酒場を後にした榊とアイルー二匹は利用している宿へと戻ってきた。榊はそのまま窓へと向かい、外の様子を眺める。彼らの部屋は三階にあり、下に視線を向ければ村を歩く人々の様子が見える。
佐助と椿の二匹はそれぞれ机と冷蔵庫へと向かっていき、佐助は纏っているローブからファイルらしきものを取り出した。ソファーに腰掛け、ファイルを開いてページをめくる佐助に対し、椿は冷蔵庫から取り出した牛乳を二つのグラスに注ぎ、佐助の対面に座る。
しばらくファイルを眺め続けていた佐助だったが、不意に独り言を呟くように話しだした。
「……リーダー。あんたも気づいてんだろ?」
「かっかっか、今までツッコミなしだったからスルーかと思ったが、そうでもなかったか佐助」
「……いや、あれをスルーしろと? それは無理な話ってやつだわ」
「椿としてはあいつが出てきたところで問い詰めたかったんだけどにゃ」
「……そうしたら絶対にマズイことになってたぞ、椿」
前に置かれているグラスを手にして少し牛乳を飲むと、ファイルから一つの書類を取り出し、机にファイルを置く。手にした書類をめくって内容を確認していく佐助は、その作業をしつつ再び榊へと話しかけ続ける。
「……それで? あのまま放置でいいのかよ、リーダー」
「それはどっちの意味だ? 佐助」
「……とぼけんなよ。つがいの件も、あの迅雷とかいう奴のこともだよ。……ああ、あいつが言っていた白銀のこともあるな。色々とやらなきゃならねえやつ、あるじゃん」
「椿としては本当はつがいのやつに行きたかったんだけどにゃ。手ごたえのある仕事、最近やってないからにゃー」
「それはすまんかったな、椿。なぁに、すぐにでも次のつがいクエストは舞い込んでくるだろうて。それまではあの嬢ちゃんらの成功を願っておこうじゃないか」
じっと窓の外を見つめながら優しげな表情を見せる榊。そんな様子を肩越しに見た佐助は、はぁ、とため息をついて書類を榊に向けて軽く振ってみせる。
「……リーダー、これの事、忘れたわけじゃないんだろ? そうのんびりしてたらあの人、また小うるさい説教たれるぜ?」
「おお、それは困るのぅ。渚嬢ちゃんはちぃっとばかり大人しくしていてくれんとな」
「だったらさっさと狩りにいくにゃ。おやっさん、最近草薙さんと遊びすぎだにゃ」
「わっはっは! そいつぁしょうがないというもの。ああいう元気な若者を見れば滾るというものよ! ……ああ、そう呆れたような顔をするな。心配いらん、さっきも言ったが機会は巡る。ワシらは座して待てばよい。……そら、言っている傍から来おったぞ」
にやにやと笑いながら窓を開けると、外から一羽の鳥が飛んでくる。それは鷹であり、足には手紙らしきものが結ばれていた。それを腕で受け止め、手紙を広げて「ほう……」と頷きながら内容に目を通していく。
佐助と椿も気になっているようで、「誰からだにゃ?」と椿が訊ねてみる。
「ふっふっふ、神風からの連絡よ。どうやらあっちの方で希少種のつがいに動きあり、との事らしい。応援に来れるなら来てくれ、と書いてあるな」
「……へえ。だったら行かないという選択肢はないな」
「だにゃ。もちろんこれは見逃さないんでしょ、おやっさん」
「おうよ。準備せい、二人とも。嬢ちゃんらに続いてワシらもつがい討伐じゃ!」
懐から小さな紙と羽根ペンを取り出し、さらさらと返事を書きとめて鷹の足にそれを結びつけ、軽めの食事を与えてやると窓の外へと飛ばしてやる。それを見送って榊は部屋へと向かい、ハンター装備へと着替える事にする。
佐助も広げていた書類をファイルに戻し、グラスの牛乳を一気に飲み干す。続くように椿もグラスの牛乳を一気飲みし、部屋に向かって走り出した。それに続いて佐助も部屋に入り、準備を進めていく。
