集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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29話

 

 

 嵐は深夜の内にモガの村を通過していったが、それだけでも十分に爪痕を残して行った。海は大荒れ、村の中も水浸しになり、木々の中では耐えきれなかったものが倒れるという被害を生み出してしまった。

 村の男達は倒木の処理、建物の補修、船のチェックを行い、女達は飛び散った木の葉や跳ねた泥などの掃除などを行っていく。

 その中には将輝や檸檬、チャチャの姿もあり、村人達が協力して事に当たっていた。また客人である海や空も一部を手伝い、雪菜も術を使って掃除などを支援していく事になる。

 そうして昼ごろまで作業を進めていき、全てを終えた海と空は宿のチェックアウトを済ませて宿を後にした。

 モガの森も当然ながら嵐の影響があるようで、地面がぬかるんでいたり所々で倒木が起きたりしているようだが二人にとっては特に問題にはならない。次の場所へと移動して辻斬りだけでなく領主事件についても調べていかないといけない。

 今回は負けだ。

 待ち構えて現れるのを待ったはいいが、結局は尻尾を掴む事が出来なかったのだから。

 悔しいが気持ちを切り替えて次に生かさないといけない。

 そうしてモガの村を後にしようとすると村長、そのセガレや村人、将輝達が挨拶をしてきてくれた。

 

「もう行くのかい?」

「はい。短い間ですがお世話になりました」

「そうか。対したもてなしも出来ず、すまないな」

「いえ、お気になさらず」

 

 元より長く居座る気はなかったので本当に気にしていない。微笑しながら手を振り、「また機会があれば是非来てくれよ」と握手を求められ、「はい」と頷きつつ海はそのがっしりとした手を握りしめる。

 

「気ぃつけて旅せえよ。最近物騒らしいからのぉ」

「そうだね。護衛もなしに旅をしているようだけれど、本当に気をつけるんだよ?」

「お気遣いありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。何かあれば全力で逃げますので」

 

 将輝と檸檬が心配するように声を掛けてくれる。腕を組みながらじっと見つめてくる将輝だが、その目つきと雰囲気からして柄が悪そうだと感じてしまうのは相変わらずではある。でもそれは外見的なもので実際はなかなかいい人だとわかる。

 檸檬も剣士としての名家の生まれだというのに結構親しみやすい人だし。そういえば雪菜も名家のお嬢様だが彼女もとっつきにくいとは感じなかった。そんな雪菜は一体どこに行ったのだろう。

 見回してみるが姿がどこにもない。掃除をしていた時は姿があったはずだが、先ほど宿へと荷物を取りに戻った際にさりげなく探してみたがいなかった。

 一体どうしたのだろうか。

 まさかとは思うが本当に気付かれたのだろうか。

 表情に出さずその事を懸念し、村を出てから彼女を探してみるかと考える。

 

「では名残惜しいですが、俺達はこれで失礼します」

「お世話になりました」

「おう、またな!」

 

 手を振るセガレらに頭を下げつつ二人は村の入り口である門を潜り抜けていく。坂を登り、森の中へと入ろうとしたところで二人は村へと振り返る。雪菜が一体どこに消えたのかを探すためだ。

 宿の人は雪菜がチェックアウトした、という風な事は話していないし、他の村人達、セガレもまたそういう事を話していない。

 

(桐生雪菜……一体どこに)

 

 そう考えた刹那、空がはっとした顔で森の方を見やる。

 彼女の視線の先にはいつからそこにいたのだろうか、雪菜はいつもそうしていたように番傘を手に佇んでいた。木の幹にもたれかかり、じっと空を見上げていた雪菜は二人に気づくと、あの優しい微笑を浮かべて「ああ、もう行くん?」と声を掛けてきた。

 驚きを悟られないように表情を変えず、気を揺らがせないようにしたが、はたして成功しただろうか。

 

「ええ。雪菜さんも短い間でしたが、空がお世話になりました」

「ええんよ。ウチも結構楽しかったしなぁ。この出会いに感謝を」

 

 番傘をくるくると回転させるようにして弄りながらたおやかに頭を下げる雪菜。それに対して空も頭を下げつつも、警戒するような視線を向け続けていた。しかし妙な雰囲気はどこにもない。

 

