Fate/Grand Order -The third choice-   作:スノウレッツ

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第二話 [地獄の口は笑っているか]

 

 

 ───ああ。

 

 別段、それは普通のことだった。

 元より集めようとしていた人数に達しなかったことも、私という人間が産まれ落ちたことも、ラプソディアがカルデアに漂流したことも。

 ああ、それだけじゃない。

 

 今日、この日。

 全てが終わる筈のそこで、貴方がやって来たことすらも。

 

 何もかも、偶然と片付けるまでもない、普通のこと。

 たかが人では当たり前とすら感じられない、普遍な運命の出会いだったのだ───

 

 ◇

 

 

 

 ◇

 

 // 2015/8/6/8:47 //

 

 

「フォウ……?

 キュウ……キュウ……?」

 

 もふもふ、もふもふ。

 

「フォウ! キューウ!

 フー、フォーウ!」

 

 もふもふ。もふもふ、もふもふ、もふもふ。

 

「ん………? なん、だぁ………?」

 

 ふもっふふもっふ。

 

「───ほれ、起きるといい。可愛らしい後輩の目の前だぞ」

「へっ!?」

 

 柔らかい何かが顔から離れたと思ったら、何やら女性の声がした。

 最初に聞こえたのは、鋭くも穏やかな声。

 次には、どうやら何かに驚いた様子の幼い声だ。

 

「あなたたち、は……?」

 

 揺れる頭を抑えつつ、寝ぼけ気味の声をなんとか引き出した。

 そして何故か、先方は困惑しているようだ。

 

「どうしましょう先生、いきなり難度の高い設問です。なんと答えれば……」

「貴様に名乗る名はないっ!」

「ええっ!?」

「冗談だよ。……まあ、人に名を尋ねるには自分からとは良く言うものだしね。

 私はラプソディア・ラケシード。ここの職員の一人だ」

 

 最初に名を聴いたのは、白い不思議な獣を顔の横で持ち上げている人物。

 凛々しい声から、勝手に男性かと判断しそうになったが、見かけは女性にも思えた。

 中性的な整った顔立ちから、似つかわしくない程に淀んだ双貌が此方を見つめている。

 ついでに隣の獣からは紫の、闇夜に似た双貌が注がれている。

 

「ラプソディア、さん?」

「ラプスでいい。 ……ほら、君も」

 

 狂詩曲(ラプソディア)、と名乗ったその人物は、後ろに隠れるようにしていた少女の背中を押す。

 慌てたままに、儚げな様相を持っている少女は捲し立てる。

 

「あ、えと……マシュ・キリエライトと申します! 不束者ですが───!」

「いやいやマシュ、見合いでも始める気かい。

 ──ああ、すまないねキミ。こう見えても彼女はそこそこ人見知りでさ。 見たところキミも同年代かな、彼女と仲良くしてくれると助かる」

 

 そこまできて漸く、自分の前に立っている人物達が、職場の上司にあたる人物なのだと察して、一気に目が覚めた。

 だらりと崩れていた肢体を起き上がらせ、背を伸ばして二人に向き合う。

 

「え……あ、はい! ……ああいや! えっと、オレの名前は藤丸立香(ふじまるりつか)っていいます!

 本日付でカルデア配属になりました、宜しくお願いします! ……って、まだ何も知らされてないんですけどね……」

 

 寝起きの頭にしては、そこそこの文句をひねり出せたかな?

 でも、何も知らされてないのは確かなんだよな……申込書には履歴書だけ送れって書いてあっただけだし……

 

「おお、元気でいいね。

 カルデアにようこそ、Sig(ミスター).藤丸。

 さて、早速だけど私には君の処遇をどうこうする権限が無くてね。とりあえずこの通路を真っ直ぐ行って───ん? どうしたマシュ?」

「あ、え……っと」

「うん? ああ、どうやら彼女は君に興味があるらしい。そうだろマシュ?」

 

 何故か、彼女──マシュに少し壁を感じる。

 と、恐る恐るか、彼女から問いかけられた。

 

「……少し、聞いても良いですか、藤丸先輩?」

「な、なんだい……?」

 

 する必要もないのに身構える。

 別に女の子との会話になれていないわけでもないが、ああ……未だ頭が起きていないのか。

 

「……あの、どうして廊下で熟睡していたのでしょうか? しかも結構窮屈な姿勢でしたが」

「あ、うーん……なんだか、ボーッとしてて……

 いつの間にか、気がついたらここで寝てたみたいです」

「もしかして擬似ダイブで頭がシェイクされたかな。精神と肉体の剥離が生じるからな……

 アレは乗り物酔いの上位互換みたいなものだしね、慣れてないとそうなるかもしれない」

 

