「グレイハブ……か。なんだってこんな所にいるのよ……」
「まあ一応森があるのでいないこともないですが、ここで現れる事になるとは思いませんでしたね」
草むらに身を隠しながら二頭の戦いを見守りつつそんな事を言う。四人には気づいておらず、二頭ともお互い牙を剥きあっている。
リオレイア亜種が火球を撃ち出せばグレイハブに着弾し、しかしそれで止まらずグレイハブがリオレイア亜種へと噛みつきにかかる。顔を逸らして躱すが翼に噛みつき、「シャルルルァァアア!」と声を張り上げて再度体を伸ばしてリオレイア亜種の体に巻きつこうとした。
が、強く火球を撃ち出してグレイハブを仰け反らせつつ、リオレイア亜種は背後に飛ぶ。そのまま羽ばたいて低空飛行体勢に入り、そんなリオレイア亜種に向かって鎌首をもたげながらまたグレイハブは威嚇する。
そんな奴の全身を見てみればなかなか大きい。普通に想定する大蛇よりも大きいだろう。比較するならば海竜種、ラギアクルスやアグナコトルくらいの大きさだ。
「……アグナより少し長いくらいッスね。なかなか育っているタイプッスよ」
「あのまま潰し合っていれば漁夫の利で持って行けそうだけど、放っておくの?」
「そうした方がいいかもしれませんね。幸い気づかれていないようですし。どちらかが、あるいはどちらも瀕死になるまで見守っていましょうか」
「……漁夫の利か……ま、戦術の一つとしてはいいかもしれないけど、つまらないなぁ……」
「我慢してくださいね。こうでもしないと、もしかすると三頭纏めて相手にするかもしれないんですから。今の私達にそんな余裕はないでしょう?」
ぽつりと漏らした桐音の一言に茉莉が苦笑してたしなめる。戦いを好む彼女としては弱っていくのを待ってから叩くのは性分じゃないようだが、今回ばかりはそれを受け入れてもらわねばならない。
「わかってるよ。じっと待つさ」
威嚇していたグレイハブは軽く首を引くと、勢いよく体を伸ばしてリオレイア亜種へと噛みつく。それを体を捻って躱し、しかしその際に頬から伸びる刃が薄くリオレイア亜種を切り裂いた。反撃として足で切り裂いていくが、すぐに首を戻して鎌首をもたげる体勢に戻す。
今度は長い尻尾を振り回し、その先にある刃でリオレイア亜種を斬ろうとするも、またリオレイア亜種はグレイハブの側面へと回り込んでいく。が、振り回すだけでなくぐっと引いて力を溜め、勢いよく伸ばす事でその翼を貫いた。
「グオオォォッ!?」
「いった……っ!」
十兵衛が息を呑みながら小さな声を漏らす。自分達が傷つけていた事で翼の耐久は落ちている。そんな所に鋭い刃を突き入れれば容易に貫通するだろう。苦悶の声を漏らしながらリオレイア亜種が何とかそれを抜こうともがくが突き入れられた尻尾は抜けない。
グレイハブが舌を出し入れしながら嗤うように小さく鳴き、続けて隙だらけなその首へと喰らいつこうとした。
しかし自分に迫るその顔を弾くように火球を一発お見舞いし、怯んだところで連続して火球を撃ち出していく。だがぎらり、と瞳が輝いたかと思うと火球を受けながらも体を伸ばしてリオレイア亜種の首に喰らいついた。
ぎりぎりと牙が食い込み、リオレイア亜種が悲鳴を上げる。だがそれでも足でグレイハブを蹴り上げたりして抵抗し、それだけでなく口から火花を散らして連続で爆発を起こしながらグレイハブへと喰らいつく。
リオレイア亜種の牙だけでなく体を焼かれる痛みも加わり、グレイハブがたまらず離れてしまった。その隙をついて何とか尻尾からも抜け出し、距離を取るように下がりながらまた口元に火を集め、先ほど以上の大きさをした火炎弾が撃ち出される。
それはグレイハブに着弾すると、その周囲に激しい爆発を起こす炎を巻き上げるものだった。その熱さに悲鳴を上げ、体を持ち上げ、震わせて熱さから逃れようとする。