数分後、彼らは宿を後にし、竜小屋へと向かう。手紙の主、神風と呼ばれた者がいる場所までアプトルに騎乗してユクモ村を後にした。
その数分前、同じように竜小屋に集まったのは瑠璃達だ。
二人の装備は以前と変わらず、瑠璃はナルガシリーズ、茉莉はレウスシリーズを身に包んでいる。名称としては下位の物ではあるが、強化を施す事である程度上位でも通用する防御力を実現している。
とはいえそれでも上位以上のリオ夫婦相手には厳しいかもしれない。特にナルガシリーズは火耐性が低い。火球のブレスを受ければマズイ事になるだろうが、瑠璃自身が火に対して耐性があるので問題はない……という訳でもない。彼女が大丈夫でも装備にガタがくれば後々の戦いに響く。
とにかく当たらないように気をつけて立ち回らなければならない。
以前のナーガ戦で損傷した装備も、鍛冶屋にメンテナンスを頼んで修理したので、この防具も武器も問題ない状態で使えるようになっている。
あとはどこまで戦えるか、だ。
そして階段を下りてくる二つの人影を見つけると、向こうから軽く手を振ってきた。やってきた桐音と十兵衛もきちんとハンター装備を纏っているが、桐音の出で立ちは以前組んだ際とは違う装備を纏っている。
鈍く光る金色にごつごつとして強固さを感じさせるその装備。
ガンキンSシリーズ。
火山に生息する獣竜種、ウラガンキンの素材を使用して作り上げられた防具だ。上位の中でも難しいとされるウラガンキンを何度も相手にしていなければ作れない装備だが、前回はネブラシリーズだったというのにどういうわけだろうか。
疑問を感じる二人の視線に気づき、「ああ、これ?」とガンキンSメイルを軽く叩きながら苦笑する。
「こいつの炭鉱夫に付きあっているとさ、時々ウラガンキンがやってくるんだよ。それを相手にして、討伐してたら素材が集まってさ、何となく作ったんだけどこれがなかなかいいのさ。抜刀会心、抜刀滅気が両方出るから結構いいんだよね」
「ネブラシリーズは?」
「ああ、あれは下位とか遊びでやる際に使ってるね。こっちは上位をやる際に使うって感じさ」
何というか、その理由が桐音らしいと感じてしまうのは何故だろう。恐らくはぎりぎりの戦いを楽しもうとそういう意図があるんだろう。戦闘狂ならばそういう考えを持ってしまうかもしれない。
そして彼女が上位装備をしているというのは何となくわかるが、
「……十兵衛も上位装備、なのね」
「そうッスね。こっちも姉御がいたからこそ出来たようなものッス」
ユクモ村に来る時に来ていたあれも上位装備だったが、現在彼が装備しているそれもまた上位装備だった。鈍い黒を基準とし、ガンキンSシリーズとはまた違ったごつごつとした印象を持ち、両肩には反った重厚な角が鎮座している。
ディアブロUシリーズ。
繁殖期に入り、気性が荒くなったディアブロスの雌の素材を使用した防具だ。硬く重量のある素材を使用しているだけあって防御力が高いのが特徴であり、並大抵のものでは傷一つ付かないといわれている。
だが彼は頭だけはあの骸、スカルSヘッドを装備している。
そう、スカルSヘッドだ。
これは今まで付けていたスカルSフェイスとは違い、ガンナー用として装備できるものである。もちろんディアブロUシリーズもまたガンナー用として作られたものであり、つまり十兵衛が狩りをする時はガンナーとして行動するという事の表れだ。
それにしてもわざわざ同じようなものを二つ用意するとは……やっぱりその火傷の痕が酷いのだろう。
「頭だけ変えているようですが、スキル的には問題ないんです?」
「ああ、問題ないッスよ。おいらは炭鉱夫ッスからね、それで手に入れたお守りと装飾品でスキル調整してるッス。発動してるのは装填速度+1、反動軽減+1、高級耳栓ッス」
