集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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31話

 

 

 ユクモ村へと戻っていく龍仁らと、アプトルに騎乗してどこかへと走り去っていく疾風を見送った海と空は、次はどこを周るかを相談する事にした。ユクモ周辺は龍仁がやってくれるし、疾風も疾風で一匹ではあるがその行動力と影響力で蛇竜種をはじめとするモンスターの調査を進めている。

 そして走り去っていった方角は東だった。となれば自分達は西の方へと進む事にしよう。

 そこで一羽の鳥が空を飛行しているのに気付いた海が「空、何か見つけたようだよ」と声を掛ける。空も見上げるとそれに気づき、小さく頷いて二人揃って森の中へと入っていった。

 少し奥へと進んだ後、空が指を軽く掲げると先ほどの鳥が指先へと降りてくる。それは空が札を使って放った鳥であり、それは粒子となって空の中へと溶けていく。そうすることで鳥が見てきた事を把握する事が可能なのだ。

 そうして見たものは二組の原種つがいの動向と、この近くで人が襲われているという事だった。

 

「海様、近くで母娘がジャギィの群れに追われています」

「なんだって? すぐにハンターを……」

「いえ、その暇はなさそうです。数メートル先の崖に追い詰められかけています。ハンターを呼びに戻っている暇はなさそうです」

「…………ならば陰から救援するしかない、か。空、案内を」

「承知しました」

 

 小さく頷けば空は先導するように走り出す。そのすぐ後ろをぴったりと海がつき、二人は森の中を軽快に疾走していく。足元を覆う草むらも、道を遮る木々も枝葉もものともせず、奥へ奥へと進んでいけば、確かに小さなモンスターの気配が多く感じられてきた。

 そして、追いつく。

 いや、追いついたと言っても実際に現場に到着した、というわけではない。二人が見える距離まで追いついた、という意味だ。

 追われているのは二人の女。

 藍色の長髪をした二十代後半近くの女性と、その女性に小脇に抱えられている幼い少女だった。よく見てみると、以前疾風と再会したあの街の市場で見かけた二人だったような気がする。

 仲睦まじく市場を歩いていたあの母娘がこんな所でどうしたのだろうか。もしかするとあの村に帰ってくる途中でジャギィらと出くわしてしまったのだろうか。

 何にせよこのまま黙って見過ごすわけにもいくまい。

 女性は和服を着ているようだが、それでも素早い疾走でジャギィらの群れから逃げ続けている。こうして見ていてわかるが、彼女は常人には出せないようなスピードで走っている。明らかに一般人ではない。

 幼い子供を抱えながら和服でジャギィらの疾走から逃げ続けられている。あれだけのスピードを出しているだけでも普通じゃない。

 しかしあの先は空が言うには崖があるそうだ。そこに追い込まれれば逃げる事はもう出来ない。そこに至るまでに少しでもあのジャギィ達を何とかしないといけないだろう。

 二人は示し合わせたように視線を交わし、同時に懐へと手を伸ばした。

 海が取り出したのは苦無。鋭く尖った漆黒の刃を構え、一匹のジャギィの頭へと投擲する。それに続いて空も取り出した札を手にし、ジャギィの額を苦無が貫いたと同時に札に魔力を注ぎつつ「隠術、霧隠れ」と告げる。

 すると彼女を中心として白い霧が周囲へと広がっていった。それはジャギィらを包み込み、彼らの視界を奪ってしまう。

 

「ギュル、ギュルル!?」

 

 突然発生した霧にジャギィらが戸惑うように周囲を見回し始める。薄い霧はすぐに周囲の状況が把握できない程にまでに濃くなり、しかし母娘へと届かないように調節されていた。

 

「え、なに? 霧……? お母さん、これなに?」

「……自然現象じゃない。誰かが意図的に作り出した?」

 

 突然の出来事に驚いていたのはあの母娘も同じであり、母親は疑うような眼差しで霧を見つめている。立ち止まって背後を振り返り、何とか霧を抜け出してきた一匹のジャギィを睨み付け、娘を自分の後ろに下ろしてやると、噛みつきにかかってきたジャギィの顎を拳で素早く打ち払う。

 その反撃に怯んだところで首を穿つように回し蹴りを放った。しかも足の先には気で作り上げた刃が顕現している。それで首を突き上げ、切断してしまったのだ。

 

「……誰かがいるな。(すずな)、お母さんから離れないように」

「うん、わかった!」

 

 娘を庇うように腕を出しつつ、母親は周囲を警戒し続ける。

 その様子をナルガクルガの因子を使って視力を強化させた二人は見つめていた。二人の目は真紅に染まり、霧の中で薄い流星となって数秒だけ浮かび上がっている。二人の手には苦無と小太刀が握られ、霧に戸惑って棒立ちになっているジャギィらを処理し続けていた。

 普通の戦闘が出来ないためこういう手段でしか二人は群れを相手にする事が出来ない。急所である頭、首、心臓と狙って小太刀と苦無を突き入れ、何とか一撃、よくて二撃で殺していく。

