部屋にやってくるとすぐに二人は動く事にする。空は宿の外へと出ていった雪菜を探しに出ていった。同じ女という事もあって何かあった際でも話し相手にはなるだろうと、空が自分から提案してきた。
特に止める理由もないので空に任せる事にし、海は一度札を使って他の霧夜の者へと連絡を交わし、情報交換する。その際桐生雪菜という女性の事について調べてくれないか、と伝えておく。
この村でも彼女について調べるが、外にいる仲間には桐生雪菜はどこの出身なのか、どういう人生を歩んできたのかなどの情報を調べてもらう。それを連絡すると、海も部屋を後にして外に出ていく事にする。
向かう先はあの海の前のカウンター。まだあのハンターの二人がいるのだろうか、と行ってみる事にする。この村に滞在しているハンターはどんな人物なのかを知っておくのもいいだろう。
そう考えて海の方へと向かってみると、まだあの男女が受付嬢と話をしているようだった。さりげなく彼らに近づいてみて話を聞いてみる事にする。そうしながらカウンターの隣にあるアイルーが店をやっている料理屋を覗いてみる事にした。
すると店主を務めているアイルーが「いらっしゃいニャ!」と挨拶しながらメニューを手渡してくれる。
それを確認しながらあの二人の会話に聞き耳を立てていく。
「そんじゃあやっぱり火山とかのクエはないってことなんかいのう?」
「はい~そうです。ああ、そう気を落とさないでください! あっち方面のものはなくとも! ほい、こうしてクエストは存在していますよ! いかがですか?」
そう言って笑顔で依頼書をカウンターに置く。こうして望み通りクエストがあるのはいいが、やはり近場のものしかない事に落胆しているらしい。
ヘルムによって表情が見えないが、何となく雰囲気でそう感じ取れる。
「そんじゃどうするよ、檸檬? このラギアのやつで行くか?」
「うん、ボクは構わないよ。じゃあこの孤島のラギアクルスで」
「はい、ラギアクルス一丁! 頑張ってきてくださーい!」
そう言って元気にぶんぶんと手を振ってくる受付嬢。なかなか
その様子を見送ると料理を持ってきたアイルーが「どうかしたかニャ?」と尋ねてきた。
「いえ……あの受付嬢さん、元気が……」
「元気いっぱいだってニャ? そうだニャ、あれがアイシャの持ち味だニャ」
「そのようですね……」
一般人として振る舞う際はこうして丁寧な喋り方になる。それに加えて渚などの主や目上の人を相手にする際は一人称も私に変化するのが特徴だ。
運ばれてきた海の幸のカレーを口にし、その美味しさにうん、と頷き「美味しいですね、これ」と褒めてみる。するとアイルーは「ありがとうございますニャ」とお礼を述べながら頭を下げる。
「今ハンターが出ていきましたが、この村にはあの二人のハンターだけですか?」
「今のところはそうですニャ。以前はまだもう少しハンターさんがいらっしゃったんですが、他の村に支援に行っているんですニャ」
「そうですか。やっぱりハンターの数は少ないんですね」
「でも、一応これで回っているから何とかなってるんですニャ」
「モガの森の様子次第では危なくないですか?」
「いや、そうでもないですニャ。緊急時には飛んできてくれるハンターさんがいるし、セガレさんも武器を手にとんでいくくらいの実力を持っているニャ」
昨日案内してくれたセガレの事を思いだして海は納得したように頷く。竜人族ではあるがまだ若い部類だったので彼はがっしりとした体をしていた。ハンターとして戦う分には問題なさそうなくらい鍛えられている。
彼なら森に下級、中級ぐらいの大型モンスターが現れたとしても討伐しに行けるんじゃないだろうか、というくらいの雰囲気だ。ハンターが居なくても一頭ぐらいならば村を守ってくれそうではある。
