集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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18話

 

 

 エリア4は広い平原が広がっている場所だった。左手には大きな岩山が聳え、右手を進めば崖に繋がっている。平原に何もないかときかれればそうではなく、点々と遠い昔に滅んだと思われる村にあった家の残骸が転がっている。

 それだけでなく倒木もあり、それらが障害物という役割を果たしていた。何もなければある程度スペースを確保して立ち回れただろうが、これらがあるためここで戦う際には気をつけないといけないだろう。

 いや、逆にガンナーからすればこれらを盾にして狙撃が出来るのだろうか。

 そんな事を考えつつ見回していた瑠璃の視線が、少し離れた所からついてくる十兵衛に肩越しに振り返ってみる。そこには瑠璃と同じように辺りを警戒するように小さく首を振りながら見回している彼がいる。

 だが瑠璃が自分を見ている事に気づいた十兵衛が軽く肩を震わせ、縮こまってしまう。そんな十兵衛にまたため息をつき、瑠璃は立ち止まって十兵衛に振り返った。

 

「ねえ、どうしてそんなに怖がってるの?」

「……え、あ、いや……」

「村じゃ普通に喋ってたわよね? あたし、なんかしたっけ?」

「……いや、なんもしてないッス。……うん、なんもしてないッスね」

 

 思い返すようにきょろきょろとしながら十兵衛はそう答えた。だとするとやっぱりこの視線が怖いのだろうか、と瑠璃はまた自分の頬を撫でる。茉莉となんやかんやとした彼女ではあったが、やっぱりそういう事は気にしているみたいだ。

 過去に自分よりも十分きつい目をしている人を二人は知っているので、それに比べればマシだろうと思っていたが、自分も十分怖いのかと気になりだしたらしい。

 そんな彼女に十兵衛は申し訳なさそうに俯く。

 

「瑠璃さんは……本当に悪くないッス。悪いのは、おいらッスから、そう気にしなくてもいいッス」

「……なんか理由があるんでしょうね?」

「…………のが苦手なんス」

「え? なんだって?」

 

 蚊の鳴くような声だったため、思わず身を乗り出してきつい声で訊いてしまった。あ、やってしまった、と思った時には「う……」とどこか怯えた声で一歩下がってしまう十兵衛がいる。

 「あ、待って待って。今のなし。うん、もう一度お願い」と慌てて呼び止め、お願いする事にする。それで何とか十兵衛もこくりと頷き、

 

「だから……、あまり慣れていない人と二人っきりになるのが、苦手なんス」

「…………あぁ、ああ、そういう事、ね」

 

 最初は気の抜けたように、二度目は納得するように頷き、何度も小さく頷きながら腕を組んだ。そういえばこういう反応を見せ始めたのは自分と組もうと桐音が提案しだしたときだったっけ、と思い返してみる。

 

「人見知りする性質?」

「……そうッス」

「なるほどね。じゃあ仕方ない、か。うん、なんていうか……あたしもごめん」

「いや、だから瑠璃さんは悪くないッス。おいらが……しっかりしてないから、こういう風になってしまうッス。雰囲気まで悪くしてしまって……申し訳ないッス」

 

 なんというか、本当にユクモ村での彼とは別人のように弱々しい雰囲気だ。この差に瑠璃は驚き、しかし全部桐音が隣にいたからだろうと思い至った。彼女がいたからこそ初対面の自分達を相手に普通に話が出来たんだろう。

 いや、あの時は愚痴に興奮していたからもしれない。その興奮が彼の口を滑らかに動かしていたのだろう。落ち着いてから本来の自分が出てきた、といったところか。

 そんな彼を桐音がどうして自分ではなく瑠璃とコンビを組ませたのか。

 

(慣らすため、でしょうね)

 

 二人で行動させる事で瑠璃と普通に会話し、行動できるようにするようにするためか。腕組みをしながらじっと十兵衛を見つめていると、脳内で桐音が軽い微笑を浮かべながら「こいつを頼むよ」と言っているような気がした。

 人付き合いをするなら茉莉の方がいいのに瑠璃を選んだのは、戦いになった際のバランスがいいという事もあるだろうが、瑠璃のような人と二人で行動する事で一気に慣らせるかもしれないと思ったかもしれない。

 そう思われるのも癪だが、思い至ってしまったからには何とかやってみるしかないだろう。

 やれやれと嘆息しつつ頭を軽く掻いて瑠璃は十兵衛に近づき、ぽんと肩を叩いた。

 

