集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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15話

 

 

 標高の高い山が並ぶとある山脈の一角でそれらが集結していた。飛竜の代表格と言われるリオレウス、リオレイア達だ。原種、亜種、希少種問わず一か所に集結する光景は珍しいものだろう。

 その中心にはあの白い龍、アマツマガツチが鎮座している。この場所の周囲にはアマツマガツチを中心として不可視の結界が張られており、万が一この場所が見える空で気球が飛行していようとも発見される事はない。

 といってももし発見されでもすれば、問答無用で撃ち落とすまでなのだが。

 

『……以上だ。そなたらの役割は理解したな?』

 

 アマツマガツチ、天空の言葉にリオレウスらはそれぞれ頷いて承諾する。どうやらここに集った者らは彼女の抱える部下らしく、白銀一家を探すように命令を下したようだ。

 空から、地上から、それぞれの得意分野をツーマンセルで派遣する。これによってユクモ村周辺数十キロにわたって一気に調査する事になったのだ。

 

『ではそれぞれ散るがよい。当然目標を見つけ次第、殺せ。容赦は必要ない』

 

 その言葉に一礼し、次々と山頂を飛び立ってリオレウス達は自分達の縄張りへと帰っていく。そんな彼らを見送り、天空もまたゆっくりと空へと舞い上がっていった。

 

 この日が、各地でいつも以上にリオレウス、リオレイア系統が見かけられる事が多くなる一件の始まりである。

 

 

 ○

 

 

 ユクモ村に来てから一週間が経過した。瑠璃達はチームとして活動し、いくつかのクエストをこなしながら時折自分達の探し人の情報を求めていく。そうして過ごした日々はあっという間に過ぎていった。

 もちろん時間が取れれば桐音と体術の鍛錬を行い、着実に体術関連を伸ばしていく。瑠璃も何度か桐音と木刀で打ち合ったが、それにより茉莉の言っていた事が何となくわかってしまった。

 クロムと何度も打ちあっていたが彼の場合怪力だったために大抵の場合は彼が手加減してくれていた。二人も二人で種族の関係で他のハンターに比べれば怪力ではあったがクロム程ではない。

 そんな彼に鍛えられてきたため体術を鍛える鍛錬としては問題なかった。

 桐音との鍛錬はクロムと違い桐音も手加減なしにぶつかってきたということもあり、これまでにない刺激を得られたのだ。桐音が実力者という事もあるし、彼女自身が戦いを楽しむ傾向があるため二人の実力に合わせて戦いを進めてくれるためいい経験を積む事が出来た。

 また双剣だけでなく様々な武器を使ってくるため飽きさせないという点もあった。やはり彼女を鍛錬の相手に頼んだのは正解だったかもしれない。

 そして桐音は瑠璃と茉莉の鍛錬に付き合うだけでは飽き足らなかったようだ。

 

「おおおおおおおおッッ!!」

「ぬぉぉぉおおおおおおおッッ!!」

 

 ユクモ村の広場の一つを利用して行われているそれは、まさに男の喧嘩といっても差し支えなかった。だが一方は鍛えられた筋肉が眩しい男性ハンターであるに対し、一方はあの桐音である。

 二人は武器を持たず、私服で殴り合っているのだ。

 それだけ聞けばまさに男同士でやり合っていると思われるだろうが、それをこなしているのは若い女性だというのは驚きだろう。しかしこの戦いを見物している人々はもう慣れたようにあの戦いを見守っていた。

 それにしても……筋肉ムキムキな男に引けを取らない女性というのも最近では珍しくもないとはいえ、実際に目の前にすれば言葉にならない。殴られようとも蹴られようとも嬉々として反撃し、立ち向かっていく桐音という人物が普通じゃないという事もあって、最初の内は観客もどん引きしている者もいたくらいだ。

 

「オラオラオラァァァ!!」

「せいせいせいぃぃぃ!!」

 

 超近距離での拳の連打に近距離での蹴りの連打と続けざまに放ちあい、ただひたすらにお互い攻撃を繰り出し合うというインファイト。防御など知らないとばかりの攻めの姿勢を崩さず、しかしお互いが繰り出す攻撃がぶつかり合う事で防御となっている。

 まさしく攻撃は最大の防御という事だ。

 技術よりも力、力と力のぶつかり合いは数分にわたり、

 

『……っ!?』

 

 同時に繰り出された拳が交差するクロスカウンターによって両者ともにダウンしてしまった。戦いの決着に何人かの観客が湧き、手当てに向かう者が二人を起こして軽い応急処置を施していく。

