分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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4/10に投稿したものに表現等修正・一部矛盾箇所の訂正後、再投稿しました(4/13)
追加文章ありますが、内容はそんなに変わっていません。


第二〇話 指針を決めるもの

 

 

 その弧児院は、横浜に存在する。

 一口に横浜、と云うが──広い中の、郊外に近い処に位置している。

 

 それは、立派な建物だ。

 少女がこれまで生活していたところなど比べ物にならない、一体何だったのだろうと思わされるような。そんな建物だった。真っ白な壁はそれを見た者にどこか冷たい印象を与えさせる、誰かの城だった。

 其処に男が養い子を連れて立ち寄ったのは、その場所を、彼が『それなりに関わりのあるもの』と見なしているからに他ならない。

 

 それなりに関わりのあるもの──それを繋いだのは、男の持つ異能である。

 

 朧の養い親たる、男。

 彼が持って生まれた異能は、非生物であり、かつ片手で持てる程度の重量の物に対してしか効果を発揮しない。然しそれでも十分過ぎる位の利益──孤児院を運営する総てに行き渡るように供給するのだから──があった。服も一着あれば同じ物を量産でき、その他も又然り。

 全体の生産量からすれば微々たるものでも、それを一々作っている者からすれば笑えない話である。そしてそれを享受する者からしたら助かることこの上ない。

 

 眼前にあるこの孤児院も例外無く、その恩恵を受けていた。

 孤児院が男に出した辞令とやらの内容は、じきに識らされることではあっても未だ各地の孤児院の大人たちには伝えられていない事である故に──先んじてその情報を当人から聞かされれば、本来あるべき環境に戻っても何も聞かされていないよりは早く順応できることだろう。

 ……まあ、当の男からすればそれも気まぐれな行動で、単に目的地に行くまでには日が暮れてしまうような地点で近くに泊まれるような場所が他に無かったからという理由であったが。別に、連れている少女に別の孤児院を見せよう気持ちが無かった訳ではない。

 

 あの孤児院は、特異だった。

 そもそもが男の我儘で作られたようなもので──そうでなければ大人一人きりで運営なんてする訳がない──その孤児院の運営も、男は物資を子供に提供しただけだ。実際それだけでも子供は十分にしぶとく生きた。

 気づいた時に物資を供給し、たまに思い出したように子供が増え、読書の邪魔をすれば罰する。それだけの生活を送っていた。

 男が、若し子供が好きかと問われるのなら、興味がないと──そう答えるだろう。

 関わったとして、異能者の取り巻く環境に巻き込まれて覚悟もないままに死んでいく者はきっと憐れに違いないのだから。

 

 

 男の居た処、少人数だろう子供と、これまた少ない、大人一人だけ。

 少女が都市郊外を通り抜け更に先へ来たのは、人気の無い田舎町にぽつりと在るようなおよそ似つかわしくない建物とまるで違う、孤児院とはこういうものなのだと云われているような気にもなる処だった。

 これが普通で……そんなのを養い子に見せる機会があったというだけの事であった。

 

 

 

 

 

「これが孤児院なのですか」と、少し目を丸くして云った少女は一体何を思ったのか。

 

 小川があり、さらさらと揺れる草木があり、夜は星と月明かりのみである、閑静な場所とは異なる。そんな孤児院であるだろうに、何か入る者を拒絶するような、無機質的な威容を目の前にして、少し目を瞬かせた。

 

 ちら、と見上げられるのに「どうした」と云って、男は朧の何を云うでもない視線を受け止める。

 どうせろくでもないことを考えているのだろう、と思った──この少女、どこか抜けているせいなのか割とそういった表情を隠すのが苦手である。微妙な表情の変化も、慣れてしまえばその感情を読み取るのは容易いものだった。

 

 ゆるりと首を振って、薄ぼんやりとした瞳は不思議そうにも見えた。

 

 

「いいえ、何も。ただ……」

「何だ」

「此処に居る大人の人は、きっと院長先生みたいな人なのかな、と」

「………………」

 

