ユクモ村にまで戻ってきた瑠璃達は一度集会浴場の酒場へと向かい、その中で十兵衛は「そういやおいらは温泉に入りに来たんだったッス。先に温泉浸かってくるッス」と言って浴場の方へと向かっていった。
それを見送って三人は酒場へと戻ってくると、また注文をして先ほどの話について話し始める事にした。
十兵衛が遭遇した辻斬りと思われる少年。
それがまさかここにいる桐音の弟だったとは誰が想像しただろう。
「
「忌むべき存在、ね。前から弟の事を貶している感じがしたけれど、なんかやったの?」
「ああ、とんでもない事をやってくれたよ、あいつは」
注文した酒をぐいっと煽るといつも切れ長で気の強そうな瞳は、更に深みを増して先ほどと同じく怒気を含んでいるようだった。実の弟とはいえども彼女にとってその草薙武という人物は特に忌むべき存在なのかもしれない。
いや、実の弟だからこそ“とんでもない事”というのは許しがたいのだろう。
「草薙の武術は特殊だと前に言ったね。十兵衛に行使したようにあれも草薙の武術を習得している。だけどあれは昔から何かがズレていた」
「ズレてる、といいますと?」
「……血を好むのさ」
空になったグラスに瓶ごと注文した酒を傾けて新しいものを注いでいく。そうしながらぽつりと呟いたその言葉は嫌に二人の耳に届いてしまった。
「うちの一族は武術だけじゃなくて血統からして特殊でね、……ああ、これは少し言い辛いんで割愛させてもらうよ。あれはそれ故に人として普通じゃないズレかたをしてしまったのさ。それが血を好むという特性であり、飛竜らに対して妙な執着をしてしまい、殺しを好むようになった」
「……弟さんもハンターの一人、だったんです?」
「一応ね。草薙一族の一つの顔としてはハンター業だからな。あれはああいう特性を持っていたが故に人道だけでなくハンター道からもズレていき、最終的には草薙の里から出ていった。……宝剣を持ち出してね」
「宝剣?」
「遥かな昔に制作され、昔から里に眠っていた一振りの特殊な剣さ。あいつは里を飛び出していく際にそれをも持ち出していった。だから……あたいが探し出し、それを取り戻すのさ。……ついでにあいつを……さなければならないだろうけど、な」
最後の方は独り言にしても小さすぎる声で呟いたために二人には聞こえていなかったが、二人の意識はその宝剣という単語に惹かれてしまっていた。特殊な一族というだけでも興味を惹かれるのに代々伝わる宝剣?
しかもハンターの一族なのに独特の武術を確立しているだって?
いったいどれだけ特殊な一族だというのか、草薙というものは。
そしてそういう特殊な一族という単語の響きだけで、二人の頭には二つの一族が浮かんでいた。
力を求め、それ故に人の道を踏み外した神倉一族。
狩る事に特化し、それ故に人と竜を問わずに殺しつくす素質に目覚めてしまったシュヴァルツ一族。
特殊な力を持ち、特殊な思想をしていたが故に滅んで……いや、崩壊し散り散りになってしまった一族。
奇しくも前者はとても有名な人物と何度か出会い、彼女のみの生き残りとなり、後者もまた血族と一緒の村に暮らし続けてきた。
だからこそ特殊な一族、というものには反応せざるを得なかった。
そして知る。目の前にいる草薙桐音もまた特殊な一族の出身だという事を。
「……それがまさか、十兵衛と遭遇しようとはね。しかもレウスレイアの紅玉漁りだって? ……はっ、まだあれに執着していると見える。なんにも変っちゃいないってか」
ぶつぶつと呟きながら次々と酒を注いでは呑んでいく。酔っているのだろうか? 二人に話して聞かせるより独り言をぶつぶつと呟く事が多くなってしまった。
