ラブライブ! Belief of Valkyrie's   作:沼田

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 CMFも進む折、新たな強豪が現れた。癖のある対戦相手を前に、真姫は真の力を解き放ち……

 とまぁこんな具合まこと久々ですが、最新話を執筆いたしました! 忘れてる方も多いと思いますが、戦うスクールアイドルの物語、再動です! 


第八話

 Ⅰ

 

 凱旋はとみに華やかとなる。

 

 実際は演出も粉飾も多々混じるが、それでも目に見える勝利というものはとみに耳目を集めるものである。だからこそ勝者は、勝利をより大きくするべく手を凝らした宣伝を凝らすのである。もっとも勝者が意図的に行うもののほかに、周辺が当事者以上に盛り上がる例もあるので、自然発生的な凱旋も起こりえた。

 

 μ‘s一年組及び二年組を迎えた凱旋も、そうしたある種当惑をもたらす形式だったのである。

 

 「先ほどの三年生の方々の試合、大変すばらしいものでした! 全員集合だととこまでいくのですか!?」

 

 「序列入り三名を有しても、決して力押し一辺倒じゃないところが素敵です!」

 

 「あの、サイン! サイン頂けないでしょうか!? できれば全員分!」

 

 「慌てずとも、ちゃんと順番に応えますからね? どうか皆さん落ち着いて落ち着いて」

 

 ドーム入りとほぼ同時に押し寄せてきた群衆に対し、若干の困惑を表に出さず穂乃果は丁寧に応対する。μ‘s三年生組の戦闘と絵里の啖呵の後で、他メンバー集結となればいかなる事態となるか、十分彼女は想定した。加えて舞台慣れという意味でも、穂乃果は十分余力があったのである。そうした意味でこのような一幕も、平時の沙汰といえなくもなかった。しかし、如才なく応じつつある内心で、ある種醒めた想いをこの時彼女は抱いていたのである。

 

 <一般の観客が興奮するならまだしも、一緒になってスクールアイドルまであそこまではしゃぐのはどうなのかな? 既に試合が終わったならともかく、そうでないなら競争相手なんだよ!? キラキラ目を輝かせる暇があったなら、少しでも勝つ算段を考えるべきなのに。単純な戦闘だけでライブの勝敗は決するんじゃない以上、やりようは存在するんだけどね>

 

 はた目にはいささかストイックな振る舞いを、勝負師の身として穂乃果は当然想定する。ライブ・バトル両パートにおいて生体技能のランクが勝敗に直結する以上、μ‘sの優位は確かに大きいものがある。しかし、ポイント加点制という対戦のシステムと、それ以前にチームを率い対決に臨む者として、妥協の余地はない筈なのである。しかるに倒すべき最大級の標的をいたずらにたたえる真似など、到底彼女はできなかった。

 

 仲間を巻き込む責務を果たせ。

 

 亡き実姫より教わり、自らも多々味わった確信を穂乃果は改めて反芻する。勝負事――なかんずく仲間を募った形式で、彼女は一切気を緩める考えを持ち合わせていなかったのである。敗北の屈辱は無論、物理的な損害、何より仲間の無念を思えば泥水をすすり石にかじりついても勝利こそしかるべきだった。無論、敗北や劣等感を穂乃果は軽視しているのではない。だがそれら負の要素も、屈することなく勝利につなげてこそ初めて生きると彼女は確信していた。

 

 「ぬるいリーダーばかりだよ、ここ等一帯」

 

 故に誰にも聞きとがめられぬような小声で、穂乃果は毒づいてしまう。彼女を知悉する海未やことりなら察するやもしれないが、その二人も対応に追われ、特に気付く様子もなかった。

 

 だが以外にも――

 

 「ぬるいリーダーばっかじゃん、ここ等一帯」

 

 穂乃果たちを取り巻く群衆より離れたドーム内入り口付近にて、赤と黒ベースのランニングウェア姿の少女は本能的に毒づく。彼女もまたCMF出場者として現地入りしたのだが、対μ‘sへ無駄に盛り上がる群衆に、ある種の怠慢を覚えてしまったのである。ただこのブラウンショートの少女の場合、渦中のμ’sたちとは違う反発を抱えていた。

 

 <序列入り三名チーム誕生とか、A-RISE対抗チームとか、やたら話題作ってるけど、こっちだって去年奴らに肉薄したんだよ!? それより前でもスクールアイドル公式戦でうちの学校は好成績だったし。ついでに言えば序列入りだって私入れて三人いる。目移りもここまでくると呆れものだよ、ホントに>

 

 一見嫉妬とも思える反発を、少女は思考という形で内心具現化する。だがこれも、彼女とそのチームの立ち位置を考慮した場合、それほど身勝手といえるものとはならなかった。個々の戦力としては強大でもスクールアイドルチームとして、μ‘sは現時点で新参でしかない。対して少女が率いるチームは公式大会上位常連の上、昨年ラブライブ準優勝のスコアすら自身の指揮でなしえるほどだった。過去の実績によりおごるつもりはないものの、μ’sとA-RISEばかり耳目が集まる現状は、気分の良いものでは決してなかったのである。

 

 故に――

 

 「さぁーて、思い出してもらいますかぁ」

 

 彼女はその片鱗を。

 

 「唯一公式大会で第一位に白星を与えなかった、格闘家(インファイター)が一体どこの誰なんだか、ね」

 

 ただの拳と己が技量のみで、数多の群衆へ知らしめる。

 

 「き、奇襲――うわぁあああああっ!!?」

 

 群衆たちも、その内側で応対中のμ‘s一年及び二年組たちも、突如たたきつけられた事象を理解することはできなかった。強力な風圧で群衆が吹き飛び、室内の壁や柱、床に激突し倒れていく。魔法でも生体技能でもそうそうできる芸当ではない真似が、いったいどうして発生したか、そもそも仕掛け人が何者なのか? 茫然とするしかない一同を前に、軽い口調で少女はネタを明かしにかかる。

