Fate/Grand Order -The third choice- 作:スノウレッツ
◇
実のところ、アサシンは不思議に思っていた。
アサシンはこれまで、多くの汚名を被っていたが───自らの覚悟はそれを良しとして、心を押し潰していた。
人殺しだと言われた。当たり前だ、それは事実だ。それを生業にしているのだから。
悪魔と恐れられた。それは若干語弊があった。けれど、別に困るほどの弊害はなかった。
私は自らの意志で全てを捨てたのだ。けれど、その意味を知らなかった愚か者だった。
全てを捨てるとは、何もかもを無しにするということだ。自らにあった、全ての幸福も、全ての感情も、全ての罪も、何もかもが消える。
その決断の先に手に入れたのは魔神の腕。
決断に残ったのは忠義と仁義。
せめて自らの意志の意味を護るのだと、誰かに仕え、主人の敵を討つが為、それだけのために生きて、死んだ。
アサシンにとって、その人生は確かに悲しいものだったけれど、悔いは何も残らない。
だって、それは自分の意志で決めたことだったから。
何と言われようと、何と蔑まれようと、これは私の生き様だったと。男は忠義者だった。
故に、アサシンは不思議に思っていた。
綺麗、と。そんな評は初めて受けた。いや、もしや此処ではないいつか、何処かで受けたかもしれないが、少なくとも記憶にはない。
そんな奇妙な評価を言い放った──目の前の少女の姿は悲惨の一言に尽きる。
元は上質で澄んだ白をしていたであろう服は、返り血と切れ傷で所々が赤黒く変色していた。
未だ幼さを残す顔は、死んだように白く、その相貌から覗く眼は、もはや人のそれではない。形容する言葉がない。敢えて表現するならば、水晶のように。透明で、光輝き、闇を潜ませる。
そして、その少女の右手は肘から無くなっていた。かつての自分を思い起こし、見るだけで辛いものだった。
───せめて安らかに死ね、と。
私はその少女の引導を渡そう。
それがいい。きっと、生きることすら辛いはずだ。死は暗く、けれど安息をもたらす。
けれど、少女の答えは違っていた。
───私は、死なない、と。
その答えを聞き、内心では恐れを抱いた。
おかしいだろう、いや、おかしい筈だ。
そんなに傷ついていて、そんなに絶望を宿したような眼をしていて、未だ生きようとするその芯の強さに、恐れと、羨望を覚えた。
しかし身体は心とは切り離されている。
既に地は蹴られていた。
肉弾戦を不得意とする『
目の前の少女に、遅れを取ることは有り得ない、と。
何処の英霊かは知らない、けれど、
初弾を避けられたのは驚いた。しかし、次段を避けることは能わなかった。つまり、力量は同格。
それに加え、相手は手負いだ。死に体の少女に負けを考えるほど、自分の腕を侮るなど出来ん。我が
───ハサン・サッバーハの名に懸けて、汝の命、ここで絶とう。
「──『
腕を延ばす。少女の心臓を掴み、潰さんが為。
赤き腕は魔神の証。魔王シャイターンの呪腕。
心臓を喰らい、生命を絶つ。何をも持たぬ私が、ただ一つ持った異形の宝具。
接触まで、三、二───
少女に動きがある。もう遅い、貴様はここで終わる。
───しかし。
何を思ったか、少女は右腕をこちらに向けたのだ。傷痕を縛ったであろう白衣は血に溢れ、黒く、暗く。
次の瞬間───
「───っ? なん、と!?」
「え──」
何故って、それは。
───赤き腕が、見えぬ何かに止められていたからである。
無くなった右手の先くらいの所で、『妄想心音』は何者かに塞き止められ、殺害には至らなかったのだ。
◇
マシュは不思議に思った。