 合点がいったらしい様子で、ラプスさんは説明をしてくれた。なるほど……先ほどの戦闘はVRとかの先端技術なのか。

 それにしても、凄い臨場感だったな。

 ダイブ、だって? これも仕事に関わるのかな……

 

「フォキュー、キュルーキュッキュ」

 

 と、思案に首を捻っていると、眼前から軽快な鳴き声が聞こえる。

 ずっと疑問だったことをぶつけてもいいだろうか。まあいいだろう、解らないことは聞くに限る。

 

「さっきから気になってたんですけど……その動物……なんですか? 見たことない生き物ですね 」

「えっと……こちらのリスっぽい方はフォウさんといいます。 カルデアに棲まう特権生物です。

 特に害はありません、たまーに食事を強襲されますけど」

 

 なるほど、わからん。

 

「フォーウ!」

「うわっ?」

 

 突然。なんと、その、ふぉうとやらが俺の頭に目掛けて跳んできたのだ。

 

「ンキュー……フォウ……フォフォーウ♪」

「お、気に入られたか? 珍しいなぁ」

「そうですね、人になつくなんて……カルデアでも数人しか前例がありません。先輩もフォウさんのお世話役の仲間入りですね」

 

 何やら二人は楽しげだ。

 ああ、初日の一番最初に出会ったのがこの二人で良かった。恐ろしい人だったら、眠りこけていたことを咎められ───あ、ラプスさんは十分怖いな、主に目付きが……

 

 そんなことを思っていると、通路の奥から、とある人物がやって来た。

 

「──ん? おや、そこにいたのかマシュ……と、これはこれは……ラプソディア卿」

「げっ、レフ!」

「げっ、とは失礼極まるな。困るねマシュを勝手に連れ出しては。また所長の雷を落としたいと見たが?」

「藤丸、厄介なのに捕まったよ。彼は……」

 

 やって来たのは、深い緑のスーツを着こなす男。

 きっちりと仕立てられている装束と、妙に特徴的な髪型。

 そしてこれは勘に過ぎないが、なんとなくに過ぎないが、かなりの重役と見た──

 

「ちょっと待った。 何をネガティブキャンペーンのだしにしようとしている? 全く……相変わらず君は自由奔放だな」

 

 そしてどうやら、この男とラプスさんはあまり仲が良くないらしい。と共に、軽口を言い合えるくらいには立っている領域が同じ、らしい。

 

 と。男が、此方に気づいた。

 堂々としたその背格好は、実に仕事人の雰囲気を醸している。

 

「───おっと。 そうか、先客……最後の候補者が君だね? 私はレフ・ライノール。ここで技士として働かせてもらっている。君は……」

「ええっと、藤丸立香と言います」

「ふむ、藤丸君と。それで? この不良騎士に何を吹き込まれていたのかな」

「不良騎士っていうなよ……」

 

 ラプスさんは、隣でも聞きづらいくらい小声で愚痴るように吐き捨てた。

 この人だけは怒らせないようにしよう、うん。

 

「彼女はね……二等共和国功労勲章(グラン・クローチェ)まで授与されているというのに、如何とも性格と素行に難ありでね。腕は確かだが、付き合うのは推奨しない人物筆頭だ」

 

 ぐらん……?

 いや、何やら知れないが、やはり凄い人なんだろう。

 

 マシュは、何故か燻っているラプスの代わりにか、呆れた風にレフへと言葉を返す。

 

「相変わらず、レフ教授は先生に辛辣ですね……」

「それは仕方あるまい。食事時に『アナバシス』などについて話し込む人間を友人に数えたくはないだろう」

「あっ、レフてめぇ! クセノフォン馬鹿にしたな!?」

「あとその荒っぽい口調だ。マシュが真似したらどうする気だい?」

「ぐっ」

 

 ああ、少しずつこの人たちの関係性が見えてきた。レフ、ラプス、マシュ、の順に上下関係が成り立っているようだ。

 あと、『アナバシス』は俺も読んだことがある。まあなんてことはない古代の軍記だ。ちょっとどころじゃないほど血生臭いけど。確かに食事時には向かないだろう。

 

「それと。 一昨日も仕事の隙を縫ってマシュのもとへ行ったろう。いくら優秀でも与えられた責務を果たさないと、その華奢な首が落ちるぞ」

「一応仕事は終えてたよ! というかカウンセラーがなんでインフラ整備の真似事しなくちゃいけないの!」

「何故って……そりゃあ君が『なんでもするから働かせてくれ』と泣きついてきたからだろう。

 どうしてあんな状態になっていたかは敢えて訊くまいが、此処に必要とされるだけましと思いたまえ」

 