更に追撃を仕掛けようとしたリオレイア亜種だったが、突如その体がよろめいてしまった。苦悶の声を漏らして何とか体を支えようとしているようだが、その表情は辛さを感じさせる。
「毒を打ち込まれたか」
グレイハブの牙には毒が染み出ている。口の近くにある毒腺から漏れた毒液を注入し、獲物を弱らせるのだ。リオレイア亜種は尻尾の棘から毒を打ち込むが、彼女自身に別の毒が打ち込まれれば毒状態に陥る事もある。
そしてグレイハブの毒はただの毒ではなく猛毒だ。そうなれば著しく体力を奪われていく。だがグレイハブ自身もリオレイア亜種の火炎によってかなり体力を消耗しただろう。それだけでなくあの焦げ茶色の鱗に転々と火傷を負っている。
しかし有利なのはグレイハブの方か。こうしている間もリオレイア亜種は体力が減っていくのだから。
「シャルルルル……!」
威嚇しながらまた攻撃を仕掛けるタイミングを窺うグレイハブに、翼を軽く羽ばたかせながら何かをしようとするリオレイア亜種。だがその体の動きは遅く、こうしている間も弱っていくようだ。
しかしリオレイア亜種には彼がいた。
南の方角からリオレウス亜種が飛来してきたのだ。
妻の危機に颯爽と現れ、突然やって来た新たな敵に驚くグレイハブへと急襲を仕掛けていく。その顔へと連続してキックを仕掛けて強固な鱗を切り裂いていく。
「シャアアアアァァァァッ!?」
頭上を通り過ぎながらまた羽ばたいて旋回し、帰ってくると今度は火球を降らせていく。そうして気を引いている間にリオレイア亜種が飛び上がり、巣に向かって飛んでいく。それを見送った桐音達は視線を合わせ、静かに移動を開始していく。
恐らくリオレイア亜種は巣で眠り、体力を回復する算段だろう。リオレウス亜種はそれまでの時間稼ぎを務めるつもりだ。
奴らの背後の森を通るのもいいが、グレイハブの長い体が森へと一部侵入している。もしかすると戦いに巻き込まれ、気づかれる可能性がある。しかし速さを求めるならばそこを通り、一気に巣へと侵入するしかない。
「グルアアアアァァァァ!!」
「シャルアアアァァァァ!!」
両者ともに吼え、グレイハブは尻尾を振るってリオレウス亜種へと斬りかかる。だがリオレイア亜種と違って空中で行動する事を得意とするリオレウス亜種は、巧みに翼を羽ばたかせて回避し、火急を撃ち出していく。
それが着弾し、怯んだ隙を狙ってまた飛びかかり、その体を抑えつけるようにその足をねじ込んで食い込ませていく。
その激しい動きにグレイハブとリオレウス亜種の体が森へとなだれ込み、木々を薙ぎ倒していった。
危険だ。
あそこを通るのはやめた方がいい。
それが全員の思いであり、回り道をするしかないと静かに回れ右をしてエリア7へと戻っていく。そこからエリア6へと南下し、北口からエリア8へと移動。
薄暗い洞窟内を進めば、桜色の姿が丸くなっているのが見えた。
近づけば静かな寝息が聞こえてくる。
予想通りリオレイア亜種がそこで眠って体力を回復していた。
これ以上の好機はない。ここで一気に仕留めてしまおう。
「初撃は任せな。それからはさっきと同じようにやっていけばいい」
「了解」
「はい」
「うっす」
夜烏【翼】を抜きながら顔へと回り込みつつ桐音がそう言えば、三人は頷きながら各々武器を抜く。すぅっと息を吸いこんで眠っているリオレイア亜種の顔面へと斬ろうとした時、頭上から凄まじい怒号が聞こえてくる。
はっとして見上げればリオレウス亜種が四人を睨みつけながら降下していた。その体は先ほど見た時よりも傷ついているようだが弱っているという訳ではないらしい。いや、それよりもどうしてこっちに来た?