この黒衣の人物が奮った赤き腕は、一体何に止められているのか。それとも、彼が自発的に止めてくれたのか。いや、それはない。何故ならば赤き腕は確かに軋んでいる。まるで、強く手に握りしめられているように。
そもそも、何故自分は右腕で守ろうとしたのか? 右腕がもう使い物にならないからだろうか、しかし、それは防御にすら使えないだろうことも理解していたつもりだった。
考えることも、もう上手くできない。
改めて、目の前の黒い人を見つめる。
どくろの仮面、黒い体、黒いローブ。白黒のモノクロの中、異彩を放つ赤き腕。
体躯は私より二周りも、三周りも大きい。
ああ、これは『暗殺者』だ。
聖杯戦争に於いて、七つの位の一つ。
英雄たちは、これら七つの位のどれかにカテコライズされ、
七人の英雄は聖杯を巡って争い、最後の勝者に聖杯は与えられる。そして願いを叶えるのだ。
そういう儀式は知っている。多くあるが、主に蠱毒という。
一人しか幸せを、生命を謳歌できないなんて、なんて悲しいのだろうか。
でも、戦いというものの果てに潰えるのなら、もしかして悔いもないのかも。
先生は言ってた。
『戦いに勝ったものは確かに名誉を受けられるけど、負けたものは揺るがない伝説を築けるんだよ』
その時は、意味はよく分からなかった。負けたのに伝説になるなんて──
でも、先生は続けた。
『まあ、それが普通の意見だろうね。でも、人間には不思議がたくさんでね。それを一番分かりやすく体現してくれたのがレオニダス一世っていう王でさ──』
そうして、話は続いていった。
理解した。生きているうちの名誉など仮初めで、死に臥した後の伝説は不動なのだと。
故に、英霊は超越者だ。
伝説は潰えない、伝承は美化されるし、逸話はいかにもな真実味に溢れている。
英雄とは、義によって何かを成せた者を言う。
それが善か悪かは関係なく、結果として残ったものが英雄であり、或いは反英雄だ。
例え悪となろうが、結果が民草によって善と成ればそれは善なのである。
よって善をなし、正義を貫いたとしても、それが後の世に認められなければ、それは悪になる、人類史の傷になる。
どうあっても人は傲慢だ、理解できねば拒絶する。それも仕方ないことでもあるが、やはり対話への道はなかなかにむつかしい。
───話が逸れた。
何を言いたいかというと、とにかくマシュは嬉しかったのだ。
カルデアのライブラリや、先生の話に登場したりした伝説の英雄たち。それらの武勇、義勇を生きた身で見ることが出来た。
生きる意味も少しはあったかもしれない。
でも駄目だ、あなた達に私の命はくれてやれない。さっきまで死のうとしていたのに、いつの間にか生きようとしているのか──
それとも。ただ単に、深層心理で死を拒んでいるだけか。生きたいと。死にたくないと。
いつかも知らぬ命の
やはり、分からない。ヒトとは、何をもって生を許されているのかが。
『全ては、戦いに内包されている──』
誰の言葉だったか。
先生はそんなことは言わなかった気がする。
けれども。今、この瞬間、私は戦っているな。
相手はなんだ、目の前の死神か、見えない死への恐怖か、それとも──
先程から自問自答を続ける、自分自身か。
そんなことを思っていた。可笑しいな。
ああ、可笑しい。笑いが込み上げてくる。
「ふふ───あははは!」
「っ! こやつ──!?」
状況を思い起こし、自分の軽率さに少々気が滅入る。何を笑っているのか私は。死神さんが引いている。
「──いいですね。悪い気分じゃあない」
「貴様……何を以て笑う?」
「少し、楽しくて」
「バーサーカーか、貴様は」
「いいえ、いいえ。でも、狂えてしまえば楽ですね、きっと」
「──何故抗う。何故立ち向かえる。その身、既に壊れている。死ぬぞ、いずれ」