 しかし仲間が次々とやられていく声は聞こえているようで、ジャギィらは慌てて霧から脱出しようと動く。その先は普通の森がある場合もあるが、あの母娘へと走ってしまう場合もあった。

 そうなる前に処理する事が出来るがそれは少数。一匹、二匹と母娘へと向かっていくジャギィらが現れる。だが深く心配する程あの母親は弱くはなかった。

 

「…………ふぅ、しっ!」

 

 戸惑っているジャギィには素早く突き出した拳から放たれる気弾で吹き飛ばす。向かってきたジャギィには噛みつきを避けるように屈みながら足を払い、バランスを崩したところでバック転をしつつ顔を蹴り上げ、倒れたところで顔を潰すように強く踏みしめる。

 死体となったジャギィを蹴り上げて吹き飛ばされたジャギィの方へと突き返し、娘から遠ざけつつジャギィの死体で押し潰してやった。

 

「……凄いな」

 

 武器を持たずジャギィと戦えているなんて驚きだ。小型モンスターなので武芸の達人ならば出来ない事でもないかもしれないが、それでもモンスターの鱗は強固なものだ。拳や蹴りで打ち砕けるほど軟ではない。

 切れ味が悪い武器ならば弾き返してしまう程には硬いのだ。それを気を纏って放たれる拳と足で打ち砕いている。その格闘術だけでなく、気を扱う心得があるというだけでも彼女は普通ではない。

 逃げ続けたのは娘の安全を守るためだろう。個人で戦うには問題ないだろうが、取り囲まれれば娘の安全は保障されない。

 

「母は強し、ですね」

 

 ジャギィの首を刎ねながら空が呟き返す。いつの間にかジャギィはほぼ全て討伐されており、残るは何とかここから逃げ出そうと霧の中を当てもなく走りまわるジャギィ二匹。

 一匹が何とか霧を抜けだし、ようやく逃げられると思ったようだが残念ながらその先には娘を守る母がいる。ジャギィは一歩後ずさったが、娘を守るために盾になりながら身構え、鬼気迫るような形相で睨み続ける母親を見つめ、小さく唸りながらも一矢報いるべく走り出した。

 だがそんな疾走が彼女に通じるはずもなかった。

 ジャギィの数が減っているのは彼女もわかっているらしく、今度は彼女もジャギィを迎え撃つべく飛び出した。力を溜めていたのかその瞬発力は凄まじく、ジャギィはまるで母親の姿が消えたかのように見えた。

 

「……はっ!」

 

 ジャギィの懐に潜り込みながら身を屈め、一気に立ち上がりながら回し蹴りを放つ。また足の先に気で作り出した刃を顕現させており、その刃で首へとまるで斬り上げるように振り上げる。

 刃はジャギィの首を切断する。血が噴き出して母親の頬へと掛かるが、それを気にした風もなく体勢を立て直し、ふぅ、と息をついた。

 とてとてと走り寄ってきた娘を左手で迎え、庇うように抱えながらじっと霧の中を見つめる彼女の眼差しはまだ気迫が残っている。

 海がすでに残った一匹を処理しており、二人は霧の中だけでなく木々の奥へと身を隠していたのだ。空がまた札を手にし、「解除」と告げればゆっくりと霧が晴れていく。

 その様子を見つめていた母親は軽く視線を巡らせ、「…………出てこないつもりか」と呟くように言葉を発した。それは独り言なのか、あるいは隠れている二人に告げたのか。

 二人としては忍であるために安易に姿を見せるわけにはいかない。彼女は一般人であり、同時に武人でもあるようだ。自分達の事を知られるわけにはいかなかった。

 

「お母さん?」

「…………そのつもりなら礼は言わない。そのまま隠れ続けるといい」

 

 不安そうに母親にしがみつく娘をあやすように頭を撫でてやりながらも、視線は隠れ続ける二人を探すように巡っていた。そうして止まった漆黒の瞳は正確に二人が隠れている木の方へと向けられた。

 その警戒、懐疑、敵意が混ざった鋭い視線をひしひしと感じながらも、二人は決して声を出さず、姿を見せなかった。

 

「……でも、こっちの事を調べるっていうのなら、こちらは刃を振るう事も厭わない」

 

 そう言って彼女は虚空を蹴り上げる。振るわれた足の先からはまた気の刃が放たれ、一本の枝を切断した。それだけではなく、そこに止まっていた空の作り上げた一羽の鳥をも切断していた。

 あらかじめ呼び戻していた鳥の位置を感じ取っただけでなく、離れようとしていたのを逃さず狩る素早い攻撃。二人はその鋭い敵意と動きに戦慄した。

 そんな二人の心情を感じ取ったのかいないのか、彼女は無言で背を向け、娘の手を取ってその場を離れていく。娘の方はちらちらと背後を振り返り、二人が隠れている木を見上げていたようだが、やがて母娘の姿は森の奥へと消えていった。