奴はグレイハブと戦っていたはずだ。
軽く気配を探ってみると向こうに大型モンスターの気配はない。逃げたのか?
更に付けくわえれば、
「――――ッ!?」
リオレウス亜種の怒号に反応したのかリオレイア亜種が目を覚まし、青い瞳が桐音の視線とぶつかり合う。その瞬間桐音は背後に飛び退き、リオレイア亜種は桐音がいた場所へと噛みつきながら体を起こしていった。
そうしている間にリオレウス亜種がリオレイア亜種の傍まで降り、低空飛行をしながら息を吸いこんで再び咆哮を上げた。洞窟内に奴の声が反響して響きあい、たまらず瑠璃達が耳を塞いでしまう。
「グルアアアァァァッ!」
そのままリオレウス亜種は、近くにいた瑠璃に向かって少し上昇すると滑空を仕掛けていく。咆哮を受けた事で体が硬直していた瑠璃は反応し、走り出そうとしたが足が動かなかった。
またヒドゥンサーベルを盾にしながら気を使って防御しようとした時、横から飛び出してきた十兵衛に抱えられながら宙を舞う。
「うっ、く……!」
「なっ……十兵衛!?」
驚きながら視界の中で十兵衛の背後すれすれを通り過ぎていくリオレウス亜種を見、宙で回転する事で自分が地面を滑っていく十兵衛を見下ろす。確かに位置的には十兵衛は近くにいたが、あそこから疾走してきたというのか。高級耳栓のおかげで咆哮の影響を受けない十兵衛ならば可能だろうが……。
そんな事を考えながら十兵衛から離れると、彼もリオレウス亜種の動きを見つめながら「大丈夫ッスか?」と訊いてくる。
「え、ええ……何とか。ありがと、十兵衛」
「いいッスよ。大丈夫ならなによりッス。今回、おいらは瑠璃さんのコンビッスからね。可能なら瑠璃さんを守ってみせるッスよ」
そう言って十兵衛は小さく笑って見せた。
よく見ればわかるが、そのスカルSヘッドは十兵衛の表情……顔の動きに合わせて僅かに動いているのだ。口を開けば骸の口も開くし、渋い表情を浮かべれば骸も目や口が動いて微妙な表情を浮かべる。
そして今、骸の表情は弱々しくも確かに口が微笑を浮かべているように見えた。
そんな十兵衛を見つめ、瑠璃は少しばかり顔をひきつらせながらも十兵衛の事を頼もしく思えてきた。ひきつらせるのは仕方がない、何せ見た目は本当に骸そのものなのだから。
でもそれを抜きにして、クエスト開始してからしばらく自分の事を怖がっていた彼が、自分の事を守ってくれたという点が驚きだった。
それだけでなく……あれ、なんだろうか、この感情は。小さいものだけど何かが生まれたような……。心臓が少し早く鼓動を刻んでいるが、たぶんこれはリオレウス亜種がすぐそこまで迫っていたことに対する驚きと恐怖によるものだろう。
そんな様子を離れた所でリオレイア亜種と相対している桐音と茉莉はちらちらと見つめている。低く唸りを上げるリオレイア亜種をよそに二人は、
『……フラグ立った?』
そんな事を漏らしてしまう。思わず言葉がかぶってしまい、お互い横目で視線を合わせるが、リオレイア亜種が声を上げて突進を仕掛けてきたため回避行動に移る。
すれ違いざまに茉莉が尻尾めがけてインペリアルガーダーを突き上げて砲撃を一発撃ち込み、振り返ってくるリオレイア亜種に向き直りながら盾を構えてすり足で前進していく。
反撃として火球が飛んでくるが盾で防ぎ、さらに前進。その隙に横を桐音が高速で通り過ぎ、顔から首、足へと連続して斬りこみつつ、飛び上がりながら回転する事で尻尾切断へと近づいていった。
一方リオレウス亜種はというと、十兵衛の銃撃の嵐にあっていた。高速で撃ち出されていく通常弾Lv2によって動きを阻害されており、それでも火球を撃ち出して反撃していくが回避される。
