分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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本編の時代背景的に、物資の流通は未だ発達していないと思うので、時系列的には黒の時代の前くらいになりそう。朧も織田作も、この話においては年齢は二十歳超えてます。


6/4 一部修正。


番外編
バレンタイン小話


 帰ったら、何だか高そうな箱が居間にある机の上にぽつんと乗っていてその存在を主張していた。

 

 見る限り、既に封は切られているようである。そっと蓋を開けると、ふわりと甘い香りが漂いだして、朧は興味深げにその中を覗き込む。

 口元を緩めて、少し微笑を漏らした。

 

 

 数センチ角四方に仕切られている箱の中には、一口サイズの菓子がずらりと、敷き詰められるようにして置いてある。

 光に照らされてつやつやと艶めく、焦げ茶の色が綺麗な菓子群だ。

 

 彼女も何度か食したことのあるそれは、一瞬で解ってしまう程度には匂い立っていたので、それが何か間違える筈もない。そう思いつつも──改めてみれば、何故家にこんなものが来るような事になったのだろうかという疑問で。

 朧はまじまじと、まるで初めて見るかのような眼になってそれらを見詰めた。

 

 

 本当に、見るからに高そうなものなのだが…………一体誰が之を持って来たのだろうか、なんて考えつつも一粒持ち上げてみることにする。

 因みに、現在一緒に住んでいる同居人が真逆こんなことをするとは思えなかったので先ず一番初めに候補から除外したのは間違っていないと思う。

 

 状況的に他の誰かから受け取った、位が妥当な線だろう。

 ……何というか、彼は何事にもあまり頓着しない性格なのだ。

 多分、違うと思う。

 

 

 

 

 

 かり、と試しに歯を立てて、削るように小さく、一口サイズのそれより尚小さな一欠けら分だけ、口の中に入れてみた。

 ほんの僅かにもならないような量であっても感じる仄かな苦みと甘さが口の中に広がって、たまに食べる位ならこういうのも善いな、と考えた──普段口にする甘味が大体にして和菓子とかそっち系のものであるからにして、彼女にとっては今迄食べたことは有れども珍しいことには違いない、そんな類いのものだった。

 

 もう一欠け、と中程迄口にして────不意に、その中から甘さとは別の香りが鼻孔を擽るのに気付く。

 

 

「之って……」

「────朧」

 

 

 思わず呟こうとしたのに被せるような形で、声がした。

 

 気付かなかったのは矢張り、そういう気配の消すような仕事を多く熟している方が上手いからだ。

 ……まあそう言い訳したところで何が変わる訳でも無いのだが、一瞬肩を跳ね上げてから朧は聞き慣れた声の主が居るのを、漸く認めた。

 

 

「帰っていたのか。お帰り」

「只今。うん、(さっき)帰ってきたんだ」

 

 

 ふ、と頭上に影がさして、何時の間にやら現れていた同居人が傍らに立ち、自分を見下ろしている。朧も又、それに合わせるように彼の方を見上げた。

 

 スーツとは異なって、比較的ゆったりとしている部屋着に身を包み、洗ったらしい髪はしっとりと湿り気を帯びている。手にはタオルを持っていて、鳶色の眼が此方を見詰め乍ら「今日は少し汚れたんだ」と云うのを聞いた。

 

 

「作之助さんも、お疲れ様。でも私より早いの、珍しいね?」

「そうだな……ん」

 

 

 その口元にすかさず、手に持っていてかじりかけの菓子を押し付けると、少し驚いた顔をして──それでも食べてはくれるのだけれど──もごもごと「食べないのか」と問われる。

 

 暫く咀嚼してから飲み込む、彼の喉のこくりとした動きを眺め乍ら、朧は「だって」と呟いた。

 

 

「お酒が入ってるとは思わなくて。作之助さん、一人で之の全部、消費出来そう?」

「出来なくはないし、無理なら太宰とか安吾あたりに押し付ければ問題無いだろう」

 