ずっと探し続けていた弟の情報がようやく得られ、それでいて自分の知っている凶行を続けているというならば、また沸々と怒りが湧いてきたのだろうか。それが彼女の酒を進める要因になってしまっている。
「……ま、いいさ。あいつが今も生きているって事がわかっただけでも良しとするさ。あれをまだ持ってるかどうかは十兵衛は見えなかったようだが、どうせ今も持っているんだろうね」
「――あの野郎ローブ纏ってたッスから、あの中にあったんじゃないッスかね」
そんな事を言いながら十兵衛が浴場の方から戻ってきた。当然三人の視線は戻ってきた彼の方へと向けられるのだが、一人だけその表情が固まる。
当然か。
浴場から戻ってきたという事は入る前に付けていたハンター装備から私服へと切り替わったのではないかと思われた。そして彼は今、私服らしき淡いグレーの下地に雪らしきものを描かれた和服に身を包んでいる。
そこまではいい、いいとしよう。
だというのに――
「――な、なな……なんでまだそれを付けてんのよ、あんたっ!?」
どうして、まだスカルSフェイスを付けているのだろうか、この少年は……とつっこまずにはいられなかった。
温泉に入ったというのは間違いないだろう。湯上りの火照った体をしているのがその証拠だ。ということは一度その骸を取ったのだろうが、どうして私服に着替えてまたそれを付けてきたのだろうか。
瑠璃のツッコミに「う……」と言葉に詰まったかのように体をびくりと震わせ、しかしすぐに呼吸を整えてスカルSフェイスに手を添える。
「……これッスか? おいらはいついかなる時でもこれは外さないッス」
「いついかなる時……って、もしや温泉に入っている時でもです?」
「そうッス。つけっぱなしで入ってたッス」
「なんで?」
理由を問いかけてみる瑠璃ではあったが、何となくその理由が思い至ってしまう。スカルSフェイスを付け続ける、それすなわち、
「――――顔を隠さなきゃいけないッス」
そういう事になってしまう。少し視線を逸らすように二人から顔をそむけながらも、彼はそう答えてきた。
何かしら世間の目から逃れるために顔を隠すのか、顔に刻まれた傷を隠すためか。大部分は後者の理由で顔を隠すだろう。一部分を隠す仮面ではなく顔全体を隠す仮面……それをどんな時でも外さないってどれだけひどい傷が刻まれているというのか。
「……昔、ちょっとやばい事に巻き込まれてしまって、その際にひどい火傷を負ってしまったッス。それはとてもとても見せられるようなもんじゃないッスからね、どちらかといえばマシなこれで隠しているッス」
「マシって……それも大概ひどい刺激だと思うんだけど?」
「でもスキルは素晴らしいものッス。それにもうこれはおいらにとって手放せないものッスからね。申し訳ないッスけど、目をつぶってほしいッス」
そう言いつつ桐音の隣に座り、彼もまた酒を一杯注文した。
それを眺めながら一つ気づいた事がある。
さて、彼はそれを付けたまま風呂に入ったようだが、どうやって飲み食いするのだろう、と。どういう仕組みなのかその骸の口は彼が喋るに合わせて動いているようだが、飲み食いする際はどうなってしまうのだろう、と。
そう考えていると注文した酒が運ばれてきた。十兵衛はそれを――
「んく……ふぅ……」
――普通に呑む。
どういうわけか骸の口が開いて酒を流し込んでも問題なく十兵衛の口内を通って胃へと流し込まれているようだった。ほんとうにどういう仕組みになっているのだろうと気になるところではあるが、これ以上突っ込むのも野暮か。
理由が理由だけに取れとも言い辛い。ここは慣れるとしよう。
