集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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32話

 

 

「この気配……現れます」

 

 木々に隠れていた空が北の空を見上げると、その視界の先にある山の向こうから一つの影が飛行してくる。それはリオレウスだった。空の王者が悠々と飛び、二人が隠れている森へと接近してくる。

 彼の妻であるリオレイアは既に森の中におり、体を休めながらジャギィを捕食し、糧としていた。

 あの後二人は気を取り直して鳥が捕捉したつがいの一組の様子を見に行くことにした。しかしいざ現場にやってくるとリオレウスはそこから離れており、リオレイアがああして休憩していたところだった。

 そこで二人は待つ事にした。

 そうしてから十数分、リオレウスが帰還してきた。

 見れば足にはアプトノスが握られており、リオレイアの下へと滑空をして着陸態勢に入っていく。アプトノスは既に事切れており、リオレウスに気づいたリオレイアが出迎えるように一鳴きする。

 アプトノスの死体を離し、二頭で分け合うようにその体へとかぶりついていくそのつがい。仲睦まじい夫婦である事が見て取れる。

 

「危険性はなさそうだね」

「そうですね。となればもう一組の方へと移動しますか?」

「うん、何もなさそうだし移動しよう」

 

 敵意がないし、近くに人里があるわけでもない。あの村からはかなり離れた上に腹が満たされれば人を襲う事もないだろう。ならばもう一組のつがいの様子を見て今日の探索は終了としよう。

 そう思って移動しようとしたその時、空が表情を変える。いや、いつもクールな彼女の表情の変化はわかりにくいものだが、その目つきが鋭くなったように海は見えた。

 

「海様、何者かが高速で接近中です」

「なんだって? どこだい?」

「南の方角、約一キロ。真っ直ぐにこちら……というよりあのつがいへと接近しています」

 

 彼女が放っている鳥から得られた情報だろう。ここを中心として彼女は周囲に使い魔の鳥を数匹放ち、飛行させて状況を探っていた。その索敵の網に引っ掛かった一人の人物。

 それに気づいた瞬間、鳥を動かして追わせているようだが、その何者かの疾走はあまりにも高速だった。

 

「性別、年齢……外見共に纏うローブとフードで判別は難しいですが、その疾走から手練れと判断」

「つがいに向かっているという事はハンター?」

「不明です。武器はまだ見えま……いえ、ローブの中に手を入れました。取り出したのは……槍?」

「槍?」

 

 槍というと細長い棒の先に刃がついているあの槍?

 それともハンターが使うあの大型の(ランス)だろうか。

 そう考えていると、空ははっと息を呑み、「海様、ここから離れてください!」と背後に跳んだ。そのただ事ではない様子に海も従い、空に続くように背後へと跳ぶ。

 刹那、空を切って飛来してきたものが地上へと落下した。しかもそれはリオレウスの体を貫通し、地面に突き刺さったのだ。

 続いて地面が強く振動するだけでなく大きく割れ、亀裂に沿って割れた土が吹き飛ばされ、舞い上がっていく。

 突然の攻撃にリオレイアが驚きの声を上げ、リオレウスは苦痛の声を漏らす。

 背後に振り返れば落下してきたのは槍だった。

 まさか離れた所から投擲してきたというのか? そんな、馬鹿な。

 

「悲しいなぁ、平和に食事をしているところにこの奇襲。実に悲しいねぇ……このオレに狙われたんだから、さ」

 

 そんな声と共に森を越えて一つの人影が降り立った。彼が手をかざせば投擲した槍がその手へと戻っていく。それを握りしめ、数度回転させて構えると、現れたその敵にリオレイアが振り返る。

 

「グルルルッ……!」

「はーい、というわけで、さ――死んでくれ」

 

