Fate/Grand Order -The third choice-   作:スノウレッツ

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第三話 [生きるも死ぬも当人次第]

 

 

 ───警告。

 ───警告、警告、警告。

 

 

 警告が、あります。

 

 

 

    人理は 崩壊 しました。

 

 

 

    人類は 死滅 しました。

 

 

 

    文明は 瓦解 しました。

 

 

 

 ───報告します。

 

 一件、通達があります。

 

 

 人礎に対し、二項の選択肢があります。

 

 一.諦めない ←   

 二.諦めない

 

『貴方』には、選択の余地があります。

 

 

 

 

 ───追加通告があります。

 

 

 

 

 

 選択肢『一』は、既に選択されています。

 

 

 

 

 

 ───新たに、事項を追加します。

 

 

 

 

 二.諦めない ←

 三.■■■■■

 

『貴女』には、選択の余地があります。

 

 

 

 ───選択肢『二』は、指定不可能です。

 

 

 

 

 ─── 一件、通達があります。

 

 

 すべてはあなた次第です。

 あなたは全てに於いての選択権があります。

 選択権はあなたの全てを確定する要素です。

 残念ですが、選択肢は残り一つのみです。

 

 あなたの運命は決定されました。

 

 ───最終通告があります。

 

 

 

『決定された運命を以下に開示します』

 

 

 三.■■■■■ ←

 

 

 

 

 ───選択は確定しました。

 

 

 

 

 貴方には、それだけの力が存在します。

 貴女には、それだけの力が存在します。

 アナタには、それだけの力が存在します。

 

 

 

 

 どうぞ存分に───

 

 

 ───世界を変革しやがってください。

 

 

 

 //

 

 

 // 2015/8/6/10:01 //

 

 

 

 警報が鳴り響いている。

 火事を知らせているらしい。

 警報が鳴り響いている。

 襲撃を知らせているらしい。

 

 警報が、鳴り響いている。

 システムの無機な音声は、不自然なまでに心を軋ませる。

 

「今のは爆発音か!?

 いったい何が起こっている……!?」

 

 暗闇の中。男は状況を詮索する。

 男の名はロマニ・アーキマン、カルデア医療部門トップに名簿を座する者。

 彼は、この不測の事態に対し、客観的な対応に

 勤められる柔軟性を持ち合わせていた。

 

「モニター!管制室を映してくれ!

 みんなは無事なのか!?」

 

 声紋認証が承諾される。

 正面にモニター、ホログラム映像を映写する。そこには──

 

「これ、は……」

 

 写し出されたのは赤熱の炉。白炎が黒煙を撒き散らす、正真正銘の地獄絵図。現世に昇れり八大地獄、落とされた者に罪はなく。あるとするならばそれは、それよりの行いに他ならない。

 

 その赫然(かくぜん)たる惨状を目の当たりにし、男は唖然となった。

 男の名は藤丸立香(ふじまるりつか)、ここ標高実に6000メートルの僻地、人理保障機関フィニス・カルデアにやって来た、魔術においてはこれ特筆することなき凡庸なる素人。

 

 ああ。ただ、ただ。

 

 この男──ただ者でなし。

 

「……くそっ!」

 

 藤丸は、全く戸惑いなく行動を始めた。

 自動ドアの自動を無視し、無理やり素手でこじ開けて見せる。ドアは勢いで壊れた。

 

「藤丸くん!? どこへ行くんだい!?」

 

 当然の疑問である。ロマンが発したその問いは、通常の人間であれば、平静を保っている人間ならば、至極まっとう。

 命を脅かす事故が起きたのなら、先ずはそこから離れる。

 何故か、それは自分の命を守るためである。

 自己を保つことは、生物の本能である。

 

 しかし───例外は確かに、万象に存在する。

 

「決まってる! 生存者を助けに行くんです!」

 

 自己保存? 生物の本能?

 そんなものは誰かの決めた仮定に過ぎない、それは世界の絶対規則などでは決してない。

 世界とは、誰かが決めたことで動くのではない。自然が極めていることに、人間は流されているだけなのだ。

 

「何だって!? それは……」

「此処で喋ってる暇はありません! ……俺は行きます!」

 

 迷うことなく、俺は自室を飛び出した。

 背後から、ロマンの呼び声が耳に突き刺さる。

 

 ───無茶だ! 見ただろうあの惨状を!

