集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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27話

 

 

 それはモガの森の一角に現れる。本来この森周辺にはいないはずのそれが何故森にやって来たのか。一体どういう心境の変化だったのか、それは誰にもわからない。わかるのは当の本人のみ。

 軽やかな足取りで森の中を走っていき、木々の一角にあるそれに近づくと身構え、硬い頭をぶつけるようにして突進を仕掛けていった。その一撃は容易にそれを突き崩し、彼らの住処は粉々に砕け散る。

 家を壊された彼らは慌てて飛び出し、それの足元を散開していく。しかしそれは彼らを見下ろし、かぶりついていく。バリバリと硬い甲殻を噛み砕き、咀嚼し、飲み込んでいく。

 奴に捕まってしまったものらは奴の糧となり、生き延びたものらはその場を急いで逃げ出していった。

 十分に食べ尽くした奴は一度辺りを見回し、また走り出す。腹が膨れたとはいえまだ足りていないらしい。新たな獲物を求めて奴はモガの森の奥へと進んでいく。

 

 そうして奴は、モガの村に居座った。

 

 

 ○

 

 

 朝食をとり終え、宿を出てきた海と空はまた軽く村を周ってみる事にした。聞いた話ではあの二人のハンターは昨日の夜に戻ってきたという。ある程度話に聞いていたが、実際に会えばわかることもある。

 さあ、どこにいるんだろうかと気にしつつ、軽く辺りを周ってみようという話になったのだ。

 そうして村を周ってみると奇妙なものを見つける。

 それは海の近くにある露店にいた。その店は水揚げされた魚介が売られており、少しふくよかな女性が店員をしている。数人の村人が新鮮な魚介を見、女性と会話をして売買しているその中で、じーっと売り物を眺めている小さな子供のようなもの。

 しかしその頭にはどんぐりをくりぬいたようなお面が被られている。手には杖が握られ、先端付近には鋭い魚のような物が貫かれていた。

 

「……奇面族?」

「そう見えますね。あの様子からして……子供と推測」

「そのようだね。しかしなんだってこんな所に?」

 

 奇面族というのは見た通り、お面を被った小さな種族だ。ハンター達の間ではチャチャブーというモンスターがよく知られており、各地のフィールドに見かけられる。

 小さな人形の存在だが、同時に危険な存在としても知られており、武器を手にしてハンターに襲い掛かってくる事がよくある話だ。しかも小さいながらもかなりタフであり、武器によってはハンター装備を容易に傷つけてくるため気をつけなければならない。

 そんな彼らの子供がこんな小さな村にいる。しかも様子を見る限りでは結構打ち解けているのではないだろうか?

 

「おや? そこにいるのはお客人かい? いらっしゃい! ぜひ見ていってくれよ!」

 

 離れた所にいる二人に気づいた女性店員が笑顔で呼び寄せてくる。ここで黙って去るわけにもいかないので静かにその露店へと近づいていった。

 近くでその売り物を見下ろしてみると、確かに新鮮な魚介が揃っている。漁村という事もありなかなか種類もある。だが今気になっているのはそちらではない。

 ちらりと横に視線を落としてみると、どこか楽しげに首を振りながら屈みこみ、同じように魚介を眺めている奇面族がいる。

 

「ん? もしかしてこの子が気になっているのかい?」

「え? あ、はい」

「……ブ? なんだっチャ? オレチャマになにか用かっチャ?」

 

 そこでその奇面族が見上げてくる。恐らく見上げているのだろう、確かにドングリのお面が見上げるように動いている。

 それにしてもなかなか可愛らしい声だ。まさに子供のような声、というべきか。見た目も相まってお面を被っている子供のように思える。しかし人の子供ではない。その出で立ちは上半身裸だが、色合いが人のものではないのだ。

 少し警戒してしまうが、気を感じる限りでは敵意はないらしい。

 

