集いし者たちと白き龍   作:流星彗

11 / 78
11話

 

 数分かけて森を駆け抜けた瑠璃はやがて開けた森にある湖までやってきていた。なかなかの大きさをした湖であり、端に視線を向ければ先ほど調査した川に繋がると思われる水の流れを確認できる。

 恐らくここはあの川の上流と思われる。

 抱えていた青年を軽く放り、茉莉を地面に下ろしてやると、

 

「はぁぁぁ……」

 

 と大きく息を吐いて少しふらついた足取りで湖に近づいていった。その水質を確認して軽く手を沈めて水を掬うと、それに口をつけて飲んでいく。

 茉莉もポーチから回復薬グレートを取り出して中身を一気に飲み干していった。背負っているインペリアルガーダーを横に置き、一度楽な姿勢を取ってふぅ、と息を吐いて体を休めている。

 そんな二人をよそに、放り出された青年は目を擦って視界が戻ってきていることを確認すると、辺りを見回してまたそのぼさぼさな茶髪を掻き始める。

 

「えーっと、本当にここはどこだい?」

「……はぁ、え? 知らないわよ。適当に走り続けたんだから。っていうか、あんたホント誰?」

 

 一通り水を飲んで喉を潤した瑠璃が口元を拭いながら振り返り、青年の問いに答えつつ逆に問いを投げかけた。

 

「いやー、誰とも知らぬ人をここまで拉致してくるとは……」

「しょうがないでしょ!? あのまま放っておいて殺られた、なんて事にでもなったら祟られそうじゃないじゃないの!」

「はっはっは、言ってみただけですよ。……んで、どちら様です?」

「いやぁ、なかなか愉快な娘たちだね。……こほん、僕は(たつみ)。ちょっとした情報屋、みたいなものさ」

 

 そう言いながら懐を漁り、しかし何かを探すように探す手は何も見つけられなかったようで、「あれ? どこいったかな?」と両側の懐を探し続ける。しばらく探る手を動かし続けたようだが、「うーん、見つからないなぁ。ごめんね」とぺこぺこと頭を下げてくる。

 

「情報屋、ねえ……じゃあなんであんな所に現れたわけ?」

「なんで、といわれても……ははは、困ったなぁ。ただ道に迷っただけだよ。なんでもこの辺りに謎の存在が猛威を振るっているって話じゃないか。これは調べる価値があるなーっとやって来たはいいけど……ははは、困ったものだねぇ」

 

 道に迷ってあんな所に現れた、と。これはこれは運の悪い人だ。しかもそれでナーガとばったり出会ってしまうなんて不運以外の何物でもないだろう。恐らく自分達がいなければこの巽という青年もまた犠牲者の一人に加えられていたに違いない、と瑠璃は思う。

 見たところ巽は大して強くないように思える。体つきはいいようだが戦う者としての気迫がない。一般人よりも少し上くらいだろうか、と瑠璃は分析した。

 

「ふむ……情報屋という事は今までいろんなことを調べてきたんですよね? 例えば……辻斬りに関する事とか」

「もちろんさぁ」

 

 にっと笑って彼は背負っていた鞄から手帳をいくつか取り出して中身を確認していった。恐らくそこには今まで集めてきた情報が記されているのだろうと二人は思ったのだが、「あっ」と巽の手元が狂ったのかいくつかの手帳が地面に落ちてしまう。

 ぱらぱらとページがめくれながら落ちていくその手帳を慌てて拾い上げていく巽。茉莉もそれを見過ごせず、巽と一緒に手帳を拾い上げていくのだが、その手帳が開いている為にその中身が見えてしまうのはしょうがない。

 

(……? (いくさ)アイルーの集落、歴史の裏で暗躍した忍の一族。各地で確認され始める蛇竜種に、大砂漠で人やモンスターが食い荒らされる謎の事件。……ふむ?)

