ユクモ村と言えば温泉。その日も鍛錬を行った瑠璃達は汗を流すために集会浴場にいた。坂の上にあるこの浴場はハンター達が利用する事が多いが一般客もそれなりにいる。
ハンターが多い理由は隣にギルド支部があるからであり、温泉に浸かった後にクエストに出たり、クエスト完了を告げた後にさっと温泉に入ったりする事が出来るからだ。
またこの温泉は特殊な粒子が含まれており、さっぱりするだけでなく活力を与えてくれる効果もあると言われている。
十兵衛と別れた三人は更衣室で一糸纏わぬ姿となり、浴場の中へと入っていく。ここは露天風呂でもあり、外を見れば柵の向こうに広がる広大な山々が見渡せるようになっている。
「ふぅ、いい湯だねぇ……」
「……その言い方、なんていうか……アレよね?」
「なんだい? 別にいいじゃないか。あたいは根っからの東方人なんだぜ? 風呂、それも温泉は結構好きなんだよ」
気持ちよさそうに温泉に浸かっている様は完全にリラックスしている様子だった。しかも一緒に体を洗っている時から気になっていたが、彼女は本当にいいプロポーションをしている。
結構高い身長をしていると同時に女性らしい膨らみをしているし、鍛え上げた体をしているために余分な肉が付いていない。
さばさばした性格をしているが体つきは見事な大人の女性というものだ。
「…………むむ」
瑠璃もこの六年で成長したつもりだが、やはり竜魔族という長寿の影響か外見的なものはゆっくりと成長していた。撫子の場合はこの歳で十分に女性として魅力的な外見をしていたようだが、瑠璃と茉莉はまだまだ成長途中の少女のようだった。
それでもある程度は膨らみがあるし、ウエストも引き締まっている。しかし昔から少し胸の大きさは隣にいる茉莉に負けていた。その代わりお尻の方は瑠璃の方が大きいのだが……それもなんというかコメントしづらいものがあった。
母親の花梨や姉の撫子のようになりたいと願っている瑠璃は、ハンターとしての実力だけでなく体つきも目標としていた。長い時間を掛ければ近づけるだろうが、それでもこの歳であの域に達していた撫子が少し羨ましかった。
そんな瑠璃の様子に気づいた茉莉がやれやれとため息をつきながら半目で瑠璃を見る。
「おー、瑠璃はもう少し余裕を持ったらどうです?」
「……別に余裕がないわけじゃないわよ」
「ほー? そんなもの欲しそうな目で桐音さんのおっぱいを見つめて、しかも自分のおっぱいに手を当てているのに余裕がないと?」
「ちょ、直球で言うなバカぁっ!?」
「むむ? では桐音さんのぱいおつを見つめながら自分のぱいおつ……」
「言い換えればいいってもんじゃないわよッ!? つーかなによぱいおつとか!?」
その白い肌が赤く染まって茉莉へといつものように噛みつくのだが、それに対する茉莉の反応もいつも通りだった。表情を変えず口元に僅かな微笑を浮かべながら全く動じず、「え? じゃあメロンの方が良かった……ああ、いや、瑠璃はメロンではなく……ふむ、どのくらいでしょうかね?」と手を当てて考え込み始めた。
そんな彼女にうがーっと吼えながら両手を振り上げるも、そこで桐音が彼女の肩に手を置いて引き留める。
「仲がいいのはいいことだけどさ、ここは温泉だぜ? 落ち着きなって瑠璃。ほら、他に客もいるんだからさ」
「む、むむ……」
確かにここは宿の風呂ではなく集団で使う露天風呂。離れた所には数人の女性客がいてちらちらと瑠璃の方を見ている。その視線に気づき、渋々と瑠璃は大人しくなって風呂に浸かった。
それに苦笑し、桐音は風呂の縁にある岩へと背を預ける。すると浮力で浮いてきたのかその白い山が二つ頭を覗かせる。すると隣にいる瑠璃はやはり視線をちらっと動かしてそれを見てしまった。
「そんなに気になるのかい? 別にそう気にするもんじゃないとあたいは思うけどね」
「ですよね。私達はまだまだ成長途中なんですから望みはあるのに、この姉はなんとも即物的で……」