 冷たくも暗い笑みを浮かべて顔を上げ、ぎらりとリオレイアを見据えたその人物のフードがリオレイアの咆哮によって生まれた風によってめくれ上がる。

 現れたのは黒い髪をオールバックにし、碧眼をした中性的な東方人だった。恐らく……少年だろう。というか、以前タンジアの港の酒場に見かけた少年だったような気がする。

 二人が見守る中、彼は手にしている槍を構えたまま一歩前に進んだ。それに反応したリオレイアが彼に向かって火球を放つ。だが、

 

「迅気、纏」

 

 呟くように言葉を漏らすと彼に黒いオーラが包み込んでいった。続けざまに腕がぶれたかと思うと、彼を飲み込むはずだった火球が霧散した。彼が振るった槍の風圧によって切り裂かれたのだ。

 更に彼は歩みを止めず、にやりと笑いながら槍を回転させながら歌うように言葉を紡いでいく。

 

「角気、収束。一点突破――槍術が一、破岩!」

 

 そうして回転する槍に黄土色のオーラが纏われ、それは切っ先へと収束していった。その槍を両手で構え、強く大地を踏みしめながら彼は槍の基本を行使する。

 すなわち、高速で突く。

 ただそれだけだったのだが、その槍はリオレイアの額を貫いた。刃が額を守る甲殻に穴を開け、纏われたオーラがあたかも刃のように額から内部へと貫通していった。

 

「グ、ガガ……ッ……!?」

「おや? 死なない? ふむ、やるねぇ……一撃必殺にはならなかったか、オレもまだまだ……ん?」

「グルアアアアアァァァァッ!!」

 

 そこで最初の攻撃に苦しんでいたリオレウスが怒りの咆哮を上げる。その殺気と怒号にあてられて顔をしかめる少年ではあったが、しかし耳を塞ぐようなことはせず手にしている槍を再び構える。

 飛びかかってくるリオレウスを躱し、一撃突き上げるがそれでリオレウスが止まるはずもない。彼へと火球を撃ち出しながら後ろに下がり、低空飛行へと移る。火球を躱すために横へと跳び、左手を地に付けて身を屈め、リオレウスの下へと潜り込むように飛び出した。

 当然リオレウスはそれを捕まえるために潜り込んでくる少年へと足でひっかき、鋭い爪をねじ込もうとしたが、それよりも早く彼は背後へと回り込んでいた。

 そのまま振り返りつつ槍を両手で握りしめ、ぐっと体を捻りながら槍を引く。

 

「槍術が一、天衝!」

 

 勢いよく突き出された槍はまさに天を衝く一撃だった。纏われている黄土色のオーラが渦を巻きながら切っ先、更にその先へと刃となって放出され、リオレウスの尻尾から背中に向かって衝撃が伝わっていく。

 悲鳴を上げて墜落するリオレウス。そんな奴の頭上へと位置取るように跳び、高速の連続突きを弱点である頭へとお見舞いしてやった。がりがりと削られていく褐色の甲殻から次々に血が噴き出し、最後のとどめの一撃とばかりに強く突き出した瞬間、リオレウスは力尽きてしまった。

 それで止まらず、彼は空中で何かを蹴って移動し、今度はリオレイアの頭上を取って今度は一撃でリオレイアの頭を刺し貫き、とどめを刺してしまった。

 あまりにも鮮やかな動きと鋭い攻撃。敵の急所を狙っての攻撃を繰り返し、一瞬で討伐してしまった。

 

「……何者? 明らかに普通じゃないけど」

「データにありません。あのような戦士は初めてです」

 

 息を呑み、状況を見守っていた二人はあの少年の事をよく観察することにする。あの顔、まず間違いなくあの時見た少年だ。一人で行動する事を対面に座っていた男に願い出た後、酒場を出ていった少年だろう。

 槍を振るう前に纏っていなかったオーラに秘密があるのではないだろうか。だがあのような技術は見た事がない。しかもあのオーラ、見間違いでなければあれは……。

 

「ふんふーん、さてさて、今回はどんなものかな?」

 