「いずれは死にます。でも、今を生きているからいいんです」
「それは……狂人の発想だ」
「どうでしょう。でも、それでも構いません。生きたいし、死んでしまいたい。分からないんです、どうすればいいのか」
「ならば死ね。楽になれるぞ」
「嫌です。与えられる死に安息は求めません、認めません。だから──」
朦朧とした意識、しかし確かに意思は強く。
目の前の敵に殺される筋合いなどない。
ならば必然、答えは一つしかない。
「私が生きるために、あなたは倒れてください」
「──ふっ。利害は相反したな。なるほど、貴様の笑いは確かに幼い。赤子のような娘だ。
何処の英霊かは知らぬが、貴様のようなのは戦争には向かん」
だが、戦士とは認めたぞ。アサシンは一歩離れる。
───良い、全力で屠ってやろう。
アサシンが消えた。影へと溶けたのだ。
驚く暇もない。気配遮断の発揮には流石に対応できなかった。
結局何が私を守ったのかも分からないまま、精神を研ぎ澄ます。消えたアサシンからの攻撃はまさに神出鬼没だろうから。
突然、頭のなかでシステムコールが流れた。
──
──領域『アペイロンの瓶』は凍結中です。
──解凍しますか。
「『
即答。
何かは知らないが、そんなことに脳領域を使っていられない。今は迫る敵をどうにかしないといけない。
──了解。
──
「はい?」
遂に頭が自律行動を始めた。なんという……
いけない。思考を前に向けろ。空間を理解しろ。四方八方おしなべて警戒せよ。
───風が巻き起こる音がする。
───本当に、四方八方から、全部。
───ほんとか。これ、どうしよう。
見えぬ風から声が聞こえる。
「戦いに身を落とすのなら──常に死を傍らに置いておけ」
そうか。ありがとう、良いことを聞いた。
戦いには死が付き物だ、一つ覚えた。
誰かに否定されるまで、これは私のものの一つだ。
「それでも──私は死にたくない」
嵐が巻き起こる。
天上天下、右往左往、前門の虎、後門の狼。
視界から、死角から、上から下から右から左。
黒い刃は、終わりの彩雨か、
直感に振り回される。避けられるものは避け、受けに回らざるを得ないものは出来るだけ軽傷に抑えようとする。それもすぐに限界だ。
胴部、つまりはスーツの部分には一迅は通らないことは判る。けれど、それもいつかは壊れる、術式を使えなくなっても困る。
必然的、犠牲にするのは腕だった。
左手。親指と人差し指が飛んだ。
右腕は、包帯代わりの白衣が吹き飛び、もうボロ雑巾のようになっていた。
痛い、のか。恐らく痛い、けれど頭は痛みを感じない。
左目に深々と突き刺さった短剣を目玉ごと引き抜いた。脳までにはたどり着かなかったらしいな。なんて運がいい。
ぐちゃり。
大地に、我が足を踏みつける。
「あはははははははははは!」
エンドルフィン・フルスロットル。
さっさと死んでくれと脳は懇願する。
けれど肉体は動き続ける。
感覚は原始へと進化する。
それは死にかけだけに許された、常人の域から一歩ならず十歩も百歩も飛び出した覚醒状態。
獲得するは
擬似的な仮死状態という、矛盾を孕んだ究極形態。
──Sub. 不明領域の解析、及び解凍完了。
──利用制限がかかっています。
──適用には
あー、あー、聞こえない。
なんだって、承認コード? 知らないです、そんなもの。そして、そんなよく分からないものは役に立つのかも分からない。
このまま死ぬ気はない。
でもこの窮地を覆す手段もない。
やはり頼ろう。生きるためなら何かを為そう。
諦めることは許されない。
生きろと誰かが言った、立ち向かえと。
ならば生きよう。生きて明日を迎えてやろう。
もう、記憶すら朧気だ。
でも、私は大地に立っている。世界に私は存在している。