 

 運営する者が違うのだから、違った風に感じることが当たり前だろうに、養い親はその詞には答えなかった。

 沈黙こそが答えであるのかもしれないが……男は黙ってその建物の、門の脇にある呼び鈴に手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 出て往く際に、軽く一悶着はあった。

 

 本来ならば一年後の予定だったのだ。すなわち、朧が十五に成る時に彼女はこの弧児院を発つ心算(つもり)でいたし、周りもそうだと思っていた。

 

 云い出してしまったものは仕方ないだろう。決まってしまったことも最早戻れはしないだろう。

 

 既に舵は切られた。

 何時までも一緒に居られないのは、自身が異能者であるのだと見詰め直した時点で既に判っていたことで……この沢山居る弟妹から一番上がたった一人、欠けるだけのことだ。一悶着あっても無くてもそのずっと後、最終的には、きっとその欠けた状態が、朧の居ない状態が普通になっていくのだろう。その前、白木の時もそうであったように。

 そして、そう仕向けるように、朧もまた、子供たちを仕切ることは既に弟へ一任していた。

 だから自分が去ったところで大して変わることは無いと、そう思っている。そう思いたかった。

 

 

 ……実際、この考えは正しい。この行動も、間違ってはいない。

 人とは、そういう(・・・・)ものなのだ。

 

 まあ、そのように自分に云い聞かせていた、というところもあるのだけれど。

 頭では理解していても感情が伴わない。こういう時、自分の弱さを改めて実感させられるのだった。

 

 

 幼い頃泣き虫だった自分。

 泣きたい衝動をなんとか飼い馴らし、けれどそれ以上進むことなく。それは何も行動しないことと同義であることに気付いてすらいなかった二年前。

 自身の異常(異能)を真っ向から見詰めるようになり、様々なことを識って、識ったからこそ少し脆くなったかもしれない今の自分。

 

 未だこの身が生を受けてから十と数年しか経っていないが、そんな私がこの何の変哲も無い人生を回顧するのに苦痛を感じるのは、忘れようと努めて、途中までうまくいく癖に、ふとした気の緩みで泣きそうになるのは──偏に自分の弱さのせいだ。

 少し虚しさすら覚えるのは、きっとそんな感情も多分に漏れず、自分の中で薄れ消え、忘れていってしまうのだと。

 今感じているこの気持ちも、離れていったその瞬間から気づかないような速度でじわじわと風化してしまうのだということだ。

 

 心の依り処というのはそう簡単に成れるようなものではなく、そうあっさりと手放せるようなものでないのと同義でもあり、──彼女にとっての新天地において、残してきた子供たちとはまた別に、新たに縋れるものがあるという可能性。それはすなわち、そんな事実を否定出来ない確固たる理由でもあった。

 

 

 心は痛いだろう。

 然し痛みには馴れている。

 

 前に進むのだ。

 何故なら、私の(みち)は未だ続いている。

 

 

 途切れることなく終わりが見えないなら、それでも何れ訪れる終わりまで歩き続ければ善い。そうする可きだ。

 

 それは当たり前のことで、大切なことでもあった。

 然しいざ意識してみると、難しいことこの上ない。その末の結果は……今の朧を見れば解ることである。

 

 

 ──僕は多分、何も云っちゃいけないんだろうなッて。それくらいしか解らないけど。

 

 

 聡い弟は云った。くしゃりと泣き笑いのような(かお)をさせたのは、他でもない朧であった。

 ……それは、自分が異能について受け入れるという選択をした故の話であった。

 

 

「ごめんね」としか云えぬ自分は、果してどのような表情(かお)をしていたか。

 ただ、こんな自分でも、こんな不甲斐ない姉でも未だ家族だと、そう云っていてくれると善いなと思った。

 

 

 ひとつ、解ったことがある。

 