 すると少年はるんるんと鼻歌を歌いながら二つの死体を解体し始める。まずは尻尾を解体し、中にある肉から一つの紅玉を取り出していく。その精度を確認し、ほう……と息をついてうん、と頷いた。

 

「これはいい紅玉だ。素材として組み込んでおこう。じゃあレウスの方は…………うん、こっちもいい代物。よーしよしよし、今回はアタリだったな。いいねぇ、嬉しいねぇ……」

 

 火竜の紅玉と雌火竜の紅玉を手にしてごきげんになっていく。確かにあれらは火竜の素材としてはかなり価値がある代物だ。一種の宝石のように紅く光るその玉には強い火竜の力が凝縮され、武具に高い力を与えてくれる。

 しかし高い力を持つが故になかなか見つからず、素材として出てくるのは上位以上の個体のみだ。それをローブの中に入れると土を払いながら立ち上がり、ぎろりと碧眼を動かして海と空が隠れている木へと視線を向けてきた。

 

「さて……いつまで見物しているのかな? 覗き見なんて趣味悪いぜ?」

 

 確実に二人がいる事に気づいていた。気配を消している二人に気づくとは、やはりただ者ではない。というか最近気配を消していても気づかれる事が多くなっていないだろうか?

 これでは忍失格じゃないか。忍べていなければ話にならないというのに。

 しかし二人は確実に気配を消し、息を殺している。それなのに気づかれる。それは彼の、彼らの気配察知能力が尋常ではないという事だ。

 

「悲しいなぁ、出てこないなんて……覗き見し続けるなんて悲しいじゃないか。そうやってかくれんぼされたらさ……引きずり出したくなるよ?」

 

 残っている黄土色のオーラを再び切っ先に集め、勢いよく横へと薙ぎ払う。放たれる気刃が周囲の木々を薙ぎ倒し、その豪快なあぶり出しに二人は枝を蹴って逃げ出した。

 しかし逃げたとしても彼は視線を動かして逃げる二人を見逃さなかった。ぐるりと槍を回転させ、更に気刃を放って追撃していく。

 

「くっ……」

 

 何とか横に体を捻って避けるが、横を通過していった気刃が背後の木々を切断していく。続けて少年は引いた槍を両手で構え、勢いよく回転させながら前に突き出した。すると渦巻く風が二人へと襲い掛かっていく。

 何とか生き残っている木の幹や枝に飛び移って回避しているが、冷たい瞳で二人の動きを追う少年は一度槍を薙ぎ払うと、空へと向かって跳躍して距離を詰めた。

 

「おやおや、なかなか可愛い娘だね。一体何者なんだろうね? 気になるところだけど……死んでくれない?」

「お断りします」

 

 振るわれる槍を取り出した小太刀で防御するが、あまりに強い一撃に腕が痺れ、顔をしかめてしまう。背後に吹き飛ばされるが、何とか後転して枝に着地するも、少年も幹に着地し、足を曲げて弾丸のように空へと追撃を仕掛けていく。

 そこに海が複数の苦無を投擲しつつ自分も接近した。当然反応した少年が槍を回転させて苦無を弾き飛ばしていくのだが、追撃を仕掛ける海の回し蹴りが命中する。

 

「苦無……ああ、おめぇら忍? 驚きだよ、こんな所で忍に会うなんて。いったいどこの忍?」

「答えるとでも?」

「ですよねー。じゃあ言葉はいらねぇや。語るなら武器を通じて語ろうか? とはいえ? オレの槍に耐えきれる程の腕はあるのかな? 迅気、収束。剣気顕現」

 

 ぐるん、と回転した槍全体に黒いオーラが纏われ、刃の前後にあたかも剣のように形を整えて固定された。そう、彼が言った剣と顕現という言葉に従ってそうなったかのようだ。

 そして迅気というのはやはり海と空が推測した通りなのかもしれない。

 となれば彼はかなり特殊な技術を習得している。しかもかなり稀有なものだろう。そんな技術を扱うなんて聞いた事もない。

 

