農民(NOUMIN)が三国乱世を行く(ただし恋姫) 作:ぱっくまん
陽が傾き、橙色の光が地面に反射し視界を照らす。
その黄昏に一筋の銀の線が混じり、風を切る音と、高い音が入り混じる。
先程から続くそれはつまり、刃が振るわれ、触れ合う音であり、依然その場に立つ者達の五体には傷一つ無い。
そう、英傑たる彼女らと対峙する、一人の男にも、である。
「────どうした? その速さでは、私に傷をつけるなどと夢の中の話になってしまうぞ?」
「っ、抜かせ────!」
そう趙雲が怒気を表しながら槍を振るう。
傷はない。しかし、その美貌に垂れる大粒の汗と険しい表情が、決して楽な戦いではない事を表している。
それでもそんな素振りを技に出すことはせず、神速とも言われるその言葉がままの如くかのような速度で男の額に迫った。
だが────、
「ようし、こんなところか」
軽く言い放たれた言葉と、それに合わせたような軽い足取りで後ろに一歩跳ぶ。
すると、槍の穂先は小次郎の額と薄皮一枚のところで、ぴたり、と図ったかの様に止まった。
「────」
趙雲は絶句した。
先程から尽く躱されている。
首を取ろうと槍を払えば上半身を傾け避けられ、ならばと手数を増やし突けばそれも尽くを避けられる。
その避け方も最初こそ刃との間に充分な空間があったが、今では薄皮一枚程度の隙間しかない。
まるでこの短時間で、此方の得物の長さが寸分違わず把握されているかのような───
「なに、そう驚くことでも無い。槍相手は初めてだが、
そう何でもなさそうに言い放つ小次郎に、趙雲はぞっと背中に嫌な汗をかいた。
刃が潰れてない武器に対して、
実力の未知数な相手に対して、
実際の斬り合いの場で、
この趙雲が振るう槍に対して、
薄皮一枚で避けることが簡単?
これが一度や、大きく譲って二度までならただの戯言だと趙雲は聞き流していただろう。
だが。
此れ迄振るった槍のその尽くが、同じ避け方をされているという事実に、趙雲は恐怖を確かに感じたのだ。
「……まるで、見えない武器を持った相手と戦ったことがあるような口ぶりだな」
「うむ。使い手もさる事ながら、武器も相当であった。戦うのは歓迎だが、刃を打ち合わせるのはもう勘弁願いたいものだな」
これは戯言だろう。
趙雲は男の言葉をそう切り捨てた。
「しかし────其処の二人は掛かって来ないのか? いや、勿論これ程の武人と一対一というのも甘美だが、本気で捕らえるならばその方が確実であろう?」
小次郎は動かない趙雲を尻目に、少し離れた場所にて睨む二人に対して声を掛けた。
その言葉に、関羽は渋い表情で、
「……三人で相手している際に貴様が虚をついて逃げ出さないように、だ。それに、武人が多対一など、できるわけがなかろう」
「星が一撃当てたら交代しようかなと思ってたのだ」
張飛は続けてそう言ったが、関羽は内心で思う。
星が速度で負ける相手などそうそういないが────この男は、数段上では無いだろうか。
もし、星が攻撃を当てれたとして、自分に当てれるのだろうか。
いや、そも──この男が逃走を選んだ時、果たして自分に捕らえることができるのだろうか────
関羽は、この男の実力が自分達の遥か高みにあるのではないかと。
そんな想像を抱いた。
「なるほど、残念ではあるが、当然の考えだな。あいわかった。順に相手するとしよう」
そう言って小次郎は趙雲の方に姿勢を向ける。
「────では、続きをするとしようか」
◆
小次郎は相対する眼の前の少女に対して、手加減、ではないにしても信条を一つ曲げて刃を交えていた。
それは一刀の元に首を狩る事────即ち一撃必殺の刃を振るうのを抑えていた。
もちろん、此れが目の前の少女にとって良い気がする行いでないのは自覚している。
だが、言っては何だが、この少女は騎士王ほどの獲物ではない。
確かに疾い────自分と対等とは言えない。
確かに技術はある────まだ拙さが見える。
確かに膂力はある────騎士王には及ばない。
聖杯戦争、及びこの世界を含めても、小次郎の戦った相手が、援護がある状態ではあったが名高い英霊達に続き、最優と呼ばれる英霊、その次に天下一と名高い武将という半ば人外のような連中との戦いということもあり、如何しても見劣りがしてしまう。此れならば、華雄と同等程度か、一回り上だろうか。
もっとも、この少女は人間だ。
英霊と比べるのは酷というものであり、この年齢でこの実力は驚愕に値する。
