分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

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 ぱぁん、という乾いた音が未だ耳の奥で反響している。

「白木十人長!」己をそう呼ぶ部下の声が聞こえて、青年は振り返った。
 合わせた自分の目は恐らく、血と硝煙に濡れているだろう。闘争に身を投じた者のそれに成っている筈だ、と他人事のように思う。


損害(・・)は?」
「死亡者二人、軽症は一人です」
「うん。……上々だな」


 ポートマフィアに属する武闘組織、黒蜥蜴。
 遊撃という役割を担う故に、人員の入れ替わりが多い部隊である。組織の為の人の死が、容易くそこに在った。
 それは裏社会の人をある程度まで間引きするという意味合いも込められている。
「本当に」「死傷者は少ない程善いですから」……けれども青年の上々、という詞は恐らく、この部下には少ない死傷者に対する安堵として捉えられたのだろう。最近加入した黒服だ。割とお喋りであることは白木に似ていなくもないけれど、実際としての自分は、任務中はもっと真面目である。

 こいつは近い内に死ぬだろうな、というのは口に出さなかった。 察しの悪い奴は幾ら教えたところで死ぬものだから。
 察することが出来ない奴はそのまま野垂れ死ね、そういうことは余程強くて我を貫き通せる奴に限る。甘い詞しか云えないのは、どれ程裏の世界が血塗られているかを実感していない者だけだから。


 ぴぴぴ、と機械音が鳴る。
 端末をちらりと見遣り、内容を確認する。
「撤収だ」と短く云うと、周囲に散らばっていた他の部下もそれに従って動き出す。

 血が薫っている。それは己の血ではない。
 けれども何れは自らの血に沈むのだろう。他ならぬ自分も。そして、その時は近いのだ──自分以外、この場の誰も識らぬことだけれど。


「俺は広津さんの処へ報告に戻る」
 返事を聞く前に、踵を返した。埃の立つ地面を踏みしめる。夢見が悪かったせいか、息苦しい。

 ──何時からか。この世界は、俺が生きていける為の酸素が薄かった。
 夢の中の妹は、ぼろぼろと涙を落として泣いている。





第三五話 影の中の闇(後編)

人間兵器庫(マスプロ)』と呼称される壮年の男のことを述べるならば、先ずポートマフィア内での細々とした噂の中にある異能力について関心がいくのだろう。

 彼は主に戦闘に使用される武器類、他にも小さい日用品や消耗する類いの物品の補充や任務後の現場に散らばるものの回収も手掛けている。

 保有する異能力は、手に持ったものの数量をそのまま二倍に複製して見せる力──手品ではない。その上、複製とはいっても、それはそっくりそのまま本物だ。

 

 活動は最下級構成員のそれと何ら変わりないだろうに、妙に人望があったり上層部と親しかったりするから、矢張り男もまた立派にポートマフィアの一員である。

 隠している訳ではない。事実、男がポートマフィア入りする前の勧誘の競争率はかなりのものだったのだから。

 値打ちものの宝石をちゃっかり増やして市場を操作する、なんてことも上から云われれば、目を付けられない程度にやってのけた実績を持つ──懇意にする情報屋から偶然に入手した情報であるので、恐らく識っている人はどれ程も居ないのだろうけれど。貨幣そのものに手を出さないのは懸命な判断であると思う。

 

 ともかく、資金面のことを長期的に考えるとこれ程有用な存在が、戦後政府から放逐されたった数年前までは何処にも属さず生きていたということだ。そして自らポートマフィアに入り、そこに当たり前のように溶け込んでいる。

 だからなのか、荒事にあまり関わっていないせいか、男の継戦能力は広く識られてはいない。

 

 上手くやっているものだ、と思う。

 だからこそ、嘗めてかかれば痛い目に遭うことは間違いない。『告死』の男はそう思っている。

 

 

 

 

 

 消音器(サイレンサー)を取り付けているのだろう、型の古い古ぼけた拳銃が閃く。

 片手を時折袂に突っ込み、馴れた動作で弾切れを起こすことなく(・・・・・・・・・・・)二丁を交互に操って銃撃の雨を降らせている男のことを、そんな場面を初めて目にした少女が目を丸くした。

 角度の問題か、周囲に及ぶものを含めて彼女は被害を被っていない。

『告死』はといえば、ひたすらに撃ち込まれる弾を、それを撃ち込んでいる本人をつい先程まで案内し、本来の仕事へと戻った異能生命体が、手元の大鎌によって防ぎ続けている。……弾道まで、きちんと把握出来ているのか。

