港に到着した砂上船はゆっくりと停泊し、帆を畳んでいく。昼にロックラックを発ってから数時間の移動、太陽は既に地平線に消えようとしており、藍色の空が少しずつ表れ始めていた。
砂上船を下りていく瑠璃と茉莉は港を後にすると、真っ直ぐに夕食を取るために宿屋へと向かう事にした。この港町はそれなりに宿屋が点在しており、この町にやって来た旅人や、これからロックラックへと向かう旅人を迎え入れるための施設がそれなりにある。
大抵の場合昼の便でやってきた旅人はここで一泊し、それから旅立つことが多い。
二人も例に漏れず、ここで一泊してから移動しようと考えていた。夜の旅は危険が多い。視界が悪くなり、モンスターからの奇襲もよくある話だし、山道で足を滑らせて落下なんて目も当てられない。夜目が効いていたとしても、神経を張り巡らせながらの旅はあまりよくない。
無理せず宿を利用した方が身のためだ。
一緒に降りてきた他の客達に紛れて港を出ると、それぞれ宿屋を利用するらしく同じような道を歩いていく。といってもざっと十数人程度の客であり、街道は時間が時間のため人は落ち着いたものだった。
数分歩いて宿に到着し、先に到着していた客に続いて中に入っていくと、茉莉は何かに気づいたように背後を振り返る。
「……?」
誰かの視線を感じた気がするが、数秒程度のものだった上にそれほど強い意志を感じなかった。入口からそっと横にずれて他の客達の邪魔にならないようにし、軽く外を見回してみる。
だが視線の主らしきものは見当たらない。見えるのはこの町に住まう人達、この宿や他の宿へと向かう砂上船の客達ぐらいなもの。
「気のせい、ですか」
「茉莉? どうかした?」
「……いえ、なんでもありませんよ」
立ち止まってしまった茉莉を訝しんで瑠璃が声を掛けてきたが、小さく首を振って彼女の後に続く。
だが茉莉の気のせいではなかった。
確かに視線の主は存在していた。しかしそれは一人ではなく二人。視線の主は他の乗客たちに紛れて街道を歩きつつ彼女を見つめていたのだ。彼女らが宿の奥へと向かっていくのを見送ると、黒い私服と闇色の外套を軽くなびかせながら街道の奥――すなわち街の出入り口へと向かっていく。
そのまま暗くなっていく夜に溶けるように二つの人影は見えなくなっていった。
一泊し終えた二人は朝食を取り終えるとすぐに港町を発って移動を開始する。それまでは砂漠だったが、町を出ると荒れ地が続く。その先に少しずつ緑が表れ始め、そこからが草原や山々が広がる地形となる。
アプトルを利用できる竜小屋を訪ねてアプトルを二匹レンタルし、荒れ地を一気に突破していく事にする。予定は昼前ぐらいに荒れ地を抜け、山岳地帯に突入する事だ。一、二週間内にユクモ村に到着するとなれば、それくらいの早さを目指したいところだった。
荒れ地に街道というものはほとんど存在せず、うっすらと多くの旅人が利用したことで固められた道が見える程度。しかも生息しているモンスターが物陰から飛び出してくる事もあるため、用心するに越したことはない。
だがアプトルの疾走速度は馬鹿にならず、その脚力を以ってして振り切る事は可能だ。追いついてくるとするならば、この乾燥地帯に生息している獣竜種の一角、土砂竜ボルボロスあたりだろうか。
奴の高い疾走力はアプトルの疾走速度に追いついてきかねない程であり、発見されて戦意を剥きだしにされれば少々まずい事になるかもしれない。
とはいえ地図によれば二人が利用しようとしているルートにはボルボロスの縄張りは入っておらず、最近雨が降った記録もないようなのでボルボロスが利用する泥が溜まるポイントや沼地はないと考えられる。
あと挙げられる危険性といえば空を舞う飛竜種、雌火竜リオレイアあたりだろうか。奴はリオレウスと違いこの荒れ地、砂原、砂漠にも出没するようで、時折空から獲物へと襲い掛かっていく光景が見かけられる。
こちらに関しては本当に運だ。食料を求めているのかそうでないかが関わってくるので、遭遇しない事を願うとしよう。
そんな風に荒れ地を移動する事数時間。時折懐から水筒を取り出して水分補給をしながら移動した二人は、もう少しでこの荒れ地から抜け出せるというところまで来ていた。