 気配が遠ざかっていくのを感じ、二人はそっと消えていった方を見つめて冷や汗を流した。あの言葉、あの腕……彼女はまず間違いなく敵対してくるだろう。自分達の事を見つめていた監視の鳥を切り払ってしまったのだ。

 もしかすると訳ありなのかもしれない。

 それ故に自分達の事を調べる者には容赦なく敵意を向ける。それは娘を守るためなのか、あるいはそれ以外の何かの理由があるのか。

 気になるところではあるが、今また追跡すると殺されかねない。なにせ隠れている自分達の事に気づいていたのだ。気配を隠していても気づかれるならば今はそっとしておくしかない。

 機を見て調べてみるしかない。

 海は汗に濡れる拳を握りしめ、先ほどの女性について頭に記憶した。

 流れるような藍色の背中まで届く長髪に冷静さと気の強さを兼ね備えた漆黒の瞳。美人と称していいすらっとした長身の体躯を包み込む黒と藍の混ざる夜を描く和服。その下から繰り出される鋭い蹴りと顕現された漆黒の気の刃。

 一体彼女は何者なのだろうか。

 

 

 ○

 

 

 一方タンジアの港から北上したところにある陸の中継地点の役割を果たす街ではちょっとした騒ぎになっていた。近辺を二組のリオレウス、リオレイアのつがいが飛行しているとの情報が入ってきたのだ。

 それも片方は原種、片方は亜種という組み合わせだ。飛行している範囲が街道に重なり、旅人が不安になっているため、ギルドは依頼書を制作しクエストとして張り出す。

 当然腕に自信があるハンター達が次々と名乗りを上げる。その中にはタンジアの港にいたあの男の姿もあった。

 

「フーッハッハッハ! この我が亜種のつがいを引き受けようぞ!」

「よろしいんですか? 天王寺さん。確か今あなたは一人では?」

「む? 確かに先ほどまでは我は一人ではあったが、問題ない。もう一人ついてくるものがおるわ。そら、天」

 

 心配する受付嬢ににやりと笑みを浮かべて手で示してやれば、そこには気だるげに天井を眺める一人の女性がいた。炎を思わせる紅いセミロングヘアーに真紅の瞳をした女性だ。

 そういえば先ほど一人で入ってきた客だったか、と受付嬢は思い出す。そして彼女は――

 

「お待たせしました……」

 

 彼女へと近づいたウエイトレスがお盆一杯の料理を運んでくる。更に続くようにしてもう一人のウエイトレスのお盆には酒瓶がずらっと並んでいる。それに反応した彼女は小さく頷き、机をとんと叩いた。

 それに従ってお盆ごと料理を置き、続いてウエイトレスがお盆に乗っている酒瓶を次々と机に置いていき、最後にグラスを置いて一礼した。

 そう、彼女は一人であれだけのものを注文してきたのだ。そのインパクトのせいで覚えていた。

 

「あ奴、東風天和(とうふうてんな)がおるからな。おい、天。カードを見せよ」

「……あぁ? カード? ……ギルド?」

「それ以外の何があるというのだ。しっかりせい。貴様はそのまま食していていいが、ギルドカードを我に渡せ」

「はいはい……っと、どこいったかな? ……ああ、あったあった」

 

 左手で器用に酒瓶のふたを開けてグラスへと注ぎつつ、右手で懐をまさぐっていく。その度に形のいいそれが揺れ、周りに座っているハンター達からため息が漏れる。しかし彼女はそれを気にした風もなく、取り出したそれを男へと手渡した。

 

「……おい、天」

「んー?」

「これは何だ?」

「ギルドカード。んくんく……」

「なるほどなるほど。貴様はこの『買い物リスト、フラヒヤ酒、泡盛、モガビール、七味ソーセージ、ポポノタン、ホワイトレバー、特産キノコキムチ、砥石、ホットドリンク、クーラードリンク。以下、お好み』と書かれた紙がギルドカードというのだな?」

「あれ? 間違えたん?」

「貴様は呑む以前から酔っているのか? それともボケたか? というかなんなのだこれは。どれだけ呑むつもりだ? ほとんど酒とつまみではないか」

 

 呆れたように言いつつ手にしたその紙を放り投げて彼女の顔へと突き返した。「ぶー、別にいいじゃん」と呟きながらまた懐をまさぐり、そして今度は間違えずにギルドカードを手渡した。

 間違いがない事を確認し、「戦うまでに気力だけは戻しておくのだぞ、天?」と言い残して受付へと戻っていく。「はいはい……」と手を挙げてひらひらと振り、左手でぐいっとグラスを傾け、並んでいる料理をがっつき始めた。

 

「待たせたな。あ奴のギルドカードだ。あの通り腹を満たしている故、サインは我が代わりに行うが、構わぬな?」

「え、ええ……まあ、はい。しかし大丈夫なのですか? いえ、ランク的には問題ないのですが……」

「ふっ、貴様の不安もわからんでもない。だが不安がる事は何もないわ。あ奴は腹さえ満たし、スイッチが入れば問題なく戦える。それ故にそこまでのランクへと上り詰めたのよ。この我が認めた剣士、それが東風天和よ」