その隙をついて瑠璃がポーチからこやし玉を取り出し、リオレウス亜種へとぶつけた。またあの臭いが漂い、その臭いにたまらずリオレウス亜種が首を振りだし、もがいていく。
ここで銃撃を止めて様子を見守るが、リオレウス亜種はまた咆哮を上げて十兵衛へと滑空していった。このエリアから離れる様子がない。そう察知しながら滑空をやり過ごし、ポーチから今度は閃光玉を取り出した。
「閃光使うッス!」
と叫んで滑空を途中で止めて振り返り、足を振り上げたところで閃光玉を放り投げ、強い光を発生させた。その光にたまらずリオレウス亜種が悲鳴をあげて墜落し、もがきだした。
それを見たリオレイア亜種が今度は怒りの咆哮を上げ、十兵衛の方へと走り出す。今度は十兵衛もそれに気づき、しかしその背後でまた瑠璃が閃光玉を投擲し、強い光を発生させた。
それによってリオレイア亜種が途中で止まり、もがき始めた。
これをチャンスとし、十兵衛がリオレウス亜種の頭に照準を合わせてしゃがみこみ、チップからベルトリンクを伸ばして弾を装填していきながら引き金を引いていく。放たれるのは徹甲榴弾Lv2。連続して九発の弾丸が放たれ、リオレウス亜種の頭へと着弾、爆発する。
「ゴアアアァァァァッッ!?」
悲鳴を上げてまたリオレウス亜種が仰け反り、しかし力が抜けたように倒れ伏してもがきだした。眩暈状態へと陥ったのだ。それを好機として瑠璃がヒドゥンサーベルを振るって斬りこんでいき、十兵衛も貫通弾Lv2を装填して頭から突き抜けるように狙って引き金を引いていく。
向こうでも閃光玉の影響で立ち止まり、その場で回転しながら寄ってくる桐音達を振り払おうとするも、容易に躱しながら斬りこんでいく二人の姿が見える。
桐音は足元を、茉莉はインペリアルガーダーを振り上げて何度か突き、砲撃してまた突きを繰り返して尻尾切断を試みている。ダメージが蓄積しているし、肉が露出しているためもう切れそうだろうと思いながらインペリアルガーダーを突いていたが、ついにその骨を突き破り、溜め砲撃を一発入れて更に突き出せば尻尾はリオレイア亜種の体から切り離されてしまった。
「グアアアアアアアァァァァッ!?」
悲鳴を上げて飛び退き、もがきだすリオレイア亜種。長い尻尾は半分ほどまでなくなり、切断面から血が滴り落ちる。そんな彼女の悲鳴に反応したのか、かっとリオレウス亜種の目に力が戻り始め、唸り声を上げながら今まで以上に強く体を震わせて起き上る。
翼を広げながら大きく息を吸いこみ、またしても凄まじい怒号を上げた。それにリオレウス亜種の傍で斬り続けていた瑠璃が影響を受け、硬直してしまう。
また高級耳栓のおかげでその影響を受けなかった十兵衛が、すかさず炎戈銃ブレイズヘルを背中に戻すと、瑠璃に向かって走り出す。また彼女を抱えて飛べば、リオレウス亜種が瑠璃に振り返りながら火球を撃ち出し、後ろに飛んで低空飛行を開始していた。
更に背後に下がりながらもう一発火球を撃ち出し、地面に転がっている二人へと追撃を仕掛けるも、今度は瑠璃が十兵衛を引きながら回転し、難を逃れる。
そのまま起き上るも、いつの間にかリオレイア亜種が二人を睨んでおり、息を吸いこんで連続して火球を撃ち出してきた。
「くっ……!」
これは避けられない。避けたとしても横に撃ち出されている火球の直撃を貰う。
ならばと瑠璃が右手を振って火炎を呼び、薙ぐことで三発の火球を一斉に爆発させた。それにより熱風が二人に襲い掛かってくるが、それくらいどうという事はない。瑠璃は火竜の血があるし、十兵衛も炭鉱夫としての経験から熱い風など気にしない。
ここから離れる事で更なる追撃から逃れ、体勢を立て直す。
