村に待機している分身二人は宿の部屋に戻ってきていた。宿の前で雪菜と別れ、部屋で情報を整理しながら窓からやってくる鳥を待っているのだ。そうして待つ事数分、開かれた窓から一羽の鳩が入ってくる。
その足には手紙が結ばれており、鳩を腕に止まらせて手紙を回収した。そして腕から肩へと移動させ、回収した手紙を広げて内容を確認してみる。
そこには空が調査を依頼していた桐生雪菜についての調査結果が書かれていた。
桐生雪菜。
年齢二十一歳、種族人間。
ヤマト国にある桐生家に生まれ、しかし幼い頃の病によって視力を失ってしまう。
視力を失った事で、彼女が桐生家の娘としての役割を果たすことは難しくなったかと思われたが、彼女は数年かけて視力がなくとも周りの状況を把握するだけの高い周囲察知能力を会得した。
それはまさに達人が得る心眼と呼べるものであり、幼いながらもその才能に桐生家の者らは驚いたものだった。
彼女は魔法使いとしてもめきめきと力を高めていき、普通に生活するだけでなく魔法使いとして戦う分にも問題ないだけの実力を得る。現在は桐生家のしきたりに従って世界を巡る旅に出ている。
また桐生家はかの衛宮家とも繋がりがあるため、彼女は体術や剣術もある程度仕込まれているようだ。とはいえ彼女は見えていないために積極的に戦いに出るという事はせず、遠距離から魔法使いとして戦うだけに留められているらしい。
そこまで読んだところでふむ、と海の分身は頷いた。
机の上に広げている報告書を纏めていた空へと視線を移し、手にしている手紙を手渡してやって彼女にも読ませてやる。少しして読み終えた空の分身は思い返す。
本体が雪菜と会話していた言葉を頭の中に語らせ、この報告書の内容に差がない事を確認した。雪菜は確かに武術を嗜む程度にやっていると言っていたし、本当だったらしい。
それにしても衛宮家とも繋がりがあるとは驚きだ。
衛宮家といえばヤマト国でも名が知られている武術の家であり、代々ヤマト国王に仕え、王宮で軍人として動く者達だ。現国王と先代国王、二代にわたって仕え、彼らを守る近衛兵として名を馳せる衛宮兼定の名は知らぬものはないと言われるほどに有名であり、王宮へ行った際に何度か見かけた事がある。
年老いてもなお磨き上げられる実力に周囲を威圧する程の気迫。
正直言って彼を敵に回そうなどと考えたくもない。衛宮家始まって以来の武神と言われているくらいで、人間の中では彼に勝てるのはいないんじゃないかというくらいだ。
神倉月が人族での最強ならば、衛宮兼定は人間での最強といわれている。
そんな彼も強さを磨き続けているとはいえ、やはり老いというものはくるものであり、いずれは死ぬだろう。そんな彼の後継者、すなわち彼の息子もまた王宮で軍人として活躍しているのだが兼定程の領域には達していないようだ。それでも十分強いのだが、それだけ兼定という存在がとんでもないということらしい。
(そんな衛宮家だが一人勘当されているんだったか)
そう考えながら空が広げている報告書、情報を漁り、衛宮家のデータを取り出す。
兼定の息子兄弟の弟に生まれた一人娘。
武の才能が高く、幼少の頃より兼定らによって仕込まれたことで高い実力を保有した衛宮家の武人だった。しかし思春期に入ってからはそのレールに乗って走る自分に嫌気がさし、無気力となる事で家に反発し始めたそうだ。
それでも衛宮家の武人としての在り方を教えられ、ヤマト国とヤマト国王に忠義を示せと言われるもののこれを拒否。己の武術は国のためではなく、己の在り方を示すために高めるとして同門の衛宮の人間を殺害。
父親にも刃を向けて衛宮家を飛び出した。これに怒りを示した兼定が追跡するが、彼女の逃亡を手助けした何者かの邪魔が入り、衛宮家の家宝である刀と共に天羽はヤマト国から姿を消したそうだ。