 

 「いやぁ、あんまり虫がまとわりつくんでちょっと殴ってみたんですけど、余波出ちゃいました?」

 

 「こ、これのどこが余波!? 何が目的――で!?」

 

 「あー違った違った、このロビー虫だらけじゃないですか。ボッと出の蝶に群がる蛆虫がわらわら、じっつに気持ち悪い」

 

 「どなたか存じませんが、いくら何でも」

 

 少女の罵倒に海未は一言物申そうとするのだが、相手の姿を見て絶句してしまう。この芸当をやった時点で尋常な実力者でないと確信していたが、記憶に該当する彼女はその中でも最悪の存在だったのである。何しろ昨年スキルコンテストで直接対峙しており、個人戦こそ勝ち越したものの総合成績で自身を凌駕した相手だったからだ。少女も海未を認識したためか、若干口調を丁寧に直し対応する。

 

 「相変わらず第六位殿はご丁寧なようで……とは言え特に乱れた様子がないってことは、腕も上がったんでしょうけどね。本音言えばここまで派手にやるつもりはなかったんだけど、改めて言っておくわ」

 

 「しかと、承りましょう」

 

 「わらわらいる虫と、あんた方μ‘sと、A-RISE倒して――私たち以外の序列入り全員倒して一番になるのはね」

 

 少女はセリフを語りつつも、内心いささか恥じらいを覚えてしまう。それなりに名声欲もあるのだが、別段気取る主義ではないのである。とはいえ状況が状況であり、止め役の到着ももうしばらく先であることを思えば、あえて動くことにした。

 

 「ランク7序列第七位『国砕念力(ブレイカーキネシス)』、私立浦の星女学院スクールアイドルチーム『Atlantis』主将、高海美渡(たかみみと)! これより」

 

 「はいはい、ギャラリーも美渡も大人しくしてくださいね?」

 

 明らかに吠えようとしたランニングウェア少女――高海美渡を制する形で、赤のリボンとグレーのセーラー服少女がそう呼びかける。ばつの悪そうに押し黙る美渡とは異なり事態が飲めない群衆だったが、すぐに()()()()の意味を理解する。なぜならあまりに唐突に、全員が全員俎上の鯉とされたのだった。

 

 「魔法兵装盗られた上で、111人の心臓まひの犠牲者になりたくないんでしたら、引いた方が身のためですよ? 私だって、世界図移動(ワールドポイント)をこんなことに浪費したくないですし」

 

 「あらま、やってる事あたしよりえげつないんじゃね? 武器全部転移されて空間干渉の応用で心臓鷲掴み。どうにもならないよ志満ねぇ」

 

 「やり方が荒いにしても、あなたの感想にこっちも道意なのよ。でもってこの騒ぎを収めて、奥にいるμ‘sの方々にもこちらを見せつけるには、これがベストと判断したの。さて……皆さま改めて。ランク7序列第九位『世界図移動』、浦の星女学院スクールアイドル部部長、高海志満(たかみしま)。どうか、以降お見知りおきを」

 

 周辺に待機状態の魔法兵装を浮かせ、一帯に悶え倒れる群衆を前に黒髪ロングのセーラー少女――高海志満はそう話す。先行させた二卵性の妹が何かやらかすのではと思って自らも駆けつけたが、案の定ごたごたが生じつつあるありさまだった。とはいえその経緯を瞬時に読めた彼女は、効果的に活用する最適解を実施に移したのである。そのおかげか、群衆は畏怖と共に沈黙で高見姉妹へ応じたのだった。

 

 「といっても、そちらのリーダーの方にはもう説明不要かもしれませんけどね」

 

 「いやぁ、そんなことないですよ。ポピュラーを極めた怪物双子の姉妹を至近距離に見たわけですし。やっぱり驚きますよ」

 

 「つって、あんたの場合対策立ててんだろ? 特にあたしはそっちの第六位と去年やり合ったわけだし。ま、能力価値の序列と戦闘能力は別物だけどな」

 

 「戦闘家系の二つ名持ってる高海一族の序列入りなら、あれこれ考えるって」

 

 はた目には悠然と、しかし内心は努めて理性を維持してもなお感じる驚きを抑えつつ、穂乃果はそう返す。生体技能を代々発現する家系は、西木野一族の事象解析や東條一族の未来抄いのように、能力が基本的に固定されている。しかし、一族の成立過程故にこの『基本的に』という概念は、高海一族に当てはまらない。元来武勇の家系として日本中世初期より名をはせていたのだが、その過程で種々強力な生体技能家系の血を入れ続けたのだった。故に発現する生体技能はまちまちでありながらも、高ランク者を数多く高海一族は排出し続けているのである。

 

 <でもって、そんな戦闘民族の当代最高傑作があの高海双子姉妹なのよね。年の離れた妹もいるみたいだけど……その子もでたらめなのかしら? ともあれ、今は目の前よね>

 

 矢面に立つμ‘sリーダーを横目に一瞬見やったのち、真姫は改めて意識を集中する。自身も含め数の暴力という概念が通用しない序列入りであるが、それ故に見せた片鱗の先が気にかかるのである。単に生体技能そのものの実力のみならず、戦闘技能や戦術の質も考えねばならなかった。加えてしまえば彼女たちが率いるAtlantisの戦力は他に四名が控え、うち一名が序列第十位なのである。現在まで破竹の進撃をやってのけたμ’sでも、一分の油断もできる相手ではなかった。

 

 「で、ここまで派手な登場をしたということは、目的はμ‘sなのですか? あるいはもう少し絞って、私かことりか、あるいは真姫なのか」

 