しかしここでまさかの壁が現れる事となる。
進路上に赤い球体がゴロゴロと転がって来たかと思うと、飛び回っているブナハブラに向かって長い舌を伸ばしたではないか。蛇行しながら長く伸ばされた舌は的確にブナハブラを捉え、一気に口内へと納められる。
アルマジロのようなその外観、赤い甲殻に長い舌を持つそのモンスター。
赤甲獣ラングロトラ。
「どうしてここでラングロトラが出てくるかな?」
「ま、出てきたものはしょうがないでしょう。静かにやり過ごしていきましょうか」
幸いラングロトラは獲物であるブナハブラ達に夢中になっている。どうやらあの辺りにブナハブラの巣があるようで、突如現れたラングロトラに興奮しているようだ。それから数十メートル離れた所にいる二人と二匹には気づいていないらしい。
手綱を操って静かに横に逸れ、岩陰を利用して視界に入らないようにする。
さらにラングロトラの背後から回り込むようにして移動する事にした。
クエストを受注していない状態で討伐しては色々と問題が発生する。野良での狩猟が横行すると生態系が崩壊し、予期せぬ事態を将来的に招きかねないためだ。よほどの事がない限り、野良の狩猟は認められていない。
だが自衛のために戦う事は可能であり、それで撃退すればまだ許される。何もしないままに負傷するのはハンターとしては不本意だろう。だが極力戦闘に持っていかないようにするための努力は必要だ。
それがモンスターを刺激せずにその場を去るという行動だ。
アプトルも無用な戦いを好まない性格のため、二人の意志を汲んで足音を立てずに静かに移動してくれる。
そうして背後を取り、そのまま静かにその場を離れていく事に成功。一定距離を取ると一気に加速し、ラングロトラが追ってこられないスピードで離脱していく。
背後を振り返ると、その足音に気づいたらしいラングロトラがブナハブラを咀嚼しながらこちらを見つめていたが、その距離と速さから追うのも無駄だと悟ったらしい。そのまま食事を続けるようで、ブナハブラの巣へと視線を戻していた。
どうやら無用な戦いは避けられたようだ。
それに安堵して手綱を握りしめてアプトルを走らせる事数分。ようやくこの乾燥地帯を抜け出す事となった。
ラングロトラとの遭遇以外に目立ったトラブルもなく、二人は荒れ地と草原地帯の休憩地点とされる町に入る事になる。レンタルしたアプトルをこの町の竜小屋に届け、昼食をとるために酒場へと向かっていく。
「いらっしゃいませー」
中に入るとすぐにウエイトレスが出迎え、席へと案内してくれる。お冷とお品書きを出されると、すぐに内容に目を通し、早速注文する事にする。
「あたしはラーメンセットで」
「では私はアプトノスのカツ定食でいきましょうか」
「かしこまりました」
一礼して去っていくウエイトレスを見送り、二人は揃ってお冷を口にして軽く辺りを見回してみる。ハンターらしき顔ぶれは少なく、普通の旅人がよく見かけられるようだ。各々同席している者達と世間話に花を咲かせながら昼食をとっている。
その世間話に少し耳を傾けてみると、こんな話が聞こえてきた。
水没林を通るルートにロアルドロスが率いる群れが現れ、街道が一時的に封鎖されているという話。
華国の政治家の一人が突然の事故死をした話。
どこかの領主が死亡した話。
また一人、天刃流の使い手が何者かに殺されたという話。
どれもよくない話ばかりだった。その中で気になったこの四つの話。
瑠璃と茉莉は顔を合わせて声を少し潜めて話し始めた。
「また殺されたらしいわね……」
「最近は落ち着いたと思ったのですが、またですね。これで天刃流は三人目ですよ」
「他は桜花流に獣牙流だったかしらね。ほんと、一体誰がこんな通り魔みたいなことをしているのやら」
数年前から一つの事件が発生していた。
あまりにも突然の事であり、それは時間を置いて連続して発生する事となる。
東方の武術の流派はいくつかあり、格闘術、剣術、槍術などの専門的なものや総合的なものも含めて様々な形が存在している。