 手当てを受けながら男はにっと桐音に笑いかけ始めた。

 

「ホントに桐音嬢ちゃんはつぇえよな。ワシ相手に引かずに真っ向から挑んでくるんだからよ」

「そうしてこその喧嘩だろう? 存分にやり合えばスカッとするもんさ」

「かっかっか! いい根性してらぁ! どうしてこれほどのべっぴんさんがこの根性を得てしまったのか、世の中わからんもんだなぁ! 惜しい、実に惜しい」

「はっはっは! 言ってくれるねぇ、もう一発しばいていいかい?」

 

 お互い手当てされ、笑いあいながら先ほどの健闘をたたえ合う。彼女らが戦った後はいつもこんな感じだった。だからこそ遺憾なく何度も拳を交えられる。

 そんな様子を眺めながら茉莉は隣にいる瑠璃にそっと話しかける。

 

「拳の速さ、見えてました?」

「……最後のあれ、十二発打ちあったの?」

「私には十三発に見えましたが」

「残念だね、お二人さん。正解は十五さ」

 

 どうやら聞こえていたらしく桐音が手を振りながら訂正した。結構傷ついていたらしいが手当てを終えたらすぐに立ち上がって肩や首を回しつつ近づいてくる。やはりこういう傷には慣れているらしい。

 そして瑠璃と茉莉の二人はただ桐音の戦いを見ているだけではない。桐音や彼女の対戦相手の動きをじっと見つめ、目で追いきれるのかを訓練している。特にインファイトに入った後のラッシュの速さが鍵だ。

 それが見えるか否か。

 見えたとしてどれくらいの精度があるのか。

 これを改めて鍛えているのだ。

 全てが見えなければ完全に防御する事は出来ない。感覚で防御、回避する事もあるだろうが、やはりしっかり見えていなければ確実ではない。

 

「後であたいらで打ち合おうか。じっくりとあたいの拳の速さを改めて堪能させてやるよ」

「まあいいけど、あんた、まだやる気なの?」

「ん? なんか問題あるかい?」

「…………いや、もういいわ」

 

 きょとんとした表情をしている。本気も本気、やらないという選択肢はないようだ。これ以上突っ込む気にもならなくなったため、やれやれとため息をつきながら首を振る瑠璃。

 だが今すぐに再開するというわけではない。これから温泉に一度浸かって休むことにする。広場から集会浴場へと移動して料金を支払うと、ユクモ村名物の温泉の一つを堪能した。

 

 集会浴場はその名の通り浴場という場所ではあるが、その一方でギルド支部が存在している場所でもある。建物の一角にはハンターが集まる酒場があり、壁には依頼書が張られるボードが掛けられている。

 風呂を終えた三人はこの酒場へとやってくると一つの机の席に腰掛け、風呂上がりの一杯を頼むことにした。

 少しして頼んだ酒を呑んでいきながら、茉莉は周りの様子を確認していた。最近の噂を振り返ってみると、リオ系統の飛竜が各地で活発に動き出しているとの事だった。繁殖期というわけでもないのにつがいで行動し、縄張りを広げるかのように動きつつその縄張りを徘徊しているらしい。

 今のところユクモ村周辺で特に気概は報告されていないようだが、ここから離れた場所の縄張りの端に含まれている村に近づいたつがいが討伐対象になったとの話があった。まだ討伐されてはいないようだが、村人たちは留まるのは危険という事で避難しているらしい。

 そのつがい以外のリオ系統についてのクエストはまだ出ていないようだが、もしかするといずれ貼られることになるだろう。季節外の繁殖期なのか、あるいはまた何か別の要因があるのか。

 それはわからないが、リオ系統の依頼書が貼られたならば自分達もそれをこなす事になるかもしれない。

 

「レウス、レイアのつがいか。一頭ずつだったら楽だろうけどつがいとなると結構難易度が上がるんだよな。ま、問題ないんだけど」

「でもこっちにまでは依頼書が回ってきていないみたいね。向こうで処理されているのかしらね」

 

 つがいの正確な数字はまだ完全に把握できていないが、結構な数になるのではないかと噂されている。その全てを処理していくとなると結構なハンターを動員する事になるだろう。

 もちろん危険なのかそうでないかの判断によってクエストが出るか出ないかの違いはあろうが。

 リオ系統以外の事についてはこの情報があった。

 ユクモ村付近でジンオウガが目撃されたという話である。

 

「ジンオウガって東方周辺で確認されている新たな竜種だったわよね? 確か……牙竜種って分類になってて、雷狼竜って呼ばれてるんだったか」

「そうですね。そして、私達がここに来る途中で遭遇したのも恐らくそのジンオウガでしょう」

 