 

「ええ! それでも──」

 

 きっと、これが俺のやるべきことなんだと。

 不定の例外は常に起こりうる筈だ、ラプスさんは言っていた。俺が此処にいる、それそのものをイレギュラーと仮定するなら。

 

 ──きっと、この選択は間違いじゃない。

 

 俺の初仕事だ。本来の役とは異なるだろう、俺に出来ることなのかもわからない。けれど。

 間違えは許されない。戸惑いは許されない。

 

 正解を、選び続けて──

 

 走る。ひた走る。

 せっかく出来た多くの新しい縁を、こんなところで消えさせはしない。

 不意の事故には、不測の人物がお似合いだ。

 

「待ってろ! 今行く───!」

 

 

 // 10:04 //

 

 

「はぁ、はぁ……あ、ああ……!?」

 

 息切れを起こす程に走って、中央管制室まで戻ってきた。

 扉は開いていた。きっと内から外へと逃げられるように設計されているのだろう。

 管制室に人の気配はなかった。叫びが一つも聞こえない。代わりに聞こえるのは、たまに崩れる瓦礫の破片がぶつかる音と、無機なアナウン

 スが途切れ途切れに響くだけだ。

 

 

 ──システムレイシフト 最終段階へと移行します。

 ──座標西暦2004年 1月30日 日本。

 ──ラプラスによる転移保護 成立。

 ──特異点への因子追加枠 確保。

 

 ──アンサモンプログラム セット。

 ──マスターは最終調整に入って下さい。

 

 

 そこは死体で溢れていた。ぐにゃりと歪んだコフィンからは血が滴り、肉塊がはみ出ていた。生命はそこに存在すら許されていない。

 その光景はあまりに──あまりにも凄惨だった。頭はそれを詳しく理解することを拒んだ。

 それだけ。それだけは幸いだった。

 

 一歩踏み出す。そこはもはや黒ずんだ血が沼のようになっていた。

 一歩踏み出す。瓦礫を踏むと、ぐちゃりと肉が潰れる音がした。

 一歩踏み出す。天を仰ぐと、捉えようのない深き闇が恐怖を振り撒いている。

 一歩踏み出す。地を眺めると、人の死とは思えない、そんな死屍累々が視界全てを汚染する。

 一歩踏み出す。ただそれだけなのに、身が、心が軋んでいく。

 一歩踏み出す。一歩、一歩、一歩。

 

 死を踏み抜く。死肉を潰し歩く。

 そうしないと、先に進めない、から。

 

 けれど、俺の心は砕けない。

 壊れているものは、それ以上壊れようがない。

 

 仕方ないとは、絶対に認めない。

 運が悪かったとは、絶対に認めない。

 死とは理不尽だ。現世への未練に、どれだけ悔やんでも悔やんでも悔やみきれないものだ。

 

 ───死とは、与えられるものではなく、迎え入れるものでなくてはならない。

 

 そして、見つけた。

 この地獄の最中、どういうわけか生きている少女。自分が探していた少女。

 この足を地獄にまで運ばせた、三途の橋渡しに等しき、儚き相貌の少女。

 

「マシュ! 良かった、無事で……」

 

 思わず『無事』なんて言葉を使ってしまった。こんな状況で、無事なんてあるはずがないじゃないか。

 しかし、彼女は動かない。

 へたりと腰を下ろし、何かを守るように、両腕を床につけている。

 そしてその両手からは、劣化が始まったような、淀み始めた血が染み出ていた。

 

「……マシュ?」

「あ…………せん、ぱい」

 

 近くまで歩みより、肩に手を置く。

 首が、軽く此方を向いた。そして今一度気づく。

 やはり、傷がない。全身が返り血で濡れてはいるが、この状況にあって彼女は不自然なほどに五体満足だ。まるで、彼女がこの事故を起こし、現場へと後からやって来たように。

 ───あり得ぬ妄想をした。ああ、そんなことはあり得ない。この少女に限り、そんな非道はあり得ない。ならば、この地獄は誰が引き寄せた──?

 

「……此処は危険だ、早く脱出しよう!」

「…………」

 

 彼女は動かない。全身から力が削ぎ落ちたかのように、これでは操り人形のそれだ。

 このままでは埒があかない、俺は君を担ぐことにした。

 先ずは、腕を引き──

 

「どうしたん……ッ!」

 

 だらん、と。

 腕が隠していたそれが見えた。

 それは肉片だった。顎のような形をした骨と、それにこびりつく肉。

 更に、目玉が一つ。淀んだ眼だ。

 死んだ魚のような眼だ。

 

「……それは?」

「せんせい、ですよ?」

 

 ───俺は驚愕した。それを告げたマシュに。此方を向いたマシュの眼は、そこに転がる目玉のように暗く淀んでいたのだ。

 とうに彼女の心は死んでいた。肉体は無事でも、精神が現実を受け入れられなかった。

 

 暗い目から涙が溢れる。悲しみで相貌が歪む。

 一度、流れ出した悲しみの奔流は、もう他人にどうこうできる代物ではない。

 

「せんせい、です……せんせぃ……だったん……ですよぉ……!」

「……それは……もう……」

 