 

 互いに大声をあげなさそうな二人にしては、声を張っていると解るくらいの声量だった。

 

 

「随分なご挨拶じゃないか、貴方も物騒だなぁ!」

「何とでも云え。──────ッ」

 

 

 弾丸が射出され、それを跳ね返したものは、その手元を狙ったのだろう。養い親の手からはじき出されて部屋の隅へと転がった拳銃が、からりと音を立てた。一瞬だけ視線で追いかけてから、動揺する様子もなく流れるように。刀を居合の要領で抜き放つ。

 

 男の異能生命体が構えている鎌と鍔迫り合いを続けている。朧の向かいに座ったままの男は、膠着した状態を見詰めて「そろそろ退かないと、止め時が無くなるよ」と彼女の養い親へと投げ掛けてから目蓋を閉じてソファに体を沈めた。

 唇が動く。

 

 

「驚いただろう、朧ちゃん」

「……ええ、とても 」

 

 

 文字通り、次元の異なる闘争である。

 朧が習っていたのはあくまでも護身で、彼女の識るものとは性質を異にするように思う。それは(ぬる)さであるのだろう、どんな心持ちで何を賭けて戦っているかの。

 最低限身を守り、あわよくば怯ませる程度には反撃できるように。想定の上で用意された状況の中で、ぎりぎり命をかけない程度の、物騒で高度なじゃれ合いという経験を、少女は持っていない。

 早朝の静けさの中、一対一で向かい合うのとは、まるで異なっていた。多数の破落戸を程々に打ちのめすのとも違う。何よりも、まるで躊躇いが無いからこそ自分とは遠く離れたように見てしまうのだ。……他人事では無いのかもしれないけれど。

 手を抜いていても、その殺意の純度の高さをびりびりと直に感じている。ぴくりと、目元が拒絶に引き攣れた。

 

 ぎゃりぎゃりぎゃり、と金属が擦れあう音がする。思わず耳を塞ぎたくなるような、厭な音だ。

 男の攻撃の直線上で、それでも自分の異能に守られている『告死』は、ゆるりと眼を開けて、少し呆れた声を出した。

 

 

「『人間兵器庫(マスプロ)』、君ねぇ」

「…………」

「聞いてるかい?」

「……貴様も大概冗談が通じないな。本気ではないに決まっているだろう」

 

 

 いや、絶対にあれは本気以外の何物でもなかっただろう、というような空気を黙殺して、少女の養い親はふっと力を緩めたようだった。

 一瞬のうちに間合いの外の後方へと飛び退いて、漸く少女の方を向く。隅に追いやられた自身の拳銃二丁を拾う。刀を元に仕舞って、かちりと小さく音が鳴った。

 

 

「迎えに来た」

「理不尽だなあ。あまり調度品は無いとはいえ、拠点が割と被害を被っていることには何か、ないのかな?」

「腹いせだ。納得しろ……理不尽、よくも貴様が云えたものだ」

 

 は、と嘲笑混じりの吐息。

 朧は息を潜めるように、それを見守っていた。初めに擦れ違った時から判っていたことではあったけれど、どうにも自分の養い親はこの男に嫌悪を感じているらしい。

 かの猫に化ける『先生』とは別種の、修復のしようもないような態度だ。何が彼をそうさせるのかは解らないけれど。

 

「そんなに警戒しなくてもいいのに」

 傍らでその異能生命体がこっくりと頷いた。彼女には初見である、その異形を皆は恐れるらしい。

 死を纏う、死に近い異能。人々が考えた死神の姿を形にすれば、こんな姿になるのだろうか。

 ……一度死んでいる故なのか、どうにもそれに一度経験した懐かしさを感じて、そのことに内心で少し、戸惑った。

 

「僕が彼女に危害を与えるなんてことは微塵足りとて無いのに。そこは信用してほしいなあ。そうだろう、朧ちゃん」

「……そこで私に振るんですか」

 

 

 二対の眼が、同時に彼女の方を向く。迫力があって、少女の背筋にぞわぞわとしたものを感じながら、それでも朧はこくりと首を縦に振った。

『告死』の男が、得意気な顔になった。多分院長先生が苛々させられる奴だった。

 

「ほら、ね。だから大丈夫」

「…………」

 

 今にも舌打ちしそうな養い親は、けれども少女にはそんな表情を消して、見定めるような視線を注いでいた。少しの居心地の悪さ、その後にふいと視線が逸らされて、興味が失せたかのように養い親は少女の隣に腰掛けた。拳一つ分くらいしか間は空いていない。