「うっさいわ! もういい! この話題は終わり、終わりったら終わり!」
「……だったらそんな目で桐音さんのたゆんたゆんを見ないでいた方が……」
「たゆんたゆん言うなっ! 悲しくなるわっ!」
もう嫌だ、と言わんばかりに、顔を温泉に浸してぶくぶくと泡がそこから立ち上って弾ける。そんな彼女をどこか楽しげな視線で見つめる茉莉はいつも通りだが、桐音もまた同じような視線をしていた。
「どうです? 可愛いでしょう? うちの姉は」
「そうだねぇ……なるほど、茉莉の気持ちがわかってきたよ。これは……実に楽しいねえ」
「ふっふっふ、また一人、志を同じくする仲間が増えました」
ぶくぶくと弾ける泡の上で二人の手ががっしりと握りしめられる。ここに一つの同志が生まれたのだが、それを断ち切るように瑠璃が勢いよく顔を上げて息を吸いこみ、同時に結ばれた手を強制的に断ち切った。
「妙な結束を作んなぁッ!?」
あの日リオ亜種夫婦の討伐クエストを達成し、ユクモ村へと戻ってきた四人は渓流で一泊し、ユクモ村へと戻っていった。酒場へと向かって報告すると、そこにあの迅雷と名乗った青年が現れる。
依頼主である彼がクエスト達成の報を聞くと、ふむ、と小さく頷きながら四人を見回した。まるで値踏みするかのような視線であり、その視線で見つめられたことで瑠璃が少し不快感を見せるような視線で迅雷を睨み付ける。
「ご苦労だった。そら、報酬金だ」
だがその視線を気にした様子もなく懐から金が入った袋を取り出してカウンターに置いた。まるでどうでもよさそうな言い方に瑠璃の感情が少し弾けた。
一歩前に出ると高身長な彼を睨み上げて口を開く。
「ちょっと、何よその言い方は? そんなにあたし達がこれを達成したのが気に食わない訳? 本来頼む相手じゃないから!?」
「…………ふん、それは一応あるな、娘っ子」
瑠璃の言葉を否定せず、しかし動じずに彼は腕を組んで続ける。
「気に食わないというより、お前達の実力がやはり低いと感じたのだ」
「な……っ、どういうことよ!?」
「あの亜種のつがいを相手によく戦って勝利した、と思っているようだが? ぬるいな、お前達はどういうつもりかは知らぬが、上位の世界に完全に飛び込んでいるわけではないらしい。その装備もそれを示しているようだしな? その体や装備の傷の具合……まあまあ立ち回れた、という風か?」
「くぅ……っ!」
見下したような視線が瑠璃と茉莉を貫いていた。なにせ彼女らの装備は強化しているとはいえまだ下位の物。言い返せるものではなかった。
しかしそれでも自分達は戦った。戦って、協力して、勝利を掴んだのだ。その事実は変わらない。それをも否定されるわけにはいかなかった。
「ハンターでもないあんたに言われたくはないわ!」
「……はっ、確かに
その言葉に瑠璃だけではなく茉莉、桐音も反応する。
迅雷からはただ者ではない気迫を感じていたが、今の言葉は聞き捨てならなかった。武人のくせに竜を討伐した事がある、なんて信じられない。そんな事が出来るのは一握りの武人だけだ。
「信じる信じないは自由だがな。……だが己からすればお前達はまだまだという事よ。白銀昴らには到底届かん」
「……どうしてそこまでその人達に固執するんですかね?」
そこで茉莉が前に出てきてじっと迅雷を見上げた。気の抜けたような半目に近しいその瞳で迅雷のいかつい顔を見据える。その僅かな表情変化も見逃さない、といわんばかりの視線で睨まれているのだが、迅雷はやはり動揺する事がない。
「前に言ったはずだ。優秀なハンターは表に出す。貴様らとて知っておろう? 今東方で起きている出来事を。蛇竜どもの活性、リオのつがいの増加。これらと問題なく戦えるハンターは誰もが望む事」
「……そうですね。でも、だからって隠れ住む人たちを呼び出そうって言うんですかね?」
「随分と肩を持つな。だが貴様達とて望んでいるのではないか? 白銀昴らの存命を、再び活躍する日々を」