 ラプソディアさんが、死んだ。

 そうか、そうなのか。

 マシュにとっての拠り所が、死んでしまった。

 

「助けて、くれたんです……」

 

 彼女は、それを受け止めきれない。当たり前だ。年端もいかぬ少女が、身内に等しき思慕を傾ける人間の死を受け入れられる筈もない。

 泣いていた。ただ。

 それ以外に、どうすればいいのかわからないのだ。

 

 ───でも。

 

 だからこそ、俺はやって来た。

 いつまでも過去に縛られる訳にはいかない。

 だからこそだ、俺は君に酷いことをする。

 

「もう、違うよ。それはもう違う物だ」

「──ッ」

 

 地獄の亡者に足を取られては、生者の運命すら潰される。それだけは許されない。現世を生きている一人として、そんな末路だけは無くしてみせる。

 だから、君をそれから離れされる。

 

 ───それは、それはもう人間じゃない。

 

「なんで……そんなこと言うんですか……?」

「……このまま此処にいたら、死んでしまう。早く逃げないと───」

「逃げてどうするんですかッ!!」

 

 突然、襟首を絞められる。

 身長差があって、全く以て苦しい訳じゃない。

 けれど、君の表情。

 悲しみに暮れている、怒りに震えている、恐怖に怯えている。

 その狂気に、心臓が掴まれた心地だった。

 

「ぐ、ぅ……!」

「皆……みんな、死んじゃったんですよ!カルデアという個が死んでしまったんです! 此処にしか私の居場所は無かったのに!」

 

 彼女の絶望が吐露される。

 それを聞くことは、恐らく俺の義務だろう。

 死の縁から、君の心を生還させなくちゃあいけない。

 

「なにを……言ってる?」

「……私は造られた人間です。 此処で、ただモルモットのように用意された人体実験の駒に過ぎないんです……!」

 

 ───!!

 そんな? そんな、そんな。

 そんなことが、あっていいのか?

 ……だとすれば、君はどうして、そんなに人間らしいんだ? 駒として使うなら、感情はもっとも要らない部品の一つの筈だ。

 どういう、ことだ。

 

 ───カルデアは、一体何をやっている?

 

 歴史の観察だと、未来の救済だと、栄光に隠され、どれ程の闇がこの裏に広がっている?

 ここの職員は皆それを知っている筈だ。

 そして本当に非道へ身を浸けたのならば、それの結果はマシュ一人だけでは決してない筈だ。

 

 どうして、マシュだけが生き延びている?

 部品として作製されたなら、それが達成できなかった瞬間に廃棄されることは想像に難くない。

 

 ならば、君を、君の運命を変えたのは───

 

「……元々、私という存在は世界にとって『ヒト』と換算されてなんかいないんです。此処で、先生や、ドクターや、所長や、スタッフの皆さんに……使われないのなら、もう私が居ていい場所は何処にもない……」

 

 襟首を絞めることすら止め、だらりともたれ掛かる。君の体は、死体のように冷たかった。

 

 ──ああ。そうか、判った。

 

「君は……道具なんかじゃない」

 

 あの時、彼女に言われた、あの言葉の意味が。

 

「気休めなんか言わないでください……! この先に何も見えません、何も感じることができません。 私は、もう……」

 

 泣き崩れそうになる彼女を、寸前で受け止める。顔をきちりと向き合わせ、はっきりと彼女の心まで響くように。

 

「なら、どうして君は今生きてる!?」

 

 疑問をぶつける。それは、まさに命題。

 過去ではない。未来ではない。

 現在の君を問う、存在への命題。

 

 現在、人に生きる意味は存在しない。

 意味があるのはその人物が成し得た仕事のみであり、そこに意味が存在する限り、生命の有無に意味は発生し得ない。

 けれど、何もかもを失った彼女には存在する。

 逸れた生命の道を、正道へと戻すという意味が。それは確かな仕事であり、ラプソディアという人物が作り出した、マシュだけが持つ存在意義。

 

「──? どう、いう……」

「助けられたんだろう、ラプスさん──先生に!?」

「そう……です。突然、投げ出されて……

 瓦礫にも、偶然当たらなかった。少しの火傷くらいしか、してません」

 

 ああ、やはりそうだ。

 ラプソディアという人物は、やってくる終末を知っていた。故に、マシュを助けたのだ。

 その行為の意味は分からない。けれど、行われた行為の結果は、今も、今を活きている。

 

「先生はどうして君を助けたのか? 自分にも危機が迫っていると知りながら? それはもう俺には知り得ないことだ。だけど、これだけは言える。───君を助けることが、先生にとって一番大切だったってことだ!」

 

 そう、ラプソディアにとって、マシュが一番だったのだ。それが何を以た順位付けなのかは今は分からない。けれど。

 

