分かたぬ衣と往く先は   作:白縫綾

6 / 48
第二話 誰も識らない昔日のこと

 両腕に微かな温もりを感じながら、うとうとと微睡(まどろ)みに揺られていたが、引き攣るような痛みに一気に意識が覚醒した。

 

 思わず目を見開くが、そう出来たとして、あまりにも急激な出来事に人の体は反応出来ないものらしい。

 動けるようになって()ぐに左右を確認すれば、何時(いつ)ものすき間風の入り込む広間で団子のようにして子供たちが眠っているだけにしか見えない。

 

 何も変わらない、静かな夜であった。

 

 

 ……ただ、妙にぴったりとくっついて来る妹の一人を見れば容易に推察は出来た。

 恐らくは、傍らの彼女が寝返りを打った時にでも、傷に触れて痛んだのだろう。

 

 他意は無いのだから、そう気にすることでもない、と結論づける。

 

 

「……………………」

 

 

 ──(しか)し、如何(どう)したものか。

 

 時間が経てばまた被害を被るのは必至であった。

 内心でそう呟きながら、然し何となく、自分が何をしようとしているのかは理解していた。

 

 くっついて暖をとろうとでもしているのか、妹の離れる時に縋るように身じろぎするのを、上手く宥めて起き上がる。

 

 (ひし)めき合うような状態の、床の僅かなすき間を縫うように歩いて、入口近くにばらばらと散らかる古びた靴の一組を突っかけ外へ出た。

 

 

 寝床で抱えていた温もりがたちまちにして吹き飛ばされ……一層寒い風が、肌を突き刺してくる。

 着込んで来れば善かった、と、聞き覚えのある失敗を繰り返す自分に苦笑する。

 風を凌げるようなものは勿論周囲には何もない。

 

 

 

 毎度思うが、相変わらず寂れた場所であった。

 月明かりの眩しい夜で、私はその下に居た。

 

 背後にはぽつりと建つ、元が図書館だったであろう孤児院。何故此んな場所に建てたのかは定かではない。

 

 数分歩いてたどり着く程度の遠さには、民家が小さく見える。

 

 夜中だからか辺りは静かで、もちろん何処(どこ)の家にも明かりは無い。申し訳程度の街灯が在るだけだった。

 

 

 

 夕暮れにも座っていた長椅子(ベンチ)に腰掛け、私は何も変わらない景色を眺める。

 

 

 ──原っぱは何時(いつ)其処(そこ)に在り、小川は何時も其処に在り、(みち)は何処までも遠く続き、建物も柵も位置を動くことはない。

 空の遠さが変わる筈も無い。

 

 

 変わらぬ風景の中で、明日の予定はどうなるのかを想像することにした。

 ()ず過保護な一面のある一番目の弟だが、彼以外の弟妹たちも其の影響を多分に受けているのだ。

 ……きっと、(しばら)くは大人しくさせられるに違いない。(ある)いは結果的にどうにか為ったとして、説得を試みることから始めなければならないだろう。

 

 可能であるならば普段の通りに朝食を当番するちびっ子の監督、朝の点呼に掃除と裏の畑での仕事をしたいものだ。

 

 

 何もしないのは、正直なところ勘弁願いたかった。

 一人だけ除け者のようになるのは好きではないから……流石(さすが)に其れは無いと信じたい。

 

 

「…………痛いな」

 

 

 未だ幼い子供たちに文字を教える位ならば許してくれるだろうか。

 何せ動かずに出来ることだ。其れだけならばなお善いかもしれない。

 

 

 

 ……其れは想像、と云うよりかは私に出来()ることの再確認のようなものであった。

 

 希望だけなら何とでも云えるし、私も何時(いつ)ものように振る舞いたいが、判っていた――畑仕事は正直なところ、望み薄だと()っていた。

 

 

 

 火掻き棒での折檻は、その最中もだが、その後の方が一層酷い。

 

 一日目は骨が軋むような痛みだ。

 傷が熱を持ち、跡も痛々しい。掻きむしりたいような衝動に駆られる。

 

 (しか)し矢張り、最も耐え(がた)く一番酷いと云えるのは三日目だろう。

 傷と服が擦れて、此れ以上に……死ぬ程痛む。

 

 

 例えそんな状態でも、自ら受け入れた以上は私が文句など吐ける筈もなかった。

 (かつ)て姉が云っていたことだが、此の種の折檻は(孤児)たちにとって普通のことであるらしいのだから。

 

 それに、よく考えれば、負うてくれる親が無い自分たちを食べさせる何て物好きの所業に善いところばかりが在る筈も無いのだから。

 当然かもしれなかった。

 

 (しばら)く折檻と無縁になると、こんなことさえも、『何時(いつ)もと違う』ように感じてしまうらしい。

 兄や姉が、傷が剥き出しになって何度も服と擦れ合うのを嫌がり包帯を巻いていた時のことさえ懐かしく思い出した。

 

 私もされた時は、よくそうして貰っていた。

 常備されている筈の包帯も、残りを確認して足りなければ調達を頼まなければならない。

 

「明日、ついでに今有る物の確認を一気にするのも善いかもしれない」と予定を付け加える。

 

 

 

 

 

 

 ……(しか)し、其れら以外に何か、私に出来ることは在るのだろうかと、考える。

 此うしてみれば、如何(いか)に自分が繰り返しの毎日を送って居るのかを思い知らされる。

 

 もうすることが無くなってしまうことが少し詰まらなく感じた。

 

 

 また眠りについてしまえれば問題が在ることは無かったのだろうが、残念なことに、一度覚めてしまった目は全くとして閉じようとする気配がない。

 気を失っているのは眠ったうちに入るのだろうかと考える程度には退屈をしていた。

 

 

「暇だな」

 

 