「っと、あー!? ちょ、ちょっと、困るよー」

 

 茉莉が内容に目を通しているのに気付いた巽が慌てて手帳を回収していく。しかし色々気になる点が書かれていたように思える。特に確認され始める蛇竜種という点が。

 

「もしや、蛇竜種……ナーガに目をつけていたので?」

「……うーん、そうだね。本当にナーガがいるのかどうかはわからなかったけれど、まさか本当にナーガがいるとは思わなかったねぇ」

「一歩間違えれば死にかけていたのに、なかなかの肝っ玉ですね」

「いやぁーあっはっはっは、今までもこういうことはあったけれど何とかこうして生き延びてきたからねぇ」

「悪運が強いってことなのかしら」

 

 ジト目になりながらいつの間にか瑠璃もまた一つの手帳を手にしていた。どうやら彼女の方にも転がっていったらしい。彼女の視線はちらっと手帳に向けられており、ざっと内容を確認している様子だ。

 

(最後の星の伝説、地方で悪政を行っていた領主たちが次々と死んでいく事件、盲目の剣士に剣豪アイルーに破壊の焔?)

「あーっと、それも僕のだよー。っと、ん? よく見たら確かそれだよそれ」

 

 瑠璃から手帳を返してもらい、ページをめくっていって目的の情報を見つけ出したらしい。他の手帳を鞄にしまうと手帳の情報を確認しつつ話し出した。

 

「辻斬りにやられた被害者たちの傷の様子だとね、傷は刀傷によるものだということ。しかも先日殺された獣牙流の人は致命傷の傷を三つ負わされていたんだね。わかる人ならばそれが秘剣・燕返しによるものだって事がわかるねぇ」

「燕返し、ですって? んなバカな。それってそう簡単に習得出来るもんじゃないでしょ? っていうか、聞いた話じゃそれって殺された人が習得しているって話じゃなかった?」

「そうだねぇ。でも、傷を見る限りじゃそれは間違いなく燕返しによるものさ。それがある以上、辻斬りはかなりの剣の腕を持っているという事になるねぇ」

 

 どこまで調査しているのかはわからないが、負傷した傷についてまで調べられたのだ。情報を集めるという点においてはもしかすると巽は優秀なのかもしれない。

 しかしそれでも気になる点はある。

 

「他の犠牲者の傷は?」

「一太刀。それで致命傷が多いらしいよ。首切断、上半身分断、心臓を一突き。これらが目立つかな。でも中には流派の技によるものと思われる傷が確認できたとあるねぇ。……でも、これ以上詳しい事は言えないなぁ、ごめんね」

 

 あっはっは、と苦笑しながら頭を掻くその姿は人のいい青年にしか見えない。一体どれだけの情報を集めて記録しているのかはわからないが、彼の言葉に嘘は感じられなかった。

 しばらくそんな巽をじっと見つめていた茉莉は口元に指を当てて考え込み、一つ質問をしてみる事にした。辻斬りの情報はこれ以上出せないというならば、別の情報について訊いてみよう。

 

「では、戦アイルーとはいったいなんです?」

「戦アイルー? こっちは剣豪アイルーって見えたけど」

「あちゃー、それも見えちゃったのかい? いやぁ、参ったなぁ……」

 

 本当に困ったように頭を掻く巽ではあるが二人の視線がそれを語れ、と言わんばかりの強い眼差しだったために、やれやれと首を振って別の手帳を開いて話し始めた。

 

「戦アイルーっていうのは戦いの技術を高めたアイルー達の事だよ。オトモアイルーのようにハンターと一緒に戦うアイルーもいるけど、大抵はギルドや国に軍隊の一員として飛竜らと戦っている存在だね。例を挙げればヤマト国とかかな」

「つまり……あたしたちハンターみたいなアイルーって事?」

「簡単に言えばそういう事だね。彼らは他のアイルー達と違って戦う事に特化しているから鍛え方も結構違う。だからなのかな、オトモアイルーと違って手にする武器も君達ハンターのものでも問題なく振るってしまうアイルーもいるんだよ。中には人に変化して戦うアイルーもいるくらいだしね」

 

 その説明を聞いた二人の頭に一匹のアイルーが浮かび上がる。六年前にあの兄弟らと共に戦ったというアイルーの事が。

 彼女はアイルーなのにハンターの武器を振るい、また人に変化する事も可能としていた。彼女の戦力はまさに一人のハンターとして申し分ないものだった。あれほどのアイルーがいるのかと話に聞いていた二人は驚いたものだが、実際にあのアイルーの実力は本物だったとか。

