「ヴオオオオオオオン!」
鼓舞するように吼えながらただひたすらに前足で瑠璃に殴りかかっていくアオアシラではあるが、そんな単調な動きでは速さを売りにする彼女を捉えられなかった。
確かにパワーはある。あれを受ければただでは済まないだろう。
しかし瑠璃の目はしっかりとその動きを読み取り、どう躱せば当たらないかを見切っている。そして躱しつつヒドゥンサーベルを振るえば、自然と瑠璃へと振るわれたその前足を自分で斬られにいくかの如く刃が毛皮を切り裂いていく。
「グルルルル……!」
側面に回り込んだ彼女を押し潰すかのようにダイブするアオアシラだが、それもまた素早く背後に飛び退いて回避し、顔を両断するかのようにヒドゥンサーベルを振り下ろしてやる。
「ゴアァッ!? グオッ、ヴオオォォォ!?」
額から鼻先にかけてぱっくりと開いた傷から血が噴き出し、鼻をつく鉄の匂いと視界に薄く入り込む赤い液体に、アオアシラが興奮したように吼えながら顔を掻き始めた。
そんな隙だらけなところを見逃さず、奴が苦手としている属性、火を作り上げてヒドゥンサーベルへと纏わせていく。刃にあらかじめ己の気を纏わせる事で膜を作り上げ、その上に乗せるようにして火炎を操作していく。
「――すぅ」
ヒドゥンサーベルを構えながら静かにそれを高めていく瑠璃を援護するべく、自分へと意識を向けさせるために、茉莉が側面からその横っ腹へと勢いよくインペリアルガーダーを突き出す。
刃は抵抗なくその毛皮を突き破り、その中の肉へと入り込んでいき、引き金を引けばその中で弾薬が弾けて追撃を与える。その痛みに苦悶の声を漏らすアオアシラだが、先ほどから昂っている感情をそのままぶつけるかのように、がむしゃらに前足を振るって茉莉へと攻撃を仕掛けていく。
瑠璃と比べると遅いが、茉莉もまた冷静にその動きを見切っていた。先ほどよりも早く振るわれる前足を紙一重で回避し、受け流せるものは盾で流しつつ、カウンターを決めるようにその胸へとインペリアルガーダーを突き上げる。
「っと、危ない危ない」
振り下ろしからのバックナックルを放たれ、側面から吹き飛ばされそうになるのを盾を構えながら地面を滑ってしまうが、それを堪えて体勢を立て直す。盾を持つ腕が痺れそうになる程の強い力。流石は獣……熊というべきか。
遥か昔から山の主と言われ、人に恐れられてきた獣。今でこそ実力あるハンターならば容易に狩れる相手ではあるが、一般人からすれば未だに恐れられる獣だ。そのパワーと見かけに反した速さで仕留めてくる上に、一般人はそれに対抗する手段を何一つ持たない。逃げたとしてもほぼ間違いなく追いつかれ、捕食されてしまうのだから。
「ヴルルルル!」
舌を口から出し、涎を垂らしながら吼え続けるアオアシラの意識は完全に茉莉に向けられている。そのまま前足を地面につけ、四足の状態になると一気に地を蹴って茉莉へと突進を仕掛けてきた。
その巨体とは裏腹にかなりの速度で迫ってくるアオアシラをじっと見据え、奴の右側へとステップしてやり過ごしながらまたその横っ腹へとインペリアルガーダーを突き刺す。
が、アオアシラもそれで終わらなかった。ブレーキをかけて止まったかと思うとそのまま後ろへと飛び退ってきたのだ。重量感のあるその体が迫り、特にアオアシラの尻が茉莉の体を吹き飛ばそうと襲い掛かってくる。
「っ! ふっ……!」
一瞬の判断で茉莉は己の体を強化させるべく気を巡らせ、特に盾を強化させて身構えた。その瞬間、盾に凄まじい力がかかってその体がじりじりと背後へと押しやられていく。通常ならばその左腕が痺れるどころではなく、盾を構える事も出来ない程の重さがかかっているのだ。
例え怪力だとしても、アオアシラのその体重がかかった一撃を支えられる程ではない。気で強化していなければ嫌な音を立てて骨が軋んでいたかもしれない。
だがこの危機は逆にチャンスでもある。
アオアシラは今尻もちをついている状態だ。茉莉が引き付け、この状況を作り上げてくれた。それを逃すわけにはいかなかった。
「炎剣――」
体を低くして強く地を蹴れば、その姿は一瞬にして消え去り、彼女が通った後には燃え盛る炎の跡が尾を引いていく。それは一筋の軌跡を描き、気づけば瑠璃はアオアシラの側面で跳躍していた。
振り上げたヒドゥンサーベルをアオアシラの肩に狙いを定め、ただ斬る事だけを念頭に振り下ろす。
「――
左肩から腹へとかけて袈裟斬りにされたアオアシラはその口から勢いよく血を噴き出し、ぐらりと体を傾かせる。左前足はだらんと垂れ下がり、動かす事もままならない。斬られた傷は炎によって焼かれ、強引な止血はされているものの致命傷だった。
