集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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30話

 

 

 ある日の事、山の上に身を隠していた二人の視線の先には二頭の飛竜がいた。大空を悠々と飛行するのは褐色の甲殻に覆われたリオレウスと、新緑色の甲殻に覆われたリオレイア。

 現在二人は各地で噂になっているリオレウス、レイアのつがいの活性化について調べていた。タンジアの港から情報を元に移動し、こうしてつがいを発見してからはその動向を把握するために追跡していた。

 空を主な行動領域としているリオレウスの視力は高く、あの高さから地上にいる獲物の動きを把握するだけのものになっている。そんな奴の視界に入らないように木々の陰を利用し、巧みに身を隠して追跡を試みている。

 

「この先には小さな村が存在。このまま襲うのでしょうか」

「そうなっても手を出す事は出来ない。だが……もしかするとその必要はないかもしれないね」

 

 地図を確認した空が懸念するも、海は今までの情報を照らし合わせてそう言う。

 そうして辿り着いた村だが、リオレウスとリオレイアは上空を旋回し続けるだけだった。村ではあらかじめ高台から接近してくる事に気づいていたようではあるのだが、人々騒ぎ、何とか避難し始めているのだが二頭はそんな村に襲い掛かっていく様子はない。

 その様子を高い丘から見下ろしている海と空。手を出すようなことはせず、ただじっと起こるままを眺め続ける傍観者になっている。

 双眼鏡を手にして上空にいる二頭の様子を見てみると、どちらもじっと地上の村を見つめるだけだった。村の上空を何度も旋回し、しかし襲わない。この奇妙な行動に疑問を感じずにはいられない。

 

「あの視線……獲物を探しているというより何かを探している、というかのようです」

「やはり空もそう感じるかい?」

「はい。それが何か、まではわかりませんが……噂は確かなようですね」

「リオのつがいは何かを探すために空を飛行する、か……不可解だね」

 

 一週間前に広がった噂の一つ。

 各地でリオレウス、リオレイアの原種、亜種のつがいが急に確認され始めた。

 これは真実となり、この周囲の地域で十は下らないつがいがギルドで確認された。繁殖期には入っているので特に問題はないのだが、それにしては数が多いと騒ぎとなり、一時期は討伐クエストが多く出たが、奴らはただ空を飛行し続けるだけだったので一度依頼書は回収された。

 しかし直接的な危害はなくとも人は奴らを恐れる。飛竜の中でも代表的な存在であり、単純な実力もかなりのものだ。それがつがいとなれば並大抵のハンターでは太刀打ちできない程の力量となる。

 それが近くに現れ、自分達の村や町の空を飛び回られては普通に生活する事も出来ず、恐怖を感じ続けるしかなくなる。そんな所からは依頼が出ており、それを受理したハンターによっていくつかのつがいは討伐されているそうだ。

 だがそれ以上につがいの数は多く、更に言えば原種よりも強力な亜種が問題だった。中央にも亜種はいるが、東方にいる亜種の力量は中央よりも強いとされる。

 それはその行動が、攻撃パターンがかなり多くやり辛くなっているという点だ。

 中央でも普通の亜種よりも強力な個体が現れてきているが、東方の亜種も負けてはいない。接近戦を主とする剣士ハンターをことごとく返り討ちにするかのような行動をして狩りにかかってくる。

 それがつがいとなって襲い掛かってくるのだから原種のつがい以上にやり辛く、受理するハンターが少ないのが難点だ。

 

「あ、去っていくようです」

 

 そんな事を考えていると、同じように双眼鏡を手にしてつがいを見つめていた空がぽつりと言葉を漏らした。海も双眼鏡を覗き込み、空を見上げれば彼女の言う通りどこかへと飛び去っていく二頭の姿が見えた。

 やはり攻撃を仕掛ける事はなかった。

 腹を満たす必要がないのか、探している何かを見つけることが出来なかったのか。野生に生きる彼らがこうして人の暮らす場所までやってきておいて、何もせずに去るなんてことがあるのかと疑問だが、それを解決する答えが見つからない。

 二人は去っていくつがいを見送る事しか出来なかった。

 

 つがいの行動を確認した二人はタンジアの港に戻る、という事はなく、そのまま丘を登っていき、一本だけ生えている巨木へと近づいていった。これが目印となっており、そこへと辿り着くと木の枝に止まっていた鳥が二人の下へと降りてきた。

