日も暮れてくる頃、町へと戻ってくると竜車の中で眠っていた二人はゆっくりと目をさまし、竜車の中から出てきて大地に立つ。移動している間ずっと眠っていたために動けるくらいには回復していた。
アプトルを竜小屋へと届けると、酒場へと向かって歩き出した。当然あの森で出会った巽も同行し、共に酒場へと入ると驚いた顔で振り返るハンター達がいた。
どうやら夕食をとりにきていたらしい。
あの驚きようから考えて、どうやらこんなに早く戻ってくるとは思っていなかったようだ。だが逆にこんなに早く帰ってきたということは恐らく失敗したんだろう、と判断したらしい。
確かに二人の出で立ちはボロボロだ。生きて帰ってきただけでも幸運だったろう、とでも思っているのだろうが、残念ながらそうではない。
二人は受付まで向かうと、そこにいた受付嬢に報告する事にした。
「おかえりなさいませ」
「これ、報告ね」
あの森にいたギルドアイルーが確認した情報を纏めた報告書を受付嬢に提出する。それを確認した受付嬢はやはりというべきか、大層驚いた表情でそれを見つめ、交互に二人を見る。
「事実よ。何とかって感じだけれどね」
「死体はギルドアイルーが回収しているので、後程確認をお願いします」
「は、はい。ではお疲れさまでした……」
報告書を確認して判を押した事でクエスト成功となる。報酬金を受け取り、後で報酬祖座を受け取ればこのクエストは完全に終了だ。
その様子を窺っていたハンター達もまた驚きに包まれた。まさか本当に謎の存在、ナーガを倒してしまうとは思わなかったのだ。まだここにはナーガだったという事は伝わっていないが、多くのハンターが行方不明になってしまった原因を潰すというのは信じられないものだった。
辛勝ではあるが勝ちは勝ち。彼女らの見た目がボロボロという事もあり、それは厳しい戦いだったのだろうということは窺える。ハンターの中にはそんな彼女達に尊敬の眼差しを向けているが、それは彼女達の実力を認めたのだろう。
「じゃ、あたし達は宿に戻って休むから、あんたは好きに動いていいわよ」
「うん。改めて、助けてくれてありがとう。明日、また取材してもいいかな?」
「ええ、少しだけなら構いませんよ」
「よかった。じゃあ明日よろしくお願いするよ。じゃ、僕はこれで! あ、すみません、少し話を聞いてもいいかな?」
ぺこぺこと頭を下げて二人から離れていくと、酒場の客としてやってきたハンターの下へと向かっていき話しかけていく。早速情報屋として取材を始めるらしい。
そんな彼を尻目に二人は酒場を後にすると真っ直ぐに宿に向かっていった。部屋に入るとシャワーを浴び、後はまた泥のように眠り続けた。
次の日の朝、目覚めた二人は私服に着替えると朝食をとるために酒場へと向かった。かなりの就寝時間をとったため昨日の疲れはほぼなくなり、負傷の痕もある程度回復していた。
このところは流石の竜魔族といったところか。だが完全に治っているわけでもないようで、しばらくは無理をしない方がいいだろうと自己分析する。
さて、今日は何を食べようかと考えながら酒場の扉を開け、中に入って席に着くとすぐにウエイトレスがやってきてお冷とお品書きを置いてくれる。
内容を眺めて今日は和食系統にするか、と決めて注文し、数分後にそれが運ばれてくると手を合わせて食事を始めた。
朝食を頂きつつ周りの客達の話を聞く限りではナーガの死体は回収され、またギルドアイルーがざっと様子を確認した限りではほぼ安全である事が通達されたようだ。
謎の存在がナーガであるという事が知らされたハンター達の反応は大部分が「驚き」であり、そして同時に「納得」の色が見えた。ナーガならば大抵のハンターが太刀打ちできない存在だ。死体が見つからないのもナーガならば説明がつく。