「…………」
無言になってしまう茉莉を見下ろし、はっと鼻で笑って迅雷は数歩離れていく。向かった先は依頼書が貼られているクエストボードだ。ここには現在募集されているクエストが貼られており、彼はそのボードをとんとんと叩いてやる。
「見ろ、現在これだけクエストが回り、その中にはあのつがいのクエストも少なからずある。だがここにいるハンターの数はそれなりでしかない。受注できる輩は少なく、その分だけクエストが回る時間も減る。しかし、優秀なハンターがいればそれはなくなる。……達成する時間が短縮され、その分だけ救われる者らがいる。そうだろう?」
「……そうですね」
「そのハンターの中に白銀昴らを加える事のどこに非があるというのか? 否、あるはずもなし。今こそ再びあの者らが活躍する機会が訪れたのだ。己はそのきっかけを生み出そうとしているだけに過ぎん。責められるいわれはないな」
「それに他意はないんですね?」
「また同じことを訊くな、娘っ子。貴様は何をそんなに警戒する?」
クエストボードを背に、じっと迅雷は茉莉を見据えた。彼もまた彼女の表情の変化を見逃さず、その表情の奥にある感情を計ろうとしていた。大方の予想は付いているようだが、それを口には出さず、ただ彼女の言葉を待っている。
そして茉莉はしばらく無言でいたが、ぐっと拳を握りしめて口を開く。
「抹殺ですよ。彼らを、特に黒崎優羅さんを抹殺するのではないか、と疑っているんですよ」
「……クック、直球だな、娘っ子。だがそれは嫌いではない」
首を少し傾げながらも彼はくつくつと肩を小さく揺らしながら笑って見せる。どこか面白そうに、それでいて茉莉の事が興味深そうだと感じながらじっと彼女を見下ろし、そして一度頷いて酒場の出入り口へと向かって歩き出した。
待て、と言いたげな彼女の口を閉ざすように振り返らず右手を挙げ、続けて指を一本立てる。
「よかろう。またここに来よう。……その時は恐らく己はもう一つ依頼書を持っている事だろう」
「……? どういう事です?」
「それを達成させてみろ。それも、貴様ら姉妹のみで、だ。そこにいる女と男、それだけではない、他のハンターの力を借りず、姉妹の実力のみで達成させるのだ。そうすれば、認めてやろう。貴様らが優秀なハンターである事を。さすれば、己は白銀昴らを探し出す、なんてことはしないでおいてやる」
「ちょっと、なに勝手なことばかり言ってんのよ!? あんた、何様のつもり!?」
先ほどから自分のペースで語り続ける迅雷に、いよいよ我慢が出来なくなってしまったようだ。瑠璃がずかずかと迅雷に近づきながら怒鳴るが、しかし彼は振り返りながら瑠璃の眼前へと立てた指を突き出す。
瞬間、指先からバチッ、と電気が弾け、瑠璃の額にかかっている前髪が震えた。続けてその刺激にたまらず瑠璃の口が閉ざされ、反射的に目を閉じてしまう。
「騒ぐな、娘っ子。これは貴様らにとっても悪くない話だぞ?」
「……どういう事ですかね?」
「ふん、貴様らの実力を改めて証明出来る機会だ。この世の中だ、ここで実力を知らしめることが出来れば、その名を聞いて現れるやもしれないぞ? 貴様らが求める人物が、な」
その言葉に二人は息を呑んだ。
東方は現在奇妙な動きが目立っている。だからこそ二人はより昴達の居所を掴み、彼らの安全を知りたかった。苦労はしていないだろうか、無事でいるだろうか、また稽古をつけてくれるだろうか……様々な感情があり、それが探し出す原動力となっていた。
いつまで経っても情報が入手できず、東方を巡って四年。それでもなお探し続けるのはそういう根本があったからだ。
だからこそ自分達以外の何者かが、迅雷と言う得体の知れない人物が彼らを探すと聞いて警戒せずにはいられない。彼がシュヴァルツの末裔を殺そうとしていないという根拠が見えないからだ。
だというのに、彼から返ってきた言葉。
自分達が功績を挙げれば白銀昴らから姿を見せる?