 「まーもうちょい広く、参加者全員って感じかな? あたし個人は第六位殿に勝ち越したいけど、まずはチームだし」

 

 「余計に大胆不敵すぎませんか? というか、その他大勢に第四位の私が入るのもしゃくなんですけど」

 

 「なんなら私たちに勝負してみては? もちろんフェアな方法で、ですけどね。その意味でいえば新勢力になる音ノ木のみなさんの方こそ大概ですよ? 大言壮語を形にする実力と戦略は尊敬に値しますが、それだけで頂点に立てるほど、スクールアイドルは甘くありません」

 

 むくれ気味のことりの指摘に対し、熟練者として志満はそう返す。相当挑発的な行動をした彼女たちAtlantisであるが、こうした挙動こそ対戦相手を図るためのリトマス紙なのである。案の定問答と、そのさなかに感知できた魔力を含めた動きから、彼女はμ‘sを噂以上の実力者と認識した。ただし、妹ほどではないが対抗心を抱える志満は、ただで下がるつもりもなくある行動に出る。

 

 「ですので、その一端」

 

 「凛、花陽! 下がって!」

 

 「真姫ちゃん!?」

 

 「え? でも――ってわぁっ!?」

 

 真姫の警告に凛と同じく面喰った花陽だが、一瞬にしてその意味を理解する。自身と凛の頭上が揺らいだかと思うと、不意に十発の魔力弾が出現したのである。射撃魔法の発動としては、あまりに不自然な形式の展開に、回避も防御も生体技能の発動も彼女ではままならなかった。

 

 そう、彼女では。

 

 「調和開錠(ハーモニラック)!」

 

 切迫感を帯びた鋭い声が聞こえたと思うと、魔力弾は出現と逆再生の要領で消失する。魔法解析と分解という、それのみでも高度な芸当を瞬時に行える人物など一帯でただ一人しかいなかった。

 

 「冷静ぶった割に、私の実力も見たかったわけ!?」

 

 「そう、思えました?」

 

 「にゃっ!?」

 

 世界図移動からの不意討ちを事象解析で防いだ真姫と、防がれた志満の問答を目にした凛は、瞬間超高速で体が浮く感覚を覚える。瞬間加速をもろに受けたような急展開を、おぼろげに瞬間移動(テレポート)系の生体技能による対象取寄(アポート)と何とか理解した。だが理解できただけで同にも対処しようもない展開を、彼女は覆しようがなかったのである。だがこんな対象取寄も、またしても中断されたのである。

 

 「カウンターされることも、想定していたわけかしら? あの程度の対象取寄なら、余裕で始末できるわよ?」

 

 「Atlantisにもランク5の事象解析持ちはいますが……段違いですね。単純な妨害だけではなく、こちらの背後まで瞬間移動とは」

 

 「あなたに比べたらチャチなものよ。で、この辺で終わらせてくれると助かるんだけど」

 

 「ええ。続きはフェアにぶつかりたいので私たちはこれにて。次は、全力でお願いします」

 

 凛の対象取寄を中断され真姫に背後へ回れながらも、特段取り乱さずに志満はそういうと、何食わぬ顔で妹とともに後にする。心臓拘束と魔法兵装も元に戻したので、ロビー一帯に平穏が戻るのだが、浮ついた雰囲気は完全に消え去っていた。怪物同士の軍団が、本戦で激突する。強大の片鱗を見せつけたAtlantisと、平然と切り返したμ‘sの存在は、群衆にとって大きな衝撃だったのである。

 

 かくして不気味な静けさを伴い、凱旋は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 Ⅱ

 

 二番の価値とは何か?

 

 上に一番を頂くも、決して低い順位ではない代物。獲得やその継続における栄誉は一番に引けをとるものではないのである。ただし、それら肯定的評価は他者が基本的になすものだった。実際にされる当事者が、いかほどな心理でこれらを受けたるか、まるで分らないのである。

 

 ランク7序列第二位――統堂エレナもまた、この一人だった。

 

 「宣戦布告が、二度までもとはな……」

 

 半ばVIPルームと化した選手控室にて、若干青紫がかった黒髪の少女は、そんな感想を口にする。挑発でも宣戦布告でも、挑まれるという経験は立場柄数知れずあったし、現在進行形であり、これからも起こり続けるだろう。それらに対し、彼女――統堂エレナはある種感慨を持って受け止めた。挑戦者として迎え撃てる店もそうなのだが、それ以上の勘定が、彼女を支配していたのである。

 

 「()()()()()()でも、価値があったとは意外だよ」

 

 墜とされた私。

 

 綺羅ツバサに敗れた二年前の第一位。

 

 公式的に特段の失態もない筈の彼女を、蝕むような感情として覚える記憶がこれだった。序列入りも含めて生体技能というものは、技能保持者の変化によりランクの上限が発生する。公的試験突破や技能運用の実績が認められればランクは上昇し、逆ならば低下するという具合である。その中でも序列入りの上昇下降は注目を集めるものだった。単身で国家以上の価値と謳われる者たちの動向は、国内外の耳目を集めるものであり、その環境下でエレナは第一位を続けていた。

 

 綺羅ツバサに敗れるまでは。

 

 生体技能も、戦闘技術も、戦略思想も、頂点の在り方さえも凌駕されたと現実を受け入れるまでは。

 

 <彼女への屈辱以上に己の無力さを馬鹿みたいに感じたものだよ。獣化系最強の生体技能でも、天域(・・)の(・)力(・)に及ばないどころか無に等しいざまだった。相手の桁がいかれていて、比べるのすらバカバカしく感じる敗北。認めても、ツバサを誉めても、癒えない痕が残るものだよ……>

 