あの衛宮兼定から逃げ切れ、それだけでなく刀が消えたという事で当時は大事件となり、衛宮家からの国に対する反逆者といわれてもおかしくないこの不始末。責を償うために彼女の父は自刃。天羽は衛宮家から勘当され、衛宮家の歴史から名を抹消された。
しかし彼女の行方は捜索されており、もしも発見されれば彼女は殺せ、と告げられている。もし刀がまだ彼女の手にあれば回収しろと命じられているのだ。
さて、ここまでの情報があるのは何故か。
それは彼女もまた辻斬りの候補に挙がっているためだ。
衛宮家から消えた彼女の行方は分からないが、衛宮家とヤマト国に反発したのは決められたレールの上を走らされ続けるのを嫌ったためだ。衛宮家に生まれ、才能があったが故に将来を決められ、ただただ強さを磨く日々。
国と王に仕えろ、と教育され、そのための力を高める事に思春期になって疑問を感じ、そして道を外した。自分の強さは国のためにある、という結論を否定し、国と家を捨てて飛び出した彼女は何をするのか。
磨かれた力を更に高めるための戦いに身を投じたのではないかと思われる。
彼女がいなくなったのは四年前、それからの行方は今もなお不明だが、辻斬りが現れたのは去年からだ。それまでの三年間どうしたのだろうか、と疑問はあるが、彼女が強さを試すために武の達人と戦っているんじゃないか、と推測できる。
たぶん、シュヴァルツの事を除外するならば、彼女が候補に挙がってくるんじゃないかと思われる。
(しかし確証はない。衛宮天羽様だという確証を得なければ話にならないだろう)
天羽はただ候補に挙がっているだけであり、確率は高くても推測でしかない。その推測を確証に変えるには実際に辻斬りと遭遇し、彼女だと認識するしかないのだ。
「本体の方はまだ異常なしの模様」
「そのようだね。このまま何事もなければいいのだけどね」
手紙の内容を書類に書き留めていく空に応え、鳩を肩に止めながら外を見つめる。
本体から送られてくる情報から、まだ異常はないという事だけはわかる。辻斬りは現れるのだろうか、それだけが心配だった。
○
麻痺毒から解放されたボルボロスの怒りはまだ続行されていた。自分をいいように攻撃し続けた者達を許す気はないらしい。解放された瞬間、天を仰いで怒号を発する。
びりびりと空気が震え、将輝達の耳を塞がせて動きを封じ込めてしまう。動きを止めたところを見逃すボルボロスではなかった。
「ブロロッ!」
足元付近にいる檸檬とチャチャを纏めて吹き飛ばすように、一歩下がるとショルダータックルを仕掛けていく。咆哮によって耳を塞いでいる二人は防御する事も出来ず、それによってボールのように吹き飛ばされてしまった。
「く……檸檬!」
硬直から解けないまま吹き飛ばされていく檸檬を見ている事しか出来ない。ボルボロスが近くにいる将輝に振り返ったところでようやく硬直から解放され、振り下ろされる頭から逃れるように後ろへと跳んだ。
一方吹き飛ばされた檸檬とチャチャはごろごろと地面を数メートル転がり、呻き声を上げながら起き上った。露出の高いネブラSシリーズは上位装備であり、ある程度の防御力はあるが打ち所が悪ければ結構ダメージを受けてしまう。
「ごほごほ、やってくれるね……」
「ブッブー! まだまだやれるっチャ! オレチャマの踊りを見せてやるっチャ!」
頭を振って痛みを振り切り、手にしている杖を回転させて気合を入れるとまた踊りだす。ステップを刻みながら移動するチャチャを横目で見ると、将輝を追って走り出すボルボロスに向かって走り出す。
しかしそれも数メートルだけ。
距離を詰めたあとポーチに手を伸ばし、取り出したのはシビレ罠だ。それを地面にセットし、起動させればビリビリと麻痺毒が表面に現れる。それを確認するとセクトウノベルデを抜いてボルボロスへと向かっていった。
ハイランドグリーズを背中に収めている将輝は防戦一方。頭突き、突進、尻尾と連続して攻撃してくるボルボロスから躱し続けている。