「剣術が一、一断!」

 

 まるで槍を剣のように握りしめながら勢いよく周囲を薙ぎ払ってくる。すると纏われている漆黒のオーラの粒子が尾を引き、周りの木々を容易にバターのようにするりと切断していった。

 苦い表情を浮かべながら海がそれを回避するように跳ぶが、倒れていく木々が段々と襲い掛かってくる。それだけでなくへし折れた枝や木の葉が舞い上がり、障害物となってしまう。

 だがあんな大振りをすれば隙だらけだ。背後から空が小太刀を握りしめて突き入れようとしたが、反応した少年が背後に腕を回して槍で受け止めてしまう。続けて小太刀を弾くように回転させ、振り返りながら空の側面から柄で叩き落としてくる。

 何とか気を集めて鎧のように定着し、威力を軽減させたがそれでも振るわれた一撃はやはり重い。よく見ればその槍は良質の鉱石を使用した槍だった。恐らくカブレライト鉱石やドラグライト鉱石を使用し、モンスターの濃汁などの液体を使って加工した一品ではないだろうか。

 シンプルではあるがそれ故に安定した強度と切れ味を持つ。それを狙って作り上げられた槍だろう。

 

「止まっていると蜂の巣にするぜ?」

 

 痛みに顔をしかめてつい足を止めてしまったところを逃さず、引いた槍を高速で突き出してくる。それはまるで迫りくる刃の弾丸。まさしく空の体を散弾で蜂の巣にするかのように、目にも止まらない腕の動きで繰り出される無数の突きが空の体を容赦なく貫かんとしてくる。

 

「くっ、う……っ!」

 

 何とか小太刀で捌こうとした空ではあったが、小太刀が槍を弾くよりも早く槍が引き戻され、次の突きを放っているのだ。完全な戦士ではない空にとってその速さは完全に力量に差があった。

 鋭い刃が何度も何度も空の体を貫き、彼女の白い肌に穴を作り上げ、赤い血を噴き出させていく。

 

「やめろおおぉぉぉっ!」

 

 海が少年へと斬りかかるも、そんな怒りに任せた攻撃が通用する相手ではなかった。ちらりと横目で向かってくる海を捕捉すると、ぐっと引いた槍で振るわれる小太刀を弾き返し、石突で海の胸を突く。

 それだけで海の呼吸が一瞬止まり、肺から空気が吐き出されて膝をついてしまった。続けざまに振り下ろされる柄で肩を強打され、小太刀を落としながら地面に強制的に倒される。

 

「海様っ!?」

「が、ぐ……か、は……っ」

「ああ……弱いねぇ。うん、残念残念。もう少し手ごたえがあってくれてもいいんじゃない? こうして、遊んでやっているんだからさ? ちょっと、悲しいなぁ」

 

 遊び。

 確かに先ほどの戦いに比べたら今の戦いは彼にとって遊びなのだろう。

 何せあのつがいを相手にしている際は容赦なく急所、弱点を狙って攻撃を仕掛けていたのだから。先ほど空にした連続突きだって、心臓や額を貫けばそれで死んでいた。だというのに彼はあえてそれを外し、まるで空を痛めつけるように連続突きをしていたのだ。

 今だって隙だらけの海を見下ろしながら呑気に槍を右手に持ち、とんとんと肩を叩いているだけだ。

 空も体中を走りまわる激痛に顔をしかめて膝をついている。

 つまり、その気になれば二人を殺す事が出来る状態だ。

 

「まあいいや。残念だけど、お別れの時間だ」

「……くぅ、そうは……させません……っ!」

「んんー?」

 

