分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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あまり表情の変化が見受けられないにしても、彼女は見た目以上に多感な少女であった。
そこには同時に、何処か浮世離れした雰囲気に湛えられた諦観が存在している。

だからなのか、その線引きははっきりしたもので、それでも踏み込んでみれば、彼女が思ったよりも笑うのが意外にも思えた。





第二五話 桜花

 ──お久しぶり、と言うにはそんなに時間は空いてないかな。

 

 

 柔らかくそう言った少女の、どんな表情をしてその詞を口にしているのかが妙に気になった。

 

 既に横浜に着いているという話は人伝に聞いていて、然し新たにやって来た場所に特段変化のあるような態度ではない彼女。その様子に、未だそんなに長い付き合いでは無いにも関わらず、彼女らしい、なんて心の内だけで呟いた。未だそんなに把握出来ている訳でも無いが、自然とそう思わせるように感じさせた。

 

 

「朧さん、それで今日の用件は何かあるんですか」

 

 

 憮然とした自分の表情に対して「呼び捨てでも善いのに」なんて云う彼女は、きっと笑っているのだろう──……まぁ、元々こんな顔ではあるのだから例えどう云われようと直せる筈が無いのだが、声だけでも判るくらいには、弾んだ声をしていた。

 

 

 ──何か用件が有るって訳でも無いんだけれどね。

 

 

 電話越しの声は何処か嬉しげで。

 

 

 ──自分の携帯、って奴を初めて持って初めて入れた連絡先が君だったから。そんな君と何だかお祝いしたい気分だなぁ、とね。

 

 

 そんなことを云って、くすくすと笑みを溢しているのを聞いた。

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

「…………うん、善い天気だ」

 

 

 そう云って、空を眩しそうに振り仰ぐ彼女の横顔を見詰めていた。

 ふわふわと吹く風に乗る花弁は軽やかで、麗かな春の陽気を一層心地好く思わせる。

 

 すぐ傍には、歳上の少女が居る。……つい先日知り合ったばかりで、出逢ってから一月も経ってはいないだろうというのに、何故か今見ている光景が妙に見馴れたようにしっくり(・・・・)としていることが不思議である。

 

 彼女は額の辺りに手を翳し、降り注ぐ陽光に目を細めていた。栗色の髪が光を透して明るい色にも見える。

 彼女は、日向が似合う人だった。

 

 

 二人、公園の桜の下。

 誘われたは良いものの、そこでどうしたら善いのかもよく解らないままに、坂口安吾はこんな場所でこんなことをしていた。

 ちらほらと、桜が散るのが視界に入る。

 

 

「私の居た処、君は見たことあるから解るだろうけれどね。割と殺風景な場所だったから、こういう処があるのは嬉しいなって思うんだ」

「……ああ、確かに、何も無い場所でしたね」

 

 

 ぽつぽつと、とりとめの無い会話。

 敷物の上で、靴を丁寧に重石にして揃え、既にやって来ていて座り込んだ彼女……朧と、少し距離を空けてから腰を下ろす。

 ふ、とその視線が此方を向いて、目が合った。

 苦笑するように目を細められたのは、恐らく──前回逢った時と同じ服装、つまる所仕事用の服でやって来たのは矢張り、いけなかったのかもしれない。

 少し色素の薄い髪が微かに煽られて、呟きがそのまま風に乗るようにして耳に届く。

「やっぱり仕事、忙しかったりするのかな」と、彼女はそう云った。

 

 

「……何故、そんなことを?」

「こんなことを云うのは大きなお世話かもだけど、君の眉間にまた皺が寄ってるから」

 

 

 此方の勝手で連れ出してごめんね、厭だったかな。

 識らない素振りをして尋ねれば、そんな返事が返ってきて。

 あまり変化の無いような表情で、それでも困ったような表情(かお)をするものだから、そんな顔をさせている自分が悪いような気にもなってくる。

 

 ──……正直に云ってしまえば、安吾は、はっきりとものを云わない人が苦手なのだった。多分、明け透けに物事を云ってしまう人よりも、遥かに。

 見ていて何となく、もやもやとするものだから。座り心地が悪いようにも感じさせる、とでも云うのか。

 

 彼女にそんなことを云われてから、自分で額の直ぐ下まで指を滑らせる。

 確かに云われた通りになっていて、初対面で指を押し込まれたあの時のことを思い出した。

 

 

 ──なら、之から私がその価値を持てば善いの?