「ではさっき出ていったハンター二人について訊いてもよろしいでしょうか?」
「にゃ? 興味あるニャ?」
「ええ、どんなハンターがこの村を守っているのか、興味があります。モガの森、という奇妙な場所もありますし」
「にゃー……確かにあそこは奇妙な場所だニャ。でも、そうだニャ。あの森の事を知っているなら興味も湧くニャね。それじゃあ食事のオトモとして僕のお話を添えるニャ」
湯呑に注がれたお茶を飲み干して待機していると、そこに新しいお茶を注いでこほん、と咳を一つしてコックアイルーが話し始める。
「まずラングロSシリーズをつけていた人。彼は
「不良……ですか」
「にゃ。元々は東方人らしい黒髪だったんだけどニャ、整髪料や染髪料を使って髪を整えているあの外見は奇抜ニャ。人の感覚ってよくわからないニャ」
「……どんなものなんです?」
ラングロSヘルムのおかげで顔が見えなかったのでどういう髪型をしているのかわからない。わからなかったが故に興味が湧いてくるというものだ。
すると思い出すように腕を組みながら上を見上げ、そのまま両手で頭を示しながら説明し始める。
「うーんとニャ、こう……髪の毛が前髪もろとも逆立てるようにしてあって、黒髪だった名残がここらへんに広がっててニャ、こっから先が金髪になってるニャ。でもって目つきはなかなか怖いニャ。それが相まってて、ああ、この人は柄悪いなって思われるニャ」
「なるほど……」
荒々しいというのはハンターをしている男性ならよくみる人柄だ。筋肉質な男性、コワモテな人、逆に華奢な体躯をしているのに実際はかなり鍛えられているイケメンも少なからずいる。
だがそれは全体で見れば少数で、やはり外見からして結構きつい印象をみせる男性の方が多い。しかしそれで外見からして不良しているっていうのはなかなかあるようでないかもしれない。
一体どんな人なのだろうか。少しばかり気になってきた。
「次はネブラSシリーズをしていた人ですニャね。彼女は
「桜花流……!? 確かに剣術の流派の一つと聞いています」
「にゃ、桜花家からの分家の桜咲家に生まれ、剣術を高めるにつれて剣士ではなくハンターになって各地を巡っているって聞いたニャ」
「……結構いい所の生まれと思いますが、そんな人がよく不良に見える人とコンビ組んでいますね」
「にゃー確かにそうだニャ。僕もちょっとそれが気になっているんですがニャ、なかなか機会がないニャ」
腕を組みながらうんうん唸ってみるコックアイルー。
片や外見からして不良しているらしい少年、片や剣術の名家の分家生まれのお嬢様? そんな二人がハンターとしてコンビを組んでここで活動している。その馴れ初めは何だったのか、気にならないはずもない。
少しその辺りも調べてみようか、と考えながら海はカレーを食べ進めていった。
一方こちら空はどうしているのか、というと。
宿を出て散歩する雪菜の後を追っていた。もちろん忍らしく陰に隠れてというわけではなく、まるでモガの村を散策するように振る舞いつつ、こっそりと雪菜の後をついて行っている。
番傘の手元をくるくると回しながら足取り軽く村を回り、そのまま海岸線へと出て海を眺め始めた。そんな彼女を見つめ、空は意を決して彼女に話しかけてみる事にする。
だがその前に海を眺めながら雪菜は、
「なんか用でっしゃろか?」
「……お気づきに?」
「せやなぁ。ウチ、見えへん分、周りの状況がよくわかるんやわ。それで、なんか用なん?」
「そう、ですね。一緒の宿を利用している客同士、お話をしてみたいと思いまして」