「戻ってきて早々悪いが、十兵衛、お前があいつと遭遇したのはどの辺りだ?」
「えっとですね……この辺りッス。おいらが居た火山からこう下ったところッスね」
「なるほど。ここからそれなりの距離、か。となればもうこの辺りから離れてどこかに行っているな」
どこからか取り出した地図を広げ、十兵衛がリオ夫婦と武に遭遇した場所を示して見せた。このユクモ村から一週間以上もかけて移動した場所にある火山が現場であり、あれからその時間以上の時が流れているため武はもういないものと考えるのがいいだろう。
もしかすると各地に出現し始めているリオ夫婦を求めて彷徨っているのかもしれない。彼の目的が桐音が推測する紅玉集めならば、この機会につがいとしてギルドに確認されだした彼らを見逃さないはずがない。
ならばリオ夫婦の足取りを追う事は武の足取りを追う事に繋がるかもしれない。
だがこのユクモ村にそのクエストはまだ届いていないようだ。クエストがなければハンターは飛竜らを狩りに行く事は出来ない。正式な手続きをしなければそれは非公式な狩猟とみなされてしまう事が多いためだ。
そんな酒場に、唐突に一つの風が流れ込んでくる。
「…………」
入口の扉を開けて中に入ってきたのはハンター装備を付けていない青年だった。
水色に近しい青い髪を肩まで伸ばし、同じような色合いをした下地に金色の紋様をあしらい、首回りは白い毛皮によって覆われたコートを着込み、黒いズボンを履いている。
ぎらつくような青い瞳は強い意志だけでなく他者を圧倒するような強い覇気を秘めているかのようで、そのコートの下には相当鍛えられた肉体が秘められているだろうと思われる。
私服姿のハンターだろうか、と思ったが彼は真っ直ぐにカウンターへと向かっていき、「いらっしゃいませ」と出迎えてくれた受付嬢へと話しかけていく。
「訊きたいことがある」
「何でしょう?」
「ここに白銀昴なる者はいるか? それと同じく白銀、もしくは黒崎優羅、竜宮紅葉なる者もいるかも合わせて問いたい」
そんな言葉が聞こえてきた瞬間、瑠璃と茉莉の表情が強張ってしまった。対面に座っている桐音はそんな二人の変化に気づいたかどうかはわからない。だが僅かに視線を二人に向けたようだが、あの青年の言葉を聞いてみようと二人に合わせて向けてみる。
そうしている間も青年はじっと受付嬢を見つめて質問に対する答えを待っていた。
「……いえ、そのような名前をしたハンターさんはいらっしゃらないようですね」
ここのギルド支部を利用しているハンター名簿のファイルを開き、目を通した受付嬢はそう答えた。その解答を予想していたのか青年は「ふむ……」と小さく頷きながら、軽く酒場の客らを見回していく。
受付嬢に問いかけた内容を聞いていたのか、あるいはその出で立ちをした彼が見かけない人物だったために気になっているのか、ある程度の客が彼へと視線を向けている。
その中には当然あの事を受付嬢へと訊いた内容に反応した瑠璃と茉莉の怪訝そうに、なおかつ警戒するような視線も含まれている。
それに気づいたのかそうでないのか、青年はもう一度受付嬢へと視線を戻し、
「ではどこにいるのか、その情報はないか?」
「いえ、何も。何故その人達を探しているのでしょうか?」
「その者らにこなしてもらいたいクエストがある」
「といいますと?」
「リオレウス亜種、レイアの亜種つがい討伐クエスト。これを白銀らに頼もうかと思ったが、ふむ、おらぬのならばやむをえんな」
リオレウス亜種とリオレイア亜種だって?
このつがいの討伐クエストがこの村に回って来たって?
それを……彼が依頼すると?
その相手に白銀昴達を指名すると?