「へえ……それはなかなかいいものですね」
ガンナーにとってはいいスキルが出ているだろう。飛竜らの咆哮の影響を受けず、リロード速度を上げるだけでなく、威力の高い弾を撃ってもある程度反動がなくなる。
これはいいスキル調整だ。
それに装填速度に反動軽減を出しているという事は彼は弓を使うのではなくボウガンを使うガンナーである事がわかるが、はたして一体どっちのボウガンを使うのだろうか。
これが明らかになるのは実際に現地についてからか。
……それにしても、
「……あたしたちだけ下位装備ってことか」
「まあ、仕方ないと言えば仕方ないですね」
東方での上位クエスト後半をこなしている二人に対し、瑠璃と茉莉は上位前半と下位クエストをいったり来たりしているだけ。ジャギィSシリーズも作れないことはないが、それ以上に今使っている装備に愛着があるためなかなか変える事が出来ないでいた。
それだけ長く使っている防具ではあるが、上位クエストの中でも中から上の今回でどうなるか。考えて、気になってしまうのは無理ない事だ。
しかし今回もまた二人だけでやるのではない。桐音も実力はわからないが十兵衛もいる。何とかなるだろう。
「準備は完了したかい?」
「ええ。お願いします」
竜小屋から二匹のアプトルとそれに引かれる竜車がやってくる。それを誘導していた竜小屋の主が声を掛けてき、茉莉がそれに応える。それぞれ自前のローブを纏い、腰元にはポーチが提げられている。
必要な物は全て用意されているのを確認し、次々と竜車へと乗り込んでいく。御者としてまた桐音がつくと、手綱を握りしめてアプトルを走らせた。
向かう先は渓流と呼ばれるフィールド。ユクモ村周辺の森のエリアであり、その中の一つの狩猟区域へ数時間かけて移動する事になる。
ベースキャンプは崖に面し、坂になっている場所にある天然の岩の屋根の下に篝火やベッドを配置するという簡単なものになっていた。崖の向こうには高い山や森が広がり、広大な山の自然を一望できるようになっている。
支給品ボックスには一応地図をはじめとする最低限の支給品が入っていたが、一応貰っていくくらいはしておくことにする。
続いて今回使用する武器だが、瑠璃は愛用しているヒドゥンサーベルを選択。これもナーガとの戦いで破損したが、防具と共に修理に出したので完全に修復されている。
茉莉はインペリアルガーダーを選択。その重厚な守りからのカウンターで攻めていく事を選んだようだ。
桐音はどうするだろうか。彼女曰く剣ならば色々手を出しては作ってきているそうだが。ユクモ村を出る前の言葉を考えるに前回は遊びだったからスラッシュアックスを選択したようだが、今回は上位装備を身に包んでいる。ならば武器もメインになるだろう。
それにスキル的には大剣が相性いいんじゃないだろうか。
そう思っているとローブから今回使用する武器を取り出した。
それは漆黒の小太刀。夜を思わせるような暗い色合いをした小太刀が二つ。しかしそれが一つの武器として確立されている。
双剣だ。
防御を捨ててその圧倒的な速さと手数で攻めるスタイルであり、達人ともなれば被弾せずに一方的な狩りをする事だって可能とされる武器である。
そして彼女が取り出したその武器は私服の時でも腰に差しているあの小太刀とはまた別の小太刀だろう。あちらは鉱石で作られた一般的な小太刀のような気がする。
「夜烏【翼】。ヤタガラスの素材で作った双剣さ」
東方で確認される鳥竜種の一種、ヤタガラス。夜行性であり、その外見は竜というより鳥に近しい存在だ。猛禽類を思わせる外見をしているが実際は狡猾であり、獲物が弱まるのを待ったり、死角から急襲を仕掛けたりという狩りをする事で知られている。