すると雪菜が肩越しに振り返り、「ええな、それ。ウチもあんさんらの事少ーし気になっとったし、ええよ。話、しよか」と微笑を浮かべてきた。
「では、失礼します」
と一礼しながら雪菜の隣に並ぶ空。それに雪菜も「どうぞ」と頷き、顔を海へと向ける。
海からゆっくりと吹いてくる潮風が肌と髪を撫でつけ、穏やかな波を見つめながら二人揃って浜辺で佇む。
そうして海を眺めるのは数秒。
番傘を弄って回していた雪菜が不意に僅かに首を傾げてくる。
「それで、なにから話すん?」
「そう、ですね……桐生さんは見た感じどこかのお嬢様、と見受けしますが」
「せやねぇ……確かにウチは人が言うお嬢様、ってゆう部類やろうな。ヤマト国の桐生家ってゆうたらその道じゃ結構名の知れた家や」
「ヤマト国…………もしや、魔法使い?」
「なんや、知っとるんやなぁ。せや、代々魔法使いとして技術を高めとる家や。……ああ、そんな家に生まれたウチがどうしてこんな所にいるん? って感じ?」
くすり、と微笑を見せる事まで様になっている。彼女の言う通り、確かに雪菜はいいところのお嬢様らしい。それは間違いないし、空の記憶している情報にも、ヤマト国に魔法を扱う事に長けた桐生家というものが存在している。
つまり嘘は言っていないという事だ。
そしてそんな彼女がどうしてこんな辺境にいるのかも気になるので無言で頷いた。
「魔法使いは自然の力を操る。自然の力を感じるなら、実際に自然に触れへんとあかん。やから時期が来れば世界を周る旅に出るんや。今はここ、モガの村で森と海を感じ取ってるんや。ここはなかなかええとこやからなぁ、ええ感じで力を貰えるんや」
そう言って左手をおもむろに前に出すと掌の上に青い光が渦を巻いて球体を作り上げていった。それは恐らく海……水の力を圧縮していったもの。涼しい顔で軽く作り上げてしまう程彼女の魔法使いとしての実力は高いようだ。
それにしても、なるほど……魔法使いとして更なる力を得るために世界を巡る。霧夜一族も一応術というか札を使った秘術を行使するが、自然の力をそのまま使って術を使う事はしない。
とはいえ属性の粒子を感じられない、という訳ではない。霧夜一族も一応魔族。ナルガクルガという因子を含んでいるし、忍ではあるが完全な武術派という訳でもない。
今だって目の前で行われている事が海から溢れる水の粒子が集まっているな、という事が感覚的に把握できる程度だ。
「なるほど、修行の一環」
「というわけや。……さて、ウチの事はこれくらいにして、あんさんの事、聞かせてもらおか?」
微笑しながら手のひらに作り上げた水の球も消し去り、そっと空を見えない目で見るように振り返ってくる。それに空も頷き、当たり障りのない
「はい。わたしは海さんと各地を巡って見聞を広めようと」
「へえ、見聞」
「はい。旅をして様々な人、自然、町などを見て回っています」
「なるほどなぁ、ええな、それ。ウチもこうして各地を回って感じたんやけど、旅ってものはええもんや。それも二人旅、あんさんはええ経験をしてる」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げるとまた二人して海を眺める。しばらくそうしていたが、ちらっと何気なく空は穏やかな雰囲気で佇んでいる雪菜を横目で見てみる。こんなお嬢様が一人旅。家のしきたりなのかもしれないが、盲目の女性が一人で旅をするのはどうなのだろうか。
その事が気になった。
「一人で旅をして大丈夫なのですか? 盗賊の事もありますが、モンスターも危険でしょう」
「問題あらへんよ。魔法だけやない、ウチは武術も軽く嗜んどるからな」
「そうですか」