 

 

 ふわふわと頼りないような顔つきと言動である、その癖にこの人が躊躇いがちに差し出した手と見比べた蛍石の目は、酷く澄んできらきらとしていることが意外に思ったことを覚えている。

 

 そう彼女は云ったが、然し彼女自身の価値は既にそれなりの物があるのだった。

 孤児とはいえその養い親が『人間兵器庫(マスプロ)』と称される者であり、色々な出来事が重なったとしても、あの男がポートマフィアへと参入する切っ掛けになったのに一枚噛んでいるのは間違いではない。

 順番がどうあれ、かの者を動かした元というのは紛れもなくこの少女であった。それを理解しない訳では無いだろう────いや、安吾が求める、それに値する物を自分自身が持つべきなのだと、詞にしなくても彼女は理解していたのかもしれなかった。

 彼女が持つ、彼女にしかない、価値。

 けれどそれを求めたところで、例えばそれが自分自身に返ってきた時に、果して安吾は彼女のように詞を口にすることが出来ただろうか。

 

 

「安吾くん、私ね」

 

 

 眉間の辺りに指を添えたまま、再び彼女を見る。

 朧は木の幹に寄り掛かるようになって、顔だけ横を向いて此方を見ていた。反らした首が生白く光り、それが妙に神秘的にも思われて、一瞬だけ呼吸が止まったように錯覚する。

 その様子に気付かなかったのか、或いは気付かない振りをしたのか。朧は口の端だけで淡く笑みながら、少しだけ唇を開いた。

 

 

「薄っぺらく聞こえるかもしれないけれどね、本当に君には感謝してるんだ」

「…………」

 

 

 私は何も識らなかったから。

 漠然とただ、一人きりで(みち)を拓いていかなくちゃいけないのが異能者なのかなって、そんなことを考えていたんだ。

 

 

「異能者は普通じゃないし、普通じゃいられない──それでも、大きな枠の中では人であることに変わりない。人はきっと、一人では生きていけない。こんなことは、識っていた筈なのに」

 

 

 当たり前のことを、気付いてもいいのにね、と少女は呟いた。

 

 

「僕はただ、仕事で着いていっただけです」

「それでも、だよ。安吾くん」

「……何ですか」

「多分ね、そんな大層な理由は要らないよ。偶然あったことに私は感謝していて、そういった単純なことでも私と君が友人になるのは十分だと思うの」

 

 

 ──君は私の大切な人だから、改めてそれを伝えたかった、っていうのもあるんだ。

 此処まで、割と直球な詞であることに気付いて、眉間から指を離した。

 

 

「朧さんって、一度懐に入れた人には甘い人ですか」

「……そんな感じするかな?」

 

 

 頷く。

 甘い、というには語弊があるだろうか──とにかく、やたら距離感が近かった。

 そしてそんな彼女に対してだからこそなのか。年齢の割には精神的に成熟しているといえる安吾でも、自分の秘めているところを明かしてしまえば、責められはせずとも彼女から近い非難を受けるのかもしれない、という幼い恐怖を漠然と持っていた。

 

 

 

 

 

 教育係の男の足幅が大きいのを、少し早足になって追い掛けて居たのは、初めて少女と顔を合わせた帰りのことだ。

 

 

『あの人……朧さん、携帯電話持ってないって云ってましたけど』

 

 

 無理矢理連絡先を渡していたのを目撃している少年は、思いついたようにそれを尋ねた。

 

 

『んー、別に善いのさっ、アレで。ああいう感じの子なら近い内に連絡入れて来るだろ? お師匠は駄目なのは目に見えてるけど、あの娘なら、お前の頼みで頷く確率は未だ高い』

間諜(スパイ)の?』

『そういうコト。異能者であるお師匠なら、ポートマフィアでの地位もそれなりの筈だ。そんな地位にいる義娘だからこそ、上手く潜り込めるに違いないさ。理解したか?』

『……理解しました』

 

 

 粗がある、とは云わないまま、『流石。お前の教育係はホント楽だよ、安吾』と云ってひゅう、と下手な口笛を吹くのを聞く。ただ、それもきっと可能性の内の保険に過ぎないことなのだろう。

 そう思いながら『きっとお師匠は理解してても云わないだろうしな、あの分じゃ』と青年が呟く横顔を、見ていた。

 

 