そんな馬鹿な、と言い返したい。ずっと隠れ続けていたのにどうして二人の名が挙がっただけで出てくるというのか。馬鹿げている。
「それに強さを示すために今以上に腕を上げるきっかけにもなろう。この先起こりうることは並大抵の実力ではやっていけん。志半ばであっけなく死にたくはなかろう? ……貴様らにも目標はあるだろう? 大方あれらの事件にも関わっていくんだろう、娘っ子?」
「……く、どうして……」
知っているのか、と問いたい。しかし迅雷の眼力が言葉を封じてくる。
まるで自分達の事は結構知っていますよ、とでも言いたげな青い瞳。それに睨まれて瑠璃は言葉に詰まり、そんな彼女の肩を掴んで下がらせる茉莉。
「あなた、何者なんですかね? いったい、何を知っているんですかね?」と真っ直ぐに睨み返しながら茉莉は問う。視線だけでなく問いかけもストレート。それに迅雷はにやりと笑みを浮かべ、「クック、これまた真っ直ぐに斬りこんできたな、やはり嫌いではない」といたくご機嫌な様子だった。
「何者か、と問われれば、己は東方を巡るしがない流浪人、迅雷と名乗るのみ。武人にして狩人、しかしハンターではない。その違いははっきりと告げておこう。そして何を知っているのか。それはある程度の事象のみ、と答えておこうか」
「といいますと?」
「そうだな、例えば――」
そこで一間を置き、ぐっと身を屈めて茉莉の眼前まで顔を近づけ、その青い瞳で彼女の碧眼を真っ直ぐに見据えたうえでこう囁きかけるのだ。
「――貴様らが魔族ではなく竜魔族だ、という事とか、な?」と宣言しつつ、にやりと笑みを浮かべながら顔を離した。何故わかったのか、と疑問に思えば、彼はそっと目と鼻を示しながら背を向けて去っていく。
「次に会う時までに腕を磨いておけよ、娘っ子ども。敵は――貴様らを情け容赦なく叩き潰してくれるだろうよ」
と楽しげに笑いながら扉を開けて外へと出ていった。その際茉莉の目は一つの影を捉えていた。
彼が纏う気迫の向こうに、荒々しく昂る雷撃を帯びた何かの影を。
そんな事があったな、と思い返しながら茉莉はぼうっと柵の向こうに広がる山々を見つめていた。あの日から数日、瑠璃達は原種のつがいや他の飛竜のクエストをこなし、時に今日のように鍛錬をして過ごしていた。
金を稼ぎ、経験を積み、素材を集める日々。おかげであの時入手した素材を使って二人はようやくといった具合で上位装備を身に包む事が出来た。
予定通り瑠璃はリオソウルシリーズ、茉莉はリオハートシリーズを作り上げることに成功。以前纏っていた装備以上の防御力を手にし、上位クエストでも今まで以上の動きをする事が出来るようになった。
すなわち攻められるようになった。
今までならば一撃受けないように慎重になり、それが精神的な負担にもなってぎこちなくなった部分もあったろうが、それがなくなったのは大きい。
この攻撃でも大丈夫、と余裕を持ちつつ回避、防御体勢を取りつつ見極められる。引くか、攻めるかの選択肢が生まれる事で二人の動きが少し変化する事が出来たのだ。
また少し上に行く事が出来る。
だがそれは同時に自分達の名も少しずつ上がっていく事にもなる。魔族の双子としての名はある程度知られているが、まだ竜魔族だという稀有な存在だという事は知られていない。
余計なトラブルは今のところはなかった。
(あの人はまだ現れない……今はまだその時ではないという事ですかね)