「そう固くならなくていいわよ。別に取って食おうってんじゃないんだから」

「…………」

「さ、行きましょう。こうして立ち止まっている暇はないわよ。でも辺りを警戒しなからだけど話をしようか。あたしの事、あんたの事、お互いの事を知れば少しはその固さもほぐれるでしょ?」

 

 出来る限り優しく話しかけながら、柔らかく笑ってみせる。自分はうまく笑えているだろうか、と気になったが、それを感じとらせないように気をつけながら優しく十兵衛を見つめた。

 

「……うっす。すいません」

「だからそう謝るなって。すぐに謝るの、禁止」

「す、すいま……あ、いや……」

「……ま、いいけどね。すぐにとは言わない、少しずつ慣れていこうか」

 

 そして瑠璃はエリア5に向かって歩き出す。それに十兵衛も付いてくるが、瑠璃はその十兵衛の隣に並ぶように歩いていた。ちらりと十兵衛へと視線を向けると、「じゃあまずはあたしの事から話そうか」と振ってみる。

 十兵衛が頷けば「じゃあ何から話そうか……」と呟きながら考え始める。本名の事は言えないし、竜魔族だという事も言えない。ポッケ村出身ということは少し言うのは躊躇われるし、そこに住まうあの人達の事も言えない。

 これは困った。

 話そうにも隠さなければならない事が多いじゃないか。

 話しても大丈夫な事を纏めて一体どう話せばいいのだろうか。

 そんな事を考えていると、「……おいらから話すッス」と意を決したように十兵衛が言った。少し驚いたように振り返ってみると、そこにはやっぱり骸の顔がある。まだこれに慣れないが、何となくその骸に隠された十兵衛の顔は真剣な表情をしようとしているのかもしれないと思った。

 

「元々おいらは小さな町の出身で、ハンターの両親の教えで小さい頃からハンターとなるべく育てられたッス。結構射撃の腕がいいって褒められたんでガンナーを、力がついてきてからはヘビィボウガンをメインに扱うようになったんス」

「ハンター一家か。いつからハンターやってるの?」

「えっと……十を超える頃にはクエストやってたッス。とはいえあの頃は小型ものばかり相手にしてたし、両親もいたからそんなに活動はしてなかったッスけどね。……主に鍛錬ばっかりやってたッス」

「ふーん……やっぱりそんなもんよね。あたし達もそうだったし」

 

 子供の頃からやっていたとしても見習いのため小型モンスターや採集クエストを主にやるのは普通だ。それでもクエストをやるのは早いうちから狩場という空気を肌で感じ、体に覚え込ませるのが目的である。

 それ以外の時間は主に武器の扱い方やハンターとしての知識を学ぶ事にあてられる。瑠璃達だってそうしていた……が、それ以上に火竜の力を制御する時間の方が多かったか。

 

「……瑠璃さん達もハンター一家だったんス?」

「まあね。母さんがハンターやってんのよ。気づいたら茉莉と一緒に母さんの背中を追ってて、ハンター見習いとして色々教わってきたわ」

「そうなんスか。……っと、続きッスね。下位ハンターとして独り立ちして町を拠点としてソロで、時には同期のハンター達と狩りをしてたんスが、上位ハンターに昇格したら世界を回ってこいって言われたんで町を出てきたんス」

「へえ、一人旅?」

「そうッス。一人で世界を回り、見聞を広めろっていう教えッス。一つの拠点に腰を据えるってのもいいッスが、若いうちは色々経験してこいってのが父さんの言葉ッス。あれは……十五のことだったッス」

 

 相槌を打ちながら聞いていた瑠璃だったが最後の言葉に少し固まった。まさかこの十兵衛は……十五で上位ハンターになったって事か?

 それは結構すごい事なんじゃないだろうか。そんな早くに上位ハンターになったって事は十兵衛はかなり出来るハンターだという事になる。大抵のハンターは早くて十七、普通に経験を積んでいけば十九か二十前後あたりで上位ハンターになる。

 とはいえそれは若いうちからハンターになった者達の話で、大抵は十四、五から十八の間にハンターになるのが多い。それだけハンターというのは危険な職業であり、早いうちからハンターをやるのは両親がハンターであることが通例だ。

 そのため上位ハンターになるのは前述あたりになるのだが、十五でそうなるっていうのは、その人物がかなり実力のあるハンターという意味でもある。

 

「各地を転々としておいらは実力を磨き、見聞を広めていったッス。華国に行ったりロックラックに行ったり、時にはドンドルマにも行った事もあるッス。まあ、中央の方は短い期間しか滞在しなかったッスけどね。おいらには中央より東の方が性に合ってたッス」