彼はこっちに向かってくる檸檬に気づき、彼女と視線を合わせる。
「シビレ罠を仕掛けたよ!」
「よぉし、了解や。っと、回復の踊りが力を発揮したようじゃのお」
遠くで踊っていたチャチャが決めポーズを決めた瞬間、緑色の粒子が周囲に広がっていった。それは将輝と檸檬に届き、二人の体を癒していく。これにより先ほどのダメージはある程度和らいだ。
側面へと回り込むように移動しつつシビレ罠がある方へとさりげなく移動していくと、それに従ってボルボロスの視線も動き、向き直っていく。
シビレ罠を背後に取った時、ボルボロスが距離を詰めるために力を込めつつ頭を下げた。その瞬間、将輝は一気に背後へと駆け出す。当然逃げる将輝を追うようにボルボロスが疾走を開始し、更に逃げるために後ろへと跳んでシビレ罠を飛び越した。
ボルボロスが追い付きかけるがシビレ罠を踏み、その体を痙攣させてしまった。苦しげに声を漏らすボルボロスへと接近し、抜刀して一気に攻撃を開始した。
ハイランドグリーズを剣モードにして腕を連続で斬り付け、毒を蓄積させていく将輝に、足を斬りつけてダメージを蓄積させ、シビレ罠が斬れた後の転倒を狙っていく檸檬。
チャチャもまた踊りだし、最初に出した効果である筋力増強を発動させて支援する。
再び流れが傾く。ここから一気に討伐へと行きそうな雰囲気だ。
これは決まったか、と傍観している海と空は思う。一時はどうなるかと思ったが、ハイランドグリーズの威力と毒ダメージも積み重なっているし、動けないボルボロスを一気に叩く今、瀕死は近しくなっているだろう。
このまま何事もなく終われるか。
周囲を警戒しながらまだまだ二人は観戦し続ける。
同時刻、森の中に身を隠している霧夜の忍二人はまた辺りを見回し、札を通じて異常なし、と伝える。二人がいるのはやはり木の枝の上。生える葉っぱや幹に隠れるようにして待機していた。
位置的にはボルボロスと戦っている将輝達を挟んで海らと対面にいる。何かあった場合、彼らの後ろの森を横切って向かわなければならないが、あの狩場の左右についているという位置づけにもなっている。
彼らもあの戦いがもうそろそろ終わりそうだと判断していた。辺りを警戒しているが、このまま何事もなく終われば、とも考えている。
「辻斬り、現れませんね」
「そうだな。これはあのドスフロギィらを始末した後、この森から離れたとみていいんじゃないかね。……ん? 何か接近してきたぞ」
この周囲から離れたならば向かうとするなら西に進んでロックラック方面へと進んだのか、東に進んで海岸線に沿って移動していったか、という方向で推測できる。
ふと、視線を落としてみると二匹のジャギィがやってくる。視線は将輝らへと向けられており、戦況を窺っているようだった。
どうやら戦いが終わった後に負けた方を喰らってやろうというつもりなのだろう。
野生の中ではそれはアリだ。弱った相手、死体となったそれの残りを頂く、そういうやり方も生きる道の一つ。
どうやら完全にジャギィらも傍観者になっているようで、じーっと狩場を見つめたままだ。枝の上にいる二人に気づいている様子はない。
「ジャギィ二匹がやってきました。仕掛けていく様子はなし、他に気配もなしです」
『了解、気をつけて』
すかさず海へと報告し、ジャギィの動向を確認しつつ周囲に気を配ってみる。あの二匹以外に接近してくる気配はなく、ひとまずは安全だろう。
不意に妙な風が吹いた。
海の方から吹いてきたそれは妙に冷たく感じ、二人の視線は風が吹いてきた方へと一瞬向けられる。
すると続けて風に乗って木の葉が舞い上がり、二人の体を流すようにしてぶつけられてくる。思わず腕で顔を庇い、それによって周りに向けていた意識も止まってしまう。
「…………っ」
忍の一人が何かに気づいて息を呑み、勢いよく背後を振り返る。
