分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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にゃんにゃんの日(2/22)過ぎたけど(2/24)、別ににゃんにゃん(健全)してもいいよね! な突発的番外編第三弾。短め。

なお、一時間の一発書き。





『猫町』

 にあー、と間延びした声で鳴くそれ(・・)を両手で持ち上げて、「かわいい」と思わず呟いたのに隣の男がぴくりと反応したように思えた。

 

 

「猫ってかわいいよね」

 

 

 そう云って、くるりと上目遣い気味に見上げてきた女の──身長差的にはそう成らざるを得ないのである──黒混じりの翠の瞳はどこと無くきらきらと煌めいているように感じたのだった。

 

 そんなことを思って、織田作はその様子を暫し眺めた。彼からしたら、この女の容貌やら髪質やらも似たような風に違いないのであるが……その腕に抱き抱え直して此方を見てくる二対の眼と見つめ合っても矢張り、その考えは変わらなかった。

 

「そうだな」と云うと、見下ろしている女の目元が僅かに緩んで、少し嬉しげな顔になる。

 

 

「あ、矢っ張り作之助さんも猫好きなんだ」

「いや、似てると思ってな」

「ん…………?」

 

 

 少し首を傾げられた。

 

 

「何、私って猫っぽいの? 今猫かわいいよねって話だったんだけど」

「…………」

「あ──え、っと」

 

 

 二人して顔を見合わせてから暫くして、意味を理解した女がちょっと顔を赤らめた。

 

 ぎゅっと猫を抱きしめる腕の、その力が強かったのか猫がじたばたと暴れ始めて、慌てて拘束を緩めていた。

 

 ……若し之で性格も猫に似通っていたら困ったことになっていたのだが、そうでないことは救いだろうと、織田作は一人そう思った。

 なにしろ現在の食卓事情は、殆ど彼女が握っているも同然であるので。

 

 

「その内飼ってみるか」と云うと、「んー」と少し悩むような声で朧は唸った。再び大人しくなった猫の頭の上に頤を乗せてから、ゆっくりと頭を振った。

 

 

「いや、いいかな」

 

 

「そうか」と頷きかけて、「そうなのか?」と問い返す──少し意外で、織田作は目を瞬かせた。

 

 

「何だかね、猫って何にも囚われないで気ままな処が好きなんだ。飼ってしまったら束縛してるような気分にならない?」

「成る程……ん」

 

 

 朧の腕からするりと抜け出した猫が、二人を交互に見て「なら捕まえるな」と、そう訴えているような気がした。

 

 

「まあ、野良とこうしてたまに戯れたら善いよ、私は」と云って朧は笑ってから屈んで、行儀良く座る猫の頭を小突いた。

 

 

「お前もその方が善いでしょう?」

 

 

 にあー、と間延びしたように答える猫にくすくすと声を漏らす。織田作も口元を緩く横にして微笑んだ。

 

 

 単に彼女は、自分と違うように生きるものを見ることが好きなのだと思う。まあかといって真逆今の状況に満足していない、という風にはまるで見えないが──……届かないものを嘆くように諦観に似た笑みを浮かべるでも無く、憧れでも無く。

 純粋にその生き方を美しいと肯定する、そんな今の朧の表情を、織田作は好ましく思っている。

 

 

「あら?」

 

 

 猫がおもむろに立ち上がって──頭を小突く朧への抗議の可能性も否めなくは無かった──その長い尾で足の辺りをぺしぺしと叩かれる。織田作は猫を見下ろした。

 猫にしては理知的な光を宿した眼が何か訴えているようでもある。

 

 たた、と数歩先を歩いてから振り返られる。

 朧が立ち上がるのに手を貸して、そのまま顔を見合わせた。

 

 

「ついて来い、って云ってる?」

「そうかもしれないな」

 

 

 

 にあ、と応えるような小さな一声が空気を響かせて消えた。

 

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 

 それは端から見れば奇妙な光景であったろう。

 

 一匹の黒猫の後ろを、人間の男女が二人ついていくという──追い掛けている、という訳でも無く、それは連れられているという詞が最も適切だった。

 

 朧の温い体温を伝える手が、男の手を引いて足早に歩いていく。

 歩調の関係で普段は織田作が少し前を歩くのに、この時ばかりは逆であった。

 

 狭い道や隙間を器用に通り過ぎる猫の進みは早い。二人で足早に、之まで通ったことも無いような横浜の街を小走りに過ぎていく。

 

 

 くす、と朧が笑った。

 

 

「何だか、『猫町』を思い出すね?」

「……ああ、あれか」

 

 

 そうだなと呟いて、然し頷くのは、彼女が前を往くので止めることにした。

 

 朧はその養い親だった男の影響で、織田作は或る契機(・・・・)を彼に与えた、又別の男が居た為に、本にはそれなりに精通していると云えた。

 だからその題名は、織田作も識っている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 景色が何だか早く移ろっていく気がした。

 

 足元がふわふわとして、彼女と繋いだ手が妙に熱く──くらくらとするのは、夢か現か。

 

 どの道を通ったのか、今何処に居るのか、見知った街の筈が、よく解らなかった。

 

 

「うわぁ……」

 

 

 急に開けた場所に出て、歓声を上げた彼女が段々と歩調を緩めて立ち止まった。

 

 

「海が……近いな」

「こんな場所、識らなかったな」

 

 

 そんなに歩いたっけ、と見渡す周りには猫の大集団が居て、小さな公園の中で思い思いに過ごしていた。

 

 

「あの猫、何処に往ったんだろう」

 

 

 ──その多さに、先程の理知的な光を宿す黒猫を捜し当てることは出来なかった。

 

 

「…………『猫の精霊ばかりの住んでいる町が、確かに宇宙の或るどこかに必ず実在してるに違いない』、か」

 

 

 織田作の抱き上げた一匹の猫の頭を撫でながら、「善い話なんだけど、少し寂しいよね」と朧は呟いた。

 

 

「何時の間にか元の世界に、かぁ……確かに何だか、今は世界がくっきりしてて、何時もと違うように見えるみたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────その時、もはやあの不可解な猫の姿は私の視界から消えてしまった。

 

 にあー、という声と擦り寄る黒猫が、此方を見上げている。

 

 

「もう、時間なの?」

 

 

 にあ、と鳴く声が何だか名残惜しくて、確かにもう夕陽は沈みかけている頃だった。

 

 時間の流れがひどく曖昧で、少ししか経っていないようにも感じたのだが。

 

 

 ────あの蠱惑的な不思議な町はどこかまるで消えてしまって、カルタの裏を返したようにすっかり別の世界が現れていた。

 

 

 それも又、猫の気まぐれであったのだろう。

 

 本当に僅かな時間を過ごして、再び連れ出された後に振り返っても、それが何処であったのか思い出せず、見慣れた港湾に二人佇んでいたのである。

 

 朧が織田作を見上げて、矢っ張り可笑しそうに、くすりと笑った。

 変な顔をしていただろうか、と顔を触ってみても、よく解らなかったが……狐ならぬ猫に化かされて、きょとんとした顔でもしていたのかもしれなかった。

 

 

 

 

 

 




参考:萩原朔太郎の『猫町』

良い話です。萩原朔太郎、文豪の中では一番好きだったりします。
何時か文ストに出るんでしょうかね? 分かりませんが、一足早く作品だけ登場させました。


書いたら意外に出来が良かったので、後で手直しして時期的に合うところの本編に入れてもいいかもしれない。



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