「ヴ、ヴォ、ヴォォォオオオオ……!」
それでもアオアシラは残った右前足で自分を斬った瑠璃に一矢報いようとした。残った力をその一撃に篭めるかのように右前足を振り上げ、瑠璃に向かって叩き落とす。
普通ならば躱せただろうが、アオアシラを致命傷へと至らしめた一撃の硬直があったために、それを躱す事は出来なかった。反応し、それに対して何とかヒドゥンサーベルを立てて気を巡らせる事で防御する事のみ。
しかしそれでもアオアシラのその一撃は瑠璃を吹き飛ばすには十分なものだった。まるでボールのように吹き飛ばされた瑠璃を見た茉莉はその無表情に僅かに渋みを浮かばせ、インペリアルガーダーを握りしめて立ち上がった。
「終わらせます!」
致命傷になっているアオアシラの左胸を狙うために回り込み、引き金を引き絞りながら刃を突き出した。それは傷口を更に広げるかのように肉へと沈み込み、その先にある生命にとって大事な内臓付近まで届く。
それを吹き飛ばすべく指を離せば、溜められたエネルギーが解放され、それが決め手となった。
心臓を吹き飛ばされたアオアシラは呻き声を漏らしながら横倒しに倒れ、それでも何とかもがこうとしたがやがて力尽きる。ずぷり、と音を立ててインペリアルガーダーを引き抜いた茉莉は一息つくと、吹き飛ばされた瑠璃の方へと振り返った。
(流石は上位個体、といったところですか)
まだ僅かに痺れるような気がする左腕を気にしながら、インペリアルガーダーを背負って走り出す。
瑠璃の姿はすぐに見つかった。何とか受け身を取る事は出来たらしく、立ち上がって軽く体をはたいている。そしてヒドゥンサーベルを地面に置くと、軽く体をほぐすように伸ばしたり屈伸したりし始めた。
それでどこかが特に痛むのかを把握し、ポーチから回復薬を取り出して手当の準備を始める。
「左腕、大丈夫なの?」
「ええ、何とか。とはいえ念は入れておきますが」
茉莉も同じように手当の準備を進め、レウスアームを取って回復薬を使っていく。濡らした布で一度痛むところを当てていき、続けてテーピングをして戦いに支障がないようにしておく。
茉莉も同じように痛む場所に回復薬を当て、残りは飲み干して体の中から治癒力を高めていく。
そう時間もかけずに手当てを済ませると、ある程度は痛みも和らいで気にならなくなってきた。元から他の人達と比べて自己治癒力が高く、痛みに慣れているために最低限の応急処置で済むのが二人だ。
だがそれで手当てを放置していては戦いに支障が出る。だからこそ応急手当はハンター達と同じく行う。それぞれ体を動かしてみて問題なしと判断すると、倒れ伏しているアオアシラに向かっていき、剥ぎ取りナイフを取り出して素材を剥ぎ取っていく事にした。
それも数分かけて行い、使えるものはあらかた剥ぎ取ると一度黙祷を捧げてその場を離れる。
「さて、匂いを辿る前に……ヒドゥンサーベルを研がなくていいんですか?」
「……そうね。結構斬ったしやっておくか」
「それがいいですよ」
クルペッコ亜種にアオアシラ、炎剣とかなり使いまわしてきたために切れ味が結構落ちているのは間違いない。座り込んで砥石と水筒を取り出した瑠璃の傍で茉莉はポーチから携帯食料を取り出し、別の水筒を取り出してドリンクを用意すると簡単な食事にする。
一定のリズムで刃を研いでいく瑠璃もいつの間にか携帯食料を口に含み、それを食べながら切れ味を戻していった。
そう時間もかけずに切れ味を戻し、刃を森に差し込む太陽の光を当てながら確認して鞘に収める。これで戦う準備は整った。後は逃げていったクルペッコ亜種を探し出し、完全に討伐するのみ。
それが終われば中断していた謎の存在についての調査とそれの討伐だ。
ペイントボールの効果はまだまだ余裕がある。集中して匂いを探れば、すぐにあの独特の匂いが感じられる。それを辿っていくだけの簡単な追跡だ。
何も問題はない。
その時は、そう思っていた二人だった。
離れた所で着陸し、負傷した体を癒す為に気分を落ち着かせて休息体勢に入るクルペッコ亜種を観察するそれは、静かに草むらに身を潜めていた。あの二人が付けたペイントボールの効果は、それに対しても位置を知らしめることになってしまっていた。
それが持つ感知センサーの高さはその種族の特徴であり、狙った獲物は逃がさないという執着心もまたその種族の特徴に現れている。弱っている獲物ではあるが、それでも獲物は獲物だ。
その命を狩り、糧とする事が出来るならば何も問題はない。
静かに前進し、クルペッコ亜種の背後に回り込みながら手ごろな木を捜し、その幹に手を添えて素早くその身を枝の上へと躍らせる。