そこには――
「…………」
――微笑を浮かべて二人と同じように枝の上に佇む人物がいた。一体いつからそこにいたのか、いや、たったの数秒の間にそこにどうやって現れたのか。
そんな疑問を挟む間もなく、高速でその腕が振るわれて一筋の風が作り上げられる。それは抵抗出来なかったその忍の首を刎ね、絶命させた。枝から落下していく仲間を視界の中に捉えながら、その先にいる意外な人物に驚いた忍は息を呑むしか出来ない。
「な……っ、お、お前は……!?」
「つまらんなぁ……全く気付かんなんて」
実に残念そうにそう声を漏らし、続けて枝を蹴って残った忍へと距離を詰める。当然その場から逃げつつ札を手にして海へと連絡しようとした忍だったが、その札もろとも肩が斬られて宙を舞う。
「まさか……お前が、辻斬りだったのか……!?」
それに応えるようにその人物は笑みを浮かべ、手にした武器を振るって彼もまた首を刎ね飛ばした。落下していく忍の死体。それに気づいたジャギィが驚きの声を上げ、しかし上から着地した辻斬りが振り向きざまにジャギィも斬り捨ててしまう。
一瞬の内に四つの死体がその現場に出来上がり、武器をしまった辻斬りは肩越しに振り返って死体を見下ろした。死体に近づいて屈みこむと手を伸ばして体から離れた顔に触れ、懐などをまさぐるとなるほど、と小さく頷いた。
「忍、か……。なるほどなぁ、実に残念」
くすり、とまた笑みを浮かべて立ち上がり、一度ボルボロスらの方とその先にいる海と空が隠れている方を見つめて笑みを深くした。どうやらまだ仲間が死んだ事に気づいておらず、自分がここにいる事も気づいていないようだ。
辻斬りの言う通り実に残念。
こうして現れてやったというのにまたしてもチャンスを逃したのだ。
「……応答しろ」
札を手にした海がその向こうにいるはずの仲間に呼びかける。だがどういう訳か反応がない。ジャギィがやってきた、という報告をしてから数分。何か妙な胸騒ぎがしたのでこうして呼びかけてみたのだが、返事が返ってこなかった。
「何かあったのかい? 応答を」
もう一度呼びかけるがやはり反応なし。
空がじっと二人が隠れている方へと目を凝らして見つめているのだが、彼らが隠れている場所から反応が見られなかった。
「海様、これはもしかすると……」
「……緊急事態だ。行くよ」
「承知しました」
これは見過ごせない状況になった。将輝達に気づかれないように枝を飛び移っていき、向かいの森へと移動していく。素早く動いている上に、将輝達はボルボロスに意識を向けている為に気づかれることなく移動する事が出来た。
そうして移動してきた二人が見たのは二人の表情を曇らせるに十分なものだった。
「くっ……ぅぅ……!」
思わず声を漏らしてしまう海。死体となった仲間に驚いている声ではない。悲しんでいる声……というよりも、それ以上に二人の死因に対して彼は声を漏らしていた。
握りしめられた拳が震えている。
ギリッ、と歯噛みしている。
怒り。
悔しさ。
二つの感情が海の心を渦巻いているのだ。
またしてもやられた。これはどう考えても辻斬りによるものだとわかってしまう。何せ傷の具合が今まで辻斬りにあった被害者の傷に近しいものだったのだ。だから
つまり、自分達はまた取り逃がしたのだ。チャンスをふいにしたのだ。
手を伸ばせば届くかもしれないところに現れたのに、自分はそれを掴み損ねた。
「くそッ! またやられたっ……、逃がした……っ! こんなに近くにやってきたというのに、たったの数分で……あの数分でこんな……っ!」
悔しげに言葉を発しながら彼は木の幹を殴りつける。死体の具合を調べていた空が顔を上げ、何度も何度も殴り続ける海に気づき、「おやめください、海様」と止めにかかる。
だがそれでも肩を震わせ、悲痛な表情を浮かべる彼は殴るのをやめない。
