分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

5 / 48
※転生云々は作者が既存の作品を異能にすることに抵抗があって付けられた設定ではありますが、理由は他にも一応あります。
人によっては地雷の可能性。ご注意下さい。

※※
第一章……主人公が異能力について自覚するまでのあれこれについて。
ほぼオリキャラで構成されています。



第一章 遥か遠き過去からの
第一話 或る夢


 それは、夢のようにも思えた。

 

 

 空白の部屋で老人とテーブル越しに向かい合わせて座っている。

 老人はテーブルの上、私の前に様々な本を置いていた。

 

 私はそれらを見渡している。

 表紙は何故か真っさらで、題名(タイトル)も何もない。

 

 

 並べていた彼曰く、──それらは、私も知る今は亡き人の小説たちであるという。

 私は最早覚えていなかったが、確かに一度は手に掛け憧憬を抱いた、誰かの作品らしい。中身について、そう教えられた。

 

 

 事態がいまいち掴めないが、私は相槌を打った。

 どう応えたら善いか見当がつかなかった。

 

 多少引っ掛かるものが在って、けれどそれだけだったのでそのまま暫く、喋らずに眺める。

 

 

 

 そうすれば、不意に──どんな物語を描きたかったのだ、と問われた。

 

 

 質問の意図を計りかねて、如何(どう)いうことだと聞き返せば、此の本たちの中からただひとつ、お前の真理を与えようと云う。

 其の為に私は此処に居て、其の為に此れらの本は私の目の前に在ったらしい。

 

 

 

 ──そういえば。

 

 

 確かに、物書きに為りたいという事実を、記憶が蘇るかのように認識……(もとい)、思い出した。

 同時に此の状況にも納得がいった気がした。

 

 逆に『その記憶』以外はまるで覚えていなかったが――気にならなかった。

 私は其れらをとっくりと見詰めてみた。

 

 

 そうして暫くの後──感じ入るものは何も無かった場合、問い掛けの答えには「無い」と云っても善いのかと、老人に尋ねた。

 

 其の言葉に、怒るでもなくそうかと老人は云い、更に何故その答えに至ったのだと問うてくる。

 

 

 

 云いたくない訳ではなかったので、応えた。

 

 老人が云うに、目の前の此れらは私以外の誰かが書き上げた作品であり、中でも私が特に憧憬を抱いただろう人の本らしい。

 覚えてはいなかった。

 

 だがそう、理由をあげるのならば……私の中にある事実が、『別に真似したかった訳ではないのだ』と云っているような気がした、からだ。

 

 

 ──憧憬は抱いたし、彼等に一寸でも近づければと思うことはあった。

 だが、真理ではないだろう。

 少なくともそれが他者から与えられたとして、私はそれを許容出来まい。あくまで私は私の、何かひとつを遺したい。

 

 確かに他人の物であるそれらを、私の手で取り出して、「此んな物語を描きたかった」など、云える筈もない。

 何より、幾ら云った所で、もう遅いのである。

 

 

 

 

 

 私はもう、死んでいる。

 

 小説を書こうと向き合い、文章を綴り、……恐らくはああでもないこうでもないと書き直しながら、されど一つとして完結迄作品を描き上げるには至らなかった、小説家未満の物書きであった。

 

 私は何も遺すことの無いまま、死んだ筈だった。

 

 

 

 

 私の話を向かいで聴いていた老人は、一寸(ちょっと)黙りこんでから口を開いた。

 

 

 ──貴様は確かに死んでいる。其の記憶の貴様は、嗚呼確かに死んでいるだろう。

 

 

 曰く、此処は死の先の場所であり、私の生はそこを乗り越えて更に続いていくらしい、と。ただそれだけの話である。

 ……一度生を終えた後に私は、再び歩み始めねばならぬらしい。

 その為の場所であり、その為の質問であったのだと、理解する。

 果たしてそれが自分の望みであったのかそうでないのかは、皆目見当もつかなかったが。

 

 

 ──本当に「無い」という応えに後悔しないのだな、という確認は愚問であった。

 

 ──変な質問だ、と感想を云えば貴様の答えも十分変だ、と云われた。

 

 

 答えがそれならば、手続きは終わりであった。

 椅子から立ち上がれば、老人は不可解な言葉を口にした。

 

 

