「シャルァ!」
叩きつけた尻尾を引き戻し、しかしすぐにしなる鞭のように操って瑠璃を側面から弾き飛ばすように振るってきた。当然それを回避するように跳躍した瑠璃ではあるが、ナーガはそれを読み切って軽く息を吸い、口から毒液を弾丸のように吐き出した。
「くっ、これがこいつのブレスってわけね!」
それは毒液なのだろうが、その描く軌道と速さからしてリオレウスの火球……すなわち飛竜の行使するブレスのように思える。だが何とかそれを回避し、牽制するように火竜剣【火燐】を振るって火炎を引き起こした。それをそのまま刃と化してナーガへと振るってやる。
燃え盛る火の刃はまるで意志を持つようにナーガへと襲い掛かる。振り下ろされた後はそのままナーガへと喰らいつく蛇のように動き、側面、下からと何度もナーガへと向かっていく。
その動きにナーガは唸りながら腕を振るって炎を振り払っていくが、瑠璃が火竜剣【火燐】を振るうたびに刀身から炎が噴き出して新たに作り上げるためいたちごっことなる。
その隙をつくようにタイミングを窺っていた茉莉が構えた投げナイフに気を流し込み、一気に振り抜いて三つの気刃を放った。刃に塗られている成分を含んだ気刃はナーガへと届くが、ナーガはそれを気にした様子もなく火炎を操る瑠璃に意識を向けたままだ。
「ふっ、はっ!」
右手を振るえば三つの気刃が放たれ、何度も振るってそれをナーガへと傷つけていくのだが、それは瑠璃が放つ気刃と比べると薄いもので、ナーガに対してダメージになっているとはいい難い。
だがそれでいい。
元よりこれはダメージを期待した攻撃ではなく、投げナイフに塗られた成分を、気刃を通じてナーガに与える事なのだから。
瑠璃が気を引きつけている間に茉莉がそれを仕込んでいく。その効果はようやく表れ、突如ナーガが痙攣を起こしながら動きを止めてしまう。
「グ、ガ、グゴゴゴ……!?」
気刃によって打ち込まれた麻痺毒の効果だ。何とか動こうともがいているようだが、体を巡る麻痺毒によってそれは微々たるものでしかない。この好機を逃すことなく二人は一気に攻勢に出る。
「炎剣――」
瑠璃は放出していた火炎を一度退かせて刀身に纏わせ、己の気と混ぜ合わせて一気に高めながら火竜剣【火燐】を一度構える。そしてナーガへと一気に急降下して奴の首を狙って渾身の一撃を放つ!
「――
薙ぐようにして振り抜かれた一撃はナーガの首を刎ねかねない程の勢いで、それに加えて刃の軌跡に従って火炎が尾を引きながらナーガの体を焼き尽くしていく。
だが瑠璃の狙い通りにナーガの首は刎ね飛ばされなかった。何とか首を守るように短く動かされた腕によって守られ、しかし腕に鋭い傷を刻むというダメージを与えるだけに留まった。
麻痺毒に侵されながらもなお己の命を守るという一点で動いたその腕。これによって命は繋いだようだが、続いて懐に入ってきた茉莉の攻撃が行われる。
麻痺投げナイフはポーチに戻され、構えられたヘルスティング改の刃がその胸を狙って突き出される。だがやはりというべきか刃は強靭な胸を深く貫くには至らない。しかし銃口からは既に溜められたエネルギーが存在しており、引き絞られた引き金に当てられた指を離せばその胸を焼く溜め砲撃が放たれる。
続けて動けないナーガに更なる一撃を加えるべく、ヘルスティング改のギミックを動かして引き金を引き絞れば、銃口に先ほど以上のエネルギーが収束していく。その高められていくエネルギーを感じ取ったナーガは何とかして防御体勢を取ろうとするが、体を侵す麻痺毒がそれを許さない。
「竜・撃・砲ッ!!」
轟音を響かせながら放たれたガンランス最大攻撃により、ナーガの胸から頭にかけて一気に強い爆撃がはしりぬける。これをまともに受けてしまったのだ。これでも無傷というならばそれはどんな化物だ、という話になってしまう。
古龍でもなければ無傷というわけにもいかないだろうその攻撃を受け、ナーガの体は反り返り、その勢いのまま後ろへと吹き飛ばされてしまった。
