集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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14話

 

 

 ユクモ村から北東に数日かけた所に存在する険しい山が並ぶその場所の一角に、霊峰と呼ばれし場所がある。ここは周りの山の中でも特に険しい山道があり、更に深い霧に包まれた場所もあったり、道なき道の先に深い崖が存在していたりと人を拒む自然が存在する場所だ。

 その霊峰の山頂に一頭の白い存在が舞い降りる。

 現在その山頂の周囲には厚い雲が広がり、激しい風と雨を吹き荒らしていた。まるでそれはこの白い存在の訪れを知らしめているかのよう。

 実際それは正しくもあり逆でもあった。この激しい大嵐はこの存在が作り出しているため、厚い雲はここを中心として渦を巻いている。

 

「…………」

 

 ゆっくりと山頂に着地したその姿は他の竜、龍達とは違っていた。顔は東方の竜に近しく、骨格もまた胴長の龍を思わせるものだ。羽衣のように白く生えるヒレが印象的であり、それが風になびく様は美しく感じる。

 そう、そこには羽衣を纏った天女が舞い降りたかのようだ。

 ぎらり、と目が光ると天上を覆っていた厚い雲が霧散し穏やかな天気がそこに蘇る。霊峰の山頂から見下ろす光景はまさに絶景といえるものだった。

 それを眺める白き龍。

 

『…………誰ぞおるのか?』

 

 しばらくそうしていた龍は不意にそんな事を呟いた。ここには龍以外誰もいないはず。しかも龍が言葉を放つという異様な出来事ではあったが、その言葉に誰かは応えた。

 

「……おやおや、気づかれたか。ま、いいけどね。わたしだ」

 

 ぶつぶつとした声だったがそれはかの龍に届いたらしい。肩越しに振り返る龍に近づくのは一人の女性の姿。どこからともなく突然そこに現れたかのように姿を見せた彼女は――

 

『ほう、香澄かえ。久方ぶりであるな』

「……そうだね。何年ぶりになるのやらね、天空」

 

 闇色に染まり、月の出る夜空を描いた和服を着込み、深い紫色の髪を肩にかけた女性。

 伝説の情報屋にして“世界”に届いたオオナズチ、香澄。

 六年前の大事件の際でも陰で行動し、情報収集や情報提供を行っていた彼女がこの地にやって来たのだ。その理由の一つとしては目の前にいるこの龍にある。

 

「……どうやら君がめでたいことになったと聞いたんでね、こうして祝いに来たんだよ。……ということで、ウェゼントネルを退け、空の七禍龍入りおめでとう天空」

『ふむ、ここはありがとうと言っておくべきかの』

 

 そこで目を閉じた龍は淡い光の渦に包まれる。更に風がうねり全身を包み込むと龍は光の粒子となって霧散した。だが粒子は一度宙に散らばると今度は一点に向かって収束し、人の姿を取る。

 そうして現れたのは白い小袖に黒い袴を履き、水色の羽衣をなびかせる女性だった。瑠璃色の瞳を香澄へと向け、優雅に微笑を浮かべながら穏やかになった風に身を任せていた。

 

「それにしても耳が早いのう。その辺りは流石といったところかえ? 香澄よ」

「……ウェゼントネルが落ち、アマツマガツチが昇格。その影響によるあの(ひと)の改変を確認したからね。……ははっ、このわたしが見逃さないはず、ないでしょう?」

「ふむ、そうだの」

 

 アマツマガツチ。

 それが彼女の龍としての名だ。嵐龍と呼ばれた古龍種であり、同時に伝説種でもある。嵐の中に住まうとされ、嵐と共に姿を現す存在であり、その規模は同じような能力を持つクシャルダオラを超える。

 まさに空の天災であり、このアマツマガツチによって引き起こされた大嵐によって壊滅した村の残骸が存在する程この爪痕の深さは大きい。

 もちろん古龍種の記録としてアマツマガツチの名は存在するが、あくまでもそれは古龍種、伝説種としての欄であり、七禍龍を纏めた書物にはなかった。

 

「ほんと、あの女の改変は恐ろしいねぇ……。こうして形に残り、人々の記憶にも齟齬がないように改変とは……末恐ろしいよ」

 