影から最後の問いが聞こえる。
「──汝の名を聞こう。私だけでも、今宵は貴様の名を覚えていよう」
なんと優しい死神か。
そして、それは執行通知だ。
───来るぞ。
──警告。上空、及び前方。
最後に分身までやってのけたのか。
笑えるよ。本当に。こんな超人が人類史の何処かにいたのだ。
そんな英雄に名を教える機会など、人生で二度もある私は実に幸せだった。ちなみに一度目はダヴィンチちゃんだ。
嵐が止む。丘に佇んだのは、少女。
しかし、全身がもう傷痕で埋まっている。
それでも、それが彼女の最善だった。初めて生を求めた、彼女の精一杯だった。
誰の力も借りず──スーツは人に数えないことで───彼女は、人の身で嵐を生き抜いた。
それだけで、彼女は絶賛を許される。
サーヴァントに対抗し、生き抜き、果てに認められたのだから。その死には既に、一介の英雄を望める筈だ。
それでも、諦めだけは考えない。少女の目は水晶のように澄んでいて、闇を写したように深く暗い。
彼女は感謝した。生きる楽しみをアサシンとの戦いで見いだしたからだ。
その楽しみは、少女が持つには似つかわしくない──死に近づき、生を叫ぶ行為であった。
『──全ては、戦いに内包されている』
戦には全ての感情が入り乱れる。
喜怒哀楽は、それすなわち人だ。
少女は喜びと楽しみを教えられ、怒りと哀しみを体感した。
それでも、彼女は憎みはしなかった。それだけは、何故かしなかった。
故に楽しめたのだろう。けれど、やはりそれは狂人の証だったらしい。自分の体を犠牲にしながら戦うのは、どうあっても常軌を逸している。
──アサシンの問いに答える。
「私は──マシュ・キリエライト」
風が巻き起こるのを感じた。
上から刃の雨が降る。分身ではなかったか。
そして、前方の木陰から、それは飛び出した。
──Sub. アクセスコード『
──第十三層術式が上書きされます。
──完了。
──
──システム・アルケーとの接続を開始します。
有り得ない声が聞こえる。
人間、窮地に立つと自分に都合のいいように現実をねじ曲げる。まただ。
これはあまり役に立つ事項じゃない。一度覚えたから二度目は無くても良かった。
まあ、いい。
直に死ねる。
頭は死を認めた。諦めたのでなく、認めた。
けれど──体は何故か、まだ動く。
直感的、右腕が前に向く。
もう見る影もない。人の腕か、これが。
視界は掠れ、頭には幻聴が響き、体は歪んで今にも崩れそうだ。
血の匂いにすら慣れた。嗅覚聴覚、或いは触覚は、未だ
これが獣の見る世界か、視覚は薄いが、感覚で世界を掴める。
煙と炎、暗闇に満ちた世界は、今まで以上に鮮明に明確に、美しく、絶景だったかもしれない。
死神はすぐそこへ、やってくる。
「──苦悶を溢せ、『
「ふふ──ははは──あはははは──!」
そういえば、さっきと同じだ。
二度目の世界は、一度目とはまるで違った。
私は壊れたのか──それとも、まだ。
何かがあるのか。何かが出来るのか。
そうか。
そうか──
──そうか!
そうか、きっと私には、何かが出来る──!
──Sub. あなたは宝具の使用が可能です。
──発動タイミングは私が。
──トリガーをそちらに。
──発現対象は、『腕』となります。
──宝具の真名開放を受諾しますか?
頭にはまだ、幻聴が響き渡っている。
ああ、いいだろう。使ってやってもバチはあたるまい。何せ自分の幻想だ。
死に損ないの、最後の、言葉。
「──『Yes』!」
宝具。それは英霊の結晶。
伝説、逸話、武勇、畏怖。
その英霊を英霊たらしめる、極みの一手。
私のような常人──ましてや作り物が持っていいようなものではけしてなく──
光った。
え?
