王の穴熊囲いに敗北を悟った玉は切り札を投入した。その名はチェス。自身を紳士と称する蛮族である。

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第三次盤面戦争

 王と玉の最終決戦。

 玉軍は王の陣まで後一歩の所まで詰め寄るも、堅牢を誇る王の穴熊囲いによって攻めあぐね、戦局は膠着状態に陥っていた。

 季節は冬。短期決戦を目論んだ強行軍により玉軍の物資は心もとない。このままでは敗北は必定であると悟った玉はこの状況を打破すべく秘密兵器を投入する。

 

「王よ、玉軍に動きがあります」

「愚かな。どんな小細工を催そうとも穴熊が敗れる筈が……」

 

 ズン、と。

 玉座にまで響いてくる轟音が陣を揺るがした。

 次いで、玉座にまで戦闘の剣戟が聞こえてくる。

 

「何事だ、報告しろ!」

「チェスです! 奴らチェスを投入してきました!」

「チェスだと!?」

 

 近衛の金将に報告に王は大きく目を見開き、盛大な驚愕をもってその報告を受け入れた。

 

 チェスは自身らを紳士、淑女と自称する異国の軍隊だ。

 兵の動き自体は将棋と似通っているのだが、彼らはより攻撃的である。

 しかしその実態は紳士淑女とは程遠い。

 更にチェスの戦は無常にして凄絶。将棋と違い、捕虜を取る事無く敵は悉くその場で切り捨てる。

 

 将棋同士の盤面戦争であったにも関わらず、将棋をチェスのパチモンと呼んで憚らない第三勢力にして無法者の介入。王は怒りの余り玉座を叩く。

 

「玉め血迷ったか! 毛唐の力を借りても結局は自分達の首を絞めるだけだと何故分からぬのだ! この戦に勝ったとしてもその後はどうする! 消耗した貴様ではチェスには敵うまいに……!」

「駄目です! お味方被害甚大! 攻勢を止められません!」

 

 チェス軍の加勢も相まって、難攻不落の穴熊に巨大な穴が開けられていた。

 王はこのままでは王手(チェック)まで秒読みであると悟る。王としてそれだけは避けねばならない。

 

「……オセロを出せ」

「……王よ。今、なんと?」

「聞こえなかったのか? オセロを出せと言っている」

 

 金将は戦慄した。

 確かにこのままでは自分達は負けるだろう。

 しかし王はアレを戦線に投入しろと言うのか。

 

「し、しかし盤面戦争におけるオセロの投入は国際条約で禁止されている筈……!」

「構うものか! 元はといえばチェスを持ち込んだのは相手が先だ! 野蛮人のチェス諸共皆殺しにしてくれる! 白黒決着をつけようではないか!!」

 

 

 

 

 

 

 王軍の穴熊を蹂躙するチェス軍。

 その最前線に、一際目を引く一騎がいた。

 戦場に似合わない姫将軍はしかし誰よりも虐殺を楽しんでいる。

 

「あははははっ! まるで鴨撃ちじゃない!」

 

 無人の野を行くが如き蹂躙を見せ付けているのはチェス軍のクイーンだ。

 玉軍についている彼らはしかし、将棋の戦いやルールなど守るつもりなど一切無かった。

 将棋など所詮はチェスのパチモンで劣化品だと、本気で思っているからだ。

 

「このまま一気に王の首を取るわよ! その後は玉!」

「Sir,yes,sir!」

 

 だが彼らの進軍は突如として阻まれる事になる。

 クイーンの眼前に、突如として巨大な円盤が出現したのだ。

 円盤は下半分が白、上半分が黒。

 

「邪魔よ、退きなさい!」

 

 クイーンの拳が円盤に叩き込まれ、盛大な衝突音が周囲に鳴り響いた。

 

 まっすぐ行ってぶっ飛ばす。右ストレートでぶっ飛ばす。

 単純にして明快な、しかし今までありとあらゆる相手を屠ってきた、クイーンの十八番にして必殺技である。

 

 そう、()()()()()()()。今日この時までは。

 

「硬いッ……!?」

 

 突破力、機動力、破壊力。

 若干脳筋ではあったが、それら全てを兼ね備えたチェス軍のクイーンは間違いなく将棋、チェス総軍の中で最強の駒だろう。

 

 であるにも関わらず、漆黒の円盤は破壊はおろか、傷一つ付いていない。

 チェス軍に俄かに動揺が広がる。

 

「で、でもこんなの迂回すればどうって事……」

「クイーン、退避を! コイツはオセロです!」

「……えっ?」

 

 随伴のルークの悲痛な叫び声。

 振り向くと同時に、前方の円盤と全く同じ大きさ、同じ形、同じ色の円盤が振ってきた。

 

 

 

 ――お前もオセロになれ。

 

 

 

 地響きと共に、どこまでも無機質で冷たい声が頭の中に響く。

 そしてそれを最後に、チェス軍最強の駒、クイーンの意識は途絶えた。

 唐突に、そして永遠に。

 

 

 