 それは淡く光りだし、人の姿へと変えていった。

 そうして現れたのは一人の少女、二人の主である乾渚だった。彼女が現れた瞬間、二人は揃って一礼する。

 

「よっ、元気にしてたか?」

「はっ、私達は変わりなく」

「そうかい。何よりだよ。実際に会いたかったけど、分身で悪いね」

「いえ、お気になさらず。渚様の御立場ならば致し方なく」

 

 海、空と続けて挨拶し、渚は被っている帽子の上から軽く頭を掻く。彼女自身はヤマト国の王宮にあり、ここにいるのは魔力で作り出した鳥を媒介とした分身だ。時折彼女はこれを通じて部下からの報告を聞きつつ、彼らの調子を分身を通じて確認している。

 上司と部下の繋がりを大事にしている彼女ならではの行動であり、直に会って何か異常はないかと確認していくのが信条だが、立場が立場なので多忙な場合、あるいは国から離れられない場合はこうして分身を派遣しているのだ。

 

「じゃ、報告を聞こうか」

「はっ。まず先ほど各地で噂になっているリオレウス、リオレイアのつがいを確認、追跡して行動を監視。その結果、危険度としては低ランクであると判断」

「へえ。やっぱ噂通り攻撃を仕掛けるようなことはしなかったわけだ」

「はい。村の上空で飛行し続けるのみに留め、数分程で離れていきました」

 

 報告するのは空だった。抑揚のない声で淡々と報告し続ける彼女ではあるが、それが彼女の性格なので渚は気にした様子もなく静かに相槌を打ちながら聞いていく。

 つがいに関しては現在も情報収集の最中なので、先ほど得た情報や以前集めたものを含めたものしかない。

 続けて報告するのは領主事件に関する事だった。

 こちらに関しては二人が潜入捜査をした事と、先日会った鷲輔から渡された情報を纏めたものを渚に提出する事になった。

 

「――という事になっております。わたし達が集めた名簿と巽様が集めた名簿、被害状況、その後の領の様子を纏めたものです」

「オーケー、ご苦労さん。……ここで訊くがよ、お前達はこれに関する犯人(ホシ)はどう見る?」

「領土拡大を狙う領主の意志に従った何者か、と推測します」

「実行犯は領主の部下、あるいは――辻斬りと推測」

 

 二人の言葉に渚は腕を組んだままにやりと笑みを浮かべた。どうやら彼女もその推測を立てていたらしい。誰にも気づかれず、あるいは護衛をしていたものも纏めて一気に抹殺していくその腕前。

 あるいは事故死に見せかけて、あるいは毒殺で。後者は不明だが前者は明らかに武術の達人だ。それ故にこの事件を起こしているのが世間を騒がせる辻斬りではないかと推測もされているのだが、どうして領主も殺しているのか、その理由が思いつかない。

 更に言えば辻斬りの被害にあっている武人らと、事件が起こっている領の距離の問題からもそれを否定している者らが多い。

 一日の内に数十キロも離れている二つの現場を移動し、殺害するなんてことは空間転移でもしないと不可能だ。そのため候補には上がっても別の犯人だろうと言われていたのだが、最近になって辻斬りの被害に遭ったものらの刀傷の具合から辻斬りそのものも別人ではないかと推測されている。

 これは実際に刀傷を確認していった鷲輔の調査結果からも明らかになっている。

 

「これがもし事実ならばおもしれぇことになるな。領主殺しに武人殺し、二つの事件を引き起こした奴らの思惑は何なのか。是非とも犯人をしょっぴいてきて問い詰めたいところだぜ」

「はっ、真実を突き止められるよう全力を尽くします」

 

 頭を下げるとうん、と頷き「頑張ってくれ」と労ってやる。

 そうしつつも辺りを見回して人がいないかを確認しつつ、帽子を被りなおしてつばの下から優しい眼差しで二人を見つめた。

 

「……ああ、そういや鷲輔からちらっと聞いてるぜ。なかなか興味深い事を話しているじゃねえか」

「……渚さんも、ですか」

 

 その話題に海はまた困ったように苦笑する。そんな海と空を交互に見やりながら「あたしもお前らがこんな小さい頃から見てきてるからなぁ。いよいよそういう話が持ち上がったか、と喜んだぜ」と手で二人の子供の頃の身長を示しながら笑ってみせた。