 懐から取り出した書物、題名は「七つの禍の龍」。現在出ている書物で七禍龍について纏めた書物であり、判明している情報を書き記されている。ミラボレアスについて六年前の事や闇についての情報が書き記された代物だ。しかしそれ以外については六年前のもののままだったはずだが、先日これに変化が訪れたのだ。

 何と空の七禍龍の部分がウェゼントネルからアマツマガツチに変更されたのだ。

 もちろんギルドの者がこれを書き換えて新たに発行したのではない。彼女が手にしているこれは六年前に出たもののまま。

 これが――“世界”の改変だ。

 

「妾たちにはなく、世界の全てにまで影響を与える改変の力。あれが白皇様が神であることの証であり、妾たちの上に立つ龍神である事を妾たちに思い知らせるというものよ」

 

 こうして形に残る程の改変は実際に九尾が過去に行った事がある。それは自分が過去に飛んで自分から歴史を改変しに行ったという点だ。これによってルナ・フォックスが実際に行ったこと以上の功績を残し、更に事件の黒幕だった神倉羅刹にも影響を与えた。

 だがこれは彼女が自分から改変を促したもの。世界の中に入り込んで行ったのだ。

 今回ウェゼントネルからアマツマガツチへと変えたのは世界の外から改変させた。それだけでなく世界に住まう人々の記憶にも影響を与え、改変した事を気づかせていない。九尾でもここまでの事は出来ない事なのだ。もちろん九尾以外の者らでも不可能。

 だからこそ白皇はこの世界の神。他の“世界”の者達でさえ認めざるを得ない神としての力だ。

 

「さて、香澄よ。妾の事を祝いに来たならば、その餞別として妾に情報提供してもらおうかの?」

 

 不意に天空が袖を口元に当てながらその瑠璃色の瞳を細めて香澄を見据える。

 

「…………なにを求めるのかな?」

「決まっておろう。現在雲隠れしておるあの者らの居場所を告げよ。よもや、知らぬとは言わせぬぞ?」

「……だれの事かな?」

 

 とぼけるように視線を逸らすと、天空の瞳が爛々と輝く赤へと変色していった。更に殺気に近しい覇気が天空から渦を巻くように放たれ、香澄の全身を刺し貫いていく。普通の人ならば気を失っているか、最悪精神が死んでいてもおかしくない状態なのだが、香澄は相変わらず気の抜けるような表情で天空を見つめている。

 そんな彼女をじっと睨むように更に殺気を深めながら、天空は怒気の篭る低い声で話を続けた。

 

「戯れ言をぬかすなよ? 妾が誰の事を問うたのかわからぬはずがないし、そなたともあろう者が、あやつらがどこにいるかも知らぬはずがない。故に()く、話すがよい。危険視されているシュヴァルツを娶りし白銀一家がどこにいるのかを」

「…………さて、どこにいるんだろうね?」

「まだとぼける気かえ?」

「残念だけどね、今日は天空の七禍龍入りを祝いに来ただけだからね。情報屋としては開業していないのだよ」

 

 やれやれと肩を竦めながら首を振る香澄に悪びれる様子など微塵もない。

 彼女は気分屋であり、その気があれば誰にでも求められた情報をそれなりに話していくが、気が乗らなければ誰であろうとも情報を話す事はない。今日は後者らしくどこかいつも以上に気が抜けているように思える。

 

「……というわけだから、リクエストを聞いておいて悪いけど、情報は話せないね」

「……ふん、相変わらずよな香澄よ。そなた、それでも白皇様によって生み出されし龍種かえ? 何故白皇様の意志に従わぬ? 妾には理解できぬな」

「……ははっ、何でもかんでもあの女に従ってばかりいるってのも面白くないだろう? というかさ、何度も言うようだけどわたしとしてはシュヴァルツの事、どうでもいいんだよ。あれもまたヒトの進化の一つ、殺しに特化した一族があったっていいだろう?」

「限度というものがあろう。人殺しの要素を強く持つ殺人鬼と、竜殺しの要素を強く持つ竜狩人を合わさった因子を保有するなどあってはならぬのだ。ここに……神殺しの要素まで含めば……いや、想像したくもないわ」

「……ははっ、神殺し、か。クッククク……、それまで発現したら非常に面白くなりそうだよな。わたしとしてはそれは歓迎だなぁ……」

 