「あんさんらの旅、この先も実り多い事を祈ってますわ」

「ありがとうございます。桐生さんも、これからの旅、お気をつけて」

 

 空の言葉に「おおきに」と微笑を浮かべ、二人へと番傘を手にしていない左手を軽く振ってくる。それに手を振り返し、二人は森の中へと入っていった。

 そんな二人を見えない目で見送り、見えなくなったところでまた雪菜は小さく微笑を浮かべ、「……本当に、ええ旅になるとええな。お互い、な」と独り言のように呟いた。

 

 

 ○

 

 

「なに? モガの忍が殺られた? 誰に殺られたっていうんです?」

『不明です。霧夜の忍かと思われましたが、どうやら向こうの忍も殺られているようで』

「ふむ……となれば辻斬りとやらに抹殺された、と考えるべきでしょうね。わかりました、引き続き監視を続行しなさい」

『承知しました』

 

 砂原の一角にて一人の青年が手にしている水晶を懐にしまった。彼の出で立ちは茶色い長袖に紺のズボン、茶色い外套を羽織るというもので、頭にはフードを被って砂原の強い日差しから体を守る格好になっている。

 彼は先ほどまで水晶を通じて遠く離れている風間の忍と言葉を交わしていた。風間の忍は灯の部下ではあるが、灯と同じ立場にある仲間である彼にも数人忍がつき、どのように動いているのかなどの情報を提供している。

 今回はモガ方面に送り込んだ忍からの情報を耳にする事が出来た。

 霧夜一族の次代頭領である海らとその補佐をする忍らの動向は把握しておかねばならないという事で、彼らの近くには数人の忍を派遣している。だがその内の数人が霧夜海にも気づかれずに殺されている。

 まさか武人だけでなく自分を調べに来た忍に気づいて抹殺するとは、恐るべき存在だ。

 しかしこれによって疑問が生まれた。

 

(妙ですねぇ……先日はこっちで天刃流、獣牙流を殺している。ここからモガまではどんなに急いでも三日以上はかかる。だというのに昨日モガにいた忍が死んだ。……空間転移を習得しているのか、あるいはやはり――)

 

 口元に指を当てながら、彼はフードの下で目を細める。

 

「――辻斬りは、複数存在しているのでしょうかねぇ?」

 

 空間転移なんてそんな高等術を誰も彼もが習得しているはずもない。もし習得しているならば辻斬りは武の面でも魔法の面でも達人以上の実力を保有しているという事になる。

 シュヴァルツの末裔ならばその可能性が考えられるのだが、それを除外するならば複数説が有力だ。しかし彼にとってそれは可能性が挙げられようとも、シュヴァルツの末裔が犯人(ホシ)である事を願っている。

 

「魔族じゃないんじゃあ私にとってはおもしろくはないんですがねぇ……」

 

 ゆっくりと顎を撫でつけながら小さく笑ってみせる。彼もまだ辻斬りの正体に辿り着いていないが、彼はシュヴァルツの末裔であってほしいと願っているのだ。それは彼がシュヴァルツを、魔族を毛嫌いしているためであり、敵視している。

 むやみやたらに殺して回るような狂人ではないが、敵に回った、あるいは敵と判断したならば容赦なく殺しにかかるくらいの心構えをしている青年だ。その中でシュヴァルツの末裔が相手ならば、例え不利だろうとも戦いを挑むくらいである。

 

「まあ、いいでしょう。次のポイントに向かうとしましょうかね」

 

 懐から地図を広げ、自分の現在地と周りの状況を確認し、身を屈めて走り出した。向かう先はロックラック方面にある村や町。ここから辻斬りの気配を探り、可能ならば先回りを狙っていく予定を頭の中で立てていった。

 

 その様子を陰から観察するのが同じように外套を纏った一人の男。外套の下にはどういうわけか服を纏わず上半身は裸のままでいる変人。

 霧夜狭間が気配を殺してそこにいた。

 

「風間の忍も動かされ、源次ちゃんに伝わった、か。それにしても困ったものねん。相変わらず源次ちゃんは反魔族派か。悲しいわねん……」

 

 腕を組み、右手で顔をおさえてさめざめと涙する狭間ではあるが、こんな所で一人でやっていても誰かが見てくれているわけでもない。そんな演技をしても観客がいなければ意味はないだろうが、狭間はそうしたまま頭の中で地図を思い描いていた。