 

 にやりと笑みを浮かべて何ら問題などないとばかりに豪語する。その表情に陰りなどどこにもなく、自身がありありと浮かぶのを見れば本当に問題なんてないと思わせてしまうだけの力があった。

 とんとん、と催促するようにカウンターを叩くと、受付嬢は慌てて依頼書を取り出し、カウンターの上に広げる。

 内容はリオレウス亜種、リオレイア亜種の討伐。

 場所は密林。

 内容に問題がない事を確認し、彼はそこに天王寺(てんのうじ)冥夜(めいや)と東風天和の名を書き記した。

 

「では天が食事を終え次第向かう事にしよう。……案ずるがいい、皆の者! 我らがしかとあのつがいを討伐してみせようぞ。我の道に敗北の言葉はない! つがいなど恐れるに足らぬわ! フーーッハッハッハッハ!!」

 

 腕を組み高笑いをする彼にハンター達の反応は二つだった。彼の事を知る者らは感嘆して盛り上がり、知っていても彼のそのテンションについて行けず引く者。知らぬ者らも何言ってんだ? と引いている者が多数だ。

 だがそれでも彼らは冥夜が纏う装備に恐れを抱いていた。

 なにせ彼が纏うのはバンギスシリーズ。

 頭装備であるバンギスヘルムは外されているが、それでも彼が纏う装備が放つ威圧感はただ事ではなかった。肩当てには鋭い棘が生え揃い、腕や足にも小さい突起が生え、腰にはまるでチャンピオンベルトのようなものが巻かれている。そして色は全体的に濁った緑色のような色合いで統一されている。

 これだけならばまだいい。男性装備としてはあまり珍しくもないような外見だ。

 しかし使用されている素材が特別だ。

 

 恐暴竜イビルジョー。

 

 獣竜種に分類されるこの竜の危険度は古龍に匹敵するとされるほど恐れられている。通称が恐れられ、暴れる竜という名を冠するだけあり、保有する特性は飢餓。

 常に飢え、獲物を求めて各地を彷徨うこのモンスターの生態は完全に判明しておらず、遭遇すれば逃亡せよ、とハンター達に通告されるほど危険な存在だ。

 モンスター、人を問わず目に映るもの全てを捕食し、喰らい尽くしていくとされ、小型モンスターだろうと大型モンスターだろうと襲い掛かっていくため、生態系のバランスが崩れて絶滅へと追い込んだ事例が少なくなく、更に住処を定着しないためどこにでも現れる。

 例え極寒の地である凍土であろうが、灼熱の地である火山であろうが現れるため、不安定とされているフィールドに赴く上位、G級ハンターはイビルジョーの影に注意しなければならないとされている。

 中にはイビルジョーに遭遇し、命からがら逃げだしたハンターがそのトラウマのためにハンターをやめてしまうものもいるくらいだ。それだけイビルジョーとは人々に恐れられる危険な存在なのだ。

 そんなイビルジョーの素材で作り上げたバンギスシリーズ。

 これを纏うという事は、冥夜はイビルジョーを討伐しているという事だ。だからこそ彼の自信は真実味を帯びる。そして彼に同行するであろうあの天和も相当な実力者に違いない。そう感じられるハンターは彼がクエストを受注する際に遠慮し、彼へとクエストを譲ったのだ。

 

「……冥、うるさい。飯がゆっくり食えない」

「いや、ゆっくり食うでないわ。少し急ぎで食せよ。貴様ならばそれほどの量、数分で食せるであろう?」

「出来るけど、こういうのは味わって食べないとね。んぐ、んぐ……」

「やれやれ……困った奴よな。ならば我も少し頂こうか」

 

 嘆息して天和の対面に腰掛け、「給仕! 小皿と箸、グラスを持てい!」と呼びかける。それに応えてウエイトレスが走りだし、準備を進める傍ら、天和は席に着いた冥夜をじっと見つめて小声で呟いた。

 

「食うの?」

「食わねば話にならぬであろう? でなければいつまでたっても狩りに行けぬわ。待つのは良いが、しかし我をあまり長く待たせるものではないぞ?」

「……はいはい、わかりましたよ。んく、ふぅ……」

 

 仕方ないな、と首を振り、天和は少しでも料理を多く食べれるようにペースを上げてくる。それを見てにやり、と冥夜は笑みを浮かべ、運ばれてきた小皿などを受け取って自分なりのペースで料理を摘まんでいった。

 それでもまだまだ料理は多くある。なにせざっと見て五人分くらいは運ばれてきている。明らかに一人では食べきれない程まで頼んでいる天和ではあるが、彼女は余裕でこれを全部食べきれるだろう。

