集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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37話

 

 

 帰ってきたナルガクルガはすぐそこにいた瑠璃と十兵衛へと突進を仕掛けて接近する。

 突然現れたナルガクルガに舌打ちした瑠璃ではあったが、接近しかけてくるならば接近戦を担当する自分が動かなければ話にならない。ヘビィボウガン使いの十兵衛には接近戦は荷が重い。

 両腕がまだ少し違和感があるが、それでも自分がやらなければという思いに駆られて彼女は動いた。しかしそれよりも早く十兵衛は動いていた。素早く雷砲ラギアブリッツを抜くと散弾Lv2を一気に装填、連続して引き金を引き、小さな弾の嵐をナルガクルガへとぶつけてやる。

 一発一発の威力は弱くとも、顔面にそれが連続してぶつけられることによって、ナルガクルガはたまらず怯んでしまった。

 

「瑠璃さん、撤退ッス! ここは一度退くッス!」

「え、あ、うん!」

「姉御ッ! おいらたちは4に撤退するッス!」

「あいよ! こっちも亜ナルを引きつけておく、そっちから抜けろ!」

 

 鮮やかな手並みにぽかんとしていた瑠璃ではあったが、十兵衛の叫びに思わずうなずきながら走り出す。その際抜いていた火竜剣【火燐】ですれ違いざまに斬りつけるのを忘れない。

 その後ろからも十兵衛が続き、散弾Lv2を当てながら走り抜けていた。だがナルガクルガもやられてばかりではなかった。このまま黙って行かせるわけにはいかないとばかりに体を回転させて尻尾を振り回そうとしたのだが、散弾の嵐にまた痛みにうめいて動きを止めてしまった。

 どうやら思った以上にダメージは体に蓄積していたようだ。そんなナルガクルガを尻目に二人はエリア4へと走り去っていく。それを確認しつつ茉莉もエリア6に向かって走っていく。

 桐音はナルガクルガ亜種をブルーウイングで引き付けつつ後退していき、茉莉が離れたのを確認してブルーウイングを納刀して一気に走り抜けた。ナルガクルガ亜種も逃さないとばかりに跳躍して勢いよく翼を振り抜いたが、桐音が勢いよく前のめりにダイブしてすれすれのところを切り抜けていった。

 受け身を取って回転しながらエリアを抜け、ここに撤退が成功する事になった。

 

 エリア4へと逃げ切った瑠璃と十兵衛の二人は呼吸を整えながら振り返る。

 どうやら追ってくる気配はない。

 一息ついた十兵衛は肩から提げているベルトからチップを取り出し、とんとん、と叩いて残量を確認した。それは電撃弾が入っているチップのようで、その残量は微妙なものになっているようだった。

 

「合流したら調合するかな……」

 

 と呟きながらベルトに戻し、「エリア7で合流するッスか?」と瑠璃に話しかける。それに瑠璃は頷き、二人は並んでエリア7へと北上していった。

 こうして横に並んで歩けるほどには二人は親しくなっている。少し前までは十兵衛が後ろから少しびくびくしながらついてきていたのだが、こうして並べるようになっただけでも上出来だろう。

 とはいえ話題がなければ会話もない。二人は無言でエリア7へと向かい、向こうからやって来た桐音と茉莉と合流した。すると十兵衛はポーチから虫かごを取り出してその場に座り込む。

 続けてカラの実を取り出し、虫かごに入っている光蟲を取り出して調合を始めた。それから作られるのは電撃弾。光蟲が十匹しか持ち込めないが、一匹の光蟲とカラの実で二~四発の電撃弾が作れるので結構補填できるのが特徴だ。

 十兵衛が調合を進める中、瑠璃達はナルガクルガらについて相談を始める事にした。

 

「ナルガも亜ナルもある程度ダメージは与えてある。ナルガの方は十兵衛が放った散弾で結構怯んでいたのを見る限り瀕死は近いとみるけどどうだい?」

「ええ、あたしも同意見よ。一気に叩くならナルガの方ね。……ナルガ亜種の方は? ブルーウイングで結構斬りこんでいたようだけど」

「まだ半分ってところじゃないかい? 火気のブルーウイングと茉莉の砲撃でダメージは稼いだけど、それでも瀕死に近くはなっていないね」

「となれば攻めるなら原種、ということですかね」

 

