ユクモ村に戻ってきたのはその日の夜だった。竜車を竜小屋へと届け、瑠璃と茉莉がクエスト達成を伝え、十兵衛が桐音を連れて診療所へと向かって桐音の傷の治療を医者へと頼んだ。
彼女の傷は彼女自身の自己治癒力を高めるものである程度は治癒できているようだが、それで完全に治っているという訳ではない。しっかりとした手当てをしなければ傷跡が残る程にひどい傷を負っているのだから。
報酬を受け取り、二人は診療所へと向かい桐音の様子を見てきたのだが、手術中だったので様子は見れらなかった。手術は数時間行われ、傷跡はうっすらと残るだけに留められる見込みらしい。命に別状はないとの事だった。
それに安堵し、数日入院して経過を見守る事になり、瑠璃達は診療所を後にして宿へと帰っていった。
そうして数日が過ぎ、桐音が退院すると酒場に移動し食事をする事にする。席に着くと桐音は瑠璃達へとこう伝えた。
「一度あたいはここから離れる事にするよ」
「え、マジッスか?」
「愚弟が現れたからね。どこへ行ったのか、何をしているのか……探ってくる事にするよ」
目的である武が姿を現したのだ。数日入院したことで武はあそこからどれだけ離れたかはわからないが、彼の事だから案外近くに滞在している可能性があるかもしれない。
彼の性格の事を把握している桐音は、自分の事をおちょくる可能性がある事を想定して近場に潜伏しているのではないかと推測したのだ。
「一人で行動を?」
「ああ。これはあたいの戦いだからね。チームから抜けてしまう事になるけど……」
「いえ、元々はそういう話でしたからね。気にする事はありません」
「すまないね。……十兵衛はこのまま二人についてやりな。今なら……あたいがいなくても組めるだろ?」
「……うっす」
隣にいる十兵衛へと視線を向ければ彼は控えめに頷いた。そんな十兵衛にどこか嬉しそうに頷き、「よし、しんみりとした別れは好かねえ。パーッとやっちまおうぜ!」と親指を立ててみせる。
ウエイトレスを呼ぶと料理を注文していく。四人分の料理を頼んだ後、十兵衛が少しもじもじしだした。そうして控えめに手を上げ、
「……すみません、少しお花を摘みに行ってくるッス」
「どうぞ」
お気になさらず、という風に茉莉が頷き、ぺこぺこと頭を下げながら席を立って離れていく。それを見送った瑠璃が少し控えめに桐音へと声をかける事にした。
「あのさ……一つ訊いてもいい?」
「ん? なんだい?」
「どうしてあんなに殺りあえるほど弟と仲悪いの?」
「……まあ、気になるだろうね。……ま、一言で言えば姉弟のくせに反りも馬も合わないって事だね。でもってあいつは里の宝剣を持ち出した。血縁者としてあたいはあいつの命でその罪を贖ってもらう、あたいが断罪する。それだけの事さ」
宝剣。
それについても気になるところだ。
何せ桐音が持っているあの小太刀は妖刀の類に近しい物だと推測できる。となれば宝剣も魔剣の類ではないかと推測できる。それをあの武が持ち出したとなればとんでもないことになるのではないだろうか。
何せ言動も危険に満ちていた。ああいう輩は放置しておくわけにもいかない。
だからこそ姉として彼を断罪する。
「また見つけ出したら?」
「殺す。そしてあの剣を回収する。それは変わらないよ」
「なんぞ物騒な話をしとるのお、桐音嬢ちゃんら」
そんな事を話していると瑠璃と茉莉の後ろから榊が手を上げながらやってくる。その後ろには彼のオトモ……戦アイルーの佐助と椿もいる。彼らは隣の机の席へと座り、桐音を見据えて口を開いた。
「なんかあったんかのう? 推察するに噂の弟の事か? 先日の怪我の事も関係しとるとみるが」
「まあね。ようやく出会ったんでね、ちょっくらこっちから打って出ようと考えているのさ」
「ということはユクモを離れると? ほうほう、嬢ちゃんもか。ワシらも近日にはここから離れる予定なのだよ」
「そうなの? ってことはあたしたちだけがここに残るって事か」
「他にもハンターはいますけどね」