光ったのだ。光り輝いている。
目映いが、視覚が死んでいる私には関係なく、それよりはアサシンの方がキツいのではないか。
光が、アサシンの宝具を受け止めている。
先程は見えなかった力。今は見える。
五本の光が手のようになって、アサシンの赤き腕の指を交わし、手を繋ぐように、握りしめている。
そこから空間を伝い、ゆっくりと私の方にやってくる。
「な──またしても!?」
ゆっくりと、植物の芽吹きのように。
ヤドリギは糸を吐きながら世界を喰っている。
光は辺りにも散らばって、そこら辺のものを消していく。頭上に降り注ぐはずの暗器は吸い込まれるように塵に消えた。
呆然としながらそれを眺めていると、どうやらそれは私を喰おうとしているらしい。
芽の先、光の触手が、右腕の断崖に触れる。
触れた、瞬間──
「あ──あぁぎぁ──ぎぁあああ──ッ」
苦痛。鈍痛。躰が腕から裂けていく。
痛い。痛い。痛い、痛い痛い痛い──!!
何故だ!? どうして!? 痛い、痛い痛い!!
傷を抉られているからではない。
物理的な痛みではない。精神的な痛みでもない。これまでに経験したことのないような、体の中身をのこぎりで切り刻まれるような──全身の神経を、細胞を一つずつ、石臼で挽いているように。丁寧に、丁寧に、全身がくまなく熔けるように熱く、逃げ出したくなるくらいにエンジンがかかっているのがわかる。
「ぎぁああ、ぐ、ぁ────あぁッ!」
自分で抉った左目の
身体が軽くなっていくのが解る。
心がクリアになっていくのが解る。
私の中身が融けていく。
全身を、表と裏と、光の触手が這い廻る。
「───ぁはあッ、あ、ははははははァ!!」
痛みは端から快楽に変わっていく。
苦悶は端から熱情に変わっていく。
右腕の入り口から入ってきた触手は、全身を凌辱しながら快楽を奔らせていく。
気持ちいい。気持ちいい。気持ちいい。
どうしようもないほど、享楽。
笑いが込み上げてくる。
なんだ。本当に壊れてしまったのか。
いや──そう思考できるということは、大丈夫か。私は私のまま。
そっちの方が恐ろしい。なんてことをヤっている、私は。
あの世で先生に怒られそうだ。
『私はマシュをそんな風に育てた覚えはないよ!?』
ごめんなさい。もう無理です。
そろそろ限界、こんな気持ちいいこと、流石に断つのは厳しそうです。
ああ、でも───
意識が、もたない。
がくりと、私は全てから手を滑らせた。
結局何が起こったのか、私には判らないまま。
それだけは知りたかったが、残念。
───私は、そこで絶命した。
◇
「なんだ……この光は……?」
アサシンは困惑した。
宝具を受け止めているこの光の腕にだ。
もう既に、それの持ち主は事切れた。
けれど、その宝具は私を掴んだまま離さない。
離さない、だけ。
痛みなど欠片もない。逆に、これまでに受けた傷の補修すら行われている。
光の霧は、自身が纏っている泥の影すらも食いつくし、アサシンの正気を揺るがせた。
「何故だ。何故、汝は──」
光は、少しずつ少女に飲み込まれていき、やがて腕から放たれる光も薄れていく。
終わりの合図か、とも思ったが違う。
腕の正体が露になったのだ。
「っ! なんと……これは……」
白い甲冑、その腕甲のように見えた。
然し、それは、あまりにも──
「これは、なんだ? 悪魔のそれでも──神の腕でもない。精霊? いや違う。 これは、紛れもなく、人のそれか」