見れば茉莉が後ろに下がってきたリオレウス亜種の背後に回り込み、垂れさがっている尻尾へとインペリアルガーダーを突き入れていた。だがやはりというべきか、その尻尾は硬くなかなか刃を通さない。
ガンランスでは硬い敵を突くのは向いていない。それをするくらいならば砲撃して攻撃する方がいい。突き上げから叩き落としへと繋げてギミックを作動させ、引き金を引いて装填している弾薬を一気に放出。
ガンランスのフルバースト機能だ。叩き落とす事で装填されている弾薬を全弾砲撃可能状態にし、一気に砲撃し攻撃する。その攻撃にたまらずリオレウス亜種が苦悶の声を漏らしたが、すぐに反転して火球を放って反撃した。
しかし盾を構えて防御し、その足へと刃を突き出して更に反撃。そんなリオレウス亜種の背後から桐音が気刃を放って攻撃をしかければ、それから逃れるように強く羽ばたきながら上昇していった。
そのままようやくエリアから離れるのかと思いきや、ぐんっと一気に急降下を仕掛けて桐音へと襲い掛かった。
「っ、そらっ!」
舌打ちしながら横に飛び、聳える岩の尖塔を蹴ってリオレウス亜種の横から襲い掛かっていく。まさかの奇襲にリオレウス亜種は反応出来ず、翼から斬られて背中に飛び乗られる。
「グアアァァッ、グルアアアァァァァッ!!」
「落ちなっ!」
一度両手を広げながら回転して気刃を放ち、そのまま暴れるリオレウス亜種から飛び退きながら後転しつつ、両翼に向かって二つの気刃を放つ。続けて着地しながら「迅気、収束」と呟き、それに従って夜烏【翼】に夜色の気が纏われていった。
そしてリオレウス亜種はというと、桐音の一撃でバランスを崩したらしく墜落してしまう。だがすぐに体勢を立て直し、桐音へと振り返って飛びかかっていった。
翼を広げて全体重をかけて飛びかかるため逃げ道は狭まれている。しかし桐音は避けるのではなくむしろリオレウス亜種に向かって突っ込んでいった。
補助するために側面に回り込んでいる茉莉が息を呑む中、夜烏【翼】を交差させながら身構え、
「剣術が一、黒翼」
疾走していた彼女の姿が一瞬で消え去り、飛びかかっていたリオレウス亜種の足元から胸にかけて二つの黒い剣閃が走り抜ける。それに遅れて斬られた部分から勢いよく血が噴き出し、悲鳴を上げながらリオレウス亜種がまた墜落していった。
すかさず茉莉が駆け寄り、溜め砲撃を放ってから竜撃砲発射準備にかかる。エネルギーが収束し、腹から突き抜けるように照準を合わせ、引き絞った引き金を離して一気に解放。
本日三発目の竜撃砲がリオレウス亜種へと襲い掛かった。
響き渡るリオレウス亜種の悲鳴。それに反応するリオレイア亜種だったが、向こうへと行かさないように瑠璃と十兵衛が立ちまわっている。こちらも瀕死状態という事には変わりない。
ここで仕留めなければならないとばかりに、瑠璃は少し強気に攻めていった。
「グルル……っ!」
そんな瑠璃を吹き飛ばすため、リオレイア亜種がまた数歩下がりながら力を溜め始める。サマーソルトの予備動作だ。以前ならばすぐに横へと逃げただろうが、斜線に動くサマーソルトを見ているため瑠璃はすり足で少しだけ横に移動する。
ギリギリまで見極めて避ける算段だ。縦に回転するのか、斜めに回転するのか、それを放つ手前まで引き付け、動いた瞬間に飛ぶ。今はこれしかない。
力を溜め終えたリオレイア亜種の体が斜めに動いた瞬間、瑠璃は弾かれたように斜め前へと跳ぶ。そんな彼女の左側をリオレイア亜種の尻尾が通り過ぎ、斜めに回転したリオレイア亜種が強く羽ばたいて体勢を立て直していた。
受け身を取って立ち上がる瑠璃はすぐに振り返ってリオレイア亜種を睨む。その視線を受けてリオレイア亜種は瑠璃の後ろへと回り込むように飛行し、またサマーソルトを放つ。