そこまで聞いてしまえば、瑠璃は止まらずにはいられなかった。席を立ち、真っ直ぐにカウンターへと向かってその青年へと声を掛けようとしたのだが、それよりも先に声を掛けた者がいた。
「リオ亜種のつがいといったな、そこのあんちゃん。本当にそのクエストを持ってきたってぇのか?」
「……誰だ、お前は?」
「ここのハンターの一人、
声を掛けたのは桐音と打ち合っていたあの屈強な男性だった。スキンヘッドに軽く髭を伸ばした強面であり、その体つきも相まってまさにハンターらしいハンターといえるだろうが、これが意外と気さくなところもある人物でもある。
そんな彼の後ろからは二匹のアイルーがついてきている。漆黒の毛並みをしたアイルーが佐助で、白の毛並みをしているのが椿らしい。オトモアイルーかと思われたが、それにしては纏っている雰囲気が妙に研ぎ澄まされているように思える。
彼らを巡っていく視線の動きが止まり、また青年は小さく鼻を鳴らす。
「それで? 何か用か?」
「そのクエスト、ワシらがこなそうかと提案しているのよ。あんちゃんが求めているハンターが見つからないってんなら、他のハンターがやるしかねえだろうよ」
「……貴様らならば出来ると?」
「おう、やってみせようじゃないか」
「ふん、そう思っているのは貴様だけではないようだがな」
腕を組みながら視線は自分を睨むようにしている瑠璃へと向けられた。榊が声を掛けた事で、話しかけるタイミングがなくなってしまった瑠璃はまだ青年を睨み続けている。
「お前もこれを受けるつもりか? それとも、また別の何かがあるのか、娘っ子」
「……白銀って名前を口にしたわね? どうして?」
「ほう? 娘っ子、貴様、あの者らがどこにいるのか知っているのか?」
「知らないわよ。でも、どうして行方知らずになっているあの人達をあんたが探しているのか、それを聞かせてもらおうじゃない。あんた、どこの誰よ?」
「……ふむ。まあよい、一応名乗っておこうか」
腕を組んだままその威圧するような眼差しで瑠璃、榊と巡らせた彼は
「
「どうしてあんたは白銀さん達を知ってるわけ?」
「貴様こそどうして知っている? しかもその口ぶり……昔からの知り合いという風だな?」
質問に質問で返したが、「さあ、聞かせてもらおうか」と言わんばかりの視線で瑠璃を貫いている。それに臆してしまい言葉を詰まらせてしまった瑠璃に変わり、彼女の後ろから茉莉が出てくると、いつものような半目のやる気なさげな表情で迅雷と名乗った彼に向き合った。
「ええ、昔ちょっとした縁で知り合っていましてね。短い付き合いでしたが、彼らにはお世話になっていたんですよ。……そんな彼らをまさか探している人がいたとは思いもしませんで。迅雷さん、と言いましたか? なんであなたは白銀さんを探してるんですかね?」
「この亜種つがいを処理してもらおうと思ったからだが?」
「それは他のハンターでも問題ないかと思いますがね? どうしてわざわざ白銀さん達を指名したのか、それが気になりますね」
「表舞台から消えてしまった優秀なハンターらを釣り上げるためだが?」
なんの臆面もなく、迅雷はそう口にする。
どうして彼らがその表舞台から消えてしまったのかを知ってか知らずか、迅雷はそう口にした。その答えに瑠璃は息を呑み、茉莉は変わらぬ視線でじっと見つめ続ける。
「釣り上げる、ですか。よくそんな事が言えますね」
「黒龍を討伐する事が出来た伝説を作り上げたメンバーの数人。あの者らならば、難なくこれを処理できよう。何せこのつがいは上位以上というレベルだ。そこらのハンターに処理できるものではあるまい? 故に白銀らを指名するのだ。確かに貴様らも出来るハンターではあるようだが、釣り上げようとするあの者らには届くまい」
「釣り上げられなかったらどうするんです? その口ぶりなら他の村や町を巡って来たんですよね?」
