集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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40話

 

 

 ギルド本部のある一部屋。

 ある部隊の隊長の執務室となっているここでは一人の青年が書類をチェックしていた。綺麗に切り揃え、整えられたオレンジ色の髪。鋭さと落ち着きが合わさった緋色の瞳、整った顔付きは髭の剃り残しもない。

 きちっと着こなしたギルドナイトの制服がよく似合い、皺ひとつないそれはびしっとしている。

 まさに美青年という言葉が似合う彼の名は、レイン・森羅・スカーレット。

 現在彼が目を通しているのは東方で新たに確認されたモンスター達の情報の纏めだった。彼の部隊は現在東方で確認されたモンスターと新たなフィールドの調査を務めており、レインとその数人の部下は一度東方から帰還し、得た情報を纏める作業を進めていた。

 部屋には彼だけでなく二人のギルドナイトがおり、時折札を使って連絡を取り合って作業を進めている。

 その書類に書かれているモンスターの情報は以下のものだ。

 

 ドボルベルク亜種。通称・尾斧竜。

 発見:砂原をはじめとする乾燥地帯。

 赤銅色の外殻と尾の周囲の骨格の変化により斧のようになっているのが特徴。砂原という環境に適応した結果だと推測される。

 

 ブラキディオス。通称・砕竜。

 発見:火山。

 近年新たに確認されたモンスター。骨格から獣竜種に分類。

 その甲殻は黒曜石を含んでおり、見た目通りの硬度を誇り、両手と角には粘菌が繁殖している。これはブラキディオスから離れると一定時間を置いて爆発し、これがブラキディオスの攻撃手段の一つとされる。

 その闘争心により調査は少々難航していたが、現在は調査が進みその生態も少しずつ明らかになっている。また凍土にも出没を確認した。

 

 イビルジョー。通称・恐暴竜。

 東方で猛威を振るうこのイビルジョーであるが、近年危険極まりない個体を確認されている。噂に語られるのみだったが、実際に遭遇し、生き延びたものの証言により発覚した。

 極限の飢餓状態に陥った個体は口から漏れ出る龍属性の呼気が顔を覆い、獲物を求めて執拗に追いまわし、攻撃を加えていくとのこと。

 この個体を特異個体と認定し、イビルジョー飢餓、怒り喰らうイビルジョーと呼称する事とする。

 出会ったら即、逃亡。

 間違っても戦闘する事のないようにと通達する事とする。

 

 ジンオウガ亜種。通称・獄狼竜。

 発見:凍土。

 白や銀、黒を主体とした甲殻と毛を持ち、蝕龍虫と呼ばれる龍殺しの実を好む虫を集める習性を持つ。これらを集めて力を高める事により龍光まとい状態となって周囲に放出する攻撃手段を保有する。

 この黒い雷は冥雷竜ドラギュロスと共通点があるのではないかと推測できるが、詳しいことはまだ不明。

 だがこの力を保有する事によって凍土という過酷な環境に適応できるものと推測できる。また凍土だけでなく火山にも確認され始めている事も合わせて報告する。

 

 ラギアクルス亜種。通称・白海竜。

 発見:孤島、水没林。

 白を主体とした甲殻を持つラギアクルスの亜種。異名として双界の覇者があり、海だけでなく陸をも猛威をふるえるだけの力を保有する。

 しかしあまり姿を見せなかったのだが、近年その姿が多数確認できたことで調査が進む事となった。

 結果、確かにこの実力は高く討伐は容易ではないものと認定。

 クエストが発行されるならば上位以上でなければ認めないとする。

 また亜種だけでなく新たなる個体も確認されたという報もあるが確実なものではない。更なる調査を進める事とする。

 

 パニッシャー。通称・暴蛇(ぼうだ)

 発見:火山。

 闘蛇ナーガと共通点が多く、外見が似通っている事からナーガの亜種と一時期は伝えられたが、その大きさと能力から同じ種族の別物であると決定。

 その凶暴性と闘争性から蛇竜種の中でも上位以上の危険度と認定。火山という過酷な環境の中での適応、完全なる肉食性から他の大型モンスターも襲撃し、捕食していると推測できる。

 火山に赴いた炭鉱夫の一部が行方不明となっているのも、このパニッシャーに襲撃された物と推測できるものとする。

 その残虐性と暴力性はイビルジョーにも近しい。出会えば逃亡せよ、と通達する事とする。

 