 桐音と十兵衛が最初から一気に攻め、亜種と合流してもなおある程度攻め続けられたナルガクルガ。桐音が叩き込んだ溜めの一撃が大きな差をつけたと言えるだろう。

 大剣の一撃は武器の中でもトップクラスに位置している。一撃一撃の重さを重視する武器であり、その重量故に手にしながらの立ち回りはかなり遅い部類だ。それを解消するための抜刀、納刀の立ち回りを基本としている。

 また更に一撃の威力を上げる技術、溜め斬りを当てる事が出来れば一気にダメージを稼ぐことも可能としている。

 その重量故に扱うハンターが限られるが、上手く扱えたならばチームの主力となり得る武器。それが大剣だ。

 桐音の立ち回りによって原種にも亜種にも十分なダメージは見込めただろう。彼女はどちらに対しても攻撃を仕掛けている。原種には溜め斬りを数度、亜種には火炎の剣を。本当に頼りになる人だ。

 

「……ん? 動いたようだね。……おやおや、ここに来るみたいじゃないか。十兵衛、準備は?」

「……問題ないッス。通常弾も補填したし、大丈夫ッス」

 

 調合器具を片付けてチップをベルトに嵌めて準備完了。十兵衛が立ち上がると、離れたところに迷彩色の体をした大きな物体が空から落下してくる。それはぐるり、と振り返り、瑠璃達を視認して咆哮を上げた。

 どうやら移動してきたのは亜種の方だったらしい。

 戦ってやってもいいのだが、どうやらナルガクルガの方も移動しているようだ。向かった先は隣のエリア9。そこは西側が森となり、その中には大きな樹が聳えているエリアだ。

 熱い枝木や葉が覆われていて飛竜にとって休息に使えるだけの強度を誇っている。つまりナルガクルガはそこで休眠するのではないかと推測される。

 そうなってしまえば体力を回復されることになる。それを許すわけにはいかなかった。

 

「先に行きな! ここは押さえておくよ!」

「わかりました。よろしくお願いします」

 

 ブルーウイングの柄に手をかけてナルガクルガ亜種へと向かっていく桐音。それを見送り瑠璃と茉莉がエリア9へと向かっていく。十兵衛もそれに続くが、ちらりと背後を肩越しに振り返れば桐音へと飛びかかっていくナルガクルガ亜種が見えた。

 それを掻い潜ってカウンターを入れるようにブルーウイングを抜き放っての抜刀斬り。右翼を薙ぎ払いながら振り返りつつの納刀をし、距離を取りながら自分を見ている十兵衛へと首をしゃくって行け、と告げる。

 それに頷き、十兵衛は瑠璃達を追いかけてエリア9へと移動していった。

 

「さぁて、あたいがまた相手をする事になる、か。いいね、また楽しめそうじゃないか」

「グルルル……!」

「ということで草薙桐音、タイマン、張らせてもらうぜ?」

 

 三人がいなくなってしまったが、ある程度ここに留めておいて原種に合流させないという役割も果たせる。原種の体力を推測すればあの三人でも問題なく討伐ないし捕獲は出来そうではある。

 ここはあの三人を信頼し、この亜種をいいところまで追い込む、または討伐まで持って行ってやろうじゃないか。

 ブルーウイングに手をかけながら桐音はそう不敵に笑みを浮かべるのだった。

 

 一方エリア9へとやってきた瑠璃達は、森にある樹に向かいつつ辺りを見回しているナルガクルガと遭遇していた。当然エリアに入ってきた瑠璃達に気づくと低く唸り声を上げて威嚇し始めた。

 最初に飛び出したのは瑠璃だ。火竜剣【火燐】を手にして長剣形態とし、先手を取るように滑空する。それに続くように茉莉も盾を構えながら疾走し、十分に距離を縮めたところで古代式回転銃槍を抜く。

 背後では十兵衛が雷砲ラギアブリッツに通常弾Lv2を装填して様子を窺っている。ナルガクルガは威嚇しながら尻尾を勢いよく振り回し、先手を取ろうとする瑠璃よりも速く黒毛を撃ち出した。