「あ、そうなの……。ま、あたし達もドンドルマ方面にはあんまり行ってないけどね」

 

 ポッケ村を出てからまっすぐにロックラックへと向かい、それからは東を中心として行動していたため二人はドンドルマに行ったことがないのだ。隠された目的が目的だったために仕方ないだろうが、一度ドンドルマに行ってみたいと思った事はある。それは今もなお果たされてはいないが。

 そうしている内にエリア5へと入っていく。ここは森の一部となっており、周りを木々に囲まれた場所だ。それだけでなくこの広場にも点々と木が生え、倒木があったり切り株があったりと障害物も多い。

 ここも気をつけないと大型ならばそうでもないが、小型……ブルファンゴがいつの間にかそこまで迫ってきていたという事になったらしゃれにならない。

 瑠璃は辺りを警戒しながらも、話し続ける十兵衛の言葉に耳を傾ける。

 

「上位ハンターとして順調に経験を積んでいけたまではよかったんスが、とある村に滞在している時のことッス。おいらはその村の宿に泊まっていたんスが、突如その宿が火事になったんスよ」

「火事!? いったい何だってそんな事に」

「よくわからないんスよ。時間帯が深夜だったこともあって火の元もないし、火竜が来たわけでもないんス。……となれば放火になるんスが、あそこは辺境の村だったッスから放火されるような理由が思いつかないッスよ」

 

 あまりにも想定外の出来事であり、対処が遅れてしまった事もあって宿は全焼してしまうという結果を生み出してしまう。宿の人も含めて死傷者も出してしまい、その中の一人である十兵衛も顔に……いや、顔だけでなく体にも火傷を負ってしまう事になってしまったというわけだ。

 

「あの後治療を受けたッスがこっちは治すのは難しいって医者も言ってたッス。自分でも鏡で見てみたッスがああ、こりゃひどいって思えるくらいッスね。運が良かったのは目に影響がなかったことッスね。ガンナーは目も大事ッスから」

「……そう。それからそのスカルを?」

「そうッスね。こういうのはおおっぴらに見せるようなもんじゃないッスから。最初はまあ、普通の仮面とかマスクとか使ってたッスが、スキル面とか色々あってこれに落ち着いたッス」

 

 そっとスカルSヘッドを撫でながらあの頃を思い返すようにしみじみと呟く。

 静かに聞いていた瑠璃ではあったが、火傷の原因が謎の火事によるものとは思いもしなかった。てっきり瑠璃は狩りをしている際の負傷だと思っていたのだ。だが事故によるものだなんてそれは不幸な出来事。

 でもそれを口には出来ない。するのは不躾というもの。

 ではなんて言えばいいのだろう。思いの外反応しづらくなってしまう。そんな瑠璃に気づき、慌てて十兵衛が両手を胸まで挙げて振りだした。

 

「いやいや、そう困らなくてもいいッス。そう言葉に詰まられちゃおいらが困るッス。確かにこうなって色々変わってしまったッスし、おいら自身も……まあ、人の視線とかに敏感になったり、こういうなりッスからそれが負い目になって気弱になったりと変わってしまったッスけど……それでも、何とかやっていけてるッス。……今のところは」

 

 まくしたてるように喋り出すが、だんだん弱々しくなってまたぶつぶつと呟くように言いながら落ち込み始める。なるほど、ぶつぶつと喋り出すのは癖になっているのか、と分析しつつ、また瑠璃は頭を掻きだす。

 こういう性格は火傷を負ってからなのだろうか。あるいは子供の時からで、火傷を負ったからこそひどくなってしまったのか。

 何にせよこういう性格だからこそ瑠璃と二人で行動するのを慌てていたのだろう。

 

「治そうとは思ってるんスが……これがなかなか。どうしても慣れていない人を前にしてしまうとびくついてしまうんスよ」

「……それでよくあの桐音とうまくやっていけるわね」

「姉御はあれッスよ。強引にぐいぐいとペースに巻き込んできたッスから……。気づけば慣らされていたっていうかなんというか……」

「じゃああたしもそうした方がいい?」

 

 そう口にしてみると十兵衛はまた慌てだし、今度はぶんぶんと首を振り始めてしまう。

 

「いや、勘弁してほしいッス。普通にお友達からお願いしたいッス。……あ、いや、深い意味はないッス! 普通に……普通に? うん、普通にお友達になりましょうって意味ッス!」

「あ、うん、わかってるわよ。お友達、ね。いいわよ、お友達。というか仲間だし、もうお友達として始まってるかもしれないけど」

「あ……」

 