 先ほど走り去っていった男、源次が向かった先とその周囲で起こっている出来事を照らし合わせ、ふむ、と小さく頷く。

 

「そういえば鷲輔ちゃんがあの辺りにやってきていたかしらん? ここで遭遇させるのもなんだし、あの子には南に進んでもらおうかしらん。あとは……午卯(ごぼう)ちゃんの動きかしらん?」

 

 そう呟きながらおもむろに右手を軽く挙げて指を立てる。するとそこに粒子が集まって鳥を形作っていった。それを優しく肩へと持っていき、懐……外套の内側をまさぐって紙と筆を取り出した。

 そこにさらさらと文字を書き込みつつ、

 

「どうやらこっちに嵐が舞い降りたようだし、そろそろ本格的に動きだしそうねん。このまま私が陰に動いていていいのかしらん?」

 

 独り言を呟く。だが彼は手紙を書きながら小さく相槌を打つようにし、「そう」と口にしつつ手紙を巻き、肩に止まらせた鳥を呼んで足に括りつけた。「鷲輔ちゃんによろしく」と声を掛けてやり、空へと放つと一息ついてまた虚空を見やる。

 

「私が向こうに行こうかしらん? ……そう、じゃ、よろしく頼むわね」

 

 そうして力を抜いたように視線を落とし、だがすぐに顔を上げる。もう一度虚空を見つめ、「さて、一応世話になっているし、午卯の動きを把握しておこうか」と誰に言うまでもなく呟き、彼の姿は消え去った。

 後には乾燥した風が緩やかに流れていった。

 

 

 ○

 

 

 数日後、霧夜海と空はタンジアの港へとやってきていた。ここは海に面した大きな港であり、近くに聳える灯台がシンボルとなっている。この近辺には厄海と呼ばれる海があり、そこでは遠い昔に起こった一つの出来事の舞台となっている。

 それはこの地方の伝説となって語り継がれ、あの灯台がその事件があった事を示す証にもなっている。

 またここはロックラックほどではないがハンターが多く集う場所であり、ここを拠点として活動しているハンターも結構いる。港の一角が大きな酒場となり、そこには日夜ハンターが集まって情報をやり取りしたり、クエストを受注して船を使って移動したりする光景が見られる。

 先日通過していった嵐のおかげで少し港が荒れたようだが、すぐに補修や掃除をして使えるようにしたという事もあり、ギルドの仕事は早いものだった。しかしそれでも彼らはあの嵐がアマツマガツチが引き起こした、という事までは辿り着いていなかった。

 無理もない。

 アマツマガツチ本体はモガの村方面にあり、ここはただ嵐の余波が通過していっただけに留められていた。数十キロも離れた場所を、それも厚い雲に覆われた天上で飛行していたため把握する事はかなり難しいものだった。

 伝承に語られる存在が現れた事も知らず、今日も通常営業する酒場でハンター達はいつものように騒ぎ、飲食し、盛り上がっているその中に海と空がいた。

 ここは酒場でもあるがハンター専用という訳でもない。酒場は他にもあるが二人はこの酒場にやってきて一般客として利用していた。

 魚介類の料理を摘まみつつ、ハンター達の会話に耳を傾ける。いつもの事だが今日のところあまりいい話は入ってこない。

 だがその中になかなか興味深い二人がいる。

 ちらりと視線を向けるその先には二人の男性ハンターがいる。とはいえ今は二人とも私腹を着ているようで、どちらも和服姿だった。話を聞く限りではクエストを終えて着替えてからわざわざこっちに戻ってきたらしい。

 真紅に染まった赤い髪は荒々しく跳ね、金色の瞳と口元は喜色に歪められ、手にしているコップに満たされた酒をぐいっと煽っていく。首からはシルバーチェーンに繋がれたペンダントが提げられ、着ている和服も少し着崩される、と雰囲気も相まって粗暴な印象を受ける。

 

「フーッハッハッハ! なるほど、まだまだ足りぬと申すか」

「……ええ、そうですねぇ……悲しい事に。そこでしばらく一人で行動しようかと思うんですが、いいですかね?」

「よいよい。許す。一人で動くのも我は構わん。好きに動けい」

「ありがとうございます、冥さん」

 