今この段階で見ても相当なものであり、更に此れからの伸び代もある。
名前もわからぬ相手だが、研鑽を積めばいずれは名を馳せる事ができるであろう才能。
───今刈り取る果実でない事は明白だ。
故に、此れは自分の我儘だ。
驕りは剣を鈍らせるが────それでも。
いつか、紛う事ない強者となったこの者と戦いたい。
その為だけに、小次郎は必殺の信条を封じ、出来うる限り不殺を心掛けていた。
だが、其れでも手を抜く、というわけではない。
手など抜けるほど器用ではないし、更に言うなら、この少女の体捌きに翻弄される事もある。
手を抜けば、其の隙を無様に蹂躙される事は想像に難くなかった。
「でりゃぁぁあああ!!」
「おっと」
像が残る程の連続突きを上体を反らし躱す。
先程から躱す処を見ている為か、その直後に少女は身体を沈ませ、足払いを行う。
だが、小次郎はそれを見てから数歩、後ろに下がり、地に這う少女に刀を振るう。
一閃、二閃。
銀の輝きが順に走り、目の前の少女を襲う。
それを槍の腹で逸らされ、立ち上がった少女からの喉を狙った突きを躱す。伸びきった腕を辿り懐に入る。
驚愕の表情を浮かべる少女に対し、下段から刀を振るう。
槍という武具を持った少女に、懐での攻撃を防ぐ術はなく、その体躯から鮮血が舞う────事はなかった。
「───其方らのような者ならこうしてくれると期待していたが、さて」
振るった刀は、鉄が合わさった音を立てて止められている。
目の前の水色髪の少女の武器はまだ戻っていない。
なら、答えはひとつしかない。
「でぇりゃああああああ!!!」
黒髪の少女はそう咆哮を上げ、力任せに武器を振り抜く。
その細腕からは想像できない怪力に、小次郎は鍔迫りをやめ、後方に下がった。
「愛紗!」
「すまない、手を出すつもりは無かったが──つい、身体が動いた」
「……いや、私の未熟さが元だ。すまない、助かった」
青髪の少女は悔しさを噛み殺したかの様な顔で礼をいい、黒髪の少女はそれに対し申し訳なさそうな顔で受け、その後此方に顔を向けた。
「──貴様にも、申し訳ない事をした。すまない」
「なに、謝る必要はない。元から三対一と言い出したのは此方で、其方らは矜持に則った相対をしていただけのこと。横槍とは思わんよ」
何しろ、半分狙った様なものだ。
一対一も甘美ではあったが、元々は此方が吐いた唾だ。
元より不審な者に対し、数で掛かるが普通のところを一騎討ちという形にしてくれた。
甘い、とそう言う者もいるだろうが───ただの棒振りからすれば、そんな在り方に少しばかりの憧れを抱く。
「さて、では三対一ということで改めて仕切り直し、といこうか。じきに日も沈みきる。此方から提案しておいてなんだが、私も無断でこのような行動に出ているようなものでな。あまり遅くなっては叱られてしまう」
元々は目的が達せずとも、少しばかりちょっかいをかけて満足すれば帰るつもりであった。
しかし、ただ一人の少女にこれほど魅せられるとは思わなかった。
やはり、この世界は素晴らしい。
「────三対一、と言ったな」
黒髪の少女が静かにそう言った。
それに対し、頷き言葉を返す。
「勿論。男子たるもの、二言はない」
「そうか。一人に対し複数で掛かる事を良しとされるなど、舐められてたものだと思ったが────許してほしい。舐めていたのは此方のようだ」
その瞬間。
後ろから、風を力任せに切る音がした。
「────!」
それは、先ほどの焼増しのようであった。
此方を真剣な表情で睨む小柄な少女。
遥か遠くまで届いたであろう破砕音。火薬が爆発したかのような窪み。
そして、それを躱す自分。
気配を薄め、肉薄し、叩き潰す。
まるで野生の獣のようだ。
その俊敏さ、隠密性は、曲がりなりにも暗殺者として呼ばれた私に迫るものが感じられた。
もちろん荒々しさがもう少し隠せれば、だが。
「は、奇襲か。もちろんこれを卑怯などとは言わぬが、さて、次に続かなければ意味が────っ!」
後ろに跳んで躱した先。
それはつまり先ほどの二人がいる場所で。
「おぉぉぉおおおお!!」
「でぇりゃぁあああああ!!」
此方に言われるまでもなく、彼女らは向かってきていた。
研ぎ澄まされた突き。
洗練された一閃。
その二つが、眼前に。
「────成る程、見事」
橙色の地面に、赤い雫が舞った。
全部switchって奴が悪いんだ。(遅れてすみません)
エタらないようにだけ頑張ります(自己暗示)