 ナルガクルガ希少種。通称・月迅竜。

 発見:塔、樹海。

 東方の樹海の奥地にある古代の塔にてその姿を確認。夜行性であると推測でき、昼間は発見不能だった。

 また発見できないもう一つの理由として、霞龍オオナズチと同じく姿が見えなくなるという力がある。いや、あるいはあまりにも高速で見えなくなる程の動きをしているのではないかとも考えられるが不明。

 その外見とこの能力からナルガクルガの新たなる個体であると断定し、ここに希少種発見の報を記す。

 

 また砂原、大砂漠にて不明のモンスターを確認。

 噂に語られる新たなモンスターが生息し、旅人、ハンター、果ては大型モンスターを持喰らっているという話が又聞きされる。当初はイビルジョーではないかと思われたが、上空を飛行していた古龍観測隊によればそのような影ではなかったと語る。

 彼らが搭乗していた気球が撃ち落とされる程の遠距離ブレスを放ったその影は飛竜種に近しい外見をしていたが、夜の闇故にはっきりとは見えなかったとの事。

 更なる調査を続行するものとする。

 

 

 そこまで読み進めたレインは一息つき、眉間を軽く揉みながら天井を見上げる。

 傍らにあった湯呑を手に取り、お茶を少し飲んで深い息を吐く。

 蛇竜種の活性化とそれと並行しての新たなるモンスターと亜種の出現。人が変わっていくように、モンスターもまた少しずつ変わっていく。そうして別の環境に適応して亜種へと変化していくのもわかる。

 だが何故だろうか。

 レインはこれらが何かが起こる予兆に思えてくるのだ。

 まるで見えない手が糸を引いているかのような悪寒。これが近年ずっと感じられている。

 もちろん気のせいだという事もある。むしろそうであってほしいのが大部分の感情だ。なにせ東方だけでなくこちらの地方だって新種が発見されている。新たなるフィールドの開拓によって見た事もないモンスターが発見されたという報告があるのだから。

 例を挙げるならば潮島の発見とそれに伴う新種、跳緋獣ゴゴモアの発見だろう。

 また特異個体も確認されており、その中でも危険なものといえばラージャンの特異個体か。あれは最早手が付けられない化物と言ってもいい程であり、これは近年確認されているイビルジョー飢餓といい勝負をする程の危険性だ。

 これだけの危険なモンスターが次々と確認されている。もちろん、人族はこれらから身を守るためにハンターを動員する。だが熟練のハンターは限られており、彼らで手に負えなければどうにもならない。

 

 ――それを解消するのがシュヴァルツの末裔だとするならば?

 

 そう考えれば、まるでこれらのモンスターの出現は彼らをあぶりだすための撒き餌に思えてくる。

 考えすぎかもしれない。でもそれが当たっているとするならば――――まるで世界の意志がこれに絡んでくるかのようだった。

 思考の海に囚われていると、扉が控えめにノックされる。

 

「誰だ?」

「私です、兄上。お客様をお連れしました」

「客? 誰だ?」

「夜明さんです」

 

 それを聞いたレインは目を細め、立ち上がる。着ている制服を整えながら作業をしている二人に声を掛けた。

 

「二人とも、一旦席を外してくれ」

『はっ』

 

 レインの言葉に二人は一礼し、扉を開けて退出していく。その際サンらにも一礼する事を忘れず、そのまま執務室から離れていった。それを見送ったサンは「どうぞ」と声をかけて二人を中へと入れ、アルテミスと共に中へと入って扉を閉めて傍に控えた。

 そしてレインは目の前にいる女性、神倉月へと一礼して「お久しぶりです」と挨拶する。

 

「うん、久しぶりだね。元気そうで何よりだよ」

「はっ、ありがとうございます。そちらは……」

「ルーシー・ヴァーミリオンと申します」

「……おお、貴女が噂の……。西方での活躍はお聞きしております」

「……ありがとう。よろしく頼むです」

 

 差し出された手をルーシーは控えめに握って握手し、月にも手を差し出してがっしりと握手する。そしてソファーを示し、二人が着席するとレインもその体面に着席する。

 サンがお茶を用意し、二人とレインに差出し、二人が一杯口にして一息つく。

 それを見たレインが静かに口を開いた。

 

「さて、本日はどのような用件で参られましたか?」

「……うん。一つ頼みたいことがあってね」

「ふむ、わたしに頼みたいこと、ですか。窺いましょう」

 

 そこで一間置き、月は真剣な表情でレインを見据える。その様子にただ事ではないな、と感じながら、月が告げた言葉に彼は小さく息をのむ。

 

「――セルシウス・ルシフェルの仮釈放について、ね」

 