「この子は数年前からこの村に滞在していてね、時々うちのハンターさんについて行って狩りをする事があるんだよ」

「狩りを……? えっと、オトモみたいなものなんですか?」

「うーん、そういうんだったかな。ほら、自己紹介したらどうだい?」

「ブブ、いいっチャ。耳をかっぽじってよくオレチャマの名前を聞くっチャ! オレチャマはチャチャというっチャ! この村にいるハンターを子分にしているっチャ」

「子分?」

「ブッブッブ、オレチャマは強いからチャ。あのハンター達のメンドウを見に、狩りに一緒に行ってやってるのチャ。あいつらもまだまだだからチャ、ブッブ、世話のしがいがあるってものチャ!」

 

 すごいだろ? とでもいうかのように立ち上がって胸を逸らして自慢するように語りだす。確かに奇面族ということもあってなかなか身体能力などが高いように見えるが、それでも遠くから見たあの二人と比べると……と思わなくもない。

 もしかしてこのチャチャという子は、なかなか生意気な子供みたいなものなのだろうか。ちらりと店主の女性や周りの村人らを見回してみると、くすくすと笑いを零している。それは小さな子供を見守るような眼差しで、想像に違わないものだとわかった。

 だがそれを聞き逃さない人がいたらしい。

 

「おうおう、言ってくれるなぁ、チャチャ? 誰が誰のめんどうを見てるって? ああん?」

 

 少し凄むような声色でそう言いながら近づいてくる少年が一人。

 髪はかきあげられてオールバックにされ、根本から数センチは黒、それから毛先までは金髪に染められている。鋭く細められている青い瞳、両耳にはピアスが空けられ、首からはシルバーのチェーンがかけられている。

 服装は西方のものであり、ズボンにも同じようにチェーンが巻かれているし、手首にはリングが嵌められている。

 見かけから雰囲気まで周りを威嚇しているかのような雰囲気。どこからどう見てもあれだ。

 

(不良不良している、か。なるほど、わからなくもないな)

 

 恐らくこの人物がこの村のハンターの一人、赤城将輝という人物なのだろう。

 彼はチャチャの近くまでやってくると、そのまま屈みこんでじろっ、と睨みつけるかのように顔を近づけた。

 

「確かにてめぇは前に比べたら強くなってるけどよぉ、まだまだこれからってもんじゃろがい。昨日のラギアの一件もついてこなかったしよぉ」

「ブブ、昨日はオレチャマ、森の様子を見に行っただけっチャ! 別にラギアが怖くて行かなかったわけじゃないっチャ!」

「ほお~? そうかい。まあ、森の様子が気になってるんじゃったらしゃーないのぉ。そういうことにしておいてやるわい」

 

 ぽんぽんと子供にするようにドングリのお面越しに頭を優しく撫でてやり、立ち上がって海と空を見つめる。小さく首を傾げて「お前さんらがお客人か?」と問いかけてきた。

 それに頷いて海が自分と空について自己紹介をすると、なるほどと頷いて、

 

「そうかい。じゃあ俺も名乗ろうか。俺は赤城将輝ってもんじゃい。ここでハンターとして活動しとる。よろしゅう頼むわい」

「はい、よろしくお願いします」

「よろしくです」

 

 ぺこりと頭を下げ合い、挨拶を交わす。

 こうして目の前にしてわかる。確かに見た目は不良しているし、口調も荒々しい。しかし何となくそれは性格だけに留まっているだけで、完全な不良という風には思えない。

 とはいえただそういう風に感じただけで、見極めるならもう少し時間をかけないといけないか。

 それにハンターはもう一人いる。

 彼女はいないのだろうかと辺りを探ってみるも、近くにはいないようだ。

 

「……ブ、それより将輝、少し話があるのを思い出したっチャ」

「あん、なんじゃい? 話って」

「昨日の夜から森の方を探ってみたっチャが、あそこに新しいモンスターがやって来たっチャ」

「それをはよぉ言わんかワレェッ!?」

 