 

 実はこの菓子……というかチョコレート、中に酒が入っていた。

 

 朧は酒が得意ではない──只、嫌いという訳でもないのだが。

 飲みたいと思うし、実際飲むことも好きなのだが、悲しきかな酒に弱いのである。

 酒場でこの同居人があとの二人と平気で飲むようなペースでさえ、彼女がそのままいくならばひっくり返ること間違いなし、という程度には弱い。

 正直なところ、要らない自信である。

 

 

「まあ、」と織田作が云うので、どうしたのだろうと思い乍ら流れ作業のようにもう一粒、箱から摘み出して彼の口元に宛てがうように持って行こうとする──

 

 

「お義父さんが、弱い酒だから大丈夫だろうと云っていたんだ。少し位なら大丈夫だろう」

「えっ」

 

 

 思わず、手が止まった。

 

『お義父さん』は、何時呼び方を変えたんだとかいう疑問もあるがまあ置いておくとして、彼がそう称する可き差出人を、朧は一人しか識らなかった。──思わぬところで之を送って来た人に辿り着いてしまったのだが、考えてみれば妥当と云っても善いのかもしれなかった。

 

 朧の予想では広津であったのだが、よく考えればそれは彼女が親しい人であって、ポートマフィア内で派閥に所属しないこの同居人が何か受け取る程親しいという訳では無い。

 

 ……まあ、朧自身もその異能の汎用性の高さから色んな処にぽんぽんと放り込まれるだけで、本人的にはどの幹部派閥にも属してはいない、筈なのだけれど。

 

 

「院長先生が置いていったんだ。……どういう風の吹きまわしだろ」

 

 

 首を傾げて、その止まったままの状態に「手が止まってるぞ」と催促して、口の中に放り込まれた二つ目を食べつつ──何となく餌付けしてるようだな、と朧は思った──彼は、「こんな事を云ってたな」と呟いた。

 

 

「何でも菓子屋の営業(セールス)にあったと。『聖バレンタインの日』、だったか」

「外つ国の……何、行事?」

「多分そうだろう」

 

 

 彼も又その箱に視線を落とし、一つ摘み上げて彼女の方へずいと差し出した。

 

 

「何でも家族や恋人、親しい者と贈り物を交換しあうらしい」

「院長、教徒じゃないと思うんだけど……ね、今食べなきゃ駄目?」

「問題無い」

 

 

 然し、彼女の酒の弱さは推して識るべし。

 何かあってからでは遅い、というか食べ始めたら止まれる気がしない。何が入っていようと甘味は甘味なのである。

 

 夕飯作ってからの方が善いと思うの、と控えめに提案する前に口の中に突っ込まれた。(物理的に)反論する隙が無い。……これはこれで状況的に少々「美味しい」のだが口にはしないでおく。

 云ったとしてこの同居人がちゃんと理解出来るのか、怪しいところであるので。

 

 結論として、一つだけなら意外と大丈夫なようであった。

 

 

「交換しあう、かぁ。私たちも何か渡さないといけないね」

 

 

 もう一つ食べたいと手を伸ばしかける自分を自制しつつ、何が善いんだろう、と云ったら「似たようなのじゃ駄目なのか」と返された。

 

 

「うーん……駄目じゃない、んだけど」

 

 

 芸が無いというか。果してその芸が必要なのかすら判然としないが、結局のところ似たようなことになるような気がしないでもない。

 ……だから「そうか」と直ぐ納得したように呟かないでほしいのだが。

 云わないけど。そんなところも好きだけど。

 

 

 考えてみると、やっぱり消耗品とかが妥当なのだろう。

 

 形に残るようなものは、何となく逆に恥ずかしいような、愛が重いような、そんな気がした。口には出さず、そんなことを内心で思いつつも案外表情筋が正直であるようで、朧は微かに、面映ゆげに笑った。