 それだけでなく酒瓶も五本はあるか。既に一本消費しているのは流石だろうが、それでも彼女は酔っている気配がない。最初に見せていた気だるげな瞳は、まるで活気が入ったかのように意志を少しずつ宿していた。

 空腹で気だるげにしていたのか、あるいは酒が入った事で逆に目覚めてきたのか。

 それは彼女にしかわからない。

 そして二人は数分かけて料理を食べきり、酒も消費して酒場を後にしていった。その足取りは大量の酒を消費したにもかかわらずあまりふらついていなかった。とはいえ冥夜の方は流石に酒が少し回っていたのか、懐から酔い覚ましのドリンクを取り出して飲んでいたようだが。

 

 

 ○

 

 

 日も暮れた森の中。木々は空を覆うように枝葉を伸ばし、月の光も遮って深緑の天井を作り上げる。視界は悪くこんな所を人が歩けば足をとられて転倒してしまうのは必然の出来事だろうという世界で、一人の人物が佇んでいた。

 決していいとは言えないその世界で、その人物はただ一点を見つめ続けている。視線の先には一つの小屋があり、淡い灯が灯っていた。どうやら誰かがあそこにいるらしい。

 

「…………」

 

 手には一つの武器が握りしめられ、いつでもそれを振るえる状態にある。夜風が穏やかに森の中を吹き抜け、髪が柔らかく揺れる。顔に少し髪がかかるがそれを気にする事もなく、一歩、また一歩と足音を立てずに小屋へと近づいていく。

 だが突如その歩みが止まり、視線が横へと逸れた。

 

「……っ」

 

 続けてその場を跳び退くように勢いよく背後へと跳び、地面を滑るように着地した。

 見れば先ほどまで立っていた場所にはもう一つの人影がある。紫色の長髪をした竜人族の女性だ。紺色の和服に身を包み、じっとその蒼い瞳を小屋へと向かおうとした人物を見据えていた。

 

「これはこれは……驚いたよ。襲撃者が、こんな可愛い子だったとは」

「…………何者や?」

「さて、何者かな? それは私も訊きたい事柄ではあるね。君はどこの誰かな? あそこにいる人を襲おうとしていたようだけど」

 

 くいっと親指で小屋を示し、微笑を浮かべるもそれに対して襲撃者は無表情だった。じっと様子を窺うように竜人族の女性を見つめるだけだ。どうやら気配を消して近づいていたのに、同じように気配を消していつの間にか接近していたことに驚いているようだ。

 そうして、はぁ、と息を吐き、困ったように首を傾げる。

 

「……失態やなぁ。まさかこんな所で見つかるなんて。いったいいつからウチをつけてたん?」

「うーん、質問のキャッチボールとはこれいかに? せめて会話のキャッチボールをしようよ」

「残念やけど、する気はないな。こっちとしてはさっさと離れたいところや」

「これまた残念だけど、こっちとしては逃がす気はないなぁ。大人しく捕まってくれないかな?」

 

 一歩踏み出せば、襲撃者は一歩下がる。

 

「またまた残念やけど、捕まる気はさらさらないわ。尻尾を巻いて逃げさせてもらうで」

「更に残念だなぁ。ようやくキャッチボールが成り立ったかもしれないところで逃げられるのは困るよ。……仕方がない、力ずくでやらせてもらうよ?」

 

 お互い出方を窺いながら言葉を投げ合ったが、終わらせたのは奇襲を仕掛けた竜人族の女性だった。一瞬身を屈めて力を溜め、一気に距離を詰めて攻撃を仕掛ける。

 それを左手に持つ武器で防御しつつ、放たれた回し蹴りを横に跳ぶ事で威力を軽減させた。追撃してくる彼女から逃れるため一度背後へともう一度跳び、そして手にしている武器を抜く。

 その際刃に一瞬で纏われた気が刃となって放たれ、追撃を仕掛けてくる彼女へと牽制する。だがそれは牽制にはならなかった。その気刃の動きを見切り、軽く横に跳んでその軌跡から逃れて接近する事をやめない。

 

「その動き……ただの武人やないな? ほんまに何者や……」

「知りたければ、勝つ事だね!」

 

 抜いた剣を鞘に収め、居合い剣術で女性を近づけさせない。放たれる気刃と振るわれる刃が壁となり、襲撃者の身を守る。その範囲内に踏み込めば斬られる事になるのだが、彼女はそれでも前に出て踏み込んでいく。

 

「はっ!」

「……く、やるやないの……」

 

 気刃を躱し、振るわれる刃の軌道を読み切って接近する事をやめない女性に戦慄する襲撃者。これほどの実力者がまだいたとは思わなかったようだ。纏う気に揺らぎが発生している。

 

「その外見、偽っとるな? しかも内包する気……魔力……なるほど、何もかも偽りやな? これは増々まずい状況か……こんな所で化物(ばけもん)に会う事になろうとは……ウチも焼きが回ったなぁ」

「諦めるのかい? じゃあ大人しくしてくれるかい?」

「やからって諦める程、ウチは弱くはないんや。……破ッ!」

 

