分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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第七話 匣の中身

 偶然とは斯くの如く在るものなのだろうか、と思わされることが在った。

 

 勿論、それが意図されたことでは無いとは解っている。

 云うなれば、只成るべくして成った、それだけのことなのだろう。

 

 

 兄の帰省。単純にそれだけの内容である筈だった。

 

 それを思わず放り出してしまう程のこと、少なくとも私にとって状況を覆されたかのようなことが起こっているのは間違い無かった。

 

 

「……………………此れ、が」

 

 

 一人で呟くが、然し返事は無い。

 誰も居ないのだから当然である。

 

 先程迄居た弟は兄の荷物を中に運び込み、序でとばかりに他の子供たちも撤収させていった。

 周囲に人の気配は無く、今此の時私は一人だった。

 

 

 

 外に取り残された身体に吹き付ける風は、酷く冷たい様に感じた。

 背中から噴き出してきた汗のせいで尚更そう感じる。

 

 私は、強張って動かなくなった手を何とか動かし、その場に座り込んだ。

 服が土埃で汚れるかもしれないとか、そんな考えは邪魔なものだった。

 

 それ以上に重大なことだろう──……少なくとも、私にとってはそうだった。

 

 事前に聞かされていた。

 然しそれでも、自分の中に、その時迄全くとして自覚していなかった『何か』が在る、というのは……否、回りくどく『何か』などと称するのでは無く、【異能】と断ずる可きそれに対する衝撃の方が余程大きく、私の中を渦巻いていた。

 

 

 在るのだと云われ、実際に存在すら判らぬままに数日経ち、私はようやっとそれに気付いたのだった。

 

 突如にして、日常という中に投げ込まれた異質なるもの。

【異能】──噂やお伽話、空想の類いと思っていた。

 

 私の生きる場所とは違う世界は、然し私の眼前にある。

 震えが走り、私は自分で自身を掻き抱いた。

 

 

 

 ──きっかけは、何となく察しがついた。

 そしてそれが正しいのならば、今より前に気付けていたなら、もしかすると…………いや、止めよう。若しもの話をした所で、其れが起きなかったことは確かだった。

 

 ()()()()とした感情。

 自分のことであるのに判らないという不気味さに焦れ、識りたいと願うばかりでは、その感覚は掴めないものだった。

 白木──兄が連れて来た上司であるかの人が『そういう人』であるのは、名前を交わし握手をした、あの少しの間だけでも十分に理解出来たのは、私の【異能】が発動したからだ。

 私は紳士然とした壮年の姿を思い返し乍ら、そんなことを考えていた。

 

 

 艶やかな黒髪を撫で付け、一目で質の良さが解る黒外套と背広は残らず糊をきかせたものであった。

 去り際の彼は泰然たる佇まいで、単眼鏡(モノクル)の奥から何か観察するように此方を見詰めていた。

 

 握手をしたあの時、僅かに表情が動いたのを見た事から、恐らく彼も又、私と同じような感覚を同時に体験した筈だ。

 

 

 

 その時、自分の中にある其れを、私は初めて明確に感じたのだった。

 確かに(わたし)の中に蠢くそれは──今にして思えばどうして気付かなかったのかが疑問になる位で、あたかもずっと一緒に在ったかのようにしっくり(・・・・)としていた。

 事実、そうなのだろう。私の【異能】はその存在を識らずとも、私が今迄抱えてきたものなのだろうから。

 

 異能が、私の意識を失っている時に勝手に発動したのならば気付けないのも解る気がした。

 逆に、若し、と思うことがある。

 抑も院長の云っていた最初の発現の時──私が気を失う程のことが起こらなければ、私はその異能すら発現することなく居たのかもしれない、と。

 

 それが今更云っても詮無きことだとは、勿論解っていることなのだけれど。

 

 

 

 発現する前の状態から無理矢理叩き起こされたかのように、危険な目に遭ったから、と勝手に異能そのものがそう判断したのだろうか。

 

 何と云えば善いのだろう。

 …………その、いわば解錠され蓋を開けられたばかりの(はこ)を──【異能】という中身を剥き出しにしているそれを多分、私は取り出さねばならなかった。

 此の時を以て、それをようやっと理解出来たのだ。

 