 数年前に確認された新種の竜種にして今までのものとはまた別の特徴を保有するため、新たに牙竜種という枠に登録された存在。

 それが雷狼竜ジンオウガ。

 発達した四肢を駆使しその巨体とは裏腹に俊敏に動き、敵を粉砕していく無双の狩人と呼ばれている竜種である。雷光虫とは共存関係にあり、彼らを背中に集めて発電機能を高め、その雷の力が最大限に高まればただでさえ高い実力を持つジンオウガは更なる飛躍を果たし、もはや手が付けられない状態になってしまうとか。

 その実力からハンターにとっても討伐するのは容易ではない相手であり、またモンスターらにとっても勝てる相手ではないという存在になっている。故に、無双の狩人という異名が与えられたのだ。

 最近では凍土で亜種らしきものが確認され始めているらしいが、詳しい事はまだまだ調査中だ。その外見、能力や生態が少しずつ明らかになっていき、通称が獄狼竜と付けられた段階との事らしい。

 昔はユクモ村周辺に現れて村を緊迫状態へと貶めたようだが、滞在していたハンターの手によって討伐された事でそれが解決する事になったようだ。それからはまたジンオウガのような強力なモンスターが現れた時に備え、実力のあるハンターが訪れるように温泉村として発展していったようだ。

 故に昔に比べればこの酒場の活気は高まっている。そして上位ハンター以上の実力を持つ者も集まり始めている。ならばこそ、今回もまたジンオウガが脅威と判断された場合、奴を狩れる者がいるかもしれない。

 何にせよ近いうちにいつも以上のハンターが動員されるだろう。

 リオ系統のつがい、ジンオウガという将来的な脅威もあるが、それでも地方では他の飛竜らによるクエストは貼られている。経験を積むために何人かのハンターがクエストを受理して酒場を後にするのを眺めながら、風呂上がりの一杯を堪能しつつ三人は情報収集を進めていった。

 

 

「そんじゃあ、始めようか」

「本当に気が早いわね……もう少し休むという事を知らないのかしら?」

「もったいねえ。それじゃあ時間がもったいねえよ。あたいはそれよりも体を動かしたいのさ!」

 

 身構えながら前に出した右手をコキコキと鳴らしながら不敵に笑う桐音にまた嘆息しながらも瑠璃もまた構えた。こういうところもクロムに似ているものだから困ったものだ。慣れてしまった自分も自分だが、桐音の拳の速さに慣れる事で今以上に目を鍛えるのだ。

 ぶつぶつと愚痴りたいのを我慢して「先攻は貰うわよ!」と飛び出していく。

 

「そんじゃ、見切ってみせな! おらおらおらおらぁぁぁぁ!!」

 

 迎え撃つような拳の連打。それを捌く瑠璃の手もまた高速で動くが、それ以上の速さで繰り出される連打は少しずつ瑠璃を押し返していく。

 苦い表情を浮かべながら瑠璃は目を閉じそうになるのを堪えてしっかりとその拳を見つめるのだが、怒涛の勢いで放たれる拳を全て見る事は出来ないでいた。

 

(速い……! 手加減しているクロムさんに迫る勢い……いや、もしかしたらそれを超えるかもしれない。こいつ、本当に人間……!?)

「ふんっ!」

 

 一瞬の隙を見逃さずに両腕を払った桐音は、一度距離を取らせるために掌打で瑠璃の体を吹き飛ばす。突然の掌打ではあったが瑠璃は受け身を取って着地する。そんな彼女を見つめながら軽く両手を振って「さて、どれだけ見えた?」と問う。

 

「……九発ぐらい?」

「ふーん……実際にゃ十一発だったけどな。二発の誤差か……ま、繰り返していけば慣れるさ。そら、次行こうか」

 

 くいくいっと手を動かして続きを促すと、一息ついて呼吸と気を落ち着かせた瑠璃は再び桐音へと向かっていく。そんな二人を眺めながら茉莉もまた桐音の手の動きをじっと見据えていた。

 こうして第三者の視点で見る時と、実際に打ち合う時の視点では体感的な速度に若干の差がある。その違いもまた感じとり、見切っていかなければならない。

 目と反応速度と防御の鍛錬としてはかなり強引なものだろうが、これを磨き上げれば生き残れる確率が上がっていくため必要なものだ。

 そうして鍛錬と休憩を繰り返していくわけなのだが、不意にこちらに近づいてくる気配を感じ取って桐音は手を止めて振り返った。瑠璃と茉莉もうっすらと気配を感じとり、同じ方を見つめる。