それは、あまりにも奇妙な見た目だった。
騎士の甲冑のようだ、と評したように、確かに鋼で出来た鎧の一部だろう。だが、溶けている。まるで、火事に巻き込まれ、悲痛のうちに死んでいったものの火傷の如く、醜く溶けている。それは紛れもなく、醜悪な見た目の筈。
だが。それは、白く、薄く透き通っており、そうだ、水晶のよう。
彼女の眼のように何もかもを吸い込み、明暗を的確に写しあげる。それは悪魔のように蠱惑的で、神のように超常的な印象を観るものに与える。
故にアサシンには美しく見えた。神秘的なその威容は、彼の心をうった。
しかも、千切れていた筈の右腕が再生している。ダークで奪い去った左手の指も新しく生えたようだ。
「こやつは一体、どういうものなのか……」
腕は離れない。しっかりと握りしめられている。まるで、心より仁義を誓った主従のように、頑なに掴んだまま。
死後硬直か、いや、それならば霊体も消滅するはず──いや、もしかすると戦闘続行スキルを発動させているのか──などと、アサシンは的はずれな思案を巡らせる。
けれど、マシュはれっきとしたサーヴァントではないのだ、ということに気づいたのはすぐだった。七騎が既に揃っているのに、正当な八騎目はやってはきまい。
「エクストラクラス──これを裁きの腕と仮称するなら、『
何故か、アサシンは殺気を納めた。
殺す理由もなくなった、そして殺す気が失せたのだ。いや、正確には殺したくなかったのかもしれない。
「既に、この聖杯戦争は破綻して──ッ!?」
魔力が胎動する。白き異形の宝具から、魔力が流動する。何かが、流れ込んでくる。
「これは……記憶……?」
それは何かの記憶だった。
その者がみた景色。ひどく少ない──狭いものだった。
セピア色の実験室。
虹色の、誰かの部屋。
満天が輝く空。
灰色の地獄。
赤く燃えたぎる、釜。
そして、私を見ていた。
「これが、貴様の──」
始まりは無表情だった。感情とは何か、知らないから。知らなくても良かったから。
直に笑うことを覚えた。喜びを分かち合う者がいたから。嬉しいという感情を知ったから。
苦しみを知った。恩師が死んでしまったから。家族と呼べる者が一息でいなくなったから。
そして泣いていた。何もかもが消えてしまったから。救いは彼女に与えられなかったから。
果てには困惑していた。どうすればいいのか判らない。皆が死んだのに、自分だけ中途半端に生きている現実を疑った。
そして、最後の、最後は──
「……っ」
その時。
アサシンは、マシュ・キリエライトという少女の一端を理解した。
己の意志で全てを失った男は、世界の運命に全てを剥奪された少女を理解した。
それは、彼の心を揺り動かすには十分な理由であり、再びの覚悟をせしむるにはこれ以上ないわけだったのだ。
「……汝は、まだ生きるというのか?
肉体は既に朽ちている。魂は最早ヒビだらけだ。精神など、此処にくる以前に壊れかけているというのに……」
答えはない。けれど、光は溢れた。
溢れた光は、二人を包むと、より一層繋がりを強くする。
少女の左手に、赤く、赤く光が宿った。
「令呪……そうか。貴様の何がそうさせるのかはわからん、が……死の先に得るものがあるならば、私も応えねばならんな」
令呪。それは本来、マスターからサーヴァントを縛るもの。いつ暴走するかも分からないまま、人は超常を奮えない。