まさかこの数日で一気に知り合ったハンター達が離れていくとは。しかもかなりの強者たちだ。こんなハンター達が離れていくとは……と思わないでもないが、他にも名のあるハンターがいるのであまり問題にはならないだろう。
「そういや嬢ちゃんら、イビルジョーに遭遇したと聞いたが……」
「そうだね。あそこで乱入してこなかったら……いや、仮定の想像はやめとくか」
目を閉じてあの時の事を思い返す桐音だったが、首を振って考えるのをやめる。あれはどっちに転んでもおかしくなかった戦況だった。自分が武を殺していたかもしれないし、逆に武が自分を殺していたかもしれない。
あるいは相打ちだったかもしれない。
イビルジョーの乱入によってこの分かれ目が強制的に潰されたのだ。あの時武が呟いたようにある意味空気を読まれたといってもいい。
そう考えていると佐助が腕を組みながら天井を見上げつつイビルジョーの事を思い返し始めた。
「……ジョーが現れるなんてね。ほんと、あいつは空気を読まずにどこからともなく現れるからやり辛いんだよな」
「わっはっは! それを逆に返り討ちにする楽しみもあろうて!」
「おやっさん、そういう意見は少数しかないにゃ。大抵のハンターは尻尾を巻いて逃げるしかないにゃ」
「そうですね。あの時あそこに留まっていればまず間違いなく私達は死んでるでしょう。……初めて相対しましたが、本当にあれはやばいですね」
イビルジョーに関しては噂に伝え聞いている。東方のハンターならば……上位以上のハンターならば頭に入れておかねばならない危険な存在だ。外見的特徴、生態、そしてその危険性。これらを知識として吸収しておかねば話にならない。
飢えをしのぐために獲物を求めてどこにでも現れ、引っ掻き回すだけ引っ掻き回し、新たな獲物を求めてどこへなりとも消えていく。まさしく台風のような存在。
だがそれは台風にしては牙も爪も鋭く、巻き込まれて逃げられなければ命は無残に散らされてしまう。抗う力がなければ即、逃亡しなければならない。
そう話は聞いていたのだが、瑠璃と茉莉はその現物に遭遇したことは一度もなかった。これを運が良かったというべきか、あるいは経験不足というべきか……。なにせ上位のクルペッコが大型モンスターを呼び寄せる際にもイビルジョーの声を覚えている個体ならば、これを以ってしてイビルジョーを呼び寄せてしまう事だってあるのだ。
こうなれば狩りどころではなくなり、やむなくリタイアをしてしまうハンターもいる。中にはこれを利用してイビルジョーを狩りに行く猛者もいるらしいが……そんなものは一握りだろう。
なので二人はあの時がイビルジョーとは初対面。今でも思い出せるあの撒き散らされる殺気と溢れ出る捕食者としてのオーラ。あの目は敵を睨む目ではなく、目に映るもの全てが自分の糧であるという捕食者としての目だ。
「あれって、本当に狩れるの?」
「おうよ。あれもまた獣竜種に分類されるモンスターよ。ワシらがそれ相応の実力を持ち、武器と防具を纏ってハンターとして戦えば討伐する事は可能じゃわい。かっか、嬢ちゃんらも今より強くなれれば……いずれ逃げずに戦う事は出来るじゃろうよ!」
本当にそんな時が来るのだろうか。来たとしてもそれは今じゃないだろう。数か月先か、数年先か……それくらいの時間をかけて実力を磨き上げなければ話にならないはず。
そんな事を瑠璃は考えてしまうのだった。
そうしていると料理が運ばれてくるがまだ十兵衛が帰ってこない。
どうしたものかと考えるが、桐音達の机へと料理と酒が運ばれてくる。
そこで榊が空いている席にも料理があるのに気付いて首を傾げる。
「む? あと一人おるのか?」
「ああ、十兵衛がね。用をたしに行っているよ」
「ふむ」
「榊さん達は料理は?」
「椿たちはもうさっき食べてきたにゃ。これから宿に戻ろうとしているところだったにゃ」
「なるほど。じゃあこれでお別れだね」
そう言って桐音がグラスを掲げる。榊らの手元には何もないが、彼はグラスを持っているかのように手を上げる。そうして乾杯をするように動かし、「またいずれ会えることを願おう」と笑って見せた。それに桐音も応えてグラスを傾け、グイッと一杯呑む。