「……っ! 貴方に……何が分かるの──」

「わかる! これだけは譲れない、ラプスさんが君を助けたんだ。命が無為に救われることはない、必ず、君が助かったことには理路整然とした意味がある!なら、きっと君の生にも意味があるはずなんだ! そうでなくては、彼女が命を賭けた意味が消える───!」

 

 それが俺の導きだした答えだ。

 命を賭けられて助かった者が、呆気なくそれを散らせて良いわけがない。

 そして、それを聞いた彼女の瞳が、少しだけ光を取り戻した。

 

「──!! そ、そんな理屈……!」

 

 君は生きねばならない。

 生存の押し付けなど、比類なき大罪、許されざる善行。しかし、今の君には、そう言わざるを得ない。

 

「……ああ、こんなのはまともな理屈じゃあない。赤の他人の君に対してかけるべき言葉でもない、でも。でもだ!目の前の死にかけがそのまま沈んでいくのを見過ごせるほど俺は人間に冷めてなんかないし、俺が見捨てたから死んだなんて言われたら寝覚めが悪いにも程がある!」

 

 別段、倫理や人道だけを考慮して助けたのではない。人間の死なぞこれまで嫌というほど見てきたし、それに引き摺られて世を去った奴なんてごまんといる。

 だが。その中で、何かしらの意味をもつ生命を見たのは、感じたのは初めてだ。

 

 彼女は茫然としたまま、俺の言葉に圧倒されているのか、それとも、こんな世迷い言を真に受ける義理など無いと聴こうとすらしていないのか。

 だが気にはしない。生命を奪うのは簡単だが、生命を与えるのは困難極まる。

 故に、今は言いくるめて、重要な事は後回しにするのだ。

 

「納得いってないって顔だな、あんたを助ける理由が欲しいか? 良いだろうくれてやる! 俺は此処に、居るかも知らない生存者を助けに来たんだよ! このちっぽけな正義感をかざして誰か一人でも助けられれば俺は満足だ! 君がどういう理由で生きているのかはこの際どうでもいい、生きていること自体が重要なんだ!」

 

 思い返す、そういえば君と会ったのはつい先ほどなのに、これ程熱くなって、一体どうしたことだろう。

 

 勢いよく彼女の手をとる。

 冷たかったし、血でまみれて、滑りそうだったから、手首までしっかり掴んだ。

 

「あ───」

「いい、もういい。君の主張は聞かない、引き摺ってでも俺は君を助けきる、今決めたぞ、もう引き下がれない──」

 

 思い返す。ほんの、一時間程度前だ。

 言われたんだ。あの時、彼女と初めて会った。

 何故か、俺の頭にはそれが焼き印のように刷りついていた。

 

『───もし、君が困った時は、マシュがきっと助けてくれる。その代わり、彼女が困っていたら、君が手を引いてやってくれ』

 

 瞳は深く、夜のトバリの如く淀んでいた。

 けれど、邪念とか悪意とか、そんなのは何も感じなかった。

 それよりも、何だろうか。ああ、彼女がそれを冠している理由がわかった。ラプソディアという人物が、俺にも少しだけ理解できた。

 

 どうして彼女が、人の正道を外れた生き方──自身より他人を優先したのか、何故そういう生き方を通したのか。

 きっと、それだけの価値をマシュの命に見出だしたのだろう。そして、そんな真似が出来るようなモノはけして血の繋がり無き他人などではなく──

 

 ───やはり、それ以上は憶測に過ぎない。

 

 死者に思いを馳せるのは、もう少し後がいい。今は、生存を第一に考える。この岩壁が露出している天井をみる限り、崩落の危険も十分にあり得る。ミイラ取りがミイラになるなど笑い話だ。

 それに、少なくとも生存者は俺含めて三人はいるのだから。

 

「それに……大丈夫、さ。まだドクターロマンは生きてるからな、サボりが命を救うなんてホントにあるんだから運命って怖いよ」

「ドクター……そう、そうですか……

 先輩、あの……」

 

 少しだけ。ほんの少しだけだが、彼女の瞳に光が戻る。それを見るだけで俺まで気が休まるようだ。

 何かを言いかけた彼女に対し、なるべく穏やかに聞き返す。

 

「なんだい?」

 

 全てを失い、虚ろになった人形は求めた。

 光を。それは自分の手を取ってくれるもの。

 進むべき道を、共に歩んでくれる者。

 それは本来の人には不完全な在り方だ。

 

 それでも、彼女はそれを求めた。

 それしか、彼女は知らないから。

 

「先輩は……私に……」

「────生きる意味を、下さいますか?」

 

 すがるような目で、それを求められる。

 ああ、きっと世界にとって、人にとって、この救済は間違っている。

 でも、それしかない、それ以外がないのなら、それはもう君だけの真理だ。

 ならば俺は、こう答えるしかない。

 

「……良いとも、好きなだけくれてやる。

 世界は広いからね、色んな場所があって、色んな人がいる。 鳥籠の錠が壊れたのなら、羽ばたいてみるのが道理だろ?」

「──ふふ」

 

 微笑みを見た。先ほどの、初めて会った時の笑顔とは似ても似つかない、儚い、今にも消えてしまいそうな表情だった。でも、それで満足だ。どんなものでも、人の笑顔には惹き付けられる魅力があるから。今は、いいのだ。

 

「ようやく、笑ったね?