すると空が背後に回って強引に止めにかかり、
「気持ちはわかりますが、おやめください。音を立てれば彼らに気づかれます。堪えてください、お願いします」
冷静に海へと語りかけ、それでも殴ろうとする海を抑えにかかる。木を殴る音であそこにいる者達に気づかれないという保証はない。それにあそこの戦いはもうすぐ終わりそうだ。
それによって血の匂いを感じ、こっちに来てしまう可能性だってある。
死体を回収し、処理するならば今の内なのだ。
「…………はぁ。ごめん、取り乱した」
「いえ、お気になさらず。落ち着いてくれれば何よりです」
大きく息を吐いて気分を落ち着かせたところで背後にいる空へと謝った。しかし空は相変わらず抑揚のない声で返しつつ小さく首を振り、回していた腕を話して頭を下げた。
しかし僅かに拳は握られたまま震わせており、まだ悔しさを隠しきれていないようだ。
それでも彼は死体へと近づき、離れた首と腕を回収する。ジャギィの死体は一応そのままにし、二人の忍が今も撒き散らす血を消すための術をかける。首は袋に入れて二人して持ち、残った体も袋に入れて血を撒き散らさないようにして背負った。
一度背後に振り返り、今もなお戦っている将輝らの様子を確認すると、この場を離れるために疾走した。
シビレ罠から解放されたボルボロスではあったが、続いて襲い掛かった苦痛はハイランドグリーズによって打ち込まれた毒だった。動けない苦しみが終わったかと思えば、今度は体の内側から蝕んでくる苦痛だ。
息苦しそうな声を漏らしながらも、何とか戦い続けようとするボルボロスは、体を震わせて泥を飛ばしだした。近くにいる二人は降り注ぎだす泥を回避するために後ろに下がり、また檸檬が気刃を放って攻撃を仕掛けていく。
やはり泥を振りまいても意味はないのだ、という事を悟ったボルボロスは尻尾を振りながら向き直り、突進を仕掛けてくるのかと思いきやまた二人の周囲を歩き始める。ここにきて出方を窺うのか、と思われたが、二人も警戒するように後ろを取られないように歩き出す。
「ブロロッ!」
そんな二人の隙をつくように一気に距離を詰めるように踏み込みながら軽くかち上げ、しかし檸檬は盾を構えて防御する。だが軽めとはいえ、ボルボロスの頭の硬さによって生まれる威力は小さな盾で完全に防御できるものでもない。
腕が痺れるような感覚と共にノックバックされ、だが檸檬はそれを堪える。
そこでボルボロスはまた後ろへと数歩下がりつつ頭を下げ、今度は加速をつけて突進を仕掛けようとした。
「させんわぁっ!」
側面に回り込んでいた将輝がボルボロスの足を薙ぐようにして剣モードのハイランドグリーズを振るい、走り出そうとしたところでついに足にかかる負荷が溜まり、前のめりに転倒してしまう。
「これで……決めたるぁ!」
ボルボロスの腕に狙いを定めてぐっと腕を引き、柄にある引き金を引いてやれば内蔵されているビンから一気に粒子が先端へと送られていく。その度に先端の刃が震え、収束していく粒子が何度も何度もボルボロスの腕を傷つけていく。
強い毒素と震える刃による抉りこみが連続してボルボロスの体を傷つけ、収束する粒子が臨界点を突破した瞬間、
「破ッ!!」
凄まじい爆発を起こしてボルボロスの腕や手の甲殻だけでなく周囲の体の甲殻まで吹き飛ばし、それだけでなく元々傷ついて肉を露出していた部分は壊死へと向かい、血を噴き出させた。
激しい力によって強く反動を受けるハイランドグリーズと、それを握りしめる将輝は後ろへと滑っていくがそれを堪える。斧モードへと自動変形されたそれを構え、弱々しく呻くボルボロスへと突き出した。
先ほどの一撃によって胸の部分がかなり傷ついているだけでなく、激しく血を流しながら肉を露出させていた。そこを狙って抉り込むようにしてハイランドグリーズを突き入れた瞬間、断末魔の悲鳴を上げてボルボロスの頭が振り上げられ、体を痙攣させる。
