両腕に微かな温もりを感じながら、うとうとと
思わず目を見開くが、そう出来たとして、あまりにも急激な出来事に人の体は反応出来ないものらしい。
動けるようになって
何も変わらない、静かな夜であった。
……ただ、妙にぴったりとくっついて来る妹の一人を見れば容易に推察は出来た。
恐らくは、傍らの彼女が寝返りを打った時にでも、傷に触れて痛んだのだろう。
他意は無いのだから、そう気にすることでもない、と結論づける。
「……………………」
──
時間が経てばまた被害を被るのは必至であった。
内心でそう呟きながら、然し何となく、自分が何をしようとしているのかは理解していた。
くっついて暖をとろうとでもしているのか、妹の離れる時に縋るように身じろぎするのを、上手く宥めて起き上がる。
寝床で抱えていた温もりがたちまちにして吹き飛ばされ……一層寒い風が、肌を突き刺してくる。
着込んで来れば善かった、と、聞き覚えのある失敗を繰り返す自分に苦笑する。
風を凌げるようなものは勿論周囲には何もない。
毎度思うが、相変わらず寂れた場所であった。
月明かりの眩しい夜で、私はその下に居た。
背後にはぽつりと建つ、元が図書館だったであろう孤児院。何故此んな場所に建てたのかは定かではない。
数分歩いてたどり着く程度の遠さには、民家が小さく見える。
夜中だからか辺りは静かで、もちろん
夕暮れにも座っていた
──原っぱは
空の遠さが変わる筈も無い。
変わらぬ風景の中で、明日の予定はどうなるのかを想像することにした。
……きっと、
可能であるならば普段の通りに朝食を当番するちびっ子の監督、朝の点呼に掃除と裏の畑での仕事をしたいものだ。
何もしないのは、正直なところ勘弁願いたかった。
一人だけ除け者のようになるのは好きではないから……
「…………痛いな」
未だ幼い子供たちに文字を教える位ならば許してくれるだろうか。
何せ動かずに出来ることだ。其れだけならばなお善いかもしれない。
……其れは想像、と云うよりかは私に出来
希望だけなら何とでも云えるし、私も
火掻き棒での折檻は、その最中もだが、その後の方が一層酷い。
一日目は骨が軋むような痛みだ。
傷が熱を持ち、跡も痛々しい。掻きむしりたいような衝動に駆られる。
傷と服が擦れて、此れ以上に……死ぬ程痛む。
例えそんな状態でも、自ら受け入れた以上は私が文句など吐ける筈もなかった。
それに、よく考えれば、負うてくれる親が無い自分たちを食べさせる何て物好きの所業に善いところばかりが在る筈も無いのだから。
当然かもしれなかった。
兄や姉が、傷が剥き出しになって何度も服と擦れ合うのを嫌がり包帯を巻いていた時のことさえ懐かしく思い出した。
私もされた時は、よくそうして貰っていた。
常備されている筈の包帯も、残りを確認して足りなければ調達を頼まなければならない。
「明日、ついでに今有る物の確認を一気にするのも善いかもしれない」と予定を付け加える。
……
此うしてみれば、
もうすることが無くなってしまうことが少し詰まらなく感じた。
また眠りについてしまえれば問題が在ることは無かったのだろうが、残念なことに、一度覚めてしまった目は全くとして閉じようとする気配がない。
気を失っているのは眠ったうちに入るのだろうかと考える程度には退屈をしていた。
「暇だな」
呟いて、何をするでもなく腰掛けた状態から寝転がる態勢に移行した。
綺麗な満月が目に映る。意外にも眩しい。
到底届かないのは知っていて空に手を伸ばすのは、さして意味の無い動作だった。
私は、私の此の、暇な時間を埋めるような何かが欲しかった。
「あ」
……ふと、思い付いた。
「例えば、こんなのは如何だろう」
誰に聞かせるでも無いが、声に出して云ってみる。
未だ日付が変わっていないなら、今日私に起こった余りにも不可解な出来事について、だ。
「嘗ての私、小説を書くことに執着していた人間」
こんな話を誰かにしてしまえば狂人扱いされることは目に見えていたので、誰にも云うことは無いのだろうが──私だけが彼女の存在を知っている、その人生はどんなものだったのだろうか。
一旦思い返せば、無性にそれが気になった。
思い出すことの出来ない位に薄い人生などではなく――もしかしたら、単に私が思い出せないように為っているだけなのだという可能性を、見たくなった。
私のように孤児の出であったろうか。
頭は善かったのだろうか。
果して人生に退屈して居ただろうか。
何か、転機のような心躍らせる何かがひとつでも在ったろうか。
共に同じ道を歩む誰かが居ただろうか。
血の繋がりの在る兄弟は在ったのだろうか。
どんな職業に就き、何を為したいと思い、実際何を為したのだろうか。
──何故、それ程までに小説を書き上げることを渇望していたのだろうか。
残念なことに私――朧の中の
想定内であった。
「………………」
……ならば、孤児院の蔵書を調べてみては
思いたった後の行動が速かったのは、其れくらいに暇を持て余して居たからであった。
直ぐに起き上がって、我ながら
そっと音を立てぬように靴を脱ぎ、ひっそりとした足どりで移動する。
そして目的の場所の前で、その時に
外よりは幾分か暖かく、何より吹き付ける風は少ないのに一息ついた、というのもある。
冷えた腕を摩りつつも、それから早速とばかりに、私は部屋を縁取るように在る広間の本棚を目を凝らし見詰めた。
彼女が書いたものがひとつも無くとも、彼女のことを書いた何か、伝記のようなものが無いかと期待した――
其れらしい、朧では無い
本は未だ、高価なものであった。
そんなものが
其の一言で済ませても善いのか、とは思ったがそれで今までやってきたのだから、それならそれで善いのではないか、と思っている。
……
大体本を読み耽っている壮年。
全身真っ白な白装束が似合っていない、此の孤児院唯一の大人。
一日を本を読んで過ごし、何故か同じ
ふらりと出掛けて持ち帰って来た本一冊が、気づけば補充されたように二冊に為ったりしているのだ。そこまでして、一体何に駆り立てられているのか、と思うが、今は関係の無い話である。
一冊目を見つけたのは、それから数十分程してからだった。伝記自体も少なかったが、何より月明かりを頼りにする作業は、ひたすらに効率が悪い。
音を立てぬように、丁重に取り出す……そうしなければ
幼い子供にも、其れだけは気をつけるようにときつく言い含めるのが兄や姉から引き継いできた最も重要な教えでもあった。
……まあ、残念なことに今日ちょうど、其れを破ってしまった弟が居たわけだが。
月明かりに照らして見ると、
うっかり眠り込んで涎を零す、なんてことが無いようにしようと固く決心する。
私は座り込んでから
そうしてから
院の本を読み尽くすのも善いかもしれない、と文章を目で追いつつ、今更ながらにそんなことを思った。
所謂繋ぎの回。
原作敦くんのようなハードな孤児院ではないです。かなりマイルド。
※
そもそも何でこんな昔から書いてんねん、織田作はよ! とか自分でも考えてますが、織田作生存のためには主人公ちゃんに織田作少年時代から出会ってもらって、更には少しずつ関わってほしいと思ってます(ニッコリ
織田作のためなら、私は努力を惜しまないよ!
という言い訳でした。
抵抗のある方は、そっとブラウザバックしてやってください。