 少し呆けたように声を漏らすと、今度は瑠璃が少し慌てだし、「なによ、あんたとしてはまだあたしとは友達として始まってないっての?」と怒ったような声で問いかければ、また十兵衛は首を振りだし、「始まってるッス! こんなおいらでいいのなら、よろしくお願いしたいッス!」とぺこぺこと頭を下げだした。

 そんな十兵衛に苦笑し、気づけば結構彼と話せているじゃないか、と感じだした。こうして隣に並んで話していても怯えられていない。もう少し会話し続けたら慣れてくれるだろうか、と思った矢先、

 

「……っ!?」

 

 木々の向こうから数匹のブルファンゴが、二人に向かって疾走してきているのを感じ取った。素早く背中にあるヒドゥンサーベルの柄に手をかけ、抜き放ちながら気刃を放とうとしたが、それよりも早く隣にいた十兵衛が動いていた。

 担いでいる炎戈銃ブレイズヘルを左手で高速で抜きつつ、右手でチップを叩いて弾丸を取り出し、左手でそれを構えながら装填。ろくに狙いも定めていないような速さで銃口をブルファンゴ達に向けると、引き金を連続で引いていった。

 銃口から放たれた弾は途中で細かな弾を散開させ、ブルファンゴ達を纏めて撃ち抜いていく。一発目でその痛みに足を止めてしまい、二発目で毛皮を突き抜け、三発目で致命傷となって倒れてしまう。

 その素早い処理にヒドゥンサーベルを手に掛けたまま瑠璃は固まってしまう。そんな彼女を知ってか知らずか、十兵衛は「ふう……」と息をついて炎戈銃ブレイズヘルを肩に掛けながら辺りを見回している。

 

「……随分早くない?」

 

 それは処理する早さなのか、その炎戈銃ブレイズヘルを抜いてから装填、狙撃の流れが早いのか、恐らく両方だろう。弾が装填される速さを上げる装填速度+1があるとはいえ、あまりにも鮮やかすぎる。

 

「いやぁ……長く扱っていると自然と体が覚えるもんッスよ? あとスキルのこともあるッスが、元々このブレイズヘルの装填速度がヘビィにしては速いッスからね。それも含まれるッス」

「……でもあんた、さっきの見ただけでもわかるくらい十分強いじゃない。自信持ちなさいよ」

「はは……、これでも全然ッスよ。『碧空』のダグラスさんとか、おいら以上に凄いヘビィ使いはわんさかいるッスからね。それに長い事炭鉱夫やってたッスから、ちょっとブランクあるかもしれないッス」

 

 瑠璃に褒められても十兵衛は苦笑しながら否定してしまう。確かに彼は炭鉱夫の期間が長かったようだが、それでも今のブルファンゴの処理は目を見張るものだった。正直言って瑠璃は十兵衛の実力を計り損ねていたと認めてしまうくらいに。

 よもや自分が攻撃するまでの間に全部処理できるくらい速く動けるヘビィガンナーがいるとは思わなかった。いや、彼が言っていた『碧空』のダグラスならば可能だろうが、あれはG級以上の実力を持つ規格外のハンターだ。

 彼らを除けばそんなにいないだろう。しかも彼は上位ハンター。まだ伸びる可能性がある若いハンターだ。この時点でこれだけの実力者ならまず間違いなく強いハンターだと言える。

 控えめ過ぎるだろう、と瑠璃は思う。

 その控えめさで自分の光る実力の鉱石の輝きを鈍らせているんじゃないか、と思いつつ十兵衛を見つめる。そうしていると、また十兵衛が「え、な、なんスか? おいら、変なこと言ったッスか?」と慌てだす。

 やれやれ、ちょっと考え事をしながら十兵衛を見つめるだけでこれだ。少しは慣れたと思ったが、どうやらまだまだらしい。

 「なんでもないわよ。さ、行きましょう」と促して歩きだし、「あ、待ってくださいッスよ」と慌てて追いかけてくる。

 そんな彼を感じながら瑠璃は少し十兵衛の事を好ましく思えてくるのを感じていた。最初こそ妙な奴だとか随分と臆病な奴だとか感じていたが、少しほっとけない弟のような少年のようだった。思った以上の実力をしているくせにそれを大ぴらにせず、むしろそれを隠すように控えめ。

 人付き合いも苦手そうだし、それが逆にめんどうを見てやりたく感じてくる。もしかすると桐音もこんな風に感じているのかもしれない。

 

(ま、仲よくしてやろうって気にはなってくるかな)

 

 肩越しに振り返りながら瑠璃はそう思いつつ、二人はエリア5を抜けていった。

 