 だが言動はどこか偉そうだ。出身地が高位の家のものなのだろう、たまにではあるがこの地域のハンターは、ハンターのくせにかなり周りを見下したような言動をする人がいる。そういうのは大抵己の実力故にプライドが誇張したハンターか、あるいは領主の息子だったりする事が多く、彼がハンターをした場合ああいう言動で活動している。

 もしかすると彼も後者の部類なのかもしれない。対面に座っている彼は同じ領のハンターなのか、あるいは領主に仕えている親の子供なのだろうか。二人はそう推測しながら聞き耳を立てていた。

 

「……そういえば天さんがユクモに向かっているって連絡を受けたんですがね」

「ほう、天が? 相変わらずあ奴は気まぐれよな。まあよい、好きにさせておけ。貴様もしばらくは好きにやっていけ」

「そうさせてもらいますよ。……ああ、あと知ってます? これは噂に聞いたんですがね」

「む? 何だ?」

 

 ぐいっと残った酒を呑み干し、「娘! おかわりだ!」と高らかに宣言する。すかさずウエイトレスが「はーい!」と返事して新しい酒を用意していく。対面に座っている黒髪をオールバックしにしている少年は少し料理を摘まみ、お茶を飲んで唇を濡らした。

 

「なんでも各地でリオレウス、レイアのつがいが活性化し始めているって話ですわ」

「ほう? 興味深い話ではないか。語ってみよ」

「あくまで噂でしかないんですけどねぇ、先日北東の深い山奥から多くの飛竜の影が飛び去っていったって話があるんですよね。確証はないですが、影の形とか雰囲気からそのつがいじゃないかって話ですわ」

「ほほう? して、数はどれほどのものか?」

「完全に把握はしていないですが、十は下らないつがいの数だとか。ギルドも陰で動いて状況把握に努めているみたいですねぇ」

 

 ちらりとギルドの受付の方へと視線を向けた少年。冥と呼ばれた青年も続くようにして受付へと視線を向け、小さく笑みを浮かべてみせる。

 

「ふふん、なるほど、やるつもりか」

「……それがオレの目的ですからねぇ……」

「よい、好きにせい。それまで我は……そうだな、天か刹のどちらかと行動するとしようぞ。幸い刹は近くにおるしな」

 

 くつくつと笑う彼に「お待たせしましたー!」とウエイトレスが新しい酒を持ってくる。そんな彼女に、「うむ、ご苦労。なかなか良い酒に娘よ。そら、受け取るといい」と懐から取り出したお金……すなわちチップを渡してやった。

 こういう行為は一応認められているが、それを利用してのナンパ行為などは認められていない。あくまでもチップは彼女達への礼、お小遣いなどに留めるのみとされている。それ以上のものを求めるならば制裁も辞さないのが暗黙のルールになっている。

 「ありがとうございます」と笑顔でお礼を述べたウエイトレスは懐へとチップを入れて仕事へと戻っていく。それを見送った彼は小さく笑みを浮かべて酒を呑む。

 

「相変わらず気前がいい事で」

「ふん、無垢なる民は慈しむものよ。若い女は宝よ。小さき花も蕾も芽も、色とりどりの差も含めて全て愛でようぞ」

「……はっ、左様でございますかい」

 

 どこか呆れたように息をつく少年ではあるが冥は気にした風もない。

 

「さて、オレはこれで失礼しますわ」

「うむ。ここは我が持とう。目標に達せるよう頑張ってくるがよい」

「すみませんねぇ。では、失礼しますよ」

 

 ぺこり、と一礼すると少年は酒場を後にしていく。それを見送り、ぐいっとコップを傾けて酒を煽り、つまみとして肉を数枚纏めて口に放り込む。

 そんな様子を見ていた二人はそこで顔を見合わせる。

 

「リオレウス、リオレイアのつがいが増えた、か……。これは何か裏がありそうだね」

「そうですね。そちら方面を調べていた者に連絡を繋いでみましょう」

 

 タンジアの港に来てからはここを中心として辻斬りの足取り、近くの領主についてとその繋がりとして他の領主の状況を調べていた。それによりまた一人領主が死亡していたことが発覚する。