茉莉もまた竜撃砲の反動で軽く後ろに飛ばされるが、何とか衝撃を堪えて体勢を立て直す。瑠璃も一度着地して軽く火竜剣【火燐】を振った後、仰向けに倒れ伏すナーガを観察するように睨み付けた。
「…………っ」
ぴくり、と体を小さく振るわせたナーガは、竜撃砲を受けた頭を押さえながらゆっくりと起き上っていく。麻痺毒からも解放されたらしく、その動きは竜撃砲を受けたダメージによって怠慢になっていた。
それでも奴は生きている。ならば戦いは続行だ。
重いダメージを受けているナーガに容赦するはずもなく、すかさず瑠璃がナーガに向かって火竜剣【火燐】を構えて斬りかかっていく。
「グ、……シャァァアアルァッ!!」
だがナーガは怒りの篭った咆哮を上げながら尻尾を振るって瑠璃へと牽制する。その隙をついて起き上り、竜撃砲によって負傷した顔を押さえながら小さく体を震わせ始める。
「シャルァ!」
漆黒の瞳が血走り始め、目の周囲の血管も赤く浮かび上がり始める。恐らく怒り状態へと移行したと思われる。だがその上半身は確実に竜撃砲による影響がゼロではなかった。
顔の鱗は所々吹き飛ばされ、焼け焦げ、若干血を滲ませている。また火竜剣【火燐】の一撃を受け止めた右腕は一筋の傷を作りだし、傷口を同時に焼かれたことで血は流れていないがぱっくりと開いた傷が一撃の鋭さを物語っている。
ぐぐっと力を篭めれば鱗の下の肉が膨張し、強引に傷を塞ぎにかかった。手の先の爪が鋭く伸び、血走る瞳は瑠璃と茉莉を交互に眺めて狙いを定めている。忙しなく舌が出し入れされ、震えている。瑠璃を牽制していた尻尾を引き戻したナーガは、ついに瑠璃へと本格的に攻撃するために前に出る。
「シャルァアッ!」
「くっ、スピードが増してるわね……!」
一気に距離を詰めてきたナーガはその勢いを乗せた突きを放ってくる。それは瑠璃の頬を掠め、しかしそれだけで彼女の白い肌に薄く血を滲ませた。初撃は突きが来る、とわかっていたはずだが、その速さが想像以上だった。
躱せたのはたぶん突きに備えていたからに他ならない。そうでなければ首を裂かれて致命傷になっていたはずだろう。
だがナーガの攻撃は終わらない。左右交互に爪を突き出して瑠璃のその白い肌を貫き、赤く染め上げようとしている。俊敏に動くことを念頭に置かれているナルガシリーズは若干守りが薄いため、もしあの爪が当たりでもすればまず間違いなく貫かれるだろう。
(速い、そして鋭い……! でも今はこれを凌ぐ……凌がなくちゃならない!)
左右の突きから、今度は頭から叩き潰す攻撃や瑠璃の腹を穿つ攻撃も交えてきた。それを回避し、火竜剣【火燐】で受け止めていくのだが、金属の立てるその音が次第に大きくなっていく。
(く、おも……っ!)
重い一撃だ。両腕が攻撃のその重さに耐えきれず震え始めてきた。
ちらりと横に視線を向けてみると、茉莉が地面に何かを設置しているところだった。ポーチから取り出した一つの物体、それは落とし穴だ。地面に設置させて起動させればギミックが作動してそれを中心として円形に地面を柔らかくさせる成分を浸透させ、内蔵されているネットが広がるという仕組みになっている。
あとはその上に一定の重量があるものが乗れば一気に地面に落とし、ネットがそれを絡め取って一定時間その場に留めてしまう。
強力なモンスターを相手にするならば、必需品と言われているほどハンターにとって大事な道具の一つだ。それを設置し終えると、指を立てて火を起こし、軽く宙へと舞い上がらせて小さく弾けさせる。
その合図を受けた瑠璃はナーガの攻撃を捌き、回避しながら茉莉の下へと下がっていく。すると当然瑠璃に意識が向けられていたナーガは彼女の後を追いながらも攻撃を続けていく。
奴は完全に頭に血が上っている。このまま落とし穴がある場所まで引き付ければ、再び一気に仕掛けるチャンスが生まれるだろう。
「シャルァ!」
だがここでナーガは突き、振り下ろしという両腕の攻撃に尻尾を使った攻撃も混ぜてきた。今まで火竜剣【火燐】でナーガの攻撃を防御してきた瑠璃ではあったが、やはりナーガのそのパワーの影響からは逃げられなかった。
(……っ、腕が……!?)
