宿屋に向かうために集会浴場を出て階段を下りていくと、広場に見覚えのある人物がいる事に気づいた。スキンヘッドの筋肉質のある男性であり、傍らには二匹のアイルーがいる。
階段を下りて広場に出ると、どうやら向こうも瑠璃達に気づいたようで「よう!」と気さくに手を挙げて声を掛けてきた。
「元気にしてたか、嬢ちゃんたち?」
「おう、何とかな。榊さんもなんかのクエストやってたのか? なんか数日離れていたようだけど」
「おうよ、希少種のつがいのクエストをやってきたのよ。嬢ちゃんらがあのあんちゃんが持ってきたクエストに出た後にな、ワシの知り合いが協力を求めてきたんでな。ちょっくら行ってきたのよ」
「希少種!? 希少種まで出てきたわけ……?」
榊の言葉に瑠璃は驚きを隠せない。リオ夫婦は原種と亜種が確認されているとは聞いていたが、まさか希少種まで出てくるとは思わなかった。しかもこの様子だと討伐に成功してきたとみえる。
希少種となればかなり厳しい相手になるだろうに、苦戦してきました、という雰囲気があまり感じられない。普通に戦って狩ってきたのだろう。なかなかの実力者という事は聞いていたが、助力を求めた知り合いもまた同様に強いのだろうか。気になるところである。
「おうよ、結構いい戦いを繰り広げられたわい。新たなハンターとも知り合えたしのう」
「へえ、そうなのかい? それは何よりじゃないか」
「かっかっか! いい出会いというものは心躍るわい!」
「おやっさん、うるさいにゃ。こんなところでテンション上げるんじゃないにゃ」
アイルーの椿がぺしぺしと榊の腰を叩きながら注意をしている。確かにテンションが上がった彼の声は広場によく通る。ちらちらと彼の方へと視線を向けている人も多く、椿だけでなく瑠璃も困ったような表情を浮かべている。
このまま話しつづければ注目は浴びっぱなしだ。それに自分達は用事がある。ここは話を切り上げるべきだと桐音が済まなそうにしながら宿屋を親指で示した。
「ああ、積もる話もあるだろうけど、あたいらこれからクエストに行くんで、これで失礼するぜ」
「む? そうか。頑張ってこいよ!」
榊の笑顔に見送られ、瑠璃達は宿屋へと向かっていく。瑠璃は目礼し、茉莉はぺこりと頭を下げ、十兵衛はちらちらと榊やアイルーらを見やりつつ、ぺこぺこと頭を下げて離れていった。
それを見送り、榊らも「よし、ワシらも温泉を堪能するとしようかの」とごきげんな様子で階段を上がっていく。彼らは今さっきユクモ村に帰ってきたところであり、帰ってきてから早々に名物の風呂で疲れを癒そうとしていたのだ。
その途中で後ろから見覚えのある二人が階段を上ってくるのを見つける。
「む? そこにいるのは桜嬢ちゃんに小梅嬢ちゃんか?」
「ん? ああ、榊さんか。久々~」
「あ、榊のおっちゃん」
そこにいたのは東方人の母娘だった。背中近くまで伸びる黒髪をツーサイドアップにした母親と、その手に引かれて階段をえっちらおっちら上ってくる母親似の幼い娘だ。彼女は黒い髪をショートにしている。
どちらも少し気の強そうな碧眼をしており、お揃いの青い和服を身に包んでいる。
「嬢ちゃんらも風呂かい?」
「ま、ね。ユクモに来たなら温泉に入らないと。それにウメも風呂好きだしね」
「おう、オレはここのおんせん、好きだぜっ! さっきもおかんとかいもんして、たたかってたからさっぱりするんだ!」
八重歯を見せながらにかっと笑い、手をつないでいない手をぐっと振り上げる。見た目通り快活そうな少女だった。子供ながらの元気さと性格がよく表れている。
とはいえこんな所でバランスを崩せば危ないので桜がしっかりと手を握り、ぐっと引き上げて腰に手を回し、肩車をしてやった。
「はいはい、危ないからおとなしくしてなさい」
「はーい」
とんとん、と腰を叩きながら軽くたしなめるも、小梅はまだ元気が有り余っている様子だった。それにしても慣れているとはいえこの歳の子供は結構重いはず。女性である桜が片手で抱え上げて肩車とは、と榊はじっと桜を見つめる。