 敗北と表現できるかどうかさえ怪しい完璧な圧倒を振り返り、エレナはただ自虐するしかなくなってしまう。一応己を倒した力の図式については、あらかた理解はできていた。この世に存在する魔力とは別種かつ、百倍単位で凌駕するエネルギー。現代魔法科学で制御できるか大いに疑わしいそれを、綺羅ツバサは完璧に操り矛として用いた。人知を超えた天域の力と呼ばれるそれに、なすすべなく二年前の彼女は敗れたのである。無論、敗北を糧にし、実力を磨き続けた自負はある。だが公式戦績や生体技能実績で敗北以前を上回るスコアを出しても、ただ一つ第一位に勝ち越すことはできなかったのである。

 

 「音ノ木の狂犬がうらやましいよ……あちらにしたら倒すべき標的がここまで醒めていたら面白みもないだろうが」

 

 「あら~、そこまでへこまなくても良いんじゃない?」

 

 「あんじゅ、いつの間にか来たのか」

 

 「ちゃんとした試合なんだよ? 気合入れなきゃダメでしょ、それに今日はツバサいないみたいだし」

 

 物憂げな親友を心配しつつ、入室した優木あんじゅはそう話を切り出す。彼女も彼女で綺羅ツバサの実力を当事者として目の当たりにした形だが、折り合いのつけ方でいえばお筆の絡みからの接近で上手く処理した。ともあれエレナの苦悩も大いに実感できるものであり、決してないがしろにするつもりはなかったのである。故に明るい情報をまずぶつけたのだが、対する返答は一応士気を回復させたものとなった。

 

 「確かにな、序列入りがご登場となったらこちらも油断はできないよ。音ノ木も浦の星も士気が高いおまけまであるからな。負けられないよ」

 

 「()()、負けないのかしら?」

 

 「さぁな? ご想像にお任せするよ」

 

 「今この部屋、セキュリティは完璧なんだよ? 要は誰にも漏れようがないし、漏れたとしたら私が消し炭にするわ。答えてエレナ? あなたが負けたくない相手、親友の私立て知る権利はあるわ」

 

 「誰だと思うとごまかすわけにも、いかないか。ただそれでも答えられない――いいや、答えようがないよ。己に負けたくないし、ツバサにも負けたくないが、果たして世間は綺羅ツバサの負けを認識するのかなってな。第一位の存在はそこまで大きい。曲がりなりにも一位でいた女としてそう言わせてもらう」

 

 やや真剣になりながら、しかし自虐めいた感情を混ぜエレナはあんじゅに答える。負け越しが続いているものの、戦闘や記録で彼女が翼を上回る例は確かに存在する。しかしそうして結果を叩き出しても、それ以上をすぐに現第一位は量産するのである。故に超えても超えても抜かされるパターンに、エレナは心底参ってしまうのである。

 

 「確かにツバサの規格外ぶりは手に負えないって感じても道理よ? けど、あの子だって最初無名だったじゃない。名を轟かしたのはわかりやすくあなたを倒してから。要するに――一回でも規格外を世間に見せればどうとでもなるのよ」

 

 「音ノ木と浦の星にいる序列入りを、全員倒すか?」

 

 「ま、そうなるんじゃない? ツバサが規格外でも、連戦で序列入りと戦えばどこかでダウンは免れない。そのあたりは、あの子の力が現状限界を抱えていることを知っている私たちなら、読めるじゃない。どう、目標にはちょうど良いんじゃない?」

 

 誘い文句としてはいささか露骨に、あんじゅはそう提案する。とはいえ彼女に悪意はなく、少なからず親友を思ってこれを選んだのだった。いくらいただくトップが恐るべき規格外であっても、圧倒されっぱなしではあらゆる意味で納得がいかなかったのである。故にあんじゅは、最後にこうも付け加えることも忘れなかった。

 

 「マーそれでも、私がそんなエレナを倒せば、もっと面白くなるけどね♪」

 

 「その言葉、そっくり巣のまま代えさせてもらうぞ? 炎ごときで焼かれる統堂エレナじゃないさ」

 

 「その後時と、試してみる? ってなっても時間だし、私はこれで。後は本番でよろしく」

 

 「ああ、精々食い尽くされないように頼む」

 

 相棒の煽りに、エレナもまたあおりをもって返答とする。つい先ほどまで沈んでいた気分は、今や完全に臨戦態勢のそれになっていた。綺羅ツバサに敗れようとも力を落としたわけでない彼女もまた、本質で勝利に飢えた怪物なのである。士気さえ取り戻せば、戦果を残すことなど疑いなかった。

 

 かくしてA-RISEの序列入りも、全力を持って参戦する帰結となった。怪物と怪物の対決は、怪物を狩らんとする挑戦者たちを交え、CMF全体を狂乱のるつぼと変えたのである。

 

 そんな抗争劇の裏で。

 

 暗躍のような後ろめたい代物とは異なる――しかし勝負とは別に進行する何かが。怪物の一角である、赤毛の少女の本質が。

 

 周到に仕込まれた脚本により、ある方向へと向かわんとするのであった。

 

 

 

 Ⅲ

 

 味の好みは、容易に崩れる。

 

 人間は味を記憶するが、件の記憶は永続するものでない。故に印象の記憶が変われば、味の好みとて容易に変わるものなのである。また、環境による影響も見逃せるものではなく、織田信長も高級な京料理より出身の味付けを好んだ例もある。

 

 つまりは実感する情報さえ変われば、この身なる意識は容易に動くものなのである。ともすれば不思議な案件を、西木野真姫は現在進行形かつ、急速に味わっていた。

 

 「まっさかのっけから対決とはねぇ……悪くないけど」

 

 「そうね、こういうのも籤運じゃないのかしら? けど、こっちだって引かないわ。私でもμ‘sの要なんですもの」

 