 エリア1から西に進み、エリア2へとやってきた茉莉と桐音。ここは岩山地帯になっており、右手は崖となっていて高低差のある岩山が繋がっている。その先には森があるがその内の一つがエリア5となっているようだ。

 遠くの景色を眺める桐音の視線はじっと空に向けられており、リオレウス亜種が飛行していないかを探っているようだった。茉莉も辺りを見回しながら何かいないかを探ってみるも、どうやらこの周囲に生き物の気配はないようだ。

 

「それにしても茉莉って瑠璃とは正反対だね。似ているのは外見だけなのかい?」

「ははは、よく言われますね、それは。でもま、だからこそ私達はうまくやってると思ってますね」

 

 道を歩きながら桐音がそんな事を口にする。それを会話のきっかけとし、茉莉もそれに乗ってそう答えた。

 

「ボケとツッコミってか?」

「おー、正解ですよ」

「さっきのあれがそうだよな。よくあんなことをしてるのかい?」

「ま、いつもの事ってやつですよ。それはもう昔からですね。瑠璃はなかなか弄り甲斐がある人ですから」

「言うねぇ。まあ、それが仲がいいってことなんだろうね。いいと思うよ、あたいは」

 

 くっく、と小さく肩を揺らしながら笑う桐音。そんな彼女をいつものような目でそっと見てみる。彼女もまた弟がいる姉弟ではあるようだが、その仲は決していいものではないだろう。

 何せ彼女自身が弟の事になればあれほどの怒気を見せるくらいだ。わかる人にはわかるだろうが、あの怒気を放ちあんな目をしている彼女は、まず間違いなく弟に対して殺意を抱いている。

 自分達がこうだから、他の兄弟や姉妹の仲がいいというのは羨ましいのかもしれない。あるいは羨ましいというより仲がいい様子を見て楽しんでいるというのだろうか。

 自分にはないものを求めるより、それを愛でる性質なのかもしれない。

 

「桐音さん、一つ訊いても?」

「なんだい?」

「十兵衛さんは人見知りをする性質なんですよね? そんな彼がよく桐音さんと話せるようになったな、と思うのですが」

「ああ、それかい。出会った当初からびくびくしてたからさ、色々やってみたら話せるようになったってだけさ」

「色々って……何したんです?」

「ん? クエスト一緒にやるのは基本として、部屋に連れ込んで晩酌やったり、鍛錬やったりと、とりあえず行動を共にしつつ会話してきただけさ」

「あー……」

 

 それは至って普通なものだろうが、どういうわけか茉莉の頭に浮かぶのは、桐音が強引に十兵衛の首に手を回して引き寄せつつ、引っ張っていく光景だった。気弱な十兵衛だからこそ仲良くなるためにはどうすればいいかを桐音なりに考えた結果かなんだろうが、こういう風に頭に思い描けるのは何故だろう。

 というか推測ではあるが、ほぼ間違いなくこうやって十兵衛に近づき、彼の心の壁を壊していったに違いない。豪快だろうが、その甲斐もあって今の関係を築けているのはいいこと、なのかもしれない。

 

(ふむ、瑠璃も同じような事をすれば……いや、意外と普通にやってしまうかもしれないですかね。そこは瑠璃を信じてみますか)

 

 昔は結構やんちゃで年上相手でも臆せずため口で話しかけてきた姉だ。今でこそそれはなくなってはいるものの、その斬りこみを今回もやってくれればあるいは……とここまで考えたところで停止する。

 確かに彼女はそんな性格ではあるが、あれで結構面倒見がいいところもある。そこが出てくることになれば、十兵衛とも仲良くなれるかもしれない。なにせこんな自分を相手に姉妹を続けているし、ボケにもよく付きあってくれるのだから。

 そんな事を考えながらエリア6へと移動する。

 ここは南のエリア8となっている洞窟の入り口の前に滝が流れ落ち、そこから生まれる小川が南北に延びるエリアになっていた。川の水は足元を濡らすだけになっているが、砂利や石というちょっとした動きの疎外となるものがあるため戦う際には気をつけなければならない。

 坂を下りてエリア6へとやってくると、そこにはジャギィやジャギィノスがたむろしており、きょろきょろと辺りを見回しているようだ。

 

「ここにもいないか。じゃあさっさと洞窟に入っていこうか」

「はい」

 

 距離が離れているし、すぐに移動できるためあの小型モンスター達に構っている暇はない。あくまで自分達はリオ亜種夫婦を相手にするのだから。気づかれない内に素早く動いて滝を潜り、その中にある洞窟の入り口を抜けるとそこは薄暗い洞窟が存在していた。