「瑠璃嬢ちゃんと茉莉嬢ちゃんも元気でな」
「ええ。あなた達もね」
「お達者で」
瑠璃達にも別れを告げてそれぞれと握手をし、榊達は手を振って酒場を後にしていった。それを見送り、少しして十兵衛がトイレから戻ってくる。料理が運ばれていたことを見て「……すみません、待たせたッスか?」と申し訳なさそうにしながら席に着く。
「いや、気にする事はないよ。時間も潰せたしね」
「? なんかあったッスか?」
「ええ、榊さん達と少し」
先ほどあった事を話し、十兵衛が相槌を打ちながら「別れ、言えなかったッスね……」と少し残念そうに呟いた。そうして昼食はちょっとした酒宴となり、桐音と過ごした日々や狩りを思い返しながら食事と酒を進めていく。
酒も何杯かおかわりをし、酔いも少し回ってきたところでお開きとなった。
宿に戻り、桐音が準備をすると酔い覚ましを口にしてユクモ村の門へとやってくる。どうやら早いところ村を出て足取りを追おうというつもりらしい。
見送りに来た三人に笑いかけ、「頑張れよ、色々とさ。次に会ったらまた一緒に狩ろうぜ」と右手を差し出してくる。
「ええ、そのためにも死ぬんじゃないわよ?」
「ああ。殺されてやるわけにはいかないさ」
まず瑠璃がその手を取って握手する。彼女の言葉に不敵に笑ってみせた。
次に茉莉へと手を差し出し、茉莉もそれを握りしめて小さく頷いた。
「お元気で」
「おう。茉莉も……って、お前の場合は瑠璃がいれば色々と元気だろうけど」
「はっはっは。まあ、否定はしませんよー」
「おい、どういう意味よ、コラ」
ぽん、と茉莉の肩に手を置いてじっと睨みつける瑠璃だったが、茉莉は気にした風もなく口元で笑いながら桐音と握手をしている。桐音も桐音でにやにやと笑いながらこの双子の姉妹を見つめているため、瑠璃は少しふてくされ始めた。
最後に十兵衛にも手を差し出し、
「お前も頑張れよ。……色々と、な?」
「うっす。……ってなんスかそのにやけた顔は」
「え? いや、ほら、なあ?」
ほらほら、と視線を双子に向けて意味ありげな表情を浮かべる桐音に、十兵衛は骸の奥から溜息をつく。
「まだ言ってんスか? 別においらはそういう気は……」
「ないと? おもしろくねえなぁ……」
握手した手をほどき、桐音はぐっと顔を寄せながら無理やり十兵衛の肩を組んでやった。そうして耳打ちするように話しかけていく。
「少なくともあたいはこれはいい機会だと思うわけだよ。お前もいい歳しているし、そういう事考えないのかい? 種族的にも問題なし、ハンター同士で気が合う。……これほど好条件の物件はないと思うんだがね?」
「……そうかもしれないッスが、本人たちの意志ってもんがあるッスよ? 別においらはそんな気は……」
「ないと? え、ないの? どこが気に入らねえんだよ。いい娘たちだとあたいは思うんだけど?」
「いや、おいらもそう思うッスが……なんていうか……」
「はっきりしねえなぁ。なんか、訳ありなわけ?」
「…………いや」
そう言いながらそっぽ向く。その様子を見ながら桐音はふむ、と小さく息をつきながらじっと十兵衛の横顔を見つめ、ぼそりと「傷の事か?」と呟いた。それに十兵衛はぴくり、と反応した、ように見える。
「まあ、それはお前から切っても切れない事だろうな。……でも、あいつらはそんな事でなんやかんやと言うような奴らじゃないと思うぜ?」
「……でも、どこかぎこちなくなるッスよ。そうなるのがわかっているからおいらは……」
「でもそういうのって寂しくないか? そうやって長い時間、一人で過ごすのか? こうして出会った縁をふいにするのか? ……そんなの、寂しいだろ?」
優しく語りかけながら桐音は十兵衛の肩から離れ、ぽんぽんと頭を撫でてやる。その様子に近くにいる双子は首を傾げる。これまでの会話は小声で行われているため二人には聞こえていないらしい。
そして十兵衛は桐音の言葉にまた無言になってしまう。
「……ま、あたいはお前のその“傷”を見た事がないから何とも言えないけど、でも例え見たとしてもあたいは気にしない、とだけ言うよ。誓ってもいい」