 ついでみたいな言い方をしてとんでもない内容を暴露するチャチャに、将輝から怒号が飛び出す。鬼気迫るような形相をし、辺りが震えるほどの声量に周りの人々がたまらず耳を塞いでしまったくらいであり、その辺りは見た目に反しないものだった。

 それを真正面、間近からぶつけられたチャチャはびくぅっと体を震わせ、「ブ……ブブ、いや、なんていうかっチャ、その……」と歯切れ悪くあちこち視線を巡らせて……いや、お面のせいでそれはわかりにくいのだが、そうしているのかもしれない。

 その様子に「なんじゃい、はよぉ言ってみぃ」と腕を組みながらじっと見下ろす。

 

「……海や魚を見てぼうっとしている内に、忘れてしまったっチャ」

「…………ええ度胸しとるのぅ、ワレ。一発のしても文句ねえわな?」

「チャバーッ!? 暴力反対っチャ! オレチャマを殴るより、森に入ったモンスターを殴った方がマシっチャ!? ほれ、お前達もそう思うっチャ!?」

 

 同意を求めるように辺りを見回すが、返ってくるのは苦笑ばかり。その様子からして結構よくある光景なのかもしれない。それだけでもこの奇面族の子供、チャチャがこの村に溶け込んでいるという事がわかった。

 しかしそれよりもこのチャチャが言っていた事だ。

 モガの森にモンスターが現れたという事。

 この村に来る途中にドスフロギィの群れが現れたが、どこの誰ともわからない辻斬りによって殲滅されている。何気なく森の事について訊いてみたが、そのドスフロギィについて話している様子はなかった。

 つまり村人たちは把握していなかったのだ。ということはやはり村のハンターが討伐していったわけでもない。

 村の外には何人かの忍が待機し、辻斬りがまた現れないかと調べているが今のところその影はまだない。

 

「まあいい。それじゃ、何が現れたのか聞かせてもらおうか」

「やってきたのはボルボロスっチャ。オルタロスの巣を破壊して食べているのを見かけたっチャ」

「ボルボロスぅ? なんじゃい、また気まぐれな奴がわざわざ砂原からやってきたっちゅうんかい。ほんとにあの森はよぉわからんのう」

 

 頭を掻きながらぼやく将輝ではあるが、確かにそれには同意できる。

 ボルボロスとは砂原に生息する獣竜種であり、甲虫種の一種のオルタロスなどの昆虫を餌として捕食するモンスターだ。砂原の強い日差しによる熱や暑さから体を守るために泥沼のある場所を好み、縄張りとしている。

 泥を身に纏って暑さを遮断しており、時に体を震わせる事で泥を飛ばして外敵を攻撃する武器にもしている。だがそれ以上に奴の最大武器は強固な頭であり、身を屈めてからの突進によって敵を撥ね飛ばしてしまうのだ。

 その威力、疾走速度は初見では対応しきれない事が多く、新米ハンター達の壁の一つ……獣竜種としての壁と言われている。

 そんなボルボロスがモガの森にやって来た。本来ならば砂原の縄張りから離れる事はないはずなのだが、本当にあの森はどうなっているのだろうか。

 しかし理由はわからずとも大型モンスターが確認されたのだ。危険度はそれほどでもないだろうが、もしもという事もある。一度あそこに向かって様子を見てみるしかない。

 

「よし、檸檬にも伝えてこよう。準備が出来次第森に入るぞ」

「頑張ってくるっチャ」

 

 いってらっしゃーい、と手を振りだすチャチャだが、ぴくりと眉を動かして歩き出そうとしたところで肩越しに振り返る。

 

「なにを言っとるかワレ。お前も来るんじゃい!」

「チャバッ!? マジかっチャ!?」

「ほう? 来ないんだったら今日の飯は抜きにするぞ?」

「ブー!? 飯を盾にするとは卑怯っチャ!」

 