 だが瑠璃は身を捻って躱し、隙だらけになっている顔を両断するように火竜剣【火燐】を振り抜く。毛は彼女の背後にいる茉莉にも襲い掛かったが、盾で弾きながら更に前進する茉莉に影響はない。

 頬を薙ぎながら側面に回り込む瑠璃に続くように、茉莉も左翼へと回り込みながら古代式回転銃槍を突き出し、砲撃する。反撃するようにナルガクルガがまた二人を吹き飛ばすように回転するが、茉莉は盾で防御して一突き。安定感のある攻守を見せていた。

 

「はぁっ!」

 

 回転を上に飛ぶ事で回避し、羽ばたきながら上を取りつつ斬り、突きと繰り返して攻めていく。そんな瑠璃を叩き落そうと翼を振るってくるが、それを躱しつつ火竜剣【火燐】に炎を纏わせ始めた。

 十分に高めたその火炎を一気に刀身に発現させる。火の粉が尾を引きながら燃え盛り、強く薙ぎ払われた火竜剣【火燐】によって翼から足へと大きく傷を作ってしまう。斬撃の苦痛と火炎の熱さによる二重ダメージによってナルガクルガは怯んでしまい、更に続けて右翼を斬れば体を支える力が抜け、たまらず転倒。

 その隙を逃さず茉莉が古代式回転銃槍のギミックを始動させて一気にエネルギーを充填。

 左翼から背中へと突き抜けるように銃口を合わせて体を支え、解放。轟音と共に放出された竜撃砲。耳をつんざくような轟音だが、慣れてしまえばどうという事はない。むしろ竜撃砲をぶっ放すのが快感になってくる。

 あまり表情が変わらないのでわかりづらいが、少しだけ頬が紅潮している、ように見える。

 

「ぶっ放すッスよ!」

 

 離れたところでは十兵衛が電撃弾を連射している。調合して数を増やした電撃弾を惜しみなく消費し、ナルガクルガへと攻撃を仕掛けていく。

 三人の心は一つ。

 ここで一気に決めるのだ。

 しかしナルガクルガとてただ狩られてやるわけにはいかなかった。

 ナルガクルガも自分の体力の限界が近づいてくるのを感じたのだろう。四肢に力を入れて起き上った奴はそのまま背後へと跳び、その金色の瞳に真紅の光を宿したのだ。

 そうして怒りの咆哮をあげる。

 最後の怒り状態だろう。だからといってどうという事はない。

 怒り状態を相手にしたとしても問題ない、という余裕。殺気をぶつけられれば恐怖を感じるだろうが、それでも退かぬという意志。かといって油断しないという心構え。

 それらを抱えて先陣を切るのは瑠璃だ。

 桐音がいれば彼女は楽しそうな笑みを浮かべながら斬りこんでいくだろう。だが今彼女は隣のエリアでナルガクルガ亜種を引き付けていることだろう。

 だから瑠璃は茉莉と二人で狩りに行く時のように先陣切って攻撃を仕掛けていく。ナルガクルガは素早く横へと回り込むように跳び、滑空する瑠璃を叩き落すように翼を振り下ろしてきた。

 

「ふっ!」

 

 強く翼を羽ばたかせながら体を捻りながらの旋回。すぐそこを空を切りながら鋭い刃が通り過ぎるのを感じながらぐっと火竜剣【火燐】を握りしめ、肩へと突き出し、薙ぐ。

 そんな瑠璃を落とそうと今度は尻尾を振るったが、瑠璃は高速で空中を移動して躱し続ける。それでも目障りな敵を撃ち落とそうとしたのだが、逆に自分が電撃弾を撃たれ続けて怯んでしまった。

 

「グルルル……!」

 

 ナルガクルガの視線が十兵衛へと向けられる。標的にされたか、と感じながらベルトリンクを抜き、一発の弾を装填する。ナルガクルガが瑠璃から離れるように跳び、そのままぐっと四肢に力を入れて身構える。

 そんなナルガクルガの顔を狙って引き金を引き、着弾。十分に力を溜めたナルガクルガが十兵衛へと飛びかかろうとしたのだが、着弾した弾が爆発する。瞬間、ナルガクルガの体勢が崩れて転倒してしまった。