「まあ、姉御はそうでしょうね。でも姉御みたいなのがそうごろごろいるわけじゃないッスよ。だから今は何とも言えないッス」
「そうかい。ま、今はこれ以上は何も言わない。三人で頑張るこった。……お二人さん、十兵衛をよろしく頼むぜ」
ぽんぽんとまた十兵衛の頭を撫でながら双子に小さく頭を下げる。まるでそれは弟を任せる姉のようにも見えるのだが、ある意味異質だろう。なにせ本当の弟に対しては殺意を向けて殺し合ったのを見たばかりなのだから。
十兵衛は桐音の弟のように見えたのは何度かあるし、武の事を知らなければ普通に見ることが出来ただろうが……色々と複雑だ。しかし十兵衛の事はもう仲間だと思っている。
それに異を唱える気はなく、二人は頷いたのだった。
そして桐音は手を振って竜小屋から引かれてきたアプトルへと騎乗し、手綱を操ってアプトルを走らせ、去っていった。
その姿が見えなくなるまで見送り、一息ついた三人は自然と階段を上っていきユクモ村へと帰っていく。今日のところは休息だ。クエストに行く気は三人にはなかった。
その代わり先日のクエストの報酬として得た素材を改めて確認する。桐音の分はやはりというべきか瑠璃と茉莉へと分配された。どうやら彼女は別にナルガ素材は必要なかったらしい。
十兵衛も特に使う予定はなかったようだが、一応少しは受け取っていた。それでも余った素材は結構あり、瑠璃は予定通りこれを使ってあれを強化する事にした。
鍛冶屋へと向かってヒドゥンサーベルの強化を依頼し、数日後それは夜刀【月影】へと生まれ変わる事になった。
夜刀【月影】を受け取り、酒場へと向かった三人はこれからどうするかを話し合う事になる。三人となった事でチームワークも変化する。今までならば桐音が先陣切って前へと出ていき、一番のダメージソースを担っていたのだ。
彼女が抜けたのは結構大きかったりする。
また二頭クエを受ければ二人ずつで分かれていたがそれも出来なくなる。となれば、二頭クエはもう受けられない。いや、出来ない事はないが結構時間をかけて討伐する事になるだろう。
まずは三人で戦えばどれだけの戦いをすることになるのか、それを把握してみる事から始めてみようか、という流れになった。また渓流に行くのか、あるいは水没林か密林に行くのか。
いや、砂原に行ってみるのもありか、いやいや凍土も捨てがたい。
そんな中で十兵衛がぽつり、と「炭鉱夫でもやってみるッスか?」と漏らした。その言葉に二人の視線が十兵衛に向けられる。
「炭鉱夫って……あれ? 火山に篭って鉱石を掘り続けるっていう」
「そうッス。もちろんただ掘り続けるだけじゃなく、出てきた大型モンスターも相手にしたりすることもあるッスよ。火山に出てくる奴らってその特徴上結構歯ごたえのある奴ばかりッスから、相手にとって不足ないかと思うッスが」
火山。
生物にとって死地ともいえる環境となっているフィールドだ。昼夜を問わず溶岩、マグマによる熱気がこもり、クーラードリンクがなければ人が中を歩く事などままならない。水分が奪われ、体力が奪われ、ただ死を待つのみだ。
ここに生息しているモンスターもこの過酷な環境に生息しているだけあって高い能力を保有し、他のフィールドに生息しているモンスターに比べて強力なものが多い。また火山に生息しているだけあって火属性には耐性があるのもまた特徴の一つだろう。
そんな場所にもハンターは入り込み、モンスターと戦うのだ。
そうでなくともここに足を踏み入れるハンターはいる。
それはここが良質の鉱石の温床だという側面もある。これを求めてハンターが入り、ただただ無心にピッケルを振り続けて鉱石を獲得するのだ。鉱石だけでなくお守り、塊を求めるハンターもおり、そんな彼らの事をいつしか炭鉱夫と呼ばれるようになった。
ここにいる十兵衛もその内の一人であり、ユクモ村に来るまではそうやって日々を過ごしていたという。
「火山、か……ふむ、悪くはないですね。私も少し鉱石が欲しかったところですし、いい機会ですね」
「ああ、あたしも少し鉱石欲しかったし異議なしよ」
