ある廃屋の中に一つの人影が横たわっていた。
なにも敷かれていない埃被ったコンクリートの床の上で、身長1メートルにも満たないであろう小さな身体を丸めている。
気温10度にも満たないその寒さの中で、その子供でろう小さな人影は寒さに震えながら眠っているのだ。
着ている服は薄汚れてすでにボロボロであり、何日も着替えてないのが傍目にもわかる。
もとは真っ白なのだろうその肌も髪も臼黒く汚れており、彼が家に帰っておらず誰の加護も承けていないのは明白だった。
彼はこの廃屋、いや、廃れた建物やビル群しかないこの暗黒街ともいえる場所に来たのは、ほんの数日前の事。
まだ、二歳になったかどうかである彼はここに捨てられて来たのだ。
(さむい…さむいよ…なんでボクは…ここにいるの……なんでだれも…むかえにきてくれないの……なんで………)
彼は寒さに震えながらずっと捨てられたこの場所を動かなかった。
何も飲まず、何も食べず、トイレすらも廃屋の隅で済ませ、ずっとこの場所で何かを待っていた。
なぜ自分はここにいるのか、なぜ自分はここに置いていかれたのか、訳もわからないまま彼はずっとここに居た。
最後に彼が見た父親の表情は、怒りと悲しみとが複雑に絡み合ったような歪んだ笑顔だったのだが、幼い彼にそんな表情の真意はわかるわけもない。
ただ無言でここに連れてこられ、そしてその表情と共に「今日からはここがお前の家だ」と一言言われ置いて行かれたのだ。
幼い彼にその意味を理解出来るわけもなく、ただ彼は愚直にもその場所に居続けたのだ。
だがそんな彼も、あれから数日経つ今、誰も迎えに来ないことが、誰も世話をしてくれないことが判り始めていた。
(おなかすいて…ねむれない…なにか…たべないと…)
そして、彼はそんな身体の本能のままに行動を開始する。
空腹と寒さで震える身体に鞭をうち、ゆっくりと起き上がる。
一度廃屋の中を見渡し何もないことを確認すると、彼は扉すら付いていない建物の入り口へと足を向ける。
(なにか…たべもの…)
彼はふらふらとしながら、捨てられて以降初めて建物の外へ出る。
数日前に来たときには、気にもとめなかった廃れた建物群。
改めて見渡してみると、あちこちボロボロで薄汚れており、明かに人が住んでいるような雰囲気ではなかった。
(すんすん……こっちから…なにかにおいする…)
彼は興味なさげに建物を見渡した後、鼻をひくつかせ、臭いがする方へと歩きだす。
何故か産まれた時から異常に身体能力が発達していた彼は五感さえも常人の域を逸脱していた。
彼が捨てられた要因の一つであるこの能力が、彼の意識しないところで彼自身を助けているのは何とも皮肉な話である。
こうして捨てられたとはまだ考えきれない、寧ろそういう考えすらできない程幼い彼は、一人で生きていくことを余儀無くされたのだった。