 小休憩として弄っていた槍を再び構えたその瞬間、少年の眼前へと数枚の札が投擲された。既に文字は光っており、その効力を発揮しようとしている。

 それに気づいた時、少年の目つきが変わった。

 背後へと跳んだ瞬間、札から高温の火炎が放出される。翻る札の動きに合わせて炎もうねり、意志を持つかのように下がった少年を追っていく。だがリオレイアの火球を切り払ってしまう程の腕を持つのだ。そんなものは時間稼ぎにもならなかった。

 回転させた槍で生み出される風によって少年へと火炎が届く前に次々と霧散され、続けて縦横無尽に振るう事で完全に消し去ってしまう。

 だがそれだけの時間があれば空がふらつきながらも海の前に立つ事が出来た。じくじくと痛む体を庇っているが、それでも彼女は彼を守るために立っていた。

 

「空……やめろ」

「……従えません。わたしは……あなたを守らねばなりません」

「命に代えても、とか言うなよ? そんな事……俺は望んじゃいないッ!」

「…………それでも、わたしはそれが役目です」

 

 海がふらつきながらも立ち上がるが、空は新たな札を取り出して前に出ていた。視界の奥にはそんな空を首を傾げながら見つめてくる少年がいる。とんとん、とまた槍で肩を叩いているようだが、その目には興味の色合いが浮かんでいた。

 

「それだけ傷つきながらも守ろうってんだ。へぇ……恥ずかしくないの? 女に守られてさ」

「海様を侮辱する事は……許しません」

「事実だろうよ。それだけ傷つきながらも前に出てさ。……でも悲しいなぁ、それは残念ながら無意味なのさ。オレは、お前ら二人とも抹殺する」

「させません。このわたしが……そうさせない!」

「あ、そう。じゃあ仲良く死ね」

 

 淡々と告げて地面を蹴り、槍を引いて空へと真っ直ぐに向かっていく少年。だが突如彼はブレーキをかけて地面を滑った。それに空は舌打ちし、しかし札を手にしていない左手を引く。

 すると少年が手にしている槍が何かに引っ張られるように傾いた。

 それに抗うように少年が槍に纏わせている黒いオーラを操作し、その原因となっているものを斬る。

 それは鋼糸だった。いつの間に少年の周囲へと張り巡らせていたのか、左手からは数本の鋼糸が伸びており、少年がもう数歩前に進めていれば全身を絡め取る状態へと陥れる事が出来たのだが、どうやら気づいてしまったらしい。

 そうして足が止まっているのを見越し、空は告げる。

 

「土遁、土石檻!」

 

 投擲した札が翻りながら光り、少年の周囲の地面が一気に盛り上がって彼の四方の逃げ道を塞ぎ、天井で繋がって閉じ込めてしまった。それから繋げるようにもう一枚の札を出汁、「陰術、霧隠れ」と告げればあの霧が周囲に展開していく。

 この傷で三回も術を行使したことで彼女の体力がかなり消費されてしまったらしく、荒い息をつきながら倒れそうになってしまう。そんな彼女を抱え、海は走り出す。

 このまま戦闘を続行する事は不可能だった。今は撤退を選択するしかない。深い霧が絶え間なく広がっていく中、彼は森の中へと入っていく。

 一刻も早くあの少年から逃げるために。

 

「……申し訳ありません……海様。手を煩わせることになってしまって……」

「そんなこと気にするな。……っつ、こんなになっているのに俺を庇おうなんて、無茶するな」

「しかし、わたしは……」

「役目だって? そんなことはわかっている。じいがそう頼んだ事だってわかっている。……でもな、俺としては許さない」

 

 石突で突かれた部分が鈍く痛み、顔をしかめるが堪える。自分よりも空の傷の方が痛々しいからだ。こんなになっても彼女は少年の前に立ちはだかった。自分の役割を遂行するために。

 背後で凄まじい音が響き渡った。どうやらあの檻が突破されたらしい。しかし次は常人には周囲の状況が把握できない程まで濃く、広がった霧がある。

 この中を突破してくるなんてことは出来ないだろう。

 そう、思っていた。

 