 口論は早々に、恐らく切り札をレフが切ったので終わったらしい。

 ラプスはぐうの音も出ないほど叩かれたようだ。

 

「ぐ、ぬぬ……」

「今回はレフ教授に軍配でしょうか?」

 

 レフは深くシルクハットを被り、勝ち誇った風、というわけでもなく、淡々と続ける。

 

「……まあ、広く知識を増やすのは間違いじゃないことは確かだが。 ああっとすまない藤丸君、つい舌戦を繰り広げてしまった 」

「いえ……なんですかね、なかなか雰囲気のいい職場だなー……って」

 

 思ったことを口にしてみた。

 すると、興味深そうに、三人は此方をみる。

 

「ほう?」

「ふーん?」

「今のやり取りのどの辺りからそう思ったのでしょうか……?」

「いや、確かに口論にはなってたけど。

 険悪そうには見えなかったので」

 

 口論をしていた二人は目を丸くすると。

 

「……」

「……」

 

 小さく笑った。

 

「はは、これは一本とられたなラプソディア」

「なんでぇ……いつかぎゃふんと言わせてやらぁ」

 

 ああ、やはり根本的な敵対をしている訳ではないのだ、二人は。

 この二人がどれくらいの重役なのかは判らないけれど、なんとなく安心した。

 こんな雪山まで連れてこられて、ブラックなジョブをローリングされたら精神が保ったものじゃない。

 

「ふっふっふ…… ああ、それで。

 一般公募の様子だけれど、訓練期間はどれくらいかな? 一年? 半年? それとも最短の三ヶ月かな」

 

 いきなり、よく分からない質問がきた。

 訓練? この仕事は訓練がいるのか?

 そんなものは一切していない。敢えて言うならば筋トレくらいは毎日やっていたけれど。

 うーむ……

 だとすれば、俺はいったい何をしに此所へ……

 

「えーと……訓練は、してなくて。

 今日、来たばかりなんです」

「ふむ?」

 

 思った通り、疑問を持たれた。

 当たり前だろう、こんな大仰な場に、一般人がやってくることなど無いだろうから。

 けれど───

 

「レフ、特別採用枠の子だよ」

「おお、そうか。数あわせの為に緊急で召集した一般枠があったな。君もその一人だったか。 

 配慮に欠ける質問だった、申し訳ない」

 

 ──なんと。なんと、理屈は用意されていた。

 しかし、数合わせか。

 まあ、なるほど。それなら、自分という人間が選ばれてしまったことにも理由はつけられる。

 偶然、だと。

 

「い、いえ。でも……オレ、じゃない私に出来ること、有るんでしょうか……

 少し聞いただけでも、凄い人達が集まっているみたいだし……」

 

 途端、不安になってきた。

 必要とされないことは、死と同義だ。

 俺みたいなのに、仕事なんてあるんだろうか。

 

「ははは。何、そう悲観することはない。

 今回のミッションは、君含め全員が必要なんんだ」

「イレギュラーは少ないほど強い効果を発揮する。藤丸君にはそのイレギュラーになって貰いたいね」

 

 二人は、変わらず淡々と話を進める。

 

「イレギュラー……」

 

 異例を求めているのか。

 うーむ、それはそれで無理難題……

 そんな不安を感じ取ったのか、ラプスさんは補足をしてくれた。

 

「……特別な人材ということさ。

 ここでは、凡庸な人物が特別なんだ。

 解らないことがあったら、私でもレフでも、それこそマシュは今回のミッションのリーダーでもあるから。困った時はマシュを頼るといい。その代わり、彼女が困っていたら、君が手を引いてやってくれ 」

 

 そういいながら、とん、と。

 マシュの肩を叩いた。

 

「え、あ、はい! 宜しくお願いしますね!

 藤丸先輩!」

「───! あ、ああ。此方こそ、宜しく」

 

 なんとまあ、純粋な───

 俺より幾分か若いだろうに、とても自信に満ちた表情をする。

 彼女も、また、相応の実力を以てこの場に立っている者なんだろう。

 沈んでなんかいられない、か。

 うん。これから俺も、頑張らなくちゃあな!