確か以前自己紹介をしあった際、桜は武術の心得があると言っていた。そして娘も強くなりたいと望んでいるため彼女は時折鍛えてやっていると聞いている。
見た目でも隙がないように見えるし、かなりの場数を踏んでいると見ているが、それだけではない何かも感じられる。気のせいではないと思うのだが、それを口に出すのは野暮というものか。
「じゃあ一緒に上がっていこうか、桜嬢ちゃん」
「ん、はやいとこさっぱり――――ん? ちょっとごめん」
懐に手を入れたかと思うと、そのまま階段を少し小走りに降りていき、道の外れへと向かっていった。そのまま札を取り出し、耳に当てて「はい、桜」と応対した。どうやら連絡が入ったらしい。
これは邪魔をしないでおこう、と「ワシらは先に入っとくわい。じゃあの」と手を振って階段を上がっていく。「またなーおっちゃん!」と桜に肩車をされたまま小梅が手を振り、桜も肩越しに振り返って軽く手を振って返す。
「なんかあった? ……ん? 客? へえ、誰?」
そうして彼女は札の向こうから返ってきた人物名に少し驚いたように目を見開き、そうして今度は青い瞳を細めて薄く微笑を浮かべ始めた。そんな母親の様子に小梅が身を屈めて「おかん、どしたの? なんかいいことあったん?」と上から顔を覗き込んでいく。
「……まあね。久しぶりのお客が来るってさ」
「へえ、だれだれ?」
それに少し待て、というように手を挙げ、そうして札の向こうから返ってくる言葉に耳を傾ける。「……へえ、あの人が来るんだ。これは早いところ帰った方がいい? ……あ、でも風呂でさっぱりした方がいいか」と結論付けて集会浴場を見上げる。
「じゃあ早いとこ汗を流して戻るわ。……うん、うん、また後で」
「なあなあおかん、だれが来るんだよ~?」
「まあ、待ちなさいウメ。今は風呂に入って汗を流すのが先よ。でないとあの人に失礼だからさ」
「ほーい」
札を懐にしまって階段を上っていくと小梅がりょうかーいという風に右手を振り上げた。
そんな母娘二人が仲良さそうに集会浴場へと入っていく中で、宿屋から準備が整った瑠璃達が出てくる。
そのまま村の出入り口へと向かい、竜小屋でアプトルと竜車を借りて狩場となっている渓流へと向かっていった。
数時間かけて狩場となっている渓流へと辿り着いた一行。早速ベースキャンプを整え、支給品ボックスを竜車から出して中身を確認していく事にする。
とはいえ今回は上位クエストのため基本となっている地図とたいまつぐらいしか入っていない。近場の村にあるギルド支部に連絡がいっているので後から運ばれてくる可能性があるだろう。しかしそれも狩場が不安定のため確実ではないのが難点だが、それが上位以上のクエストの特徴だ。
続けて四人の装備の確認だ。
瑠璃はリオソウルシリーズに火竜剣【火燐】を手にする。ナルガクルガは原種も亜種も火属性がある程度有効になっている。そのためこちらを選択する事になった。
茉莉はリオハートシリーズに古代式回転銃槍を手にする。これにより先日インペリアルガーダーから強化してからの古代式回転銃槍のデビュークエストとなる。
桐音はガンキンSシリーズにブルーウイングという大剣を取り出した。これは蒼火竜リオソウルの素材を使って作り上げられた火属性の大剣であり、どうやら以前から持っている一振りらしい。
最後に十兵衛が頭はスカルSヘッド、残りをディアブロUシリーズで統一し、武器は雷砲ラギアブリッツだ。これは海竜ラギアクルスの素材を使用して作られた上位のヘビィボウガンだ。
ベルトリンク対応弾は通常弾Lv2と電撃弾となっており、後者は雷属性の弾を射出する。ナルガクルガには火属性よりも雷属性の方がよく効くため、炎戈銃ブレイズヘルではなくこちらを選択したらしい。
十兵衛がローブからベルトを取り出し、それぞれ体に装着すると準備完了。
四人は一つの地図に顔を寄せ合って方針を決めることにした。
「さて、今回は渓流ですが……狩場は不安定。前回のように思わぬ乱入があるかもしれませんね」