しかしどうしてこんな辺境にまで現れたのだろうかという疑問も浮かんでくる。それについてはもうすぐ現れるであろう巽に訊いてみる事にしよう。
そう考えていると、当の本人が酒場の扉を開けて中に入ってきた。きょろきょろと誰かを探すように辺りを見回し、二人を見つけると「やあ、おはよう」と手を挙げながら近づいてきた。
「ゆっくり休めたのかな?」
「そうですね。また旅をする分には問題ないくらいには」
「それは良かった。……あ、すみません。注文を」
お冷を持ってきたウエイトレスに巽の注文を通すと柔らかな笑顔を浮かべて二人を見つめる。二人の朝食は食べ終えかけているところであり、もう少し待てば話をしてもいい具合だった。
やがて二人が食べ終え、お冷を飲み干すと巽がいいかな? と視線で問いかける。それに茉莉が頷く事で応えると早速巽は二人に取材を始めていく。
「さて、改めて名乗ろうか。僕は巽、個人の情報屋みたいなものだよ。今回こっちに来たのはここで謎のモンスターによる事件が発生していると耳にしたからだね。情報屋としては調査せざるを得なかったんだね」
「正体はナーガであると判明しましたね。討伐してしまいましたが、情報は集まったのです?」
「うーん、どれだけの犠牲者が出たのか、いつからその事件が起こったのか……ぐらいしか聞き取り調査ではわからなかったなぁ。でも見た感じのナーガの実力とかのあれの情報もなんとなくもわかったし、今回はこれで満足する事にするよ」
「え? あんたそんなのわかるの?」
「まあ、事件の調査だけでなく飛竜や牙獣などのモンスターの調査もしているからね。ある程度は観察眼も鍛えられてきたものだよ」
かけてもいない眼鏡をくいっと上げるようなしぐさを見せながら得意げに笑う巽ではあるが、ジト目になった瑠璃が「あんた、そんなあいつらと戦えるの?」と訊いてみると、「いやぁ……あっはっは……」と今度は乾いた笑いを浮かべる。
そんな彼に相変わらず表情を変えず、茉莉は気になっていた事を問いかける事にする。
「蛇竜種がどうのこうのというのがあったかと思いますが、それについて教えていただいても?」
「ああ、それについてだね。これについてはここ数年かけてゆっくりと確認され始めた事実だよ。この東方で場所を問わずに蛇竜種の動きが以前よりも活発になってきているんだね。乾燥地帯ではヒュドラをはじめとする多頭蛇竜、森ではグレイハブをはじめとする蛇竜。そしてナーガという新たな分類、蛇人種。噂では火山でも見た事のない蛇竜種らしき影を見たという話もあるくらいだね。それくらい蛇竜種が多く確認されているんだよ」
「原因はわかっているのですかね?」
「わからない。ギルドでも原因を究明している途中だね」
首を振りながらそう言えば、「そうですか……」と頷きつつ茉莉は考え込むように顎に指を添える。彼女なりに原因を考えてみようとしているようだが、当然ながら東方の事情をあまりよく知らず、蛇竜種についてはまだまだギルドで研究中なため情報もあまりない。
それで蛇竜種が活発になってきている状況を説明できるわけがなかった。
「多くの意見は数年前に発生したアクラ・ヴァシムのように、大量発生しているんじゃないかっていうものなんだけど、確かにこれは一理ある。数を増やしているのは紛れもない事実なのだからね。でも、これは異常だ」
「確かに。一種類だけならばそれも説明が付きますが、蛇竜種という分類だけが一気に増えたのは謎です」
茉莉の言葉に巽はまたふっと笑うと手帳を開き、そっと身を乗り出して二人に静かに話しかけ始めた。
「僕なりに考えてみた事なんだけどね、これは蛇竜種の上に立つ存在が動き出そうとしているんじゃないかって思っているんだ」
『っ……!?』
そのトンデモ発言に二人は息を呑むしか出来ない。一体この人は何を言っているのか?