 ──ならば貴様の異能(ちから)は、貴様自身のものとなるだろう。

 

 

 何を云われているのか、果してその言葉は手向けであったのか。

 

 

 ──(あら)ゆる最後を恐れろよ、小娘。道は長く果てが無く、それでいて有限だ。

 

 

 言葉の意味を理解しきれないまま、尋ねようとそう口を開きかけるが、……然しそれよりも早くに、視界は黒く暗く、塗り潰される────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 **

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢を見て、そんなやり取りを思い出した。

 

 

「…………ぅ、あ」

 

 

 目覚めて、()ず私は呻いた。

 古ぼけた天井が遠く見える。

 腹の辺りは水に濡れそぼる布が在るくせに妙に熱い。

 一寸(ちょっと)してから、そういえばそこは火掻き棒を押し付けられた場所であるということを(ようや)く思い出した。

 

 

(おぼろ)姉が起きたよ!」

 

 

 近くで子供の声がした。

 此処が孤児院であることから、至極当然のことだった。

 声の大きさからするに、どうやら近くに此の傷の犯人である院長はいないらしい。

 近づいてくる足音の数は心なしか多いように思える。

 

 

 ──それを己が当たり前に受け入れていることに、奇妙な何かを感じた。

 

 

 私は朧だ。

 孤児院に長く居る子供の一人である。

 

 ……然し、同時に■■■でもあった、らしい。

 そこには、朧ではない()が居た。

 

 ()という朧が、こうして在ることに何の違和感も覚えないのは、まるで足りなかったものが補われたような、元の朧と一つに意識が溶け合ったような、そんな感じだからだろう。

 よくよく考えてみれば、奇妙な話だ。

 

 

 足音はどんどん近づき、何人もの幼子に覗き込まれる。

 顔を横に向ければ、何だか押し合いへし合いして一人、群れから弾き出されるようにして向き合った子供がいた。

 

 

「ごめんなさい……」

 

 

 顧みれば、──ああ、確かこの子を庇って代わりに罰を受けたのだったか。

 

 

「良いの。大丈夫だから、ね」

 

 

 此んな小さな子供が同じようにされたとして、酷い火傷、程度で済むわけがないだろう。まだ骨も柔らかい童なのだから。

 ゆっくりと起き上がって、その子の頭を撫でることにする。

 

 

「だから謝る代わりに、代えの布と、それから新しい水を持ってきて?」

「……うん、わかった!」

 

 

 一人輪から抜けて走り去っていく子供を、見送っていく。一人だけ足音が遠ざかる。

 

 

「朧姉、痛い?」

 

 

 入れ替わるようにそう聞いてきたのは、私を除けば一番の年長になる少年……然しそれでもまだ十にもならないだろう。

 私も、およそ十一、くらいか。誕生日が分からないので定かではないが。

 

 

「痛いよ。だって久しぶりだもの……念入りに水で冷やさないとね」

 

 

 肌と温く為った布が僅かに擦れて、痛みが走る。布を退()けて裾をめくりあげれば、それにあたる僅かな風すらも傷を無駄に撫でつけていく。

 だが、何よりも――骨が軋むようだ。

 一瞬顔をしかめてしまうが、不安にさせないためにすぐに微笑みで取り繕う。

 

 

 昔に火傷跡が出来たように、こんな痛みは馴れたものだが、痛いものは痛い。顔は歪になっていないだろうか────そう思いつつ見遣ると、少年は食い入るように腹の傷を見詰めていた。

 

 

「如何かした?」

「…………ううん。朧姉、矢張(やっぱ)り今日は休んだ方がいいよ」

「そうかな」

 

 

 でも仕事が在るから、と云えば、もう遣ったという返事で、そのことに少し、虚を衝かれた。

 

 ……もしかすると、随分と長い間眠っていたのかもしれなかった。それなら、此れほどまでに心配されるのも頷ける。

 

 明かり取りの窓が小さくある薄暗い部屋は静かな所で、他より少しは暖かい場所であったけれど、どの位経っているのか詳しくは判らなかった。

 

 掛けられていた、幾枚もの薄い毛布を剥いで立ち上がる。

 

 

「え、ちょっと姉さん! 何処に行くの!」

 

 