 

「あたしから見ても二人はお似合いだと思うぜ?」

「そう……ですか?」

「ああ、縁が少ないあたしに比べたら二人は幼い頃からの付き合いだ。あたしからすれば早いとこくっついて頭領の血筋を安定させた方がいいんじゃね? とか思ったりしてるんだけどな」

「はぁ……。しかし渚さんも縁がない、という事はないでしょう? 美人なんですからお相手がいらっしゃるのでは?」

「あたしが美人だって? はは、お世辞はよせよ。別にあたしは美人ってもんじゃねーよ」

 

 苦笑を浮かべる渚ではあるが、実際彼女は美人だろう。魔族なので年齢に反して外見的には十代から二十代前半なので美人というより可愛らしい少女、美少女というべきか。

 特殊な魔族ではあるがそれを抜きにして十分魅力的な美少女だ。縁がない、なんてことはないはず。それに彼女は親しみやすい人だ。そういう面からしても男女関係なく付きあいやすい。

 だが彼女はそれを否定するように手を振りだした。

 

「それにこんな性格だし、こんな口調だし、あたしに告ろうなんて考えようってもの好きはいやしねえさ」

「そんな事はないでしょう。渚さんは十分魅力的です。優しいくて面倒見がいいという事を私達は知っています。付き合いたいと思う人はきっといるはずですよ」

 

 にこり、と笑顔で伝えるのだが、それを聞いた渚は帽子の下で苦笑を浮かべてしまう。影に隠れている彼女の顔に朱が混ざっているのは気のせいではないだろうが、彼女の苦笑はどこか困ったようなものが含まれていた。

 

「……おいおい、あたしをおだててどうすんだよ。あたしなんかにそういう事言っても何にも返せねえぜ?」

「え? いえ、別にそういうつもりで言ったわけでは……」

「だろうな、本気なんだろうな。だからこそ困るんだよな……はは。まあ、悪い気はしねえけどさ……そういうのは空に言ってやれよ」

「…………」

 

 視線が空に向けられ、しかし彼女は沈黙を守って二人の会話を見守るだけだった。自分に話題が振られようとも、内容が内容だけに反応しなかった。表情を変えることなくただじっと佇んでいたようだ。

 傍から見れば年上の女性である渚を褒めて口説いているように見えなくもない。

 いや、誰を口説こうが持ち上げようが主である海の自由だし、従者である空に止める権利なんてないのだが……。そんな彼女を見て渚はやれやれと息をつき、

 

「空からはなんかこいつにそういうの振るってのはねえのか?」

「……いえ、ございません。わたしはただ、海様の従者ですので。それ以上を望む事はございません。わたしには過ぎたる望みです」

「……だよなぁ」

 

 そっと彼女の傍に寄って耳打ちするように問いかけてみたが、返ってくるのは渚が想像した通りの言葉だった。空らしいといえばらしいのだが、二人を結ぶ絆という紐は完全に主従の色に染まり、強固に結ばれているようだ。

 これを解き、夫婦という名の絆の色に染まった紐へと結び直すのは難しいだろう。こりゃ今はどうにもならないか、と渚は頭を掻きながら嘆息した。

 

「……ま、いいか。わりぃ、変な事を言った」

「いえ、お気になさらず」

「うん。じゃ、引き続き調査を進めてくれ。何か緊急の用件があればいつでも声を掛けてくれていいからな」

 

 そう言ってぽん、と海の肩を叩いて二人から離れていく。それが今回の報告会の終わりを示した。二人は揃って一礼し、

 

「はい。お疲れ様でした」

「お疲れ様でした」

 

 挨拶する。渚は一度帽子のつばを上げてにっと微笑むと光の粒子となり、鳥の姿となって空へと舞い上がっていく。手渡した書類も一緒になって粒子となっており、問題なく一緒にヤマト国へと飛んでいった。

 遠くの空へと去っていった渚を見送るとまた二人して視線を交わす。先日に続いてまたしてもこういう事に関して意識させるような言葉を口にされ、二人揃って無言になってしまった。

 久しぶりに会ったからってああいう話を持ち出した鷲輔に、彼から話を聞いた渚と幼い頃から世話になった年上の人達の話題振り。上司というだけでなく世話になっている人だから無碍にも出来ない。だからこそ返す言葉に困ってしまい、それが増々至高の渦へと捕らわれてしまう。