 

 ○

 

 

 火山の奥まで来るとマグマの熱気が凄まじく感じられてくる。額から汗が流れ、装備の下にも汗が浮かび上がって少し気持ち悪くなってくるのだが、熱気によって汗が蒸発していく。

 クーラードリンクのおかげで倒れる事はないが、これは慣れるしかない。

 そんな中で、三人の人物がひたすらピッケルを振るい続けている。目の前にある鉱床に向けて無心に振るい続け、その度にごろごろと塊が転がり落ちていく。

 一旦はそれを置いておき、もう少し掘ってから一纏めにしてチェックする。クズ物か、鉱石か、あるいはお守りか。これらをチェックして分配し、回収する。

 これを繰り返す事、幾数度。時間の感覚も怪しくなり、本来のクエストの事を忘れそうになってしまう程だ。

 だが忘れてはいない。

 ただ、当の目標であるブラキディオスが周囲にいないのだ。

 複数のエリアを歩いて、その度にピッケルを掘り続けている。袋の中には多くの鉱石で埋め尽くされ、分類されている。

 ドラグライト鉱石、カブレライト鉱石、少量ではあるがエルトライト鉱石もある。またあまり採れる事がないユニオン鉱石や、メランジェ鉱石も採れたのも大きい。

 火山でしか採れない紅蓮石、獄炎石も採れ、それだけでなく修羅原珠、瑠璃原珠もいくつか混ざっている。

 

「……ん?」

 

 そこでピッケルを振るっていた茉莉が妙な手ごたえを感じ、一旦ピッケルを下ろしてそこを見てみる。そこには硬くて長い物が埋まっているように見えた。慎重に周りを崩していき、それを掘り出してみると古さを感じさせる物体がそこに在った。

 

「これは……太古の塊ッスね。しかもこの形状……ランスじゃないっすか?」

「マジで!? やったじゃん、茉莉! ここで新しいランスが手に入るなんて!」

「そうですね。アタリならば龍属性の武器が手に入る事になりますね。喜ばしいことです」

 

 外れれば無属性のランス、ブルークレーターとなってしまう。強化していけばスロットが増え、切れ味もそこそこなランスになるのだが、無属性のランスはすでに角槍ディアブロスがある。

 無属性の武器として既に古代式回転銃槍があるため使う機会がそんなにないのだが、威力の高いランスとして時々使っている代物だ。強化先として原種のままで強化させるか、亜種の素材を使ってブラックテンペストにするかがあるが、茉莉としては亜種の素材を使って強化しようかな、と考えていたりする。

 それはさておいて、ここで太古の塊と出会うとは茉莉としても驚きだった。無意識に微笑を浮かべてしまう程、自分でも知らない内に喜びを感じているらしい。

 太古の塊を持ち上げて少し観察し、空間魔法が掛けられている袋へと納めていく。袋の大きさと比べて明らかに入らないだろう、という一品だが、空間魔法のおかげで問題なく収める事が出来る。

 瑠璃と十兵衛も掘り出した物を袋に収めていき、腰に下げているポーチの中へと入れていく。

 

「さて……気づけば奥まで来ちゃったけど……ブラキってどういうルートを移動してるの?」

「おいらも一回しかやったことないんで詳しくはわからないッスが、まあ他の大型モンスターと一緒と考えればいいッス。広いエリア……つまりはこのエリア5、7、8を基本として巡回するか、時にはこっちのエリア6へと逸れていくかッスね。よく見かけるのがこのエリア7と聞いているッスが、となりのエリア5も有力ッスよ」

「ふむ……では一旦戻りますか。十分に鉱石は掘りましたしね」

 

 武器の強化……それも茉莉にとって鉱石は重要な物だった。シャドウジャベリン改を強化させるためには獄炎石が必要だったし、古代式回転銃槍の強化にも鉱石が多く必要だった。とはいえ後者の場合は強化の際に業炎袋が必要なのだから、強化するためには更に上の領域に行かなければならないのだが。

 そんな彼らの今回のクエストの際に持ってきた武器。

 瑠璃は強化させた夜刀【月影】を背負ってきている。純粋な切れ味と多かい会心率を誇る無属性の太刀の中でも愛用されている一品だ。

 茉莉は先ほど挙げられた角槍ディアブロスを選択。ディアブロスの角をランスへと加工した重槍であり、それ故に機動力は落ちるが高い威力を誇る一品だ。シャドウジャベリン改も考えたが、こちらは切れ味が短いため弾かれる可能性が高いため一旦お蔵入りとなった。