だが尻尾が切り取られているためにリーチが短い。軽くバックステップするだけで回避できた。
また瑠璃に意識を向けているために十兵衛にとっては隙だらけも当然。貫通弾Lv2を装填して引き金を引く事を繰り返し、攻撃を仕掛けている。
だが瑠璃にばかり意識を向けられても困る。少しだけ前進してリオレイア亜種の視界に入れば、先ほどから自分に攻撃を仕掛けている主を認識し、リオレイア亜種が自分に向かって襲い掛かってくる。
それを横に跳んで回避し、散弾Lv2を装填して近距離からの銃撃を仕掛ける。複数の弾に分かれて襲い掛かる鉛玉に翼が連続して撃ち抜かれ、ついにリオレイア亜種も墜落してしまった。
「これで決めるッ!」
がら空きになっている腹から胸、首にかけて気刃斬り、大回転へと繋いで錬気を上げつつ鱗を剥がして肉を露出させ、血を噴き出させる。そうして気を纏わせながら、その肉を狙ってヒドゥンサーベルを刺突の構えで大地を踏みしめる。
「閃剣・
闘気を込めた一突き。それはリオレイア亜種の胸を貫き、背中から衝撃と共に気の一部が貫通する程のものだった。まさに瑠璃の全力を込めた最後の一撃。
「グガ、ガガ……グ……」
苦しげな声を漏らすリオレイア亜種ではあったが、硬い甲殻をなくして肉を露出させ、瀕死の彼女にこの一撃は耐えきれるものではなかった。ヒドゥンサーベルを抜けばそこから血が勢いよく噴きだし、それをとどめとしてその命が消えてしまう。
それに続くかのように茉莉の方もリオレウス亜種へと引導を渡す事になる。竜撃砲の反動で仰け反ってしまった茉莉ではあったが、すぐにふんばってインペリアルガーダーを構えなおし、よろめきながらも起き上るリオレウス亜種へとインペリアルガーダーを突き出していく。
桐音の一撃に竜撃砲の一撃が加わる事でリオレウス亜種の体はボロボロだった。胸から腹にかけては出血がひどく、肉が露出している部分が多い。そこを狙ってインペリアルガーダーを突き入れ、砲撃を入れていく。
桐音もいつの間にか合流し、鬼人化をして一気に斬りかかっている。漆黒のオーラから赤いオーラへと切り替わり、力を収束して鬼人化を解除。鬼人強化へと移行すると「茉莉、離れてな。衝撃が伝わるよ」と体を挟んで向こうにいる茉莉に声を掛けた。
返事をして尻尾の方へと離れていく茉莉を確認する。そうして、脱力したまま夜烏【翼】を握りしめ、
「――剣術が一、天業!」
構えたまま軽く跳躍し、同時に振り下ろしてからの斬り払い。振り下ろした際の一撃でひび割れている甲殻を完全に破壊し、露出されている肉が一文字に斬られて血を噴き出す。
それから繋げるように切り払えばその肉の奥まで剣閃が放たれ、衝撃が背中から内部へと伝わっていった。背骨を守る強固な鎧と肉の鎧に意味はなく、その二撃を受けた事で砕けてしまう。
「ゴア、ァァァアア……ガッ、ハ……」
動く事もままならずリオレウス亜種の苦悶の声は長く続かなかった。付着した血を払うように軽く振るったときその命の火は消え果てた。
それを確認した桐音と茉莉が大きく息を吐き、それぞれ武器をしまった。
特に桐音は疲労が大きい。走り回って斬りこみ、囮としての役目を引き受けただけでなく、両方の相手をする事でギリギリの回避や剣術の行使で精神面でも消耗している。
顔には薄らと汗が浮かび、今も深呼吸を繰り返して気分を落ち着かせていた。
茉莉も防御を固めて反撃する戦術をするとはいえ、まともに喰らえばただでは済まない中でよく危険な直撃を受けずに済んだものだろう。表には出さないが彼女もまた桐音ほどではないにしろ精神をすり減らしている。