 どうやら突然の死によりそれを領民に隠していたらしく、風景としては何ら変わりのない様子だったが、領主の屋敷に潜入して調べた事で掴んだ情報だった。表向きには何事もないように振る舞っていたようだが、内部ではかなり荒れている。こういうケースはいくつか確認できたことだった。

 もう一度あそこにいる冥へと視線を向けると、彼は席を立ってウエイトレスへと会計を済ませていた。そしてぐるりと酒場の客らを見回し、一瞬ではあるが海と視線を交差させた。

 それだけではあったが、何故か海は目だけで笑みを浮かべられた気がした。

 しかし彼はすぐに背を向け、酒場を後にしていく。その背中を見送り、だがあの交わした視線の奥にあった金色の瞳に言い知れない何かを感じてしまった。

 

「……どうかしましたか?」

「いや……うん、気のせい、かもね。それより、そろそろ時間かな?」

「はい。間もなくあの方が到着する見込みです」

「わかった。じゃあ行こうか」

 

 懐から取り出した時計を確認した空。それに頷いて二人揃って席を立ち、空が会計を済ませ、海は先ほど冥がそうしたように一度酒場を見回してみる。だが気を引くようなものはなく、やはりあの笑みは自分達に向けられたのか、と考えてしまう。

 

(……あるとするならあそこにいる竜人族の人、かな。でも、別に何かあるような気がしないな)

 

 自分達が座っていた席の更に後ろの方に竜人族のハンターがいる。深い紫色の長髪をした女性と、西方人のような白い肌に金髪をした女性の二人だった。東の海を長く超えた先にいる西方人がいるというのも珍しい気もするが、でもそれだけだ。

 気にするような雰囲気は感じられなかった。……いや、そういえばあの二人、どこかで見たような気がするが、どこだったか。

 

「お待たせしました」

「うん、行こうか」

 

 会計を済ませ、酒場を後にした二人が向かう先はタンジアの港の外。海沿いにある商店街を抜け、坂になっている階段を上っていって港の入り口に向かっていく。外に出れば林があり、その中へと入っていくと既にそこには一人の男性がいた。

 カウボーイハットのような茶色くつばが広い帽子を目深に被って少し顔を隠し、黄土色の外套を着ている。下にある私服は洋物だが、似合わないという程でもない。

 そんな彼に近づくと二人は膝をついて頭を下げる。

 

「申し訳ありません。お待たせしてしまいました」

「いや、気にする事はないよ。そんなに待っていないからね。ほら、立つといい。久しぶりの出会いだ。今はそれを喜ぼうよ、海君、空ちゃん」

 

 にこり、と人のよさそうな笑顔を帽子の下から見せてくれるその男性。彼こそが件の渚と同じ立場にある、ヤマト国王直属の部下。

 鷲輔(しゅうすけ)と呼ばれる人物だ。

 彼は懐に手を入れるとファイルを取り出し、それを海へと手渡した。

 

「僕が集めた領主事件に関するものだよ。ここに来る途中で遭遇したナーガの一件も入っているから見ておくといいよ」

「ナーガ、ですか。もしかして各地で蛇竜種が活性化しているという影響ですか?」

「その推測が出来るね。以前渚ちゃんに提出した情報の中にも二つほどナーガの一件があったけど、今回はなかなか興味深い情報があるよ」

「あなた様がそう言うとは珍しいですね。そんなに強力な個体だったのですか?」

 

 受け取ったファイルを海が懐にしまい、ナーガの事に反応して空が訊ねた。それに対し鷲輔はにこり、と微笑を浮かべて指を立てて数度振る。

 

「ナーガもなかなか強い個体だったけれど、それ以上に戦ったハンターが興味深かったよ」

「ハンター?」

「うん。それも双子の姉妹だね」

「……まさか、暁姉妹?」

 

 空が問えば鷲輔は肯定するように微笑を浮かべつつ頷いた。

 

「うん、そう。僕も驚きだったね。まさかあそこであの姉妹に会う事になるとは思いもしなかったよ。でも、いい機会だったね。こうしてあの姉妹の情報が取れたんだからね」

 

 とんとん、と外套の内ポケットを軽く叩いてみせる。彼は一般人として各地を巡り、実際にこの目で確かめ、情報を収集する役割がある。時に偽名を、時に本名を、時に変装をして、と様々な手段を駆使して一般社会に溶け込み、町人になったり情報屋と名乗ったりして行動するのだ。