 単に、私の場合は状況が特異だったのだろう。

 真逆意識を無くした後、本人の意思の無い時に勝手に力が開花する何て思わない。

 この例えで云うならば……匣の中身たる異能の感覚など、取り出し手に取ってもいないのに解る筈が無い、ということだ。

 

 私は、息を深く吐いた。

 どうすれば善かったのか、或いはどの様に考える可きだったか、色々と考え込んだ自分が莫迦みたいにも思える。

 

 私は只、待てば善かったのだろうか。

 身内に院長という身内が居る以上、来るべき機会は必ず訪れた。

 院長(かれ)だって、別に疾くとか、期間を定めていた訳では無い。いっそ無感動な迄に私を見て…………実感が無いと思いつつ、その実焦っていたのは私だった。

 

 まあ、こう云ったところで時間が巻き戻るわけでもなく、一日二日の差など誤差にも成らないのかもしれないが。

 

 

「…………」

 

 

 私は自分の掌を見詰めた。

 

 異能について、何を如何する可きなのか、漠然と解っているような気がした。

 此の身の内に潜む、然し永い間共に在った力は、私にそれを振るえと囁いているのだろうか。

 

 確か──院長はこう云っていた筈だ。

 

「貴様が何を思い、異能で何を為すのかなぞ知らんし興味も無い」と。

 同時に、「其れを為すのに足る異能(ちから)が有る以上心しておくことだ」とも。

 

 私の持つそれも又、異能(ちから)である。

 きっと矮小たる身には過ぎた代物。

 紛れも無い異物であり、異常。

 人に優劣を付けてしまう超常──或いは、奇跡。

 

 

 私は答えを知りたかった。

 

 再び立ち上がれば、背中の骨が軋むような感覚を感じた。

 土埃を払い、手を握っては開いて見詰めていれば……「朧」と、私の名を呼ぶのが聞こえた。

 私の、歳は二つ三つくらい離れた兄──白木が、可笑しさを滲ませるような表情で、此方を観ていた。

 

「今まで、観てたの?」と聞けば、「真逆! 見えただけだよ」と何とも判然としない答を返された。要は見ていたのだろう。来たばかりなのかはよく、判らなかったけれど。

 

「裾が未だ埃っぽく成ってる。払ってあげるよ」と未だ少し笑っている兄は──「話もしたいから!」と云って、長椅子(ベンチ)の方へ、私を促した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お前は覚えて無いンだろうけどさ、此れは随分昔に兄貴たちが造った奴でな?」

 

 

 識ら無かっただろう、と云って、置きっぱなしにしてあった本を手渡された。

 

 兄はそこに座り、私は本を抱えなおしてその隣を陣取る。

 本の間の頁には挟んでいた封筒があり、私はそれを取り出し改めて眺めた。

 

 

「真逆上司の人を連れて来るなんて、何時もの冗談かなって、思ってた」

「冗談とは酷い。兄さんは仕事のことに関して嘘を吐かない男として有名なんだぞ? あれは未だきちんと決定して無い時に書いた物だから、仕方ない」

 

 

 私の視線を──多分じっとりとしていたのだろう──を暫く受けると、兄は肩を竦めて「何だか多少気が強く為ったなぁ」と呟いた。

 

 

「何だか彼奴(あいつ)……院長先生は有名らしいぜ? 異能的に。広津さんは久しぶりに帰省する部下の付き添いを気まぐれにしていただけ──という名目で面会しに来たわけだ」

「…………」

「ははは、何で識ってるんだって顔してるぞ朧」

 

 

 事実、私は間抜けな顔を曝していただろう。

 然し──其れでは、矢張り…………

 

 

「じゃああの、広津さんって人は院長に用が在って此処に来たの?」

「まァ正確にはその異能、にだけどな……組織に利用出来るモンは何でも、皆欲しがるから」

 

 

 あんまり詳しいことは仕事だし話せないぞ、と云って兄は笑った。相変わらずよく笑う兄である。

 

 

 それは嘗て兄も此処に居た頃の生活を彷彿とさせるもので……然し、どうにも遠く感じられた。

 隣どうしに座っているし、僅かな隙間からでも感じる仄かな熱があるのに、私には、その横顔を見せる兄が何処か透明な壁一枚を隔てて別の場所に居るようにも思われた。

 ……其れが自ら引いてしまっている線引きなのは、理解している。

 

 

「異能は都市伝説みたいに語られてるし、俺も正直信じては居なかったんだがなぁ……ちびっ子でも信じなさそうな代物だが、上司という例がある以上信じざるを得ないよ。お前も識ってるンだろ?」