「グレイハブは戦う事はなかったけど、今回もそうあってほしいものね」
「同感ッス。ガンナーのおいらは余分な弾を消費したくないッスから」
ガンナー、それもボウガン使いは弾を消費して攻撃する。通常弾Lv1はそれ自体が複製の魔法を保有しているためほぼ無限に撃てるのだが、一番威力が低いのが難点だ。また持ちこめる弾もギルドが制限している上に、現地調合して増やせる弾もまた限りがある。
十兵衛が言うように弾は有効に使いたい。余分に消費して戦力から外れるのは望ましくなかった。
そして敵はナルガクルガ。
原種も亜種も森の中を素早く移動するのが特徴であり、その速さについていけなければ奴らに狩られるのみである。
「今回も二手にわかれるんです?」
「そうだね……今回は瑠璃と茉莉、あたいと十兵衛でわかれてみようか」
「了解です。向かう方向は私達が北でよろしいですかね?」
「ああ、それでいこう。じゃどっちかが見つければ信号弾で報せるという事で」
大まかな方針は以前のリオ亜種夫婦の時と変わらない。二手に分かれて原種化亜種を捜索し、見つけ出せれば片方を一気に叩いて体力を減らしていく。良ければ討伐へと持っていく。
二頭討伐ならば片方を落とすだけでも十分楽になれるからだ。
信号弾を各々一つずつポーチに入れ、一行はエリア1でわかれて渓流へと足を踏み入れていった。
渓流へと近づく影はもう一つあった。軽快な足取りで森を駆け抜け、高い場所へとやってくるとその中にある木へと登って眼下に広がる森を見回していく。
「ナルガクルガ、か。いいねぇ……嬉しいねぇ……玉はないけど天鱗が出れば儲けものか」
鋭く細められた碧眼はあたかも獲物を狙う獣のよう。研ぎ澄まされた気で森に巣食うハンターの気配を察知し、どこにいるかを探そうとしたのだが、そこで首を傾げる。
「人がいるか……まためんどうなことになりそうだねぇ。ま、また殺せばいいか。邪魔者は全員殺す、それでいいさ」
そう結論付けようとしたところで、その人物はある気配を察知し、一瞬驚いたような表情を浮かべた。そのままその気を探り、そうしてその口元に喜悦か、あるいは狂気か、はたまたそれ以外の何かの感情を映し出す笑みを浮かべた。
「おやおやおやぁーー……? これはこれは懐かしいような、会いたくないような気配? なんだってこんなところで巡り合わねばならんのか、驚きだねぇ? ふむぅ……どうするか」
吹き抜ける風に身を任せながら顎を撫でつけ、しばらく思案を進めていく。この気配がもし想像している通りならば少し考えなければならなくなった。彼女としては自分に会いたくて会いたくて――そして殺したくてたまらないだろう。
それは自分もちょっとは思っている。
あの人とはいずれ殺し合いをするだろう。でもそれは今なのか、まだその時ではないのか。
そう迷ってしまうのだが、好奇心が生まれているのも事実。
すなわち――自分は強くなったのか、あるいはあの人は強くなったのだろうか、という好奇心。
試したい自分がいる。
戦ってみたい自分がいる。
身体がうずく。
興奮して心が躍る。
頬が紅潮して息が荒くなる。
「……嗚呼、やべぇなぁ……熱くなるなぁ……ダメだわ。逢いたいねぇ、これはまさに恋い焦がれる女々しい野郎じゃないか。その相手が――姉貴というのもどうかと自分でも思うけどさ、仕方がない。一目、見てみようじゃないか。どれだけのものになったのか、さ」
うん、と頷きながら笑みを深くし、彼は前のめりに倒れ込む。そのまま地上へと向かって一直線に落下していくが、幹を蹴って空中で回転しながら前へと進み、他の木の枝へと飛び移りながら移動していく。
向かう先はかの狩場。
どうやら飛竜らが乱入するのではなく、彼が狩場へと乱入していくようだった。
岩山地帯を歩きながら桐音は後ろから付いてくる十兵衛へと振り返る。彼はガンナーという事もあって視力が高く、森の中に溶け込む色合いをした毛皮を持つナルガクルガを見つけ出そうと仮面の向こうから目を光らせていた。