 自分達は主従。そういう感情を持ち合わせてはならない。意識しないように逸らしていた思考なのだからこそ言葉に詰まってしまう。

 空もどうしたらいいのか困っているだろう。相変わらずクールな彼女だが内面では困っているはずだ。この空気を早く壊し、流してしまおうと考えるも、話す内容がすぐに思いつかず、何から話せばいいのかわからなくなってしまう。

 困ってしまった海に代わり、一度目を閉じた空が静かに、

 

「……海様、一度戻りましょうか? それとも、もう少しつがいについて調べましょうか?」

 

 次の予定を問いかける。

 先ほどの事を流し、なかった事にしてしまう。主である海が困っているならば、自分は気にせずに変わらず従者として振る舞うだけ。

 この空気をどうにかしようと考えていた海に代わり空がそうしてくれた。

 頭を下げて主に伺いを立てる彼女はまさしく“従者”。決して“一人の女性”ではなかった。“一人の女性”でないならば、彼女を意識する必要もない。海は冷静さをゆっくりと取り戻していき、一息ついて頷くとさっきまで困っていた雰囲気はもうなかった。

 そこにいるのは“従者”の“主”だった。

 

「このまま各地のつがいについて調べてみよう。どれだけ数が減らされたのか、確認されているのはどれだけのものか。改めて把握しよう」

「はい、ではそのように」

 

 深く一礼し、札を数枚懐から取り出して短く「召喚」と告げれば書かれている文字が淡く光ってそこから数羽の鷹が現れる。空に放ればそれぞれ別々の方角へと飛び去っていき、続くようにして二人も丘から飛び降りた。

 急な坂になっているそこを駆け下りていき、下の森へと飛び込んで一気に疾走する。悪路ではあるがそんな事など問題にならないとばかりの身体能力を発揮して森を高速で移動する。

 向かう先は現在の拠点であるタンジアの港ではなく、内陸にある中継地点とされている街だった。

 

 数時間かけて辿り着いたそこはタンジアの港から陸路を使って人と物が出入りし、東西と北へと運ばれるための街だった。港へと海路を使って運ばれた品々はここから各地へと移動されるようになっており、そのせいかここには多くの竜車、アプトルが存在している。

 当然ながら港へと向かう竜車の便も多く、港から海路を使って旅をする人々もここに集まっている。

 そして人が集まれば、その中にハンターも混ざってくるのも道理。ここもまたハンターズギルドの支部が存在している。そこの酒場へと足を運ぼうとし、扉を開けて中へと入るとやはりというべきか人が多く集まっていた。

 夜こそが酒場の稼ぎ時であり、当然と言えば当然の結果だろうが、これだけ人が集まると壮観だ。空いている席はあるだろうか、と見回してみると、

 

「はぁー腹減ったなぁ。今日は何にするかね、ほむほむ?」

「おいコラ、喧嘩売ってんのか? いいよ? 買うよ? 焔の事をそう呼ぶって事は調子に乗ってるって事でいいんだよな?」

「そう怒るなってほむほむ。可愛いじゃねえか、この呼び方。親しみが持てるじゃねえの、なあ?」

「なあ? じゃねえよ。焔に同意を求めるな、猿」

 

 二人の男女が会話をしながら近づいてきた。それはなかなか風変わりな二人だった。

 片方は金色の荒々しく跳ね回った長髪を首元でゴムを結び、反り曲がった角を一対持った青年だ。少し長く尖った耳を持ち、快活そうな赤い瞳をしている彼は恐らく有角種の魔族だろうと推測できる。

 かなりの長身で首回りに沿って黒い毛を使った黄色と黒の縞模様のコートを着込んでおり、下に着ている黒いシャツの上からでもわかるほどがっしりとした体躯をしている。たぶんハンターなのかもしれない。

 そんな彼に同行しているのは十代後半の少女だった。茶色い髪をポニーテールにし、黒いリボンで結んでいる。気の強そうな真紅の瞳に整った顔立ちからして美少女と呼べるだろうが、その纏う雰囲気に先ほどの言動からしてなかなか男勝りな性格をしているようだ。

 しかも彼女の耳は猫のもの。どうやら彼女も魔族らしい。

 オレンジの下地に炎を描いたシャツに黒いズボン、その上に炎の柄をした赤いローブを纏っている。

 