「――風牙気、収束」

 

 そんな声が強化した聴力によって聞こえた。その言葉の意味を理解した途端、海は勢いよく背後を振り返る。深い霧の奥、オレンジと群青色のオーラが彼が手にする槍全体に纏われていき、それを勢いよく回転させれば渦巻く空気が彼の周囲に集まっていく。

 

「槍術奥義が一、暴風!」

 

 刹那、彼を中心として凄まじい力で吹き荒れる風が発生する。

 それはまさに暴風。

 そして、竜巻。

 渦巻く風が振るわれる槍に従って咆哮し、森は悲鳴を上げる。

 折れた枝と舞い散る木の葉が風に乗り、人為的に引き起こされた暴風によって周囲が引き裂かれていく。それは当然展開されていた霧も同様で、竜巻によって巻き上げられて上空で霧散した。

 そうしてクリアになった視界の中、少年は槍を回転させながら周囲を見回し、そして見つけた。

 その瞬間の彼の笑みは今まで以上に歪み、狂気を帯びていたように見え、そして彼は無慈悲に槍を勢いよく前へと突き出す。槍に纏われたそのオーラの動きに従い、彼を中心として発生していた竜巻の一部があたかも槍のように放出される。

 空を切って進行するその風の槍は大地を穿ち、無残に草と土を巻き上げ、それらを取り込んでもなお直進する。

 

「くぅぅ……っ!?」

 

 回避している暇などどこにもなかった。海に出来たのは空を庇って自分の体に何とかそれを受けるだけだった。だがそれでも肩を貫き、肉を抉られる感覚が海に襲い掛かり、彼は声にならない悲鳴を上げる。

 

「海様ぁっ!?」

「ああああぁぁぁぁぁッ!? あ、が……はぁ……っ」

 

 その痛みにたまらず転倒し、左肩を抑えてうずくまる。左腕の感覚が怪しくなっていた。これは非常にまずいことになっているかもしれない。空が何とかしようとするが、彼女もまた絶え間なく出血し、頭がぼうっとし始めていた。どうやら血を流しすぎているらしい。

 そして、現実は無情。

 少年が数メートル先までやってきていた。

 

「悲しいけど、諦めなよ。知っているかい? 殺人鬼からは、逃げられない」

「……いや、それはどうかと思うんだけど」

「……くっく、ツッコむ気力はあるか。いいね、嫌いじゃない。……でも残念。悲しいなぁ、オレはいつまでも遊んでいるほど暇じゃない。次の獲物を探しに行かなくちゃならないんだよねぇ……」

 

 冷たく妖しく笑みを浮かべる少年が槍を構える。相変わらずそこにはオレンジと群青色のオーラが纏われ、まるで血を欲しているかのようにうねりを上げていた。

 これまでなのか?

 ここで、終わるというのか?

 それはすなわち、霧夜一族が終わるという事。そんな事、許されるはずがない。だが二人は抵抗する気力がほとんど失われていた。もし残っていたとしてもその抵抗がいつまで続くかもわからない。

 詰んでいる。

 そんな中でも空は何とか立ち上がろうと力を入れていた。彼女を突き動かすのは何としてでも主である海を守るという事。歯を食いしばりながらも彼女は体を震わせ、体中を赤く染めながらも立とうとしている。

 

「じゃあな」

 

 そんな彼女を嘲笑うかのように少年が槍を突き出そうとした――

 

 ――瞬間、彼の側面から炎が襲い掛かっていった。

 

「――っ!?」

 

 突然襲い掛かってくる火炎に何とか反応し、槍を振るって火炎を打ち払うが、それでも火炎は止まらず、舌打ちして彼は後ろへと跳んだ。そして火炎が発生した原因が森の中から飛び出してくる。