その鋭い羽に覆われた翼は一種の剣のようであり、その素材を使って作られる武器は鋭い切れ味を持つ武器となる事で知られている。桐音が持つその双剣もまたそうなのだろう。
確かあの人が持っていた片手剣にもヤタガラスの素材を使っていたか、と茉莉は思い出した。
最後に十兵衛が用意したのは褐色の甲殻に覆われたボウガン。あの人が使っているような軽量さを感じさせず、むしろ重量を感じさせるため恐らくそれはヘビィボウガンだろう。
ライトボウガンが軽快に動いて銃撃し、補助の弾を駆使して仲間をサポートしつつ攻めるタイプに対し、ヘビィボウガンはその逆。威力を高め、補助の弾を排除し、ただ獲物を狙撃し続けて攻めていくタイプだ。
放たれる弾丸の威力を高める事を目的としているために重量も同時に増し、ライトボウガンと違って軽快に動く事は出来ないが、その分一撃一撃の重みがあるため位置取りと回避が出来ればライトボウガンよりも素早く討伐する事も可能だ。
近年は技術の向上の甲斐もあり、ヘビィボウガンに新たな機能も搭載する事も可能としているようで、増々火力は上昇しているらしい。噂によれば高まった熱をそのまま攻撃エネルギーに変換して撃ち出す方法があったり、ボウガンに掛けられたリミッターを解除したりするらしい。まだまだ改良のし甲斐はあると撫子が言っていたっけ、と茉莉はそのボウガンを見ながら思った。
さて、今回彼が使うそのボウガンの名は、炎戈銃ブレイズヘル。
炎戈竜アグナコトルと呼ばれる、火山に生息する海竜種の素材で作り上げられた上位のヘビィボウガンだ。これも彼が言うまでもなく、炭鉱夫として火山に潜っている時に遭遇、討伐、制作という流れで作ったのだろう。
炎戈銃ブレイズヘルを背中に掛けると、続けてローブからベルトを取り出し、左肩から右腰と、左腕の裏に二つ留める。ベルトにはチップが嵌められており、恐らくそこに粒子化して詰め込んだ弾丸が込められている。
チップの位置とそこに浮かぶ数字で弾数確認、更にポーチに弾の素材を詰め込んだ十兵衛は頷いて、
「……よし、準備完了ッス」
「じゃあ作戦会議を始めようか」
ガンナーとしての下準備を終えたところで四人は纏っているローブを竜車に入れ、地図を広げて円を組んで向かい合う。
「情報によればここは今回相手するリオ亜種夫婦の縄張りに含まれているようで、最近一度離れていったらしいですが、また戻って来たそうです。近隣の村の上空を次々と旋回しており、村人たちは怯える毎日だとか」
「襲っている、っていう事はないのね」
「のようですね。でもいつそれを実行するかわからないから、今回あの迅雷さんが依頼書を作って持ってきた、ということです」
「基本的には両方とも飛び回っているらしいが、レイア亜種はレウス亜種と違い地上が主な活動区域。これを見つける事が出来れば、レイア亜種をさっさと処理できるだろうね」
「確認されてるエリアはわからないんスか?」
「その情報はなし、ですね。なにせここ一帯は狩猟エリア。ついでに言えば、空はリオレウス亜種の制空権が発揮されているため気球も飛びにくいんですよ。つまり、位置情報は現地に入って調べろって事ですよ」
やれやれと両手を軽く広げて首を振る茉莉に「うへ……」と嫌そうな声を漏らす十兵衛。だがこういうケースは上位以上、果てはG級ならばよくある話だ。こちらはメインターゲットだけでなく、どこからともなく乱入してくる別の大型モンスターが現れる事だって珍しくないといわれるくらいである。
これは現地の調査が難しく、メインターゲットの姿を確認できたが、別の大型モンスターが確認できなかったときに起こる出来事だそうだ。そういう場合、不安定というマークが依頼書に記され、ハンターに対して警戒を促す事になっている。
