分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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第三一話 不壊は証明し得るものか?(前編) ※後書きに挿絵

 うわぁ、と心なしか引き気味に身体を反らした歳上の少女にちらりと顔を向けるだけで、少年は気にした様子もなく紙にさらさらと何かを書き連ねていた。

 一頻りの反応の後になって、すすす、と近づいて後ろから覗き込んでくるのもまた、彼は無視をする。

 

 

「安吾くんって、将来仕事に忙殺されそうな感じだよね」

「特務課は少数精鋭だそうですよ」

「わぁ、じぶんでそう(精鋭)って云っちゃうんだ……お休みの日も仕事するなら精鋭じゃなくてもいいかなぁ」

 

 ああでも、仕事の効率が悪くなりそうになったら私にも出来ることはあるだろうから云ってね、とにこやかな表情の少女に少年は眉を寄せた。

 

「何する心算(つもり)ですか」

 

 

 半目で見てくるのに構わずふふ、と声を漏らして少女は笑う。鮮やかな蛍石の瞳を心地好さそうに細めて、「甘やかしてあげるよ。友人だもの」と囁いた詞と共に、作業中の彼の肩に顎を乗せられた。

 吐息の音がすることにぴくり、と眉を動かすだけに留めたのは、少年の精神力のたまものだった。あまりにも近いことは、もう何を云ったとして直るとは到底思えないから、口煩い彼が諦めて放棄してしまう方が余程労力を無駄にしないで済むというものである。

 

 

「朧さん」

「何かな?」

「…………」

「…………ん?」

「……矢っ張りそうですよね、貴女ってそういう人でした……」

 

 

  とはいえ、形だけでも咎める形はとらなければ少年自身の気が済まない性分と板挟みになって結局少々の気疲れをしてしまうのだけれど。

 

「安吾くんは、何だか苦労性でもあるよねぇ」とのんびりした口調で少女が云うことに既に大分ほだされてしまっているのだから、余計たちが悪い。少年は、もう癖となっているため息を一つ落とした。

 

「何でもないですから──お茶、貰えますか」

「うん、少し待っててね」

 

 

 するりと身体を放して奥へと入っていった背を振り返った体勢で少し眺めて、安吾は、その年齢の少年がするには相応しくない表情で額に手をやった。

 

「全く、どちらが歳上か判ったものじゃありませんよ」

 

 

 そう呟いてはみるものの、少女と少年の交流は、順調過ぎると云っても過言ではない程に順調だったのだろう。

 少なくとも、拠点としている処に安吾がふらりとやって来る程度には心地好いものを感じていたのだし、それを歓迎する位には少女は初めての友人に甘かった。

 

「でも、書類を此所に持って来るのは迂闊じゃないのかな」と問えば、「そもそもこの年齢の僕に重要書類を任せる人が居るなら診てみたいものですね」と皮肉混じりの答えが返ってくる。

 朧は少し笑って──それが彼の性格が持つ癖だと重々承知していたからだ──手の届く処に湯呑みを置いた。ごとり、という音に安吾が漸く顔を上げた。

 

 

「今日のお菓子は少し奮発してみました」

「……別に、貴女(あなた)の萩餅も厭ではないんですよ」

 

 

 解ってるよ、と微かに微笑んでみせた彼女から向けられるものがむず痒いように感じて、合った視線をすぐに逸らしてしまうのは矢張りらしい(・・・)なぁ、と思ってしまう。

 筆記具を手放し、表情に乏しい筈の少女が少々得意気な顔で差し出した皿の練りきりを突ついて、それまで見ていた紙切れは代わりに朧が手に取った。

 

 

「……請求書の管理?」

「意外だと思いましたか」

「いや、……うん。まあそうなんだけれどね」

 

 そう詞を濁して、「もっと、こう如何にも『異能力』みたいな」と云うと「それはきちんと特務課の一員に成らなければ関与出来ませんね」と少年が返した。

 

「一応、異能力は表向きは眉唾物(・・・)ですし。異能という武力の情報や存在、それを持つ人を監視する機関は秘匿されていますから。表立って異能力をひけらかすことにどんな利点(メリット)が有るというんです? 」

「……それはこの書類も同じなんじゃないの?」

「これくらいでは、そもそも識られない機関を特定するのには足りませんよ」

 

 何も識らない人にいきなり「異能力は存在する」と云って、それが信じられる人はどのくらい居るのか。余程の非現実主義者でない限り、万に一つとして有り得ないだろうな、と朧は思う。