 抗議するように両手を振り上げ、手にしている杖が上下にぶんぶんと振り回される。だがそんな子供みたいな抗議してもだめだ。チャチャもまた戦力になり得る存在であり、何度も将輝らと一緒に狩りをしている。

 また将輝に屈みこんでとんとん、とドングリのお面を人差し指で叩き、

 

「別に盾にしちゃいねえさ。戦った後の飯はうめえだろ? 体、動かそうじゃないか。それにお前の支援が俺らには必要なんじゃい。な? 一緒に戦おうじゃないか」

「……わかったっチャ。やるっチャ。そこまで言われちゃしょうがないっチャ。仕方ないから、オレチャマが手を貸してやるっチャ」

「そう来なくっちゃな。よし、行くぞチャチャ」

 

 うん、と頷いて歩きだし、チャチャもそれに続いていく。去っていく二人を見送る海と空だが、当然ながらこのまま待機するはずもない。店主に挨拶して歩きだし、向かう先は宿泊している宿。

 海が部屋に入り、空が軽く辺りを見回して襖を締めながら中に入る。続けて空が札を取り出してモガの森にいる仲間へと連絡を取る事にした。その間に海が窓から外の様子を見てみる。

 すると先ほど別れた将輝とチャチャがハンター装備を身に包み、もう一人のハンターである檸檬と思われる少女と話をしているのが見えた。

 その様子を確認しながら懐から札を取り出し、ぶつぶつと小さく言葉を呟いていく。それに従って札に書かれている文字が淡く光りだし、それに従って海にも淡い光が包み込んでいく。

 そうして光が全身を覆い、続けて海の目の前に集結し、何かを形作っていった。

 光が消えれば、そこにはもう一人の海がいた。

 分身の術。

 忍が使う術の中でもフィクションなどでよく知られている術の一つだろう。これはその内の一つだ。札と己の魔力によって作り上げられた分身であり、術者をそのままコピーしたかのような出来栄えとなる。

 この分身をここに残し、二人はあのハンター達について行ってモガの森に潜り込むつもりだ。

 空も森にいる仲間との会話を終え、同じようにして札を使って分身を作り上げて待機させる。忍としての準備を整えると、「じゃ、こっちは任せたよ」と分身二人に告げると、分身もこくりと頷いた。

 空が襖の向こうの気配を探り、問題ない事を確認して二人して外に出、宿を後にした。それから村の裏手を回り込んでモガの村へと入り込み、後からやってきた将輝達に気づかれないように後を追っていった。

 

 一方宿に残った分身二人。このまま待機するのも一つの手ではあるが、近日感じ始めた妙な違和感を調べるために海岸線へと出てきた。湿った空気が鼻をくすぐり、空を見上げると遠くの空が妙に曇っているように思える。

 あれはもしかすると雨雲なのかもしれない。こちらの方へとゆっくりと流れてくるのかもしれない。

 だがなんだろうか、この奇妙な感覚は。

 あれはただものではないような気がする。

 そんな風に考えていると、宿の方から雪菜がゆっくりと歩いてきた。

 

「あんさんらも気になっとるん?」

 

 穏やかに問いかけながら二人の近くに並んでくる。布に隠された目はじっと海を見据え、冷たい風を受けて髪がなびき、そうしながら雪菜は神妙な表情で口を開く。

 

「昨日と比べて嫌な風や。これはただの雨やない、嵐が来るで」

「わかるんですか?」

「空はんには言ったやろ? ウチは見えへん分、周りの状況がわかるんや。この感覚だけであれがただの雨雲になりかけじゃないってゆうんはわかるで」

 

 ただの雨雲ではない。そして嵐が来るという言葉。

 それが本当ならばただ事じゃないだろう。嵐に対して備えなければならない。しかし確証があるわけではない。目に見える形としてはかなり遠く離れたところに怪しい空が見えるだけだ。

 不意にそんな雪菜がちらりと隣に並んでいる海を見やる。

 