迅雷の姿はあれから一向に現れなかった。次に会う時はクエストを持ってくると言っていたが、あれから一週間。まだ音沙汰はない。
(それにしてもあの時感じたもの……私の感覚が教えてくれたことが正しければそういうことになってしまいますが……考えられなくもないですかね。実際撫子姉さんたちのお知り合いがそうだったという例がありますし)
去り際に見えた覇気の奥に見えた影。あれが茉莉の脳裏にちらついては消えていく。どうしてあれが見えてしまったのかを考えれば、やはり間近で彼の青い瞳を見てしまい、それによって一瞬ではあるが繋がってしまったのかもしれない。
お互いの気が同調し、繋がった事で見えたのだろう。となれば彼はそうなる事を見越した上で近づいてきたという事になる。そんなに気に入られてしまったのだろうか、と考えたところで、新たな客が入ってきた。
ちらっと肩越しに振り返ってみると、そこには一人の女性がタオルを体に当てながら静かに入ってくるところだった。
肩を越えたところでざっくらばんに切りそろえられた黒髪。タオルに隠されているが控えめでスレンダーな体つきをしている白い肌。その歩き方を見ているとその道の心得があるかのようだが、かなり足音を抑えている。まるで自分の存在を隠してしまおうという意志があるかのようだ。
何よりその顔付き。東方人のようだが、少し周りの東方人とは差異があった。
(華国の人ですかね? 珍しい)
北に広がる国、華国に住まう人々の特徴が顔つきに現れていた。彼女は静かに浴場へと入ると体を洗うために一つの鏡の前へと向かっていく。そんな風に見ていると、桐音が「ん? どした?」と茉莉に視線を向け、続けて茉莉が見ている人物へと視線を向ける。
すると桐音は少し驚いた顔で腕を岩に付けて振り返った。
「おう、そこにいるのはもしかして蓮華か?」
「……?」
桐音の呼びかけに彼女は誰だ? というかのような反応を見せながら振り返ってきた。そして手を振ってきている桐音に気づくと、その黒い瞳に僅かな驚きの色を浮かべながらぺこりと頭を下げてきた。
そうして三人に加えて新たな人物が風呂に体を浸からせる。桐音の隣にいる女性はなかなか物静かで落ち着きのある人物だった。茉莉と同じような人か、と瑠璃が軽快したが、茉莉とはまた違った物静かさだ。
茉莉と同じく表情の変化は乏しいが、茉莉はそれだけであり結構おしゃべりなところがある。しかしこの女性は表情の変化がないだけでなくあまり口を開かないようだ。
「紹介しよう。あたいの知り合いのハンターの
「初めまして」
「あ、ども……あたしは瑠璃・フレアウイング。こっちは妹の茉莉」
「どうも、よろしくですよ」
ぺこりと頭を下げ合い、自己紹介をすると瑠璃は首を傾げて「華人よね?」と問いかける。それに対し彼女は、
「いえ、血筋が華人というだけです。出身はヤマト国の辺境。私と行動を共にしている彼が生粋の華人ですよ」
「となると飛燕は向こうの湯にいるってことか」
「ええ」
どうやら連れがいるらしい。その人物は
だがそれにしても珍しいのは変わりない。華人は華国の中で活動するのがほとんどであり、あまり国の外に出る事がない。華国の領土がかなり広く、東方の中でも東西に広がる領土となっており、自然豊かな土地だからだ。
北と西に行けば雪国が、南に行けば砂漠が、東に行けば海が……と様々であり、ハンター達は大抵この大国の中で活動している。
そのため華国以外で華人を見る事はあまりなく、あったとしても昔華国から出てきた人達の血筋という話だ。目の前にいる楊蓮華がその一例だろう。