 ふぁ……と欠伸をしながらも冷たく笑う彼女の目にどこか楽しげな雰囲気が宿りだす。それに対して天空はどんどん不機嫌そうな雰囲気を放ち出した。まあ、当然と言えば当然だろう。

 彼女は香澄と違い白皇に忠実な龍なのだから。むしろ香澄みたいな龍の方が珍しい。そしてこれも当然ながら白皇に従わない龍や竜は排他的であり、他の竜やモンスターに狙われる事があるのだが、香澄はこれを全て退けている。

 この七禍龍が一に昇格した天空を前にしても余裕なのは、やはり自分の実力に相当自信があるのだろう。

 

「まったく、そうカリカリするなよ。本当に天空はあの女に忠実だよね」

「龍種ならば白皇様に忠実でなくてどうする? そなたが異常なのだ。この世界に住まう龍をはじめとする人ならざる者ならば、白皇様の側用人を目指すものであろう?」

「リーゼロッテやヘルの事かい? ……ああ、そういえば天空は側用人を目指していたか」

「そう。七禍龍はただの通過点でしかないのよ。ヒトが恐れる七禍龍が最終地点ではない。それをも超えた存在、龍神である白皇様の御側を許された側用人こそが最終地点。かつて四つあったその座、今は二つの空席となったその一つに妾が座すのだ。妾は白皇様に忠実なる龍としてそれを目指す! ……故に香澄よ。話すがよい! そなたの気分など関係ないわ! 白皇様のために白銀一家の居場所を吐くのだ!」

 

 再び山頂を中心として強い風が吹き荒れ、空は厚い雲に覆われ始めた。空気の渦が発生し、山頂から逃れられぬように封鎖していく。そうして強風という名の檻が完成すると、強く体を叩きつける雨や暗くなっていく空を照らす雷が轟き始めた。

 天空の赤い瞳は更に輝きを増し、その美しい白髪がゆっくりと毒々しい黒に近しい色に変化し始める。それに伴って嵐のエネルギーが天空の周囲に集まり始め、六つの球体となって渦を巻く。

 それは香澄の周囲でも発生し、彼女を逃さないようにしていた。彼女が何かすれば撃ち出されてダメージを与える、という雰囲気だ。

 それでも香澄は調子を崩さない。だが気だるげな鈍色の瞳がうっすらと変化しはじめ、じっと天空を見つめていた。

 

「…………なあ、天空?」

 

 ゆっくりとどこか優しく天空の名を呼ぶ。しかし天空はそれに応えず香澄を睨み続け、右手をゆっくりと動かして嵐の球体を操り始める。そんな彼女を見つめて香澄は言葉を続けていった。

 

「そうやってさ、あの女のためにわたしから情報を引き出そうとしてさ、逃がさないようにするのはいいけど――」

 

 呟くような声で語り続けた彼女の姿が一瞬の内に消えてしまう。その一瞬後に嵐の力が更に高まり、周囲の球体が無差別に動き出す。

 激しい風、轟く稲妻、滝のような雨。

 自然の猛威が山頂の姿を変化させるほどの力が振るわれる中、

 

「――お前、わたしを止められると思ってるの?」

 

 そんな言葉と共に天空の近くで水が跳ねる音がした。「そこかっ!?」とそちらへと球体を撃ち出したのだが、それが命中したような感覚はなかった。逆に毒々しい色をした霧が発生し、天空へと伸びてくる。

 オオナズチが放つ毒霧であると察知した天空はその場から離脱した。だがその周囲にあった嵐のエネルギーが凝縮された球体は、天空の意志に反した動きをし、一か所へと終結し始めた。

 

「……これは駄賃として頂いていこうか。……嵐の……いや、エネルギーを抽出して、水の大宝玉。風の大宝玉は……ま、これも一応頂いていくよ」

 

 姿を見せず声だけが山頂に静かに広がっていく。激しい大嵐が発生しているにも関わらず、どこか不気味に香澄の声が天空の耳に届いてくる。気配や香澄の力、声の出所を探してみても、どういうわけか感知できないのだ。

 駄賃として持っていくと言ったあの大宝玉もいつの間にか消え去り、手掛かりが全くなくなってしまう。

 

「ま、その礼として、というのもどうかと思うけど、一つだけ教えておいてあげようか」

 