漆黒の瞳はじっと獲物の動作を観察するだけでなく隙を見逃さない。だがその目は遠距離の様子を完全に捉えきれる程発達しているわけでもなく、絶え間なく舌を動かしてそれが捉える情報で状況を分析していた。
好機となればすぐにでも襲い掛かれるだけの前準備は怠らない。既にその尻尾は収縮しており、バネの要領でその身を弾丸のように飛びださせるだけの力を溜めこまれていた。
「クア……」
「――ッ!」
今、クルペッコ亜種が欠伸をした瞬間を見逃さず、縮んだ尻尾が一気に伸び、その緑の体が音もなく空を奔る。ぐっと引かれた右腕の先には鋭い爪が伸ばされ、あの命を貫かんと狙いを定められている。
十メートル近くはあったろう距離が一気にゼロへと縮められ、その凶刃はクルペッコ亜種の翼を貫くだけでなく胸にまで届いた。
「クエエエエエエエエエエエッ!?」
「シュルル……!」
本来ならばその細い首を刎ねるつもりだった。狙いが狂った事にそれは小さく呻くが何も問題はない。着地しながら体を捻って尻尾をその首に巻きつけ、ぎりぎりと強く締め上げてやる。
首を絞められたことでクルペッコ亜種の嘴から苦しげな声が漏れるが、それでもクルペッコ亜種はもがく。何とか翼を動かすと何度も電気石を打ち合わせて強い閃光を引き起こした。
「……ッ!?」
それを見てしまった事で声にならぬ悲鳴を上げてしまい、尻尾の力が弱まってしまった。これを好機とばかりに尻尾めがけて翼を打ち合わせ、強い電気を発生させる事で尻尾にダメージを与えて振りほどこうとするクルペッコ亜種。
「シャアァッ!」
だがそれは尻尾を離す事はなく、逆に強く締め上げていく。それだけでなくその尻尾の力と腹筋を利用してその体を起こし、その勢いを利用して手を突き出してクルペッコ亜種の顔へと殴りかかった。
視界は一時的に潰されているが、それは舌を動かしながらクルペッコ亜種の顔の位置を割り出して殴ったのだ。それで位置を完璧に把握したそれは、続けてその顔へと噛みつきにかかる。
「クエエエッ!? クエッ、クエエエェェェ!?」
今もなおギリギリと締め上げてくる尻尾に加え、顔の側面から一気にその顔を丸ごと呑み込まんとするそれの口の動きに更に命の危機を感じ取る。だがもがいても離れない尻尾に、顔に張り付かれては自分の攻撃手段など完全になくなったも同然。
呼吸が上手くできないために咆哮も出来ない。
手詰まりだった。
しかも食い込んでくる牙には毒があるらしく、顔半分の感覚がなくなってきた。しかも呼吸が止まっていき、もがく力もなくなってしまう。
やがてそう時間もかからず、クルペッコ亜種の目に光はなくなり、がくんと首を垂れるしかなかった。体を支える足の力もなくなってしまい、ゆっくりと地面に倒れ伏すクルペッコ亜種から離れたそれは、軽く顔を振って閃光によって潰された視界をゆっくりと取り戻していく。
完全に死んだ事を確認し、呼吸を止めるだけでなく首の骨をへし折ってしまった尻尾をゆっくりと首から離すと、爪を振り上げてその首を切断してしまう。
体から離れてしまったその頭をゆっくりと口内へと納めていき、軽く咀嚼しながらクルペッコ亜種の血肉を堪能する。
「…………」
ふとここに近づいてくる気配を感じ取った。それが二つだったため恐らくあのハンター達だと感じ取ったそれは残った体の部分を一瞥し、しかしすぐに判断を下してその身を再び草むらへと隠していく。
モンスターの血肉も糧とはなるが、それよりも人族の……それも若い女の血肉は他のものよりも一層美味である事をそれは知っていた。ならば、ここは一度退き、襲撃のタイミングを窺った方が得策だと判断したのだ。
現場にやって来た二人は唖然とするしか出来なかった。それも当然だろう。何せさっきまで生きていたはずのクルペッコ亜種がどういうわけか死んでいるのだから。
頭を失い、何か鋭いものによって切断されたと思われる首からはまだ血を垂れ流している。また右翼から胸にかけて何か鋭いものによって貫かれたと思われる傷がある事にも気づき、これは件の謎の存在に襲われたとみて間違いないだろう。
だがこの貫かれた傷、というのが茉莉をまた思考の渦へと貶める。
あそこにあった蛇の通った跡が謎の存在のものだとするならば、この貫いた傷は何によってつけられたのだろうか。傷口から見てこれは明らかに爪痕だ。鋭く伸びた爪で翼、果ては胸まで刺し貫いたのだろう。
また近くには明らかに蛇の尾によってつけられた跡が地面に残されている。しかも突然ここに舞い降りたかのような跡であり、これは恐らく離れた所にある木から一気に飛び出してきたものと考えられた。
(蛇の尾を持ちながら爪痕を刻む事が出来る存在? そんなものが――――いた……!)