 「よく言うぜ、こっちより上の第五様がそうだとすりゃ、阿波氏は何なんだって話さ。とはいえ後は関係ない。あんたをぶっ倒して浦の星に勝ちを持ち帰る。そんだけさ」

 

 対戦ステージ上にて、真姫と高海美渡は軽く言葉を交わしていた。午後より開始となった個人総合部門トーナメントだが、いきなり序列入りの対戦と相成ったのである。当然のことμ‘s及びAtlantisの関係者はもちろん、観客の興奮も早くも最高潮に至っていた。しかしその中心二名は、静かに闘志をたぎらせていたのである。

 

 「だったら、言葉はいらないわね」

 

 「だろうよ」

 

 短く発された声の後は、刃と拳が奏でるリズミカルな打撃音の演奏だった。

 

 「その近接、どっから抑えたんだぁっ!?」

 

 「接近戦の名手が身近にいれば、覚えるわよっ!」

 

 事象解析を刀身に纏わせているものの、無駄のない挙動でアクレスピオスを振るう真姫は、そう言いつつ標的の強さを意識する。生体技能の打ち合いから外れた接近戦となったのだが、予想を超えて美渡の技量は長けていたのである。これのみでも驚異だが、現状刃をさばく彼女の身体に念動力が展開されていないことも脅威だった。実戦経験のみならず、事象解析の刃すらそうそう通じない肉体を、高海美渡は有していたのである。

 

 <相当経験を積んでやがるか……それに体内に事象解析を展開してこっちの干渉を全部解除するつもりでいる。今更ながら厄介じゃねーのよ、こいつ>

 

 一方の高海美渡も、近接戦闘を繰り広げつつ真姫の実力を意識する。案の定、対峙する序列第五位は直接攻撃以上に堅牢な存在だった。数度念動力で干渉を行い事象解析の割り出しを行おうとしたのだが、ほとんど情報を得ることなく分解されたのである。どころかわずかな干渉から逆算を掛けられ、逆に干渉を食らいかねない有様だった。見事なまでに無駄骨ともいえる展開であるが、しかし第七位の少女は対抗策を構築する。

 

  「おいおいおい……第五位様はこれでもポーカーフェイスかよ!?」

 

 「仮にもスクールアイドルに顔芸なんて求めるのもどうなの?」

 

 「だったら、こっちからさせてやらぁっ!! サイコプレッス!」

 

 「調和蚊帳(ハーモニネット)!」

 

 全方向より迫る巨大な念動力を、真姫は事象解析をドーム状に展開し無力化する。空間のねじ曲がりと金属が曲がるような異音が轟くが、結局それのみにとどまった。序列と序列の激突は、まるでそこを見せない様々な念動力と事象解析のせめぎ合いとなったのである。

 

 「個人総合部門トーナメント一回戦から対決だったら、これもありだろ? サイコロンギヌ!!」

 

 攻めあげくねぬ状況が続きながらも対戦者――高海美渡は巨大な念動力のやりを前方に発生させる。不健康な白い光を放ちながら伸びる柄と穂先は、単純な念動力の集まりではなかった。音ノ木坂面々と鉢合わせてすぐとなる、出場初戦で晒すにはあまりに複雑な機能をこの一撃は秘めているのである。

 

 「何回だって私からしたら解析するま」

 

 「そいつ、()()()()するんだ?」

 

 「こ、これって――っ!」

 

 「別パターンが何度も襲い掛かる展開、そっちは始末できんのか!?」

 

 愕然とする真姫を尻目に、念動力のやりをさらに強め美渡は攻勢に出る。実力さえ及べば事象解析による逆算からの分解は基本的に成立する。だが、そうした能力も事象一つに対し適応される解析も一つなのである。もちろん実力者ならば、同時並行で複数の解析も可能である。だが本質的な使用法でない運用は、保持者に対し深刻な負担を及ぼすものなのである。この弱点を突くべく美渡が繰り出した槍は、延べ三万種の事象――念動力で発生させた攻撃方法を込められていた。それでも一撃だけなら対処もできなくはないのだが、更なる衝撃が真姫に襲い掛かる。

 

 「こいつが一発だけって、誰が決めたんだぁ!?」

 

 「そんな――って二十三発!?」

 

 自身を突然包囲するよう展開された念動力の槍を前に、さすがの真姫も動転する。一発でも解析に骨の折れる一撃が二十以上もあれば、大打撃は免れないのである。そうなった以上、彼女は対処を変えた。槍が自らを包囲するなら、襲い掛かる前術者の美渡を倒せば良いのである。故に真姫は事象解析の魔力刃を飛ばそうとするのだが――

 

 「残念、二十四発だ」

 

 攻撃に意識が向かった真姫の隙を衝く形で、美渡は別のサイコロンギヌを彼女の背後に展開させ、そのままつき貫く。力場による攻撃なので人体に大穴があくことはなかったものの、解析許容をはるかに超えた念動力は巨大な打撃となって標的を吹き飛ばしたのである。これで片が付くとは思わずとも、一発でも相当な消耗を伴う大技を二十発以上も使った以上、決定打になってほしいのである。とはいえ見える限りでは幸いなことに、真姫へのダメージは大きなものとして表れていた。

 

 「クぅ……っ! 大した、一撃じゃないの」

 

 「さっすがに通ってくれたみたいだな。序列との戦いなら物量で殴るしかないとは睨んだが、とにかく糸口が見えて助かった。サイコプレッシング!」

 

 「念動力の圧力、じゃないっ!?」

 

 「そっちの事象解析で解析できないものを出すのはきついけど、得意不得意ぐらいはあるんでしょ? たとえば、念動力じゃない普通の大気とか、さっ!」

 