だが巽の瞳は本気だった。彼なりの推測ではあるようだが、彼は本気でこの話をしているらしい。
「蛇竜種の上に立つ存在って……何なのよ?」
瑠璃も抑えた声で巽に問いかける。
「蛇竜種の中で最も力を付け、古龍種まで上り詰め、華国にとって縁深い存在――」
開いたページをそっと二人に見せる。そこには三つの頭を持つ巨大なヒュドラが描かれた紙が貼られていた。
「――
「冥蛇龍……」
「ディス・ハドラー……」
蛇竜種の中で最古参にして最高峰とされる伝説種に数えられた古龍種。華国を中心に東方で数百年の時を経て現れ、何度も国を滅ぼしてきた存在だ。現れるたびにハンターや国の総力を挙げて撃退してきたが、討伐には至る事ほんの一、二度と言われている。
多くの場合は人が敗れ、国を滅ぼされるに至ってしまったのが歴史書に記されている。
「……はっ、そりゃないでしょ。蛇竜種が活発になったから冥蛇龍が現れる? どうしてそうなんのよ? 過去にそういうケースがあったって言うの?」
「いや、ないよ」
「じゃあ根拠がないじゃない」
「そうだね。……でも、六年前にこんなケースがあったじゃないか」
六年前、と聞いて瑠璃の表情が硬直する。茉莉も真顔だったのがそこで固まってしまった。六年前といえばあの大事件しか頭に浮かばない。あれに関わった人達と交流があったのだから無理もない。
そして巽は二人に見せていた手帳を戻し、ページをめくって話し出す。
「六年前、かの伝説の黒龍ミラボレアスが降臨した。あの頃は確か黒く染まった飛竜……狂化竜と呼ばれた存在がドンドルマを中心として確認されていたんだよね。あれらが各地を跋扈し、猛威を振るっていた事は記憶に新しい。……そしてハンターやギルドナイト達の活躍もあって着実にその数を減らしていったけど、それが闇を高める要因となり、ミラボレアスを呼び寄せた。調査した結果そこまで考えたんだけど」
「…………」
ほとんど当たっている。当事者ではないため詳しくは知らないが、狂化竜がミラボレアスを呼び寄せる要因の一つとなっていたという事は耳にしていた。
「今回もまたミラボレアスのようなケースで、ディス・ハドラーも現れるんじゃないかって推測しているんだ」
「……狂化竜を蛇竜種に置き換えた、という事ですか」
だが狂化竜は人為的に作られた存在だ。今巷を騒がせているという蛇竜種とは違うだろう。彼らもまた人為的に活発にされているというならば話は別だが、そんな事をして何になるというのか。
……まさか、また誰かが何らかの目的のためにあのような大事件を引き起こそうというのか?
もしディス・ハドラーを本当に呼び寄せようというならば、今度は国滅ぼしのための召喚? いやな予感が頭によぎってしまう。本当にそうだとするならば……色々とめんどうな事になってしまう。
ただでさえ今の世情はかの血統に対して否定的になっているというのに、その上で再び伝説種の襲来だなんてどうしろというのだ。あの人達に助力を求めたとして、果たして周りの人々はその助力を受けるのだろうか?