近年になって確認された蛇竜種の中でも特異とされる存在。蛇という特徴を残しながら、突然変異としか思えない進化を遂げた種族。
主に森の中や荒野に確認されるものの、その闘争本能から数多くの調査隊を葬り、その存在をギルドに情報として届ける事が長年出来なかったと思われたその蛇。
そしてそれが恐らく今近くにいる事だろう。クルペッコ亜種を完全に食べることなくこの場を離れたとするならば、自分達がやって来た気配を感じ取ったに違いない。
「瑠璃、気をつけて! 恐らくこの近くに――」
そう叫んだ茉莉の視界の奥に、ぎらりと鈍く光る一対の瞳が草むらの奥にある事に気づいた。奴はじっと自分達、特に周りをクルペッコ亜種の死体の周囲を調べていた瑠璃を睨んでいる。
「え――――っ!?」
茉莉の叫びに顔を上げてその視線が茉莉へと向けられた瞬間を狙ったのか、あれは勢いよく草むらから飛び出して瑠璃へと向かっていった。その際に奴の気が漏れたのか、あるいは命の危機を第六感が感じ取ったのか。
瑠璃は反射的にその場を飛びのいた。体術も何もあったものではなく、ただ後ろに向かって勢いよくダイブするだけだったが、そのおかげで奇襲を仕掛けてきたそれから逃げる事が出来た。
素早く転がりながら起き上り、背後を振り返って自分を襲ってきた存在を見た瑠璃はただ驚きに言葉を詰まらせる。その目にあるのは、「どうしてあれがここにいるのか」という事だ。
それは確かに蛇の特徴がある。だがそれは下半身のみ。腰から下は緑と土色の鱗がびっしりと覆われ、長さは目算で二~三メートル程はあろうか。
では上半身はどうなっているのか。
その顔は蛇の特徴を残しており、側頭部には数センチの竜の角のような鋭い突起が生えている。そのまま視線を下に下げれば、後頭部からずらりと生える背びれを有した少し長い首があり、肩と胸がそこにあった。それはまさしく蛇にはないものであり、逆に大抵の陸上生物ならば持ちうる身体の一部。
生物としての上半身がそこにある。
「シュルルル……」
口から舌を出し入れしながら奴は軽く体をほぐすように首を左右に振り、両手に伸びる爪を軽く音を立てながら打ち合わせていた。上下に打ち合わせたり、あるいは爪同士を合わせたまま横にスライドさせて磨いたりとしながら視線を瑠璃、茉莉と交互に見やっている。
もう隠れる必要がないと判断したのか、まるで観察するかのように余裕を見せて二人の出方を窺っている。
それが奴に付けられた名だ。
それはただ捕食するというだけでなく、奴のその闘争心にこそつけられた名。その特異な進化によって得た両手、その尻尾を駆使して敵を追い込んでいく程のパワーと闘争心により、調査隊やギルドナイト達をことごとく葬ってきた過去がある。
戦いを好み、敵を観察して状況を把握する思考力、敵が強力ならば昂る性格とまさに戦う者としての在り方を見せたその姿。
それこそがナーガの一番の特徴だった。
「闘蛇ナーガ……よもやこんなところにいるとは思いもしませんでしたよ」
「やばいの?」
「個体差によりますが……やばいんじゃないですかね? いったいいつからこの世界に存在しているのか知りませんが、近年ようやく情報が集まってきた種族で多くのハンターやギルドナイトを返り討ちにしてきた存在ですよ」
「へえ……それはやばいわね」
冷や汗を流しながらも瑠璃は小さく唇の端を歪めている。その手はしっかりとヒドゥンサーベルの柄へと当てられており、いつでも抜ける状態にあった。どうやら退くという選択肢はないらしい。
まあ、それしかないだろう。
ついにメインターゲットが現れたのだ。戦わずして退くという選択肢は二人にはない。
謎の存在がナーガであると判明した以上、その特性からしてこのまま放置するという事は二人の心が許さない。こいつをのさばらせておけばこの先も多くの犠牲者を生み出してしまう。それは避けなければならない。