しかしそれも数秒。
力尽きたように地に伏せ、その命の灯火を消してしまった。
死体となったボルボロスの素材を剥ぎ取り、他にモンスターがいないかと周囲を探ってみる。だが他に気配は感じられず、二人はその場を離れようとしたところで檸檬が何かに気づいたように鼻を動かした。
「……血の匂いがするね」
「血ぃ? どっから匂うんじゃい?」
「あっちの方から」
指差した先は先ほど辻斬りが現れ二人の忍とジャギィが斬り殺された場所だ。そちらに行ってみた二人が見たのは二つのジャギィの死体が転がっているものだった。忍の死体は海と空に回収され、血も消されている。
しかしジャギィだけは残して行った。それにこの死体はいずれ分解されて地面に溶けていく。そのため残して行ったのだが、どうやら溶けきる前に戦いが終わってしまったようだ。
「これは剣によるものだね。一撃で首が飛んでいるよ。この切断面からしてかなりの腕前だ」
「お前の腕くらいかの?」
「どうだろ……ボクも修行中だからね。でもこのジャギィ、振り返ろうとしたところで斬られている。跡を見る限りではこっちを斬り上げた後にこっちを斬り捨てた、とみていいね。これを一瞬でやった事を考えればボク以上……かもしれない」
しかしここで二人は疑問を感じる。
剣による傷が出来たという事は、ここに剣を持った誰かがやって来たという事になる。一体誰がここに来たのだろうか、と気になり、辺りを探ってみるが手掛かりになるようなものは見当たらない。
将輝も一緒に探ってみるが何も見つからず、何気なく上を見上げて枝を探ってみた。すると何かによって踏まれたことで折れてしまっている枝がある事に気づく。
首を傾げ、その枝の木を登っていき、その枝の様子を見てみる事にした。するとそこには僅かではあったが血が付着している。
ジャギィがここに上ってくるはずがないので、これはあの死体を作り上げた人物によるものか、と考えたがそれにしてはおかしい。負傷してここに身を隠していたならばわざわざ降りてきてジャギィを殺す必要はない。
それに近くには自分達がいたのだ。怪我しているならばしばらくここに待機し、事が終われば助けを求めればいい。
ではこの血は誰のものなのか。
別の誰かがここにいて、それを犯人が襲い掛かって殺したのか?
となれば死体はどこに消えた?
そんな事を考えながら辺りを見回し、そして血が枝だけではなく葉っぱにも飛び散っている事に気づいた。これは負傷して零れ落ちたにしてはおかしい血の残りようだった。
つまり、ここで何かが起こったのだ。それを誰かが隠した。
(じゃが、いったい誰がそんな事を……? 俺らが戦っている間になにがあったっちゅうんじゃい……)
自分の知らないところでこの森に何かがあったのかもしれない、という事実に将輝は僅かに震えるのだった。
仲間の死体を里へと送り届ける忍へと引き渡し、何があったのかを簡潔にまとめて伝えた海と空が村に帰ってきたのは、そろそろ日付が変わろうとする頃合いだった。空は厚い雲に覆われ始め、海から吹き抜ける風は時間を経るにつれて強くなり始めている。
こんな時間に、それもこのような天気で外に出るような村人はいないようだが、それでも周囲に気を配り、宿の窓から部屋に入った二人は分身を回収して記憶を引き継ぎ、自分達がいない間に起こった事を把握する。
魔力で作り上げられた分身であるため、記憶の共有が出来るという点でも成り代わりに使える術だった。
「桐生さんに気づかれたのでしょうか?」
「どうなんだろうね……彼女は魔法使いだから可能性はなきにもあらずだけど、何も言ってこないからわからない。今のところは様子見でいこう。嵐が過ぎれば村を出て別の場所に移ろう」
「はい、承知しました」