 一緒に居れずとも、遠く離れても、共に過ごした記憶が色褪せてゆこうとも。そんなに悲観するなと、寄り掛かり縋り支え合うことがその時出来なくとも。

 仮令(たとえ)どんな状況下にあったとしても。想いは薄れ風化していくのだろうが、そうだとしても、一度そうなったという事実は……家族たる彼らは、少なくとも少女にとって自身を現実へと縫いとめる『杭』になる。風化したとして、その杭の根元は、穿たれたという事実を自身の中に残すだろう。

 

 それは、離れても平気になったとして、けれど失ってしまったのなら多分……いや絶対にただでは済まない、そういうことだ。

 

 異能者(ひと)人間(ひと)と繋ぎ止めるもの。怪物も確かに皆と同じだと──戯言と云われるかもしれないが、事実でもある──突き付ける楔は、悪いものでは無いと解っている筈なのに、まるで傷つけるように心の奥底までぞぶりと刺さっている。抜こうとするなら必ず何処か傷を残すだろう。

 

 

 

 

 

 こんな(・・・)些細な出逢いにさえこんなことを思ってしまうのも又、きっと自分がこんな面倒な性分を抱えて進んだ故だった──ぼんやりとそんなことを思う内に、ふっとその背に置いていた手に感じる感触が変化する。

 

 膝の上で眠りはじめた子虎の姿から目を離した数瞬の間である。

 

 

「…………」

 

 

 ちらりと、見下ろす。

 元々子虎は少年である。解りきっていることであった。

 頭を預けるような、いわゆる膝枕のような状態になっていて、ついくすりと笑みを漏らした。

 

 白に近い、月白と云う可きか。

 そんな色の髪をした、あどけない寝顔をした子供がすやすやと穏やかに眠っている。恐らく三、四歳程度の男児だ。朧の居た孤児院の末妹よりもやや年上、といった程度か。

 

 つい先程までこの虎であった本人である。

 虎が眠ってしまった故の変化か、それとも純粋に制御が解けたのが今だったか。

 どちらにしても前触れのない変化だ。よく見ると、何となくその寝顔は似ているようにも思える。

 

 そっと髪を撫でて、起きないのを善いことに──遊んだ後の幼児というものはなかなか起きないと相場が決まっている──服を捲った。

 肌に走るのは、傷痕だった。しっかりと認めてから、少し顔を顰める。

 こういう点は、きっと何処も変わらない。

 

 

 

 ……「朧」と云う、咎められているような気にもさせられる平坦な声の主が先程やってきたというのはとっくに承知していた。

 見るまでもなく自身の養い親であると、少女は顔を上げずにその声だけを聞いた。

 

 

それ(・・)が、か。変身能力とは珍しい」

 

 

 それ、という台詞に何やら含みのようなものを感じる。

 この孤児院の中に通されてから、何故か引き合わされたこの場所は──よくよく考えてみれば隔離部屋のようなものにも思えることも、事実ではあるのだけれど。

 

 

「……私にはよく解りませんけど」

「少なくとも(おれ)は初めて見る──ああ、貴様のような異能(もの)も珍しい類ではあるが」

 

 

 院長先生、と云ってから、そういえばこの養い親は最早院長では無かったな、どう呼んだら善いのだろうかと……そんな関係のないことを考えつつ「この子、連れていくことは出来ないんでしょうか」と、顔を合わせないままに朧はそう言った。

 

 そんな少女に、探しにやって来ただろう男がそれを想像していなかったかと云えば、嘘になるだろう。

 

 

(おれ)や貴様の一存で決められることではない……此処の院長が決めることで、残念なことに己とは方針が違う」

「……そう、ですか」

 

 

 少し考えた風にして、少女は名も識らぬ虎……であった幼児の、長さの整っていない髪をするすると撫でつけた。

 なんだか埃っぽいようにも思えて、触れた指を擦り合わせてざらりとした感触に少し首を傾げる。

 

「あっさりと引き下がったな」と云った養い親に、「納得しただけです」と朧は返した。

 

 