それにギルドナイトが向かってきていると聞いているが、ナーガという種族はそのギルドナイトを返り討ちに出来るだけのポテンシャルを秘めている。
このナーガの実力がどれほどのものかは完全に把握できないが、刃を交えればある程度は把握できるだろう。ここは一度やり合ってみなければならない。
例え討伐に失敗して撤退したとしても、ナーガである事とその実力を伝える事が出来ればいい。
とりあえずやるだけやってみるしかないか、と茉莉はインペリアルガーダーに手を伸ばし、身構える。そんな様子を観察していたナーガは、僅かに目を細めて伸ばしていた爪を一旦短くし、軽く音を鳴らすようにして手を開閉させる。
その様子がまるで嘲笑しながら挑発しているかのように見えた瑠璃はぎりっ、と歯噛みしてヒドゥンサーベルを抜き放ち、一瞬にして気を纏わせてナーガに向けて気刃を放った。
これまでたったの数秒。
挑発に乗った事とはいえ、まだ飛び出して斬りかかっていった、ということをしなかっただけでも瑠璃は抑えた方だろう。だがその攻撃は見事な速さだ。突然の攻撃にナーガも一撃は貰っただろうと思われたのだが、
「…………」
ナーガを袈裟斬りにするはずの気刃は、尻尾を動かして上半身の体勢を崩さずに斜め後ろに蛇行するだけで躱された。その行動に驚きを隠せないまま、ナーガはまたにやりと笑ったかのように口を歪ませながら着実に二人へと距離を詰めてくる。
「シャァッ!」
尻尾を巧みに使い、軌道を読ませないようにしながら接近してきたナーガの素早い右突き。それを瑠璃は一度距離を取るように後ろへと飛んだが、ナーガはそれを把握したように次の攻撃を放っていた。
何とその場で尻尾をぐるんと回転させて、着地しようとする瑠璃の足元を刈るように薙ぎ払ったのだ。
「くっ……!?」
何とか翼を広げて羽ばたき、着地する事なく滞空する。それによって足払いを受ける事はなかったが、更にナーガは攻撃を繋げていく。前のめりに倒れながら両手を地面に付けて体を支えると、そのまま下半身を上げて回転する。
そうすれば長い尻尾は遠心力をつけて滞空している瑠璃へと、まるでしなる鞭のように襲い掛かっていった。
「が……っ!?」
避けきれずにその一撃を受けてしまい、瑠璃の体が吹き飛ばされてしまう。「瑠璃!?」と叫ぶ茉莉だったが、ナーガの視線がその叫びに反応して距離を詰めてきていた茉莉に向けられた。
一度牽制するように茉莉にも尻尾を振るうと、両手で一気に地面を押しやる事で一度宙に舞い、砂煙を小さく巻き上げながら着地する。
「牽制ならばこちらも……!」
自分の周りに火球をいくつか展開させて一気に放出する。小さなボールほどの大きさの火球がナーガを取り囲むようにして向かっていき、突然の炎に小さな驚きを見せるナーガはそれによって動きを止めてしまった。
大きさが大きさのため大したダメージにはなっていないだろうが、ナーガが動きを止めてくれればそれでいい。これを機に茉莉は一気にナーガへと距離を詰め、インペリアルガーダーを突き上げてその胸を貫かんとした。
しかし刃は薄くしか胸を貫かない。その鍛えられた胸筋が磨かれた刃を防ぐほどに硬いのだ。ならばと引き金を引いて砲撃するが、ナーガはそれに怯むことなく右腕を振って茉莉を弾き飛ばそうとした。
それは構えられた盾によって衝撃を殺されるが、それでも彼女の体は数メートル地面を滑ってしまう。しっかりと大地を踏みしめて防御体勢を取ったというのに、ここまで滑ってしまうとはどれだけのパワーを秘めているというのか。
アオアシラ以上の力にまたしても左腕が痺れてしまい茉莉は無意識に唇を噛みしめる。だが奴の攻撃は終わっていない。盾の陰からナーガを見ると、インペリアルガーダーを握りしめている右腕を狙って左手を引き、突き出そうとしているところだった。
咄嗟に盾でそれを防いだ茉莉だったが、素早く左腕を引いて右腕を素早く突き出して茉莉の側面から腹を狙った一撃を放ってきたのだ。
(フェイント!?)