 山頂を囲む嵐の一部が縦に引き裂かれ、空気の流れが一瞬変化する。そこから逃げるのか、と天空が視線を向けたが香澄の声は出所が不明なままどこからともなく聞こえてくる。

 

「白銀一家はこの東方にいるのは間違いないよ。というかお前に縁のあったユクモ村にも来たことがある。……ま、当然変装して、だけどね……ははっ」

「なに? ではやはり白銀一家はあの周囲に……!」

「……さて、どうだろうね? わたしは真実は言うけれど、それを全て言うかは気分次第。……知っているだろう? ということで、情報公開はこれで終わり。どうするかは好きにすればいいさ」

 

 その言葉を最後に天空が意識を向けている方とは反対の方角を封鎖していた嵐の壁が縦に引き裂かれた。どうやらあちらは囮だったらしく、本命は今引き裂かれた方だったらしい。

 いとも簡単にこの厚い自然の壁を突破していく香澄もまた、“世界”に属する龍種なのだ。そしてこうも簡単にこの天空から逃げられたという事は、

 

「……本当にただの傍観者ではないな、香澄は。どうして白皇様はあのような者を野放しにしているのか……。理解に苦しむのう」

 

 七禍龍に昇格したばかりとはいえ、天空もまた他の古龍種を超える実力を持つ。実際この大嵐の力はとてもではないが普通に立っていられない程の力を秘めている上に、冷たい雨が全身を叩きつけてくるのだ。

 そんな敵に容赦なく天空の攻撃が放たれる。敵は何も出来ずその嵐に呑み込まれて死んでいくのだ。

 だが……香澄は動じなかった。

 それはやはりオオナズチだからだろうか。どれほどの強風であろうとも奴にとっては無意味なものであり、極寒の地であろうともある程度の暖を取るだけで行動できる力を持っている。

 それはG級のオオナズチ装備一式を整えれば発動するスキル、霞皮の守りにも表れていた。これは対クシャルダオラにおいて有効な守りである事は、一部の高ランクハンターに知られているが、このアマツマガツチが引き起こす嵐にも適応されるか。

 だとしてもそう易々と逃がすつもりはなかったのだが、現実はこのざまだ。香澄がまともに戦った様子を見た事もないため彼女の確かな実力の把握も不可能だが、まず間違いなく七禍龍に遅れを取らないだろう。

 そんな彼女がどうして情報屋となったり傍観者となったりしているのか。

 本当に理解に苦しむ。

 しかし今は……香澄の事は置いておこう。彼女が最後に遺して行った情報の一端。

 白銀一家はユクモ村に来たことがある。

 世間の目だけでなく自分達のような存在の目からも隠れられたのは、彼らが繋がっている神倉一族の生き残りである神倉月の影響があるからだろうと推測できる。でなければ彼らがこの六年もの間逃げ隠れ続けられたはずがない。

 

「……妾の駒を送るか。久方ぶりの祭りを始めようぞ、ユクモの者らよ。この祭りに乗じて現れるがよい、白銀の者ども……!」

 

 ユクモ村がある方角を睨みながら天空の姿は再び光の粒子となる。それはやがて龍の姿を形作るが、その色合いは白いものではなくどす黒い色合いのままだった。一度ヒレに覆われている翼のようなものを羽ばたかせると、まるで空を泳ぐようにしながら天上へと昇っていく。

 その動きに沿って空気が渦を巻き、厚い雲に大きな穴が穿たれる。その穴へと龍の姿は消えていき、渦を巻くようにして山頂を包み込んでいた嵐は、龍の姿が消えると同時に鎮静化していった。

 最後に厚い雲は突如霧散し、あの龍の姿もまた最初からいなかったかのように大空のどこにも見当たらなくなってしまう。残されたのは大嵐の爪痕とゆっくりと空にかかっていく虹だけだった。

 

 

 ○

 

 

 ユクモ村にやってきた瑠璃と茉莉は階段を上っていきながら辺りを見回した。一つの階段を登ればまず正面に商店街が広がり、左手には農場に続く道がある。商店街には村人だけでなく温泉を利用しに来た客やハンターの姿も見かけられた。

 それだけでなくアイルーの姿も店員や客として見かけられた。よく見ればオトモアイルーが使う武具の専門店もあるようで、そこを利用しているアイルーが数匹いるという感じだった。