 

「そして剣豪アイルーというのは、その戦アイルーの中で剣術の力を高めたアイルーの事だね。その中で名が売れているのは確か……神風だったかな?」

「神風? 速いんです?」

「それもあるけど特攻を好むその戦闘スタイルかなぁ。捨て身の斬りこみで一気に道を切り開いていくその勇姿が、人々のイメージに強く焼き付いているんだろうね」

 

 うんうん、と頷きながら思い返すように軽く空を見上げる。もしかすると彼はその神風と呼ばれているアイルーに会った事があるのかもしれない。

 いったいどんなアイルーなのだろうか。兄弟達と共に戦ったアイルー共々気になるところではあるが、今はそれは横に置いておくとしよう。

 

「……ま、そのアイルー達についてとか他の情報とか気になる点はあるけどさ、今はあのナーガよ。奴は絶対後を追ってくるはずよ。切り抜けるための方法を考えないといけないわ」

「巽さん、あなたはナーガがここにいるとふんでいたんですよね?」

「あくまでも可能性、の話だけどねぇ」

「ではあなたが優秀な情報屋と見て訊きますが、ナーガについての情報は持っているのです?」

「持っている事は持っているけれど、今判明している特徴とかギルドが得た情報とか、そういうのだけだよ? あくまで僕は一個人の情報屋みたいなものだからねぇ」

「構いません。今は少しでもナーガというものについて知りたいのです。戦うにしろ逃げるにしろ、ね」

 

 近年ようやく存在を把握し、情報を少しずつ集め始めたがそれでもナーガについては少ししか図鑑に載っていない。蛇竜種を纏めている図鑑はある事はあるが内容はまだ充実しているとはいい難いものだった。

 外見的な特徴、どういった攻撃をするのか、どこに生息しているのかぐらいしか把握しておらず何が弱点なのか、どういったものが苦手なのかまでは茉莉は把握していなかった。

 あれはまず間違いなく上位個体、それも中から上のランクに位置するであろう実力だ。

 今の自分達の実力で勝てるかどうかはあやふや。あの数分間の攻防で自分達が劣勢だったのは明白。これから反撃に転じたとして本当にあれを討伐できるかなんてわからない。

 絶対に出来るのか、と訊かれてもはっきりと答える事なんて出来はしないだろう。

 では撤退するべきか?

 今ならばそれも可能かもしれない。一時撤退して体勢を立て直し、もう一度ナーガに挑むという選択肢もあるだろう。だがはたしてナーガが今後もここに留まるかという疑問もあるし、リベンジを仕掛けたとして勝てる保証もない。

 それに撤退そのものが成功するかどうかも分からない。何せ今、ここには部外者……一般人の巽がいるのだ。彼を抱えて逃げ切れるかどうかも分からない。本人曰く悪運が強いとの事だが、そんな不確かなものに頼れるかという話だ。

 

「えっと、闘蛇ナーガ。蛇竜種の中で突然変異を起こし、人族のような上半身を手にした蛇。発達した筋力によって繰り出される腕の攻撃、鋭い牙による噛みつきや牙から漏れる毒による近接攻撃。体内でつくりだされた毒を含んだガスや、毒液といったものを吐き出す遠距離攻撃を持つ。また、蛇としての尻尾の使い方も巧みであり、相手を締め上げるだけで窒息や骨折を促すだけの力を誇り、素早い蛇行による回避術、尻尾と腕の力で行われる場所を選ばない移動力といった点も見逃せない」

「……基本情報ですね。ではそんなナーガを攻略するに使える情報は?」

「そうだねー……あ、こんな情報があるよ」

 

 ナーガについて書かれているページを流し読みし、次のページをめくって内容を見た巽はそれに指を添えてじっとその綴られた情報を確認していく。

 

「自分で毒を作り出しているおかげで毒に対する耐性はあるみたいだね。でも麻痺毒、眠り毒に関しては並みくらいの耐性しかないようだよ。罠肉に対しては意識を向けた事はあるけれど食べる事はなかったようだね」