躱す事など出来るタイミングじゃなかった。このままでは爪によって貫かれる、と感じた茉莉がこの短い時間の中で出来た事は、縦に持っているそれを横向きにして何とか防ぐことだった。
だがナーガの爪は盾を僅かに貫通し、茉莉の左腕のレウスアームを削り取っていく。
「シュルル……!」
仕留めそこなったか、と唸るナーガだが素早く右手を引いて目障りな盾を茉莉の手から離すべく、引いた左腕を勢いよく振り上げた。横向きにされた盾を空へと舞い上げるべく放たれたアッパーは、ナーガの狙い通り茉莉の手から離れてしまった。
がら空きとなってしまった茉莉に引導を渡すべく、とどめの一撃を放たんとするナーガ。しかし茉莉はまだ諦めていない。ここで死ぬわけにはいかないと右手に持つインペリアルガーダーの銃口をナーガへと向けた。
そこにはエネルギーが溜めこまれており、引き金に当てていた指を引けば溜め砲撃がナーガの顔面で爆発する。
「シャアァッ!?」
突然の反撃にたまらず悲鳴を上げ、その隙に茉莉は横に飛んでナーガから距離を取った。盾は彼女から左側数メートル先に転がっており、すぐにそれを回収して構えなおす。
「シャルァア――っ!?」
茉莉を追おうとしたナーガではあるが、接近してくる瑠璃を感じ取って振り返る。そこにはヒドゥンサーベルを振り上げる瑠璃の姿があった。防御体勢を取るのかと思いきや、また尻尾を巧みに使ってひらりと躱し、だがそれでも瑠璃は攻撃の手を止めない。
振り下ろしたヒドゥンサーベルをそのまま突き出してナーガの腹を貫こうとするも、インペリアルガーダーと同じく浅くしか貫けない。
しかしそれでもいい。
牽制するようにヒドゥンサーベルを振るいながら距離を取るように下がり、しかしそれを逃さないようにナーガが縮めた尻尾を伸ばす。それに従って上半身が瑠璃へと迫り、大きく開かれた口が瑠璃を噛み付こうとしている。
「ちぃっ……!」
咄嗟に足元を爆発させ、その爆風を利用して体を浮上させた上に翼を羽ばたかせてナーガの頭上へと逃げる。ガチン、と歯が打ち合わされたような音を響かせたナーガが、じろりと頭上を見上げながら体を戻していき、滞空している瑠璃を観察しながら舌を震わせる。
(なんて奴……これがモンスターだっての? まるで武術を高めた人みたいじゃない!?)
隙を窺い、足払いや得物を狙って相手の守りを崩し、がら空きになったところを狙う攻撃。かと思えばその力に物を言わせて強引に突破したり、あるいはその尻尾を使った奇襲を行使したりと技も多彩。
攻撃だけでなく守りも見事なもの。刃を通さない筋肉にこれまた尻尾を使った回避術。
まるで武術の達人を相手にしているかのようだ。
二人の顔に苦い表情が浮かび、改めてナーガという存在に恐怖して冷や汗を流す。そんな感情の揺らぎを感じ取ったのか、ナーガはまた嘲笑するように口元を歪めながら両手の爪を伸ばしてまた打ち合わせる。
「シュルルル……シャルァ!」
首を揺らしながらまるで舌なめずりするように、打ち合わせた右手の爪を口元に近づけながら滑らせていった。それもまた嘲笑であり、加えて挑発だった。
お前たちなどに自分が殺せるものか。
じっくり嬲るようにして仕留めてやろうか?
そんな風にあの見下したような目が語っているかのようだった。
当然瑠璃の顔に朱が入り、ぎりぎりと歯噛みしながらヒドゥンサーベルを握りしめている両手が震えている。今にも飛び出しそうな彼女に茉莉が気づかないはずがない。
「瑠璃! 堪えてください! そんなことしてもあれには通用しませんよ!?」
「――ッ、わかってるわよッ!」
声を荒げながら返す瑠璃ではあったが、あのまま声を懸けなかったら本当に滑空して斬りかかっていきそうな雰囲気だった。瑠璃が来なかったことにナーガは「ケッ」と舌打ちするかのように鳴き、軽く息を吸いこみ始めた。
「カアァァァ!」
紫色の異臭のするガスが放出された。その色合いと匂いから明らかに毒ガスである事が容易に察知できる。鼻と口を押えながら二人はナーガから距離を取るのだが、当然ナーガはそのガスを突き抜けて二人へと迫ってくる。
狙いを定めたのは茉莉だった。素早く蛇行しながらどちらから攻撃を仕掛けていくのかを悟らせず、タイミングを見計らって尻尾の筋肉だけで低く跳び上がり、また軽く息を吸って茉莉へと毒ガスを放出していく。
どうやら茉莉が武器のせいで瑠璃よりもスピードがないという事を理解したらしい。その読みは当たっているが、それでも茉莉もまた家族のハンターと同じく、スピードがあるという事はナーガは読めなかったようだ。
狙いを定められたと察知した茉莉は防戦に回るために、素早くインペリアルガーダーを背中に戻していたのだ。インペリアルガーダーを構えない事で体にかかる負荷はある程度軽くなる。
その上で回避に専念すれば、
「……っ!」
毒ガスを吸わないように守りながら茉莉はナーガに背を向けて疾走する。助走をつけて飛翔し、距離を取ってからナーガに振り返れば、着地と同時に両手を地面に付けて逆立ちし、そのまま勢いを殺さずに両腕の力で飛び上がってきた。
「なっ!?」
そのまま体を縮めて前転したまま茉莉へと迫ってくるではないか。狙いも正確でその体全体での体当たりに茉莉は反応が遅れてしまい、左手に持つ盾を構えて気を込めるしか出来なかった。