だが桐音が自分を見ている事に気づき、「どうかしたッスか、姉御?」と首を傾げた。
「ん? いや、こうして二人で行動するのも久々な気がしてな」
「ああ……そうッスね。最近はあの人達と組んで行動してたッスから、姉御とは久々ッスね」
「で、どうだい? あの二人には慣れたか?」
瑠璃に続いて茉莉とも二人で行動させ、あの二人に慣れてもらおうと行動した結果、十兵衛はある程度あの二人を前にしても普通に話せるようになっていた。桐音の策は実ったと言えよう。
「ええ……まあ、何とか」
「そうか、ならよかった。それで? どっちが好みだ? ん?」
「え? いや、姉御、なに言ってんスか?」
「おいおい、とぼけんなよ。いい歳してんだろ? そういうの、興味ないのか?」
にやにやと笑いながらじっと十兵衛を見るも、仮面のせいで彼の表情はわからない。だが何となくではあるが気の揺らぎで十兵衛が戸惑っているのだけはわかる。
「まあ、確かにおいらはいい歳しているかもしれないッスが、あれッスよ? っていうかそういう方向で話を進めないでほしいッス。おっさんスか、姉御?」
「はっ、歳の差ってか? んなの種族的に問題ねえだろ? あと、おっさん言うな。年齢的にこういうのは周りでやっていてくれると何となく興味が出るってもんだろ?」
「…………はぁ、何にせよ黙秘するッス」
ため息をついて十兵衛は桐音の傍を通り過ぎて先へと進んでいく。もう付きあってられない、と言わんばかりの背中に桐音もまたやれやれと嘆息して首を振った。
以前の戦いで見せたあの光景、何となく脈ありじゃないかとは思ったが、まだまだこれからといったところだろうか。
これからの交流次第でどうにでもなる。ただの仲間で終わるのか、あるいはそれ以上の関係になるのか。それは十兵衛ら次第だろう。
これを楽しみに眺めるのもいいかもしれない、と考えつつ二人はエリア6へと降りていったのだが、突如そこに渦巻く一つの気配に感づいて足を止める。
物陰に身を潜め、滝から流れる小川を見てみれば、黒い影がゆったりと歩み進んでいる。猫科の獣のような顔つきに鋭い刃と化したかのような翼には前足が付き、後ろ足と合わせて四足で歩いている。
長い鞭のような尻尾は歩くたびにゆらゆらと揺れ、金色の瞳が軽快するように辺りを見回していた。
あれが迅竜ナルガクルガ。
夜の森を駆け抜け、跳び回る漆黒の狩人だ。
「なんつー早い巡り合わせだ。気が早すぎるぜ」
「でも、さっさと落とせる、と考えれば問題ないッス」
「ま、それもそうか。じゃああたいが斬りこむから、信号弾よろしく」
「ういッス」
背中に担いでいるブルーウイングに手を伸ばし、静かに坂を下りていく。ナルガクルガの視線は滝の方へと向けられている。今飛び出せば真っ向から気づかれてしまう状態だった。
故に待つ。
奇襲を仕掛けて先手を取り、なおかつ自分に意識を引きつける。そのためにはチャンスを待つ。
「グルル……」
不意にナルガクルガが前足を上げ、二足で立ちながら辺りを見回し始める。息を殺している二人に気づいたのだろうか。右、左、と首を回し、そのまま後ろを振り返る。そうしてもう一度右、左と見回すと、警戒心を殺さないまま滝を背に向こうの森へと歩き始めた。
「――っ!」
今が好機。
桐音は「迅気、纏」と一言呟いて黒いオーラを身に纏って飛び出した。
小川に点々とある石に足を乗せて水の音を極力消しているが、それも長くは続かない。先に進めばそんな石が転がっている事もなく、桐音の足が小川へと着水する。
だがそれでも彼女の速さによって一気にナルガクルガへと接触していき、跳ねる水音に気づいてナルガクルガが身構えながら振り返ってきた。
「おらぁっ!」
その頭へとブルーウイングを振り下ろす。するとどんぴしゃりとブルーウイングがナルガクルガの額を捉え、蒼い刀身から炎が噴き出してナルガクルガを焼く。突然の攻撃にナルガクルガが驚いた声を漏らし、怯んだところでもう一発薙ぎ払うようにブルーウイングを振るう。