「なんだってこんなとこにいるんだ? 確かモガが活動場所じゃなかったかい?」
「少しモガから離れて活動を。その帰る途中で一度ユクモの風呂を堪能しようという事で」
「なるほどねぇ。ま、元気そうで何よりだよ」
「あなたも」
話を聞く限りでは彼女ともう一人のハンターはモガの村を活動拠点にしているらしい。しばらく村を離れて遠征に出ていたらしいが、もう少しして帰るという。その途中でこのユクモの村に立ち寄り、名物である温泉を堪能しに来たと言うようだ。
二人がいない間モガの村はどうなっているのかといえば、どうやらあそこにはあと二人のハンターが滞在しているらしい。また一匹の奇面族が滞在しており、それもまた戦力となってくれているようだ。
「奇面族? それってチャチャブーって事?」
「ええ。きめぇ奴、という訳ではないですよ。それに子供ですし危険はないです」
「……きめぇって……」
真顔で見た目に反した言葉を目の前で使われて瑠璃は少したじたじになっている。しかし当の本人は「おや? なにかおかしかったですか?」とまた真顔で首を傾げている。
いや、なんでもないと首を振ると「そう」と頷き、おもむろにある一点を指さした。一体どうしたのか、とその方へと振り返れば――
「ンバンバっ、これが温泉というものかンバ! なかなかホットな空間バ!」
――と、一匹の奇面族が入ってくるところだった。周囲は驚いた表情を浮かべているが、それは武器を手にしておらず、タオルを手にして好奇心を隠せず辺りを見回しながら中へとやってくる。
そして蓮華に気づくと、「おお、そこにいたンバ! ワガハイを置いてさっさと入るなんてひどいっンバ!」と、とてとてと可愛らしく駆け寄ってくる。
「…………え?」
「おー、これはなかなか」
「こっちも久しぶりだな、カヤンバ」
瑠璃は驚き言葉を失い、茉莉は興味深そうにそれを見つめ、桐音は久しぶりに会ったらしく懐かしんでいる。
それはヤシの実とカニの爪を取り付け、全体的に青く塗った仮面を被った奇面族の子供だった。可愛らしい声をしており、温泉へと飛び込めばその熱さに一度驚いたようだが、それでも何とかその気持ちよさに慣れようと浸かっている。
「カヤンバ、ご挨拶を」
「ダ。グッドモーニングっンバ。いや、そろそろグッドアフタヌーンっンバ? ま、いいか。気にする事はないっンバ。ワガハイはカヤンバというンバ。蓮華たちと一緒にハンターとして戦っているンバ!」
「ふむふむ、オトモアイルーみたいなものですかね?」
「ええ、そういうものです。見た目に反してなかなかの実力ですので、頼りになりますよ」
ぽんぽん、とカニ爪の仮面を叩きながら表情を全く変えずに話す彼女。叩かれるたびに「ンバッ、ンバッ!?」とカヤンバが悲鳴を上げているような気がするのだが、もしかして叩く力を間違えていないだろうか?
しかし彼女はそのまま話し続けている。
「この子達は仮面によって発揮する力が異なり、また踊りによって支援もしてくれるのですよ。オトモアイルーとはまた違った助力ですね。猫の手ではなく小人の手を
「…………え?」
「……いえ、なんでもないですよ」
わざわざそこを強調しながら喋っていたようだが、瑠璃からすればきょとんとするしかない。茉莉は無言を守り、桐音はああ、またか……といった風な表情を浮かべながら苦笑している。
もしかしてこの人、見た目に反して少し愉快な人物なのだろうか?