「じゃあ火山に行くって事でいいッスね」
目標を決定すると今度は何をするかだ。クエストボードへと向かい、依頼書を確認していく事にする。火山のクエストが集まっているのかをチェックしていくとあるのは以下の物だった。
アグナコトル一頭の狩猟。
ウラガンキン一頭の狩猟。
ラングロトラ二頭の狩猟。
ブラキディオス一頭の狩猟。
現在届いている依頼書として上位のものはこんなものだった。その中に気になるものと言えばやはりこれだろう。
粉骨砕竜! ブラキディオス一頭の狩猟、フィールドは火山。
近年確認された獣竜種のモンスターであり、通称砕竜と呼ばれている。両手に粘菌が繁殖しており、唾液を当てれば活性化するそれを使って戦うという新たな戦術を保有する。
それは時間が経過すると爆発する特徴を持っており、それはハンターの武器に使えば爆破属性となって発揮される。
そうでなくとも硬いその特徴的な腕はまさしく剛拳と呼ぶにふさわしく、これを振るって狩りをするのだ。また角にも粘菌が繁殖し、これを一気に活性化させて地面に突き立てる事で爆破の連鎖を引き起こす事も可能としている。
それがブラキディオス。
興味が出てくる。先日恐怖と捕食の権化である同じ獣竜種の中で最悪に出会ったばかりではあったが、ブラキディオスがどのようなモンスターなのか、会ってみたい気が湧いてくるのだ。
噂の爆破武器も使ってみたくもなる。それを作るためにはブラキディオスを討伐しなければならない。
気になってくるとやってみたくなる、会ってみたくなる。そして、作ってみたくなる。
「ブラキディオス……行ってみるッスか?」
「あんたは会ったことあるの?」
「一回あるッスよ。なかなか強敵ッス。あの巨体で意外と軽快に動き回るッスからね……ある意味ボルボロスよりもやばいかもしれないッスよ」
「ふむ……ボルボロスよりも動く、と。私には相性は悪いでしょうが……まあ何とかなるかもしれませんね」
ガンランスは重量級だ。相手の攻撃を防御し、反撃として突く。その重さによりフットワークは軽快なものではなくなり、相手がさくさくと動いて距離を詰めたり離したりするとやり辛くなってしまう武器だ。
ランスも同じであり、この両方を使う茉莉からすれば相性が悪い。
だからといってやらないというわけではない。チーム戦ならば茉莉は他の仲間を補佐するように動くだけだ。
「じゃあこれでいい?」
「ええ、行きましょうか」
「うっす。じゃあ受注するッス」
依頼書を手にしてカウンターへと向かい、サインをして受理。これでクエスト受注が完了する。後は準備をして火山へと向かっていくだけだ。回復薬を補充し、ピッケルは忘れない。十兵衛ならば弾の補填だ。
宿に戻って三人はそれぞれ入念にクエストの準備を進めていくのだった。
○
フラヒヤ山脈はこの日、雪が降っていた。この山の奥にあるポッケ村もまた雪が降っており、村人が歩くたびに新雪がさく、さくと音を立てていく。
ここは平和そのものであり、山奥の寒い地方に位置するがのどかな雰囲気を醸し出していた。
そんなポッケ村のある大きな家では数人の人物がリビングに集まっており、まるで会議でもするかのように顔を合わせて話をしていた。
「――という訳さ。すでに向こうの彼らとは話がついている」
「なるほどね。で、あいつらはやっぱり?」
「ああ。引き受けてはくれたけど、今はまだ動かないとの事さ。ただ動くとなれば娘二人をこちらに預けてはくれないか、との伝言だよ」
「それはもちろんです。僕らからすれば断る理由はありませんよ」
大まかな話を進めているのは紫色の長髪をした女性。変化の術で姿を変えている神倉月だ。彼女の隣にはルーシーが座っており、紅茶を静かに飲んでいる。
そして彼女の右側の席では深い緑の髪をし、それを背中近くまで伸ばしてゴムで纏めている。鍛え上げられた頼もしそうな筋肉は彼が着ている服の下からでもわかる程だ。
彼の隣には銀髪のロングヘアーをした女性が静かに控えている。黒いリボンで髪の両側を結び、残りをそのまま流すというツーサイドアップという髪型はあの日別れた時と変わらないままだ。