 ここは天井の一部に穴が開いており、そこを通り抜ける事によって空からこの中へと降り立つ事が出来るようになっている。また左側もまた吹き抜けになっているようで、ここも飛竜にとっては出入り口になっている。

 そう、ここは飛竜の巣なのだ。

 奥に進むとそれらしきものが確認できるのだが、やはり目的のものはいないようだった。茉莉が巣に近づいてみるも卵は見当たらない。腐肉はあるようだが数時間の間にここで便をした形跡もない。

 

「ふむ……いないな。こりゃどういうことだぁ?」

「巣を離れてどこかを飛行中かもしれませんね。隣のエリア9にもいなさそうですし」

 

 気配を探ってみれば洞窟の外に繋がる先、エリア9にも大きな気配はなかった。実際に確かめるために移動してみるが、やはりそこにはどちらもいない。いるのはこっちもまた数匹のジャギィだけだった。

 

「やれやれ、めんどくさいね」

 

 首を振りながらも夜烏【翼】を抜き、一瞬でジャギィとの距離を詰めて一太刀の下に斬り伏せる。突然現れた桐音に驚き、ジャギィらが声を上げるがそんな事をしていては桐音に狙われるだけ。

 首と体が分かれたジャギィから素早く次のジャギィへと移り、残るジャギィをこれまた一太刀で処理し、一息つきながら血を払って腰に戻す。相変わらず見事な剣術というべきか。

 それを横目で見つつ、茉莉は何か手がかりはないかと探っていた。この地方にジャギィらが数匹で群れるというのは時々見かけられる事だ。それは気にしなくてもいいだろう。

 問題はこうしてエリアを移動してきてもリオ亜種夫婦の手掛かりらしきものがない事だ。

 こういうのはどこかに僅かなものが見つかるものなのだがまるっきりない。もしかすると瑠璃側ならば何かあるかもしれない、という事も有り得ない事ではないのだが……巣に近しいこっちに何もないというのは気になる。

 そんな事を考えながら歩いていると、奇妙なものを見つけた。

 

「これは……」

 

 地面に焼けたような跡と僅かな血の跡がそこにあった。血の跡はいいとして焼けた跡というのがポイントだ。ここで焼ける理由といえば、火竜と呼ばれるあの二頭のどちらかが火球を放ったと思われる。

 一体いつそれをしたのかはわからないが、軽くそこに触れてみると煤が指についてくる。それで時間を計れるわけではないが、これが煤で間違いないという事を判別する。

 ようやく見つけた手がかりだ。標的はまず間違いなくこの狩猟エリアにいる。

 しかし同時に奇妙な点もある。その跡の先の森、いや木々が薙ぎ倒されているのだ。まるで何かが通過したかのように強引に作られた道がある。大きさからして飛竜クラスの何かがこの先へと向かったのか、あるいは向こうからこっちに来たのか。

 それはわからないが、こうして目に見える形で手がかりが見つかった。それにしては何かおかしい気がするのだが、まず一度あちらの二人に合流してみよう。

 そう思った時だ。

 空を桜色の影が通り過ぎて行った。

 

「っ!?」

 

 二人して空を見上げ、あれが向かっていった方向を見つめる。方角は東、森が広がる方だ。つまりエリア5、瑠璃達が回っているであろうエリアが含まれている。

 

「ようやくお出ましってか! 行くよ、茉莉!」

「はいはーい、了解ですよー」

 

 どうなる事かと思ったが、出てきたのならば良し。追いかけてさっさと討伐していこうではないか。

 

 エリア6へとやってきた瑠璃と十兵衛は軽く辺りを見回して目標がいないかを確認するが、いるのはジャギィとジャギィノスのみということに軽く落胆する。またここを通過すると思われる茉莉達がいないのも確認し、すぐに合流地点であるエリア7へと向かおうとした。

 だがそこで何かが接近してくるのを察知し、立ち止まる。

 離れた所で威嚇しているジャギィ達も何かに気づき、辺りを見回し始めた。

 空気がざわついている。

 それに合わせて風が吹き、森もざわめき始める。

 そんな中で「ギャア、ギャア!」と騒ぎ出すジャギィ達。

 瑠璃はヒドゥンサーベルへと手を伸ばし、十兵衛は炎戈銃ブレイズヘルを抜いて構えている。

 そして――空を桜色の影が通過し、エリア5に向かって降下していった。それを視認した途端、二人は身を翻してエリア5に戻っていく。

 だが完全に中に入るようなことはしない。

 木や草むらの陰に潜んでそれが着地していく様子を見守る事にする。

 それはまさに通称通りの桜色。森の中にそれは映え、彩りを添えているかのようだ。背中と尻尾の先に棘が生え、低く唸り声を上げながら先ほど二人が処理したブルファンゴの死体に近づくと、その肉に喰らいつき始める。