「釣り上げられなかったらそれまでよ。時が来れば他のギルドが緊急クエストとして募集をかけるだけだろうよ。こうして己が撒き餌を垂らしているのに、それに食いつかないならば、この辺りにいないのか、あるいはそれにも釣られないように隠れ続けているのか。何にせよ、己のこの行動が無意味ならばそれでもいいのだ。己はただ撒き餌を垂らし続けていくのみ」
とんとん、とコートの胸元を叩いてみせた。もしかすると既にどこかのギルドで正式な依頼書は作ってあるのだろうが、それを提出していないだけか。つまりはそれを持ち歩いて各地を巡っているのか。
そこまでして……白銀昴達を釣り上げようというのか。
彼は一体何を目的としているというのか。ただ亜種つがいの処理を頼むだけで白銀昴達を釣り上げようという魂胆なはずはない。もっとなにか別の理由があるはずだ。
そう、シュヴァルツ一族の末裔である彼女を釣り上げ、抹殺する可能性だってある。
それが想定しうる最悪のケース。だからこそこんなに警戒してしまう。
しかしそれを表情に出すことなく、ポーカーフェイスを通して茉莉は迅雷に問い続ける。
「白銀さん達を探すのはつがい討伐を依頼するだけ、それだけなんですね? それ以外の意志は、ないんですね?」
「なぜそこまで気にする? 娘っ子、貴様はただの知り合いではないのか?」
「そうですね、知り合いです。だからこそ釣り上げる、という言葉の奥に含まれる意志が気になるのですよ」
「……ふん、どうかな。たとえ含んでいたからといって、お前に関係あるのか? 答える義理などどこにもない」
「……そう、ですか。その釣りをする理由をなくしてしまいましょうか」
「何?」
変わらない表情で淡々と語ってくる茉莉に首を傾げながら睨みつける迅雷。じっと見上げてくる茉莉に変化はないというのに、その雰囲気に意志の強さが増したように思えたのは気のせいではないだろう。
「私達も立候補しましょう。そのつがい討伐クエスト、参戦の意を示しましょうかね。そしてそれを成功させれば、依頼をちらつかせた釣りはしないでいただきましょうか」
「ほう? 娘っ子らがやると? はっ、笑わせる。確かに? 貴様らはなかなか面白い素材のようだが、それだけであのつがいが討伐できると? そんなに生易しいものではないわ。足りないな、貴様らでは足りない」
「足りないってんならあたいらが加わるだけさ」
そこで桐音が立ち上がり瑠璃と茉莉に並び立つ。更に桐音の後ろからは十兵衛が加わり、ここに四人のハンターが揃う。十兵衛も炭鉱夫をしていたが元々はハンターの一人だ。それも若いながらも、なかなかの実力を秘めているハンターというのが桐音の談らしいが、まだはっきりとは知らない。
だがやるとするならば恐らくこの四人になるだろう。
それを確かめるように桐音と十兵衛を見つめた迅雷は、僅かな驚きを見せた、ような気がした。
「…………ほう? これはなかなか。このような素材がいるとは、な」
「なんのことやら」
「なるほど、なかなか面白い集まりだな。……そんなにこれをやりたいのか?」
懐に手を入れ、取り出したのは白銀昴達を釣り上げる撒き餌。カウンターの上に叩きつけたそれは、まさしく彼の依頼書だった。
リオレウス亜種、リオレイア亜種討伐依頼。
ランク、推定上位以上。
フィールド、渓流。
不安定。
こう書かれている依頼書には誰の名前も書かれていない。指名しているハンターが見つからず、これを受けようとしていたハンターをはねのけ続けた結果だ。そして今、また二組のハンターチームがこれに名乗りを上げている。
「嬢ちゃんたちもやりたいようだが、ワシらとてこういうクエストが回ってくるのを待っとったんだよ」
「あたいらも待ってたんだよね。どうやらあたいが探している奴の手掛かりがこいつらだってわかったんでね」
「む? 桐音嬢ちゃんは確か、弟を探しているって話だったなぁ?」
「ああ、そうだね。どうやらあいつ、リオ夫婦を追い続けているって噂があったんでね、もしかすると出くわすかもしれないのさ。だから榊さんよ、これ、譲ってくれないかい?」
「むむ……」