それは瑠璃も同じであり、特にリオレイア亜種のサマーソルトを受けた事でより一層立ち回りに気をつけなければならなくなった。今までよく戦えたものだと思う。
そんな彼女をサポートし、ガンナーでありながら囮を買って出た十兵衛も疲労していた。スカルSヘッドの奥から微かに荒い息が聞こえてきている。何も知らなければかなり怖いだろうが、元気ドリンコを空けて飲んでいる彼を責める事なんて出来ない。逆によく頑張ってくれたと感謝しなければならないくらいだ。
さて、続いてこの二頭の素材の剥ぎ取りに取りかかろうとするが、もう一つやらねばならない事がある。
それはあのグレイハブの確認だ。
結局洞窟内へと侵入してくることはなかったが、奴は一体どうなったのだろうか。
「少し様子を見てきます」と茉莉が歩きだし、それに桐音もついて行こうとしたが「あんたは休んでいて。あたしがついていくから」と瑠璃に止められた。十兵衛も「そうッス。姉御は休んでてくださいッス」と止め、仕方ないな、とため息をついて桐音はここに留まる事にした。
エリア9の入口、すなわち洞窟の出口からそっと様子を窺ってみると、奥の方で何かが倒れているのが見えた。静かにそれに近づいてみると、それはグレイハブだという事がわかった。
「……死んでますね。恐らくリオレウス亜種によってやられたのでしょう」
生気をなくしているグレイハブの体の所々が火球によって焼け焦げ、爪によって引き裂かれていた。特に爪による傷が多いのがわかる。リオレウス亜種の足の爪から染み出る毒がかなりグレイハブの体を侵したのではないだろうか。
ということはリオレウス亜種は、グレイハブを始末した後で巣に戻ってきたという事か、と茉莉は納得した。
何にせよ三連戦がなかっただけでもよかった。これを桐音と十兵衛に伝えるべく二人は巣に戻っていき、報告する。それに二人もまた納得し、四人揃って剥ぎ取りを開始した。
リオレウス亜種、リオレイア亜種の素材は強固な防具になるし、高い力を秘めた武器にもなる。続いて尻尾を解体してみると逆鱗に紅玉を発見した。特に桐音は紅玉を手にしてその力や玉としての純度を重点的に確認している。
しばらくそれを観察していた桐音はふぅ、と息をついて
「……なかなかいい代物だな。あいつだったら放っておかないくらい、か」
と呟いて瑠璃に手渡してやる。驚く彼女に「武器にも防具にも使えるから有効活用しな」と笑いかけてやった。どうやら自分は使う予定がないので使うといい、という心意気か。
確かに瑠璃か茉莉ならば一式作る事も予定として立てられる。これを機会として上位装備を作れるのだ。特にリオソウルシリーズは耳栓がつく。太刀使いの自分としては欲しいところである。
確か一式揃えると発動するスキルは――耳栓、見切り+2、業物、体力低下【小】だったか、と思い返す。体力の方は装飾品をつければ問題ない。耳栓は美味しいし、業物もいい感じだ。これは作りたくなる一品だろう。
対してリオハートシリーズは火属性強化+1、風圧【大】無効、火事場力+1だったはず。火属性強化は火竜の力を使える自分達にはいいものだろう。風圧無効もそれなりにいいし、火事場力は追い詰められれば力を更に高められるスキルとしていいものだ。
どちらもそれなりに魅力的。作るならばどっちだろうと考えれば、瑠璃としてはリオソウルシリーズを選ぶ。
何せリオハートコイルはロングスカートのようなものなので少し動きづらいのだ。軽快に動く事を良しとする瑠璃にとってそれは邪魔でしかない。対してリオソウルコイルはミニスカートに近く、ある程度動きやすくはある。
機動面からしてもリオソウルシリーズの方が瑠璃には合っていた。