つまり不安定ならば乱入も頭に入れて現地に向かえ、という事であり、それを上手く処理しつつクエストを達成しなければならないという意味でもある。まさしく何が起こるかわからない、厳しい世界なのだ。
「さて、どうする? 四人一纏めで行くのかい?」
「地図を見る限りでは北に向かうルートと西に向かうルートがあるようですね。最終的には全て繋がっているようですが、調査するならば二手に分かれた方がいいと思われます」
「そうね。じゃああたしと茉莉、桐音と十兵衛でいいんじゃない?」
「ん、おいらはそれに異議なしッス」
気心の知れた二人同士で組み、行動するというのは悪くはない。むしろそうした方がいいだろう。だが桐音は少し考え、それに待ったをかけるように手を胸まで挙げた。
「いや、ここはあたいと茉莉、瑠璃と十兵衛で組んでみようじゃないか」
「は? どういうこと?」
「今回初めてあたいら四人で組むわけだが、二人は下位装備だろう? 防御面とか色々不安じゃないか。そこで上位装備をしているあたいらのどっちかが横につく事で囮になり、もう一つのコンビに連絡する事が可能だろ? ……それにさ、たまには違う相手と組んでみるのも面白いだろ? あたいらしばらくこの四人で回るんだし、いい機会だと思うんだけど」
なるほど、と思ったが後者が本音じゃないのか、と思ったが茉莉はそれを呑み込むことにする。
だが前者は何となく納得できるか。下位装備を強化してはいるが、それは桐音と十兵衛においても同様だ。二人がつけている防具も強化を施し、耐久性を上げている。だが十兵衛はガンナー装備のため剣士装備よりも防御力は低い。
しかしそれでもディアブロUシリーズは初期状態から下位の剣士装備よりも防御力は高く、それを強化すれば当然差は開く。その二人が緊急時には囮となる。もしも被弾しても二人ならば耐えきれる可能性が瑠璃と茉莉よりも高いだろう。
だからこその提案。
「もちろん考えなしに組ませているわけじゃない。前衛の瑠璃に後衛の十兵衛、同様に前に出るあたいに中距離から近距離を詰める茉莉、と相性は悪くないだろう? ここはお互い親睦を深めるって意味でも採用する価値はあるかと思うんだけど」
「…………」
考え込む瑠璃は自分と組む事になるだろう十兵衛へと視線を向けてみると、彼はその視線に気づき、どこか慌てたようにきょろきょろと桐音とあらぬ方を見やっている。なんだその反応は、と訊きたいところだったが、骸の奥から「マジッスか……、二人っきりッスか……ってか、睨まれてる? え、睨まれてんの? おいら……何かしたッス? ってか視線やっぱこぇえッス……」とぶつぶつ呟いているのが聞こえてきた。
(視線怖いって……そんなきつく睨んだ覚えないんだけど)
とんとん、と軽く頬を叩いてみながら瑠璃は自分の目つきを確かめてみる。十兵衛を怖がらせるほどきついものじゃないんじゃないか、と思ったがどうなんだろう。茉莉に訊いてみたらまたおもしろい事になったと突っ込まれるかもしれないのでやめておく。
というより、視線で怖がられてはコンビを組んだらどうなってしまうんだろうか。それを解消し、打ち解けるためのコンビだろうが、より一層壁を作られては本末転倒ではないだろうか。
(……いや、そうやってきっかけを逃したら実際に戦う際に上手くいく、という流れを潰すかもしれない。こいつの腕をじっくり知る機会でもあるし、乗るしかない、か)
もう一度じっと十兵衛を見ると、「な、なんスか? おいら、やっぱりなんかしたッスか?」と慌てだすが、それを止めるように瑠璃が手を挙げ、
「いいわ。組もうじゃない、十兵衛」
「…………え? マジッスか?」
「なに? 嫌なの?」