けれど、アサシンが感じたものはそれより幾分かは、暖かく。それでいて懐かしいような。
アサシンはかしずく。項垂れた少女の頭と同じくらいになるまで、地面に顔を下ろす。
「サーヴァント、アサシン。 我は影となり、汝の光に寄り添おう。今宵、一度きりの契約かも分からぬが──」
ああ、誠に──奇妙な縁だ。
「君という人間に、私は力を貸そう」
先程までの死合いも、今は無しにしよう。
戦は止めだ。この少女は、私が仕えるに相応しい。きっと、それというのも悪くない。
少女の名は、確か、今さっき聞いた──
「マシュ・キリエライト……澄んだ響きだ。
私のようなのには、綺麗に過ぎると思わんか───救い手のマスターよ」
アサシン──ハサン・サッバーハは、崩れ落ちた仮初めの主人を抱え、その深い眠りが醒めるのを、暫しの休息として。
月下の戦いは、一つ、終わりを迎えた。
八つの地獄、それも、いつの間にか二つが終わっていた。
──月は、今宵も美しき。
──人は、いつの世も、不思議で満ちている。
◇
◇
月は
急転する運命は、新たに主を見初めたアサシンへの試練か、それともただの時の巡りか。
木陰にその身を休める少女を背に、アサシンは刺客と相対していた。
新たな役者は警戒を強めた口調で問いただす。
「──貴様。何の真似だ、それは」
不味い。やはりこうなるか。
あれだけの魔力が放出されれば、それは気づくだろう。当たり前だ。
やって来たのは──
「何というと。主殿を守護しているのだが。
貴様はどうした、ランサー。持ち場を離れて構わんのか」
一目で判る、その英霊の力量。
隆々にして堂々たる仁王立ちは、元から大柄なランサーの体躯をより大きく見せる。
手には長刀、背には六本の業物。
日本史上最も有名にして豪傑とうたわれし僧兵、その成れの果てか。
ランサーは厳しい表情を崩さず、殺気はより深く発する。
「飽くまでしらを切るか、アサシン。
そうころころと主を乗り換えていては、忠義者の名が泣くぞ」
「己の選択に間違いはない。少なくとも自分にとっては、この選択は正しく──人の道を生きるためにはこのハサン、身を潰してでも主を護ろう」
「外道を極めた男が何を世迷い言を……
然し──」
何を思うか、ランサーは少し言葉を詰まらせる。しかし、直ぐに緊張を走らせ、長刀を構えた。
「まあ、いい。行くぞ、我が七ツ道具による演舞、受けるがいい!」
相応に不味い事態だ。ランサー──武蔵坊弁慶は接近戦、白兵戦に於いてセイバーに比肩しうるほど強力な英霊。飛び道具に頼るアサシンではあまりにも分が悪い。
「くっ………神よ、我に加護あれ!」
「戦場での神頼みは二流のすることぞッ!」
後ろに、最早目覚めぬ主を守らんがため、その一撃を受け止める。
刃先を受けては両断される。何とか柄を自らの細い腕で塞き止めた。
「どうしたアサシン。 俊敏さが貴様の取り柄だろう、何ゆえ馬鹿正直に正面で受ける?」
「ク……ハッ……! 何……これより先の地を、貴様に踏ませんためだッッ!」
全身から
「──笑止!」
くるりと長刀を払い、柄を向けて勢いよく捩り込む。大柄な体躯からは一見信じられないほどの手先の器用さ。実に滑らか、しかし剛腕から撃ち込まれた一撃は、意図も容易くアサシンを吹き飛ばした。
「ッ! クァ──ッ!」
「その程度、所詮下人の業!