「ん。せやからあんさんが心配することはあらへん。悪漢なんか出てきてもかるーく捻り潰すさかいな。くすくす……」
「…………」
なかなか過激な事を笑顔で言う人だ。しかも袖を口元に当てながらの笑み。同性の自分から見ても実に絵になっていると言わざるを得ない。
潮風に揺れる夜色の長髪に布。見えない目でじっと海を見つめながら番傘を手にして佇む彼女。そんな彼女と忍でありながら一般人として共にいる空。
元々あまり喋る事は控えめな空だったため、気づけばいつしか無言になり一緒に海を眺めるだけになってしまった。
しかし基本的な事は聞いたため、もうお互いの事を話し合うのは今日のところはいいかもしれない。このまま一緒に海を眺め続けるほど仲がいいわけでもないし、空としても性に合わない。
「桐生さん、わたしはこれで失礼します」
「そう? ほな、またな」
「はい、では」
ぺこりと頭を下げて海から離れ、今入手した情報を海に伝えるために宿へと一度戻る事にする。浜辺を離れ、宿に向かう途中に何気なく船着き場の近くにあるあのカウンターの方へと視線を向けると、そこには主である海が食事をしていた。
ふむ、と小さく頷き、静かに海の方へと近づいていく。
カレーを食べ終えてお茶を飲んでいた海は近づいてくる空の気配に気づき、肩越しに振り返る。
「こちらで何を?」
「うん、ちょっとここの料理を食べてみようと思ってね」
(あそこにいたハンターについてこのアイルーに訊いてみたのさ)
「そうですか。ではわたしも少し頂きましょう」
(なるほど、お疲れ様です)
表向きの会話と、小声での会話を織り交ぜつつ、空が海の隣に座る。早速コックアイルーが「いらっしゃいませニャ!」とメニューを持ってきて笑顔で声を掛けてくる。
それから空も海に続いて昼食をいただく事になり、雑談を交えながら穏やかな時間を過ごしていった。
○
ヤマト国の首都、京の都。シキ国にも京の都と呼ばれる場所があるため、こちらは
その王宮の一角、乾渚は与えられている執務室に向かうため長い廊下を歩いていた。あまり音を立てずにずんずんと廊下を突き進んでいき、しかしその途中で柱の陰に控えていた男性が渚を呼び止める。
「どうかしたか?」
「はっ、海様からの報告です」
小声で応答すると、男性が懐に手を入れて静かに、それでいて素早く渚へと巻物を手渡した。それを受け取り、懐にしまいながら「おう、ありがとな」と礼を述べる。
そうしつつ歩き出すと、後ろから気配だけでなく姿も建物の陰に溶け込ませながら数歩後ろをついてくる。
「風間、動いてるのかい?」
「はっ、既に我が一族の者が数名、消されていると思われます。逆に我らが風間を返り討ちにした者も数名いますが」
「ちっ、そうかい。灯もそう易々と調査を進めさせてはくれねえってわけだ。でもま、それは予想通りなんだが、大丈夫なんだろうな?」
「はっ。我らはそう軟ではございません。彼らとは何度も事を構えています。後れを取る事は致しません」
十字路になっている角を曲がり、庭園を望む廊下を歩いていけば渚らが集まる三人の執務室がある建物に辿り着く。だがその庭園には兵士が鍛錬に使っているようで、彼らの声が聞こえてきた。
自分達の部下が自主練をしているのだろう、と思いつつそちらに視線を向けると、渚の表情が明らかに嫌そうなものになりながら「げっ!?」と声を漏らしてしまった。
その驚きように「どうかされましたか?」と忍が問いつつ彼もそちらに視線を向けてみたらしい。すると納得したように息をついたのが僅かに聞こえてきた。
「おいそこッ! 遅れているぞ、もっと気合い入れんかァ! クズがァ!!」
『はいぃっ!』