 徹甲榴弾の爆発音に反応したのだ。力が抜けたナルガクルガへと、瑠璃はダブルセイバー形態にした火竜剣【火燐】を手に接近。勢いよく回転させながら翼、横っ腹、足と高速で刃が斬りつけていき、その度に赤い炎が躍る。

 向こうでは茉莉が排熱状態に入っている古代式回転銃槍を手に、弱くなっている足を突き、砲撃。隙だらけな今は溜め砲撃を放って更にダメージを重ねていく。

 最早ナルガクルガに流れはない。

 黒い体はボロボロだった。幾多の斬られた傷、焼けた傷、貫かれて吹き飛んだ傷。

 そうして黒い毛は赤黒く染まり、今もなお血に濡れ始めている。その体でなおナルガクルガは最後の抵抗を続けていく。尻尾を振るい、叩きつけ、また薙ぎ払う。

 

「もう、当たらないっ!」

 

 横で勢いよく振り下ろされる伸びた尻尾をやり過ごし、火竜剣【火燐】を手にしながら回転し、尻尾の側面から後ろ足へと連続して斬っていく瑠璃。尻尾の動きは完全に見切った。

 茉莉も強固な盾で攻撃を防ぎ、カウンターの要領でひたすらに突いては砲撃。先端が尖っていないため、まさに傷口にねじ込むように古代式回転銃槍を突き出している。負傷率の高さからみてもこの攻撃はかなり効いているようだ。

 だがナルガクルガは二人から逃れるように今まで以上の高さで跳び、茉莉の背後を取った。

 

「……ッ!?」

 

 背後に着地する気配。続けて着地の際に発生する風圧が襲い掛かるが、リオハートシリーズによって風圧には耐性があるので問題ない。

 振りかぶられる翼を感じて茉莉は盾を構えながら振り返る。薙ぎ払われる翼を盾で防ぐがしっかりとした防御じゃなかったために強く弾かれる。それに踏ん張ったが、体を捻るナルガクルガの尻尾が襲い掛かってくる。

 鞭のようにしなりながら迫る尻尾を防ぐ術はない。気を込めてダメージ軽減を計らいながら茉莉はその一撃を受けて吹き飛び、瑠璃の声を聞きながらも何とか受け身をとろうとした。

 しかし勢いは強く樹まで吹き飛ばされて幹に叩きつけられた。向こうから「茉莉さん!?」と驚く十兵衛の声が聞こえるが、叩きつけられた衝撃で声が出ない。

 そんな彼女をフォローするように十兵衛が駆け寄ってくるが、ナルガクルガがその動きに気づいて十兵衛へと回り込んでいく。

 

「だから近くに寄ってこられると困るッスよ!」

 

 と言いながらも手は素早く動いてチップから取り出した複数の弾を一気に装填していく。回り込んできたナルガクルガが翼を振るおうとしているところを見越して側面へと跳びつつ、雷砲ラギアブリッツに装填した散弾を発射。

 ばら撒かれる小さな弾が幾多も襲い掛かり、ボロボロの体の傷を抉ってくる痛みにナルガクルガが呻いてしまった。

 その隙を逃さず、瑠璃が頭上を位置取って火竜剣【火燐】を長剣形態にし、刀身へと火炎を纏わせながら一気に急降下した。頭にも十分なダメージを与えている。

 弱った部分に決定打を。

 迫ってくる熱気にナルガクルガははっとした表情で見上げようとしたが、それを防ぐように十兵衛がポーチから音爆弾を取り出して投擲。破裂した高周波の音がナルガクルガの耳を侵し、たまらず硬直してしまった。

 その隙をついた一撃。

 燃え盛る刀身は額を貫き、彼女の急速落下の勢いが加わって鱗を焼きながら埋没していった。刹那、轟々と燃える炎がナルガクルガの頭を焼き、断末魔の叫びを上げながらナルガクルガの体が痙攣しだす。

 その声は尾を引きながらエリアに響き渡り、やがて力を失ったように体を地に伏せた。

 

「……ふぅ」

 