 いい、でも今は逃げることを優先したい。

 先ずはエントランスまで──」

 

 部屋から出ようと、改めて彼女の手を取った。

 取った、その時。

 そいつが現れたのだ。

 

「くく……今から外へ出ると?」

 

 聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、やつはいた。

 深い緑のスーツを着た男。

 

「──!? 誰さ? 生き残り?

 って、あんたは、確か……」

 

 確か、そうだ。

 今朝会った。レフ・ライノールとかいう。

 そいつは、此方に一瞥をくれると、軽い思案を始める。

 

「貴様のような素人は放っておいても良いだろうと思ってはいたが……あの女──エセルの意志を残しておくわけにはいかんな」

 

 嫌な予感がする。全身を悪寒が包んでいる。

 まずい、何かは分からない。これは、なんだ?

 解らない。解らない。

 

 が。

 

 ───()()()()()()()()

 

 

「レフ教授……? 生きて、いらっしゃったのですか?」

「まって、マシュ。こいつ変だ、嫌な感じしかしない」

 

 こういう時の勘は大切にする。そういう主義だ。自身の背に、彼女を隠す。

 

 レフは呆れたような口ぶりで、右手を前にかざす。

 瞬間、空間に嫌な圧力がかかる。

 自分の頭から、警報が全力で鳴り響いている。

 今決定した、こいつは敵だ──!!

 

「獣かね君は。まあいい、目撃者を生きておかせるデメリットなどはないが──君が希望にすがる様子は非常に耐え難い。

 今一度、絶望に顔を歪ませろ。エセルの意志……マシュ・キリエライト」

 

 辛うじて穏やかだった表情が一変する。

 狂気。それもとびきりの凶悪。

 吐き気を催すほどの邪悪が、目の前で何らかの力を行使しようとしている。

 

「──! マシュ下がってろ! コレは敵だ!」

「フハハハ……開け(Set)──『廻れ(Evert)』!」

 

 背後のマシュを突き飛ばそうとした、その左手。それは届かなかった。

 その腕がネジ切れたのだ。鮮血が辺りに散る。

 安堵を取り戻したはずのマシュの額に、再び血筋が奔る。

 

 ──痛い、痛い、熱い、熱い──!

 

「ぐ──あが──ッ」

 

 捻れ、筋肉が、骨子が、神経が引きちぎれた痛みが、全身へ走っていく。

 ごりごりごり、ぶちり、がらん。

 骨が折れる、軋む、肉が千切れる。

 落ちた。

 左腕、肘より先の感覚が消えた。

 

「先輩!? そんな……やめて下さい教授ッ!」

 

 マシュの叫びなど意にも介さず、解せぬという風に疑問を独りごちる。

 

「ふむ、瞬きに死なぬとはなかなか頑丈だな。それとも私の術のかかりが甘いのか…… どちらにせよ、エセルの亡骸が存在していては此方に不利か?

 仕様があるまい……力加減なぞしなくともよいか。死してなお、苦悶を味わう悦すら邪魔するとは、全く以て度しがたい屑だった──『廻れ(Evert)』」

 

 そう吐き捨てると、レフは右手をくるりと、ひねりながら振り切った。

 

「ぐッ──あがあああああ!!」

 

 肩が割れる。胸が砕ける。左肩から心臓を綺麗に避け、斜めに腰から下、全て螺旋階段のように捻れ折れる(スパイラル)

 支えなどないのに、奇妙なオブジェは、物理法則を無視して血を噴き上げながら絶叫を奏でる。

 もう、訳が分からない。痛い、痛い、痛い、痛い、痛い痛い痛い痛い痛い───!!!!!

 

 ごぎり。ごぎり。ぐちゃり。

 

 感覚はもうない、原型はもうない。なのに。

 痛みだけは残酷なまでに鮮明、脳が全てを理解する。自分がどうなっているのか、とっくに意識は消えた。消えた筈なのに、再び舞い戻る。

 

 べぎ、べぎ。くちゃり。どちゃり。

 

 耐え難き狂気。迫り来る狂気。それは前代未聞。人が受けていい狂気などではない筈だ。

 人間はこれ程までに理解できるモノなのかと、生まれて初めて、自分が生まれたことすら恨みそうになるほどだった。

 

「そんな……こんなこと…… 夢、夢、夢でしょうか……? そうなら早く……早く覚めてッ!!」

 

 夢などではない。これはけして夢などではない。 人の夢は、これ程までに狂気に満ちることはない。

 

「ハハハハハハ!! そうか、加減などせずとも末端から潰せば良かったのだな!