 それは褐色の鱗を纏ったモンスターだった。強靭な肉体と足を持ち、顔の周囲は鋭く尖った鱗が角のように伸び、尻尾の先端も鋭く尖っている。足の爪は鋭利に伸び、オレンジ色の瞳がぎろりと少年を睨み付け、唸りを上げている。

 サラマンドラ。

 火山に生息するアプトルの亜種だった。火山という過酷な環境に適応して進化し、暑さに強く寒さに弱くなった種族だ。また闘争本能が強くなり、雑食から肉食へと傾き始め、肉を喰らう事でエネルギーを多く摂るようになっている。

 内臓に火炎袋に近しい物を持ち、リオレウスに近しい炎のブレスを吐く事も可能になっている事も特徴の一つだ。

 古代では軍隊のために運用され、多くのサラマンドラが戦争のために育成されていたという記録もある。今でも一部の国ではサラマンドラを軍のために育成されているという話だ。

 そんな個体がどうしてここにいるのだろうか?

 視線を上げてみると、サラマンドラには一人の少女が騎乗していた。茶色い髪を黒いリボンで結んでポニーテールにし、猫耳を生やしたその少女……あの時酒場で見かけた人物ではないか。

 それに続いて森の中から飛び出し、少年へと殴りかかったのは金髪の青年。彼女に同行していた青年だった。

 

「おらあぁっ!」

 

 突然現れた新手に舌打ちし、槍で拳、蹴りを受け止めた少年が反撃するために槍を突き出すが、青年はそれを手で払ってカウンターを叩き込んでいく。明らかに手練れだ。その事に気づき、少年はにやりと笑みを浮かべる。

 そうして青年が少年の気を引いている間にサラマンドラに騎乗していた少女が飛び降り、海と空の容体を軽くチェックして舌打ちする。

 

「……これ、飲め」

 

 ローブの中に手を入れて取り出したのは黄色い袋。その中から丸薬を取り出し、一つずつ手渡してくれる。続けて水筒を取り出し、一緒に飲めとばかりに渡してきた。

 「ありがとうございます……」と礼を述べて海がそれを飲み、水で流し込んだ。続けて空も何とか飲み、水で流し込む。すると体の内側から活力が湧いてくるような感覚がする。

 自己治癒力が高まり、数か所の傷が塞がり始め、それが止血の役割を果たしていく。

 

「お前はこっちも飲め。増血剤。見たところ血を流しすぎているだろう? ああ、その前にこっちも飲んどけ。活力剤」

「……ありがとう、ございます」

「お前の左肩は……後で治療する。今は我慢しとけ」

「はい……。あの、あなた方は?」

 

 ぶっきらぼうに言っているが彼女はどうやら医術の心得があるらしかった。そんな彼女は一体何者なのか、気になるのも無理はない。だが彼女はまあ待て、と言うように手を挙げる。

 

「今は休め。あいつは猿が何とかする」

「猿……?」

 

 恐らくあの青年の事なのだろうが猿ってひどいあだ名だな、と思いながら青年の方へと視線を向けてみる。そこには先ほどまで自分達を一方的にいたぶっていた少年と渡り合っている青年の光景があった。

 無手だというのに高速で繰り出される連続突きを躱し、手で弾き、受け流し、彼からも高速で撃ち出される拳打で攻めている。

 

「このオレと戦える存在、か。くくっ……、いいねぇ、嬉しいねぇ……! この東方にまだこんな奴がいたなんてねぇ!」

「その喜び、なるほど、強者を求めるってか? やれやれ、お前もそういう性質かよ。だからって誰彼構わず斬りかかるってのはいただけないな。……それとも、まさかお前が件の辻斬りか、あん?」

「辻斬り? はっ、オレが? 悲しいねぇ、別にオレは辻斬りなんてしちゃいないさぁ。そこの二人は何となくやってみたかっただけの話さ。はぁっ!」

 