「いや、嫌というわけじゃないッスが……いいんスか? おいらと組んで」
「いいわよ。よろしく頼むわね」
「……よろしくッス」
しぶしぶ、と言った風ではあったが、差し出した瑠璃の手を十兵衛は握りしめ、握手した。ここに一時のコンビが成立し、続けて桐音も茉莉へと手を差し出し、茉莉もその手を取って握手する。
また地図に視線を落とした茉莉は指を地図に滑らせて「私と桐音さんは西……エリア2に進み、瑠璃と十兵衛さんは北……エリア4へと進むという方針でどうです?」と確認する。
それに異を唱えるものはおらず、最後に指をエリア7、9の交互を示し、
「落ち合うのはこの二つが望ましいかもしれませんね。あるいは途中でここ、エリア6で会う事になるかもしれませんが」
「4、5、6と進めばそうなるかもしれないわね。そっちが2、6と進めば、だけど」
「エリア3はただの通り道だし、自然とそうなるだろうね。もし途中でターゲットと遭遇するようなことがあればこの信号弾を使おうか」
そう言って桐音が支給品ボックスから取り出していた信号弾の一つを見せる。彼女が手にしているのは離れた所にいる仲間に飛竜遭遇の意を知らせるものだ。もちろんこれは見え、聞こえなければ意味はないが、この渓流ならばよほどの事がない限りは見逃す事はないだろう。
各自一つずつポーチにしまい、それぞれ立ち上がって支給品の携帯食料を口に含み、水筒のお茶で流し込む。
今回も竜車に爆弾などを積んでいる事はないため、あれを引いて移動する事はない。それぞれ身軽な状態で坂を下りていき、エリア1へとやってくる。この時点で道は二つに分かれ、一つは続く坂に沿って岩山地帯となっているエリア2へと進む。
もう一つは山から小さく流れてくる水と少しぬかるんだ段差を降り、そのまま北へと進むルートを辿り、エリア4へと進む道。
「じゃ、健闘を祈るよ。……十兵衛もそうびくびくしないで瑠璃とうまくやってこいよ?」
「……善処するッス」
「だからどうしてそう怯えるかな……」
「その雰囲気と目つきじゃないですかね? 瑠璃は昔っから結構人に噛みついてきましたからねぇ……あの人にまで噛みついてしまい、逆に睨まれ返されたのはよく覚えていますよー」
うんうんと頷きながら昔を思い返す茉莉だが、「ちょ、そんなにあたし噛みついちゃいないでしょ!?」と茉莉の両肩をぶんぶん揺さぶってしまう。それでも茉莉は動じず、腕を組んだまま口だけで笑って見せながら、
「ははは、いい思い出じゃないですか。あの出来事があったからこそ、瑠璃も多少は大人しくなったんですから。……その目つきは相変わらずきついままですけどねー。あの人ほどじゃないですが」
「うっさいわ! というか、やっぱりあたしの目つき悪いって言ってんじゃないの!?」
「いやー瑠璃も私のように柔らかくすれば、ある程度はそういう事もなくなるんじゃないんですかー?」
「いや、あんたは柔らかいというか間抜け面というかなんというか……そこまでやったらあたしの何かがなくなる気がする」
「ははは、言いますねー。間抜け面とぬかしおりますか」
そんなやりとりをする二人を桐音は楽しそうに眺め、隣にいる十兵衛に「ほんとに仲がいい姉妹だよなぁ」と振ってみる。十兵衛も頷きながら「そうッスね」と同意する。そこで桐音はちらっと視線を落としながら十兵衛の様子を見てみる。
骸をつけているため表情を読む事は出来ないが、雰囲気で彼の感情を読む事はある程度可能だ。今十兵衛は怖がっている、という風ではない。落ち着いている、いや、落ち着こうとしている、という感じだろうか。
「……ほんと、難儀だよな、お前って。今のお前を見ていると昔を思い出すよ」
「……すみませんね、姉御」