「……何か?」

「……いや、なんも。気にせんでええよ」

 

 くすり、と穏やかな笑顔を見せて小さく首を振る。ふむ、一体どうしたのだろうか、と気になったのだが、もしかすると気づかれたのだろうか? 分身の空の視線がじっと雪菜を見つめる。

 だが雪菜は相変わらず微笑むだけであり、また番傘をくるくると回し始める。

 もしかするとそれは彼女の癖なのかもしれない。そうして番傘を弄りながら何かを眺める、そうする事を無意識でやっているのかもしれない。

 しかしそれでも僅かに二人に向けられた布越しの視線。

 見えないからこそ鋭くなった感覚。それによって普通はわからない本物と分身の微細な差に気づいたとすれば。

 そう考えると末恐ろしい。一般人ではなく魔法使いである事も明らかになったし、もしかするとそういう事には気づくだけの実力があるかもしれない。

 だがそこで疑問も生まれる。

 本当に分身である事に気づいたならば何も言わないのはどういうつもりなのか。あるいは逆に気づいていない?

 

「くすくす、気がかりな事でもあるん?」

「いえ、嵐が本当に来るのならばどうしようか、と」

「せやなぁ、出来る事はなんもありはせんよ。宿でおとなしくして過ぎ去るのを待つだけや」

 

 その前に村人達が嵐に備えるために船を港へと繋ぎ、建物も屋根の補修などをしなければならないが、客人である三人もそれを手伝う事になるかもしれない。だがそれを終えればただ通り過ぎるのを待つしかない。

 しかし願わくば嵐は来ないでくれ、と思わずにはいられなかった。

 そうして海を見つめる中、最後にちらりと雪菜の表情を窺い見る。だが彼女は相変わらず何を考えているのかわからない微笑と、無感情が混じりあうような不思議な雰囲気を醸し出しながら佇んでいた。

 

 

 ○

 

 

 モガの森を進む将輝と檸檬、チャチャの三人は辺りを警戒しながら歩いていた。森は穏やかな空気を醸し出し、ボルボロスがいるようには思えない。小型モンスターもあまり見当たらず、実に平和そのものだった。

 だがここはまだまだ村に近しい場所。チャチャの話によればボルボロスを見かけたのは先の方。更に言えば見たのは早朝の事だったらしい。どうもチャチャは昨日からずっと森の中にいたようで、村へと帰ってくる途中で見かけたそうだ。

 森の中で眠り、帰ってくる途中だったため見た事は見たが、それを伝える前に海でボーっとしていたのだとか。やれやれである。

 そんな彼らから数メートル離れた木の枝に、忍の装束を纏う海と空が気配を消して追跡中だ。こうして二人が彼らを追跡する理由は彼らの実力を把握するだけではない。今回もあの現場を作り上げた犯人(ホシ)が現れるかどうかを見るためにある。

 もし現れたならばその姿を確認し、実力を把握し、報告する。叶うならば捕縛したいところではあるが、果たしてそれが出来るかどうか。

 何にせよ海と空は狩りに介入せず全てを見届けるのみだ。

 そうして数十分歩き続け、やってきたのは少し開けた場所にある沼だった。ほとりは水と土が混ざり合って濁り、泥になっている。砂原ならば湖全体が濁る泥沼と化しているのだが、流石にモガの村はそうはなっていない。

 ボルボロスが泥を纏おうと思えばここにやってくると思われるがどうだろうか。

 

「なんかおるのぉ。気配がするわい」

 

 視線を動かして辺りを見回し手はそれぞれ武器へとかけられている。見回す限りでは何かがいるようには見えない。森の中に隠れているのか、沼の中にいるのか。

 目的であるボルボロスならば隠れているとするならば目の前にあるそれだろう。視線は巡ろうとも、意識の大部分は沼に向けられている。

 

「……いたよ。あそこ」

 