 

「ふむ。 善良な交遊は実に喜ばしいものだ。

 さて、そろそろ時間だ、所長の説明会に間に合わないぞ」

「ええ? もうそんな時間?」

「先生が話し込むから……」

「うわ……くそ、今だけは自分を恨みたい……」

 

 そして、何かの──朝礼のような何かだろうか。

 

「説明会、ですか?」

「はい。藤丸先輩と同じく、昨日及び本日付で配属についたマスター適正者達へ、所長からのご挨拶です」

「要は組織のボスから、浮わついた新人達への最初の挨拶(しつけ)ってわけさ」

「マリー所長は理不尽なまでにかっちりした人間だからね……遅刻なんてした日には大目玉だ」

 

 レフは右手の時計を一瞥すると、多少焦った口調で促す。

 

「五分後に中央管制室で説明会が始まる。

 この通路を真っ直ぐだ、急ぎなさい」

「……仕方ない。んじゃ、私が連れてってくよ」

「あ、私も、出席してよろしいでしょうか……?」

「マシュもかい? まあ、君がそうしたいなら良いだろう。それじゃあラプソディア卿、後は宜しく頼むよ」

「了解ですよー」

 

 ラプスが手をひらひらとしているうちに、レフは通路を早足で歩いていった。

 

「じゃあ、行こうか。 レフの話が本当なら、さっさと行かないと睨まれる」

「はい、わかりました」

 

 ああ、ここから始まるのか。

 拝啓お母さん、お父さん。御元気ですか。

 早いもので田舎を飛び出てもう四年程になります。

 社会人第一歩は前途多難になりそうですが、俺は挫けません。ええ、挫けませんよ、斃れる迄は!

 

 

 // 9:27 //

 

 

 管制室の隅に立っていたラプソディアは腕を組みながら、今まさに退場を食らった藤丸立香を案じていた。

 

「まさか所長の平手を食らうとは。

 なかなかやるなミスター藤丸……」

 

 新人説明会という名の調教演説の最中、微睡みの中に入りそうだった藤丸立香、まんまと所長の雷に晒された。

 まあなかなかの剛胆者だ。いや、ただのうっかり者か? どちらにせよ、彼は素人だ。これから育てるには腕がなる。

 

 と、彼はひとたび退場した。

 マシュもついていったから、あれ以上に潰れたりはしないだろう。

 文字通り、彼は他の有象無象とは違う場に立ってもらわねばならないのだから。この程度で崩れるくらいならは見込み違いだったということだが……

 

「──全く! あんな素人を寄越すなんて教会は何を考えているのかしら!

 レフ、レフはいないの!?」

「レフは居ませんよっと。ついでにロマンも居ないけど」

 

 まさか、自分の目の前で居眠りを極め込まれるとは思わなかったらしく、怒髪天すら越えてパニック状態になりかけている。

 呆れ三割、怒り五割、困惑二割くらいの様子。

 

「デイム・ラプソディア……貴女ね……

 私のカルデアスに何かあったらどうする気なのかしら!?」

 

 その矛先が新人たちに向く前に、とりあえず自分に刺さるよう口を挟む。

 ああ、此方の少女は他でもないカルデアの所長である。

 名をオルガマリー・アニムスフィア。

 百年級の魔導の家の中ならば、アニムスフィアは一目おかれる家系の一つだろう。

 イタリアの港町──リヴォルノで騎士やってた私でも耳にしたことがあるくらいだ。

 

 まあいい。此処の成り立ちなんてものを語り出すと一日二日じゃ足りないので、またの機会にしよう。

 

「さあ? ていうかもうどうにかなってるじゃないですか。 灰色の地球なんて見たくもない、恐竜の時代に戻ったのかと思いましたよ」

「……全く、自分の才能と縁に感謝なさい。

 父の推薦状が無かったのなら、貴女がこの場に立っているのは身分的に有り得ないと言っても過言ではないのよ」

 

 天上に置かれた天球儀を見上げる。

 疑似天体カルデアスは半年くらいまえから不調で───いや。

 正確に言うならば、世界そのものが不調に陥っているのだろう。

 未来が見えなくなっただけではない、確定されている筈の過去にすら歪みが発生している。

 それら一切合切を含めての不調が、灰色の地球儀として我々の頭上に浮いている。

 

「承知してますよそのくらい。というか私に構うよりやるべきことがあるんじゃないですか?」

「それこそわかっています!

 ……何を突っ立っているの貴方達、きびきびと動きなさい! 自身のIDとコフィンのナンバーがそれぞれ対応しているから、さっさと登録を済ませておいて。ラプソディア、貴女に一先ず任せます、しっかりと統率しておきなさい!」

 

 面倒ごと投げられたよ。

 まあ請け負いますけれども。

 彼女の苦難を欠片でも知っている者としては、少しでも手助けはしたいと思うところだ。

 拾われた恩もある。この娘自体にではないが。

 生憎、私にはそういう力量(ヴィルトゥ)も備わっていた。

 

「了解了解……はい、んじゃー動けー

 (はた)かれたくなければねー」

 

 向き直って、新人どもと対面する。

 此処にいるということが、そもそものエリートの証なのだ。まあ言わずともやるべきことはやってくれるだろうが、指標は示さねば効率が悪い。

 

 けれども、流石に胡散臭い白衣の言うことというのもあり、なんと私の素性を知ってる奴がいたらしく、軽くざわつく。

 

 ───俺知ってるぞ、アイツ呪術師だって。

 ───ええ? なんでそんな田舎ものに指図されなくちゃいけないんだ?