そこで庭園から一際大きい声でどなり散らす妙齢の男性の声が響いてくる。渚の視線はその声の主に向けられていた。
肩まで伸びた白髪交じりの黒髪に蓄えられたひげ、鋭い眼光をする翡翠色の瞳。その顔つきは歳を積み重ねていると思われるのだが、それを感じさせない程の雰囲気に声量。なかなか元気なお年寄りだ。
しかもがたいもいい。白の服に黒い羽織、袴というシンプルな和服を身に包んでいるが、それでもうっすらとわかる程に鍛えられている。また見た目だけでなく、纏っている気迫も研ぎ澄まされており、あれをそのままぶつけられたら気が弱い人なら気絶しそうだ。
「衛宮様……ですね」
「はぁ……まさかこんな所で衛宮のじーさんを見るとは……厄日だわ」
このヤマト国、王宮にてその名を知らぬ者はなし。宮を
幼少の頃より武術を仕込まれ、王に仕え、今もなおその任から外れず、軍に属して兵をしごき続ける様子が見かけられており、人は彼を軍神、護神、鬼神などと崇め、称え、恐れている。
彼が生きていれば恐らくヤマト国は滅びないだろうと言われるだけあり、二代にわたって王を敵から守り、支えている。
また彼は人を相手にするだけでなくモンスターをも相手にしており、群れを統括するドス系、アオアシラを相手に無手で単騎討伐したという噂があり、また武器を手にすれば竜種すら相手に戦えるという話もある。
それを信じなかった若手を連れ、ドスファンゴを相手に戦い易々と仕留めて彼らを震え上がらせたという実話があるそうだ。
それだけの実力を手にしている彼ではあるが、れっきとした人間である。
彼の強さは幼少から積み重ねた鍛錬と実戦経験であり、今もなおその強さを劣らせずに鍛錬を積み重ねているのだ。生涯現役を謳うだけある。
その強さの全ては王のためであり、ひいてはヤマト国を守るためであり、それが彼の忠信だという。まさにヤマト国の人間国宝といえよう。
だがそんな経歴があり、ああして兵をしごいている様を見る渚の表情は、一刻も早くここから離れたいという気持ちがありありと浮かんでいる。鍛えられているのは自分の隊の兵ではあるが、元々彼らは今は自主練だ。あの人物がいなかったら少し様子を見てみようか、とも考えていたが、彼がいるならば話は別だ。
音も立てずに静かに廊下を歩き去ろうとしたのだが、
「なにをこそこそしている? 小娘」
「んげっ……」
そんな声が背を向けている兼定から発せられると、また渚は嫌そうな声を漏らしながらびくり、と体を震わせる。その一瞬の内に庭園から渚の目の前まで移動してくる。距離が結構離れていたというのに、わざわざ渚の前に出るだけで瞬間移動とは……ご苦労なこった、と内面で悪態ついてみせる。
「挨拶もなしに行こうとしたな。礼儀がなっていないぞ」
「あーあー、わるぅございましたね。こんにちは、衛宮のじーさん」
「……ふん、相変わらず愛想がないな」
渚も王の直属の部下だが、兼定もまた同じように直属の部下だ。だが彼の場合は近衛兵であり、しかも王に仕えている時間も渚よりも長い。立場としても信頼としても彼の方が上なのだが、渚は彼の事を「衛宮のじーさん」と呼んでいる。本人が目の前にいても、だ。
そんな渚の態度はいつもの事なので怒るような事もせず、鼻を鳴らしながらひげを撫でつける。
「この数日王宮から離れていたようだが、上様の命は遂行しているのか?」
「遂行しようにもその辻斬りが見つからないんじゃ話になんねえよ。龍仁たちと鷲輔が捜索中だ」
「それだけでなく霧夜も動かしただろう? そこにもいるようだしな、ん?」
貫くような視線が渚の背後の壁に向けられる。確かにそこには姿を消している忍がいる。あの目に睨まれでもすれば緊張してしまうのは仕方がなく、陰から息を呑むような声が聞こえてきた。