 そうして得た情報をヤマト国へと持ち帰り、記録していく。

 今回の一件もまた彼は自分の役割を遂行し、こうして一部をこの二人に提供した。これが彼の仕事なのだ。

 

「暁姉妹は私達もロックラックで見かけましたが、あなたの移動ルートに重なったのですね」

「うん、それだけでもいい巡り会わせだったと思うね。いやぁー幸運だったよ、あっはっはっは!」

 

 頭に手を回しながら軽快に笑ってみせる。これが彼のよく見せる癖のようなものだった。

 彼の人柄もあってそれは嫌な印象に感じず、おおらかな感じがする。穏やかで優しく、親しみやすい幹部。それが彼の持ち味だった。

 

「ああ、それとあの二人はユクモ村に行くようだったけど、確かあそこには龍仁さんがいるんだったかな?」

「はい、報告によれば一カ月ほど前からユクモ村に待機し、周辺の調査をしているとの事です」

「となるとあの二人と会う事になりそうだね。それから先の事は彼に任せておこうかな」

 

 うん、と頷きながら微笑み、ちらりと二人に視線を落とす。その視線は穏やかなもので部下を見るようなものではなく、まるで二人の兄のような視線だった。

 直属ではないが上司である彼は二人が幼い頃からの付き合いであり、しかし会う機会が少ないため数度くらいしかない。最後に会ったのは確か、五年ほど前だったか。ヤマト国の王宮で渚と会っている時に彼も合流してきたのがそうだった。

 

「それにしても……また成長したね、二人とも。背格好も、雰囲気も……実力も高まったかな?」

「はっ、日々、精進しております」

 

 その言葉に二人はまた頭を下げる。

 鷲輔はその言葉にうんうん、と頷き、

 

「うん、いいね。日々精進、若者はそうでなくちゃね。……ふふ、空ちゃんも一段と綺麗になったね」

「……もったいないお言葉」

「いやいや、そう畏まる事はないよ。前に会った時は可愛かったけれど、今の君は可愛さと綺麗さが同居している。こんないい子に支えられて海君は幸せ者だろうね」

 

 優しい笑顔を見せたまま褒められ続け、空はもう何も言えずに頭を下げたまま固まってしまう。いつもクールで無表情だった彼女の顔に僅かな朱が混ざっているのは気のせいではないのかもしれない。

 ちらりと頭を下げたまま海は空の様子を見てみるが、相変わらず彼女は無言を貫いていた。

 

「君もそう思うだろう、海君? 幼い頃から一緒に育ってきた君だ。空ちゃんの可愛さ、綺麗さ……女性としての魅力はひしひしと感じているだろう?」

「……はっ、いえ、た……鷲輔さん、なにをおっしゃっているんです?」

「いや、君ももう二十一になろうという頃だろう? 前に会った時は思春期真っ盛りだったけれど、魔族だから今もなお続行中なのかな? 僕は人間だからね……その辺りが曖昧だからね」

 

 ぽりぽり、と頬を掻く鷲輔ではあるが、今度は海も無言になってしまった。恥ずかしくなった……というだけではない。それもあるが何も言えなくなったというのではなく答えられなかったためだ。

 空は可愛い。

 その外見は精巧な東方人形のように見える。

 鷲輔の言う通り可愛いというだけでなく綺麗さも含まれているだろう。可愛い少女から綺麗な女性に変化しつつある、という事だろう。

 シミ一つない透き通るような白い肌に鴉の濡れ羽色のような黒髪が映え、絹のような手触りをしている。宝石のような青い瞳は感情を読み取らせにくいが、それが逆に魅力的だ。

 和服によって隠されているがプロポーションも、控えめながらも女性らしいふくらみと柔らかさを持っており、日々鍛錬しているからこそ余分な肉もないため、全体として見事な調和を果たしている。何気に里では彼女の隠れファンがいるくらい魅力的だと言われているのだが、海の付き人であるため交際を申し込む男がいないようだ。

 そんな彼女の成長……すなわち女性らしくなっていく様は、これもまた鷲輔の言う通りひしひしと感じていたし、一番近くで見てきている。

 しかし海は空に女性らしさを感じてはいても彼女にしよう、とか考えた事はない。

 霧夜空はあくまでも海に仕える付き人であり、普通の霧夜の少女ではない。後者ならば別に付きあったり結ばれたりしてもいいが、付き人ならば難しい。

 