火竜剣【火燐】を振るい、ナーガの攻撃を受け止めるために使われた両腕の力が少しずつ低下しつつあったのだ。守る力が弱まったのを見逃さず、振るわれた尻尾が瑠璃の体を吹き飛ばし、落とし穴が設置された場所を飛び越えてしまった。
ナーガはそれを追い、更に前に出てくるが落とし穴を飛び越えるようなことはせず、地面を蛇行して進行してきた。
「シャァァ――――シャアァッ!?」
瑠璃に追撃を仕掛けようとしていたというのに、突如自分の体が地面に沈んだことにナーガは驚きの声を漏らした。続けて自分に絡みつき、地面に留めてしまうネットの存在に気づき、それを何とか引きはがそうとするも力だけで抜け出せるほど落とし穴のネットは甘くはなかった。
更に穴から出ている上半身を狙って茉莉がポーチから取り出した新たな投げナイフを構えて投擲していく。二本はナーガの体に突き刺さり、もう三本は指の間に挟んで気刃として攻撃しかけていく。
それ自体のダメージとしてはナーガにとって蚊に刺された程度のもののために、ナーガはそれでももがき続けるが、やがてぷっつりと切れた糸のように力を抜き、脱力して地に突っ伏する。
「成功です。仕掛けていきましょう」
「オーケー、……いっつつ……」
「大丈夫です?」
「平気よ、これくらい」
体を押さえながらも瑠璃は立ち、回復薬を口にして広げたローブの中に手を入れる。その奥から大タル爆弾を取り出したまでは良かったが、筋力が低下しているこの腕で持っていく事が出来るのだろうか、と舌打ちする。
同じようにローブから大タル爆弾を取り出し、落とし穴で眠っているナーガの傍へと持っていった茉莉がそんな瑠璃の様子に気づき、また「本当に大丈夫ですか?」と問いかける。
「……大丈夫よ、ふんっ!」
少し不安があったがそれを吹き飛ばすかのように、意を決して瑠璃は大タル爆弾を持ち上げてナーガの傍に置く。元より普通の人以上の力を持つ二人だ。大タル爆弾ぐらいどうという事はない。
もう一つの大タル爆弾を出し、少し離して置く瑠璃の近くで今度は大タル爆弾Gを取り出して茉莉はそれをナーガの左腕の傍に置いた。こうしている間も目が覚める様子のないナーガ。
やはり睡眠毒の効果はてきめんらしい。
これで準備は整った。
急いでその場を離れ、その途中で茉莉が肩越しに振り返って大タル爆弾Gに狙いを定めて指を鳴らす。その刺激が空気中の粒子を伝っていき、大タル爆弾Gに伝わると轟音を響かせて大爆発を起こす。
大タル爆弾Gの爆風は設置されている大タル爆弾にも衝撃を伝え、連鎖して爆発を起こしていく。森の中に響く爆音と吹き抜ける衝撃波。それから身を守るために地面に伏せて爆心地を見つめる。
竜撃砲を受けてあれだけのダメージならば、大タル爆弾三つと大タル爆弾Gに囲まれればただでは済まないだろう。いや、願わくばあれで落ちてくれたらいい。
そう願って見つめていた二人だったのだが――
『――ッ!?』
突如空気が底冷えする程の殺気が膨れ上がり、爆風を切り抜けて飛来してくるものが二人へと迫ってくる。それは体を丸めて回転しながら飛んでくるナーガだった。
素早く起き上って横に飛び退く二人だが、ナーガは一度着地して地面に手を付け、力を篭めて自分の体を回転させるとターゲットを茉莉へと定め、今度は尻尾に力を入れて高く跳躍した。
そのまま前転して力を溜めると、茉莉へと強く尻尾を叩き落とす。
「くっ……!」
もう一度横に跳びながらナーガの様子を窺うと、奴の体はボロボロだった。上半身だけ穴の上にあったため、その体のほとんどが爆弾の影響で鱗が吹き飛び、肉も裂けて血を流している。
顔に至っては左目……いや、左半分が焼け爛れている状態だった。何とか残っている右目で二人を視認し、舌を動かして周りの状況を把握しているのだろう。両腕も大きな負傷をしており、激痛がはしっているだろうにそれでもナーガは両腕を振るい続けている。