そう考えていると茉莉が近づいてきてそっと声を掛けてくる。
「リオソウル一式、作りたいんです?」
「……え、あ、うん……。上位装備作るいい機会だと思うし、これだけ集めて報酬品でも揃ったら作ってみるのも手かなって」
「なるほど……ではこれは瑠璃に差し上げましょう」
そう言って茉莉は自分が取ったリオレウス亜種の素材を瑠璃に手渡した。
「いいの?」
「ええ。その代わりといってはなんですが――」
「レイア亜種の方はよこせって? いいわよ。一式、作るんでしょ?」
「おー、どうもですよ、瑠璃」
茉莉が言う前に自分が取ったリオレイア亜種の素材を纏めて茉莉へと手渡してやった。茉莉は特に驚く様子もなく感謝の言葉を述べる。表情があまり変わっていないようだが、確かに彼女は喜んでいるようだった。
「ついでに爆炎袋も入れてあるから。これでインペリアルガーダーも強化できるでしょ?」
「おー、さすがですね。確かにこれで強化出来ます。ありがとうですよ」
素材が揃った事で武器も強化出来るし防具も新調できる。今度はよく見ればわかる程度に喜んでいるのがわかった。そんな茉莉に微笑を浮かべる瑠璃はお礼を言われてまんざらでもない様子だ。
続けて四人は外に出るとグレイハブの素材も剥ぎ取っていく事にした。鱗や皮だけでなく牙、剣のように鋭い鱗、尾の先にある刃と使えるものは結構ある。また内部にある内臓を調べてみると、一つの物が見つかった。
「これはこれは……卵を呑み込んでいたようだね。こりゃあの二頭に追い回されるわけだ」
竜の卵の残骸が内部から見つかり、これでどうしてあの二頭が巣にいなかったのか判明した。このグレイハブは食事のためにあの巣に入り込み、卵を全部呑み込んでいき、その現場をリオレイア亜種に見つかったのだろう。
怒りのあまりグレイハブへと攻撃を仕掛け、このエリア9で戦闘し、しかしそこにリオレウス亜種まで合流しては分が悪いとこの森を抜けて逃亡し、それを二頭揃って追いかけていった、といったところだろう。
だがグレイハブは逃げ切れ、見失ったリオレイア亜種が一旦戻ってきたところで瑠璃達に見つかり、自分達との戦闘が開始されたというわけだ。
色々とご愁傷様、と言わざるを得ない。
グレイハブの素材も剥ぎ取り終えると、ギルドにクエスト達成の旨を伝えるため一行はベースキャンプへと戻っていくのだった。
その様子を眺めている影が一つ。
腕を組みながら崖の傍に生える大木にもたれかかり、眼下を見つめ続けるそれは迅雷。あの狩猟エリアの様子を見つめ、行われていた狩りの様子を見守っていたらしい。
鋭い眼光に宿る感情はわからない。いや、その引き締まった顔に感情が浮かんでいるかも怪しい。それほどまでに何を考えているのかわからないのだ。
しばらくそのままでいた彼は小さく息をつき、
「……こんなものか」
と一言呟いた。
期待外れ、とでもいう風な声色であり、どうやら望むような結果は得られなかったらしい。
組んでいた腕を解くと軽く体を伸ばして崖に向かってゆっくりと歩き出す。
「いや、今回はあの二人の装備が弱かったせいか。つまりあれが全力ではない。見切りをつけるのはまだ早計、か」
呟きながらその身を投げ出し、遥かな先にある地上へと落下していく。だがその体が眩い光に包まれ、それに従って周囲に弾けるような音を鳴らして電光が迸りだした。
「いいだろう。次があるならばその時は全力を見せてもらおうか。今度は――遊ぶ暇もない敵が現れるといいな? 娘っ子ども……!」
一際強い光が発せられると同時に弾け飛ぶような音を立てて光が霧散する。そこには既に迅雷の姿はなく、何かが森の中に落下する音と何かが高速で森を走り抜ける音が小さくなっていった。