 桜火竜、リオレイア亜種、リオハート。

 三つの名を与えられている存在が今、目の前にいる。

 しかも食事に夢中になっているという好機。これを逃さず奇襲を仕掛けてペースを掴めば、最初の流れはこっちのものになるだろう。

 そう考えていると、十兵衛がしゃがみながら炎戈銃ブレイズヘルにベルトに留めていたチップの一つを近づけ、ととん、と強弱をつけて叩いた。するとチップからベルトリンクが伸び、その中に弾丸が通って炎戈銃ブレイズヘルへと自動装填がされていく。

 これが近年技術開発が進み、ヘビィボウガンに追加された機能の一つだ。対応している弾に反応するとベルトリンクが伸びて自動装填、通常よりも速い速度で銃撃が可能とされている。

 自動装填に問題がない事を確認すると、十兵衛はしゃがんだまま狙いを定めつつチップを狙撃の邪魔しない位置に固定し、

 

「おいらがここから狙撃して気を引いてるッス。瑠璃さんは……」

「今の内にあれに回り込み、あんたが狙撃したら信号弾を使えって事ね」

「……そ、そうッス。よろしくお願いしたいッス」

「了解」

 

 足音を立てないように気をつけつつリオレイア亜種の横側へと回り込んでいきつつ、ポーチに手を伸ばして信号弾を手にする。その様子を横目で確認した十兵衛はスコープで照準を合わせ、引き金を連続で引いていく。

 放たれたのは徹甲榴弾Lv2。それは狙い通りにリオレイア亜種の頭へと着弾していく。弾丸の中でも威力の高い弾丸であるが故に反動も強いが、それを反動軽減スキルで和らげ、どっしりと構えながら次々と徹甲榴弾Lv2をおみまいしていった。

 そして徹甲榴弾は着弾してから少しして爆発する特性を備えている。これは頭に着弾し爆発すると、相手の頭を揺さぶる効果を発揮し、眩暈状態へと近づける事が可能なのだ。

 突然の攻撃にリオレイア亜種が驚き、苦悶の声を上げながら仰け反ってしまう。その隙をついて瑠璃が信号弾を空に打ち上げ、茉莉達へと遭遇したことを知らせる。

 問題なくそれが空で爆発したのを確認すると、ヒドゥンサーベルを抜いて急接近。振りかぶったそれを一気に翼へと振り下ろす。ナルガクルガの切れ味の高い刃であるその一撃は翼の一部を裂き、リオレイア亜種の意識を瑠璃へと向けさせた。

 

「グルアアアアァァァァッッ!!」

 

 咆哮ではなく威嚇するような声。続けて口元に火が集まり、仰け反った事で持ちあがった事で頭上から火球が落とされる。それを横に飛び退いて回避し、転進しながら尻尾の下を潜り抜けつつ一太刀斬って離脱。

 当然リオレイア亜種は瑠璃を追うように振り返るが、その背後に隠れている十兵衛が飛び出して引き金を引いていた。

 放たれる貫通弾が背後からリオレイア亜種を貫いていき、ダメージを与えていく。元々高い威力を持つ炎戈銃ブレイズヘルにパワーバレルも装着されているため、威力を底上げされた弾が連続して襲い掛かっていく。だがリオレイア亜種は瑠璃を狙って襲っていく。

 

「……なかなか根性あるッスね。まず間違いなく上位個体。Lv1程度じゃ威力不足……いや、ここならいけるッス!」

 

 重量のあるヘビィボウガンを手にしているためその走るスピードは遅くなってしまうが、それでも十兵衛は位置を変えてリオレイア亜種の側面に移動する。続けて貫通弾Lv1の追加を装填し、腹から突き抜けるように狙いを定めて撃つ。

 

「グッ、グルォオォ……!?」

 

 瑠璃へと噛みつこうとしていたリオレイア亜種だったがその痛みに怯んでしまった。その隙を逃さずに瑠璃が首、顔へと斬りかかり、また離脱。装備の不安があるためにいつものような斬り込みが出来ないため、素早い接近離脱をしなければ命に係わる。