 

「ああ? なんだってー?」

 

 一人、見るからに秀才で通ってきたようなオーラを持っているのが踏み込んできた。

 ああ、いいね。そんくらいの誇りを持ってるなら期待してみる価値がある。

 

「東洋の呪術なんて学問ですらない邪道じゃない! なんでそんな人間が私たちの───」

 

 でもまあ、デモンストレーションだ。

 カルデアの職員の化け物っぷりに喰われてもらおう。

 じゅるり。……おっと、自重自重。

 見かけは好みだが、そこまでの節操なしじゃあないよ私は。

 

「ふ───っ」

 

 文句を言い終わる前に、右手をそいつの鼻先まで突きだした。

 言葉無しに行動を始めたので、目の前の、いかにも良いとこの小綺麗なお嬢さんは面食らっていた。

 

「───!?」

「見とけ。 たかが見世物の類いだが………」

 

 魔術回路を起動する。

 サーキットに雷を奔らせるように。

 魔力を練る、仙功を解放する、大気に干渉する。

 掌の上にイメージを作り出す。

 詳細に造形する。思い浮かべるだけでいい。

 そして、それを───

 

 ───握り潰す。

 

 一瞬のこと、右手には一輪の薔薇が発生していた。華の名はアルテシアとか、ローズシャロンとか言う。ただの薔薇じゃなくて、魔力結晶で出来た花だ。蒼く透き通った、綺麗な造花。

 今時のCGよか、巧く削り出せたとは思う。

 一昔前に流行ったマジシャンを真似してみた。

 

「え……?」

 

 ───魔力の固定化!?

 ───何だ? 今のどうやったんだ……?

 

「──はい、君にあげる」

「あ……ありがとう、ございます」

 

 我ながらキザすぎるか。

 まあ気にしない気にしない。花と宝石を貰って喜ばない女性はいないだろう。愛の国(イタリア)に居すぎたせいか、こんな思考回路になったのは。

 ああいや。昔からこうだった気がしないでもない。

 

 久しぶりにこういうことをしたので、疲れた。

 ふぅと、一息ついた後。

 目の前の新人たちを見回しながら切り出した。

 

「こんなかでさ……大気中のマナ凝固して結晶体に出来るヤツ手上げてみ。勿論、補助魔法陣は無しだよ」

 

 ぎょっとした空気が流れ、途端に静かになった。

 誤解を恐れず補足するなら、これくらいの所業は此処にいる殆どが出来るだろう。

 協会所属だったもので、鉱石科(キシュア)とか創造科(バリュエ)などにいたり、宝石魔術とか専攻していれば尚更。

 大気だろうがなんだろうが、魔力を取り出して固定化するなんてのは根源に至る初歩の一つだ。

 ただ、自分で説明するのは若干こっぱずかしいのだが、彼らが畏縮している原因は私が今やったことだろう。要は速度と精密性、安定性が普通では考えられない程に高いと思われている。多分。

 地脈から魔力を引き出す魔術なんて、一日やそこいらで完成するものじゃない、それこそ数週間はかかるくらいの大物だ。手のひらサイズとはいえ、それを一瞬でやってのけ、尚且つ緻密な形状に加工したのが信じられないのだろう。

 東洋の呪術師ならこんくらいは普通なんだが……まあ大して役には立たんな。

 口説き文句には存分に使えるが。

 

「とまあ、呪術師なめんな。

 それ以前に、あんたらは基本的に魔術師だけど、此処では一職員として働いてもらう、らしい。職員って枠なら私も君らも同列さ──」

 

 そうだ、ここは魔術社会とはすこし異なる位相に位置する機関だから。

 

「けど、上下関係ってのはどうしても出てくる。そりゃあ新人は最低カーストだろうけど、仕事をこなしてけばそれに相応して地位は確立されてく」

 

 血筋だけじゃない、才能だけでもない。

 努力と、連携と、どんだけ頭が冴えてるかってことで、全てが決まる。

 頭のいい奴は生き残れるよ、どんな時代でも。もちろん、退路が存在するときだけだけど。まあ例え逃げ道が存在しなくても、自分でそれを作れるやつはいい。充分に逸材だろう。