 不意に檸檬が沼の一角を指さす。よく目を凝らすと確かにそこには何かが浮いている。茶色い円をしたものに穴がいくつか空き、そこから蒸気らしきものが立ち上っている。

 あれがボルボロスの頭だ。奴は時に沼に体を沈ませ、頭だけ水面に出してそこにある鼻孔で呼吸する。

 

「それじゃ、仕掛けていくかいのぉ」

 

 握りしめていたハイランドグリーズを抜きながら変形させ、剣モードにして構える。足音を立てずに静かに近づき、緩やかに沼に身を浸すボルボロスの頭へと一気に斬りこんだ。

 ボルボロスの頭は奴の部位の中で一番の強度を持つ。だがスラッシュアックスの剣モードは強固なものだろうとも強引に斬り捨てる事が可能だ。がりがりと音を立てても刃はボルボロスの頭を斬り、突然の攻撃に反応して一度頭が沼の中へと沈み、勢いよく飛び出してくる。

 その際に頭を勢いよく振り上げたが、将輝はバックステップをして回避しつつ、剣モードから斧モードへと切り替えていた。

 

「ブロロロ……!」

 

 突然攻撃してきた無礼な者らを見回しながらボルボロスが唸りだす。それに怯むことなく、檸檬がボルボロスの足元へと潜り込んでセクトウノベルデを抜刀し、その巨体を支え、ボルボロスの持ち味である疾走を行う足へと斬りかかる。

 更にボルボロスの意識を引くために、正面からボルボロスの腕へとハイランドグリーズを突き出し、振り上げつつ横へとずれつつ気を放って挑発していった。

 するとそれを追うようにボルボロスの目が動き、続けざまに頭突きをしながら将輝へと接近していった。

 

「チャバー! 子分たち頑張るっチャ! オレチャマが踊ってやるっチャー!」

 

 離れた所ではチャチャが踊り始めている。からんからん、とドングリのお面から音が奏でられ、それに合わせて足がステップを刻み、手にしている杖をリズムよく振り、腰を振る。

 するとそれに合わせて淡い光を放つ粒子が舞い踊り、それがゆっくりと周囲に広がっていった。やがてチャチャの踊りが終わり、「チャッバー!」と決めポーズを決めた瞬間、粒子は波となって将輝と檸檬へと影響を与えた。

 

「よし、いい仕事したよ、チャチャ。はぁっ!」

 

 チャチャを褒めつつ離れた距離を詰めるように飛びかかりながら振り下ろし、斬りつけた瞬間に電流が走ったかのような黄色い光が発する。これが麻痺毒が仕込まれている影響だ。

 そしてチャチャの踊りによって二人の筋力が増強され、攻撃の威力も底上げされている。これによって威力が低いとされている片手剣でも、それなりの威力を出せるようになっているだろう。だが檸檬の役目はダメージを稼ぐというよりも、セクトウノベルデの麻痺毒を相手に打ち込んでいく事だ。

 ダメージ稼ぎの役割はスラッシュアックスを手にしている将輝だ。

 

「おらあぁっ!」

 

 側面に回り込み弱点である腕を狙って斬りかかるも、ボルボロスは数歩下がりながら振り返り、ぐっと力をためて頭を下げ、将輝に向かって一気に突進してきた。

 だが将輝はそれを読みきり、突進をぎりぎりで躱せるタイミングで横に跳ぶ。茶色いその巨体が勢いよく横を通過していくのは怖いだろうが、将輝は一筋の汗を流すだけであり、小さく唾を飲みながら振り返りつつ尻尾へと振り上げる。

 ハイランドグリーズは威力があるだけでなく毒を内包している。斬りつけた瞬間に紫色の煙が噴き出せば、それは相手に毒を仕込んでいる証となる。

 尻尾を緑の刃が切り裂くも、その程度でボルボロスが怯むことはない。続けて接近してきた檸檬もろとも攻撃するために奴は体を震わせ始めた。すると体に付着している泥が跳ね、塊となって降り注ぎだす。