「属性に対する耐性は?」

「それについては完全には判明していないようだね。ただ蛇という点があるから……他の蛇竜種のように氷に対しては弱いんじゃないかな」

「氷ですか。……コード・ノーマル」

 

 肩に纏めているローブを広げ、中から白い毛皮を使用したガンランス、ヘルスティング改を取り出した。ドドブランゴの素材を使用したこのガンランスは氷属性を内包しているため、もしかするとナーガに高いダメージを与える事が出来るかもしれない。

 インペリアルガーダーをローブへと戻し、ヘルスティング改に弾薬をリロードさせるとそれを背負ってポーチから地図を取り出した。とはいえこれは狩猟エリアのみが記されたものであり、ここにはこの湖らしきものは書かれていない。

 どうやら狩猟エリア外にやってきてしまったようだ。こうなってしまうと自分達がどこにいるのか把握しづらい。なにせ旅人である自分達はこの辺りの正確な地図なんて持っているはずもない。

 あるのはこの狩猟エリアを記した地図と、そこに至るまでの道がある地図のみ。

 あとはこの東方の広いエリアを記した大まかな世界地図ぐらいなもの。広いエリアを纏めて書いているため大まかな道のりがわかるが、しかし細かい所までは把握できないのが特徴のため、当然ここがどのあたりかなんてわかるはずもない。

 だが茉莉はじっとこの狩猟エリアの地図を見つめ、自分達がどういったルートを走ってきたのかを頭の中に思い描いていた。

 

「たぶん私達はこの辺りにいると思いますね。ナーガに会わずに一旦ベースキャンプに戻るには、あちらを進んでいけばいいと思います」

「ナーガとは戦わないって方針?」

「戦いたいのです? 正直なところ、勝機はほとんどないですよ?」

「それでもあれを放置しておくわけにはいかないでしょ。……もちろん撤退した方がいいってのはあたしだってわかってる。……でも、まだ背を向けて尻尾を巻いて逃げるってのがどうしてもあたしには無理。まだあれに対して出来る事があるわ。あたし達はそれを持っている」

「…………これですかね?」

 

 そう言って茉莉はポーチから取り出したのは指の間に挟んだ三つの投げナイフ。その先端には透明なキャップが付けられており、刃には何かの液体が塗られ、日の光を受けて鈍く光を反射していた。それに瑠璃は頷き、ぽんぽんと肩に纏めているローブを叩いてみせた。

 

「まだここに使えるものは残っているわ。ただ攻めても崩せない敵だったら、搦め手を使ってでも打ち倒すしかない。出来る事があるならそれをやっておきたいのよ」

「……ふぅ、やれやれ。本当に負けず嫌いですね、瑠璃は」

 

 投げナイフを懐に入れながら茉莉は嘆息しつつ小さく苦笑した。彼女としては撤退した方がいいんじゃないかと冷静に考えていたのだが、どうも瑠璃は小さな可能性を逃したくはないらしい。

 確かに自分達はまだ切っていない手札がある。あくまで先ほどの戦いは武器と自分達の実力のみで戦っただけであり、ハンターが使う道具をあまり使っていなかった。そうするだけの余裕がなかったとでも言うべきか。

 あの時はただナーガがここにいたという事と、その想像以上の実力に驚いていたという事もあってそれを失念していたのだ。

 しかし今ならば、冷静にナーガと相対する事が出来るはずだ。そうすれば小さな勝機を掴めるチャンスが生まれてくる。自分達はまだ完全に負けていない、こうして戦う意志があり、戦えるならば完全な敗北を喫したわけじゃないのだ。

 瑠璃の目はまだ死んでいない。

 

「……でも」

 

 だが瑠璃は目を閉じ、じっと茉莉を見つめて少しだけ気遣うような声で続けた。

 

「茉莉が戦えないって言うなら、ここは素直に撤退するわ」

「…………」

 