 最も、一番凄い奴はそもそも窮地に立ったりしないけどな。

 

「此処は、そういう場所だからね。

 納得出来ないなら出来ないで幾らでも話に乗るぞ。私はカウンセラーだからさ」

 

 ───なんでカウンセラーがあんな高等術を……

 

「はい! これ以上無駄話してると私にまで雷落ちるから! 棺桶……じゃない。コフィンの登録済ませなさい。 ガイダンスに倣えば良いからね」

 

 すると、渋々彼らは動き出した。ああいや、わりと真面目なのも見えるし、笑みを浮かべてる奴もいる。

 こいつはいいや、今度魔術協会に顔出してみようかな。こんなのがごろごろいるんだろう?

 可能性を眺めるのは楽しい。実に、実に。

 

 ──と。

 

「………」

「……ん? どした?」

 

 最初に突っかかってきた娘だ。

 なんだか非常に軽率な行動をした気がする。

 その子は、なんだかほんのり顔を赤らめているような。

 

「えっと……貴女の名前は、なんと……?」

 

 何処の中世騎士物語だ。ベタにも程がある。しかもちょろいよキミ……

 まあ、いいや。自分で撒いた火の種だ。自分で育てよう。

 

「ラプソディア。此処ではラプスで通ってる」

「ラプス、さん……」

 

 別に弟子をとるのはやぶさかじゃない。

 美少女なら尚更っ……と、自重自重ってさっきもやったなこれ。

 

「ああ、そだ。その蒼い薔薇ね、花言葉は、『高貴』と『大きな志』。あと確か夢が叶うってのもあったかな──」

「あの! これ、大切にしますから!」

 

 と。それだけ言って深くお辞儀したのち、とたとたと早足で歩いていってしまった。

 

「あ? 行っちゃった……」

 

 ……とりわけ一番の問題は、彼女に私が男だと勘違いされてはいまいかということか……

 ひどく昔を思い出す。あの二人を。

 今思えばあれは酷かった、畑仕事してた途中で、いきなりだったから文句も言えずにそのまま流される羽目になった。

 ま、そうやってなりきってみるというのも面白いかもしれないが。

 

「……んなわきゃねえ、か」

 

 さて──無事に済めばいいのだが──

 いや。そっちの方があるわけない。

 今日は、今日からは、全て。

 

 

 // 9:48 //

 

 

 作戦開始約十分前。

 中央管制室の扉が開く。

 

「──マシュ・キリエライト、入ります!」

 

 既にメンバーは集合していた。

 若干の遅刻かと恐れたが、時刻に間に合ってはいなかったか。

 マリー所長から、柔らかく諌められる。

 

「遅いわ、貴女で最後よ」

「す、すいません。ちょっと話し込んでしまいまして……」

「……約束の時刻には間に合っていますから、まあ良いでしょう。Aチームは揃いましたね?

 それでは少々早いですが、現時刻を以てファースト・ミッションの開始を宣言します。目的座標は西暦2004年『特異点F』、原因調査及び解決を目指して作戦を進行します。各人、コフィンへ入って待機状態に移行してください」

 

 私の到着とほぼ同時に、作戦の開始が告げられる。

 部屋の空気がぴりりと痛い。

 これから始まるそれが、どれだけ重要なことかという理解は充分しているつもりだったが、それを解する人員がこれだけいれば、空間が圧迫されるのも納得できる。

 

 ───大丈夫かな。何せ就いてからすぐのことだけど。

 ───いえ、仔細(しさい)ありません。心配無用です!

 ───そうか。あの薔薇はどうしたの?

 ───急いで自室に飾ってきました!

 

 ラプスは、えっと……誰だろう。多分、新人の子と話していた。もうずいぶんと仲良くなっているみたいだ。

 なんだろう。すこしだけ、面白くない。

 これはどういう感情なんだろうか。……いや、今は考えまい。不安はレイシフトの成功率を著しく下げてしまう。

 

「…………」

 

 落ち着け。落ち着け。落ち着け。

 ──よし。大丈夫そうだ。

 

 カウンセリングに徹していたラプスは、所長へと進言をする。

 それは、何故か此処にいない自分の上司への当て付けかとも思われたが。いや、恐らくは真面目な事項だ。こういう場で彼女が冗談を言い放つのは見たことがない。

 

「所長、私だけじゃあ手が足りないからさ、ロマニに手助けを申請したいんだけど?」

「了解しました、レフ! ロマンにこっちに来るよう言っておいて! 今の時刻なら医務室にいるはずだから」

「ああ、わかった」

 