「そろそろ長い付き合いになるってぇのにこの反応。お前さんは相変わらずだよなぁ……俺、時々悲しくなってくるんだよ。色々と手を尽くしてほむほむと今以上に仲良くなろうとしているのに、名前に反して冷たい反応……嗚呼、いつになったらほむほむは俺に優しくしてくれるんだろうってさ……」

「黙れ猿。ほむほむゆーな。あと、名前を使って弄るな。殴るぞオラ?」

「そう言いながら殴るなよ、ってーな……いや、痛くないんだけどね?」

「そーかそーか。じゃあもっと痛くしようか? ああん?」

 

 なんだろうか、この二人。仲がいいのか悪いのか……少し判断に困るやり取りをしつつ酒場へと近づいてくる。このままここにいると邪魔になるか、と道を開けると二人はそのまま中に入ろうとしてくる。だが海と空と同じように人の込みようを見て驚いたようだ。

 

「おーおー、満員かこれは? んん……参ったねぇ。どうするよ、ほむほむ?」

「だから……チッ、もういい」

 

 また苦言を口にしようとしたが、もう何を言っても無駄かと悟って一発彼の尻を蹴り飛ばして辺りを見回した。不機嫌そうな紅い瞳が酒場を見回し、空いている席はないかと探してみたが、不意にその動きが止まってしまう。

 空いている席を見つけたのか、と思ったがそうではないらしい。

 彼女の瞳が驚いたように見開かれ、そして「……チッ」と小さく舌打ちした。そのまま身を翻し、酒場を後にしようとする。そんな彼女に青年は驚いたように、「お、おい……どした、ほむほむ?」と声を掛ける。

 

「……んであいつがここにいるんだよ。未寅(みとら)の野郎もいるのか……?」

 

 だが彼女は青年の言葉に反応せず、ぶつぶつと独り言を呟きながら酒場を後にしていった。そんな彼女を呼び止めようと手を伸ばしかけた青年だったが、何も掴めなかった手をゆっくりと戻し、頭を掻きながら酒場を見回してみる。

 すると彼女が見てしまったものを見たようで、「ああ……なるほどねぇ」と納得し、彼女を追って走り出した。

 その一部始終を見た二人は揃って首を傾げる。

 一体なんだったのだろうか、と二人は酒場の中を見回してみたが、気になる点はどこにもなさそうだ。あの二人の知り合いでもいたのだろうか、と推測するが、知人でもないのでわかる術はない。

 だが奥の方に気になる影が見えた。そこに目を凝らしてみる。

 そこにいるのは一匹のアイルーだった。笠を被り、煙管を口の端に咥えた白と黒の毛並みをしたアイルー。

 そのアイルーを二人は知っていた。

 

「あれは……疾風(はやて)?」

「そのようです。まさかここに来ていたとは驚きですね」

 

 戦アイルーの疾風。通称「神風」として名を馳せる戦アイルーであり、その道の者ならば知らないものはいないと言われるほど有名だ。いつも被っている笠と咥えている煙管がトレードマークなアイルーだ。

 カウンターの席に一人で腰かけ、静かに食事を進めている彼の事に気づいているのは数人のようだが、話しかけようとする人はいないようだ。その中に、二人が入っていく。

 

「……む? おや、君達は……」

「久しぶりだね、疾風」

「うむ、久しいね。今は……桐島、かな?」

「ああ、どっちも桐島で通じているよ」

「了解した。……座るかい?」

 

 隣の席を示し、二人は一礼して席に着いた。カウンターの向こうにいる店員へと食事の注文をし、先に運ばれてきた酒を手に乾杯して呑み始める。

 

「それにしてもこんな所で何をしているんです? 一人……いや、一匹か。一匹でこの東方を巡っていると噂で聞いていたけれど」

「うむ……最近噂に上がっているリオのつがいの一件でね、情報が集まっていそうなここに足を運んでみたのだよ。そうしたらね……ついに確認されたようだ」

「確認? それは一体?」

 

 空が控えめに問えば、疾風が煙管を灰皿へととん、と叩き、ふぅ……と息と煙を吐き出して二人を横目で見つめた。その口元は小さく笑みを形作っているが、瞳は真剣なものだった。

 

「――希少種のつがいだよ」

『……っ』

 