振り払い、石を投げつける光景しか頭に浮かばない。
例え彼らがミラボレアスを討伐する事が出来たハンター達の一員だったとしても。
そんな想像をしていた茉莉は一度目を閉じて緊張を少しずつ解き、ポーカーフェイスをその顔に貼りつけなおして話を続けていく。
「だとしても、蛇竜種が活発だからといって冥蛇龍へと結びつけるのはいささか情報が少ないかと」
「……そうだね。僕も早計かな、とは思っているけど……それでも最悪を想定してしまうんだよね。起こってからでは遅い、それは六年前もそうだったと僕は思っているから。それに、あの一件で少なからず多くの命が消えた。人も、竜もね。……その中で、蛇竜種の被害が少なかったとするならば、もしかすると減った竜や獣らに代わって繁殖力を高めたのかもしれない。……ま、根拠はないけどね」
あの大事件での被害者は数千人は下らないと言われている。それだけの狂化竜による被害者を生み出し、辺境の村や町の数は減少していった。ミラボレアスによる直接的な被害はないのが唯一の救いといわれているのが幸いだ。
旧シュレイド城で決着がつかなければ、あるいは止められなければ、恐らくシュレイド地方で大きな被害が確認されていた事だろう。
そう言われている程大きな事件だったのだ。
だからこそ情報を求める。そしてそれが役立つものであるならば有効利用する。
「……さて、蛇竜種についてはこれくらいでいいかな。次は君達の事について訊いても? あ、最初に言っておくけど取材した事は記事にしたり、積極的に広めたりするような事には使わないから安心していいよ」
「私達ですか。何をお訊きに?」
「改めて、になるかもしれないけれど、まずは名前を」
そういえばしっかり名乗った事はなかったか、と茉莉は思い出した。随分遅い自己紹介になってしまったが、改めて名乗っておくことにしよう。
「あたしは瑠璃・フレアウイング」
「その妹、茉莉・フレアウイングです」
「へえ、フレアウイング、か……褐色の翼をしていたし、有翼種の魔族という事でいいのかい?」
「ええ、その認識で間違いないですよ」
実際には竜人族の血も混ざった竜魔族なのだが、これは口にするものではない。有翼種で竜魔族なんて情報屋に知られたらめんどうなことになりそうだ。巽の事を信用していない、というわけではないが、もしもの事もある。
用心するに越したことはないのだ。
「見た目がよく似ているけど双子という事でいいのかな?」
「はい、そうですね」
「双子のハンターか……いいね。昨日のクエストは上位ランクだったし、ナーガを討伐するだけの実力もあるから上位ハンターだよね。ハンターになってどれくらいなのかな?」
「ハンターになる訓練や鍛錬が長かったので……二人で活動し始めたのは四年ほど前でしょうか。ロックラックを中心として各地を回っておりました」
「ふむふむ、あの戦いで察するに瑠璃ちゃんが前に出て茉莉ちゃんがそれを支える、というスタイルだね。性格的にも何となくそれはわかるよ」
あの戦い方から前衛と遊撃支援は見てとれる。ずっと隠れて観察していたため二人の実力も大まかに把握した事だろう。それにナーガを倒した実績もある。巽は二人は上位ハンターの中でも結構上のランクのハンターだろうと推測する。
「HRはどれほどのものなのかな? やっぱりもうすぐG級に達するくらいのものかい?」
「……いえ、まだまだですよ。40にも達していませんからね」
「うん? 君たちくらいの実力ならもうそれを超えてもいいのに、何か理由でも?」
「残念ですが、それにお答えする事は出来ません。申し訳ないですが……」
「ああ、うん、いいよ。話したくない事があるのなら無理に訊き出そうとは思わないからね。じゃあ別の事を……出身地は…………ああ、魔族だからこれも無理かな」
「そうね。これも黙秘させてもらうわ」
こうして取材は続いていき、基本は茉莉が応答していくが時折瑠璃も混ざって答えていく。だが魔族としての特徴を生かし、出身地などの魔族にとってあまり口に出来ない事を隠す事になる。
ある程度取材が進むともう話す事はなくなってきた。隠すべき事、本名などは最後まで話さずに取材が終わる事になる。
「ご協力ありがとう」
「本当に記事にしたりしないのよね?」