外道非道を生業にする者等、果てに誰をも守れはせぬわッ!」
ぐぉん。そんな音を立てながら長刀を構え直す、踏み込み、振りかぶる──
一連の動作が連結している。力と技の両立。
当然の如く白兵戦はランサーの独壇場であった。
「やはり……一度堕ちた身では……叶わぬ、か」
「この一太刀にて斃れるが───なんだッ!?」
──突如として、街の方角からやって来る。
──箒星、矢の流星が降り注ぐ。
「これは矢──何処だ、何処から射っている!?」
「アーチャーかッ! あやつめが……! 援護をするなら先に言っておけとあれほど……」
「クッ──主殿!」
「無駄ァッ! 汝らの命、ここで潰え──」
バシャン。
「な……何……!?」
蒼の光が流星を写し、着弾。
その首は弾けとんだ。
ランサーの頭に、アーチャーの矢が突き刺さったのである。
千里眼を持つアーチャーはその様子を見ている筈だが、それでも矢の雨は止まない。
「味方ごとだと!? 」
爆発と光は止まらない。一定のリズムを刻みながら、次々と土地を抉りながら、まるで楽しむかのように矢が降り注ぐ。
一つ、光がマシュの方へ飛ぶのを見た。
「──!! させぬ!」
マシュを守るよう、アサシンは覆い被さる。
命を投げ出してでもこの少女を助けたい、
いや──助けなくてはならない。
それは令呪がさせる強制であったかもしれないし、アサシンが自らの意志で行ったことかもしれない。それ自体は、咄嗟のこと過ぎて当人にすらわかり得ないことだった。
選択に後悔はないと言った。それは正しいだろうか。他人から見れば、それは間違っているのかもしれない。
それでも。
この少女は、ここで尽きる命ではない。
どれだけの死地に立っても尚、生き残った彼女には、きっと生きる意味がある。
アサシン──呪腕のハサンには無かった、生まれついての意味があるのだと。
その意味を知らず、命を散らすのを見過ごせるほど、その男は人間を捨てていなかった。
彼女の記憶を知ったとき、思ってしまったのだ。この少女の行く末を知りたい、と。
故に、その行為には意味があった。
無論、身を呈して守ることだけではなく。
泥の狂念に取りつかれていた影霊を、再びまっとうな英霊に昇華させたのだ。
ハサンは少女に助けられた、その恩を返すため全霊でマスターを守らねばならない。
──背に、光の矢、その光熱を感じる。
「ここまでか……っ」
覚悟を決める。
この身が四散しようとも、この娘だけは助けるのだ。
身を固める。アーチャーの弓の威力は辺りを見れば一目瞭然、直撃はそのまま死を意味する。
しかし──
着弾は、どうやらほんの少しずれた。
頭上をキラリと、一筋の閃光を迸らせて、森へ──
衝撃波が辺りを一掃する。
どうやら、とびきりの得物を放ったらしい。
「助かった──か? いや……もっと、格段に不味い……!」
───■■■■■■■ァァアアア!!!!!
咆哮が街へと響く。
それは獣の雄叫びか。それとも、主の領地を荒らす不届きものへの威嚇行為か。
抉れた森より、それは姿を現した。
「……わざと災害を呼び込んでくれたな、紅衣の贋作者! ほとほと、敵に回すには苦難な相手よ………!」
黒き巨体、破壊の巨人。
それは三番目の地獄。
それは人類史上最高の超人。
与えられたクラスは狂戦士。
「■■■■■■■■───ッッ!!!」
その者、
神の与えたもう十二の試練を乗り越えた、最強にして最高の大英雄。
雄叫びは空を裂き、風すら震撼する。
踏み込みは大地を割り、隼の如き脚を持つ。
その勇姿、紛れもなく。
────最強。
この英雄を語るのに多くは必要ない。
その勇姿を評することに多くの言葉を並べる意味もない。
何故ならば、あまりにも人離れした彼のすべては、最早どうしようもなくその二文字に帰結してしまうからだ───
ごめんな弁慶(偽)ー
相方のアサシンは何故か味方になったのにごめんなー
でも君を味方にするとちょっとチートに過ぎちゃって難易度下がりまくりだからしょうがなかったんや……
……え、マシュが快楽死してる?
たぶん大丈夫だよね、描写、一線越えてないよね?
ちょいとルビ振りが多いなと反省。
そのまま書くのもいいかな。
そしてヘラクレス戦。もう書き終えましたが、
ヘラクレスって強いんやなぁーーとなった。
まともには倒せねえぞ。なんだあれ?
fakeも読んでみましょうかねー。
あ、最後にですけど。
福袋が待ってるぞ! 死ぬなよ、生きろよ!
それでは!