様子を窺うように瑠璃がじっと蓮華の顔を窺い、茉莉も首を傾げながらどういう人物なのかを把握しようとしていた。
「まあ、この人は見た目はクールだとか、落ち着きがあるとか、そういう感じしているけど、内面はなかなか愉快でおもしろいぜ? ……謎な雰囲気だけどな」
「そのようですね。……この温泉、どうです? なかなかいいと思いますが」
「いい風呂ですね。まさに風呂ンティアといったところでしょうか」
「なるほど、本当に愉快な人ですね」
「……おや、間違えてしまいましたか? 東方人は風呂好きで温泉というものは楽園のようだと聞きましたが」
「いや、楽園はパラダイス、フロンティアは新天地ですが……」
真顔で説明する蓮華に少し苦笑しながら茉莉が訂正していく。どうやら少しズレたところがあるらしい。今までこういう人は出会わなかったから少し新鮮だ。
そんな事を考えていると、「ダバダっ! 蓮華、少し押し付けすぎンバ! ワガハイ、ヒートしすぎて頭がボーっとしてきたンバ!」と今までぽんぽん叩かれていたカヤンバが両手を挙げて抗議してくる。
「おっと、すみませんね。茹で蟹になってしまいましたか?」と手を離し、「ンバッ!? カニは仮面だけンバ! ワガハイは違うっンバ!」とぽかぽかと叩いていく。結構仲がよさそうな様子である。
それからはぽつぽつと話を交わし、共に温泉を堪能する事になった。
気づけば長風呂になってしまい、温泉から出てきたのはそれから数十分も後になってしまった。とはいえ女性は結構風呂が長いというのでそう気にする事もないだろう。
カウンターでドリンクを頼み、並んでドリンクを飲み干していった。
そうしていると、向こうでうちわを片手に酒を呑み進めている十兵衛を発見。骸の仮面を付けている人物がああして浴衣姿で佇んでいるのもなかなか奇妙だ。
「……あ、どうも。お疲れ様ッス」
「おう、十兵衛。待たせたか?」
「いや、そんなに待ってないッス。大丈夫ッス。……それで、そちらの人は?」
「ああ、あたいのちょっとした知り合いだよ。偶然風呂で再会したのさ」
「初めまして。楊蓮華です」
ぺこりと頭を下げる蓮華に続き、彼女の足元にいたカヤンバも自己紹介する。それに十兵衛も慌てて立ち上がり、ぺこぺこと頭を下げながら「あ、ども……萩原十兵衛ッス」と名乗る。
初対面という事でまた人見知りの一面が現れたようだ。
そんな彼に対し蓮華は表情を変えずにもう一度ぺこりと頭を下げるのみ。どうやら十兵衛のこの仮面に対して特に反応する事はないらしい。
すると向こうから一人の男性が首にタオルを掛けながらやってきた。糸目に近しい目つきをしており、顔立ちからして華人と思われる。もしかすると彼が……、
「む、来たかネ。蓮華……むむ? そこにいるのはもしや桐音かネ?」
「よう、飛燕。久しぶり」
「やっぱり桐音かネ。久しぶりだネ、元気にしてたかネ?」
髭を少し生やした三十代近くの男性だった。ハンターをやっているだけあって歩きに隙が見当たらず、体つきも悪くない。雰囲気からして人間であり、しかし歳から推察して長く戦いに身を置いているだけあって洗練された気迫を感じた。
先ほど聞いた限りでは蓮華は二十三歳とのことだが、少し歳の差があるコンビだな、と感じる茉莉だった。とはいえ飛燕の歳は外見からの推察ではあるが。
「こんな所で会うとは奇遇だネ。今はここを拠点としているのかネ?」
「ああ。こいつらとチームを組んでんだ」
「どうも、初めまして」
茉莉が頭を下げ、自己紹介をしていく。それに頷き少しだけその糸目を開いてじっと瑠璃や茉莉の事を見つめると、「なるほど、なかなか秘められた力を持っているようだネ」と呟いた。
口髭を軽く撫でつけながらうんうん、と頷き、続けて十兵衛の方へと視線を向け、首を傾げる。そのままじっと彼を見つめて「……ふむ?」と首をもう一度傾げたが特に何も言わずに蓮華へと向き直る。