そうしている間に十兵衛が信号弾を撃ちあげ、向こうにいる双子へと報せてやり、背中に担いでいる雷砲ラギアブリッツを取り出して弾を装填する。
それは鬼人弾。照準を桐音へと合わせて引き金を引き、それが着弾すれば桐音の中から力が溢れた。「サンキュー!」と遠くからお礼が聞こえ、それに頷いて十兵衛は次の弾を装填するためにチップを手にした。
そのまま森の中へと入り、草むらに身を隠した。そうして手にしているチップのギミックを始動させてベルトリンクを伸ばし、雷砲ラギアブリッツへと繋いで屈みこんだ。
「……狙い、オーケー。やるッス!」
繋がれた弾丸は電撃弾。最初から飛ばしていくつもりだ。
頭は桐音が狙っているため、十兵衛は後ろ足を狙って引き金を引いた。空を切って飛んでいく弾丸は狙い通りにナルガクルガの後ろ足へと連続して着弾していくが、ナルガクルガは目の前にいる桐音に意識が向けられている。
五発を越えたところで突如ナルガクルガは跳躍し、桐音の側面へと回り込んだ。後ろ足でブレーキをかけると、そのまま飛びかかるようにして桐音へと左翼を振りかぶった。
「ふっ!」
それをブルーウイングで防御し、強い衝撃が桐音にかかる。しかしそれを堪え、ぐっと力を篭めて弾き、左翼へと斬り上げて側面へと転がった。すぐに起き上って背中へと納刀し、右翼で追撃を仕掛けてくるナルガクルガから躱すように更に跳ぶ。
森の中から十兵衛が援護するように電撃弾が射出され、後ろ足、翼へと着弾して弾け、雷属性の力がナルガクルガへとダメージを与えていく。
だがそれは微々たるもの。
弱点属性ではあるが、ナルガクルガにとってはあまり気にするようなものではなかった。しかしダメージは蓄積する。飛びかかってくるナルガクルガとすれ違うように前転し、小川によって体が濡れるがそれに気も止めずに振り返りながらブルーウイングを抜刀し、ナルガクルガの後ろ足へと薙ぎ払うように斬りかかった。
それは十兵衛が積み重ねたダメージに追撃を入れたようなものであり、ついにナルガクルガは転倒してしまう。それを見た桐音は尻尾へと回り込み、一度納刀してから力を込めつつ抜刀する。そのまま身構えて気を込めつつ力を溜めていく。
このような手間をかけるのはガンキンSシリーズには抜刀術が二つ付いているためだ。
抜刀術【力】は抜刀滅気の力があり、敵の頭部に抜刀しながら攻撃すれば、鈍器で殴られたような衝撃を与える事が出来る。
抜刀術【技】は抜刀会心の力があり、これは抜刀した際の攻撃は必ず会心の一撃となって威力を高める効果がある。
どちらも納刀状態から抜刀する事で効果を発揮するスキルであり、納刀してからのヒットアンドアウェイを基本動作とする大剣とは相性がいいスキルとされている。
「どっせぇい!」
最大まで溜まった力を解放するように、ブルーウイングが唸りを上げてナルガクルガの尻尾の鱗を引き裂いていく。容赦の欠片もない一撃は割れた鱗を焼き、その下にある肉すらも斬ってしまった。
「ギャアアアアッ!?」
その一撃にたまらずナルガクルガが悲痛な悲鳴を上げる。だが今の一撃でスイッチが入ったようだ。距離を取るように背後へと跳ぶと、目の周囲が充血し、その金色の瞳に赤い光が灯って爛々と輝きだす。
ブルーウイングを納刀しながらにやりと笑いつつ距離を取り、そうしたところでナルガクルガが大きく息を吸って怒号を放つ。
「グルァァァァアアアアアアア!!」
森に響き渡るその怒号に森が悲鳴を上げる。木々がざわめき、木の葉が舞い上がり、草むらも揺れる。それは離れた所にいる十兵衛にも影響を与え、仮面の前で揺れる草むらを振り払ってナルガクルガへと照準を合わせようとしたが、その視線が隠れている十兵衛を捉えた。
「……気づかれたッスね」
気づかれたならばここに留まっているわけにはいかない。立ち上がってベルトリンクを抜き、雷砲ラギアブリッツを構えて走りだし、ナルガクルガの様子を窺いながら背中に戻す。