榊も桐音の目的の事は耳にしている。それだけでなく瑠璃、茉莉もまた探し人がいるという事も知っている。ずっと情報を求め、クエストをこなしながらも探し続けていた彼女が、ようやく情報の一端を手にする事が出来た。
それでもこのクエストをこなせば会えるとは限らないだろうが、行かないよりは行って会えなかった方がマシだ。
少し考え続けていた榊は後ろに従っている二匹のアイルーに肩越しに振り返り、二匹は相棒の視線を受け止め、小さく頷いてみせる。相棒が許したならば、榊もそれに反対する理由もない。
「……よし、わかった。今回は桐音嬢ちゃんらに譲ろう」
「悪いね、榊さん」
「なに、別の機会に返してくれりゃあそれでいいぜ」
「じゃあ帰ってきたら酒をたらふく奢るってのでどうだい?」
「おう、そいつぁいいな。嬢ちゃんらの勝利の美酒に混ぜてもらおうかね。……じゃ、頑張れよ!」
からからと笑ってアイルーを連れてその場を離れていく榊達。その際アイルーの佐助が肩越しに振り返って迅雷の顔を確認し、迅雷も視線に気づいてじろりと睨むような眼差しで交差させた。
先ほどから無言で榊の背後からじっと迅雷を見上げていたのだが、奇妙な感覚が佐助を包み込んでいたのは間違いなかった。これを確かめるために迅雷を観察し続けてみたが、やはり佐助が想像した通りの結果となる。
不躾に見つめられ続けてもなお堂々とした佇まいをする彼に背を向け、榊と共に酒場を後にしていった榊らに代わり、迅雷と並び立った瑠璃達はカウンターに置かれている依頼書に視線を落とす。
譲られたそれをもう一度確認し、彼女らは名前を書き記していき、受付嬢がそれを確認して受理される。ここに瑠璃達が新たなるクエストに参加する権利を獲得する事になった。
「それじゃいったん解散してそれぞれ準備に入る事にしましょう。待ち合わせは村の入り口、竜小屋の前でよろしいですかね?」
「異論はないよ」
「おいらもないッス」
「じゃまた後で」
目礼して四人はそれぞれ酒場を後にして宿泊している宿へと向かっていく。十兵衛は来るときに着ていたハンター装備ではなく、戦闘する際に使用するものを用意するため少し時間がかかりそうではあるが、特に問題はない。
つがいを相手にするのだからそれ相応の準備をしなければならない。この東方に生息するリオレウス、リオレイアらは中央のものとは外見的特徴だけの差異に留まらない。
根本的な能力や習性は同一だが夫婦としての絆が強く、それによって生み出されるコンビネーションが脅威とされている。片方が呼べば片方はすかさず飛んできて同じエリアに集結し、敵を狩っていくのだ。
もちろん違いは外見的特徴に留まらず、その行動までも違っている。大地の女王とされるリオレイアはその異名通り地上での戦闘を得意としているが、東方のリオレイアは低空飛行をこなして攻撃を加えてくる行動もよく見かけられる。
リオレイアの得意技であるサマーソルトを低空で行使する事もよくあり、まったく気を抜けない相手となっている。
そしてリオレウスもまた同じように低空飛行をよく行い、そこから繰り出される奇襲や火球のブレスの連発、低空飛行を繰り返してつかず離れずの距離の取り合いも行ってくるのだ。
この違いがあるため中央で活動していたハンターが東方にやってきて、このリオ系統と相対した時、その違いに戸惑うのはよくある話だ。
そんな彼らがどのような狩りをするのか。
迅雷は去っていった四人の背中を眺め、一息ついて彼もまた酒場を後にし、それだけでなく広場を抜けて裏手に回り、森の中へと入っていく。村はずれの森は涼んだり鍛錬をしたりするのに使われる事があるため人はまばらにいる事があるが、迅雷が入っていった森は人がいる気配がない。
それでも構わず彼は奥へと入っていき、そしてとある大木にやってきた。太い枝葉によって空は覆われて地上はちょっとした暗がりになり、更にそれよりも暗い陰になっている所にそれはいた。
「もうこんな所まで来たか」
「……くっちゃ、くっちゃ……ま、ね。ユクモならおもしろい奴がいるんじゃないかと思ったけど、まさか迅雷、あんたがいるとは思わなかったよ」