 

 硝煙の薫りがふわり、と鼻を掠めて、慣れない匂いだと眉を寄せた。

 

 

 

 **

 

 

 

 養い親がやって来るまでの間、男はといえば、少女に詳しいことまでは語らなかった。

 もっと恐ろしい、深刻な理由で上手いこと呼び寄せられたのだと思いかけていた朧は、あまりにも似合わない理由に呆気にとられた表情で居た。

 真逆、自分の将来の片割れともなろう人をそう指定されるとは。想定を見事に外している。

 問い返した少女は、けれども目の前の相手の顔が至極真剣であるのを見て、これが冗談で発したものではないことを悟った。

 

 数回、落ちつけるための深呼吸をする。

 ちらり、と部屋の扉、少年の消えた奥の方へと視線を向けながら、詞通りに受け止めるべきなのだろうな、と思っていた。

 

 好い人というのは、詰まるところ、友人を越え、家族とも異なる、血の繋がらない片割れに互いが成ることだ。少女にとっては未知であるそれを、未来で、あの鳶色の眼が綺麗な少年と共に。繋がりとして紡ぐということ。

 

 その繋がりはきっと、男の一言が無かったとしても何れは辿り着くだろう可能性の未来であったのだろう。

 他人の一言で関係を変化させてしまわれるような、そんな安い人間ではない、少なくとも少女自身はそう思っているので。

 余程心に響くものでなければ、人の詞によって心を動かす、なんてことは出来ない。そも、出逢いというものは人に云われてどうこう、というものでないのだし──……ならば、云わねばならない理由というものが、きっとこの男にはあったに違いないのだ。

 

 

「予想外でした」

「善い方に、それとも悪い方向にかい?」

「…………」

「驚いただろう」

 

 

 少女は、問い掛けには答えなかった。

 何が正しいか、なんて完璧な答えは無いのだろう。二択で決めてもいい問題ではない。何よりも、朧がそうしたくはなかった。

 

 

「けれど、当人どうしの間に介入を決意する程の未来を視たんでしょう」

「なんだか詞が刺々しいね? ……云っておくけどね、僕は本来そこまでお節介を焼くような性質(たち)じゃあないよ。あの子供と君だからこそ……と云ったら君は厭がるのかな」

「……私はそんな、さして気にかけられるような人じゃないと思うんですけれど」

「それを決めるのは君じゃない、僕だよ」

 

 口にして後悔するようなことを詞にしてはいけないよ、と笑われた。

 微笑んだままの表情で云われた筈のそれは、何故かひどく重いもののようにのし掛かった。

 

 

「その……あの子にこのことを教えては」

「いないね」

 

 ──少なくとも今のあの子が、愛というものを理解出来るとは思わないよ。

 

 

 

 

 

『告死』の男は、それが親愛であれ友愛であれ、家族愛、はたまた恋愛であったとしても、大別して愛と呼称される不確かな物を育むことの難しさを理解していた。

 初めて少年と出逢ったとき、自分を棚にあげて、何と空虚な瞳だろうかと思ったことを覚えている。

 

 子供は、感情が希薄だった。いっそ無知としても良いくらいだったのかもしれない。

 貧民街(スラム)の子供たちが身を寄せ合い、どうにかこうにか生きている中を、するりと何事も無いかのように通り抜けて。もしかすると、そこらの大人よりも不自由しない生活を送っている。

 惜しむらくは、その恩恵を与えている割の善い職業というやつが、自分と同じであることか。──けれどもきっと、それと同等に稼げるなんていうのは、ぱっと思い付く限りでは客足の絶えない男娼くらいのものだ。どちらにしても悲惨である。

 

 ……似ている、とまでは云わない。けれども、同業者として放っておけなかったのも事実だ。

 人に死を施す者ではあるが、それでも、緩やかに、子供自身でも気付けぬままに。着実に死へと突き進んでいる少年を見殺しにするような所業を、少なくともその時の『告死』は出来なかった。

 そして、──気に掛けているものは、何れ愛着が湧くものだ。

 

 お気に入りにしている、されている。そういう自覚があったのは双方ともだろう。けれど、だからこそ、『告死』の男自身が彼をみちびいてやることは不可能だ。

 疾うの昔に取り返しのつかない処にまで来てしまった男に、今更大切なものが出来てしまうとは、何とも笑える話である。

 

 