「もちろんさぁ。僕はただ優秀なハンター、将来的に花開きそうなハンターの事を知り、それを陰で記録するだけだよ。誰かが知らなくても、確かにそんなハンターがいたんだって事を記録する、その一環として取材しただけさ」
それじゃあ情報屋というより記録屋、とでもいうのだろうか。巽の考える事はよくわからないが、この人のいい笑顔を見ているとどうも疑う心を薄れさせていくかのような感覚を覚える。
ぱたん、と手帳を閉じて懐に入れると、「君達はこれからどこに行くんだい?」と訊いてきた。それくらいは答えてもいいだろうと瑠璃は「ユクモ村よ」と答える。
「ユクモ村かぁ。この間もそっちに行くって言っていたハンターさんがいたなぁ」
「へえ、やっぱりあの村って活性化しているのね」
「みたいだね。温泉のある村として着実に名を広めているよ。そうなると人が多くなるから物流とか情報とか、色んなものが交わる場所でもあるね。僕もつい最近までそこにいたんだよ」
「……む? となると少し訊いてもよろしいです?」
「うん? 何か知りたいことでもあるのかな?」
首を傾げる巽に、「え? ここで訊くの?」と視線で問いかける瑠璃。そんな二人の視線を受けて茉莉は少し考えたが、静かに口を開いてあの事について訊いてみる事にした。
「星野翔、という人を探しているのですが、心当たりはありませんか?」
「ほしの……かける……、うーん、聞いた事ない名前だね。知り合いかい?」
「ええ」
「もしかしてその星野翔って人を探しにユクモ村に向かっているという事なのかな?」
「そうですね。あそこならば彼もいるのではないかと思ってまして」
「なるほど。ごめんね、力になれなくて……もしよかったらその星野翔って人の情報も集めておこうかい?」
「いえ、お気遣いなく。もう少し私達で探してみようかと思っています」
ぺこり、と頭を下げてそれを丁重にお断りすると、「そう、僕が得るばかりで心苦しかったんだけどね……」と苦笑する。どうやら巽なりに二人の力になろうと思ったようだ。本当に残念そうな表情を浮かべる。
それにこの星野翔という名前をした人物なんて存在しない。いや、もしかするといるかもしれないが、普通はいない。
正しくはこれは偽名だ。これは二人が探している人物が名乗っている可能性がある。もし彼らが普通の町に出てきているならば、本名ではなく偽名で活動するはずなのだから。
そして彼が使う偽名は前に一度来た際にこれを使っていると聞いたため、この名前を情報の一つとして使い、彼らを探しているのだ。
また積極的に情報屋を使って探さないのも無用ないざこざを産まないためだ。事情があって彼らは身を隠している。情報屋を使って探し出し、それによって余計な人達まで集まってきては困る。
「それにしても途中で会ったハンターさんといい君達といい、最近は人探しのためにユクモ村に行く人がいるんだねぇ」
「……? どういうこと?」
「いやね、この間のハンターさんも弟を探すためといってユクモ村に向かってたんだよ」
「弟を探すハンター? もしかして、その人って黒髪で、浅葱色の和服着てて、小太刀を二本帯に差してて、気の強そうな女だった?」
「よく知ってるねぇ、知り合いかい?」
知り合いも何もこの間一緒にクエストをした間柄だ。どうやら先にユクモ村についていそうな感じだ。もしかすると本当にまた会ってしまう事になるかもしれない。
ふと、茉莉が何かに気づいて首を傾げ、「それにしてもよく彼女がハンターだとわかりましたね?」と問いかけた。あの私服の出で立ちはハンターというより剣術を嗜む女性と思ってしまうだろうからだ。
だが巽はああ、と頷いて答える。
「ちょっとジャギィの群れに絡まれちゃってね……その際に会ったんだよ。なんでも暇つぶしとしてその群れの討伐クエストを、近くの村で緊急で引き受けてきたらしいんだよね。それもハンター装備を身に包まずに私服のままで。いやぁ……おもしろいハンターさんもいたもんだねぇ、あっはっは」
「…………なるほど」
あの戦いを好む性格だ、何となく想像できる。嬉々とした表情で小太刀を振り回し、群れるジャギィをかたっぱしっから斬り捨てていったのではないだろうか。