月の対面の席には新緑色のロングヘアーをした青年が座っている。別れた頃はまだまだ華奢な雰囲気をしていたというのに、今では見てわかる程に凛々しくなっている。相変わらず中性的な顔つきをしているが、それでも頼もしさを感じられる程に成長しているという事だ。
そして彼の隣には水色のセミロングヘアーをウェーブがかった髪型にしている女性がいた。あの頃に比べて少し身長が伸びているようだが、その童顔は相変わらずでまだまだ少女と呼べるほどに若く見える。
数年ぶりの再会だがどこか懐かしく感じられる。
ライム・ルシフェルとその妻シアン。
クロム・ルシフェルとその妻桔梗。
六年前の大事件の際に共に戦ったハンター達だ。
ここはクロムの自宅であり、クロム一家が暮らす場所だ。その隣がライム一家の家となっており、兄弟夫妻としてこのポッケ村に暮らし続けている。
離れたところには彼らの子供たちが遊んでいるようで、時折楽しげな声が聞こえてくる。
そんな中でのこの会話。
内容はもちろん以前月達があの村で乾渚らと話した事だ。
「そして僕らからしても断る理由はありませんね。力をお貸しします」
「うん。このまま隠れ住むのも一つの手だけど……わたし達にだって出来る事があるならやってやるですよ」
「ええ、そうですね。クロムさんも、
「おうよ。以前は助けられたんだからな。今度は俺達が力を貸して助ける番ってやつさ」
にやりと笑いながらクロムがサムズアップをする。
あの大事件の際には月にはかなりお世話になった。それもライムとシアンにとっては十分お世話になっている。あの頃彼女らに鍛えてもらったからこそ乗り越えて行けたと思っているのだ。
だからこそ今度は自分達が、と考えるのだ。
そんな彼らに月は両ひざに手を付いて感謝の意を示すように頭を下げる。
「ありがとう。よろしくお願いするよ」
これで四人の戦力を確保する事が出来る。シュヴァルツの血統が二人加わるが、これも彼らに手渡す変化の補佐をする道具で隠す事が可能だ。それに偽名も元から用意してあるし立ち回る分には問題ない。
残っている紅茶を飲み干すと月は立ち上がり、「ではこれで失礼するよ」と一礼する。それに続くようにルーシーが立ち上がり、一礼する。
「もう行くのですか?」
桔梗が訊ねると、月はそれに頷いた。
「このままドンドルマに飛ぶ予定だよ。彼女についてギルドに交渉しなければならないからね」
「彼女ってぇと……まさかあいつも呼ぶのですか?」
「え、それってもしかして……」
「ああ。今もなおあそこにいる彼女だよ。仮釈放として外に出られるように交渉するつもりだよ。ブランクの心配もあるけど……それはクロム、君が鍛錬に付きあえば大丈夫だろう?」
微笑を浮かべるとクロムは任せとけ、と言わんばかりにまたにやりと笑ってサムズアップする。彼女の鍛錬はここにいる間クロムが付きあえば全く問題なし。喜んで鍛錬を行ってくれるはずだ。
後は外に出られるか否か。
少し不安があるがそこは勝負に出るしかあるまい。ルーシーを伴って月はクロムの家を後にし、四人に見送られながら空間転移を行う。一瞬にして遠く離れたドンドルマへと飛んだ月は真っ直ぐにギルド本部へと向かっていく。
正門で手続きを済ませて街中を歩いていく。相変わらずというべきか、大通りは人に溢れて活気が満ちていた。まだ昼間という事もあって賑わいを見せている。
すると途中で見覚えのある女性が二人近づいてきた。ギルドナイトの制服を着たその二人の片方が月に気づくと首を傾げる。どうやら月の変化に気づいたのか違和感を覚えたらしい。流石と言うべきか。
「やあ、久しぶり」
「……あ、やっぱりあの時の人だ」
「……? どちら様でしょう?」
「ああ、この姿では初めましてになるのか。こんにちは、
その偽名で気づいたらしく、もう一人の女性は「失礼いたしました」と小さく頭を下げてくる。それに「いや、気にしなくてもいいよ」と手を振る。
「もしかしてギルドにご用でしょうか?」
「ああ。少し話をする事があってね」