 その言葉に二人は揃って息を呑む。

 希少種、その名の通り亜種以上にめったに確認できない種類であり、同時に原種、亜種以上の力量を兼ね備えた存在だ。

 リオレウス希少種は銀火竜、リオレイア希少種は金火竜として知られており、能力だけでなく弱点なども差異が生まれ、ハンターにとっては厳しい相手として知られている。

 普段は塔に住まうとされているのだが、近年は渓流にも姿を見せた事があるそうだが、それでも希少種だけあって発見は稀有なものだ。

 その希少種、それもつがいとなって確認されるとは珍しい。しかし同時に厄介なことになっただろう。何せ相手が相手のため討伐クエストが出されたとしてもこなせる人材がいるかどうかわからない。

 そこまで考えたところで海ははっとして疾風を見る。

 

「受けるつもりかい?」

「ああ、そうしようと考えている……んだが、少々厳しい。拙者だけでは勝ち目は薄いだろう。だから助力を求めるのさ。聞いた話だと彼がユクモにいるようだからね……今は榊殿だったかな。彼の力を借りればこの一件を問題なく片をつけられるはずさ」

「なるほど」

 

 現在ハンターとして活動して調査を進めている龍仁。聞いた話では現在は榊仁として行動し、オトモとして佐助と椿を連れていると報告に聞いている。ヤマト国の重役ではあるがハンターでもある彼はかなりの実力を保有しているし問題はない。

 それに加えて戦アイルーが三匹もいるのだ。戦力としてはかなりのものだろう。このチームならば希少種のつがいが相手でも何とかなりそうだ。

 

「だがまだつがいの行動範囲が完全に定まっていないようでね、現在は調査待ちという事になっている。だがそれが明らかになり、依頼書が制作され次第拙者は名乗りを上げるつもりだ。それまでは待機という事にしているのだよ」

 

 そう言ってまた煙管を咥える疾風。

 希少種のつがいが確認されはしたが被害報告はまだない。話を聞く限りでは確認されているのはやはりというべきか山奥であり、人里が周囲にない所を飛行していた気球が発見したのだとか。

 しかし着実に行動範囲を広げてきているようで、未来の危険性から依頼書が作成されるのも時間の問題という話だ。

 

「それで、桐島殿……いや、今は海殿、と呼ぼうか。君達の旅はどうかな? うまくいっているのかい?」

「どうでしょう……失ったものもありますからひとえにうまくいっている、とは言い難いね。だけど少しずつ前に進んでいる、のは確かだと思う。情報は集まっているし、先ほども……乾さんに会ってきましたから」

「ほう、渚殿に。健勝でらっしゃったか?」

「ああ。元気でらっしゃったよ。相変わらずなご様子だった」

 

 そう、相変わらず、親しみやすい上司だ。鷲輔もそうだし、龍仁もそうだ。あの三人は人のいい上司であり、部下にも慕われる良い人達だろう。本来ならば忍は上司のために忠実に働く道具のような存在なのだが、彼らはそういう風に扱わなかった。

 霧夜一族もまた彼らの部下と同じ仲間であるとして接し、気遣ってくれる人達。それがあの三人だった。

 それは潮曰く昔から変わらないようで、あの三人が、というよりあの三家というべきか。

 

「そうか。この一件が終われば久方ぶりに挨拶に伺おうかな」

「そうするといいよ。きっとお喜びになるはずさ。ヤマト国にも長く帰っていないんだろう?」

「うむ、かれこれ三年ほどは離れているか。あっという間の時間だったよ。しかし良い経験にもなった。様々な人々の暮らしに触れられたのだからね」

 

 彼も昔は龍仁の部下として活動する戦アイルーであり、その実力から戦アイルーの部隊では隊長を務めていたが、現在はその任から離れている。それは六年前の一件が関係しており、あの一件で一時的に活性化した飛竜らの被害を食い止め、また同時に近年活性化し始めた蛇竜種の調査を進めている。

 その中でも脅威とされている闘蛇ナーガに関しては、彼の調査結果もあって情報は以前に比べて集まっているようだ。彼の活躍はギルドにも貢献されているらしい。

 

「お待たせしました」

 

 そこで注文した料理が運ばれてくる。

 いい匂いを漂わせるその料理を前に、「さて、料理が来たからこの野暮ったい話はこれくらいにしようか」ともう一度グラスを軽く掲げる。それに異を唱える気もなかったので、同意するように海がグラスを掲げ、それに続くように空も無言で掲げる。