それにしても巽も巽だ。以前もモンスターに絡まれていたとは、そしてまた誰かに助けてもらう事で生き延びているとは……本当に悪運というものが強いのだろう。その意味では彼もなかなか興味深い。
そんな事を考えていると、巽はあ、と何かに気づいたような表情を浮かべて鞄を探り、一つの手帳を開いた。ぱらぱらとページをめくり、じっとそこを見つめる。
「……うん、一つ君達に言っておくことがあるよ」
「なに? またなにかいい情報とか胡散臭い情報とか?」
「胡散臭いって……ひどいなぁ。……実はね、最近南西の方角からゆっくりと悪い空が移動しているらしいんだ」
「悪い、空……?」
どういう事だろうか、と二人の表情が引き締まり、じっと巽を見つめる。
「ちょっとした知り合いがその空の事情に詳しくてね、教えてもらったんだけどあれは嵐の前触れじゃないかって話なんだって」
「嵐……?」
「うん。それがユクモ村方面に移動しているから、道中気をつけてね」
嵐が近づいてくる、となると急いでユクモ村に向かった方がいいかもしれない。野宿しているときに嵐にでも遭遇すれば目も当てられない。
となれば善は急げだ。
巽の取材が終わったのならばもうここにいる事もないだろう。巽もそんな二人の様子に気づいたらしく、小さく頷いてみせた。
「では私達はこれで失礼しますね」
「うん、今日は朝からありがとうね」
手を振る巽に一礼すると会計を済ませて二人は酒場を後にする。そのすぐ後に「お待たせしました」と巽が注文した朝食が運ばれてきたため、巽はようやく朝食を食べ始める。
頭に思い浮かぶのは先ほどの二人の事。取材して得たものはあったが、得られなかったものも多い。それは魔族という種族という事もあるため仕方のない事だろうが、それでも巽は今回の取材はいいものだったと判断していた。
(フレアウイング……か。そういえば、六年前の資料にもその名前があったような気がするなぁ。……うん、これは一度戻って調べてみたほうがいいかな。先日の事といい、今回の旅は実りあるものだったといえるね)
これからの予定を軽く決めるとさくさくと朝食を食べ終えて巽もまた酒場を後にする。懐から手帳を開き、軽く視線を巡らせて頷くと不意に南西の方角を見上げた。
その先には黒雲へと成長している雲があるのだろう。それがユクモ村の方へと進んでいる。あの二人は大丈夫だろうか、と少し心配になるが、あの二人ならば何があっても乗り越えていけるだろう。
(風が、吹いてきた……)
冷たく少し強い風が頬を撫でる。それに身を任せながら巽は神妙な表情を浮かべてじっと空を見つめるだけ。
優しげな雰囲気はなりを潜め、ただただ空を見つめ続ける。
やがて彼は小さく首を振って歩き出した。二人が向かうユクモ村とは反対の方角へと。
(彼女達の道中に幸多からんことを)
風に吹かれながら巽は静かに町を出て森の中へと入っていく。その口元は二人によく見せていた優しげな微笑を浮かべていた。
それから数日後、二人はアプトルが引く竜車に揺られ、中から静かに外の様子を見上げていた。空は厚い雲に覆われ、強い風が何度も吹き抜けている。
巽の言っていた嵐がやってきたのだ。屋根に強い雨が何度も叩きつけられ、風によってがたがたと音を立てている。
「……まったく、本当に嵐が来るなんてね……」
「まあ、自然に文句を言ってもしょうがないでしょう。今はただ無事にユクモ村につけることを願うのみですよ、ふっ」
竜車から御者席へと伸びる屋根の下で茉莉が手綱を操り、竜車を引く二頭のアプトルを操って雨でぬかるんでいる地面を何とか転ばぬように走らせ続ける。雨が降る前に確認した地図によればもうすぐユクモ村につけることが分かった。
このまま行けば何とか今日中にユクモ村につけるはず。こんな嵐の中で野宿するのはごめんだった。だからこそ急いで、しかし安全にユクモ村へと向かいたい。
そして瑠璃は竜車の中からじっと黒雲に包まれる空を見上げる。夜のように暗く、遠くに広がる森もざわめきが収まらない。時折雷が鳴って空が光っているようだが、それでも空の向こうは見える事はない。
「…………?」
ふと、一瞬光った空の向こうで動く影が見えたような気がした。それは泳ぐようにあの黒雲の中を飛行していたように見えたのだが……気のせいだったのだろうか?