「さて、わたし達はそろそろモガへと帰ろうかネ」
「はい。では失礼します」
頭を下げた蓮華が懐に手を入れると、そこから黒縁で細長いレンズをした眼鏡を取り出し、静かに顔に掛けた。きらり、とレンズが光り、しかも眼鏡を掛けた事で蓮華の魅力が増したように思える。
「……ああ、私は普段これを掛けているのですよ。結構これ、私のお気に入りなのですよ」
「なるほど。もしかして眼鏡には?」
「目がねぇですね」
やはりそういうキャラらしい。もう誰もが突っ込みを入れないのはあまりにも寒いからだろうか。仮面に隠れてわからないが、十兵衛も呆然としている様子だ。見た目が美人だというのに口から飛び出すのは寒いダジャレ。あまりのギャップに戸惑っているらしい。
「また機会が会おうぜ、お二人さん」
「はい」
「次に会えたらまた共に狩りをしようネ」
「ンバ、ワガハイのネームをしっかりと覚えておくンバ!」
そんな三人とはここで分かれる事になる。元々彼らは温泉に浸かりに来ただけで長居する気はなかったようだ。静かに去っていく彼らを見送ると、四人は一度酒場へと向かい、クエストボードへと足を運んだ。
その中で上位クエストが集まっているボードの内容を見回してみると、一つ異彩を放つクエストがあった。
神速の猟技。
対象:ナルガクルガ、ナルガクルガ亜種の討伐。
場所:渓流。
不安定。
これを見つけたのは桐音だった。内容からして結構な難易度だろうと判断するが、しかしこういうものがこのユクモ村に流れてくるとは思いもしなかった。
しかしこれはいい機会でもあるんじゃないだろうか。瑠璃が持っているヒドゥンサーベルの強化に使えそうだし、相手として不足はないだろう。経験を積むには十分な敵だ。
二人も上位装備に新調してからそれなりに戦っているので慣れてきている頃合いだ。
これに手を出しても問題ないだろう。
そう思い桐音はそれを手にして三人の下へと向かっていった。
「これでもどうだい?」
「どれどれ? ……ナルガとナルガ亜種? 二頭討伐に不安定、か。なかなかのクエストね」
「相手にとって不足はないですね。それに素材さえ揃えば、ヒドゥンサーベルが一気に夜刀【月影】まで行けるんじゃないんですか? 確かこっちの加工なら上位素材でも夜刀【月影】になれた気がしますが」
「……ああ、確かドンドルマ方面とは違ったんだっけ。ユクモ独特の加工技術で夜刀【月影】になるんだったかしら。じゃあちょうどいいじゃない」
武器の加工は大方同じではあるが、場所によっては武器派生が異なっている場合がある。中央ならばG級武器である夜刀【月影】ではあるが、ここでは上位素材で作る事が可能だ。その分威力が若干落ちているが、高い切れ味は誇れる。
無属性の太刀の中でもよく親しまれている武器と言えよう。
作る事が出来たならば、瑠璃は防具だけでなく武器も大きく成長する。茉莉は既にインペリアルガーダーを強化させ、古代式回転銃槍へと進化を果たしている。
それに続きたいところだった。
「で、どうだい? やるかい?」
「あたしに異議はないわ」
「私も同じくです」
「おいらも特になしッス」
三人とも異を唱えず、ここにクエストが受理される。
敵はナルガクルガ、ナルガクルガ亜種。
森を高速で移動する狩人であり、多くのハンターにとって厳しい相手であると同時に武具の性能上ハンターによく相手にされる飛竜種でもある。一部では熱狂的なナルガファンがいるとかいないとか言われているほど、今では色んな意味でハンター達に愛されているらしいが、瑠璃にとってもわからない話でもなかった。
何にせよ久しぶりのナルガクルガ戦と言う事で瑠璃と茉莉も気合が入るというもの。
四人はカウンターに依頼書を提出すると準備をするために宿へと向かっていった。