 それを確認した瑠璃が息をつきながら深々と突き刺さった火竜剣【火燐】を何とか抜き、地を払うように横に振って納刀した。そうしている間に十兵衛が茉莉の下へと駆け寄り、「大丈夫ッスか?」と声を掛けながら彼女の体を起こしてやった。

 「ええ、大した傷ではないですよ」と控えめに微笑を浮かべながら差し出された手を取って茉莉は立ち上がる。ぱんぱん、と埃を払っている茉莉の様子を見ていると本当に大きな傷に放っていないようだ。これもリオハートシリーズのおかげだろう。

 瑠璃がどこか心配そうに駆け寄ってくるが、彼女にも大丈夫だと示すように微笑を浮かべてみせる。

 何にせよこれでナルガクルガの討伐は成功した。

 あとは隣のエリアにいるナルガクルガ亜種だ。彼女一人で戦っているがどうなっているだろうか。三人は揃って駆け出していった。

 

 それは均衡しているのか、あるいは勢いによって傾いているのか。

 見る者はどう思うのだろうか。

 

「はっはぁ! おら、もういっちょぉお!」

 

 嬉々としてブルーウイングを振り回す桐音。両手で握りしめたそれを軽々と振り回す彼女はオレンジ色のオーラに包まれている。この色は轟気だろう。それに包まれている彼女は荒々しさを感じさせるような雰囲気を瞳に宿し、彼女をかく乱しようと跳び回るナルガクルガ亜種を見つめている。

 フットワークの軽さを生かして彼女の視覚に回り込んだナルガクルガ亜種は、勢いよく尻尾を叩きつけて彼女を押し潰そうとした。しかしそれを感じ取った桐音は振り返らずに横へと跳び、肩へと担ぎ込んだブルーウイングを振り返りながら勢いよく振り下ろす。

 技術などない、そこにあるのは力任せな一撃だった。

 しかし大剣ならば十分な破壊力を見込める。それは硬い刃のような翼を叩き折り、破片が宙に舞う。その痛みに耐えられずナルガクルガ亜種が転倒してしまい、それを見た桐音はブルーウイングを納刀し、ぐっと柄を握りしめて力を溜め始める。

 

「ダメだねぇ……全然ダメだ。最初の内は心躍ったけど、忍耐力がないようだね。轟気、収束。剣気顕現!」

 

 その言葉に反応して彼女を包み込んでいたオレンジ色のオーラがブルーウイングへと移動し、凄まじい勢いで気がうねって剣を形作る。刀身はまるで何かの爪のように三つの刃が鋭く尖って形作っていた。

 

「呑まれたかい? だったら仕方ないね。でもこれに呑まれるようじゃおしまいだよ。それなりに楽しかったけど、終わらせようか? 亜ナル」

 

 十分に力を溜めた桐音は勢いよく地を踏みしめながらブルーウイングを振り抜く。蒼い刀身と爪のようなオレンジ色の刃がナルガクルガ亜種の腹を鋭く切り裂き、鮮血が怒涛の勢いで噴き出してきた。

 ナルガクルガ亜種の鱗や毛は硬いことは硬いが、しかし他の飛竜らと比べれば少し落ちる程度。彼らにとって防御よりも回避の方が得意だからだ。それは素早さを重視する生態からしてもよくわかる。

 一番硬いのが翼にある刃。これは大抵の武器を弾くだけの強度はあるが、これに並ぶ硬さは他にない。しなやかでそれでいて硬い毛と鱗が体を守るだけだ。

 それを突破すれば、あとは重い一撃を叩き込むだけで十分にダメージが見込める。

 そして桐音の一撃は一気にナルガクルガ亜種を瀕死へと追い込んでしまった。溜められた一撃と轟気の剣気。それに追撃するようなブルーウイングの火炎。

 悲鳴が響き渡る。

 それを聞きながら桐音はブルーウイングを薙ぎつつ身を低くして次の構えを取る。ブルーウイングの刀身は彼女の背後に伸びるようにされ、握りしめられた腕は自分の腰付近の背後へとある。