 それを横目に見ながら商店街を抜けて更に階段を上がっていく。その先には広場があり、周囲を見渡せば足湯温泉が点々とあったり、宿屋が多く見かけられたりする。どうやらここは温泉街になっているらしい。

 宿を確保するならばここが一番か。

 また案内図を見る限りでは更に階段を上っていくと集会浴場があるようで、そこがギルド支部になっているようだ。だがまずは拠点となる宿を確保しておこう。

 ユクモ村のガイドブックや実際の宿の様子をチェックしてまわり、一つの宿を決める。

 ハンターが利用する和式の二人部屋を確認した二人は畳の香りを感じつつ、窓の外に広がるユクモ村の景色を眺める。村を歩く人々の顔は穏やかなもので、それぞれ温泉や出店を楽しんでいる様子だ。

 その顔ぶれの中に見覚えのある人が見えた。

 浅葱色の着物に黒髪をした女性が通りを歩いているのだ。よく見れば帯に小太刀を挿しているし、彼女に間違いないだろう。

 

「……?」

 

 不意に彼女が二人の視線に気づいたようで、二人のいる部屋まで視線を向けてきた。そして窓から見下ろしている二人の顔を確認すると、ほう、と少し驚いたような表情を見せて右手を軽く挙げてきた。

 

 彼女、草薙桐音と合流すると三人は集会浴場にある食堂へと向かった。それぞれ軽めの食事を注文して久しぶりの再会を喜ぶ事にする。昼のいい時間から酒を呑み始める桐音ではあるが、対面に座っている二人は気にした様子もなくジュースを飲んでいく。

 

「久しぶりだねぇ、お二人さん。元気にしてたかい?」

「それなりね。あんたはどうよ?」

「あたいは……退屈だったねぇ。途中でドスジャギィの群れに絡んできたけど、全然楽しめなかったね。どっかにあたいをわくわくさせるものがないものかね」

 

 はぁ、と溜息つく桐音は本当に刺激に飢えているようだ。ぐいっと酒を呑み干し、どんどん注いでは呑んでいく。ある意味ヤケ酒に見えるのだが、彼女はある程度酒に強いようでまだ酔ってはいないようだ。

 

「戦いを求めてるんですかね?」

「それもあるねぇ。対竜でもいいし、対人でもいいのさ。どこかに強い奴がいるってんなら喧嘩したいくらいだよ。……あんたらは対人の心得、あんのかい?」

「残念だけどあたし達はあくまでハンターとして強くなってきただけだから。村には対人でも問題なくこなしちゃう人はいたけど、あの人の教えを全て受けたわけじゃないから、期待しないで」

「へえ? 対人の心得持ってる奴がいたのかい。でも、そんな奴の教えを受けたってんなら……期待できそうだと思うけどね? どうだい、後で……やらないか?」

 

 じっと二人を見据えながら少しだけ頬を赤らめつつ誘ってくる。目もゆっくりと爛々と輝き始めているし、これは酔いが回りつつその気になり始めたのか?

 これは少しめんどうなことになってきただろうか。

 そう思い始めたが、何かを考えているかのような目で静かに天井を見上げた茉莉がうん、と頷いた。

 

「いいでしょう。お相手いたしましょう」

「お? まさかあんたが相手してくれるとは思わなかったよ」

「茉莉、本気なの?」

「対人の動きも取り入れる事で上に行けるでしょうからね。……あなたの実力を改めて実感するいい機会でもありますし、やってみましょう」

 

 茉莉の頭によぎったのは先日戦ったナーガの事だ。今まで戦ったモンスターの中でも一番の強敵だと実感したあのナーガの戦い、優れた武人を相手にしているような感覚に陥った事を思いだす。

 あれはまさに対人戦をしているかのようでもあった。それはやはり上半身が人型であり、人に近しい攻撃を繰り出してきたからだろう。そうでなくともあの回避の連続など今までにない事だったため、勝手が違っていた。

 対竜に慣れているがそれはハンターとしては当然の事だ。ハンターが相手にするのはモンスターであり、対竜の戦い方で慣れるのは仕方のない事だ。

 ここで対人の動きを取り入れる事で上を目指す事が出来るのか否か。

 前例はある。

 ポッケ村にしばらく滞在した事がある彼女の事だ。その血統の影響でハンターとして優秀なだけでなく、対人戦でも凄まじい実力を出せる黒と白の少女。

 またルシフェルの正当な覚醒をしている彼もまた、対人戦でも素晴らしい実力を持っている。白い少女と互角に渡り合えるだけの格闘戦をこなせ、瑠璃と茉莉に体術を叩き込んだ過去もある。