(あーあ、さすがじーさん。あれだけ気配を抑えてるってのに普通に気づいてやがる)
「まあ、少し動かしたよ、うん」
「そうか。あの小娘も風間を動かしたようだが……ここで余計な揉め事を起こしてくれるなよ?」
「しねえよ、そんなこと。そこは分別つけてるさ」
「ふん、ならいいのだがな。お前達小娘が陰で潰し合うのはいいが、それ故に任務に支障をきたして上様にご迷惑をかけてくれるな?」
「潰し合うのはいいのかよ」
少し呆れたように肩を竦めてみると、「はっ」と小さく笑って見せた。
「お前達の因縁なぞ儂からすれば子供の喧嘩にしかならぬわ。上様に影響を及ばさず、上様に対する忠義を失っていなければ、儂としてはいくらでもやれ、と言ってやろう。戦ってこそ強さは磨き上げられるのだからな」
「……過激なこって。流石生涯現役じーさん、戦いの中で育ってきただけある」
また呆れながらため息をつきつつ首を振ってみせる渚。しかし兼定が「だが――」と鋭い視線を渚に向け、その眼光から強い覇気を滲ませ始めた。
「――逆に上様にご迷惑……いや、上様の意志に背くような真似をすれば、どうなるかわかっていよう? お互い潰し合う事に夢中になるあまり任務を疎かにしても話にならん。その事、ゆめゆめ忘れるな」
「わぁってるよ。そう心配しなさんな。あたしは上様を裏切る気なんてさらさらねえよ。というかさ、こうしてあたしといつまでも駄弁ってていいのかよ?」
くいっと親指で庭園で鍛錬している兵達を示して見せるとそれに合わせて兼定も視線でそれを見る。兼定が離れてからも彼らは鍛錬を行っているが、しかし兼定の目が細まり、やれやれと息をつく。
「ふん、小僧ども、少しばかりペースを落としているな」
「というわけであたしはこれで失礼するよ、衛宮のじーさん。あたしの兵をしごくのはいいけど、潰すようなことは……」
「はっ、儂の鍛錬で潰れるという事は、元よりそれまでの実力というものよ。そんな弱者はお前が一から性根を叩き直せ。そこまでは儂の暇潰しでやろうとは思わんわ」
「左様でございますかい。じゃ、今度こそ失礼します」
一礼してまた廊下を歩きだし、その庭園から離れていく。それを見送った兼定は庭園へと振り返り、その姿が一瞬にして兵達の眼前へと出ていく。
戻ってきた兼定を見て兵達は一瞬緊張状態になるものの、続けて発せられた言葉は、
「儂が離れている間になァにを気を抜かしている!? もう十セット追加だァッ!!」
『は、はいっ!!』
怒号となって庭園に響き渡り、兵らがそれに従って鍛錬を続行していく。兼定の目からは逃れる事は出来ず、少し力を落としていた兵には更なる怒号が飛び、性根を叩き直していく。
そんな声を背後に聴きながら建物の中へと入っていく渚。
ここには渚だけでなく今ここにはいない龍仁、鷲輔が統括する部署がある。リーダーである彼らが在席せずとも、彼らを支えるサブリーダーが纏めている。とはいえ龍仁の場合は武のサブリーダーが同行しており、事務仕事などをこなせるサブリーダーが残っている。
それが今、渚の目の前にやってきていた。
だが人間ではない。人の姿に化けたアイルーだった。その証として栗色の髪の中に猫の耳が生えている。
「おや、渚さんか。おかえりなさい」
「おお、蛍か。仕事かい? ご苦労さん」
「いえ、リーダーがいないからこそ僕がこの仕事を進めていかないとね」
そう言って笑う彼は蛍という。戦アイルーではあるが、事務仕事もこなせる文武両道なアイルーだ。こうして人の姿をとってリーダーである龍仁を補佐する役目を担っている。