「わかりました。では私達がご案内いたしましょう。……そちらの方は」
その碧眼がちらりとルーシーに向けられるが、彼女は小さく一礼しながら「初めまして、ルーシー・ヴァーミリオンと申します。よろしくです」と挨拶する。この名前を呟き、何かを思い出すように少し目を閉じると、なるほどと納得するように頷いた。
「ではあなたもご案内をいたします。こちらへどうぞ」
「ん、ありがとう。サン。アルテミスも、よろしくね」
「うん」
手で示しながら前を歩き始める彼女、サン・森羅・スカーレット。あの事件の際に共に行動をしたギルドナイトの一人であり、現在ギルドの大部分を動かしているギルドナイトの幹部、ソル・森羅・スカーレットの娘だ。
そして彼女と共に行動しているもう一人の女性……いや、少女はアルテミス。あの事件で死亡した狂化竜を作り上げていた人物、神倉朝陽と共に行動し、最後は月達の味方として戦った少女だ。
事件が解決し、裁判に掛けられた後は鞭打ちを受け、サンが監督役を務めてギルドナイトの補佐を務める事になった。それが無償労働の刑であり、アルテミスはそれを終えた後の四年、ギルドナイト見習いとしてサンと共に行動している。
サンの兄であるレインは部隊の隊長をサンへと委ねた後、新たな部隊を編成して以前以上の厳しい任務を遂行する部隊の隊長を務めているとの事だ。
主に新たなフィールドの開拓や新種のモンスターの調査を務めており、彼らがこなした任務によってブラキディオスなどの新種のモンスター達の調査が進んでいるとの事だ。
それにしても、サンはあれからも変わらず薄紅色の肩を超える髪型をしている。成長期も終わっているが、六年の時を経て少しずつ女性らしくなっている。少女らしさから女性らしい魅力が少しずつ溢れているサンの変化。
これは女性としてはいいものだろう。
一方アルテミスの場合はかなり外見が変わっている。六年前は兄のように慕っていたゲイル・カーマインの外見に似せるように自分の姿……特に髪と瞳を変化させていた。あの頃は茶髪だった彼女の髪は金髪と白が混ざる髪になっていた。
大部分は金色になっているが、毛先から数十センチは白く染まっている。まだまだ幼さが残っていた当時に比べれば十分女性らしく成長していた。現在の年齢は二十歳前の十九歳。
小さかったあの頃の面影は少しずつ薄れて女性らしくなり、プロポーションもよくなっている。身を包むギルドナイトの制服もよく似合っていた。
たぶん変化は解き、本来の姿のまま成長してきたのだと思われる。その金と白が混ざる髪の色も妖狐の特徴が表れたものだと推測できる。
しかし白毛が出てくるとは……いや、一応妖狐の中にも白毛を持つ個体はいる。その中でも頭に浮かぶのはアレなのだが……まあ、気にしないでおくことにしよう。
そしてアルテミスの兄のような人物、ゲイル・カーマインも懲役を科せられており、それはもう少しで終了する。上手くいけば彼女と一緒に娑婆に出られるという事だ。
そんな事を考えながらサンについて歩いていくと、前方にギルド本部が見えてくる。
ここがハンターズギルドの総本部。大陸一のハンターが集まる場所、ドンドルマの要所の一つだ。
正面の階段を上っていき、中へと入ってギルドナイトとギルド関係者しか通れない場所を抜けていき、月とルーシーは奥へと進んでいく。
今回獲得する戦力の中でも、戦闘力の面では確実に頼りになるであろう彼女を仮釈放するために。六年という空白のブランクがあるが、それを解消するための人材はもう確保できている。
後はこの願いを上へと通すだけだ。
今回の戦いは恐らく一筋縄ではいかないだろう。もし本当に自分を狙う人物がいて、もし自分が敗れる事があれば、その人物に勝てるだけの人材はそう易々と得られない。
協力者は多い方がいい。それも強さも人物的にも信頼できる人材が必要だ。
彼女は気難しいが、ライム達が協力者となってくれるならばもしかすると動いてくれるかもしれない。そう願って月はギルド本部の廊下を歩いて行った。
桐音、離脱しました。
そして着実と役者が動き出そうとしています。