギョオオオッ!?」
<魔法迷彩で視認できなかった相手に直撃させた!? あの手の隠密補助って感知はできても攻撃の確実な命中なんて骨なのに。これが、にこちゃんの戦いなのね……って、あれは!>
「にこちゃん! 今度は五人別別の方向から迫ってきてるよ! 魔力の質からしてかなり強いわ!」
突風の性質と炸裂滞留効果を帯びた魔力弾で視界に映らぬ襲撃者を撃破したにこに、感知でとらえた情報を真姫はすぐ伝える。鮮やかとすら言える手際で相手を倒すにこだが、第二陣の相手の数と質を思えば容易でないと確信したのである。ただ、結果としてではあるもののこの時真姫は彼女の実力をまだ知り切れていなかった。初対面で強烈な印象こそ受けたものの、逆にそれ以上の想像が及びづらかったのである。
だからこそ、次のにこのアクションは真姫にとって想像を絶するものだった。
「んな連中、見ずとも――たった一撃よ!」
「な!? 我々の接近にこう――もっ!」
「あ、あがァアアアアアアアアアッ!」
「グゲェエエエエッ!!」
五方向から迫るはずだった刺客たちは、何らアクションも起こせぬままにこが展開した魔力弾によりその意識を刈り取られる。一定以上の威力の射撃を、多方向に同時展開という芸当は、早々できるものでなかった。しかも瞬時かつ特に視認せずともやってのけたという結末は、真姫にはただ仰天でしかなかったのである。茫然とする彼女に対し、鋭さを失わぬにこはさらりと解説を行う。
「やり方はそれぞれだとしても、この程度別に私じゃなくとも絵里や実姫でもできたものよ? そんなメンバーと私は一緒になってたんだから、別に造作もない芸当だわ。それに」
「それに?」
「どーも敵さんのリーダー格が残ってるみたい。厄介極まりないけど片を付けるに都合が良いわ。真姫ちゃん、前には出ないでよね?」
「う、うん……にこちゃんがそういうなら」
許容値上限近い衝撃続きの展開に、真姫はどうにかそう返す。とはいえ現在進行形で戦うにこが前にいることもあり、それほど彼女は不安を感じなかった。むしろ、亡き姉の一番の親友がどれほどの力を秘めているか、底知れぬ驚きと頼もしさを覚えているのである。そんな視線と想いを意識しながらも、にこは乱れることなく悠然と迫ってきた敵首領格に相対する。
「あんたがこの襲撃の下手人――というより実行部隊のトップってところかしら? 仕掛けた理由とか依頼人の名前とか明かしてくれるとありがたいけど……」
「それをこちらが言うとでも?」
「でしょうね、戦って吐かせるわよ! アンタレス! 多弾製造、
「高々超高速の銃弾――で!?」
黒のスーツ風の装束をまとった屈強な傭兵風の男は、回避と右に持つ銃剣型魔法兵装で誇張う高速の魔力弾に対応しようと試みる。矢澤にこ襲撃の指揮を執るだけあって、彼の実力は生体技能者のレベルから言って決して低いものではなかった。だが次の瞬間繰り広げられた光景は、その彼が見ても面食らうものだったのである。なぜならば、自らを終焉させるにはあまりに十分すぎる内容だった。
「
にこのコールとともに相手から回避された魔力弾は、瞬間針山を爆発させたかのごとくおびただしい魔力針をまき散らす。突然の魔法効果に男は対処しきれず被弾するが、驚きはそれにとどまらなかった。なんと被弾箇所が蒼く変色し、身動きを完全に封じさせたのである。即興での攻撃では到底説明しきれないち密さを帯びた細工を揃え、にこはただ膝をつき固まる標的へと歩を進める。
「そっちも任務だし思うところあるかもしれないけど……それはこっちだって同じなのよ。だから――吹き飛びなさい!!
「ヌギュォおおおおっ!!」
アンタレスから半垂れた大型火炎弾が標的に命中し炸裂すると、断末魔を発し男はそのまま倒れてしまう。プロの襲撃者六名を相手に五分未満で完勝という、まず華々しい結末を得てなお、勝者たるにこの心は晴れなかった。いかに言いつくろったとしても、もっとも守るべき対象の前で戦闘を演じてしまった事実に変わりはないのである。時間に反比例するような猛烈に濃い流れが終わる中、真姫はにこへと話しかける。
「にこちゃん……あんまり浮かない顔してるけど、私も無事だし今倒した相手も全員私で治せるよ? ついでに周辺被害もあんまりなかったから」
「真姫ちゃんを含めた他の誰が見れば、確かにそうよ。こうして変に頭抱えてることだって私のこだわりだし。けど、それでも私はポリシーを破っちゃったのよ。真姫ちゃんの目の前で、私の問題に端を発する戦いをするってミスをね」
「私が気にしないって言っても……無理ですよね? 多分いろんな意味でにこちゃんの中で私の存在が重いと、考えるしかないはずじゃない。けど」
「けど?」
一度言葉を区切った真姫に、思わずにこはそう返す。続く言葉こそ読めなかったものの、しかしこの時彼女は言い回しの中に引かぬ意志を感じていた。活発と物静かの違いこそあれど姉たる実姫と同じ気質を持つ真姫は、はっきりとした考えを言葉に表す。
「考えても、苦しんでも、それ以外のことだってにこちゃんは思えるはずです。私は詳しく分からないけど、お姉ちゃんとにこちゃんたちの関係はお互い助け合ってたって思ってます。だから……今度は私が、にこちゃんを助けられるようになります。この状況じゃ安請け合いに聞こえますけど、必ず果たすつもりです」
「真姫ちゃんあなた――そうね、いざって時はお願いしようかしら? けど、背伸びしすぎはだめよ。まだまだ経験不足に違いないんだから。ともかく、後始末よろしくね」
「はいっ!」
にこからの言葉を受けた真姫は、明るくそう答え周辺に治癒魔法と事象解析を展開する。元々この手の作業は彼女の本分であるのだが、基準とすべき存在から期待をかけられたこともあり平素以上にはかどった。かくて小さな規模の戦闘は、あっけない結末以上の価値を勝者たちにもたらす流れに至るのであった。
もうちょい連投モードナウ