 茉莉は先ほど大きな負傷をしたのだ。それを瑠璃は忘れたわけではない。

 むしろあそこで退いたのは茉莉が地面に叩きつけられたせいだ。あれほどの攻撃を受けたために一時撤退を選択し、そのチャンスを窺っていたら巽が現れたためにそれを見逃さずに利用した。

 こうして休息を取ったとはいえ、完全に体調が戻っているとは限らない。自己治癒力が高く、回復薬グレートを飲んで回復してはいる。だが茉莉のそのポーカーフェイスの下で苦しみが残っているならば、瑠璃は素直に退く事を選ぶ。

 彼女は負けず嫌いではあるが、同時に妹思いでもあるのだ。

 そんな姉を見てまた茉莉はやれやれと息をついた。しかしそれは呆れたようなものではなく、優しさが含んだものであり彼女の口元もうっすらと笑みを形作っている。

 

「大丈夫ですよ。まだ私も戦えますから。そう心配するようなことはありません」

「本当に?」

「ええ、本当ですよ。それに私だってもしもの時に備えて戦うためにこれを出したのですから、戦う気力はありますよ。ただ自分から打って出る、というのが少々問題だったわけですからね。……ですが、瑠璃がそうやる気になっているというならば、それを支えるのが私の役目ですよ」

 

 ふっ、とポーカーフェイスを崩しながら微笑を浮かべて瑠璃に頷いた茉莉は、すぐにその笑みを消して巽へと振り返る。二人が再びナーガと戦う意志を固めたならば、問題となるのはこの巽となる。

 一般人である彼をこの先どうするかというのが問題だ。

 再びナーガと鉢合わせた場合、足を引っ張ってしまうのは間違いない。というよりナーガに狙われた場合、まず間違いなくさっさと丸呑みにされてしまうのが目に見えている。

 

「巽さん、あなたはどうするんです?」

「僕かい? いやぁ……僕は早いところこの森を抜けて、近くにあるという町で事件について話を聞いていきたいところだねぇ……。でも、本当にナーガがいるとわかった以上、ナーガについての情報を集めたい気持ちもあるんだよ。それに、一人で抜けれる自信もないなぁ……」

 

 あっはっは……と乾いた笑いを浮かべながら困ったように頭を掻く巽。確かに彼が一人でこの森を抜けられるかどうか怪しいだろう。たった一人で行かせた場合、ナーガがその気配を辿って二人ではなく彼の方に向かう可能性だってある。

 そうなれば間違いなく彼の命はなくなったも同然か。

 成り行きとはいえ本当に厄介な荷物を抱えてしまったと瑠璃は苦い表情を浮かべる。

 

「しょうがないわね……じゃああたし達についてきなさい。一人で行動するよりはマシでしょ」

「い、いいのかい?」

「そうですね。もちろん、戦いが始まれば離れていて巻き込まれないように、あるいは自分を標的にされないように気をつけてくれればそれでいいですよ」

「わかったよ。ありがとう、助かるよ」

 

 まだ乾いたような笑顔を浮かべながら頭を掻く巽ではあるが、安心したような息を漏らすところを見ると彼とて一人で行動するのが心細かったとみえる。彼とて好んで死にたいわけではない。小さな生きる道があるならばそれにすがりつきたいのだろう。それが例え年下の少女二人だったとしても。

 これからの方針が決まったならば、早速行動に移したいところだ。

 茉莉が広げていた地図にもう一度視線を落とし、周囲の気配を探ってナーガが動いているのか否かを判別してみる。しかしやはりというべきか奴の気配はほとんど感じられない。

 あの時遭遇した時も、草むらの陰に瞳らしきものを見つけるまでナーガがあそこにいた事に気づかなかったのだ。まず間違いなく気配を消す事に長けていることは明らか。となれば自分達を追ってきている今この時もまた気配を消しているのは間違いない。

 

「私が前を歩きます。その後ろに巽さん、殿に瑠璃で移動しましょう。今はベースキャンプに戻るルートを歩きましょう。その途中でナーガに出くわせばそのまま戦闘、出会わなければベースキャンプで休み、巽さんはそのまま森を出る。その後私達は再び森に入ってナーガを探してみる、という事でどうです?」