「もし二人が付きあうなら僕は応援するよ。お似合いだと僕は思っているからね」

「……はぁ、そう、ですか……」

 

 彼としては悪気はないのだろう。純粋に二人が仲がいい事を知っているし、幼い頃からずっと一緒に育ってきているからこそお互いの事を知りつくし、結ばれてもおかしくないと思っている。

 だが当の本人らはそうでもなさそうだ。海は少し困ったような笑顔を浮かべ、空はまだ頭を下げたまま何も言わない。先ほどまで染まっていた赤も今ではもうなくなっている。

 

「ああ、そういえば……鷲輔さんはこれからどちらに?」

「ん? 僕かい?」

 

 そんな彼女の様子を横目で見つめ、これ以上この話題を引き継がせないようにと少し慌てたように話を切りかえてみる海。鷲輔もそれに乗っかってくれるようで、腕を組みながら東の空を見つめた。

 

「僕は一度ヤマト国に戻ろうかと思っているよ。どうやら源次君が近くにいたようだからね、気づかれない内に離れてくるのも一苦労だよ」

「あの方が……」

「君達も気をつけてね。見つかったら……殺られる可能性が高いから」

 

 組んでいた右手を首元に当て、そのまま薙いで首が刎ねられる様を見せる鷲輔。これは冗談ではなく起こりうる可能性。それだけ源次が魔族に対しての感情が並みではないという事なのだから。

 それに頷くように頭を下げると、被っているカウボーイハットに手をかけて一度深く被り直し、軽く周囲を見回して二人に背を向ける。

 

「じゃあ僕は行くね。頑張ってね、……色々と、ね」

「はっ、お気をつけて。鷲輔さん」

「お疲れ様でした、鷲輔様」

「うん、また会おうね」

 

 手を振って彼は林の奥へと消えていく。それを見送った二人は一度視線を交わした。やはり先ほどの彼の話の影響もあって知らず意識をしてしまう。

 

『…………』

 

 視線を交わす事は何度もあるが、それはアイコンタクトをする事がほとんどだ。いつも彼女は海の数歩後ろに付き従い、プライベートでも仕事の時でもそれはあまり変わらない。横に並ぶのは何かを見つけた際に報告するか、戦闘時に合流するとかぐらいなもの。あるいは誰かに謁見する際に並んで座す時か。

 こうして並んで横目で見つめ合うなんて、そんなお互いを意識し合う男女みたいなことなんてそうあるものじゃない。

 それにこんな事で意識して赤くなるなんて、空がするはずもない。

 

「……これからどうします?」

 

 ほら、何事もなかったかのように彼女は次の行動を訊いてきた。いつだって彼女は自分を支える存在だ。幼い頃から主従は変わらず、そしてこれからも変わる事はないだろう。

 彼女はそれが役割であり、主である海を立てるように数歩後ろに下がって甲斐甲斐しく世話し続けるのだ。

 でもそれは見方を変えれば主従というよりも夫婦のようでもある。

 常に夫の後ろ三歩に付き従い、夫を立て、清楚で控えめな女性であれ。しかし芯は強く凛とあれ。

 だからこそ周りの者らは声には出さずとも二人がお似合いのパートナーであると感じている。それを後押しする事はなく、本人らの意志に委ねているのだが二人はそれを越えず今までやってきた。

 そして空からそれを持ち出す事はないだろう。彼女はただ静かに付き従い、海を支え続けるだけ。判断は海に委ねるはずだ。その控えめさ、出で立ち、それらをひっくるめて空は大和撫子と呼ばれる女性だ。

 そんな彼女をじっと見つめ、海は小さく笑って、

 

「戻って受け取った書類に目を通していこう。その内容次第で明日からの予定を立てる事にしよう」

「はい、承知しました」

 

 綺麗な一礼は本当に様になっている。それはまさに海を主とする従者だった。

 こんな彼女に対して今までの関係を壊すような言葉をかける事なんて出来るはずがない。

 自分達はあの日、親の計らいで出会った時から主と従者だ。

 

 そう、初めて出会った時に感じた子供ながらの初めてのときめきなんて、持ち合わせる事なんて今はもう出来ないのだ。

 

 

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