ナルガクルガは四肢に力を篭めたかと思うと、太い木の幹に飛び移り、そのままそれを蹴って跳躍して十兵衛の背後へと回り込んだ。
「ちょ、いきなりおいらッスか!?」
突然背後へと回り込まれる十兵衛は、慌てて肩越しに振り返りながら側面へと方向転換する。だがそれを逃さないかのように、ナルガクルガは尻尾を振るって十兵衛の前方から薙ぎ払った。
その攻撃に十兵衛は歯噛みしながら両腕を前に交差させ、足に気を込めて跳躍し、縄跳びをするかのように飛び越す事を試みる。
それは何とかギリギリ成功し、尻尾は十兵衛の数センチ下を通過した。
受け身を取りながら十兵衛は小川を転がって起き上り、荒い息をつきながら「ガンナーに接近戦は無理ッスよ、勘弁してほしいッス!」と愚痴をつきながらナルガクルガから離れていく。
向こうからはまた桐音が黒いオーラを纏ったまま接近してきており、ナルガクルガの側面から斬りかかった。だがナルガクルガはそれに動じず一歩退いて身構えると、勢いよくその場で回転する。
すると長い尻尾がそれに従って勢いよく周囲を薙ぎ払う。それは一瞬の内に薙ぎ払われる鞭。遠心力が乗ったその一撃は、しかし桐音がその下を掻い潜るように滑る事で躱した。
一旦ブルーウイングを手放して両手で地面を叩いて起き上り、背後にあるそれを回収しつつ振り上げつつ薙ぐ。
「あんたの相手はあたいが務めてやる。来な、ナルガ!」
「グルルルルッ!」
間近で殺気を放つ事でナルガクルガの意識を自分へと引きつけ、十兵衛は十分に距離を取ったところでまた雷砲ラギアブリッツを取り出して弾を装填した。
まだ戦いは始まったばかりである。
一方同時刻、信号弾が放たれたというのにまだ瑠璃と茉莉が現場へと到着しないのは何故かと言えば――
「なんだってここで……!?」
「見逃してくれそうにないですね。やるしかないですよ、瑠璃」
――エリア4にはナルガクルガ亜種が鎮座していたのだ。まさかこんなところにいきなり現れるとは思いもしなかった二人は虚を突かれ、またエリア自体の地形が平らであり、障害物は廃墟となっている建物が点々とあるだけ。
しかもナルガクルガ亜種は障害物となる建物がない所におり、エリア4へと入ってきた二人に気づくとすぐに視線を向けて臨戦態勢に入ってしまった。
響く咆哮の中二人は武器を抜き、ナルガクルガ亜種と対面する。
だが問題がある。
それは二人はナルガクルガ亜種とはまだ戦闘経験がないという事だ。原種とはそれなりにあるのだが、亜種のクエストには出会った事がなかった。
しかし知識はある。といってもそれは茉莉が把握している事であり、それを瑠璃がまた聞きして把握しているだけに過ぎない。だが知識があるなしではあった方がマシだろう。
抜いた火竜剣【火燐】をダブルセイバー形態にして瑠璃はじりじりとすり足でナルガクルガ亜種へと近づき、古代式回転銃槍を手にした茉莉はその場に留まって状況を見守っている。
「グルァァゥウ……!」
一度唸ったナルガクルガ亜種は瑠璃の側面へと回り込むように跳ぶが、その動きは原種にもある行動だ。瑠璃は慌てず視線で追いながら向き直る。が、ナルガクルガ亜種は更に跳んで背後に回り込んだ。
「……ッ!?」
更に跳ぶ、という行動。
ナルガクルガ亜種は原種よりもフットワークが軽く、一度跳ぶ事もあれば二度跳び、敵に回り込んでいく事があると茉莉が語っていた事を思いだす。背中から翼を伸ばして回避体勢に入り、ナルガクルガ亜種が右翼で切り裂いてきたところでそれから逃れるように横に跳ぶ。
「はっ!」
その際左翼へと刃を通して斬るも、それは浅い傷にしかならなかった。弱点属性といえどもそれではあまり通用しない。そのまま後ろ足付近へと着地し、振り返りざまに足を薙ぐ。
ナルガクルガ亜種の背後からも茉莉が前に進みながら古代式回転銃槍を突き出し、茉莉とは反対側の後ろ足へと溜め砲撃を放つ。