そんな彼女へとナーガは体全体でぶつかり、茉莉の防御に亀裂を入れる。勢いの乗ったナーガの回転アタックは、防御力を高めた茉莉の体勢を崩すには十分な威力を持っていた。それに茉莉の左腕はナーガのパワーによって少しずつダメージを蓄積させているのだ。ここで全身の体重とパワーを乗せた一撃を完全に防ぎきれるものではなかった。
盾に当たって弾かれたナーガはもう一度勢いをつけて前転し、強くしなった尻尾が茉莉を地面に叩き落としてしまう。
「かっ、は……!?」
受け身も取れずに地面に落下してしまった茉莉は空気の抜けたような声を漏らしてしまった。ただ落下しただけでなく背負っているインペリアルガーダーの事もあり、体にかかったダメージは前後から来てしまっている。
レウスシリーズの守りがあるとはいえ、これは厳しいダメージになってしまった。
「茉莉ッ!? くっ、このおおおおおおおおお!!」
「シュルルル」
茉莉を叩き落されたことでついに堪忍袋の緒が切れてしまったのか、ヒドゥンサーベルを振り上げる茉莉の顔は烈火の如く染まり、怒りに塗られている。そんな彼女の怒りに呼応しているのか、ヒドゥンサーベルには轟々と燃える炎が纏われていた。
今まで以上の速さでナーガに迫る瑠璃を見てもなお、ただナーガは冷静さを保ちながら構える。
すれ違いざまに辻斬りするかのように振り抜かれたヒドゥンサーベルは、またしても蛇行するだけで回避されてしまった。いや、今度は完全に回避しきれていなかったらしい。その腹が薄く斬られ、その周囲が焼かれている。
続けて振り返りながら薙ぎ払ってみせると、両腕を交差させてヒドゥンサーベルを受け止めてみせた。すかさずその刃を掴み、ぐんっと引き寄せながら地面に落として瑠璃の体勢を崩させる。
当然掴んでいる手は紅蓮の炎に焼かれているだろうが、その熱さなど気にした風もなくナーガはただ瑠璃を攻め立てるのみ。
「く、のぉおおおッ!」
体勢を崩した瑠璃だがすぐに踏ん張って地面に倒れるようなことはせず、ヒドゥンサーベルを引き戻そうとするのだが、当然ながらナーガのその力に敵うはずもない。ならばとヒドゥンサーベルを纏わせている炎を強くさせ、それだけでなくそれを操作させて腕、胸、顔へと炎を伸ばしていった。
「シュルァッ!?」
まるで意志を持っているかのようにナーガへと迫っていく炎にナーガは驚きの声を漏らしたが、それでもヒドゥンサーベルを離すようなことはしなかった。
「シャルァァアアア!」
ヒドゥンサーベルを抑えつけたまま空いた左手で瑠璃を串刺しにせんと攻撃を仕掛ける。炎に焼かれようとも攻撃する意思を消さないナーガのその執着心は、敵ながらあっぱれもの。
目の前に獲物がいるならばその命を狩り尽くす。
ナーガはまさしく
だからといって大人しく狩られてやるほど瑠璃は落ちぶれてはいなかった。どうあってもヒドゥンサーベルを離さないというならばそれでもかまわない!
「ッ!」
瑠璃は握りしめていたヒドゥンサーベルを離し、両手に気を込めながら自分に伸びてくる左手を体を捻って回避。そのままナーガの側面に回り込みつつ距離を詰めた。
「――っ!?」
「あの人直伝の技をその身に受けてみなさい!」
圧縮した気を右手に収束させ、それをナーガの体に殴りつけながら解放させる!
「闘吼破!」
轟ッ! と音を立てながらナーガにぶつけられた気――それも闘気はナーガの鱗を突き抜けて内部にまでダメージを伝えていく。思わぬ攻撃とその闘気の勢いにナーガの体は数メートル吹き飛ばされてしまった。
すぐに体勢を立て直したようだが、それでも突き抜けた衝撃はナーガにとっては思わぬダメージだったようで、左手でその部分に触れてダメージを確かめている。
その隙に落としたヒドゥンサーベルを回収した瑠璃だったが、その刀身を見て軽く舌打ちしてしまう。
どうやら思った以上に火炎の威力を上げてしまったようで、若干刀身が焼けてしまっていた。怒りに任せて炎を操った影響は免れず、ヒドゥンサーベルを自分で余計に傷つけてしまったらしい。
ちらりと肩越しに茉莉に振り返ってみると、彼女は何とか起き上っていたようだ。しかし体にかかったダメージは確実に彼女からスピードを奪っていた。ここは一時撤退して体勢を立て直したいところではあるが、果たしてあのナーガが大人しく見逃してくれるのか?
答えは否。
二人に休みなど与える事などありえない。
確実に追いかけてきて追撃を加えてくる事だろう。完全にナーガは二人を次なる獲物として認識しているはずだ。
(なにか突破口があれば……! それさえあれば撤退できるはず! ……でも、どうやってそれを作り上げたらいいの?)
ヒドゥンサーベルを構えながらナーガの様子を窺いつつ、茉莉を庇うようにすり足で位置を取っていく。ナーガもダメージの確認を終えたらしく、舌を動かしながらじりじりと距離を詰めてきていた。
(きっかけ……そう、小さなことでもいい。きっかけさえあればきっと道が拓けるはず! 小さくて細い糸のような道だっていい、それが出来ればあたし達は生き残れるはずだ……! その道を見逃さずに駆け抜けてみせる!)