 それから、彼女は一人ずつBチームの子達に話しかけていた。何しろそれが彼女の仕事なのだから、私がどうこう言う権利もない。

 真面目な顔つきで話していたかと思えば、おちゃらけた様子でからかっているようでもあって、かと思えば穏やかな表情で諭しているような雰囲気があった。

 

 ──そういえば、彼女が本気で怒っているのも見たことがない気がする。

 機嫌が悪くなったり、たまに殺気を放ったりは確かにしているけど、彼女が声を荒げてなにものかに怒気を向けているのをそういえば見たことがない。

 見たくもないから、いいのかもしれない。

 ああ、けれど。

 

 私は彼女を全然知らないのかもしれない。

 そんなことを、思ってしまって。

 

「はー、私も時間旅行(タイムトラベル)したかったなー」

 

 気がついたら、すぐ側に貴女がいた。

 人の気も知らないで、飄々とした顔をしている。

 

「気楽に言ってくれますね……結構怖いんですよ?」

「だから私たちみたいなサブがいるんだよ。

 ──バイタルチェック、状況を報告!」

 

 ───Aチーム、No.1及びNo.8までは正常値を測っております。Bチーム以下全員に、微弱ながら精神揺れを確認しております。特にNo.14、No.16、No.25、No.43の精神波の揺らぎが顕著です。

 

「了解。それじゃあ────ん?」

 

 ふと。彼女は、何かに気がついた。

 視線は私──ではなく、コフィンへ、更にはその下。ゆっくりとしゃがんだ。

 

「? どうかしましたか?」

「いや……」

 

 ラプスがコフィンの下を覗く。

 すると、そこには奇妙な紋が見えた。

 

「魔法陣、か……? いや、どうしたってこんな所に……」

 

 埃を払う。

 なかなかの規模の陣だ。見た感じ、かなり昔からここに刻まれていると思われる。証拠に、生半可なことでは消えないだろう魔法陣、端端が消えかかっている。

 

(なんだ? なんでこんなに掠れてる……まるで存在を隠してるみたいな……)

 

 コフィンに流れる魔力補助の為の術式経路かとも思ったが、どうやら違うようだ。

 少し暗いので見えづらい、埃を払っても見えぬところもある。

 辛うじて詠める文字をなぞりつつ、何が描いてあるかを読み取る。

 

 

「えっと……s……he……m」

 

 アルファベット……に近い文体だ。

 手っ取り早いルーンではない。

 古代神学でも、錬金術でもない。

 況してや呪術系ではけしてない。

 二重紋、中心に紋印……ソロモンの召喚陣?

 あれに良く似ている気がする。なんつったかな……

 

shem(シェム)……am()────ッッ!?」

 

 ───ラプソディアは驚愕した。

 ───そして、一瞬でそれが何かを理解した。

 ───流れるように魔法陣の一画を削る。

 

「きゃっ──?」

 

 マシュが、コフィンから投げ出される。

 ラプスが腕を掴んで、無理やりに投げたのだ。

 手甲部接続(コネクト)を済ませる前で、何とか間に合った。良かった、と安堵する。

 しかし、その顔を確認する暇すらなく叫ぶ。

 現在、この場に死が近づいていることを知って動いているものは、ラプソディアを含めて二人いた。

 

「所長っ! 緊急事態発生(エマージェンシー)緊急時特例(ハザードランク)AAA!!」

「え? 何を───」

 

 確実にこの魔法陣は、人を害する為にある。

 故に『緊急事態(エマージェンシー)』であり『最も危険が迫っている(トリプルエー)』というサインを出す。突然のことに、所長は何のことか一瞬戸惑っていたが、彼女も私の警告の意味に気づいたか、眼を見開く。

 

 全域端末管理者(コンソールオペレーター)はなによりも対応が早かった。

 警報をセットする、コフィンの電源を落とす、正面玄関封鎖、管制室ゲート開放、館内監視カメラ全起動、等々。

 数人しかいないが精鋭のオペレーターの手際は本物だ、けれど、それは危機を止めるものではなく、危機を受けきる為のものであった。

 

 突然のことすぎて、当のレイシフター達は何が起こっているのか解っていない様子だ。

 

 緊張が張っていた管制室で、声を立てていたのはラプソディアだけであったから、その時確かに発せられたある音にも、彼女は気づくことが出来た。

 

「───ちっ、気づくか」

 

(舌打ちか! 何処の誰だか知らないが──!)