そんな流派に所属している使い手が何者かに殺され続けるという事件だ。
しかも殺されたのは有力な武人であり、最近は達人の領域にまで達した者まで殺されている。
だがそんな彼らの殺され方は暗殺という形ではなく、誰かと戦って敗れた形で殺されていた。つまり、真っ向勝負に負けたのだ。それがまた他の武人たちを驚かせる。
達人と称された者まで真っ向勝負に負けたのか、と。
一体殺した相手はどこの流派に所属しているのだろうか。
あるいは流派に所属していない野良の存在なのか。
様々な議論が持ち上がっているが、今もなおその正体は掴めず、ゆっくりと犠牲者を増やし続ける事になっている。
中にはあの血統の者がこの事件を起こしているのだ、という声も上がっており、それに同意する者も少なくない。何せ実際に多くの人を殺してきた罪人が今もなお刑に服しているのだ。
そんな前例がある今、この武人を狙った通り魔事件もそんな人物が起こしているんじゃないか、と思ってしまうのも無理はない。
そう、あの血統に連なる者はすなわち殺しに特化した力を持ち、それによって戦闘能力は修練すればそう易々と敗れる事がない戦士と化す。だから考えられない話ではないのだ。
この事件があるからこそ、今もなお大抵の一般人はかの血統に対してまだ不信感を抱き続けている。
「瑠璃はどう見ます、この事件」
「あたしの考えは変わらないわよ。これはあの人達の事を貶めるための通り魔だってね。だってそうでしょ? 理由もなく人を殺すような人ばかりじゃないはず。しかも今の時勢じゃそういう事件を起こせば自分達が疑われるのよ。わざわざ自分の首を絞めるようなことはしないはずよ」
「……そうですね」
「何? 茉莉はそうじゃないって言うの?」
ジト目で睨んでくる瑠璃に、茉莉は「いえ」と小さく首を振りながら前置きし、お冷を口にして軽く唇を塗らして話し出す。
「私も瑠璃の考えには同意しています。……ただ、それだけではない何かがある気がするのですよ」
「と言うと?」
「犯人はどうして有力な武人や戦士ばかりを狙うんでしょうね?」
「そりゃ、その方が事件として広く知れ渡るからでしょうよ」
「そうですね。しかしそれだけでなく、その有力な人を倒す事で戦力を削ぐことも可能でしょう」
「……戦力低下って、また戦争でも始めようっての? まさか、んなわけないでしょ。だってそれ、戦闘面での要人を暗殺ってことじゃない」
モンスターや竜種と戦うハンターと違い、彼らは人と人との戦闘を行う者だ。国に所属する軍人ではないが、軍人を目指す者や自衛のために戦う技術を習得する者が集まる道場の者ら。
習得した技術を用いて軍人になる者、その技術をまた別の誰かに伝える者、あるいは更なる強さを求めて世界を回る者と様々な目的を持っている。
あるいは緊急時には国の招集に応え、その力を以ってして功績を上げるために戦場へと赴く者もいる。今はそんな事態にはなっていないのでそれはないが、過去にはそんな武人達が名を上げるために国の招集に応えて戦争に参加した事もある。
そうして名を上げれば、自分が習得している流派の名も上がる。するとそんな流派の技術を求めて更なる門下生が集まる。それが目的だ。
そんな武人を殺していく。それはすなわち茉莉の言う通り有事の際の戦力を削ぐことになる。それも実力ある武人ならばより大きな戦力の低下を招く。
「でも考えられない事もないでしょう? ……ま、全ては私の憶測なんですけどね。戦力を削いだから一体何が起きるのか、そこまではわからないのですから。戦争が起きるかもしれないし、起きないかもしれない。……起きない事を願いますけどね。もしかするともっと単純に、ただ強い相手と戦い、殺していくという目的も考えられないのですからね」
「そっちの方が有力じゃないの?」
「かもしれませんね。……っと、どうやら食事が運ばれてきたようですよ」
視線を横にずらせば、お盆を手にウエイトレスが戻ってきていた。そこで一旦話を中断させる。
「お待たせしました」
注文した昼食が目の前に置かれ、一礼してウエイトレスが去っていく。