 

 

 今迄あまり意識したことは無く、当たり前のように『院長』とそう呼んできたが、あの孤児院で暮らして寝食を共にし、弟や妹、兄と姉といった家族と称するべき子供たちが居たのならば、矢張りその養い親も父であって然るべきなのだ。

 血を分かつ者が他に誰か居るのかも識らない状況で、然し今更乍らそれに気付いたのだった。

 

 常はあまりはっきりと表情を見せない彼女が浮かべるにはしっかりとした(・・・・・・・)感情だな、と織田作はそんなことを考えて──尚、それが思いっ切り自分に当て嵌まるもの(ブーメラン)であるのには気付いていない──頭一つ分程低い処にある栗色の髪をさらりと撫で付けた。

 

 柔らかな眼の翠がちらりと上向いて、それが何か云う前に「髪を乾かして来る」と短く告げてから背を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────それで、最終的に如何なったんですか」

「夕食後にその菓子を食べてから寝たな」

 

 

 より正確に表現するなら、菓子によって強制睡眠させられた、とも云う。

 

 

 

 

 次の日である。

 

 場所は会計事務所の隠し部屋。

 この場に居るのはこの場所を訪ねた自身と、もう一人……学者風の青年、マフィア専属情報員の坂口安吾。友人として扱う可きか判らないが、同業でそこそこ(・・・・)面識がある者として一番、或いは二番目に挙がるのがこの男である。

 つまり、安吾の仕事場に訪れていた。

 

 

 昼過ぎ頃に普段は持たないような荷物を風呂敷に包んで持って来た織田作は、その部屋の中にある応接用の簡素なソファに腰掛けていた。

 呆れた顔で話を聞きつつも、手を休めることなく作業を続ける近くで昨日のことを話していたのだった──他に話題が見つからなかったので。

 

 

「四個が限界だったらしい」

「相変わらずの弱さですね……」

 

 

 安吾の詞に「確かに」と頷いてから、織田作は風呂敷の結び目を丁寧に解いていった。

 

 

「それ、何です?」

「『結局何も思い付かないしお酒で頭も回らないしでとりあえず同じようにお菓子作ってたら作り過ぎた』とか云ってたな」

 

 

 おはぎである。

 風呂敷に包まれていた重箱の中に、詰め込まれるようなそれが見えた。

 

 書類から顔を上げていて、その中身を覗き込んだ安吾が顔を引き攣らせる程度の多さである。

 

 

「そんな状態で何で作り過ぎるんですか……」と咄嗟にこめかみを押さえて呻く安吾に「昔働いていた職場の必須技術(スキル)だったらしいからな」と何時ものように返して、織田作は更に箸と紙皿まで取り出した。

 用意周到である。

 安吾が男の顔を見ればその眼は真面目そのものであって、いよいよ頭痛がした──この男が冗談の類いを云えるような人間で無いのは既に識る処となって久しい。

 

 

 というか、之をどうしろと。

 

 紙皿を差し出されて困惑した表情の安吾に、「疲れた時には甘いものだろう」と真顔で云ってくる織田作の表情に溜め息を飲み込んで、安吾は「一つで勘弁してください」と割と真摯な願いを口にしたのだった。

 

 

 尚、その直ぐ後にどこぞの五大幹部の一人が突撃してきたりもするのだが、それは二人には未だあずかり識らぬ事である。

 

 

 

 

 

 




修正箇所:頭二つ分→一つ分
頭一つ分で大体25㎝らしいですね。流石に50㎝差は犯罪だわぁ……(*・ω・)






結局院長には別に適当なの見繕って後日渡したらしいです。
(其処まで書く気力無かった)

大体、こんな感じ。
そう、皆幸せな織田作を欲している筈なんだ……‼

やってることは甘いのに、何故か雰囲気が甘くならない謎である。
あと、個人的に安吾さんはオチに使いやすい。



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