 「それくらい、へこたれない、わよっ!」

 

 またしても全方向から迫る圧力に対し、真姫は若干の焦りをセリフににじませながら、抵抗を開始する。内外の事象解析に加え、防御魔法と回復魔法を展開し、極力圧力を軽減しようとしたのである。だが序列入りの相手が繰り出す攻撃であり、さらには生体技能の穴を衝く形でくわえられる性質が、彼女を苦しめた。

 

 <定まった形のない魔力と違って、形ある物質に解析を掛けるって骨なのよ!? それも力が強力だったり精密ならなおさらなのに。だから医術って事象解析から見たら本筋から外れたやり口なのよ>

 

 自身も含めた西木野全体に課せられている実情を振り返り、真姫は内心そうこぼす。生体技能もまた体内で成立した術式を通じ魔力を行使する技能である以上、事象解析も魔力に及ぼしやすかった。だからこそ西木野一族全体で見た場合、医学・薬学方面のほかにこれら以外科学全般で活動するものも多いのである。そうした本来から外れたスタイルに自負するところ大の真姫であったが、この時ばかりは劣勢を呪ってしまった。

 

 そして、そんな事情を知らずとも、美渡の攻撃はさらに続く。

 

 「じゃあこいつで、へこたれるやぁっ!」

 

 「グゥウッ!!」

 

 念動力付与と肉体活性により強化された拳が、真姫に炸裂しその体を吹き飛ばす。分解処理も追いつかず、一撃でも甚大なダメージを彼女は受けるのだが、対処させる暇を与えず美渡はさらに拳を見舞い続けた。こうなってしまえば以下に真姫といえども戦闘経験が浅いだけに、耐え切れず倒れ伏してしまう。

 

 「そんでもってぇ、倒れちまえ! サイキックヘルウェーブ!!」

 

 「アアアアアアッ!!」

 

 物理・魔法合計五万に及ぶ事象を込めた黒い念動力の大津波は、倒れた真姫への追い打ちとして完膚なきまでに炸裂する。魔力打撃・斬撃・浸食・火焔・電撃・氷結・突風その他もろもろ、数々の大威力の攻撃は彼女に対する止めには十分すぎたのである。それでも目立った外傷があまりない点は、序列として高い回復・防御対応といえるものだった。ともあれ勝負がほぼついたとみて相違ない展開であり、半ば勝利宣言めいた言葉を、美渡はぶつける。

 

 「西木野のお嬢様も、ここまでやられりゃくたばるか。ま、ともあれそっちが掲げる矢澤にこのスタイルも、存外大したことないって証拠だろうよ。第七位のあたしで勝てるぐらいなんだし、この調子でのし上がりますか」

 

 挑発的なセリフを、多少の批判的な観客のリアクションを受けつつ美渡は口にする。上昇意欲の強い彼女は、ともすれば勝利とともに荒々しい言葉を吐くものなのである。それでも多少周囲の眉を顰めさせる程度のものであり、腕利きのスクールアイドルならば比較的ありがちなことだった。ただし、そうした日常とはいかずとも想定内の一幕も、対象の人物が人物ならまた別なのである。何しろ、機が満ちつつある少女に対し、致命的な引き金となりえる言葉をぶつけられたのだから。

 

 <()()()()()()()()()が、大したこともない!?>

 

 ただの挑発じみた言葉が、自身の聖域に対する侮辱として聞こえた感覚を、倒れた真姫は反芻する。立場柄ある自らの侮辱は耐え忍べる。怒りはしても家族や西木野への冒涜はある程度俯瞰も利く。新たに得た仲間たちへの冒涜であっても、文字通り意識のすべてが怒りに染まるかといえば、先々を踏まえ多少は違うはずなのである。それほどまでに、西木野真姫という少女は、歳に似合わぬ強い理性と自らの生体技能(じつりょく)生体技能が及ぼす責任について、自覚的だった。

 

 かくのごとき彼女が、己の全てと一生を費やし果たそうしていることこそ、二年前自覚した矢澤にこの在り方の実践だった。世界を踏みにじられた実感は、生れて始めて真姫に対し存在全てを怒りに染める経験をもたらしたのである。

 

 そして怒りの炎は、代々の西木野嫡流が宿す事象解析の本質を炸裂させるに、十分すぎた。

 

 「さっきの言葉……取り下げないのね?」

 

 「あ? こうしてあんたを見下ろしてる時点で、そうするわけが――」

 

 「だったら、糺さなきゃいけないわ。私の理想(この世界)からね」

 

 「な、何」

 

 ゆらゆら立ち上がりながら、それと反比例するような絶対零度の殺意をもって告げられた真姫の言葉に身とは一気に危険をとらえる。だが、その後に続いた現象を、彼女は正しく認識することはできなかった。真姫が魔法なり生体技能を発動させたことは違いないのだが、その意味を捉えきることは叶わなかったのである。

 

 すなわち――

 

 「桃源糺し(エデンクリーナー)

 

 朱い閃光と化学式の爆発が、会場一帯に炸裂した。しかし強大であるものの、この一撃が何をもたらすか、相対する高海美渡含め、他者は理解すること叶わなかった。だが本能的に、単純な攻撃や魔法的な作用を超えた規格外の代物と、爆発の広がりから察したのである。そんな予測は、想定には当てはまり、予想からは盛大に外れた代物となった。

 

 世界の()()全てが世界の道理から外れ、世界により糺されることと、これより相成るのである。

 

 

 

 Ⅳ

 

 人間は理解を通り越すとどうなるか?