 視線の先には森があり、はた目には誰もいないように思えるのだが、確かに誰かがいるのだ。

 

「誰かいるの?」

 

 瑠璃が呼びかけてみるが反応がない。

 まさか、噂に語られる辻斬りが潜んでいるのだろうか? 三人は静かに臨戦態勢に入りながら油断なく木々の向こうを見据える。

 無言の時間がどれほど過ぎただろう? 緊迫した空気のせいで数秒だったのか数分だったのかわからない。

 がさり、と草が揺れたと思うと黒い影が木の陰からゆらりと姿を見せた。

 それは――

 

「――ッ!?」

 

 骸の顔をした誰かだった。

 

「――ぎゃあああああああああああッッッ!?」

 

 悲鳴を上げながら瑠璃が手をかざしてその骸に向かって火炎を放つ。彼女としては咄嗟の反応だったろうが、骸に向かって火炎とは完全に火葬する形になってしまうだろう。しかし残念ながらそうはならない。

 骸は自分に向かって襲い掛かってくる火炎に驚いた様子で、

 

「う、うわああああああぁぁぁっ!? な、なんスかっ!? ちょ、やめえええええええ!?」

 

 少し高い声をしているようだが少年らしい声だった。火炎から逃れるようにまた木の陰へと逃げ込んだ骸ではあったが、火炎はその木すら焼こうと伸びていく。すかさず桐音と茉莉が飛び出してこれ以上の被害を出さないように努めなければならない。

 

「瑠璃、落ち着いて。どうやらあれは生きている人らしいですよ」

 

 瑠璃を羽交い絞めにして火炎を出すのを止めながら彼女を落ち着かせていく。それでも手の先から火炎が噴き出しつづけたが、「……え? 生きてる?」と茉莉の言葉に反応してじっと骸がいた方へと視線を向ける。

 そちらは絶賛山火事の初期段階だったが、桐音が「水気、解放。拡散」と呟きながら握りしめた右手に青い気が集まっていく。以前のオレンジ色の気とは違っているようだが、水中の出来事だったために二人はその違いに気づけなかった。

 そうしている間にも、彼女の右手に集まった気によって空気に湿気が高まり始め、燃え広がろうとしているその炎に向かって薙ぎ払った。すると水の刃がその手の軌跡に従って放たれ、その火災の消火にかかった。

 何度か腕を振るって水の刃を放ち、刃が消える際に降りかかる大量の水によって消火が完了。少しだけ焼けてしまった森の中から、ずぶぬれになってしまった先ほどの骸が姿を現す。

 

「はぁ……死ぬかと思ったッス。最近こんなのばっかりでやってらんねぇッス……」

 

 よくよく見れば足もちゃんとあるので幽霊という類ではないらしい。それに死んでいる割には生気もちゃんとあるので蘇りを果たした骸というわけでもない。

 またその服装……知っている者は知っているだろう、ハンター装備なのだ。

 もこもこの紫色のスポンジや毛皮を使用したルドロスUメイルとフォールドに身を包み、腕はシルバーソルアーム、足はナルガUグリーヴを着用していた。

 となればその被っている骸もまたハンター装備となる。見てくれは周りの人々をどん引き、あるいは恐怖に陥れるだろうがこれはちゃんとギルドに認められた装備なのだ。

 スカルSフェイス。

 なぞの頭骨などの素材を使って作り上げられた骸の顔を模した頭装備。装着した者の顔を隠し、完全に骸の顔を外部にさらすという趣味の悪い装備だが、胴装備のスキルを複製するという特殊なスキルを持っているため、それなりに愛用者がいるという話だ。……信じたくはないのだが。

 となるとこの人物はハンターという事になる。

 ずぶぬれになってしまった自分の格好を気にしながらため息をついている彼に悪い事をした、と感じてしまうが、かといって突然木の陰からあんな顔を出されたら誰だって驚くだろうと愚痴りたくもなる。

 その割には茉莉も桐音も驚いていなかったようだが。

 不意に腕を組みながらじっと彼を見つめていた桐音が小首を傾げ、

 

「…………お前、まさか十兵衛(じゅうべえ)か?」

「……? お? おおぉ、もしかして桐音の姉御ッスか?」

 

 尋ねれば彼もまたじっと桐音を見つめてそんな事を言った。骸の下ではたぶん驚いた顔をしているのだろうが、なにぶんそれのせいでまったく判別がつかない。

 だが桐音とは知り合いだったらしく、再会を喜ぶように桐音に握手を求めていった。彼女もにっと笑いながらそれに応え、がっしりと握手しながらばんばんと彼の肩を叩いて再会を喜んでいる。