 

 確かに聞こえた舌打ち、部屋の何処からか発せられた。この魔法陣を設置した張本人とみる。

 

 この魔法陣は消えかけているのではない。巧妙に刻まれたそれは、神代の術式を真似ていた。

 時限爆弾のように、発動の時が来ると自動的に刻み直されるようになっていたのだ。

 

 そして、それに刻まれた術式。

 

 ───『七十二の円から成る聖言(シェムハムフォラエ)

 

 それが何を表すか、何が顕れるか。

 

(()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!)

 

 ラプスは叫ぶ。もう手遅れだと判っていても、我が一声で、一つでも助かる命があると信じて。

 

「全員コフィンから出ろ! 外部からの襲撃だ!! 衝撃に備え───」

 

「遅い。既に貴様らは終わっている」

 

 ラプスの警告が最後まで言い終わらないうちに。

 瞬間───閃光が部屋を包む。

 爆炎が、部屋を奔った。

 天から地から、火焔が檻を襲う。

 外壁は崩れる。フロアには亀裂が走り、恐慌に陥った人間の足を掬う。

 

 

 ───緊急事態発生、緊急事態発生。

 ───中央管制室、及び中央発電所にて火災が発生しました。

 

 ───中央区画の隔壁は90秒後に閉鎖されます。職員は速やかに第二ゲートから離れてください。

 

 ───繰り返します……

 

 無機質なアナウンスは、阿鼻叫喚の地獄までには届かない。

 

 マシュ・キリエライトは、まるで機械のように状況を理解した。

 

 何かが爆発したのだ。いったい何が?

 いや。正確には。

 コフィンの下に元から刻まれていた魔法陣から、爆発のような魔術が起動しただけだ。

 ぐしゃりと、全てのコフィンは文字通り棺桶と化していた。中身については言うまでもない。

 いや、これも正確に説明するならば。

 私の入っていたものだけは、何故か術式が起動しなかった。けれど、周囲の爆発に巻き込まれ、もうまともには動くまい。

 疑似天体地球(カルデアス)を遺し、周囲は一瞬にして業火に包まれた。

 一転して、中央管制室は絶叫飛び交う狂気が席巻したのだ。

 

 脚から焼き焦がされる者。

 ──その叫びは悲痛なものだった。

 

 瓦礫に圧し潰される者。

 ──その最後は呆気ないにも程があった。

 

 爆発で半身が弾けてしまった者。

 ──壊れてゆく意識が、恐慌を加速する。

 

 衝撃に気が違ってしまう者。

 ──こんな現実を認められない。

 

 この惨状は地獄のそれすら生温い。

 理不尽な運命には一切の配慮などなく。

 まんべんなく、死が総てに与えられていく。

 

「あ……ああ………?」

 

 マシュ・キリエライトは生きていた。

 ラプソディア・ラケシードの最後の機転によって生存したのだ。

 

 目の前で、人が死んでいく。

 運命はテーブルから転がり落ちたガラス玉のように、呆気なく割れて、二度と戻らない。

 解らない。解りたくない。

 耳を破る、人のものとは思えない騒音を。

 鼻に張り付く、蛋白質が焼け熔ける異臭を。

 そして、目の前を転がっている原型をとどめていない頭部が、一体誰のものなのかを。

 

 ──ラプソディア・ラケシードは死んだ。

 ──今渡の際、生死の運命を逆転させて。

 

「先生……? せん、せぃ……?」

 

 その日。

 何でもない一日のはずだった。

 普通に、至って普通に。

 重要な任務を始める一日のはずだったのに。

 そんな私たちの日常は、突如終わりを告げる。

 理解、できない。

 私たちの日常が、此ほどまでに壊れやすいものだったのか。

 理解、したくない。

 

 ああ───こんなもの───

 

 

 

 あまりにも唐突に訪れた、必然たる終焉は。

 けれど、それは新たな始まりの一頁に過ぎなくて。

 既にここから、人類が全てを賭けた戦いが始まっていたのだ──

 

 選ばれた英雄は『マシュ・キリエライト』

 選ばれた演目は『奇っ怪な終末喜劇』

 脚本は七つの特異点、合間見えるは七英雄。

 

 鍵を持つものは──ああ、まさしく。

 七つの幻想(ファンタジア)七つの彩光(アルコバレーノ)七つの旅路(フィロファマー)

 それら『七』、複雑怪奇に溶け合い捻れ。

 出でるものは此れなる舞台。乃ち───

 

 

 ───狂詩曲(ラプソディア)、とでも銘打とうか。

 

 

 

 

 

 




その日から、マシュの地獄行脚が始まった──
次回『生きるも死ぬも当人次第』

あ、結構この先ハードモードです。
ザックザック人が死ぬ。
というかもうね、ここで死なないと後で大変なので。
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