 人は、未知のものを恐れるのだ。

 それを朧は咎める心算は毛頭なかったし、自分がどうこう出来る問題でもないと理解していた。理解はしていたが……同じ理の裡にないことを、少しばかり寂しく感じはするものだ。

 

 

「職員の人は、矢っ張り異能力関連に携わるのかな」

「一度断っているのに、興味が出ましたか?……まあ本来その為に特務課はありますから。僕は未だ体術が弱いので立ち回りは許されていないんです」

 

 

 へぇ、と呟いて、紙を元の位置に戻した。同じように練りきりの皿に手を伸ばして、その時に呼び鈴の音が聞こえてきた。

 朧と安吾は、それぞれ顔を見合わせる。「来客かな」「僕に聞かないでもらえますか」と言い合いをしてから、この家の住人でもある少女が腰を上げて門扉の外側の人を見るべく顔を出しに向かった。

 

 

「こうして遭うのは久しぶりのように思えるが」

「広津の小父(おじ)さま! ……先生もご一緒ですか?」

「この猫の名前は『先生』と云うのかね」

 

 

「誰が付けたのだか」と云う男に、見覚えはもちろんあった。理性的な面持ちにどこか陰鬱さも滲ませる人に供は居らず、ならばごく私的な用事でふらりとこの家へ寄ったのだろう。

 

 単眼鏡(モノクル)の彼が、恐らく何も識らずに三毛猫を抱えて立っていたものだから──どんな表情をすれば善かったのか、少々複雑な思いをする羽目になった。

 片腕が塞がっているのは致命的だけれど、それだけ少女の前では安全であると考えれば問題ないだろう。……少女の戦闘力を歯牙にも掛けていない、という可能性やらは思いついたらきりがないものだから。

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 異能力者は、その特異性から、やたら濃い(・・)性格をした人が多いと安吾は思っている。

 自分を差し引いた彼らが変わった性分を持っているから自分もそう(・・)である、というのは些か軽はずみな考えかもしれなかったが、少年自身が周りからどう見られているかと問えば、肯定されてしまうのかもしれない。

 

 ──少なくとも自分と少女は、子供にしては早くから精神が成熟していた。

 それもまた普通でないと自覚している。だからこそ安吾はこの歳上の少女の云う詞に思うところがあったのだし、朧はその出逢いが巡り合わせと信じて疑わずに『友人』を求めたのだ。

 

 

「おや、先客が居たのかね」

「私にも友人が出来たんですよ、小父さま」

 

 ──まぁ、だからといって総てが『友人だから』で済まされたら堪ったものではない。何でもはいはいと受け入れることは、そもそも自分の信条には合わないのだ。

 

 にゃあ、と男の腕の中で猫が鳴いた。

 

 

「済まないね。交遊を邪魔してしまったようだ」

 

 いえ、自分の声は思った以上に小さかった。

 

 安吾は、問わずとも彼の名前を識っていた。

 ────特務課という組織の都合とでもいうべきか、社会での立ち位置も加味した上で危険となりうる異能力者の姿形だけは、安吾のような丁稚程度の子供にも識らされている。

 その男の特徴的な姿は、よく覚えていた。

 

 単眼鏡(モノクル)、丈の長い黒の上着(コート)に端を余らせたような長い肩掛け(ストール)

 ポートマフィアを構成する一人、武闘組織を指揮する者、『黒蜥蜴』の長。

 異能力者。

 

 朧が来客の居る玄関口まで行った時、念のためにと書類はそっと鞄の中へと戻していたから、心配事はない。

 私服であるので、少し良いとこの子供に見えるだけだろう。そして、裏社会に関わろうとしている少女と友人である少年(自分)が、真逆(まさか)普通の訳がない。

 安吾は、下っ端ではあれども確かに異能特務課の人間だ。

 未熟故に未だ早いと云われている仕事を、けれども将来のことを見据えれば、此処で動かないのは莫迦のすることだ。それくらいには好機として捉えていた。

 

 

「坂口安吾、情報屋見習い(・・・・・・)をしています」

「おや、……宜しく頼もう。広津柳浪という」

 

 

 識っていますよ、と内心だけで返事をした。

 にゃあ、と三毛猫が鳴いて、するりと男の腕から逃れ安吾の方へとすり寄るのを眺めていた。

 

 

 

 




少年の、情報屋としての原点のお話。




※短めなので、お詫び(´・ω・)っ
【挿絵表示】

将来の朧と安吾さんの関係はこんな感じ。距離感は仕様です。
安吾さんの苦労性がよく分かる絵。
※※例の如く見直ししてないので、誤字脱字あるかも。申し訳ない。

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