「……ん、異論はないわ。あんたもそれでいいでしょ? あたしたちのベースキャンプに戻りさえすれば、あんたはそのまま安全に森を抜け出せるはずよ」

「そうだね。僕もそれに異存はないよ。本当にすまないね……」

「いえ、お気になさらず。では行きましょう」

 

 地図を広げたまま茉莉は歩きだし、湖から伸びる川へと進んでいく。この川を下っていけば先ほど調査した辺りまで戻れるはずだと茉莉は推測していた。狩猟エリアの端にあるこの川の上流がここの湖であり、先ほど調査した場所がだいたい真ん中程のエリアであるとアタリをつけている。

 ならばここまで戻る事が出来たならばあとは順調にベースキャンプへと戻れるはず。

 何事もなければ、の話ではあるが。

 

 それから数十分かけて川を下り、茉莉は地図と周囲を交互に見て現在地を確認した。辺りを見る限り見覚えのある風景がそろそろ見えてくるはずだった。時折森の方へと視線を向けてナーガが奇襲を仕掛けてこないかも警戒しながら進み、目印となってくれるであろうものを探してみる。

 そしてようやくそれを見つけた。

 

「……あった」

 

 茉莉がそれに向かって近づいていくと、同じように瑠璃と巽もそれに近づく。

 それは地面に残された犠牲者の存在を示すもの。乾ききった血痕だった。

 

「これは……血痕かい?」

「ええ、そうです。数日前にナーガによってやられたものと思われるハンターの血痕です。先ほど私達はここに来てこれを見つけたのですよ」

「ということは、ここまで戻って来たって事ね」

「あとはこの道を進んでいき、アオアシラの足跡があった方角の道を進んでいけば広場に出るでしょう。そこまで戻ればベースキャンプまでもう少しですよ。さ、行きましょう」

 

 血痕をじっと見つめている巽を促して川から離れて道を歩く。この先にはT字の分かれ道となり、地図によればそこを左折する事によって獣道を歩かずともあの広場に出る事がわかった。

 ならば獣道を進まずに安全な道を選んだ方がいい。気持ち足早に歩きながら件のT字の分かれ道に差し掛かり、一度周囲を警戒して左折すると順調に道を進んであの広場まで戻ってくる事が出来た。

 ここはアオアシラが食事したと思われる広場であり、ブナハブラの巣らしきものが確認できた広場。ようやくここまで戻ってこれたと小さく安堵の息を漏らす。

 

 だが、それを許さないのが奴だった。

 

 はっと息を呑んだ瑠璃がローブを翻しつつその中へと手を入れ、素早くそれを抜きながら刀身に気を纏わせて目の前に立ててやる。すると木々の間から飛び出してきたそれが抜かれた得物に尻尾を叩きつけてきた。

 

「う、うわあっ!?」

「くっ、うぅ……追いついてきたみたいね……!」

 

 抜き放った新たな武器、火竜剣【火燐】で奴――ナーガの尻尾を受け止めた瑠璃が苦々しい声で呟いた。現在の形状は二つの刃を纏めた長剣スタイル。二つの刃が合わさった事で強度を増し、加えて気を纏わせる事で更に増したそれは、折られることなくナーガの尻尾を受け止められた。

 

「巽さん、下がって!」

「う、うん……!」

 

 茉莉が巽を庇うように前に出ながら懐に手を伸ばす。取り出したのは当然先ほどそこに収めた投げナイフだ。刃先にあるキャップを取り、一度そこに塗られているものを確認して指の間に三本挟んで構える。

 巽は慌てて逃げ出し、草むらの中に飛び込んで邪魔にならないようにしつつも、隠れながらもその戦場を振り返って様子を窺う。完全に逃げ出してもいいものだが、たった一人でどこまで逃げ切れるのかも怪しい。

 なので一旦離れるだけに留まったらしい。

 

「茉莉! そっち頼むわよ!」

「任せてください!」

 

 火竜剣【火燐】を構えてナーガと相対する瑠璃。

 投げナイフを構えながら攻撃する隙を少し離れた所で窺う茉莉。

 

 今、ナーガとの戦いが再び始まる。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。