 

 

 問い掛けられて、少しだけ私は唇を引き結んだ。

 

 常識から外れているだろう力を、他でも無い私自身が持っているという事実が、妙に胸に刺さった。

 果して此れが……院長の云っていた「心しておけ」という言葉の示す一端であったのかもしれない。

 救いなのは、院長や広津という男から話を聞かない限り、兄がそれを識ることは無いということだ。

 

 私もあまり、自分が異能に目覚めていることは人に云いたくは無いから、気付かれない限りは云う積りも無い。

 

 

「聞いたの?」

「何か見られたからばらしたッて云ってたんだが……彼奴もへま(・・)をするモンなんだなぁ」

「…………」

 

 

 そしてどうやら、院長も兄に私のことを話す積りは無かったようだった。

 そこにどんな理由が在るかは識らないが、矢張り異能はそういう(・・・・)扱い故に今迄噂や幻と云われていたに違いない。

 

 

「俺は抑もお前たちを構いに来ただけだから、さっさと出て来たンだ。あれは広津さんの仕事だしね」と、兄はそう云いつつ頭を掻き混ぜてくる。

 私は、暫くされるがままになった。

 

 遠くに居るようでも私は兄に触れられるし、兄も私に触れられるのだ。

 それが妙に胸に染みた。

 

 色々なことが一気に起こった感覚で──然し今は未だそれでもいいかな、と私は思った。

 頭を撫でる手が懐かしく、温かかったからというのもあるのかもしれない。

 

 何となくしんみりとした心持ちに成って、兄が膝をぱん、と叩き立ち上がった。

 

 

「此んな寒い処に居るより、中に入るか!」

「皆も兄さんと遊びたいと思うよ?」

「土産も在るんだ。以外と夢中で相手にしれくれないことも有り得るけどなぁ」

「それこそ真逆、だよ」

 

 

 兄を慕わない子たちが、自分を含めて居る筈が無いではないか。

 私がそんな意味を込めて云えば、兄は一瞬きょとんと此方を見て、そして破顔した。

 

 

「うん、矢張(やっぱ)り善いもんだな」

「…………」

 

 

 何だか気恥ずかしくて目を逸らせば、頭をぐりぐりと撫で回される。

 兄がどんな顔をしているのか容易に想像出来た。

 

 そんな私たちを待ちきれずにいたのか、弟が一人入り口から出てきて此方の方を向き目を丸くした。

「姉さんがそんな風にされるの、久しぶりだね?」と云って意外そうな顔をしているのが見えた。

 

 

「おう、先程(さっき)ぶりだな弟よ」

「はいはい、改めてお帰り……と云いたいンだけどさ、取り敢えず先に皆の相手宜しくして欲しいな。ちび達皆待ってるよ」

「兄さん、愛されてるね?」

 

 

「は」と声を上げかけるのを逃さぬようにと、弟は兄の腕をつかんで、中へ急ぐように入っていく。私は慌ててそれを追いかけた。

 

 或る部屋の前で立ち止まり、その外から「いいよ」と心持ち大きな声で弟が云った。同時に兄の手を放し、扉の前へ押し出すと、細く開けられた扉から間髪容れずに伸びるものがあった。小さな手だ。

 

 兄を容赦無く引きずり込んでいったのに瞬きをして、私は乱れた髪を手櫛でさっと直した。

 …………正直な所、少し怖かった。

 

 

余程(よっぽど)嬉しかったんだね」

 

 

 しみじみと呟く弟の顔は、心なしか疲れて見える。

 私の居ない短時間に、苦労することがあったのは容易に推察出来た。

 私はふ、と息をついた。

 

 

「……暫くしてから、入ろうか」

「それが善いと思う」

 

 

 もみくちゃにされているんだろうなあ、と思いつつそんな言葉を交わして、時間を潰すように壁に寄り掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




何となく、ふわっとした異能の解釈。
発現、又は自覚の仕方は人それぞれらしいので、一応独自扱いということで。
一番書くのに苦労したので、説明が下手かもしれない。



主人公の異能力の詳細は未だ出てきません。
勿論のことオリジナルなので、そこらへんは温かく見守って頂ければ幸い。
苦手という人はそっとブラウザバックしてやって下さい。


感想、評価等お待ちしてます。



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