龍仁が率いる部隊は人よりもアイルー、戦アイルーが多く所属している。風変りではあるがそれでも確固たる強さを持つ部隊として知られている。現在も戦闘部隊は別の場所で鍛錬を積み重ねている頃だろう。
また彼らはその特徴上ハンターとしても活動しており、人だけでなくモンスターを相手に戦う力を手にしている。人も戦アイルーも所属しているため自然とこうなり、モンスターに関する緊急時には出動する部隊なのだ。
つまり国がモンスターと戦える戦力を保有する、という他の国にはない特異なケースが確立されている。もちろんヤマト国にもハンターズギルドが存在し、ハンターたちも多く集まっている。
だがヤマト国はこの龍仁が抱える戦アイルーらがそのギルドと繋がりを持たせたのだ。彼が戦アイルーの里と繋がり、彼が育て、そしてギルドとも繋がり戦アイルーとしての実績を積み重ねさせることで、その例外を認めさせてしまった。そんな過去がある。
もう一つ、鷲輔が束ねる部隊は一見して普通の軍の部隊のように見えるが、実際は一般人に紛れ込んで内部から奇襲を仕掛けていく役割を担っている。それに加えて情報収集をするなど忍に通じる部分があるのが特徴だ。
この王宮では軍として、外に出れば一般人として活動しているのである。
最後に渚は忍を抱え、彼女自身が率いる部隊は普通の軍隊。今現在は兼定によってしごかれているようだが、渚自身、いや乾家が血筋故か武人として前に出ていく事が多い。そのため自然とそういう部隊が出来上がっていったのだ。
そんな彼女ら三家と相対するもう一つの三家。
これは先ほどの廊下を挟んで向かいにある建物に集まっている。今頃あそこに灯がいるのだろう。渚と同じように風間の忍が彼女に報告をしているのではないだろうか。
そう考えながら自分の執務室の扉を開け、中に入って席に着いて息をつく。するとあの忍がさっとお茶を用意し、彼女へと静かに手渡した。「さんきゅ」と礼を口にしてお茶を一口飲み、また息をついた。
(はぁ、まったく……衛宮のじーさんを前にするとやっぱ緊張しちまうぜ。あたしの兵をしごいてたけど、じーさんが言うようにいつもの暇潰しなんだろうな。久々だけど、錬度が上がるから口も出せねえし……はぁ)
実際に兼定が鍛えればその分兵士の強さは高まってくる。流石はこの国一番の武人、彼による鬼のような教導は厳しく、それでいて確実に成果を残す。彼自身は近衛隊のリーダーではあるがそれは過去の話。リーダー以上の立場であり、王を守る側近。
そんな彼にしごかれるのだ。厳しくとも実りが確実にあるのだから渚は止めるようなことはしない。
それに彼はこういう事は気まぐれだ。気が向いたら指導するため、渚の部下だけでなく灯の部下にもああいう事をする事があるし、実際の部下である近衛兵にもやる。対象は選ばないのだ。
「さて、報告書を――」
湯呑を机に置いて懐に入れた巻物を取り出そうとした時、窓の外にあるテラスの柵に
やれやれと息をついて渚は懐に伸ばした手を引き、頬杖をついてその隼を睨みながら声を掛けた。
「なんか用かよ? 灯」
『つれへんなー、渚。こうしてあんたが帰ってきたって聞いたんやから、話しかけてみたってゆーのに』
「あぁそうですかい。そいつはどうも。つーかさ、別にあたしらおかえりただいま言い合う仲じゃねえだろ」
『せやなぁ。それはただのついでや。……今取り出そうとしたその報告書に書いてあるかもしれへんけど、こうして使い魔通じで礼を言っておこう思うてな』
くすり、と隼の向こうから微笑を浮かべたような息遣いが聞こえてきた。それを聞きながら、
(礼? なんだ礼って。あたしが灯になんかした覚えはないし……ああ、霧夜のことか?)