 

「では、もう一度この再会に」

『乾杯』

 

 海を中心として再びグラスが打ち合わされ、二人と一匹は任務などの話はせず、昔の事を思い返しながら談笑し、料理を食べ進めていった。

 その会話は主に海と疾風が進めたが、時折空も混ざり、大いに華を咲かせる事になったのだった。

 

 次の日の朝、疾風は希少種のつがいのクエストを受けるためにこの街から離れ、フィールドに指定された渓流の近くの村へと移動していった。それが終われば龍仁にも報告するために後から来るといい、と言い残し、彼はアプトルに騎乗して街を去っていった。

 それを見送った二人は一度物資を仕入れるために市場へと繰り出していった。携帯食料を作るための食糧や武器の手入れをするための砥石などを買うだけでなく、こうして人々の日常に溶け込んで何気ない会話を聞いていくのが狙いだ。

 私服姿で市場を歩き、必要な物を購入していくこの姿は傍から見ればデートだろうが、もちろんながら二人にそんな感情は持ち合わせていなかった。これは必要な事であり、同時に任務の一端でもあった。そんな気を緩めるような事を考える事なんてなかった。

 

「こちらの方が安いですね。いい品ですし、こちらを頂きましょう。あとは……こちらとこちらをお願いします」

「ありがとよ! お嬢さん、なかなかいい目利きをしてるねえ。いい嫁さんになれるよ!」

「ありがとうございます」

 

 食材の買い物を進めていく空の様子を後ろから見守る海だが、彼女が褒められたとき微笑を浮かべたがそれは外面だけだった。そうすることで違和感を持たれないようにするための芝居である。

 空の方も一応お礼を口にしているがにこりともしていない。勘定を済ませて品物を受け取ると、一礼して海に並び、二人揃って歩き出す。もちろん、海から数歩後ろに下がって、だ。

 それまで買った物は全て海が持っており、視線は周囲をさりげなく彷徨わせている。

 昼に近しい時間帯という事もあって人の数はそれなりのものだ。はぐれそうな程ではないが、人の波が結構激しい。軽やかな足取りで流れに逆らわずに進んでいき、人の様子を見まわす二人はぽつりとこう思う。

 親子連れやカップルが多いな、と。

 親子揃って品物を見たり、男女で腕を組んで歩いていたりと平和な日常がそこにある。後者に関してはハンターも僅かに混ざっており、装備を身につけたまま市場を歩いている様子も見られた。

 世間では結構大変なことになっているだろうが、ここにはハンターが多く常駐しているためある程度平和は保たれている。また街の特徴上多くの人が出入りするため自警団などの警察機関が街をパトロールしているため治安もいい。

 そのためこのような空気が街を包み込んでいるそうだ。

 

「お母さん、こっちの野菜、安いし美味しそうだよ」

「……そうね。……でもこれは向こうの店が安かったから、そっちで買おうか」

「へえ、覚えてるんだ」

「……こういう事は把握しておかないとやりくり出来ないから」

 

 見れば若い母娘が仲良さそうに手を繋いで歩いているのが視界の端に入ってくる。藍色の長髪に黒い瞳をした母娘であり、顔立ちからしてよく似ている。お揃いなのだろう、藍と黒の暗い色合いをした和服を着ている。

 人の波にはぐれないようにしっかりと手を繋いで歩く様を見ていると微笑ましくなってきそうだ。

 そんな日常を守るため、とまではいかないが、守る一端として活動できるように準備は怠らない。宿へと戻った二人は購入した食材を調理して携帯食料を作り上げ、武器の手入れを済ませて街を後にしたのだった。

 向かう先はタンジアの港。一度あそこに戻って宿をチェックアウトしてあそこにある物を回収しつつ、新たな情報がないかをチェックする。

 それが終われば疾風の後を追い、合流地点に向かうだけだった。

 

 そうして、時間は現在へと戻される。

 また周囲の調査を終えた後に、山の中にある村へとやって来た二人は合流地点である酒場へと入り、龍仁らと合流した。

 そこまでの過程を話し終えた海は渇いたのどを潤すように運ばれてきた酒を呑んでいく。そんな彼を見つめて榊……もとい龍仁はうん、と頷いてにっと笑った。

 

「ほうほう、色々巡ったようだのう。お疲れさんじゃわい」

「はっ」

 