 

 心霊現象と称したり、運命と称したり、神秘体験などと人は名づけるが、要するに人知を超えたなにかとして定義するのである。前近代であれば、そうした摩訶不思議な事態は宗教的に解釈され、一定の合理性を担保できた。しかし近現代に至り科学技術の進歩により、宗教やあるいはそれに近い慣習などの図式が暴かれ、合理性は高まったのである。それでも非合理な事態は生じるのであるのだが、宗教というバイアスがなくなった人間は処理への耐性が落ちてしまう事態となった。

 

 そんな世界と人間たちが。

 

 科学そのものをひっくり返される事態に直面したら。

 

 万人恐慌――この形容よりありえなかった。

 

 「魔力反応が――世界から消えた!?」

 

 魔法が顕在となってから、まずありえぬ異常事態を、自宅への帰路がてら綺羅ツバサは漏らすしかなかった。魔法と称する魔力運用は、基本的に体内で生成される魔力を用いるものであるが、それでも大気含めた外界に存在する魔力は大きいのである。魔法発動や魔力の充填、なにより純粋魔力として発動される魔法の伝導率にもそれ以上に大きな影響を及ぼすものだった。だからこそ、魔法の発動阻害のため周辺空間から魔力を消し去る魔法なり生体技能や、魔法科学も確かに存在する。そして規模の大小もあるが、彼女も直面した戦闘や襲撃で、こうした事態に直面するなり引き起こす例もあった。

 

 ただそうにせよ、この規模はどう考えてもおかしかった。

 

 <規模もそうだけど、発動痕跡がまるで読み取れないなんて異常だわ。オーソドックスな魔法でも、一品ものである生体技能も、効果が持続する場合痕跡が残るもの。それに鑑賞できるかどうかは別にして、影も形も感じ取れないのはおかしすぎる。魔力ってものが、初めから存在してないような……>

 

 ネットで流れる情報はもちろん、街頭ニュースにより周辺ですらパニックを起こす中、ツバサは根源的な違和感を考察する。手前味噌を承知で考えれば、自身の魔法における実力は数値上最大に該当する。事実魔力が存在しない不安定な空間でも高レベルの感知系魔法は起動でき、それ以外の魔法や生体技能も健全に動くのである。そうであるならば対象に追いつかずとも何か程度なら魔法の範域にある限り、理解が及ぶはずだった。にもかかわらずそれさえも叶わないとなると、前提から疑わなければならないのである。そう条件を定義しなおし考えを再び起こした彼女は、恐るべき可能性を推測する。

 

 <魔力を消すか移動させたんじゃない、魔力が大気にある事態を消し去った。今のところ術者が魔力の起点となって発動させる魔法はまだ使えるけど、そうじゃない持続型の魔法や生体技能がダウンして、情報の割り出しもできなくなった。でたらめ極まりないけど……これしか想定できない>

 

 世界の法則が書き換わる。

 

 フィクションであってもなかなかお目にかかれない、ましてフィクションを理詰めに体系化したような現実世界ではあり得ぬ異常。

 

 しかも恐ろしいことに局地的ではない文字通りの世界全域であるなら、世界の法則が糺されたともいう事態。

 

 夢のまた夢とさえ表現可能なこの状態を、崩壊すれすれの理性でツバサは認識する。これから先何が起きてもおかしくない有様であるが、それでも彼女は事態の原因について、かろうじて予測があった。その通りであるなら破局の可能性は低いものの、渦中の中心にいる愛する者たちが無事な予測はとても立たなかった。

 

 「ほのちゃんたちも、エレナもあんじゅも、無事でいてよね……!」

 

 わずかに独語し、ツバサは魔法による加速で一気に移動を開始する。一方渦中たるアキバドームは――

 

 「あがぁああああッ!!」

 

 「大口の割に、あっけないわね。自慢の念動力はどうしたの?」

 

 戦闘を通り越した虐殺のごとき一方的な惨劇が、淡々とする西木野真姫の主導により繰り広げられる。とはいえ厳密に言えば、高海美渡が自らの国砕念力の暴発によりひたすら傷つき続けるだけだった。目を覆うばかりの事態を、しかしごく一部を除き目覚めることなく意識を失っている観衆は何も起こさず当事者のみが対峙する。

 

 「てめぇ……何しやがったんだ!?」

 

 「なにも? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()でしょ?」

 

 まるで雲がないと晴れといわんばかりの常識を告げるように、真姫は暴発で負傷する美渡にそう返す。確かに念動力で暴発は発生するものであり、大出力か効果が複雑であれば暴発による被害も大きいものがある。ただそうであっても、実力者ならば100%まではいかずとも成功を基本的に一定数出せるものなのである。にもかかわらず美渡は能力をいくら発動させても、そのたびに暴発の被害を受け続けた。とはいえこの結果が、真姫の干渉によるものかといえば、微妙なところがあったのである。

 

 「血が上っている状態で、やたら目ったら大出力の念動力を使ったら元々そうなっているあの力は、当然の結果になるでしょ?」

 

 「なに奇妙な――まさか、マジか!?」

 

 「だから、事象解析には勝てないのよ。世界にある万物の理想は、私が決めるから」

 

 「世界の法則が書き変えられた――というより、真姫ちゃんが思う形に正されたの!?」

 

 あまりにも恐ろしく、しかもそうとしか説明できない異常事態を、当事者ではなく観客席からにこは口にする。解析から派生する形で干渉・再現を事象解析は可能にするも、物理法則全てを書き換え可能にするという事態は聞いていないのである。だからこそなのでもあるが、眼前の事態を説明するに自らの仮説しか該当霊を見いだせなかった。そしてさらなる驚愕を、にこは目の当たりにする。

 

 「念動力ってのはね、こう使うのよっ!」

 

 「ぐがぁああああッ!!」

 

 シンプルだが極めて強大な国砕念力を、暴発ではない確たる形で美渡は直撃し、絶叫を発する。もはや勝負の体をなしているか怪しいが、この事態もまた傍目には恐ろしい案件を証明するものであった。その教学をにこは発しようとするも、更なる驚愕を叩きつけられてしまう。