 彼ならば桐音を満足させるだけの戦いをしてくれるだろうが、残念ながら彼はここにはいない。ならば自分達が相手をし、桐音の対人の実力を見、その身に味わってみる事にしよう。

 

「いいねぇ、積もる話も気になるけど、今はそっちの方が気になり始めたよ。早速行こうじゃねえか」

「ノリノリですね。まあ、いいでしょう」

「はぁ……しょうがないわね」

 

 会計を済ませると三人揃って村の裏口から山の中へと入っていく。この先にちょっとした広場があるらしく、先頭を桐音が歩いて案内していった。

 そうして数分。木々に囲まれた広場へとやってくると茉莉と桐音は数メートル離れて相対する。

 じっと茉莉を見つめる桐音の頬はまだ紅潮したままで、ほろ酔い気分だというのが窺えるのだが大丈夫なのだろうか。酔っているから満足する戦いが出来ませんでした、ではこっちとしては少々不満なのだが。

 

「ちょっと、大丈夫なの?」

 

 赤くなっている頬を示すように自分の左頬をつついてみせると、それに気づいた桐音がああ、と頷いてふところから何かを取り出した。黒い巾着袋らしく、口を緩めて中から丸薬らしきものを取り出して口に放り込む。

 ガリッ、と噛みしめて続けて取り出した水筒から水を飲んで胃に流し込むと、ゆっくりと桐音の雰囲気が変わっていく。軽く首や両腕を交互に回してぱん、と両頬を叩くと酔いが醒めたかのようにいつも通りの桐音の顔がそこにあった。

 

「さ、喧嘩しようか?」

「喧嘩……模擬戦と言いましょうよ」

 

 桐音は袖の中から丸められたローブを取り出すとそれを広げ、中から木刀を二本取り出した。続けて帯に差した二本の小太刀をローブにしまい、木刀を構えてみせる。

 それに倣って茉莉もローブを広げて中からハンターが使う馬上槍(ランス)ではなく薙刀に近しい形状をした木製の槍を取り出す。石突きのような部分も再現したその槍を構えて双剣を握りしめながら隙を窺っている桐音をじっと見据える。

 

「そんじゃ――始めようぜ!」

 

 その言葉と共に桐音が地を蹴って茉莉へと一気に距離を詰める。薙刀を構えながらその接近に対して迎え撃つように薙刀を高速で突き出し、だがそれを双剣で受け流しつつ更に前へ。

 

「……っ!」

 

 しかしその前進を止めるように中段、下段と織り交ぜた高速連続突きで是が非でも桐音の前進を食い止める。木と木が打ち合わされる音が森の中で響き、二人の息遣いまで聞こえてきそうな程に熱くなる模擬戦が繰り広げられた。

 

 結果は桐音の僅差の勝利。

 勝利したといっても本当に僅差であり、懐まで潜り込んだ桐音の剣が茉莉に決定打を与えられるところまで当てられたというだけであり、茉莉も茉莉で薙刀の刃の部分を桐音に当てようとしたが、武器のリーチの長さの問題で桐音が刃部分を通り過ぎて懐へと潜りこみ、決めてしまったのだ。

 それに至るまでの攻防は激しいものであり、双剣が有利になる近距離へと詰めようとする桐音に、中距離を保とうとする茉莉の技量がそこに表れていたと言ってもいい。

 しかしこのやりとりで桐音が熱くなったようで、「……暖まってきたねえ……!」と呟いたかと思うと、それまで以上の加速をつけて茉莉へと迫っていったのだ。

 薙刀の刃と柄で防ぎ続けるのも長くはもたず、結果はこうなった。

 やはり対人においては少し後れをとりそうだという事になってしまった。桐音の足運び、振るわれる高速の双剣の動き。その速さに目が完全に追いつく事はなく、気を抜けば見失ってしまうそうな程だった。