 それに舌打ちして二人は距離をとる。あれは粘着質が高く、重量もある塊だ。受ければダメージになるだけでなく体の自由を封じ、行動を制限されてしまう。消散剤という薬品があればその泥を吹き飛ばす事が出来るし、外部からはたいてくれれば離れるが、それまでは武器も振るえず道具も使えない。

 なので自然と泥を受けないように防戦に回らないといけなくなる。慣れている人ならば泥を受けないように立ち回りながら武器を振るうだろうが、ここは安全策を選んだ。

 かといって攻撃手段がないわけでもない。剣術の家に生まれている檸檬は気刃もこなせるため、己の気をセクトウノベルデに纏わせて剣閃を放つ。それに続くようにして、チャチャも腰に下げている鞄からブーメランを取り出すとボルボロスに向かって投擲しだす。

 泥を飛ばす攻撃は脅威ではあるが、そうしている間は棒立ちだ。泥が届かない所からの遠距離攻撃の的になる。

 

「ブロロロ……っ、ブオオオォォォッ!」

 

 またも振り返りながらの後退をし、そのまま突進を仕掛けてくるのかと思いきや足早に歩きながら檸檬へと近づいていく。当然檸檬は一定距離を保つように回り込もうとするが、ボルボロスもそれに続いてスピードを落とさずに彼女の出方を窺うように回り込み続ける。

 

「ちっ、様子見だね」

「気をつけぇよ、いきなり仕掛け……言ってるそばかいっ!?」

 

 獣竜種の特徴として、獲物の出方を窺いながら背後に回り込むように歩く事がある。それから逃げようとすれば延々と歩き続け、それが逆にプレッシャーをかけてくるかのように感じる事があるのだ。

 そうして追い詰めながら距離を保ち、疲れたところをすかさず攻撃を仕掛けてくる、という行動だ。

 ボルボロスも檸檬の背後をとろうとしたが、彼女が警戒しながら歩き続けるのを見込んだ瞬間、一歩下がって力をためてからのショルダータックルを仕掛けてきた。すかさず盾を構えて防御するが、片手剣の盾では威力を殺しきれない。

 低く下げられた肩が彼女の構えた盾にぶつかり、檸檬の体は大きく後ろへと吹き飛ばされる。しかし受け身を取り、地面を滑っていき、息を吐いて盾を持つ右手を振ってダメージの具合を確認していた。

 それを横目で見ながら将輝が距離を詰めながらハイランドグリーズを突き出し、続けて剣モードへと切り替えながら振り下ろす。振る度に紫色の煙が吹き出し、ダメージだけでなく毒を積み重ねていく。

 ハイランドグリーズの剣モード時に発揮されるビンの効果は強属性ビン。属性攻撃の威力を高める効果が含まれているのだ。つまり与える毒のダメージも高まり、より一層毒を打ち込んでいく。

 

「グロロロ……っ」

 

 ボルボロスの呼吸の様子がおかしくなった。どうやら毒状態になったらしい。ボルボロスの動きが少し鈍くなったがそれでも気をつけなければならない。将輝に向かって勢いよく頭を振り下ろして叩き潰しにかかった。

 それをバックステップで回避するが、その際頭に溜まっていた泥の一部が跳ねて将輝に降りかかってくる。舌打ちしてハイランドグリーズで切り払って自分に付着しないようにしたが、頭を上げたボルボロスが素早く一歩踏み込んで頭をかち上げる。

 

「ん、くっ……!?」

 

 ハイランドグリーズを振り上げていたために防御が間に合わず、将輝の体は宙に舞い上がって離れた所に落下した。腹に当たった硬い頭と、背中から落ちた事で強打を受ける。ラングロSシリーズのおかげで重傷にはなっていないが、それでも結構衝撃がかかってしまった。

 だがそれに呻いている暇はない。

 どうやらボルボロスは怒り状態になっているらしく、頭の鼻孔からかなりの蒸気が噴き出されていた。将輝に狙いを定めているようでまた頭を低くし、力をためようとしていた。

 