 強く大地を踏みしめた瞬間、放出された気がうねり、土埃を巻き上げる。それは襲撃者を中心から女性へと襲い掛かり、彼女の視界を奪ってしまう。続けて発生する強風によって土埃は周囲へと広がっていく。

 それはまるで突発的に発生した砂嵐。

 森の中で発生したそれは女性だけでなく周りの木々を傷つけていく。たまらず腕を使って庇うが、襲撃者はその中で逃げ出した。襲撃者にも細かな粒が襲い掛かっているはずだが、どうやら手にしているそれで身を守っているらしい。

 

「まったく……面白い事をしてくれる。しかし、それだけで私から逃げられると思わないことだよ!」

 

 顔を庇っている腕を力強く振るい、その瞬間砂嵐は嘘みたいに吹き飛ばされてしまった。周囲を覆い隠し、傷つける砂嵐を吹き飛ばす程の一瞬の強風。砂嵐だけでなく枝や葉っぱを吹き飛ばし、闇の中に舞い踊る。

 悪い視界の中で彼女はしっかりと逃げていく襲撃者の背中を見つめていた。

 それからは一瞬だった。

 彼女は木々の幹を跳び回り、一気に離れた距離を縮めていく。

 近づいてくる女性の気配と僅かな音を感じとり、襲撃者は背後を振り返った。そして舌打ちする。まさか目くらましになるのは数秒程度になるとはどれだけ強いのか。

 いや、逆に自分が弱いだけなのかもしれない。

 まさかこれほどの強敵に出くわすとは、と一瞬でも喜びはしたがその代償が大きかったようだ。

 

「まだ、終わるわけには……!」

 

 憎々しげに漏らしたその一言。

 その願いを打ち砕くかのように、女性が襲撃者の背後から跳躍してその体を捕えようと手を引いたその瞬間、

 

「――はっ、運がないね。こんな所で見つかるなんて、さ」

『っ!?』

 

 どこからかそんな声が聞こえ、二人が息を呑んだ瞬間、襲撃者の姿が消える。

 いや、消えたのではない。あまりにも素早く動いたのだ。

 襲撃者が、ではない。襲撃者の体を抱えた何者かが通り過ぎ、女性が地面に着地したそこから数メートル離れた木の傍へと移動していた。その鮮やかな動きに女性は思わず息をつく。

 そこにいたのは奇妙な女性だった。

 この闇の中に溶け込むかのような漆黒の長髪に同じく漆黒の外套を纏う女性だ。外套はボタンが止められているため下にある服装は見えず、女性の体つきも隠しているが、その顔付きと声から女性という可能性が高い。

 疑問を感じるのは彼女の顔の左半分には白い骸の仮面が嵌められているのだ。それが闇の中に不気味に浮かび上がっている。

 

「……何者だい?」

 

 その突然の出現に女性はそう問わずにはいられなかった。

 

「さあ、何者だろうね? かといって名乗ろうなんて、ことは思っちゃいないですけどねぇ。……でも、今ここであたしが姿を現すのは、予定外なんですよね。まさかあんたがここに来るなんて想定外の事、なんでしてねぇ……悪いけれど、そのまま回れ右をして、消えてくれません?」

 

 奇妙なタイミングで言葉を区切りつつ喋る彼女。最後に可愛く小首を傾げながらそう持ちかけるが、当然これも女性が認めるはずもない。今まで以上に鋭く目を細め、新たに乱入してきた女性……その出で立ちからして暗殺者を思わせる彼女を睨み付ける。

 だが殺気が混ざるその視線を受けながらも、暗殺者は涼しい顔で微笑を浮かべるだけだった。そうして佇みながらとん、と肘で襲撃者の体を小突き、

 

「ほら、今の内に行くと、いいさ。ここはあたしが引き受けるんでね」

「……すんまへんなぁ」

「なぁに、気にする事はないさ。予定外だからね、構いやしないさ。……おっと、動かないでくださいよ? 動いたら――――手違いで殺してしまいそうになるじゃないですか」

 

 背後にいる襲撃者を庇いつつ、暗殺者が取り出したのは少し反り曲がった漆黒の短剣だった。器用に指先で柄を弄り、くるくると回転させると、その刀身に沿ってぺろりと赤い舌をなぞらせていく。

 それを見た瞬間、女性は悟る。

 あの暗殺者は危険な存在であると。

 強いとかそういう問題ではない。いや、実力者である事は襲撃者を回収したその動きで悟ったが、あの目であのような台詞を吐いた瞬間、普通じゃない何かを感じ取ったのだ。

 そうして驚いている間に襲撃者はまた森の奥へと消えていく。決して逃すわけにはいかなかったが、しかしそうするためには目の前にいる暗殺者を何とかしないといけない。

 にやにやとどこか楽しげな笑みを浮かべたまま彼女は短剣をくるくると回転させている。そうしたかと思ったら舐めた事で少し濡れた刀身を指先でなぞって遊んでいる。完全に女性を舐めきった余裕を見せている。