 

 「刃舞三乃型・晴斬舞(はれきりまい)!」

 

 <国砕念力だけじゃなくて、天候覇者まで再現したの!?>

 

 天候覇者により高熱の閃光を帯びたアクレスピオスで必殺の突きを繰り出す真姫を見て、にこはさらなる衝撃に見舞われる。生体技能の再現ならまだ説明がつくのだが、いま彼女が行ったアクションは序列入りの再現なのである。あまりな規格外の連続に、いよいよにこは呆然となるしかなくなった。だが、それでも思考のある一点は最悪のシナリオを警告し続ける。

 

 この戦い方では、西木野真姫が壊れる。

 

 強大な能力と立ち位置にある意味似合わないほど、彼女の心は優しい。その彼女が元来の立ち位置を投げ捨ててまで行う破壊が、どれほどの負担になるか、火を見るよりも明らかなのである。しかも踏んではいけない領域を汚された彼女は、それこそ心を顧みることなどなく破壊を尽くすはずだった。あらゆる次元が違う破壊を前に、にこは打つ手を思いつけずにいたのである。

 

 「絶対零度、太陽温、同時展開……」

 

 「てめぇ!? その技能はそこまでじゃ」

 

 「忘れたの? 事象解析は手にした生体技能を最適化できるのよ? それも一年ぐらい身体を治療しつづけた絵里さんの熱量操作ならね。冷たいやけどで果てなさい、日輪氷獄!」

 

 熱量操作による絶対零度を左手に、一万度の炎をアクレスピオスを収めた右手に展開した真姫は、静かに水平に両手を広げたのち、一気に前に振るい攻撃を放つ。魔力と事象解析による調整を施された火焔と冷気の挟撃は、一切の抵抗を美渡に許さず、絶妙に虫の息にまで追い詰めたのである。しかも恐ろしいことに、周辺への余波がないことも、また会場の関係者以外の観客の記憶操作と失神までやってのけるおまけつきだった。うるさい周囲の目を断った彼女は、怨敵を葬るべく更なる絶望を顕現させる。

 

 「さて、現状私は生体技能を一種類ずつしか再現してないわ。使い分けを瞬時にやって的を絞らせないことはできるけど、再現幅と脳の処理能力の兼ね合いでそこまでしかこれまでの事象解析じゃ無理だった」

 

 淡々と、従来の経緯を真姫は語る。

 

 「けど、私は違う。これまでとは、違うの。ああ――不適切かな? 事象解析の本来から見たら、原点回帰だし。神域に至ることが目的なら、人の世の事象なんて、どれだけ再現できて当たり前じゃない」

 

 「人の世の……事象!? お前何言って」

 

 「これ以上は時間なんて上げないわ。ここで消えちゃうんですもの」

 

 「う、嘘だって、いてくれよ……第四位と第三位なんて、CGだろ!?」

 

 この世の終焉でも突き付けられたかのような狂乱と絶望を込め、美渡はただそう言葉を発する。だが不幸なことに真姫の動きは現実であり、発動と直撃による破壊は確実に終焉をもたらす代物だった。アクレスピオスの刀身に小型の構成が出現したような電撃と火炎が集まっているのだが、展開量と密度からして最悪に該当したのである。従来の事象解析では到底ありえない領域――序列第三位と第四位の生体技能の同時展開という事態、同じ序列入りとして想像したくもなかった。

 

 「私はにこちゃんを追いかけてにこちゃんのようにありたいと思っているけど、私はにこちゃんじゃない。誰でもない西木野真姫が抱いた矢澤にこから得た信念に、ただ忠実でいるだけ。だから……にこちゃんが止めても、この気持ちだけは妥協なんて、したくないっ!」

 

 淡々としたこれまでとは一転し、自らの根幹への強い自負を込め、真姫は一撃を放とうと宣言する。刀身のプラズマと同等か、あるいはそれ以上に熱のある言葉は強さと同時にある種のらしからぬものを含んでいた。そうした違和感を抱えつつも、誰も止めようがない筈であり、結果高海美渡は死を迎える。火を見るより明らかな結末であったが――

 

 「にっこにっこにー! アイドルなんだから、相手も自分も笑顔にならなきゃダメにこ! もし笑顔のやり方が迷ったときは」

 

 大破壊の場に似合わない、どこか作っていながら、明るい声が決めポーズと共にドームに響き渡った。だがその動きは何もかもを振り切ると覚悟した真姫ですら――否真姫だからこそ、己の全てが彼女へ向くものであった。棒立ちになり絶句する真姫を見据え、一人のアイドルは魔法兵装を展開し、姿と反比例した堂々とした歩みで舞台に上がる。

 

 「宇宙ナンバーワンアイドル、矢澤にこの姿を、とくと目に焼き付けなさい!」

 

 「ずるいよ、いつもいつもずるいわよ……にこちゃんは」

 

 不承不承とばかりであっても、隠しきれぬ嬉しさと安堵感を混ぜた微笑を浮かべ、真姫は登場したにこにそう返す。だがそうした揺らぎを見せたとしても、今度ばかりは彼女としても妥協するつもりはなく、一度緩めた目元の力をすぐに戻した。そうしたあまりにも強大な存在と、あまりにも異常な世界を前にしてもなお、にこもまた意志をぶらさず平素の勝気な表情で真姫を見据える。かくて世界を握り司る姫と、握り司られた世界に挑む王子は、余人を排し対峙の機会を得たのであった。

 




 第二の就活とユ~状況が収まり、再び書いた物語。この高ぶりを忘れず、物語のμ’sメンバーに負けぬよう書き続けたいです。

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