そんな事を瑠璃が感じていると、
「ッ!?」
急激に周りの空気が一変したように張り詰め始めた。バチバチと音を立てて空気が弾け、見ればあちこちの雷光虫から電気が弾け飛んでいた。だがそれらは一点に向かって集結していき、それはまるで流れ星が流れていくかのような光景を作り上げる。
だがこんな嵐の中で雷光虫がこれほどまでの光景を作り上げるとは思えない。
それにこの空気を作り上げている主が雷光虫の向かっている先にいるのだ。茉莉は緊迫した表情でその先を見つめる。
「ギャアッ、ギャアッ!?」
アプトルもまた何かに警戒するような声を上げて失速し始める。
そんな中、奴はゆっくりと闇の中から姿を現した。ずしん、ずしんと鈍い音を立てて木々をすり抜け、周りから集まってくる雷光虫を纏いながら竜車の進行上へと我が物顔で立ちはだかってくる。
「くぅっ……!?」
慌ててアプトル達の手綱を操って進路を変更し、それの背後からすり抜けるように調節する。だが雷光虫達が放つ電気が弾けだし、アプトル達の足を絡め取るかのように動いていく。
「な、なに!?」
「切り……抜けて……!」
これまで以上に竜車が揺れ出したため、瑠璃も慌てて竜車の壁に手をつきながら状況を把握しようとする。その視界に大きな何かが立ちはだかっているのを見て息を呑むが、それはすぐに横へと流れていく。転びそうになりながらもアプトルは何とかあれの背後を通り過ぎたのだ。
どうやらあれは茉莉達に興味を示していなかったようで、竜車に手を出す事はなかった。奴の視線はただあの空一点のみに向けられていたように思える。
奴もまた突然の嵐に文句でも言いたかったのだろうか。それはわからないが、奴が自分達に手を出さなかっただけでも幸運だと思うしかない。
何せ見間違いでなければ、あれは以前ユクモ村を騒がせたという存在なのだから。
メインの防具が修理できていないし、激しく動く事が出来ない体調でもある。今の自分達で果たして討伐できるのかどうか怪しい。
そんな中であれと事を構える事になればマズイ事になっていただろう。
だから幸運……いや、もしかすると巽の悪運が二人に影響を与えたのかもしれない。何にせよ切り抜けたならばよかった。
アプトル達も少しずつ落ち着きを取り戻し、嵐の中を走り続ける。
それから一時間後、嵐はまた遠くの空へと去っていく。そうして空が落ち着いてくる中、二人の視界に山間の谷の中に存在する小さな村が見えてきた。門の前に竜車を止め、少しボロボロになってしまったそれを預けると二人はじっと門の向こう、階段の上に広がっていくその村を見上げた。
「ようやく、って感じね」
「ええ、何とか着く事が出来ました。……やれやれ、ですね」
ちょっとしたアクシデントがあったがこうして自分達は目的地へと辿り着いた。
温泉村、ユクモ。
ここに二人が探している人達がいるのだろうか。
あるいは二人の情報を得る事が出来るのだろうか。
それはわからないが、何か得られるものがあればいい。
そう願って二人はユクモ村の門を潜り抜けていった。