 くく……最後の嗚咽程度なら垂れ流させてやる畜生。泣け!叫べ! 苦悶を奴へ注げェ!

 ───『廻れ(Evert)』!」

 

 遂には首が曲がり始める。

 叫びに言葉を持たせることすら困難になる。

 それでも。これが現実で、真実である限り、俺は伝えなければならない───

 

「ギぁ……ぐ、ぐぁ…… ま、シュ……」

「──ッ!」

 

 マシュは恐怖に怯えている。困惑と共に混乱している。目の前の救世主の、人為らざる死を目前にして。

 

 脊髄にヒビが入る。もう既に思考は回らない。

 死が、もう唇がつくくらいまでに。

 ふざけるんじゃない、ファーストキスが死神とか、来世でもジョークに出来やしない。

 可笑しいだろう。死にかけでは思考が早まるなんて、ホントに経験したら誰にも教えられやしない。走馬灯とか一体誰が言い始めたんだか。

 

 ああ、死ぬのか、俺は。

 先程まで死と生を説いていた俺が。今まさに、というかもう既に、か。

 全てを諦めていい。普通ならそう言い聞かすだろう。全てを嘆いていい。こんな運命、誰が決めたよ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 こんな終わり、認められない。

 それでも。それでも。それ、でも───

 

「……生キよう……ト、する意志を──ァぎッ!

 捨テな……いで、くれ──ッッッッ!!!」

 

 自分の芯の強さには、我ながら感嘆する。

 歪み始める声帯は、それでも言葉を紡ぎ続ける。

 

 それを不愉快に思った。レフは右手を前につき出す。

 

「……私が許したのは畜生の慟哭だけだ。

 それ以上は王への不遜と捉え──」

 

 握りつぶす。捻り上げる。

 右腕が、粘土のように裂けていく。

 既に頭は思考を停止した筈だ。

 既に血液は循環を止めた筈だ。

 既に、もう、それは死んでいい。

 

 ───それでも。

 

「あギ……ッ! ……マシュ!!

 ───マシュ・キリエライトォ!!」

「ッ!」

 

 視線が交わる。

 既に、こちらは異形に変わり果てていたが。

 きみは、俺の顔を見ていてくれた。

 ありがとう、そして約束してくれ。

 

「黙れ。お前はもう、終わっている!

 『掌握(Seizure)』──『反転(Evert)』ッ!」

 

 ───だから。それでも、叫ぶ。彼女へ。

 

 ───届け。届け。

 

 ───きっと、これが俺の役割だから。

 

「生きろ……生きることを……けして諦めるな!!

 立ち上がれ──歩め──立ち向かえぇ!!」

 

 術式が、藤丸の全身を包む。

 捻れる。捻れる。捻れる。

 人の原型は既に捨てられた。人の尊厳は既に消え失せた。やがて、その存在すらその肉塊から奪われる。

 

(───光が、見える)

 

 視覚的情報は絶たれている。

 

(───光が、見える)

 

 脳による思考は血液不足に因り不可能だ。

 

 ───それでも、この瞬間。

 

 折れ曲がり、くしゃりと潰れた頭蓋の隅で、確かに視えたのだ。

 

(あれは、天使かな?)

(そっか……)

(……くそ)

(何て、甲斐の無い、生き方だよ……)

(ちくしょうが……)

 

 既に無い筈の視界の隅で、あなたは超常とおぼしき何かを見た。自らに刻まれた死すら鮮明に理解しきったあなたでも、『それ』が何なのか、遂には知る前に、意識が現世を離れていった。

 

「あ───」

 

 存在は消失した。ねじれにねじれたその肉柱は、世界にはまるで無かったかのように消え去った。

 

「あ……あぁ……! あぁあああ──!!!」

 

 救いは絶たれた。彼女は再三、独りになった。

 光は消え去った。彼女はもう、何もかも。

 本当に、何もかもを、失った。

 

「……? 何故消えた?次元ごと捻ったが故に裏側に引き込まれたか。まあいい、次は君だ。

 甚だ不快だな……人間のなりそこないが。設計士にはほとほと困ったことだ。心だけは一端の人間を気取っている」

 

 その時だ。

 光は消え去った。ように見えた。

 救いは絶たれた。ように思われた。

 けれど。

 か細い蜘蛛の糸は垂れている。

 世界は未だ、彼女の絶望を認めない。

 