 だというのに隙がない。

 隙があるように見せて隙がない。

 何者かという事も問題だが、これほどの実力を持つ暗殺者なんて聞いた事がない。

 だが、仕掛けるしかないだろう。そう結論付けて身構えた瞬間、彼女の姿が消えた。

 

「――っ!?」

 

 高速で動いたのではない。

 文字通り、消えた。

 目を離したわけでもないのに、視界から消え去った。その事に驚いている間に、暗殺者は女性の側面へと歩きながら(・・・・・)現れる。それに反応して肘打ちをするが、彼女は顔を逸らしてそれを躱す。

 続けて放たれる蹴りも数歩下がるだけで躱し、にやりと笑みを浮かべる。

 

「おや? 弱くなりました? まさかあたしの動きが見えなかったとでも?」

「……消える、魔法かい?」

「魔法? ……はっ、魔法ですか。確かにそう感じ取ってしまうのも仕方ないでしょうね。でも違うんですよね。これは魔法じゃない」

 

 そう言いながらまた彼女の姿が消える。闇に溶けるようなその美しい黒髪も外套も、闇に浮かぶような白い仮面も、まるで最初からそこになかったかのように消えてしまったのだ。

 その流れをしっかりと見ていたのに、やはり女性は彼女を黙視する事が出来ない。これはまるで霞龍オオナズチを前にした時のよう。あの古龍もまた周囲に溶けるように自分の姿を消す事が出来る。

 先ほどまでそこにいたはずなのに、どういうわけか目視できないという能力を保有しているのだ。だが完全に消えたわけではない。触れれば確かに感触がそこにあり、つまりは見えていないだけの話だ。

 この暗殺者もまたそれと同じ原理で消えているのではないのか?

 ためしに拳を打ち出してみたが、側面から弾かれるような感触がした。やはり見えていないだけで触れる事は出来るようだ。まさに暗殺者としては好都合な力だろう。

 

「そういう能力か……!?」

「正解。なかなか面白いでしょう? 稀有な能力なんでね、重宝しているんですよこれがね。ああ、それに頼りっきりというわけでも、ないんだよね。それじゃあ楽しくないじゃないか」

 

 そんな声が聞こえたかと思うと、女性の背後に回り込んでいた暗殺者が姿を現した。瞬間、反射的に気で守った腕で顔を庇えば、そこに短剣が振るわれる。しかしそれでも薄く着物と腕を切り裂き、僅かに血が流れ出る。

 舌打ちしながら女性が一度距離をとるように後ろに下がるも、暗殺者は唇を舐めながら妖艶に微笑む。それは美しくも冷たい狩る者の笑みだった。溢れ出る色気と残忍さが同居する暗殺者。一体何の冗談だ。これほどまで恐ろしい暗殺者がいたのか、と女性は冷や汗を流しながら苦笑するしか出来ない。

 そして彼女を睨みながら一つの話を思い出す

 

「宵闇に溶ける黒と白。振るわれる黒き刃が武神を退ける。……まさか衛宮天羽が逃亡に成功した際に現れた戦士かい?」

「……はて、何の事やら? そんな事より、続けるのかな? あたしとしては別にそれでも構わない、んですけどね? ああ、その際はそこに隠れている人も混ざってくれると、なお嬉しいんだがね?」

 

 また短剣をくるくると回しながら視線が横へと逸れていく。その先には金髪の女性が弓を構えていた。番われている矢はしっかりと暗殺者へと向けられており、いつでもそれを放てる状態にあった。

 気配を消して近づいていたというのに容易に気付かれている。

 弓を構えている女性へと流し目を送った瞬間、その金色の瞳から放たれる鋭い殺気に女性は息を呑んで冷や汗を一筋流してしまう。

 

「……この程度で折れるんで? これじゃあ楽しめそうにないね。ま、いいですよ。どうやら時間稼ぎは出来たみたいだからね」

 

 くっく、と低く笑いながら二人から離れるように背後へと跳び、木の傍へと寄って回転させていた短剣を腰にある鞘へと納めてしまう。やはりというべきか自分が戦う事であの襲撃者の後を追わせないようにしたようだ。

 完全に逃げ切ったのを頃合いとして切り上げるつもりらしい。

 とはいえ戦いを楽しもうという言葉もまた少し本気だったのかもしれない。なにせ余裕を見せつけながらもどこか楽しげな雰囲気があったのだ。根っからの戦闘狂なのだろう。

 見てくれは暗殺者の雰囲気だというのに戦闘狂とはこれいかに? と思わないでもないが、そんな事を訊いてもこの人物はなにも答えちゃくれなさそうだ。

 

「君はあの子とどういう繋がりがあるのかな? あの子を指揮する立場かい?」

「さあ? あたしから話せることなんてなんにも、ありはしないね。……ああ、でも一つだけ記念としていい事を教えて、あげようじゃないか」

 