 

「相変わらずチビっこいなぁ、お前は。全然成長してねえじゃねえか」

「うっさいッスね。余計なお世話ッス。そう言う姉御も変わりないようで何よりッス」

 

 桐音の身長は168くらいあるようだが、対する彼は155程だろうか。瑠璃、茉莉と同じくらいの身長をしていた。名前からして男だと判断できるが、それにしては確かに桐音の言うように小さいように思える。

 

「それで? ここにいるってことは火山の用事は終わったんか?」

「一時的な休憩って感じで下りてきたッス」

「火山の用事?」

「ああ、こいつ火山に篭ってピッケル振るいまくってるんだよ。そういうの、炭鉱夫っていうんだったか? 主にいいスキルが篭められているお守り狙って火山に篭ってたんだってよ」

 

 茉莉の問いかけに親指で十兵衛を示しながら桐音が説明した。

 死地の一つとされる火山は鉱石の宝庫であり、同時に古き時代の名残である塊やお守りが眠る場所でもある。ハンターの中には鉱石やお守りを求めて火山に赴き、ただひたすらにピッケルを振るう毎日を過ごす者がいる。

 そんな彼らを人はいつからか炭鉱夫と呼び始めた。

 どうやら十兵衛もそれに含まれるらしい。

 

「しかし……本当に火山を下りるタイミングを間違えたッスね……。本当にツイてないッス」

「なんかあったんかい?」

「聞いてくださいッスよ姉御! 火山を下りて早々リオ夫婦に絡まれるわ、辻斬りに絡まれるわさんざんだったんスよ! なんすか、これは!? おいらがなにしたって言うんスか!?」

「……ちょっと待ちなさい? 辻斬りに絡まれたって?」

「そうッスよ! なんだっていうんスか!? 訳わかんないッスよあの野郎……」

 

 ぐっと拳を握りしめて体を震わせながら遭遇したという辻斬りに愚痴っているようだが、本当に辻斬りに遭遇したのだろうか。もし噂の辻斬りに遭遇して生き延びたというならばこの十兵衛は相当運がいいのか、案外実力者なのか。

 桐音も十兵衛の話に興味を示したようで肩に手を回してぐっと顔を寄せ、「おい、辻斬りってどんな奴だったんだよ?」と真剣な表情で問いかける。

 

「それがッスね、本当に訳わかんねえ奴だったんッスよ。……あれはある晴れた昼下がりッス。火山を下りて少ししたところでリオ夫婦が飛んできたんスよ。おいらもハンターッスがこれは炭鉱夫用に調整した装備っすからね、これは不利だと逃げる事にしたんスよ」

「あ、やっぱりそれ、炭鉱夫用の装備なんですか」

「そうッス。ランナー、採集+2、高速収集、神の気まぐれと戦闘向きじゃないッスよ。それに武器もメインじゃないんで戦って勝てる相手じゃないッス」

 

 そういう彼の腰元には一振りの剣が提げられている。シンプルな片刃の剣ではあるが、中心には炎のような色合いをした線が浮かび上がっている。

 そんな剣からは凄まじい龍殺しの力が秘められている。

 封龍剣【怨滅一門】。

 さびた塊から掘り出された古代の龍殺しの武器を研磨し、高めていった一品だ。恐らく炭鉱夫として過ごす中で掘り出し、強化していったのだろう。

 属性の相性としてはリオ夫婦に対して効果的だろうが、一人で夫婦相手に戦うにしては武器の相性だけでは足りない。ハンターとしての実力がなければリオ夫婦を相手にして戦いきれるものではない。

 

「それですからね、おいらは何とか逃げ切ろうと必死だったんスよ。……そんな時、あの野郎が現れたんス」

 

 

 火山から離れた岩山地帯に差し掛かり、それでも空から追ってくるリオレウスとリオレイア。必死になって逃げ続ける十兵衛は時折背後を振り返りながらも、ただただ走るしか出来ない。

 凹凸の激しい地面に高低差のある岩山や坂という悪路ではあったが、それは空から追うあの二頭にとっても十兵衛を攻撃する事は難しかった。

 十兵衛はただ逃げるだけではなく、あちこちにある岩の陰に回ったりすることで身を隠していたのだ。二頭が火球を放っても十兵衛は岩を盾にする事で身を守るのだ。それは空からの急襲においても同様で、陰に回ったり崖を飛び下りたりして何とか回避する事で難を逃れていた。