 そしたらそんな、慌てたような声で云うものだから。

 思わず笑って、途方に暮れるような表情の弟の頭を撫でて、「外に出るだけだよ」と応えた。

 

 彼以外の弟たちや妹たちにも「気にしないで遊びに戻りなさい」と云えば、一つきりしかない扉なので、少しつかえながらも一緒に部屋を出ることに為った。

 

 

 

 

 

 外に向かうべく歩く。

 

 小さな子供たちは廊下を走り抜け一目散、という様子で飛び出して行った。

 眠りから覚めて、此うして居る時点でもう大丈夫だと判っているだろうに、ぴったりとついて来るこの一番目の弟は本当に過保護だ。

 一週間もすれば痛みが引くだろう程度の傷なのだが。

 

 

 短い廊下を抜け、玄関口へと向かう。

 僅かに欠けた箇所の在る窓からは冬の風が吹き込んでくる。

 

 見上げた空は朱く、夕暮れ時を示していた。

 多分、今日の食事当番の子供たちが準備を始める位の頃合いだろう。

 矢張り、思った以上に長く眠っていたらしい。

 

 何時(いつ)もは在るはずの空腹感が無いままに、孤児院の()ぐ外のこの草原を歩く。

 程近く流れる小川で、水汲みを頼んだ子供の姿があるのを見つけた。

 

 

 ──まだ世を知らぬ娘が、餓鬼どもの親にでも為った心算(つもり)か?

 

 

 小さな子供が懸命に何かする様は、代わりに折檻を受けながら云われた言葉を蘇えらせた。

 

 

 久しぶりに其んな言葉を聴いたものだ、と苦痛を耐え抜いた今だからこそ思う。

 幼い子供たちばかりだからか、最近は折檻などといったこととは離れていたからだ。

 

 だが、暫くぶりなだけに恐らく、何時もよりも手酷いものであったろうとも思う。

 でなければ気を失って、ついでにに忘れ去っている筈の『私』という前世であった記憶のごく僅かな断片でも、思い出すなんてことはしないだろう。

 

 

「…………」

 

 

 覚えているのは、あの不可思議な部屋で交わした言葉だけだ。

 それより前の()が如何やって生き、如何やって死んだかなど記憶としては寸分も覚えていない。逆に、それくらいに薄い人生で在ったのかもしれなかった。

 

 離れて水汲みをしている小さな弟が、水を満杯に入れた桶が水の重みでそれを動かせなく為っていた。見兼ねたのか無言で隣から離れていく弟を尻目に、手近な長椅子(ベンチ)に腰掛けて、遊ぶ子供たちを眺めた。

 

 

「……もう少し着込んで来る()きだったかな」

 

 

 寒いのに、腹の一部だけが熱を持って疼くのをやり過ごしながら呟く。

 

 冬は好きでは無い。

 街へ稼ぎに行った数人の兄や姉の仕送りのお陰で、設備は脆いものの食事はある程度の水準を保てている。

 衣服も、不格好だが交織(まぜお)りのものを着れば問題はない。毛布は薄いけれど、人数以上に在る為身を寄せ合って眠れば気にならなかった。

 

 十分と云える環境である…………然し、風邪をひいてしまえば医者も呼べない財政には一たまりもないと考えるのは、果して求め過ぎであるのだろうか。

 

 

「朧姉」

「ん? ──ああ、持って来てくれたんだ。有難う」

「どう致しまして」

 

 

「水なんて一寸(ちょっと)浸すのに使えれば善いンだから、満杯にしなくても善いのに」なんて云いながらも手伝って来たらしい弟から桶を渡された。

 

 

 持って来ていた布を浸した時に触れた水もまた冬の冷たさで、指先を痺れさせながら軽く絞ったそれを腹に当てれば、痛みは少し和らいだ気がした。

 

 

 

 

 

 

 




初めての投稿です。至らない点はご容赦ください。
ノリと勢いでいつの間にか書き上げていたんだ……偏に織田作への愛がなせる業だね!

題名は織田作の異能力『天衣無縫』の語源です。





織田作の死と最後の言葉がなければ原作の太宰は居ないのでしょうが、本作のコンセプトは織田作が少しでも報われればいいな! ですので、原作が崩れる可能性があります。(見切り発車だから結末決めてない)
抵抗がある方もいらっしゃると思います。そっとブラウザバックしてやってください。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。