「させない!」

「これでも喰らうっチャ!」

 

 そこをすかさず檸檬とチャチャが飛び出し、チャチャは足へと斬りかかっていく。檸檬はポーチへと手を伸ばし、閃光玉を取り出してピンを抜き投擲する。空を切るように高速で飛んだそれはボルボロスの前で破裂し、強い光を周囲に放つ。

 それを受けてボルボロスは小さく呻き、たたらを踏みながら頭を振る。だが目に焼き付いた光によって視界を潰され、何度も頭を振りながら足踏みするしか出来ない。

 

「大丈夫かい、将輝!?」

「……おう、何とかな。ありがとよ檸檬」

 

 ぱんぱん、と軽く尻をはたきつつ体の調子を確かめる。痛みはあったが戦えない程じゃない。これでも上位装備だし体は鍛えている。このくらいで根を上げる程軟ではなかった。

 それよりも今が好機だ。

 攻め込むチャンスを逃すわけにはいかない、と剣モードから斧モードへと切り替えつつ走り出し、ボルボロスへと斬りかかっていく。

 ボルボロスの足元ではチャチャが手にしている杖を縦横無尽に振り回し、時折魚が斬るたびにセクトウノベルデが斬った時と同じような光が放たれていた。これはチャチャがドングリのお面に書き記した麻痺攻撃の印によるもの。

 この印は呪印や紋様術の一種とされており、これが発揮する効果によってチャチャが持つ武器に力が宿るのだ。チャチャの役割は主に支援。後ろで踊る事で踊りによって生まれる効果を二人に与え、時に遊撃として攻め込んで檸檬と同じく麻痺毒を打ち込んで敵の動きを止めるのだ。

 檸檬も合流して二人して武器を振るい、次々と麻痺毒を打ち込んでいく。それが実を結び、今度は麻痺毒によって体の自由を奪われるボルボロス。

 苦しげに呻き何とかして体を動かそうとしても動くことが叶わない現実。その隙を狙って弱点である腕へとハイランドグリーズを振るってダメージを重ねていく。

 流れは完全に将輝達に傾いていた。

 

 

「……周囲の様子は?」

『異常なしです、若。辻斬りらしき影、気配共になし』

「わかった。引き続き警戒を続行してくれ」

『はっ』

 

 その様子を相変わらず木々の枝葉の中に身を隠して傍観しながら、海は離れた所にいる仲間と札を通じて話していた。今のところ怪しい人物は確認されず、将輝らの戦いを邪魔するものもなし。

 他に大型モンスターが接近する様子もないようなので、この調子だと問題なく戦いが終わりそうだった。

 何事もなければそれでいい。懸念すべき事が現実にならないというのはいいことだ。そう何度も悪い事が立て続けに起こってほしくはないが、情報を入手するためには起こらなければならないというちょっとした矛盾。

 

「……こちらも異常は確認されません。しかし分身から通じて送られた情報では、海の向こうから嵐に変化すると思われる天気を確認」

「嵐、か。となればまだ数日モガの村に待機になりそうだね」

「はい。……また数分後には伝書が届けられるとの事。分身が受け取りますが、よろしいですか?」

「ああ、いいよ」

 

 頷きながらも視線はボルボロスとそれと戦うハンター達から外さない。彼らの実力を計り、どれだけの力を保有しているのかを知る。あのアイルーの話が事実ならば、あそこにいる二人も辻斬りの可能性が微小ながらあるという事なのだから。

 将輝はスラッシュアックス使いだがそれ以外の武器を保有していれば候補に挙がる。

 檸檬もどうやら桜花流の使い手らしいし、可能性はある。セクトウノベルデでは若干リーチは短いかもしれないが、それでもあれもまた剣の一つ。それを使えば人を斬る事は容易い。

 故にあの二人を観察する。

 その戦いが終わるまで。

 

 

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