 コップを置いて席に着いたまま頭を下げる海とそれに続く空。結構長く話した事で料理も少し冷めてきているが、これくらいどうという事はない。空も海が話し終わるまで手を付けておらず、時々海に続くように唇を濡らす程度に酒を呑むだけだった。

 ようやく海が食べ始めたところで彼に続いて食べ始めるのだった。

 

「それにしても渚嬢ちゃんからはワシについてなんも言っておらんかったのかの?」

「はい、特には」

「ふむぅ、だったらよいのじゃがのう」

「……もしかして、もう何も言っても無駄だと呆れられたんじゃないんかにゃ?」

「ぬおっ、マジか!?」

 

 慌てて椿に振り返るが、彼女は頬杖をついてポポノタンの塩焼きを摘まんで口に放り込んでいた。その視線は呆れたものを含んでおり、まるでやさぐれたようにぐいっと酒を飲むようにミルクを喉に流し込んでいく。

 

「ぷはぁ……、だってにゃ、おやっさん遊びすぎだにゃ。一応今回の希少種のデータを取った事は取ったけどにゃ、それまでの情報があまり集まってないにゃ。集まったのはハンターに関する情報だけにゃ」

「それもそうだが、無駄ではなかったぞ? 桐音嬢ちゃんやあの双子の姉妹の情報は大きい。あとは今回の星野、奴もなかなか興味深い素材ではないか」

「星野?」

「おお、空嬢ちゃんと海にはまだ話してなかったか。実はな……」

 

 龍仁は希少種のつがいの一件で組んだ星野というハンターについて話し始める。どうして彼と出会い組んだのか、どんなハンターだったのかと話していき、静かに話を聞いていた海と空はなるほどと相槌を打っていた。

 星野、とだけ名乗った彼は今回限りのチームだったが、あの実力はかなりのものだった。大きな街に出る事はなく、静かに暮らすという彼にまた会えるとしたら今日以上に親しくなりたいところだ。

 

「星野……少し調べてみますか?」

「そうだね。頼むよ」

「はい」

 

 ぺこり、と頭を下げた空。頭の中で静かに一つの予定を加えておき、食事を静かに進めていく。そんな様子を見ていた佐助が小さく息をつき、

 

「……はぁ、リーダーももう少しこういうマメさがあればな」

「わっはっは! 何事もおおらかにやっていかんとな! コツコツやるのは性に合わんわい」

「……それを補佐する俺らの身にもなれってんだよまったく……」

 

 今度は佐助が呆れたように溜息をつく。なるほど、この二匹の戦アイルーもいろいろ苦労しているらしい。それでも彼の補佐をやめないのはただ部下であるだけではないだろう。

 なんだかんだで彼の事を放っておけないのかもしれない。そう感じさせるという点も彼の人柄によるものなのだろう。

 

「……ぷはぁ。んんーやはり戦いに勝利し、大勢で呑む酒は美味いのう。……ああ、そういえばワシらは明日ユクモに一度戻るが、お前さんらはどうする?」

「拙者はまた一人で世界を巡るつもりだ。……だが、そろそろ一度ヤマト国に戻ってみようとも考えている。海殿に渚殿の話を聞いたからね」

「ほう、戻るのか。そうかそうか、うむ、是非そうしてやるといい。渚嬢ちゃんはお前さんを可愛がっとったからの。二人はどうする? ワシとユクモに来るか?」

「いえ、暁姉妹に気づかれるのもなんなので遠慮しておきます。この周辺を巡ってつがいの一件や領主と辻斬りの件を探る事にします」

「そうか。無理せずにな。引き際を計り間違えれば返り討ちにされかねんのだからな」

『はっ』

 

 それからはまた談笑しつつ食事を共にしていった。直属ではないが上司である龍仁がいるので大いに騒ぐようなことはしないが、気さくないい中年という雰囲気をする彼のおかげで必要以上に固くなることもなく食事を楽しむ事が出来たのだった。

 だが一番盛り上がったのはやはり龍仁であり、料理や酒を多く頼んだのも彼だったのは言うまでもない。そして会計を全て彼の自腹で払われ、本当に良かったのかと海が心配するも「なぁに、お前が気にするようなことは何もないわい。最初に言ったろう? ここは全てワシが持つとな。若者は大人しく満足する間で食って楽しめばええわい」とおおらかに笑って海の背中を叩いたのだった。

 

 

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