瑠璃が注文したラーメンセットはラーメン、焼飯、から揚げとサラダのセットというシンプルなものだ。
一方茉莉が注文したアプトノスのカツ定食はアプトノスの肉に衣をつけて揚げられたカツ、白米と味噌汁にサラダというメニューとなっている。
『いただきます』
手を合わせて一礼し、食事を始める事にする。
そうしている間も二人は次の話題に移っていく。先ほどの話はいったん終わらせ、別の気になる事に関して話す事にしたようだ。
「水没林にロアルが出たって話があったわね」
「ありましたねー。とはいえそんなに珍しい事ではないでしょう。そういうのはちょくちょくある話ですよ」
「そうだけど、確かあたし達が取ろうとしているルートって、水没林も含まれてなかった? ほら、確か……ボルシオ水没林。そこを越えていく予定だったじゃない」
「ああ、そのルートでしたね。……そこが今封鎖されているという話でしたか」
「そうよ。だからどうするって事になるわけで」
こういう場合は居座っているモンスターが離れていくのを待つことになるか、あるいはハンターに依頼を出して討伐するという形になるかの二択になる。
これからその水没林に向かう事になるが、それまでの間にどうなるかが解決してくれればいいのだが、解決していない場合は足止めを受けてしまう事になりそうだ。別のルートを取るという選択肢もあるが、そうなるとぐるりと山を大きく迂回する事になる。
もしくは依頼が出ていればそれを受理し、その水没林に赴いて討伐に向かうという手もある。
そうすると戦いの経験を積めるし素材も手に入る。更に水没林で採取するという事も可能だ。
何もしないまま迂回するか、クエストを受理していくか。
その二択を選ぶとなれば、瑠璃からすれば答えは一つしかなかった。
「あたしは依頼があったらやっていきたいと考えているけど、茉莉はどう?」
「私は別にかまいませんよ。異論はありません」
「そ。じゃあこのままルート変更なしで行くって事でいいわね」
レンゲで焼飯を掬ってパクパクと食べていき、ラーメンをすすっていく瑠璃は少しだけ楽しげな表情を覗かせる。基本的に彼女は好戦的な方だ。というより母親や姉を目標としている瑠璃は早く強くなりたいという願望がある。
優秀なハンターである母親、一時期は優秀なハンターだったが、過去の出来事によりハンター業を引退した姉。かの事件の際は一時的な復活をしたが、結局は父親の鍛冶業を継いで活動している。
ならば姉が足を乗せなかった領域まで上っていきたいという思いが強いようで、少しでも経験を積みたいというのが彼女の想いだ。
茉莉はそんな瑠璃の想いを知っているため、そんな彼女を支えるためについて行く。彼女の想いはわからなくもないが、どこかで彼女はストップをかけなければどこまでも突っ走りそうで怖い。だからこそ茉莉は瑠璃の事を時折“猪”と呼ぶ。
そして茉莉が付いていなければいけないのは昔から変わらない。ストッパーとなる彼女が手綱を引いていなければどこで無茶をするかわかったものじゃない。
とはいえ瑠璃自身もどこかで茉莉がいてくれるから安心している、という節があるのでギリギリまでは突っ走っているようだが、それは彼女に対する信頼があるからだろう。
茉莉もそれを何となく感じ取っているようで、しょうがないなぁと思いながら今まで彼女を支えている所がある。同時に彼女を弄ったりして憂さ晴らしや退屈凌ぎをしているのだが、そこはご愛嬌か。
「で、領主事件は……たまーにありますね」
「事故死だったり病死だったり? こっちは通り魔と違ってそういう死に方だし、気にすることないんじゃない?」
「……ま、そうですね。そして最後は華国の一件ですが……」
「こっちも事故死って話でしょ? どうでもいいでしょ、そんなの。あの国の要人がどうなろうが、知った事じゃないわよ」
「……ま、そういう感想になりますか」
味噌汁をすすりながら茉莉はやれやれと首を振るしかない。といっても彼女もまた同じような心境だ。
自分達があの国から出る結果となった魔族狩り。まだまだ幼い頃に起こった出来事だが、実家を捨ててポッケ村へと身を寄せる事になった出来事だ。そのせいであの後の数ヶ月はあまり自由に過ごす事が出来ず退屈だったことを覚えている。