 その状態で更なる力を溜める。

 必殺の溜め斬りの次の段階、通常の溜め斬りよりも上の威力を叩きだす強溜め斬りの構えだ。

 彼女のただならぬ気配にナルガクルガ亜種は何とか逃げ出そうとしたが、跳んだ瞬間に振り下ろされたブルーウイングの一撃がまた翼に叩き込まれたために文字通り叩き落された。

 その様子に桐音は溜息をつきながらブルーウイングを構える。

 

「やれやれ、終わらせようか? 剣術が――」

 

 そう呟いた瞬間、ナルガクルガ亜種は最後の抵抗とばかりに何とか起き上って尻尾を振り回してきた。それを冷静に構えを解いて盾にするように構えて防ぐ。その隙をついてナルガクルガ亜種は桐音から距離を取るように後ろへと跳んだ。

 そのまま尻尾を振り回し、あの濃密な毛を放出してきた。空を切る音も原種のものと違う、かなりの威力があるそれを桐音は冷静にやり過ごしていく。背後で着弾していく音を感じながら、往生際の悪い子供をなだめるように「腹、括ろうじゃないか。なあ、亜ナル?」とどこか優しげに声をかけて――消えた。

 どこに消えた、とナルガクルガ亜種は焦ったが、どうせ今までのように側面から来るのだろうと判断し、その場で回転して尻尾を薙ぎ払う。が、手ごたえがない。

 ならばもう一度、と尻尾を振り回したのだがやはり手ごたえがない。

 

「――どこを見ている? 剣術奥義が一――」

 

 声は、ナルガクルガ亜種から数メートル離れたところから聞こえてきた。水際に生える高い水草の中に身を隠しながら、桐音はブルーウイングを構え、姿勢を低くして力を高めていた。

 その視線はしっかりとナルガクルガ亜種を見据え、十分に力を溜めたそれを解放する。

 あれはまずい、そう感じたナルガクルガ亜種はそこから離れたのだが、そうしたところで意味はなかった。逃げるナルガクルガ亜種を追うように狙いを変えながら桐音はブルーウイングを振り抜いた。

 

「――断崖!」

 

 それは文字通り崖を断つ一撃。

 振り抜かれたブルーウイングからオレンジ色の気刃が炎を纏って放出され、大地だけでなく空気すらも切り裂き、かち割っていく。

 それはまさに剣の衝撃波。

 纏われた気を巻き込み、振り抜かれた剣から発生する衝撃波だけでこの現象を作り出していた。走り抜ける衝撃波は逃げたナルガクルガ亜種を逃がさない。例え飛んだとしても彼女はそれを空中に撃ち出して落としていただろう。

 ナルガクルガ亜種を通り抜けた衝撃波はそのまま背後の森すらも巻き込み、木々をも真っ二つにして数メートル突き進んでいった。

 ……そう、真っ二つだ。

 オレンジ色の気刃を含んだ衝撃波の疾走は大地も、木々も、そしてナルガクルガ亜種をも切り裂き、蹂躙した。通り過ぎた先には割れた傷跡と吹き飛んだ砂や草、そしてそれらを赤く染める血が残される。

 

「……ふぅ、久々の一撃は疲れるな」

 

 大きく息を吐いて桐音はブルーウイングを納刀して両肩を揺らし、回した。ついついはっちゃけてしまったが、これもあの三人がいないからこそできる芸当だ。誰かがいればそれらをも巻き込んで切り裂きかねない一撃なのだから。

 

(本当に大剣の剣術は人に使えるようなもんじゃないな。まさに、対竜剣術ってな……)

 

 肩や腕を回しながらそんな事を考えているとエリア9の方からあの三人が駆け寄ってくる。そして割れた大地を見て瑠璃がどん引きしているのが見えた。茉莉も興味深そうに口元に指を当てながら「ほうほう……」と呟きつつこの惨状を見回している。

 十兵衛もあの骸に隠れているがどん引きしているんじゃないだろうか。そんな様子に苦笑しながら桐音は片手を上げて三人を出迎えた。

 

 ナルガクルガ亜種の素材を剥ぎ取り、エリア9に戻ってナルガクルガの素材もはぎ終えた四人はベースキャンプへと帰還した。クエスト達成の旨を伝え、ユクモ村へと戻る準備を進めていく。