 尊いからこそ、触れる資格は無い。死に近すぎる故にその雰囲気にさえ死の香りがつきまとう男だったから、そんな自分に比すれば『彼女』のほうが余程適任で、果たせる役割だ。そう思っている。

 否、もっと正確に述べるのならば──彼女だからこそ、少年の人間性を引き出せるのだと、信じている。

 

 自分が導かずとも、何時かは二人は出逢ったのだろう。男はその出逢いを早めたけれど、少年はきっと少女を愛するようになるのだろうし、少女は少年の機械的な素振りにも寄り添う筈だ。

 その少しの時間の差が、何を変化させるのか、未だその未来に変容は見られない。しかし、意図して引き合わせたことで、未来を担うちっぽけな子供二人が育むだろうもの()を見れるのならば、それはきっと幸運なことだ。

 

 

 

 

「安心していいよ」

 

 だからそっと微笑む。彼女と彼女の保護者の前で、『告死』の男は、歌うように云った。

 

「誓っても善い。この娘に僕が危害を与えることは間違っても無く、それは僕の使役する死魔も同様。彼女が彼女()である限り、その未来が在る限り。僕は君の絶対的な味方であることを約束しよう、何なら僕の目の届く範囲に限って君が守られるべき僕の庇護下であると、そう知らしめたっていい。理由は──解っているだろう?」

 

 視線で促されて、少女は矢張り小さく頷いた。

 察しているのかいないのかは定かでは無かったけれど、少なくとも自分の口からその理由を口に出すことはないだろうな、と朧は思っていた。

 彼女の保護者がため息のように一息吐いて、「(おれ)は貴様を善いと思ったことは無いが」と云う。

 

「嗚呼、善いだろう。認めよう、(おれ)の大事な娘だ。貴様が何を以てその判断に至ったのか識る心算もないが、己は好かない者であれ、その実力を認められない程狭量ではないとも」

「……君、割と乗せられやすいって云われたこと無いかい?」

「少なくとも貴様に云われる筋合いは無いが?」

 

 養い親の横顔をちらと見遣って、苦笑いを溢しながら、しかし結局は自分の問題であるのだと朧が実感するまでには未だ時間がかかりそうだった。

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 かちゃり、と奥の部屋の扉が開いた。

 

「もう帰ったよ」

「……あの子は眠ってしまったわ」

「未だ夕飯を食べてないのに」

 

 

 静かに男の傍へと寄った女に、「本当に逢わなくて善かったのかい?」と尋ねる。

 

「あの時に出ていっても、私はあの子に差し伸べるものは無いし、何よりもあの男に悟られたくは無いもの……でも、」

 

 あの子は思った以上に大切にされているようね。

 その囁きには、微かに喜色が含まれていた。

 

 

「……そういえば疼木、君時間は大丈夫なのかい」

「時間に厳しい訳ではないわ、あの先生(・・)は」

「仕事だろうに」

「お手伝い程度のことよ」

「先生……森医師(・・・)に宜しく云っておいて」

「直接遭って云えばいいじゃない」

「僕はこれから少し忙しくなる予定だからね」

「……呆れた。そんなにあの子が大事なのね?」

「それは君だって同じじゃないか。朧ちゃんは大事な妹なんだろう?」

「きっともう、忘れているわ」

 

 

 ぴんっ、と男の額を指で弾いて、女は「また後で」とその場を去ろうとする。

 

「疼木、忘れ物」

「……あら」

 

 細い鎖をじゃらりと投げつけられて、受け取った女はそれを腕に巻き付けた。

 

「忘れないでくれよ。それがある限りは、君は僕の物なんだから」

「解ってるわ」

 

 

 ばたり、と扉が閉まる。

 ふ、と一息ついて、一人になった部屋で男は一つ延びをした。思った以上に部屋の損害がある。

 奥の部屋で眠っているだろう子供のことを考えて、それよりも前に片付けしなくてはとぼやきながら、散らばっていた薬莢を摘まみ、何の意味もなく笑いを漏らしたのだった。

 

 

 

 




──あの子の幸せの在処である人を、男はひそかに探し続けていた。






※次くらいからようやっと、原作の探偵社設立秘話に入れるのかな~、というふわっとした予定を立てています。やったね、やっと社長と乱歩さん出てくるよ……!あと、最後の院長先生盛大にデレましたねやったー!

※※
手直ししてないので、ちょっと誤字脱字があるかもです……(;・ω・)遠慮なく誤字報告、お願いします。


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