 組んでいた右手を頬に当て、またぺろり、と妖艶に唇を舐めながら冷たい笑みを浮かべるその様は同性ながら美しく感じずにはいられない。不気味に見えるその白い骸の仮面に隠されていても、半分だけ覗かせるその素顔は彼女の美しさを完全に殺してはいなかった。

 だからこそ逆に恐ろしい。

 まるで人ならざる者の美しさのようで、それ故に人ならざる者の恐怖がありありと見せつけられているかのよう。

 素顔と骸の奥からぎらつく金色の瞳が二人を貫き、そして彼女は言う。

 

「――お前は、いずれ死ぬ。お前の前に現れる一人の戦士の手によって、ね」

 

 それは、死の宣告だった。

 告げられたのは紫色の髪をした竜人族の女性。宣告された女性は息を呑み、しかし強い意志を消すことなくじっと一方的に宣告してきた暗殺者を見つめ続ける。

 

「どういう……事かな?」

 

 そして暗殺者はさっきまで混ざっていた丁寧な口調が完全に消え、見下すような眼差しと共に宣告を続けていく。

 

「言った通りの意味さ。お前は死ぬ。長い時を生き続け、その力を保ち続けたようだけど、ついに死ぬ。よかったね、ようやく、死ねるよ?」

「私を殺す存在がやってくる、という事かい? 君ではなく?」

「……あたしがやりたいところだけど、残念ながらお前を殺したい奴がいるんでね。譲ってやることにしたのさ。その時を楽しみにしてるといいよ。実におもしろい奴がやってくるんでね。まあ死なないように気をつけな? 奴は、本気でお前を潰しに来るからね」

 

 とんとん、と自分の首を手刀で叩き、笑みを浮かべながら彼女は嗤う。それが実に楽しみでならない、という風に。だがそんな彼女の姿がまたしても闇に一瞬で消える。続けて彼女の放っていた殺気が消え去り、後には静けさだけが残された。

 先ほどまで暗殺者が立っていた場所をじっと見つめながら、彼女はただ無言で拳を握りしめる。

 頭の中には様々な事が渦巻いていた。

 辻斬りと思わしき者。

 それを助けに現れ、意味深な事を言い残して消えた暗殺者。

 そして彼女が口にした自分を殺しに来るであろう何者か。

 

「……大丈夫です?」

「……ああ、大丈夫だよ。すまないねルーシー、囮なんてさせてしまって」

「いえ、それは構わないです。しかしあの言葉……本当なのですかね? あなたを殺しにくる、なんて。そんなバカみたいなこと……」

「……どうだろうね。命を狙われるなんてことは経験があるから何とも言えないけど、今度は何とかなる……とは言い難いね。宣告してきた相手が相手だし」

 

 困ったように微笑を浮かべながらも、彼女は自分を狙いそうな人物を記憶の奥から引き出そうとする。しかし候補となる存在はどこにもいなかった。恨まれるようなことは……あるだろう。六年前の大事件のおかげで少々旅をするのが不便になってしまったが、こうして宣戦布告し、確実に自分を殺すだけの力量を持つ戦士、となれば候補に心当たりがなかった。

 自分の知らないところで凄まじい実力を手にした存在がいるのだろうか。あの暗殺者のように。

 となれば少し気をつけるに越したことはないだろう。

 

「やれやれ……また、とんでもない事が起きそうだね」

「いえ、もう予兆となる事はいくつか起こっているです」

「……そうだね。辻斬りに領主の死、蛇竜種の活性化にリオ夫婦の活性化……。これらの先に起こるべき事……今はまだ何も見えない。これはいずれ彼らに協力を求める事になりそうかな」

「もしや、再び表舞台に出すのです? よろしいのです? 彼らは……ずっと隠れ住んでいるというのに」

 

 驚いた表情を浮かべるルーシーと呼ばれた金髪の竜人族の女性。そんな彼女の反応は当然のものだろうが、それでも紫色の髪をした竜人族の女性は厳しい表情を浮かべたまま首を振る。

 

「私が信頼する腕利きのハンターとなれば恥ずかしながら君と彼らしかいない。……もしかすると、噂を聞いて既に陰で動いているかもしれないけれど、それでも時期が来ればまた共に戦う事になるかもしれない。……もし、私が本当に殺されることになれば――」

 

 そこで一度目を伏せ、意を決したように彼女は天を見上げる。木々の葉によって覆い隠されているが、それでも彼女はその先にある星空を見上げた。

 同じ空の下にいる彼らに思いを馳せて。

 

「――その時は、彼らに後を託すことにするよ」

 

 かつて自分が鍛え、共に戦った仲間達。

 彼らを再び表に出すのは忍びないが、それも選択肢の一つだろう。出来るならばそれをしたくはないが、そのためには死なないようにしなければならない。大人しく殺されてやるわけにはいかないが、最悪を想定しておく備えをしておこう。

 そんな彼女を心配そうな眼差しで見つめながらルーシーはぎゅっと手を握りしめるのだった。

 

 

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