魔法使いだからこそ魔力や粒子には反応できるし、彼女の高められた感覚ならば普通じゃないというのはわかるかもしれない。本当に気づかれたならばそれ相応の処置はしておくべきだが、確証も得ないままに仕掛けていった場合のリスクもある。
何せ彼女は一般人ではなく魔法使いだ。自分が何らかの術を掛けられる事に対する備えがあるかもしれない。もしそれによって防がれたならば、自分達の正体に気づかれることになってしまう。
そうなれば……殺すかあるいはまた別の処置を施すしかなくなる。
相手はヤマト国でも名の知れた家の生まれだ。下手な事は出来ない。
ならば自分達から姿を消して忘れてもらおう、という方針でいく事になる。だが今は嵐が通過中だ。これが終わるまでは身動き取れない。自分達は一般人で通している。こんな時に宿を後にする事は違和感丸出しなのだ。
その日は窓の外を吹く強い風による音をBGMとし、二人は今日亡くなった二人の忍に対して黙祷を捧げ、いない間に届けられた情報を今までの情報に組み込む作業を進めていった。
そして同時刻、モガの村の前に広がる海の上空では厚い黒雲が通過していた。下ではその残骸とも呼べる雨雲が広がり、激しい雨を降らせながら移動している。
その雲に覆われながら一頭の龍が強風をものともせずに、緩やかに黒い雲海を泳ぐようにして飛行していた。
アマツマガツチだ。
先日平行世界でウェゼントネルと戦闘を繰り広げ、勝利を手にした彼女は白皇へと報告し、現在紡がれている物語の舞台となっているこの世界にやってきたのだ。その波動によって数日前から海の上空で雲が作られていき、アマツマガツチの力の波長が微小ではあるが広がり始めていた。
それを感じとったとんでもない人物がいる事を彼女は知らないようだが、ウェゼントネルと戦闘した海上の空にやってきた彼女は北東へと進路をとって移動していた。その先にあるのは彼女の本拠地である霊峰がある。
アマツマガツチは嵐と共に現れ、去っていく。
その伝承通り、彼女の周囲は嵐を作り出す厚い黒雲が広がり、その白い姿を覆い隠し、下界ではその力が自然現象となって猛威を振るっている。
その様子を、彼女は見えない目で見上げていた。
「伝承通り、ということか。これほどの強い嵐……強い水と風の力は見たことないわぁ」
雪菜がいるのはモガの森にある高い丘の上。吹き荒れる嵐をその身に受けながらも彼女は笑みを消す事はなかった。これほどの強い力、この肌で感じてみたいという思いつきだけで彼女はここに立っている。
いつも手にしている番傘は左手に閉じられたまま握りしめられ、不安定な場所にもかかわらず彼女は体勢を崩さずに佇んでいた。
「流石は古龍ということやな、素晴らしい力や。荒れ狂う水と風……それに混じる雷。くすくす……ほんまに旅はええもんや。思いがけない出会いがあるってものやなぁ」
ぺろり、と妖艶に微笑みながら顔に当たる雫を舐めとり、彼女はただただ笑い続ける。艶やかな夜色の長髪も、着こなしている着物もずぶ濡れになり、体温が下がっていても彼女はここから離れる事はない。
それよりもこれほどの嵐を作り出しているアマツマガツチの力に触れていたい、感じていたいという好奇心が勝っているようだった。
だが空高くに存在しているかの存在は、古龍だけあって内包する力は高い。曇天に隠されているとはいえ、それでも微小の力は漏れて出る。それをこの地上から感じ取ってしまう彼女の感性の高さ。
心眼と高い感性を持つ雪菜、七禍龍に数えられたアマツマガツチの天空。
二つが合わさることで、普通は成し得ないこの現実を作り上げたのだ。
「アマツマガツチ……一体どれほどの力を持っとるんやろうな? あぁ……興味深いわぁ、欲しいわぁ…………たいわぁ。くすくすくす……」
不意に彼女の笑みに陰りが生まれる。
それは夜の闇と嵐の影響なのか、はたまた彼女の心境に変化が生まれたのか。誰にも知られる事なく、彼女は気が済むまでそこに佇み続けた。