 慎重に、しかし確実に攻撃と回避をする。

 それが今回の瑠璃の戦い方だ。

 だがそこでリオレイア亜種は一歩足を引いて体に力を溜め始める。それはリオレイア亜種にとって必殺の攻撃を放つ前ぶりだと気づき、瑠璃は横へと逃げ出す。

 しかし十兵衛ははっと息を呑んでスコープから視線を外し、慌てて瑠璃へと叫ぶ。

 

「瑠璃さんっ! それはダメッス!!」

「――え?」

 

 確かにそれはリオレイア亜種の必殺の一撃の一つ。

 強靭な足の力で自身を持ちあげて宙返りし、それに従って動く毒の棘を生やす尻尾で敵を討つ。

 サマーソルト。

 これがリオレイアの危険性を世間に広める要因の一つになっており、ハンター達はこれには気をつけろと教えられている。一撃の重さだけでなく毒の棘に貫かれるため体内に毒を仕込まれるためだ。

 尻尾の一撃で瀕死になり、毒によって命を落とす。この流れが確立する。

 だからこそサマーソルトの予備動作が見えれば、とにかく横に逃げろ。縦に回転するんだから前に立っていればサマーソルトに当たってしまう。

 故に瑠璃の回避は間違ってはいない。

 

 ――だがそれは、原種での話。

 

「グルル……ッ! ゴグルァァァアアアアアッッ!!」

「……ッ!?」

 

 気づけば尻尾は瑠璃の眼前から迫ってきていた。咄嗟にヒドゥンサーベルを立てて気を篭めて防御体勢に入ったが、それでもヒドゥンサーベルが軋む。ヒドゥンサーベルを通じて強い衝撃が両腕、体へと伝わっていき、瑠璃の体は勢いよく後ろへと飛ばされていた。

 

「がっ……は……っ!?」

「瑠璃さんッ! くっ……こなくそ……っ!」

 

 苦い表情をしながらも、十兵衛は炎戈銃ブレイズヘルを手にしたまま走り出す。リオレイア亜種はサマーソルトを放ったことで低空飛行状態に入っており、青い瞳をぎろりと動かして吹き飛ばされた瑠璃を睨みつけていた。

 追撃を仕掛けるつもりのようだ。そのまま翼を強く羽ばたかせて移動していき、瑠璃の前に向かっていく。しかしそのまま移動させるわけにはいかなかった。十兵衛が炎戈銃ブレイズヘルに弾を込め、その頭めがけて引き金を引く。

 それは狙い通りに着弾し、少し間を置いて爆発した。

 

「ヴォオオオオッ!?」

 

 徹甲榴弾のダメージにたまらず落下し、それだけでなく力が抜けたように倒れ伏し、もがきだす。眩暈状態へと陥ったのだ。

 

「大丈夫ッスか、瑠璃さん!?」

「……いつつ、ん……なんとか、ね」

 

 ヒドゥンサーベルを杖のようにして起き上り、軽く手を振りながらも苦笑を浮かべてみせる。サマーソルトの直撃を受けたが、気のコーティングによって軋むだけに留められたようだ。

 メンテナンスに出して修復したというのに、今度は折れて使い物にならなくなってしまった、なんてことになったら泣けてくる。

 瑠璃の事を気にしながらも、その手は素早く動いて装填と射出を繰り返していた。眩暈状態になっている今もまた好機であり、攻撃の手を緩めていない。

 だが彼の顔は肩越しに振り返っており、スカルSヘッドの下から瑠璃の様子を窺っているのがわかる。

 ポーチから回復薬グレートを取り出して一気に飲み干し、口元を拭ってヒドゥンサーベルを改めて構える。そうしながら先ほど何が起こったのかを思い出していく。

 自分間違いなくサマーソルトを回避したはずだ。

 だが現実はこうしてサマーソルトを直撃している。

 横に逃げたのに当たってしまった。その謎を解く答えはただ一つ。

 さっき行われたサマーソルトは縦ではなく斜めに放たれたという事だろう。縦に回転するから横に逃げればいい、という考えを潰す斜線で動くサマーソルト。だから横に逃げたはずの瑠璃の前から尻尾が迫り、吹き飛ばされた。

 あの時十兵衛はダメだ! と叫んでいたがこういう事だったのか。もしかするとこの攻撃は亜種に見かけられるパターンなのかもしれない。

 

「やってくれるわね……」

 

 まさに初見殺しの必殺というわけだ。

 防御が間に合わなかったら致命傷だったことだろう。十兵衛の叫びに感謝しよう。そうでなければ反応が遅れていたかもしれないのだから。

 荒れた呼吸と心臓を落ち着かせ、瑠璃はリオレイア亜種へと走り出す。

 戦いはまだ始まったばかりだ。

 

 

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