 自分を鍛えてくれた彼曰く、こうして人と模擬戦をする事で攻撃の速さに目を慣らし、防御をしっかりと固め、回避する技術を磨くというのは悪くはない。時々二人で武器を打ち合わせるってのもやっておいて損はない、との事だ。

 それを思い出してやってみたが、確かにこれはいい鍛錬になると改めて実感する。

 この桐音はやはり強い。

 茉莉は一息ついてどこか満足そうな表情を見せる桐音を見つめる。前のクエストの際に彼女は言っていた。

 彼女はマイナーではあるが何らかの流派の剣術を会得していると。

 そして自分達はナーガとの戦いで力不足を感じている。二人だけで旅しているため、何らかのきっかけがなければ今以上に伸びることはない。時間をかけて経験を積んでいくしかない。

 だがきっかけさえあれば、短時間で何かが変わるはずだ。

 もし桐音との出会いがそのきっかけというならば、それを生かさない訳にはいかない。茉莉は意を決して桐音に話しかける。

 

「草薙さん、少しお話が」

「ん、なんだい?」

「草薙さんは剣術を習得しているんですよね?」

「んーまあそうだねぇ。それがどうかしたかい?」

「もしよろしければですが、このユクモ村に滞在している間も組みませんか?」

「え、ちょ、茉莉!? 何言ってんの!?」

 

 茉莉の言葉に当然ながら瑠璃は驚きを隠せず、桐音は桐音でひゅー、と口笛を鳴らしながらも少しだけ驚いた表情を見せている。その間に瑠璃が茉莉の手を引いて桐音から離れていき、「ちょっと、どういうつもり?」と小声で話しかける。

 茉莉もまた小声でその問いに答えていく。

 

「私達に足りないもの、それは母さんや撫子姉さん、クロムさんのような私達と対等、あるいは上の実力を持つ存在です。私達はあの人達の教えで基礎を固め、クロムさんによる鍛錬でハンターとしての動きを学びましたよね?」

「ええ、そうね。それがなんだっていうの?」

「あれから四年です。私達だけで旅をしてそれだけの時間が経ちました。確かに私達はあの頃に比べて成長したでしょう。ですが、私達はあのナーガに遅れを取りました。急な遭遇という点もあったでしょうが、一歩間違えればあそこで死んでいたでしょう。……それは私達がまだ弱いからです」

「……っ」

 

 茉莉の冷静な言葉に瑠璃は息を呑む。負けず嫌いな瑠璃はその言葉に否定したかったのだが、それを言葉として発する前に喉につまってしまった。

 瑠璃もわかっているのだ。

 第二戦で有利に運びはしたが、初戦のあれは間違いなく自分達は巽が現れなければ負けていたのだと。

 

「草薙さんはクロムさんのような人でしょう。ならば彼女と組み、時折彼女と模擬戦をする事で経験を積めるでしょう。あるいは彼女と共に戦う事でも得られるものはあるはずです。ユクモ村に滞在している間だけでもまた縁を結んでみませんか?」

「…………あんたは、あれがあたし達にとって益をもたらす人だって睨んだの?」

「変わってはいると思いますが、でもああいう人はクロムさんで慣れてますからね。それにあの人が習得している流派というのも気になりますしね」

 

 頭によぎるのはチャナガブルにとどめを刺したあの一撃だ。ただの人間には不可能だろうというチャナガブルを水中から陸上へと吹き飛ばした一撃。奴の体を穿つだけの威力を見せつけた様は赤いあの人を思い出させる。

 だからこそ、茉莉は桐音は二人にとっていい刺激になるのではないかと睨んだ。

 

「瑠璃、どうです? あなたも一度あの人とやり合ってみるといいですよ。なかなかあれは刺激的でしたからね」

「……あんた、まさかそっちに目覚め始めてるわけ?」

「いえいえ、そんな事はありませんよ?」

 

 ただ桐音という存在が自分達を成長させるきっかけになると見ているだけで、桐音やクロムのような戦闘狂(バトルジャンキー)に目覚めようとしているわけではない、と真顔で否定する。

 だが瑠璃は「本当かしら? あんたって時々わけわかんない方に傾くから……」とぶつぶつ呟きながら、そっと肩越しに振り返ってみる。そこにはきょとんとした顔で腕を組みながら二人をじっと見つめている桐音がいる。