 気合を入れるように声を張り上げ、槍の速さをさらに上げて青年へと突き出していく。突然上がったスピードに一瞬驚くも、突かれたのは数か所だけ。すぐに対応して槍を捌いていく。

 両腕から微かに血が漏れるが青年は気にした様子もない。その赤い瞳はしっかりと槍の動きを捉えており、見逃すような愚は犯していなかった。そうして槍を見切り、強く弾いてカウンターを入れるように少年の胸を強く打つ。

 

「がっ、ふ……っ!?」

「捉えたっ!」

 

 バランスを崩したところを逃さずにくの字に折れる少年の首を手刀で打とうとしたが、抵抗するように槍が振り上げられ、地面に手を付いた少年が気力だけで後ろへと跳ぶ。

 荒い息を吐き、脂汗を流しながらも少年のその緑の瞳は戦意を失っていなかった。

 

「やってくれるねぇ……これからおもしろくなりそうだけど、おめぇ相手に二対一は厳しそうだし手を引こう」

「逃げんのか、辻斬り?」

「だからオレは辻斬りじゃねえと言っている。オレが求めるのは人の血じゃねぇ、竜の血さ。それも高い力を持つ血、宝玉。言うなれば竜に対する辻斬りかねぇ?」

「やっぱ辻斬りじゃねえか。なに言ってやがる」

「いやいや、人か竜かの違いがあるぜ? ま、それはいいか。また機会があればどこかで会いたいもんだよ。一応、名前を聞いておこうか?」

 

 ゆらり、と腹を押さえながら起き上り、じっと青年を睨み付ける少年。だが青年は動じず両手を広げてやれやれと首を振る。「おいおい、人に名を尋ねるならまず自分から名乗れよな?」と吐き捨てた。

 それを受けて少年ははぁ、と嘆息し、

 

武藤凪(むとうなぎ)。……偽名だけどな?」

「偽名かよ。いい根性してやがる。そんな野郎に名乗る名前なんて持ち合わせちゃいねえよ」

「そうかい。じゃ、もう話す事はないな。ここで退散させてもらうよ。迅気、纏」

 

 くつくつと笑いながら青年に背を向け、黒いオーラを纏って彼はめちゃくちゃになった森の奥へと消えていく。それを見送った青年は一度周囲を警戒するように視線を巡らせ、海達の下へと走り寄ってくる。

 屈みこんで傷の具合を確かめながら「こいつら、大丈夫なのか? ほむほむ」と隣にいる少女へと話しかけるが、「ほむほむ言うな」と少し怒りが篭った声で吐き捨てつつその顔へと裏拳を放った。

 とはいえそういう反応をする事はわかっていたようで手で受け止めながら「つれないねぇ……」とどこか悲しげな声を漏らしている。

 

「一応秘薬は飲ませた。でもこいつの左肩は手術が必要だろうな。一旦どこかの宿に行って処置しないといけない。こっちも絶対安静。血が流れすぎている」

「そうか。じゃあとっとと運んじまおう。ほら、肩貸してやるよ」

「は、はい……あの、助けてくれてありがたいのですが、あなた方は一体?」

 

 青年に肩を貸されて起き上りつつ海は問いかける。空の方も少女が抱き上げ、サラマンドラが屈んだところで鞍の上に乗せてやった。それに続いて少女も飛び乗り、手綱を握って「少し我慢しろよ?」と声を掛けている。

 

「なぁに、通りすがりの旅のもんさ。……よっと、これでいいか」

 

 にっと笑って海を背負うと落ちないように支えてやり、近くの村に向かって走り出す。その後ろから少女がサラマンドラを走らせて追いかけてきた。

 一時はどうなる事かと思ったが、まさに九死に一生を得たといえよう。どこの誰かは知らないが感謝してもしきれない。命の恩人だった。

 手当てを受けたら改めて礼を述べなければならない。

 そう思いながら海は青年の背中で過ぎ去っていく景色を眺めていた。

 

 

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