 オセロ。

 白黒の虐殺円盤の異名を持ち、盤面戦争において畏怖、あるいは戦慄と共に語られるその名を知らぬ者はいないだろう。

 

 オセロとは単一であり、群れであり、白であり、黒である。

 

 将棋の特性が同胞の洗脳、チェスの特性が殲滅だとするならば、オセロの特性は不壊、不動。

 だがそれだけではない。

 敵を挟みうちにした時にこそオセロの真価は発揮される。

 

 彼らは挟んだ敵を仲間にする……否、それでは将棋と何も変わらない。

 オセロの悪辣さはそんなものではない。

 彼らは挟んだものを侵食し、同属、つまりオセロに変えてしまうのだ。

 変化したオセロに挟まれた者もやはり同様にオセロになる。

 不壊、不動、そして不可逆の変化は限られたフィールドで戦う盤面戦争においてオセロはあまりにも異質で、凶悪だ。

 

 オセロの唯一の弱点は同じオセロである。オセロを対のオセロで反転する。更に反転したオセロをオセロが反転させる。

 敵オセロが味方オセロに、味方オセロが敵オセロにめまぐるしく変わっていく様は誰もが目を白黒させるだろう。

 しかし結局それでは世界がオセロに包まれる事に変わりは無い。故に虐殺円盤。

 善悪を持たず、ただ世界を白黒に染め上げるだけの存在。

 お前もオセロになるんだよ!

 

 

 

 オセロの猛威から逃げ惑うチェス軍を眺めながら、玉は流れが変わった事を悟った。

 このままではいずれ天から降り注ぐオセロが盤面を埋め尽くすだろう。

 

「王め、まさかオセロを懐に抱え込んでいたとは……見誤ったか」

 

 これは己の失策である。恐らくこちらがチェスを出した故に王はオセロという手札を切ってきたのだ。

 苦虫を噛み潰した顔で玉は指示を出す。

 

「まだだ、まだ終わらん! 囲碁を出せ! 目には歯を! 歯には牙を! オセロには囲碁を!!」

 

 囲碁。アンチオセロとして有名なこの兵器は見た目こそオセロに酷似しているが不動や不壊の性質は持っておらず、除去は容易い。

 更にオセロの特性が侵食だとするならば囲碁は追放。

 オセロと比較すると非常に扱い辛い(ルールが覚えにくい)上に動きも遅いが、囲碁の駒に囲まれた敵は問答無用で異次元に追放される。不動にして不壊のオセロも例外ではない。

 しかしアンチオセロといえどもオセロの侵食を防ぐ事は敵わない。

 

 かくして王の操るオセロと玉の操る囲碁による戦いが幕を開けた。

 

 激しい戦いは三日三晩に及び……王のオセロは玉の囲碁に敗れ去る。

 中国四千年の歴史は伊達ではなかったのだ。

 

 

 

 一手及ばず玉に敗れた王は玉の陣営に連行されていた。

 周囲では最も被害が大きかったチェス軍が王を八つ裂きにせんと血走った目を向けているが、王は全く意に介していない。

 

「王よ、何か言い残すことはあるか?」

「認めよう。今回は我の負けだ。だがただでは死なん。我が身と引き換えに、貴様らも道連れにしてくれよう」

 

 崖っぷちの王が発したあまりに荒唐無稽な大言壮語に玉は嗤った。

 

「ふん、この期に及んで何を言うかと思えば。見ろ、この盤面を! 完全に詰んでいるこの状況下で今更貴様に何が出来る!」

「この戦いを引き分けで終わらせる事が出来る」

 

 王は朗らかに笑う。

 己の運命を受け入れた、堂々とした笑みであった。

 

「引き分け、だと……?」

 

 引き分け、ドローゲーム。

 最早オセロの駒も無いこの状況から、どうやって。

 

(どう考えても無理だ。それこそ盤面をひっくり返すくらいでなければ……ひっくり返す? まさか!!!)

 

 聡い玉は王の最期の一手を悟った。

 しかしそれはあまりにも無法の一手である。チェスやオセロの比ではない。

 

「……止めろ……止めろ! 貴様ぁ! やっていい事と悪い事があるだろうが!」

「ふははははは、どうやら理解出来たようだな! 貴様を勝者にはさせん! さらばだ玉よ、来世で会おう!!」

 

 最後に一人残された王が放ったのは、それまでの戦いの全てを無に帰す、盤面戦争におけるオセロ以上の最低最悪の禁呪。

 その名も……

 

「殺せっ! 王を殺せ!!」

「馬鹿め、一手遅いわ! ――――おおっと手が滑った(ちゃぶ台返し)!!」

 

 文字通り盤面をひっくり返して全てを無かった事にしてしまう禁呪の発動と共に、盛大にひっくり返された盤面から残された将棋、チェス、オセロ、囲碁、全ての駒が一瞬で無慈悲に洗い流される。

 そして誰もいなくなり、後には綺麗な盤面だけが残され、第三次盤面戦争は無効試合(ドローゲーム)で終わった。




 ゲームはルールとマナーを守って楽しく遊びましょう。


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