少しして魔族狩りはなくなったらしいが、再び起こったその一件によって華国からはほとんど魔族はいなくなり、魔族の心境は更に悪くなったという話だ。
二人もその例に漏れず、あまり華国とは関わり合いになりたくないと思っている。だからかの国の要人が死んだと聞かされても、「あ、そう」としか言えない。もう自分達は華国人じゃないのだから。
というより昔から華国人と言う自覚すらない。物心ついたころから無国籍状態だったため、どこかの国の人族だという感覚がほとんどないのだ。
それからしばらく無言で食べ進め、そう時間もかからず昼食を食べ終える。先に食べ終えた瑠璃が軽く視線を巡らせれば、まだ談笑している客達は暗い話題だけでなく明るい話題についても話しているようだが、それらは小さなものばかりかプライベートの事だけだった。
情報としては、今回はこれくらいしかないか。
となればここに用はない。早いところ移動するとしよう。
会計を済ませて店を出ると、またアプトルをレンタルできる竜小屋へと足を向かわせる。再びアプトルを二匹レンタルすると、すぐに騎乗して移動を開始する。
竜小屋は各地の町に存在し、数匹のアプトルがここで世話されている。その疾走力が売りであるアプトル、あるいは周囲の地形に合わせて進化した亜種らをレンタルし、騎乗して移動する事が可能だ。
レンタルした彼らは他の竜小屋に預け、次の機会に他の客が利用する事でやり取りされている。そのため利用後のアプトルの事に関しては心配はいらない。
昼食後ではあるが、そんな事は関係なしに二人は一気に移動していく。
少しずつ茶色や黄土色が主体となっている世界に緑が混ざりだし、やがてどこまでも広がる緑という原っぱに入り込む。そうすると地平線の奥にうっすらと山の影が見え始める。
それだけでなく、草食竜のアプトノスの群れがちらほらと見かけられるようになった。
とはいえその群れの近くを一瞬の内に駆け抜けてしまうアプトルの疾走力。あっという間に数十頭の群れを背後へと置き去りにしていく。
それから数十分もすれば遠くに見えていた山がかなり近くなってくる。それだけでなく山の近くにある森も近くなり、二人は手綱を操って進路をその森へと変更させる。
森へと突入すればそれはまともな道などほとんどない状態になるが、アプトルはそれを苦も無く疾走し続ける。木を避け、道なき道を走り続けて森の奥へ。そうして数分もすれば少しはまともな道に出てきた。
それからはその道を利用し、一気になだらかな坂道を駆け抜けていく。するとこの森に生息している生き物の気配をうっすらと感じ始める。
だがほとんどは危険性のない草食系のモンスターばかりで、先ほどの群れとはまた別のアプトノスや、キノコを主食とするモスが多い事がわかった。
ランポスやジャギィの気配は今のところはない。ならば安全に移動できそうだ。
なだらかな坂道はやがて山道へと形を変え、多少はましな道なりになる。だがそこで油断してはいけない。少しスピードを落として周りに気を配りつつ進むことで、足を踏み外して落下しないようにする事も忘れない。
そんな山道を駆け抜け、坂が終われば今度はまた森を突っ切る道となる。今度は木々を避けるのではなく、旅人が利用するまともな道を駆け抜ける事になるためスピードはそう落とさなくても済みそうだ。
モンスターの気配も相変わらず落ち着いたもので、肉食系のものの反応は感じられない。
今回はトラブルもなく目的地の村に到着できそうだと感じ始めた。
そんな事を考えて数十分。
何事もなく目的地である村に到着する事になった。竜小屋へとアプトルを連れていき、この村にある酒場へと足を運ぶ。山間の一角に作られたこの村の先に、件のロアルドロス率いる群れが確認されたボルシオ水没林が広がっている。
水源が豊富な上に雨雲が溜まりやすい環境になっているらしく、かなりの頻度で大雨が降り注ぐ場所になっているようだ。その影響でほとんどの森が水に沈んでいる状態になっているというその水没林は、一種の植物や水生のモンスターにとっては天国のような場所になっているという。