 そんな時だ。

 突如空を裂くようにして一つの剣閃が通過していった。

 それはリオレイアの翼を裂き、緑の影が転落していく。それを見たリオレウスが咆哮し、剣閃が飛来してきた方へと意識を向けた。十兵衛もまた逃げながら背後を振り返り、一体何が起こったのだろうと疑問に思いながらも状況を把握しようと確認してみた。

 そこには確かに誰かがいた。

 細長い棒……恐らく槍なのだろう。それを回転させて後ろ手に持ちつつ、じっと空にいるリオレウスを見上げているその何者かの出で立ちは、一見するとただの一般人のようだった。

 竜の紋らしきものを描いたローブとオールバックにしている黒髪をなびかせ、紅色のシャツに黒いズボンというよくある服装をしている。この東方であの格好という事は西の方の誰かなのだろうか。

 といってもこの東方でもああいう服装をする人は増えてきているので定かではないが。

 まあ、それはどうでもいい。今は恐らくあの人物が飛行していたリオレイアを落としたのだろうという事だ。

 そしてハンター装備をしておらず、あの槍でリオ夫婦と戦おうというのか?

 いくらなんでも無茶だろう、とごくりと息を呑み、ハンターである自分が助けられて見ているだけというのも気が引ける十兵衛は反転して駆けつけようとした。

 

「……悲しいねぇ……。こんな所で出会っちゃってさぁ。本当に悲しいわぁ……おめぇらがここでオレの手で死ぬのが悲しいよ」

「……? 何をぶつぶつと言ってんスか?」

 

 独り言のような小さな声で何かを語りだした何者かめがけて、リオレウスはひときわ大きい火球を撃ち出す。人一人をすっぽりと呑み込むかのようなその火球が迫ってきているというのに、何者かは避けようともしない。

 

「ちょ、なにやってんスか!? 危ないッス!」

 

 思わず叫ぶ十兵衛。自分を助けに来た割にいきなり目の前で死ぬというのか? と驚く。

 あのまま呑み込まれるのかと思ったのだが……

 

「――迅気、(まとい)

 

 ぽつり、と呟いたかと思うと一瞬の内に襲い掛かってきた火球が霧散した。いや、正しくは切り裂かれたというべきか。あまりにも速く槍を振るったために見えなかったのだ。

 それだけではない。

 いつの間にか何者かの姿があそこにいなくなっている。

 リオレウスもまた己の敵を見失い、戸惑っている。その隙をまさに言葉通り突くようにして、いつの間にかリオレウスの隣に飛び上がっている何者かが、

 

「――槍術が一、山衝(やまづき)

 

 槍の矛先に黒い気が収束し、空中で構えたそれを一気に突き出せば、リオレウスの頭をその槍が貫いてしまった。いくら強固な甲殻で頭を守ろうとも、それを貫いてしまう程の威力。それが貫通してしまったならば高い生命力を持つ存在であろうとも存命できない。

 しかもつがいでの危険性など、最初にリオレイアを落としているせいで発揮しない。

 力を失って墜落していくリオレウスの背に着地し、体勢を立て直したリオレイアが悲痛な叫びをあげるのを見下ろす誰かはにやりと笑みを浮かべていた。

 

「悲しいなぁ……旦那を失う悲しみは人と同じかい? でも、安心するといいさ。すぐにあとを追わせてあげよう」

 

 相変わらずぶつぶつと独り言に近しい小声ではあったが、その碧眼に明確な殺気を宿らせてリオレウスの背中を蹴ってリオレイアへと急降下していく。だがそれを迎え撃つように火球を放つのだが、そんな単調な攻撃では奴には通用しなかった。

 高速で槍を振るう事でその全てを斬り払い、どういう手法を使ったのか空中で何かを蹴ってリオレイアの頭上を取った。

 

「さあ、お別れの時間だよ。槍術が一、黒雨(くろさめ)

 

 その位置を利用しての素早い槍捌き。行使しているのは連続的な高速突きなのだが、逆さまの体勢で落下しつつの技。それも纏わせた気を気槍として撃ち出しながらやっているのだ。あまりにも常識外れな攻撃に十兵衛は唖然としながら見守る事しか出来なかった。

 頭を何度も貫かれる痛みにリオレイアが呻き声を漏らし続け、しかし奴は容赦の欠片もなく何度も頭を突き続けた。

 間もなくリオレイアへと接触しようというところでまた空中を蹴り、回転しながら地面に着地し、ぐるんと槍を回転させて後ろ手に持つ。その背後で力なくリオレイアが倒れ伏し、あまりにも速いつがいの討伐をこなしてしまった。