叩きつけた尻尾を中心として地面が割れ、飛び退いた茉莉の近くまで亀裂が走っていくが、何とか茉莉はその場から離れつつヘルスティング改を構える。
「シュルルルル……! シャルァァァアアアア!」
茉莉へと飛びかかりながら右手を振り下ろすナーガの攻撃を避け、カウンターを仕掛けるようにヘルスティング改を突き出す。今まで刃を浅くしか受け止めなかったナーガの胸は、その刃を通してしまうほどにまで傷ついていた。
続けて溜め砲撃を放つ茉莉ではあったが、ナーガはその苦痛をぎりっと歯噛みしながら耐え、茉莉の足を刈るように尻尾を振るう。溜め砲撃を放った反動で動けない茉莉は息を呑みながら体勢を崩し、続けてバックナックルを放つナーガの拳が頬を捉え、地面に沈められてしまった。
「シャアアァァッ!」
とどめとばかりに爪を立てて振り下ろすナーガ。だがこの場にはもう一人いる事を忘れてはならない。
「ナーガあああぁぁぁッッ!!」
高速で飛行しながら火竜剣【火燐】を振りかぶり、茉莉へと振り下ろすその右腕を斬り飛ばしてやった。宙を舞うナーガの右腕を感じながら振り返り、それに従って火竜剣【火燐】もナーガの体を薙ぐようにして振り抜かれる。
だがナーガもその速度に反応していた。
怒りの篭った目で瑠璃を見据えながら残った左手を伸ばして彼女の体を掴み、ぎりぎりとその体を締め上げてやる。火竜剣【火燐】の刃の先端がナーガの胸に当てられたところでのナーガの反撃。
火竜剣【火燐】を振り抜こうとしても、両腕がナーガの手によって締められているために動かす事は不可能。ナーガの怒りがそのまま乗せられた左手の力は確実に瑠璃の体にダメージを与え、ギリギリと骨が軋み出す。
「くっ、この……っ!」
何とか立ち上がりながらヘルスティング改を突き出すのだが、それだけでナーガが止まるはずもない。右手がなくとも左手が使えなくとも、尻尾が残っている。再びそれを振るって茉莉を吹き飛ばすかと思われたが、そうではなく茉莉に巻きつく動きを見せ始めた。
「ちぃ……、めんどうな……! 瑠璃、火炎操れますか!?」
「……っ、なんとか……やって……!」
尻尾を避けるために翼を広げて飛び立ち、ヘルスティング改で左腕を切り裂こうとしたのだが、それを察知したナーガが左腕を引きつつ下半身の力だけで下がった。だが尻尾の先端付近はまだ茉莉を狙うようにうねうねと動き、隙あらば彼女を捕えようとしている。
だがその左腕の温度が上がっていくのをナーガは感じ取った。見れば瑠璃を中心として炎が巻き起こり、ナーガの手を焼き始めていた。歯を食いしばってナーガの圧力に耐えながらも、彼女は今出来る事をやっていた。
このまま死ぬわけにはいかないという思いが篭ったその炎は、ナーガに苦悶の表情を浮かばせ、炎の熱さに耐えきれなくなったせいでついにその手を離してしまった。
しかしそれほどまでの高温まで引き上げてしまえば、火竜の血を引き継いでいる瑠璃にとっても苦痛となる。それにナルガシリーズは火属性に耐性がない。自分を締め上げたナーガの手と炎に炙られた瑠璃の体は軽いやけどを負っていた。
「はぁ……はぁ……」
脂汗を流しながら起き上ろうとする瑠璃だったが、ナーガの強い握力による締め上げは瑠璃の体に強い負荷を与えてしまったのだ。
動けるようになるまで少々時間がかかってしまう。そんな風に冷静に分析する頭と、こんなところで終わってたまるかという戦意を燃やす頭が存在していた。
しかし実際に立ち上がろうとしても体は震え、両腕も締め上げた影響も付加されて思うように動いてくれない。ぎりぎりと悔しさに歯噛みする瑠璃をよそに、
「シャアアァッ!」
ナーガは怒りに吼えながら瑠璃を睨み付けていた。
炎によって瑠璃を解放したとはいえ、まだナーガは戦える。右手を失い、瀕死に近しい状態だったとしても奴の意志は闘志に彩られている。
「シャルルルルル……!」