 ───パンッと、乾いた発砲音が一つ。

 

「──む?」

 

 レフは振り返った。銃弾が、自身の防護障壁(シールド)に突き刺さっている。

 その銃弾の、軌跡の発着。

 

 ───ドクター・ロマン。

 

 ───ロマニ・アーキマンは生きていた。

 

「レフ・ライノールッ!! こんなこと……今すぐ止めるんだ! 自分が何をしているのか分かっているのか!?」

 

 慣れぬハンドガンを構え、彼はレフの背後をとっていた。悩んだ挙げ句、彼は藤丸立香の決死の行動を手助けするべくやってきた。

 しかし、手遅れ。

 

 藤丸立香は消え失せた。マシュ・キリエライトへ、人の生き方を刻み付けて。

 

 全ては手遅れだった、しかし。

 光明は未だに消えていない。カルデアに生きるものが独りでもいる限り、光明は尽きない。

 

 その事に、侮蔑を隠くことなく。

 レフ・ライノールは吐き捨てる。

 

「なんだ、君もか。全くどいつもこいつも……

 何故、与えられた死を素直に受け入れない?

 何故、決定された運命に抗おうとするのか……」

 

 勝手な言い分だ。しかし。

 それは、先ほどまでに藤丸立香が言いはなった理屈となんら変わりない。

 彼らにとって、自分は世界なのだ。

 それが光か闇か、ただ、それだけの違いしかない。

 ───そして。

 

「くっ……!!」

 

 乾いた発砲音が二発、三発。

 ロマニ・アーキマンは生存を諦めない。理不尽な死を認めない。

 それも自分勝手なのだ、それも自身の真理なのだ。

 

 ───私は好きにした。君たちも好きにしろ。

 ───ただ、それだけだ。

 

 ロマンは容赦なくハンドガンの引き金を引き続ける、しかしその全て、レフまでに届かない。

 空間を歪ませることによって生じている魔力障壁が銃弾を弾いてしまうのだ。

 

「はははははは!! 聞けロマニ! ラプソディア……いや、()()()()()()()()!」

「な──何だって!?」

 

 ロマニは信じられなかった。何故なら、ラプソディア・ラケシード──エセルと呼ばれる人物の特異性について知っていたからだ。知っていたからこそ、本来は部外者であるはずのラプソディアに、マシュを預けるということが出来たのだ。

 それだけの人物であった彼女があっさりと死んだという事実を、ロマニ・アーキマンは信じきることが出来なかった。

 

「良い顔だなロマン! 絶望を理解した人の面ほど愉快なモノはない! そしてぇ!

 私の一番の障害は……クク……自ら死を請け負った! 全く滑稽だ! それで残ったものが出来損ないの人間まがいだけなのだからなァ!」

 

 しかし、目の前の異常者の言い分が偽りとも思えない。死んだのだ、彼女は。

 

「そんな……貴方という人は……!

 くそっ! これじゃあ障壁(シールド)を破れない!?」

 

 国家機関であるカルデアに用意された防衛兵器とは言え、所詮は素人のハンドガンでは、特級魔術師の防護壁には傷すら付けられない。

 

「くく……はははははは!! 貴様ら(ウジ)を捻り潰すのは容易いが、私にも次の約束がある! この辺りでお暇させて頂こう! ───クク、生存を諦めるな、だと? いいだろう、我々を止めたいのならば追ってこい。更なる絶望が貴様を待っている。

 ……まあ? 貴様ら二人だけで出来ることなど……たかが知れるがなァ!!!」

 

 ───ゲヒャハハハハハ!!

 

 管制室、コフィンに魔法陣を敷いたのはレフだった。今回の作戦において、待機していた補充要員を皆殺しにしたのはレフだった。

 数少ない例外──工房の万能人、異人ラプソディア、ドクター・ロマン、そして藤丸立香。

 内、二人は今、レフの手によって惨殺された。

 

 もう、現時点で生き残っているのは三人のみ。

 

 手を下すことすら止め、レフ・ライノールは何処かへ転移していった。未だ起動していたレイシフトに割り込みをかけたのだ。

 

「くそッ、逃げられた! レフ教授……どうして……」

 

 ロマンは、マシュに歩み寄る。

 今日、二度目だ。絶望に臥そうとしている彼女の手を、現世へと引き上げる。

 

「……マシュ、大丈夫かい?」

「あ……うぁ……あああ───」

 

 彼女は泣いていた。当たり前だ。

 既に、涙は枯れている。掠れた声しか、彼女にはもう許されないでいた。

 せめてもの拭いと、彼女を抱き寄せる。

 

「……大丈夫、大丈夫だ。僕はまだ生きている……君も、生きてる。レオナルドもいる。だから、まだだ……まだ、諦めることは許されない」

「いやぁ! 嫌です! もう嫌だ! 皆死んでしまったのに! なのに!まだ、私が生きていることがどうしようもなく耐えられない!