ただの森と違い水が多いため、その違いに慣れていないハンターにとっては厄介な場所であり、またある技術を持っていなければこの水没林で暮らすモンスターを相手にするのは難しい。
そのため件のロアルドロス討伐クエストが出ていたとしても、引き受けるハンターはそうそういないんじゃないかというのが二人の推測だ。
ギルド支部を兼任している酒場に入り、様子を窺ってみるとハンターの数は数人程度しかいないようだ。他は一般人であり、ここに足止めされている旅人がほとんどだと思われる。
そしてクエストボードを見てみると、やはりそれはあった。
だが内容を見てみると、それは少しばかり予想とは違っていたのだ。
「……は?」
思わず瑠璃が呆けたような声を漏らしてしまう。
そこにはこうあった。
ロアルドロスとチャナガブルの狩猟。
場所、ボルシオ水没林。
確かに推測通りロアルドロスの討伐依頼だった。しかし、それに加えてチャナガブルまでその名が挙がっている。これは予想外だった。
瑠璃はすぐにカウンターへと向かい、受付嬢にあの事について訊いてみる事にした。
「ちょっといいかしら?」
「はい、何でしょう?」
「あそこの依頼、チャナガブルの名前まであるけどどういう事?」
「実はロアルドロスの群れが確認された後、とあるハンターチームがクエストを受注し、現場に向かったのですが……その後チャナガブル乱入というトラブルが発生したそうです。彼ら曰く、ロアルドロスとの戦闘にチャナガブルまで乱入してきたせいで現場は混乱状態、そのまま戦闘続行不能まで追い込まれたとの事です」
なるほど、そりゃ話に聞いていないモンスターが乱入されては混乱もするだろう。群れのリーダークラスのロアルドロス相手にするだけでなく、魚竜種のチャナガブルまで現れれば、何の心構えもしていない状態ならば戦線はガタガタに崩れる。
そこを突かれれば戦いを続ける事なんて出来やしない。
それに恐らくチャナガブルが現れたという事は、その事態が起きたのはまず間違いなく陸上ではなかったのだろう。それが戦線崩壊に拍車をかけたに違いない。
当事者のハンター達には運が悪かったと合掌するしかない。
さて、これは困ったことになった。
チャナガブルまで確認されたとなれば、二頭討伐クエストになったという事になる。もちろん油断しなければ何とかなるかもしれないが、場所が場所だ。しかもチャナガブルの主な戦場は普通じゃない。
心構えは出来ても、だからといって確実に成功できるかと訊かれれば少し難しいと答えてしまうだろう。
ちらりと茉莉が瑠璃の様子を窺い見れば、腕を組みながら少し唸っている様子が確認できた。ロアルドロスの群れだけと思っていた所にチャナガブル。彼女とて慢心しているわけではないので、がむしゃらにやればいいというものではないという事はわかっているようだ。
それさえわかってくれるなら問題ないが、さあ行こうかとなれば少し考え込んでしまうのが現実。
せめて二人だけでなくあと二人……いや、一人でもいいから同行者が欲しいところか。
だがずっと二人でやって来た上に、自分達の種族があれなのでそう易々と同行者を募るのも難しい。これは少し困ったものだと思っていると、誰かが近づいてくる気配がした。
「その様子、あんた達もあのクエストに行く気があるようだね」
「……ん? 誰?」
そこに立っていたのは東方人らしい黒い髪を肩まで伸ばし、気の強そうな碧眼をした女性だった。
一見すると普通の剣士のようだが、あのクエストについて話しかけてきたという事はハンターでもあるのだろうか。
多少警戒するような視線で彼女を見つめていると、にやりと楽しげな笑みを浮かべて「ああ、別に怪しいものじゃないさ。こんなものをぶら下げちゃいるけどあたいもハンターでね」と前置きしながら、懐からギルドカードを取り出してぷらぷらと揺らしてみせる。
確かにそれはギルドカードであり、彼女が正式なハンターである事を示すものだった。
「あたいは桐音。
今回もある程度、主要キャラの名前に意味を持たせたりしています。