『まあ、いい感じに友人に成ってくれよ。んで、頃合いを見てから少し話をしてみればいい。ポートマフィアの奴等がキナ臭い(・・・・)のは何時ものコトだけどな、俺らがそうと気付いた後にはもう時既に遅し────なんてのは洒落にもならんよ』

『…………』

『あ、因みに勧誘出来そうに無かったらお前自身が間諜になるんだぞ』

 

 

 流石にそれは、初耳だった。

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 それから暫く、お互いの近況について軽く話をする──とはいえ、安吾の方はそんな詳しい仕事の内容を話せる訳では無い。

 殆どは目の前の少女が話していて、それに相槌を打ったり、たまにその会話に出て来た単語のせいで話が脱線したりするけれども、大体はそんな感じであった。

 

 

 話通して喉が渇いたと、傍らに置いていた水筒に手を伸ばす朧を眺めながら、先程から少しだけ気になっていたもう一つの風呂敷包みに、安吾も躙り寄って持ち上げてみる。

 丁度口をつけた水筒から顔を上げぷは、と息をついた朧が、それを見て少し目を丸くした。

 

 

「あれ、気になってたの?」

「…………まぁ」

 

 

 手にとって今更戻すことも出来ず気まずげにそっと視線を逸らした少年に、思わずくすり、と笑みを漏らす。

 中身は簡単な弁当と、甘味である。安吾が結び目を解くと、目に入ったのは重箱だった。

 

 

「張り切り過ぎでは?」

 

 

 え、そうかなぁと朧は少し首を傾げて、「何か院長先生から鍛練を中止にされて、代わりに料理の練習しろ、なんて云われたから」とさらっとそんなことを云った。

 蓋を開けると、存外綺麗に詰められている食事に、そういえば自炊をしようなんて考えたことも無かったな、と内心でそんなことを思う。

 

 

「餡子を使ったお菓子、とか妙に限定されたのだけど。院長先生が甘いの好きだとも思えなくて」

 

 

 安吾くん識ってるかな、という控え目な問いに無言で否定を返す。識っている訳が無い。

 

 

「というか、鍛練の中止って何したんですか」

「……さぁ、私が教えて欲しい位だよ」

 

 

 本当に解らないのだから、これまでの自分を振り返ってみても判然としないことであった。……正直に云うと、そこから料理の練習をするところに繋がる辺りが一番よく解らないのだが。確かに、切って煮るだけの最低限のことしかしてこなかったことは認めるけれど。

 

 肩に落ちていた白桃色の花弁を払ってから、結び目を解かれそのまま落ちていた風呂敷の中から箸を取り出してはい、と少年に手渡す。

 何故か疑わしげな目で見られたことだけが、釈然としない。

 

 

「毒味ですか」

「…………ふふ」

 

 

 流石に失礼だと思う、とか少し思ったりもしたが、これが少年の照れ隠しだったとすれば微笑ましくも思えて、少し笑いが溢れてきた。

 次に皿を渡そうとして、ついでに伸ばした手でそのまま年下の友人の髪を撫で付けたのは、似てないにしても僅かに、其処に弟を思い出したからだった。

 突然のことに虚を衝かれた表情が、直ぐに抗議の視線を向けてくるのが面白くてくすくす笑う。

 

 

「何してるんです」

「桜の花弁がついてたから」

「……取ったなら手を離して欲しいんですがね」

 

 

 それでもこの手を払わないあたり、少年も実は認めているんじゃないのか、なんて台詞は口にはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




個人的に安吾さんは雨が似合う人です。大体彼を書くときには作業用BGMに雨関連の曲を流しています。




雨の日の無頼派三人組+α(個人的なイメージ)

織田作:基本傘を差さない。朧と二人で傘の中に入って肩の端っことかが濡れてたりすると非常に私得。
安吾:雨の似合う人。傘は折り畳み常備。眼鏡に水滴とか嫌がりそう。
太宰:傘を使うのが想像できない人。多分持ってても使わないと思う。傘は持ち手よりも真ん中辺りを持ってそう。
朧:傘を持たない人。雨の日は大体濡れてるところを他の人の傘に強制避難させられてる。
濡れてブラウスが肌にぺったりついたりすると(作者が)嬉しい。



※※
三章予定を数えたら全二十一話になった件。えっ(´・ω・`)
オリキャラを大量に出した弊害が此処に……朧ちゃんを色んな人に出逢わせるのが大変です。







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