唸りを上げながら大きく息を吸いこんだナーガは、地べたに這いつくばる瑠璃へと毒液を撃ち出していく。毒ガスではなく毒液を選んだのは毒液の鋭さで一気に瑠璃の命を奪おうという魂胆か。
「っ!」
その前に茉莉が入り込み、盾を構えて受け止めた。だが毒液の重さは盾を通じて茉莉の腕に負荷を与え、それだけでなく毒の成分が盾を少しずつ溶かしていく。
茉莉の防御を崩せないならばとまた尻尾を振るうナーガだったが、茉莉はその場に留まるのではなく前に出ていった。振るわれる尻尾を歯を食いしばって弾き返しつつ、ヘルスティング改を突き出しながら引き金を離し、いつの間にかチャージしていたエネルギーを解放させた。
「いい加減落ちてほしいものですが……ッ!」
ナーガの眼前で弾ける溜め砲撃。更にクイックリロードを起こして一発装填してすぐに引き金を引き絞ってエネルギーを溜めこむ。そうしながらナーガの体を裂くようにヘルスティング改を振るう。
当然ナーガもそれに対抗して左腕を振るうが、その度に盾を振るって弾き返し、ヘルスティング改の刃をナーガに届かせる。一撃与えるたびに溜め砲撃をお見舞いさせてナーガが怯むようにさせつつ最大の一撃を与える隙を窺っていた。
ヘルスティング改の排熱はもう完了している。再び竜撃砲は撃ち込める状態にあった。
だがそのエネルギーを充填させる時間と体勢を確保するためにも、ナーガが数秒間動きを止めてもらわねばならない。
左腕、尻尾と攻撃を与えても茉莉はそれを盾で確実に防ぐ。瑠璃にそうしたように茉莉の腕にもその攻撃の重さによる負荷がかかっているはずだが、彼女はそれでも守りを崩さなかった。
「シャアアアアアアアアアッッッ!!」
怒りのあまりナーガは口を開いて茉莉へと喰らいつこうと体を前のめりにさせる。強引に守りを打ち崩そうとした攻撃なのだろうが、
「ッッ!!」
ここだ! とばかりに茉莉はヘルスティング改を強く突き出した。ナーガの体が沈む勢いと、茉莉の突き出すヘルスティング改の勢いの相乗効果によって刃は深くナーガの胸に沈んでいく。
それでもナーガはガチンッ! と歯を鳴らしながら茉莉の体に喰らいついた。
「…………っ」
――しかし、その噛み付きは茉莉の顔のすぐ傍だった。
ナーガの動きを見切った茉莉の最低限の回避で九死に一生を得る。
「……幕を閉じましょう!」
充填させていたエネルギーを解放させ、溜め砲撃をナーガの体内で弾けさせることでナーガの動きが完全に硬直する。すぐ傍にあるナーガの口から血が噴き出すのを感じながら、ヘルスティング改のギミックを始動させて竜撃砲のエネルギーを充填させ始めた。
「グ、ググ……ッ、ガガガ……!」
震える左腕で茉莉も掴もうとするのだが、体内で膨れ上がっていくエネルギーの大きさに体の震えが止まらない。体の内側から焼き尽くされる感覚にナーガが苦痛の叫びをあげていく。
それを耳元で聞き、一歩下がってヘルスティング改の銃口をナーガの顔へと向けた茉莉は、その無表情の顔に汗を流しながら引き金を引く。解放されたエネルギーはナーガの体を焼き尽くし、無抵抗に受け止めたせいで数メートル吹き飛ばされてしまった。
ごろごろと地面を転がり、ようやく止まったナーガだったが、その体は動く気配がない。二度も竜撃砲を顔に受け、ついにその命は無残にも吹き飛ばされてしまった。
奴の死体は見るに耐えないものになってしまっている。
確かに鍛えられた体をしていたし、硬い鱗に覆われていただろうがそのほとんどは爆弾と砲撃によって吹き飛びボロボロ。硬い鱗と筋肉をしていようがその爆風には耐えられるものではなかった。
その鎧を崩されてしまい、あとはただ焼かれるのみ。あれでは使える素材はほとんど残されていない。よくて尻尾ぐらいなものだろう。
「…………」
そして勝利した二人ではあったが、彼女らもまたボロボロだった。
茉莉の左腕から盾が滑り落ち、重い息をついた茉莉は力が抜けたように膝をついてヘルスティング改を離してしまう。