 その事実に呆然とする。

 黒髪をなびかせ、口元だけで笑うあれは恐らく少年なのだろう。顔付きが少し中性的であり、声も少し高いせいで遠目には少し判別がつかなかったが、恐らく少年だ。

 彼は驚いて固まっている十兵衛をよそに死体となったそのつがいに近づき、その尻尾を体から切り離した。更にナイフを取り出すと尻尾を解体し始める。

 その行動にはっとした十兵衛は思わず彼に向かって声を掛けた。

 

「ちょ、ちょちょちょっと、そこの人……!」

「…………」

 

 呼びかけに反応せず、黙々とリオレイアの尻尾を解体していった彼はやれやれと小さく首を振った。尻尾に手を伸ばし何かを掴み取ってじっと見つめている。

 それは紅い玉のようだった。だがその玉には高い力が秘められており、尻尾から切り離されてもなおうっすらと光っているように思える。

 

「んー……精度が低いなぁ……。これでは届かないねぇ……悲しいなぁ」

「ちょ、おい……聞いてるッスか!? 一般人が勝手な狩猟のみならず、勝手な死体解体なんてギルドが許さないッス!」

「レウスの方はどうかな…………ああ、こっちもクズか。やれやれ、足りない、足りないなぁ……」

 

 完全にガン無視だった。リオレウスの尻尾も解体し、同じように紅い玉を取り出して観察し、落胆している様子だ。

 彼が求めていたのは火竜と雌火竜の紅玉らしい。だが秘められた力が求めていたものに届かなったようだ。それにしても紅玉のためだけにこのつがいを殺したというのか?

 そんな事が……許され――

 

「――ま、いいや。紅玉がだめなら、こっちもいいかねぇ?」

 

 不意に彼の視線が十兵衛に向けられる。その目に宿る感情は読み取れなかったが、明らかに戦闘態勢に入っている。それに気づき、十兵衛はすぐさま彼に背を向けて走り出した。

 あのまま話しかけ続けていたら間違いなく殺される!

 そんな感情を抱かせるくらい不穏な空気を放っていたのだ。

 そして彼は、口元だけで笑って見せながら十兵衛を追い始める。

 

「おや? どうしたんだぁい? そんなに必死な顔で走り出して……待ってくれよぉ、ちょっと君の血を頂くだけだよ?」

「そんなこと言って、おいらを殺して血を抜くつもりッスね!? そんなのごめんッス!」

 

 ポーチに手を入れて閃光玉を取り出すとそれを後ろに放り投げた。更に続けてけむり玉も取り出し、地面に叩きつけて煙幕も発生させる。だが彼は気にした様子もなく、

 

「――迅気、纏」

 

 一言そう呟いて辺りを包み込んだ閃光をものともせずに突き抜け、続けて辺りを包み込んでいる煙幕を手にしている槍を回転させる事で吹き飛ばしていく。

 

「ははは、追いかけっこはそれなりに好きだけど、もう少し待ってくれないかなぁ……? 逃げられ続けるってのも悲しいからさぁ」

 

 煙幕すらものの数秒で無力化され、まだまだ十兵衛を追い続ける。だが殺されるわけにもいかない十兵衛は続けて道具を使い続ける。

 今度はたまたま取り出したこやし玉を投げつけていく。こればかりは勘弁願いたいのか奴は気刃を放ってこやし玉を切り裂き、しかしそれによって独特のあのくさい臭いが辺りに広がり始めた。

 

「……あのさぁ、こればかりはさぁ……やめろよな? 角気、収束。一点突破」

 

 構えた槍の矛先に黄土色の気が収束し始めた。それに伴って尋常ではない殺気が放たれる。それは数十メートルも離れている十兵衛にまで届き、一瞬硬直しそうになったのだが、恐怖心を振り払って彼は走り続けた。

 その際懐から畳んであるローブを取り出し、それを軽く広げて中に手を入れた。そうしている間も追っては槍に気を篭めつづけ、それは最大にまで高まると彼は槍を構えたまま地を蹴って空中に飛び出した。

 

「――槍術奥義が一、地砕(ちくだき)!」

 

 振り抜いた槍を勢いよく投擲される。空を切って真っ直ぐに十兵衛へと流星の如く襲い掛かっていくその槍は、黄土色のオーラに包まれていた。オーラの粒子が尾を引きながら、一瞬の内に煌めく流星と化したそれに貫かれれば即死、当たらなくともあれだけのオーラなのだ。

 地面に突き刺さった瞬間に大地が割れるだろう。その衝撃波、舞い上がる瓦礫に当たっただけでもマズイ事になるだろう。

 