 そんな桐音を見つめ返した瑠璃は、はあ、と息をついて「わかったわよ……」と頷いた。

 それに頷いた茉莉はもう一度桐音に近づくと、桐音は「話は纏まったのかい?」と小さく首を傾げながら問う。

 

「ええ。改めて申し出ましょう。草薙さん、ユクモ村にいる間、また組みませんか?」

「んー、あたいとしてはそれは喜ばしい事だけどね、どういう意図があるんだい?」

「それはですね……」

 

 茉莉は桐音へと説明を始める。

 今以上の実力へと伸ばすためのきっかけとして桐音とパーティを組むことで変化があるのではないかと。また桐音の対人戦の実力の高さも窺える上、桐音との鍛錬を繰り返せば自然と自分達も強くなるかもしれないと推測した。

 うんうん、と相槌を打ちながら話を聞いていた桐音は「なるほどねぇ……」と呟くと、

 

「ま、時折さっきみたいな事をするってんならあたいの退屈も紛れるし悪くはなさそうだね。……もしかして、あたいの剣術も見て覚えようっていうんじゃないだろうね?」

「ん? 教えてくれるんです?」

「いや、それは無理だね。……ああ、あたいが教えられないとかそういうんじゃない。見てくれは真似できても、その根本まで覚えられなきゃ意味がないのさ」

「どういう事よ?」

 

 その言葉の意味を理解できず瑠璃が会話に入ってくる。

 ぽりぽりと頭を掻きながら視線を逸らす桐音は何と言っていいのか、とどこか困ったような表情を見せたが、やがて一息ついて話しだした。

 

「あたいが使ってる剣術ってのはね、あたいら草薙の者しか使えない限定的な流派なのさ。以前マイナーって言ったろう? あれはそういう事さ。草薙の血を引くものだけが受け継がれ、それ以外のものには決して使えない技を集め、高めていった剣術。それがあたいが使う剣術さ。だからあたいの技を盗もうと考えていても無意味だぜ?」

「ということは草薙流とかそういう流派なわけ?」

「……ま、そうだね。正式名称は少し違うけど、まあこれは別に気にする事じゃないさ」

 

 多少影がかかった表情で呟いたが、それを振り切るようににっと笑ってぐっと親指を立ててみせる。

 

「あんたらの誘い、乗るぜ。一緒に狩りをして、時々喧嘩する。いいじゃねえか、そういうチーム。あたいの退屈を紛らわすようないい日々を過ごそうぜ?」

「だから喧嘩ではなく模擬戦だと言ってるでしょうに」

「くっはっは、ま、こまけぇことは気にすんな。……ああ、でもあたいはあたいで別の目的が一つあるんだ。これ、前にも言ったよな?」

「弟を探しているんだっけ?」

「ああ、あのクソ野郎を探し出す、それがあたいが旅し、ユクモに来た理由さ。あんたらも誰かを探してるんだろう? どうだい? 組むついでにお互いの探し人の情報も探ってみるってのは」

 

 桐音の提案は至極もっともなものだろう。人手は多い方がいい、お互いの探し人も合わせて探してみる事で手間を省こう。ギブアンドテイクという意味合いも含めて提案してきたのだろう。

 だが桐音が弟を探しているという事に反し、瑠璃と茉莉が探しているのは世間から身を隠すようにして暮らしている人達だ。果たしてこれを話していいものかどうか、少し躊躇ってしまう。

 しかしここにきて躊躇っては信用問題にも関わる。それに彼女は巽のような情報屋ではなく一般人……いや、ただの……少し変わったハンターだ。

 この人ならば話を限定して打ち明けても問題はなさそうか?

 茉莉は桐音を見つめながら数秒の間ここまで考え、また意を決して頷いた。

 

「……ええ、そうですね。私達が探しているのは星野翔さんをはじめとする人達です」

 

 そして茉莉は情報の一部を話しだした。

 東方人であり、数年前から東方のどこかに行ってしまった男性であるという事を。また同じように女性二人も伴っているのではないかという可能性の話、その女性の一人も星野という名前か、また別の名前という可能性があるという事も話していく。

 そうして事情を説明すると桐音は二人が探している人達も合わせて探してみようと了承してくれた。

 こうして三人は再び一時的なチームとして結束する。

 

 これより、ユクモ村での彼女達の物語が始まろうとしていた。

 

 

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