と、心の中で考えながらお茶を口に含む。
その予想は当たっていた。隼からも何やら小さくグラスの中で氷が動いたかのような音を漏らし、続けて灯の声が聞こえてくる。
『霧夜のメンバー、うちの風間と各地でぶつかり合っているよーや。いや、潰し合っているっていうべきか? うちの風間も世話になっとるよーやしなぁ、その事について礼がしたいと思うてな』
「なるほどなぁ、だったらあたしも礼がしたくなってきたよ。一発やらせてもらえるか?」
『はぁ、ヤらせてって……渚、そんな趣味あったん?』
「なに言ってんだてめぇは!? どんな思考回路してやがる!? 殴らせろって意味だよ!」
嫌やわぁ、と嫌そうな声がした途端、どんっ! と強く机を叩いて隼へと振り返る。しかしその怒鳴り声に全く反応せず、テラスの柵に止まったまま無感情の瞳でじっと渚を見つめ続けていた。
『相変わらず渚はうるさいなー、そんなんやから彼氏の一人も出来へんねんで?』
「てめぇもだろうが、あぁん!? まるで自分がいるような言い方しやがって、調子乗ってんのかコラ!?」
『おーおー、今日も熱はいっとるなー。やるんやったら表出るか? ん?』
「上等じゃねえか。その減らず口、閉ざしてやろうじゃねえか」
『ふふ、ええな、今日もおもしろーなってきたわ。じゃ、いつもの場所でええな?』
「おう」と返事をすると隼が柵から離れて飛び立っていく。それを見送り、湯呑に残っているお茶を飲み干して立ち上がる。懐にしまっていた巻物を机の引き出しにしまうと、ずんずんと苛立たしげに扉へと向かっていった。
その様子を少し困ったような表情で見送る忍。そんな彼にドアノブに手をかけ、
「報告、ご苦労だったな。また何かあればよろしく頼むぜ」
「……はっ。では失礼いたします」
頭を下げて忍は外に出ていった渚に続いて姿を消した。それを見送らず渚も廊下を歩いていき、灯と落ち合う場所へと向かっていった。
一方灯の方も使い魔を呼び戻すと座椅子に腰掛けて楽にしていた姿勢を崩し、立ち上がる。咥えていた煙管を灰皿へと置き、壁に掛けていた羽織を手に取って纏った。
その様子を見つめている忍は少し困ったように息をつくと、
「……お嬢様、戯れもほどほどになさってください」
「あんたもつれないこと言いなさんな。そんなんやったら、長い人生つまらんやん?」
「……はっ、申し訳も」
深く頭を下げる忍に目もくれず、灯は扉に手をかけたが、そこで立ち止まり、思い出したように肩越しに振り返る。その藍色の瞳に感情は浮かばず、淡々と確認するように問いかけた。
「さっきもろうた報告書、あれに間違いがないんやったら、あの霧夜海がモガの村におるって事やけど」
「はい、間違いありません。情報に間違いがなければ今日の朝、モガの村に入っていったとの事です。モガの森を捜索していた二人と連絡がとれないので、恐らく霧夜海、霧夜空によって始末されたものと推測します」
「へぇー、そう。となったら、灯が感じ取ったのを合わせたら……んん、遭遇する可能性あるやろな。情報入手の速さ、負けてまうかもしれへんな」
数日前に感じ取った何か。それは日に日に増しており、遠く離れたこのヤマト国の西京でも感じられるようになっている。とはいえこれは灯の感覚が特殊なだけであり、普通ならばここからモガの村の事情を知るなんてことは不可能だ。
彼女は生まれついての異能持ちだ。それは所謂、千里眼と呼ばれるものであり、意識すればどれほど離れたところであったとしても、何らかの力を感じ取れる。それが強い物であればある程、距離が離れてもおぼろげに感じ取れるが、正確性が少々失われていく。
また彼女のその感覚は限定的なのも特徴であり、主に危険な竜種の力を感じ取るだけに留まる。
「あちらに新たに向かわせた者に始末させますか?」
「いや、やめとき。一般人として混ざっとるんやろ? 仕掛けるタイミング間違えるだけで不利や。しばらくはあの二人は様子見に留めとき」
「はっ、承知しました」
一礼した忍を背に、灯もまた廊下に出て歩き出す。その道すがら彼女は報告書にかかれている事を思い返し、そういえば、と僅かに天井を見上げた。
(桐生の娘もおるんやったな。それも盲目の娘……雪菜ゆーたか。ふむ、深く気にする事ないか。なんかあるんやったらそれはそれでおもろいけど、まぁ、それはないか。あるとすればそれは空かもしれへんか)
庭園に出て更に空へと視線を移す。一体どうなるのだろうか、と思いを馳せるが、しかし期待するのはただ一つの事象。
本当にあれが現れるのかという事のみ。
今のところはあの二人が生きていてもいい。ただ本当に自分の懸念が現実のものになるかが気になっている。それに胸を躍らせるのもいいが、今はすぐそこにある胸躍らせる事に専念する事にしよう。
どこか楽しげに廊下を歩き去る灯の様子を知るのは、廊下ですれ違った数人の人だけだった。