古代式回転銃槍は見た目からしてもなかなか興味深い作りをしている。四つの金属が繋がり、それぞれ右、左、右、左と起動すれば回転しているのだ。切っ先には槍といえるような尖った部分はなく、回転する金属が突き入れるという事でダメージを与える。しかも砲撃を使う事で切っ先が熱されるためその熱ダメージも加味される。
そして古代式回転銃槍の砲撃タイプは拡散。これは溜め砲撃をする際に威力が増すのだ。高い威力を発揮した溜め砲撃がナルガクルガ亜種の右後ろ足へと当てられるが、それでもナルガクルガ亜種は小さく唸るだけ。
そのまま後ろ足に張り付く不届き者を振り払うように、一歩下がって体を勢いよく回転する。すると勢いよくしなった尻尾が二人に襲い掛かった。ガンランスを手にしている茉莉は盾を構えてそれを防御するが、瑠璃は火竜剣【火燐】を長剣形態にして受け流すようにして防御した。
だが、ナルガクルガ亜種の攻撃は終わらない。
「な……っ!?」
両前足を踏みしめて体を支えると、今回転した方向から返るように反時計回りで回転した。周囲を薙いだ尻尾がもう一度振り払われ、瑠璃は火竜剣【火燐】で防御するもそのまま背後へと吹き飛ばされてしまった。
「瑠璃っ!?」
苦い表情を浮かべながら、瑠璃は両腕が痺れる感覚がしながらも何とか空中で受け身をとって地面を滑っていく。気づけば高い岩山まで吹き飛ばされていたようだ。舌打ちして瑠璃が起き上り、火竜剣【火燐】を持ち直して走り出す。
「ナルガ亜種は尻尾の使い方も優れている、か。なるほど、やってくれるわね……」
原種と亜種との差異といえばフットワークの軽さだけでなく尻尾の扱い方もある。先ほどのように回転する際には一度だけでなく二度振り回す事もあれば、ナルガクルガの最大攻撃と言われている尻尾叩きつけも二度行う事もある。
故に気をつけろ、と言われていたが、知っていても実際に見ない事には完全に防御なんて出来るはずもない。
そこで信号弾が上がり、それを茉莉が発見する。縦を構えながらも視界の奥にそれが上がったのを目視し、しかしナルガクルガ亜種が一度距離を取るように後ろへと跳び、そのまま茉莉へと殴りかかってくる。
それを防御し、反撃するように肩へと古代式回転銃槍を突き出した。そうしつつ、
「瑠璃、信号弾です! どうやらあちらも原種と遭遇したようですよ!」
信号弾が上がった事を瑠璃に伝えた。
瑠璃と茉莉はナルガクルガ亜種と。
桐音と十兵衛はナルガクルガと。
それぞれ二人ずつで標的と相対する事になってしまった。舌打ちし、こちらも遭遇してしまった事を伝えるために瑠璃は信号弾を取り出して打ち上げようとしたのだが、ナルガクルガ亜種が視線を動かして瑠璃を睨み、その背後へと回り込むように跳んだ。
打ち上げようとしたところで標的にされてしまい、瑠璃は舌打ちしてそれをポーチに戻した。飛びかかられれば後ろへと下がって回避するが、ナルガクルガ亜種はそのまま突進しかけてその体で瑠璃を撥ね飛ばそうとした。
それを火竜剣【火燐】で防御するも、それでは完全に威力を殺しきれていない。後ろにノックバックされそうになったがそれを堪えて一度離れようとする。
だがナルガクルガ亜種は逃がしてくれそうにない。
続けて防御している瑠璃へと噛みつきにかかり、彼女の行動を制限させる。そんな彼女を救出するべく、茉莉がナルガクルガ亜種の前へと閃光玉を投擲し、その視界を奪ってしまう。
「グワアアアァァァゥッ!?」
突然視界を奪われてナルガクルガ亜種は悲鳴を上げ、目の前にいる瑠璃ではなくあらぬ方を見上げて唸り、そちらへと飛びかかっていった。ナルガクルガは視界を奪われるとがむしゃらに暴れ回る。その場に留まるのではなく、目視出来ない敵を求めてただただ暴れるのだ。
その際正面にいる瑠璃にも襲い掛からない保証はないが、それでも賭けは成功した。ナルガクルガ亜種は暴れながらどんどん瑠璃から離れていく。その隙をついて茉莉が瑠璃へと近づき、暴れるナルガクルガ亜種を尻目にエリア4から離れる事にする。
向かうのはエリア5。
その先にあるエリア6で合流するために二人は森を駆け抜けていった。