 同情はする。

 仲間意識のようなものもある。

 ただ、同類とはいえ、境遇が似ているものであったのだとしても、それが彼女にとって守りたい、壊したくないもの──『家族』になり得るかといえば、否であった。

 

 それだけで懐に入れてしまうような度量が無い事を自覚している。

 きっと安易にそんな家族となったとして、仮に失ってしまうようなことがあるのなら────それは、大げさに云ってしまえば魂を握られるような、ともいう可き心持ちなのだろう。多分そんな感じだ。

 

 そして、この幼児が少女にそんな心にさせるのには──未だ、足りなかった。きっともう少し踏み込まれてからでも遅くはない。

 ……自己犠牲が過ぎると云われたこともあるが、かといってそこまでお人好しぶりを安売りしている訳じゃないのだ。

 彼女が、未だ出逢って一日にも満たない相手にそれなりの感情を抱く、ということですら、この目の前に居る冷徹な養い親に育てられたという前提からしたら十分なくらいに甘いことなのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、思いついたように口を開いた。

 今日、この弧児院に泊まるのですか、と。

 

 

「行程の区切りが善いからな。あれら(・・・)がぐずらなければ今日中に移動は終了していた筈だ」

「…………あと一年、あると皆思っていたので。余裕が無かったのは私も同じです」

 

 

 数日前の一悶着は未だ暫くは忘れる事も無いだろう。……まあ、仕方のないこととも云えるのだが。

「それも含めて貴様が選んだことだろう」という詞に「喜んで受け入れるかどうかは別だと思います」と少女は呟いた。

 

 認めよう。

 そう選択したのは他でもない、私だと。

 薄い膜のような隔てられた世界に身を移した後、私はもっと深く(・・)まで沈み込んでいるのだと。短い二年間に、然しじわりじわりと染み込むように、異常はやがて当たり前へと変化していく。

 

 

 意図された事ではない。然し、思い識らされたのだ。

 

 異能という人理に反するような物事を識って尚認識と最後の詰めが甘い自分が、異常を孕んでいることを自覚している。今進行形で進み続けていることは、嘗ての自分の最早変えようもない未来である。

 そんなことを許容出来てしまっていた。

 否、その異常を許容出来る、それ故に自分は異能者なのだった。

 

 

「この子の名前、院長先生は聞きましたか」

「もう一度縁があれば遭うこともあるだろうがな。識ったとしてどうする?」

「ただなんとなく、識りたくなっただけです」

 

 

 まあ、この子供が何時か彼女にとって大切な、そんな存在になるという可能性は無きにしも非ず、といった程度だろうけれど。

 異能者が同類を引き寄せる何かしらの力を持つのであるのなら、将来あり得る『もしも』に一つ付け加えても善いかもしれない。そう考えて、ふと。

 

 

 ──その時自分は、どのように変わっているのだろうかと。そんなことを思った。

 

 

 ……すぐ近くの養い親の前で云うことも躊躇われるが、異能を発現してからというもの、自分の将来が全く想像出来ない朧だった。安穏と生きて、当たり前のように死んでいくと思っていた像を崩されたこの先の道のりを見通すことは未だ出来なかった。

 

 この養い親という先導役について霧の中を進んでいくようで。

 自分の先が見えなくて、然しそれでも確かに終着点は存在するのだという。

 

 

 

 

 

 

 

 その終着の前までにまた、この子供と関わることがあるのなら。

 その時互いに覚えているのかも定かではないけれど。

 

 

 少女がその子供の寝顔をちらと見遣ってみても、未だ暫く目覚める気配は無かった。

 

 

 

 




少し筆が進まないです(;´・ω・)
これも深化録ってやつのせいなんだ……設定、練り直してます……!

織田作の年齢が出てきて少しほっとしているところでもあります。
しかも好きなタイプ(女性)まで書いてあるとは……やりおる……あと何か種田さんとかジイドとか、どっかの三毛猫先生()とか言いたいことは色々あるんですが、そういうものの関わり始めは第三章からになる予定。






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