辛勝。
その言葉が頭に浮かぶ。
重く鋭い攻撃を受け止め続けた左腕はぱんぱんになってしまい、さっきから冷や汗が止まらない。無表情をしているが彼女の心臓は先ほどから激しく鼓動を刻んでいた。
無理もない。
攻撃を受け止め続けている左腕はよく耐えたものだと褒めてやりたいくらいだし、あの最後っ屁の噛みつきもよく躱せたものだと思っていたのだ。カウンターを決めると同時に自分は頭から噛みつかれて死んでいてもおかしくない状態だった。
そうなってしまえば相打ちでこの戦いは幕を閉じていただろう。
(……ギリギリ、か。私達もまだまだですね……)
麻痺投げナイフ、落とし穴、眠り投げナイフに爆弾……。
ハンターが使う搦め手がなければ完全勝利出来ない。もちろんこれを使う事を恥と感じてはいないが、己の実力のみで討伐していくのがハンターにとっての最大の目標だろう。
今回はそれがなければ勝てない強大な敵だった。
体力もギリギリな上にかなり負傷してしまっている。背後で膝をついている瑠璃もまだ荒い息を吐きながら何とか立ち上がろうとしているようだが、彼女もまた締め上げられたダメージが抜けきっていないようだ。
「大丈夫かい!?」
そんな二人に巽が慌てて駆け寄っていく。ナーガが討伐されたことでもう危機は去った。隠れていた彼は背負っている鞄を下ろしながら二人に近づき、手当てをするための道具を探し出す。
「私は後で構いません。まずは瑠璃の方からお願いします……」
「わかったよ! さ、瑠璃ちゃん、これを」
鞄から取り出した飲み薬をそっと寝かせた瑠璃の口元へと持っていき、続けて身を包むナルガシリーズをどうしようかと考えていると、ふらつき、膝をついたまま近寄ってきた茉莉が口の端に回復薬グレートの瓶を咥えつつ「体は私が……。そこにあるポーチから包帯などを……」と呟きつつナルガシリーズに手を伸ばした。
頷きながら地面に置かれているポーチから祭りの指示通りに手当てするための道具を取り出しつつ、巽は二人の様子を窺い見る。茉莉の左腕はダメージの影響で震えており、もたつきながらも確実に瑠璃の装備を外していっている。
露わになったのは白い肌に浮かぶ脂汗と内出血している痕と火傷の痕。生き残るための反撃だったがそれでも完全な無傷とはいかなかった。しかしそれでも生きているだけ幸いか。
そんな姉を巽から受け取った道具を使いつつ手当てしていく茉莉。飲み干していく回復薬グレートの効果で少しずつ回復しているだろうが、それでも彼女も大きな負傷をしているはずだ。
それをおくびにも出さない彼女の姿。それが常に姉を後ろから支え続けた彼女という在り方なのか。
(辛勝ではあるけれど、この若さでナーガに勝つという点は大きい。……凄いな、この二人)
手当てのサポートをしながら巽はじっと二人を見つめながら心の中でそう思う。ハンターだけでなくギルドナイトも手を焼いた闘蛇ナーガ。自分があの場に現れるまでは奴に圧されていたこの二人が、更に傷つきながらも掴み取った勝利。
一歩間違えれば死んでいたであろう瞬間もありながら、お互いに支え合い、それぞれの役割を果たして達成した討伐という事実。
(これは思わぬ出会いだったよ。なかなか興味深い。将来性のあるハンターというのはいい情報になりそうだね)
ふっと柔らかく微笑を浮かべる巽はそれからも二人を手当てする手伝いをし、それを終えた三人は何とかベースキャンプに戻る事が出来た。待機しているギルドアイルーに成功報告を伝えると一時間の休憩をはさんで町へと戻るのだった。
こうして魔の森のクエストは成功に終わる。
だが今回のクエストは今までのクエスト以上の負傷を受ける程の難易度。覚悟していたとはいえ、ここまで傷つくとは想定していなかった。自分達が未熟であり、まだまだ上がある事をその身に改めて知る。
しかし今は一時の休息を。
竜車の中で揺られながら二人はゆっくりと眠りに落ちていくのだった。