 今回も特に問題なくクエスト達成する事が出来た。不安定だったが乱入してきたモンスターもいなかったし上々だろう。最後に桐音がどういうわけかとんでもない芸当を見せていたようだが、本当に一体何者なんだろうか。

 瑠璃は竜車へと荷物を積み込みながら彼女の事を横目で見てみる。

 実力者というのは間違いない。実際にこの目で確かめているし、彼女のおかげで体術の鍛錬も幅が広がっている。

 だがあのオーラ。

 どういう原理を使っているのか様々なオーラを纏って戦う、というのはよくわからない。気を纏う、という技術に近しいのだろうが、あれはただの気ではないのは間違いない。

 そして武術。

 マイナーなものといっていたが恐らく草薙の剣術なのだというのはわかる。草薙の者しか使えないという事はあのオーラが関係しているのだという事が推測できる。

 草薙の一族……何者なんだろうか。

 訊いてみたいが、弟の一件もあるようだしそう気安く訊いていいものじゃないかもしれない、と瑠璃達は踏み込めずにいた。それに自分達はチームだが一時的なものだ。自分達には話せない事があるし、それを抱えているからこそ訊けないというものもある。

 どうしたものか、と考えていると桐音が荷物を手にしながら何かに反応して顔を上げる。

 そのまま北の方角を睨み、目を閉じて集中し始めた。

 

「どうかしましたか?」

「…………まさか」

 

 茉莉が声を掛けるが桐音は目を閉じたまま気配を探り続けているだけ。そうしてそれに気づいた時、桐音は荷物を放り出して走り出した。その際掛けてあったローブを手に取り、羽織りつつ坂を駆け下りていく。

 

「ちょ、姉御!? どこ行くッスか!?」

「……ただ事ではないですね。追いかけましょう」

「そうね、行くわよ、十兵衛!」

「え、マジっすか? ちょ、待ってッス!」

 

 桐音の様子が普通ではないと判断した茉莉が走りだし、それに瑠璃も続いて坂を駆け下りていく。十兵衛も慌てて荷物を置き、彼女らを追うように走り出した。

 坂を駆け下りた桐音はその勢いを殺さないままに跳躍し、段差を飛び越えて着地してエリア4へと北上していく。彼女の背中を見失わないよう瑠璃達も何とか段差を飛び越えていき、エリア4を目指した。

 だが桐音はエリア4へと来ると立ち止まり、辺りを見回し出す。

 ここは広いが左手は高い岩山になり、右手は崖になっている。平地は転々と廃墟が存在するだけで、それがなければ完全な平地だ。その中で桐音は何かを探すように辺りを視線で巡らせ続けている。

 追いついた瑠璃が「いったいどうしたってのよ?」と声を掛けるが返事はない。

 やがて桐音は小さく息をつくと、

 

「とっとと姿を見せたらどうだい? あんな風にわかりやすく気を放ったんだ。あたいを呼び出したんだろ――クソ野郎ッ!?」

 

 その呼び声は怒号だった。

 殺気を放ち、彼女がそうやって呼びかける相手といえば聞いた話だが一人しか思い浮かばない。そしてそれに応えるように、何者かが廃墟の上へと降り立った。

 それは少年だった。

 黒い髪をオールバックにし、竜の紋が描かれた赤いローブを纏い、右手に持つ槍でとんとん、と肩を叩きながらじっと桐音を見下ろしてくる。その鋭い碧眼はどこか喜色が見えるようで、桐音の殺気に満ちた碧眼と交差している。

 そして十兵衛はあの少年を見て、「あ、あいつは……あの時おいらを襲ってきた奴ッス!」と指差しながら叫んでいる。その言葉から、瑠璃と茉莉もあれが誰なのかを察した。

 

「よぉ、久しぶりって挨拶した方がいいかい? 姉貴?」

「……てめぇに姉貴呼ばわりされたくないんだがねぇ、愚弟? どういうつもりだい? 今ここであたいを呼び出すとは……そんなに、死に急ぎたいのかい?」

「くっく、相変わらず殺気に満ちてるねぇ……嬉しいねえ、そうやってオレを殺したがっているのは。……でも、悲しいなぁ……相変わらずつまらないやり方で殺しているなんて、さ」

 