「いや、気にする事はないさ。そのための一時的なコンビさ。頑張って瑠璃と打ち解けてきな。でなけりゃこれから先、チームとしてやっていけないぜ?」
「……うっす」
とん、と優しく背中をおしてやれば十兵衛は静かに瑠璃の下へと向かっていく。そんな彼に気づき、茉莉を解放した瑠璃は軽く首をしゃくって「行くわよ」と一言告げて歩き出した。
その後に十兵衛もついて行き、時折振り返りながらエリア4へと消えていく。
それを見送った茉莉はやれやれと嘆息しつつ軽く体をほぐしつつ桐音に並んだ。
「……それで? 十兵衛さんはどうしてあんなにびくびくしてるんで? 初めて会った時から瑠璃を相手に普通に会話していたように思えますけど」
「ああ、あれかい? ……まあ、何というかね、あいつは……ちょっと難儀な性格しているのさ」
「といいますと?」
「普段は何とかおさえているみたいだけど、狩場とかで誰か親しくない奴と組んだりするとああなってしまうのさ。特に気の強い奴と組んだらああいう反応してしまう、状況的な人見知り、とでもいうべきかね」
「ああ……なるほど」
ハンターの中には各地を巡るタイプがいる。そういうハンターは一人でクエストをこなす者がいれば、各地の酒場で仲間を募ったり募っている誰かの下へと入ったりして、クエストをこなす者がいる。
そういう人らは自然と他のハンター、ひいては知らない人と打ち解けやすくなるんだろうが、十兵衛はそういうタイプではないようだ。
「素顔を晒せずあの仮面をつけているからねぇ……初対面じゃ引かれるか奇妙な奴だと思われるだろ? あいつはそう思われるのは慣れているらしいが、やっぱりそういう目で見られたりするのは嫌らしいね。昔はあたいも怖がられてたけど今じゃあの通りさ。時々一緒に狩りに行ったりしてたけど、あいつが炭鉱夫になってからはたまに会うだけになってたのさ。少しは変わっているか、と思ったけど……変わってなかったようだね」
「それで瑠璃と組ませた、と?」
「まあ、そういうことだね。あとは自分の実力が劣ってるんじゃないかとか、見た目に反してヘビィ使いだから大丈夫か、とか思ったり思われたり……と色々あったらしいね。狩場でがちがちになってたら死ぬからね、さっさと瑠璃に慣れてもらわなきゃ困るってもんだろ」
「……難儀ですね。プライベートじゃそうでもないんですよね」
「そう……いや、二人っきりとか知らない奴に囲まれた場合だとああなるわ、うん。あたいが隣にいたからこそあいつは普通に喋っていただけで」
なるほど、と頷きながら二人が消えていった方を見つめる茉莉。今まさにその二人っきりという状況だが、はたして瑠璃は十兵衛と打ち解けられるのだろうか。
思い返してみれば十兵衛が自分達と話している時はずっと桐音が隣にいた気がする。それは十兵衛がそういう事にならないようにするための配慮だったのだろう。
不意に桐音がふむ、と口元に指を当てて考えるようなしぐさを見せる。
(……そう考えると愚弟との遭遇で話しかけたってのは、あいつにしてはよくやった方だよな。まあ、目の前で違反行為を堂々と見せられたり、リオ夫婦に追いかけられたりしてたってので気が動転していたのかもしれないけど)
そういう風に自己解決し、最後にもう一度エリア4の方を見ると「あたいたちも行こうか」と茉莉を促した。それに茉莉も同意し、二人は坂道に沿って歩きだし、エリア2へと進んでいった。
風は穏やかに吹き抜け、フィールドの空気も重苦しくない。
渓流は一見穏やかさを保ち続けている。
そんなフィールドに今、四人のハンターが足を踏み入れる。
それすなわち――空の王と陸の女王の
以前組んだ三人に新たな仲間を一人加えた今回の狩りはどうなってしまうのだろうか。
今はまだ、誰にもわからない。