 もう、もう……いっそのこと……」

 

 ───ロマンは驚愕した。マシュの顔を見たのだ。

 もう泣き腫らして、元の純真な面影はみる影もない。死を目前に受けすぎたのか、絶望に暮れる寸前だった。

 体は死体のように冷たかった。それは、彼女が生きる熱を喪ったからだった。

 力はもう殆ど残っていなかった。それは、操り人形のように思われた。

 けれど。

 

 ───彼女の瞳には、まだ、光が指していた。

 

「マシュ! 駄目だ、そんな……君を助けてくれた者たちを──彼らを裏切るのか!?」

「……ッ! そんな、ことぉ……」

 

 これだけの惨状を経験して、まだ心が折れていない。分からない、それが何故かは分からなかった。

 けれど。心が折れていないのならば、諦める訳にはいかない。

 

 そんなときだ、アナウンスがかかった。

 

 ──観測スタッフに警告。

 ──カルデアスの状態が変化しました。

 ──シバによる近未来観測データを書き換えます。

 

 ──近未来100年までの地球において

 ──人類の痕跡は 発見 できません。

 ──人類の生存は 確認 できません。

 ──人類の未来は 保障 できません。

 

「ぁ……カルデアスが……」

「なん、だ…………? カルデアスが赤化して……これは、一体何が起こってるんだ?」

 

 天上の天球儀、この地獄の中心で、何故か知らぬが無傷のそれは、我々に更なる地獄を見せんと灼熱に燃えていた。

 

「ドクタぁ……どう、すれば、いいんです……?

 私はもう、生き方がわからない……」

 

 そう、問われた。

 僕には君の生き方を決める権利なんてない。

 でも、君が生きたいのなら、彼らの意志を無駄にしたくないのなら。

 僕は、君に生きる道を示さなくてはいけない。

 

「……君は今すぐ避難してくれ。僕は地下の発電所に行く。カルデアの火を止めるわけにはいかない。もうすぐ隔壁が閉鎖する。君だけでも外に出ているんだ……工房にいけばレオナルドがいる」

「ダヴィンチ、さん……が」

「そうだ。彼のところで精神剤を飲んでおくんだ、少しは気分が楽になる筈だから」

 

 これは医師としての意見もあり、僕個人の意見も混じっていた。

 レオナルドは信用できる。こういう窮地では、いつも。僕が見初めたとびきりの英霊だ、君を少しでも楽にしてやれるはず。

 

 マシュは、涙と返り血でぐしゃぐしゃだった顔を両袖で無理やり拭く。

 一通り、少しだけ綺麗になった顔には、僕が知らない君の決意が見えた。

 

「わかり、ました」

 

 それを見て、少しだけ安堵する。

 いつの間にこんなに強くなったんだろうか、やはりラプソディアのおかげだろうか。

 故に、彼女の死が重い。僕には彼女の代わりが務まるだろうか。

 いや、やらなくちゃいけない。この先、カルデアに降りかかる如何な批難からも、彼女を守らなくてはならない。

 ──うん。だったら、僕も出来ることをする。

 

「辛いのは解る、けど、今は悲しんでいる時間すらない。じゃあ───」

 

 しかし、どうやら、運命はそういう終わりを認めない。地獄は八つ続くのだ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 再び、無慈悲なアナウンスが鳴り響く。

 

 ──レイシフト要員規定に達していません。

 ──該当マスターを検索中。

 ──発見しました。

 ──登録番号1、マシュ・キリエライトをマスターとして再認識します。

 

「……そんな! 何故だ! どうしてまだ動いている!? 予備電源はまだ起動していないぞ!?」

「ドクター? これは、いったい……!」

 

 ──アンサモンプログラム リスタート

 ──霊子変換を開始します。

 

 抱き止めていたマシュの体が光に包まれていく。物理的質量から、概念的霊子へと変換が開始される。

 

 ──レイシフト開始まで

 

「マシュ!! 今すぐこの部屋から出るんだ!跳ばされるぞ!!」

 

 ── 三

 ── 二

 ── 一

 

「───あ、え───?」

 

 ──全行程、完了(クリア)

 ──ファーストオーダー実証を開始します──

 

 

 

 




ぐだお死亡&レフ謎強化&マシュ精神崩壊ギリギリストップ。
さて、次回からはもう全然違う展開です。
ストックを常に二つずつ残しながら投稿してるので、わりと書き進めやすかったり?
ちなみにカルデアスタッフはほぼ全滅。モブも殺されてます。爆発で色々な場所への通路も途絶えてたり。
かなーーり、まずいね。
イシュタリン出なかった鬱憤とかではないです。多分。
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