「己こそお前がここに来るとは思わなんだ。モガ方面に向かっているものと思っていたのだがな」
「くっちゃ……なんとなく、だよ。それにしても、人探しをしていると聞いていたけど、なに釣り上げちゃってるのかな? くちゃ……んく、んく……」
黒装束に身を包み、裂きイカらしきものをつまみつつ一升瓶を時折口に運んでいる。フードによってその顔は隠れているが、その下から覗く濁ったような黒い瞳はじっと迅雷を見上げていた。
「どうやらあれらも白銀らを探しているようだからな。あれらに縁あるものならば潰すか泳がすかの判断をする材料として、奴の駒に当てる事も厭わん。死ぬならそれでよし、死なぬなら観察するまでだ」
「んく……はぁ、ふーん、そう……。ここで遊んでもらおうかと思ったけど……」
「それは困るな。遊ぶのならモガに行ってこい。あの辺りは情報によれば王の駒がいるんだろう?」
「あれらは一応共同戦線はってるから殺せないんだよなぁ」
からん、と空になった一升瓶が手から離れて転がり、傍らに立て掛けられている刀に当たり、黒装束はふらりとよろめきながら立ち上がる。酔っているわけではない、ただ力があまり入っていないためだった。
とんとん、と腰や首を叩き、転がった一升瓶を足で蹴り上げ、装束の裾を広げて中に入れる。続けて立て掛けている刀に手をかけたかと思えば――
「――ふっ!」
突然抜き放ち、迅雷へと斬りかかる。
だが迅雷は冷静にそれを指で刀身を挟み、受け止めてしまう。怯む事もなく動じる事もなく、ただ振るわれたそれを受け止め、淡々と「戯れはそれまでにしておけ。残念ながら己は今は付きあえん」と返しつつ、指で挟んだ刀を黒装束へと返す。
「とっとと失せろ。ここにいれば誰かに遭遇するやもしれんぞ?」
「くちゃ……だったら殺すだけさ。辻斬り、だからね」
「やれやれ、どうしようもないな、貴様は。何度も言うが戯れはほどほどにしておけよ? それを目覚めさせるため、というのはわかっているが、やり過ぎればその身に厄が返ってくるぞ?」
「戯れも児戯も、そして
返された刀を鞘に収め、またとんとん、と今度は刀の柄で肩を叩きながら嘆息する。本当に戦えないというのが残念でならないようだ。こういう反応を見せるのもいつもの事なので迅雷は気にした様子もない。
というよりこんな異常者とこうして話をしているが、別に仲間と言うわけではなくただの知り合いだ。黒装束の言う共同戦線に迅雷は含まれておらず、こうして相対しているのも気配を感じ取ったためやって来ただけに過ぎない。
「戦猫とは戦えないだろうが、猫に近しい血を引く一族とは戦えるだろう?」
「あれは……猫っていえる性質じゃないでしょ。それに、あれは殺すなって言われてるし」
「…………だろうな。まあ何にせよ、とっとと失せろ。どうしても戯れたいなら、さっきも言ったように王の駒を呼べばいい。噂に聞いているぞ? あの剣士がかなりの手練れだとな」
「……ああ、あいつか。でもあいつは……なぁ。ま、いいや。じゃ失せろ失せろうるさいんで、消えますよ」
気だるげに手を振りながら森の奥へと消えていく。それを見送った迅雷はやれやれとため息をつきつつユクモ村へと振り返る。どうやらついてきた者はいないし、隠れている人物もいない。
迅雷を気にしていたらしいあのアイルーの佐助も隠れてついてきている様子はない。あの眼差しからして迅雷が何者であるかに気づいているだろうとは思っているが、別にそれを咎める気はない。
知られたところでどうにかなるようなものでもないからだ。
果たしてあのアイルー以外で自分の事を感づいたのはあの場にどれだけいたのだろう、と考えつつ、同時にあの四人がどれだけ戦えるのかも期待してみる。
「さて、お手並み拝見といこうか」
うっすらと笑みを浮かべながらその体が青い光と稲妻に包まれ、次の瞬間には森の奥へと流星のように光が移動し、地面に薄く焦げたような跡と、奇妙な足跡らしきものを残して迅雷の姿は消え去った。