まさにそれは神に祈るかのよう。
その体が小さく震えているのは命の危機が迫る恐怖によるものか、あるいは不甲斐ない自分に腹を立てているのか。はたまたナーガに対する怒りがまだ残っているのか。
それは瑠璃自身にもわからなかった。
それだけ彼女の心はかき乱されていた。
しかし、それでも確固たる意志があった。
生き延びる事。
こんな所で死ねないという揺らがない意志が彼女には確かにあったのだ。それは茉莉も同じであり、ふらつきながらも何とか立ち上がり、荒い息をつきながら機を探っている。
状況はどう見ても二人の劣勢。
いつナーガによってその命が刈り取られてもおかしくないものだった。
それでも二人は諦めない。何としても生き延びてやる、と強い眼差しでナーガを睨み付けていた。
その確固たる意志に運命の女神が微笑んでくれたのだろうか。
ナーガの視線が何かに気づいたように森の中へと向けられた。
二人もまたその何かに気づいて、釣られたように視線だけ動かして森へと向けてみる。
「あー……僕は今どこにいるんだろう?」
この緊迫した状況に似合わない腑抜けた声でぼやきながら、一人の青年が森の中から出てきたではないか。ぼりぼりと頭を掻きながらいかにも旅人と言った風な出で立ちをしたその青年は、暗い青の瞳をこの戦場へと向けた。
ぼさぼさな茶髪に手を添えていた右手だけでなくその体も硬直し、当然ながらナーガや二人もまたまさかの展開に硬直してしまった。
「――――あれ? 修羅場?」
呆けたような声を漏らした瞬間、
「シャアアアアアアァァァァッッ!!」
いち早く硬直から解けたナーガがその乱入者に向かって吼えたのを見た瑠璃が、その身を反転させて一気に茉莉に向かって疾走する。茉莉も瑠璃の行動を見てすぐにポーチに手を伸ばし、一つの玉を取り出した。
「シャルァッ!?」
瑠璃が離れていくのに気づいたナーガが二人に視線を戻し、逃がさないとばかりに一気に距離を詰めていく。だがそんなナーガへと茉莉が玉についているピンを抜いて投擲し、両手を伸ばして茉莉の体を抱き寄せた瑠璃に体を預ける。
その彼女の背後で玉は弾けて強い閃光を発した。
強い閃光が辺りを包み込み、それを見つめていたナーガの視界はまたしても白く塗り潰されてしまう。
「おい、そこの! とっとと逃げるわよ!」
悲鳴を上げて目を覆ってもがくナーガをよそに、肩に担いだ茉莉を支えながら疾走する瑠璃は同じように目を抑えて「目がっ、目があああああ!?」ともがいている青年に向かって怒鳴る。
「っておい!? なんであんたまで閃光にやられちゃってんのよ!?」
「ああ、すみません……閃光玉だってこと言わなかったせいですねー」
「あ゛あ゛ぁぁぁ、もう! おらっ、暴れんじゃないわよ!」
このまま放置しておくわけにもいかず、瑠璃は舌打ちしながら疾走しながら左手で青年の体を抱え上げ、同じように肩に担いで疾走し続ける。
「おお、姉さんかっこいいですよー」
「な、なんだなんだぁ!? いったいどうなってぇぇ!?」
「うっさい、黙れ! つーか年頃の乙女に二人の人を抱えさせる状況ってどうなのよ!? 生き延びる事が出来るチャンスを願ったけど、こんなの望んでないっての、ちくしょおおおおおッ!」
運命の女神は微笑んでくれたようだが、少しばかりいたずら心が過ぎるんじゃないだろうか、と瑠璃は愚痴らずにはいられなかった。森の中を疾走しながらぼやき続ける瑠璃に、彼女に抱えられながら背後をじっと観察し続ける茉莉はぼそりと呟いてみせる。
「年頃の乙女はそれをやってのけるだけの怪力は持ってませんよー」
「同じくらいの怪力を持ってる奴がどの面提げて言ってんだ、ごるぁ!?」
「え?」
「あんただあ・ん・た! 置いていくわよ!?」
「はっはっはー、それは困りますねー。どうぞ、頑張って走り続けてください」
「まったく……こんな時までいつも通りよね、あんたは」
「それが私ですよ」
「おおおお、揺れる揺れる!? 一体何が起きているんだい!? っていうか、ここは本当にどこだーい!?」
「あんたはもう黙ってろ。あとで事情聴取してやるから!」
そんな愉快な荷物を抱えながら、何とか瑠璃は戦場から撤退する事が出来たのだった。
本当に戦場というものは何が起こるのかわからない。それでも生き延びることが出来ただけでもこの運命に感謝せずにはいられなかった。