 左手で顔を覆いながら実に悲しいです、という風に首を振る。「どういうことだい?」と問いかけながら、桐音はローブに手を入れて武器を探っている。それに気づいているようだが、少年――草薙武は「だってさ」と前置きしながら手を広げてまた首を振った。

 

「草薙の剣術を振るわずにわざわざ戦い続けている。……つまらないよね、それってさ。オレ達の武術はあいつらを殺るためのもの。惜しみなくそれを振るって殺してやる、そういうもんだろう? どうしてわざわざ戦いを長引かせるのか、姉貴、つまらない奴にまだ成り下がっているのかい? 悲しいねぇ、オレは悲しいよ」

「……はっ、さっさと殺してやる? それこそつまらねえだろうよ。狩りはあたいらハンターとあいつら飛竜らの戦いさ。戦いってのはその過程が大事だろうよ。とっととくたばっちまう早漏野郎なんぞにあたいは興味ねえな。……愚弟、どうやらてめぇは相変わらず早漏らしい。磨き上げた技術は早急に狩るためのもんじゃねえ、その技術を用いてやつらとどれだけ斬り結べるのか、命を懸けて殺りあえるのかを楽しむためのもんさ」

 

 そう言った桐音はローブからいつも腰に下げているあの二振りの小太刀を抜く。瞬間、小太刀が淡い青の光を放ち出す。握りしめた桐音の気に反応しているのだろうか、その光は静かで冷たい雰囲気を漂わせている。

 それを見た武はまた小さな笑みを浮かべて「懐かしいねぇ……それが抜かれて光るのも」と呟いた。

 

「愚弟、てめぇはただ殺して素材を得る事だけを考えるくだらなくもつまらない、そしてクソな早漏に成り下がった野郎だ」

「早漏早漏うるさいねぇ……男としては悲しいよ? オレのモノは結構やんちゃな暴れ馬だぜ?」

「はっ、その長くて鋭いモノは淡々とフィニッシュを突き出すだけだろうが。それのどこが早漏じゃないって? せめて数十分は突き続けな。もちろん、単調にならずに様々な技術を使ってなぁ!」

「……なんスかこの会話は……」

「これはひどい」

 

 後ろにいる十兵衛は呆れ、茉莉は無表情に呟くだけ。瑠璃は少し赤くなって拳や唇を震わせている。しかしそんなツッコミも気にした様子もなく桐音は小太刀を手にしながら中指を立ててやる。

 

「だがそんな日々も今日で終わらせてやる。あたいが、終わらせる。そして差し出しな、てめぇが里から持ち去ったあの剣をな!」

「…………くっく、残念ながらそれは断るぜ、姉貴。あれはまだ眠り続けているんでね、オレが目を覚ましてやるのさ。今回もナルガの天鱗を求めてやってきてみたが……残念、あれにはなかったらしい。悲しいねぇ……」

「はっ、またあれに執着してんのかい? あれが仮に目を覚ましたところでてめぇが扱えるような代物じゃないさ。それに、あれを使う時期でもないだろうに」

「……んん? “使う時期”じゃない? 寝ぼけてんのかい、姉貴? 悲しいねぇ……どうやら気づいていないとみえる。そうまで姉貴は落ちぶれてしまったようだ。悲しいねぇ……実に悲しい」

「……どういうことだい? 愚弟、てめぇは何を知っている!?」

 

 ただならぬ言葉に桐音が声を張り上げるが、武はにやにやと笑うだけで答えない。逆にローブを翻すと、右手に持つ槍を両手に構えて回転させて先端を桐音に向けた。

 そうして廃墟から飛び降りると、音もなく着地して「……知りたければ、オレを屈服させてみなよ、姉貴?」と挑発的に冷笑を浮かべて告げる。

 その言葉に「上等だ」と淡々と告げながら桐音は数歩前に出ていった。

 

「それじゃあ久々に――殺りあおうか、姉貴?」

「早々に音を上げるんじゃないよ? そんなんじゃあつまらねえからさ、愚弟?」

 

 その言葉が狼煙となり、同時に二人は相手に向かって疾走した。

 

 ここに、草薙姉弟による喧嘩(ころしあい)が始まる事になる。

 

 

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