 呟いて、何をするでもなく腰掛けた状態から寝転がる態勢に移行した。

 

 綺麗な満月が目に映る。意外にも眩しい。

 到底届かないのは知っていて空に手を伸ばすのは、さして意味の無い動作だった。

 

 

 私は、私の此の、暇な時間を埋めるような何かが欲しかった。

 

 

 

「あ」

 

 

 ……ふと、思い付いた。

 

 

「例えば、こんなのは如何だろう」

 

 

 誰に聞かせるでも無いが、声に出して云ってみる。

 

 未だ日付が変わっていないなら、今日私に起こった余りにも不可解な出来事について、だ。

 

 

「嘗ての私、小説を書くことに執着していた人間」

 

 

 こんな話を誰かにしてしまえば狂人扱いされることは目に見えていたので、誰にも云うことは無いのだろうが──私だけが彼女の存在を知っている、その人生はどんなものだったのだろうか。

 

 一旦思い返せば、無性にそれが気になった。

 

 思い出すことの出来ない位に薄い人生などではなく――もしかしたら、単に私が思い出せないように為っているだけなのだという可能性を、見たくなった。

 

 

 私のように孤児の出であったろうか。

 (ある)いは裕福な家庭に生まれ、生活に不自由せず学び舎で勉学に励む、なんてことをしていたのだろうか。

 頭は善かったのだろうか。

 如何(どん)な性格だったろうか。

 果して人生に退屈して居ただろうか。

 何か、転機のような心躍らせる何かがひとつでも在ったろうか。

 共に同じ道を歩む誰かが居ただろうか。

 血の繋がりの在る兄弟は在ったのだろうか。

 どんな職業に就き、何を為したいと思い、実際何を為したのだろうか。

 

 

 ──何故、それ程までに小説を書き上げることを渇望していたのだろうか。

 

 

 ()である朧も覚えていない例えを繰り返し、思い付く限りに考えてみる。

 残念なことに私――朧の中の()は、うんともすんとも云わなかった。

 想定内であった。

 

 

「………………」

 

 

 ……ならば、孤児院の蔵書を調べてみては如何(どう)だろう?

 

 思いたった後の行動が速かったのは、其れくらいに暇を持て余して居たからであった。

 直ぐに起き上がって、我ながら(せわ)しないと思いつつも再び建物に入り込んだ。

 

 そっと音を立てぬように靴を脱ぎ、ひっそりとした足どりで移動する。

 

 そして目的の場所の前で、その時に(ようや)く、詰めていた息を吐き出した。

 外よりは幾分か暖かく、何より吹き付ける風は少ないのに一息ついた、というのもある。

 

 

 冷えた腕を摩りつつも、それから早速とばかりに、私は部屋を縁取るように在る広間の本棚を目を凝らし見詰めた。

 彼女が書いたものがひとつも無くとも、彼女のことを書いた何か、伝記のようなものが無いかと期待した――所謂(いわゆる)、浅慮な子供の考えであった。

 

 其れらしい、朧では無い()の何もかもを、知らないままに探そうとしたのである。

 

 

 

 本は未だ、高価なものであった。

 そんなものが如何(どう)して、元図書館とはいえ孤児院なんぞに在るのかは甚だ奇妙なことでは在ったが――いつぞやの兄の言葉によると、「彼奴(あいつ)は本狂いだからな」とのことであった。

 

 其の一言で済ませても善いのか、とは思ったがそれで今までやってきたのだから、それならそれで善いのではないか、と思っている。

 

 

 ……彼奴(あいつ)とは、院長のことだ。

 大体本を読み耽っている壮年。

 全身真っ白な白装束が似合っていない、此の孤児院唯一の大人。

 一日を本を読んで過ごし、何故か同じ題名(タイトル)のものを各々二冊ずつ揃えているのは、確かに趣味の範疇を越えているのだろう。

 ふらりと出掛けて持ち帰って来た本一冊が、気づけば補充されたように二冊に為ったりしているのだ。そこまでして、一体何に駆り立てられているのか、と思うが、今は関係の無い話である。

 

 

 一冊目を見つけたのは、それから数十分程してからだった。伝記自体も少なかったが、何より月明かりを頼りにする作業は、ひたすらに効率が悪い。

 

 音を立てぬように、丁重に取り出す……そうしなければ(うるさ)い人が居るので。

 ()し汚れなどを本に付けてしまえば、其れこそ折檻の対象に為る。

 幼い子供にも、其れだけは気をつけるようにときつく言い含めるのが兄や姉から引き継いできた最も重要な教えでもあった。

 

 ……まあ、残念なことに今日ちょうど、其れを破ってしまった弟が居たわけだが。

 

 

 月明かりに照らして見ると、題名(タイトル)が金文字で綴られて居るのが読めた。見るからに高価そうである。

 うっかり眠り込んで涎を零す、なんてことが無いようにしようと固く決心する。

 

 私は座り込んでから(ページ)をめくった。

 

 そうしてから(ようや)く、此れで暇が潰せるじゃないかと気づいて、あまりにも身近に其の手段が在ったことに自分で呆れた。

 

 院の本を読み尽くすのも善いかもしれない、と文章を目で追いつつ、今更ながらにそんなことを思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




所謂繋ぎの回。
原作敦くんのようなハードな孤児院ではないです。かなりマイルド。
得点(ポイント)制なんて、無かったんや……!




そもそも何でこんな昔から書いてんねん、織田作はよ! とか自分でも考えてますが、織田作生存のためには主人公ちゃんに織田作少年時代から出会ってもらって、更には少しずつ関わってほしいと思ってます(ニッコリ
織田作のためなら、私は努力を惜しまないよ!

という言い訳でした。
抵抗のある方は、そっとブラウザバックしてやってください。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。