「いやいやいやいや!? ええい、ままよ……! こうなったらもうどうにでもなれッス!!」

 

 ローブから取り出したのは打ち上げタル爆弾Gだ。それも底に札を貼りつけているものであり、「ターゲットロック!」と叫んで導火線に火をつけ、次々と背後に放り投げていく。

 すると札の周囲が淡く光り、目標に設定された槍に向かって通常以上の速さで飛行していく。先ほども強走薬グレートを飲んで走り続けている事もあり、これで助かるというならば存分に打ち上げていく。

 流星にぶつかった打ち上げタル爆弾Gは当然ながら槍に貫かれて次々と爆発していく。これによって少しずつ槍の軌道が変わっていき、それだけでなく槍自体も僅かに傷つきはじめた。

 オーラに守られていたようだが、打ち上げタル爆弾Gの爆発の影響からは逃れられなかったらしい。だが流星が止まる事はなく、結局十兵衛の背後に着弾してしまった。

 瞬間、轟音と共に槍を中心として大地に亀裂が走り、衝撃波によって大地が盛り上がり始めた。

 

「う、うわああああああぁぁぁぁッッ!?」

 

 最初に襲い掛かってきたのは衝撃波。これに吹き飛ばされて数メートル空中に留まり続けた。続けて衝撃波によって、十兵衛と同じように吹き飛ばされてきた石や岩が十兵衛に襲い掛かってくる。

 最後に地面を何度も転がり続け、それだけでなく崖に放り出されて一気に転落していく事になった。彼の悲鳴が尾を引いて小さくなっていき、完全に見えなくなったところでこんな目に合わせた張本人が槍を手にしてやってくる。

 

「…………あーあ、残念」

 

 とんとん、と少しぼろぼろになってしまった槍で肩を叩きながらそう呟き、溜息をつきながらその場を去っていく。

 

 そして崖に転落していった十兵衛は、何とかその日の夜に意識を取り戻し、ふらふらになりながらも火山近くにあった町へと辿り着く事が出来たのだった。

 

 

 涙ぐみながら語り終えた十兵衛は、一息つきながら水筒からお茶を飲み始めた。スカルSフェイクをつけながら。

 話し続けている間も、こうして飲んでいても彼はこれを取ることなく進めていく。どういう作りになっているのか、彼が口を開くのに合わせてスカルSフェイクも動いているようで、飲食する分にも問題はないようだ。

 それにしても……

 

「よく生きていたわね、あんた……」

「そうッスよ! 自分でも驚きッス! でも、おいらはあんなところで死ぬのはごめんだったッスからね、おいらとしては神様に感謝したいくらいッス! それにしてもまったく……あいつはなんだったんスかねえ? あれがここまで来る途中に噂で聞いていた辻斬りだとおいらは思ってるッスけど……だとするとホントについてないッス」

 

 やれやれと息をつく彼がどこか疲れた様子だ。当然だろう、炭鉱夫を終えて一旦休もうとしたところでリオレウス、リオレイアに発見されてからの逃亡だけでなく、まさか訳も分からない人に殺されかけるとは思いもしなかったろう。

 彼はついていないと言っているが、逆についていたからこそ生き延びられたのかもしれない。

 それにしても結局彼は何だったのだろうか。

 ハンター装備をしていないだけで、本当は違法ハンターだったのかもしれない。

 ああいうハンターはギルドナイトによって取り締まられるはずだが、やはり彼はそのギルドナイトらを返り討ちにしていったのだろうか。

 そんな風に考え始めたところで、桐音が神妙な顔で十兵衛の肩に手を置いた。

 

「? どうしたッスか、姉御?」

「……そいつ、本当に黒髪で、緑の目をしていたのか?」

「そうッスね。そんな感じだったッス」

「迅気を使っていて、しかも槍術、山衝があったと?」

「ん、そんな事を呟いてたッス」

 

 その瞬間、桐音の表情は憤怒の鬼のようなものへと切り替わっていき、どことなく殺気に近しいものを静かに放ち始めたではないか。明らかにその何者かに対して思うところがあるようだ。

 しかもただの知り合いではなく、殺気を放ちたくもなる程の負の感情があるらしい。

 そういえば彼女の探している人物は……、と茉莉は気づき、静かに彼女に問いかけてみた。

 

「まさか桐音さん、あなたの探している……」

「……ああ。十兵衛、お前の遭遇した奴こそあたいの探しているクソ野郎――もとい、あたいの愚弟だよ」

 

 ざわり、と冷たい風が彼女らの間を吹き抜けた。

 

 

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