 最後に十兵衛だが彼は炎戈銃ブレイズヘルを選択した。威力としては雷砲ラギアブリッツと変わらないが、徹甲榴弾を連続して素早く放てる特徴がある事を採用した。同様に火炎弾も同じように撃てるが、残念ながらブラキディオスは火属性に完全に耐性がある。

 かといって雷砲ラギアブリッツが電撃弾を放ったとしても耐性があるためダメージは少量でしかない。そのため徹甲榴弾を射出し、頭に命中させてスタンを狙う戦術をとる事にした。

 三人は坂道を慎重に降りていき、辺りを見回して奇襲に備える。岩肌の向こうから突然襲撃してくる可能性だって捨てきれない。また流れる溶岩にも気をつけなければならない。

 この過酷な環境で奇襲を受ければ戦線は瓦解する。

 故に小型モンスターであったとしても見逃すわけにはいかない。三人は慎重な足取りで山を下りていった。

 

 

 ○

 

 

 太陽がその姿を消し、街灯や建物の灯りが街を照らすドンドルマだが、相変わらず活気はある。それを作り出しているのは主にハンター達であり、飲食店ではどこもかしこも騒がしく、賑やかさを見せていた。

 そんな中で月は一人とある場所へと足を運んでいた。

 ここは街の様子とは打って変わって静かなものであり、重苦しさすら感じさせる場所だった。窓口で用件を告げ、数分待ってある部屋へと向かう。

 用意してある椅子に腰かけてまた待つ事数分。奥の扉が開かれて一人の女性が中へと入ってきた。連れてきた男は入口の傍へと控え、女性は座っている月を見て目を細める。

 彼女は背中まで伸びた白髪をしており、毛先や前髪などはきちんと整えられておらず跳ね回っている。着ているのもまた白い和服であり、黒い帯を巻いて着こなされている。

 無感情な赤い瞳がじっと観察するように月を睨みつけており、しかし自分に会いに来たという事で仕方ない、という風に月の対面に腰掛けた。

 

「久しぶりだね。……私の事はわかるかな?」

「……何となく、その気配は覚えているよ。で、なんか用?」

 

 腕を組みながらそっぽ向く彼女の様子は相変わらずだ。

 ずっとここにいるためか、あるいは切るのがめんどくさいのか彼女の髪は伸び放題であり、女性だというのにそういうことも無頓着なのか整えられていない。ぶっきらぼうなその様子も相変わらずだ。

 短い付き合いだったが、そういうところが懐かしさを感じさせる。

 苦笑を浮かべて月は備え付けの机に両手を組んだまま置いて少し前のめりになる。

 

「実はね、現在君を仮釈放出来るように上に交渉しているところなんだよ、セルシウス」

「…………はぁ? なに言ってる、お前?」

 

 予想通りというべきか彼女、セルシウス・ルシフェルはその言葉をそのまま表すかのような目で月を見つめる。呆れてものも言えない、というかのようで、頭がおかしい人を見るかのような視線で月を見つめるが、彼女の真剣な表情を見てそれを消す。

 そして今度は足を組み、首を傾げて「……正気か?」と短く問いかける。

 

「ああ。今日も交渉してきたけど、まあ当然というべきか難しいという答えが返って来たよ」

「だろうな。なにせオレは大罪人さ。そう簡単に仮釈放が出来るもんじゃない。それにオレは魔族にしてシュヴァルツの末裔。六年もここにいるが、種族的には全然短い時間だし血統の問題もある。……出れるわけねえさ」

「そうだね」

「……そうだね、って、お前……何考えてやがる? それをわかった上でそんな馬鹿げた話をしてるのか? はっ、正気じゃないな。何をたくらんでいる?」

 

 鼻で笑いながら両手を広げて首を振るセルシウス。

 そんな反応に腹を立てる事もなく、月はにこりと微笑んでこう言う。

 

「君の力を借りたいのさ」

「……は? 何だって?」

「だから、君の力を借りたいのさ。君のその実力が必要なんだよ」

「……オレの力が必要だって? はっ! おいおい、何を寝ぼけた事を言ってる? このオレの力っていうと、戦闘力を頼りにしている、ということでいい?」

「そうだよ」

「多くの人を斬殺してきたこのオレの力を借りたいとか、寝言にも程があるじゃないか」

 

 くだらないとでも言うかのように鼻で笑い飛ばすセルシウスだが、月はまた真剣な表情になって彼女を見据えるだけだ。彼女の後ろにいる男――看守も無表情にそんなセルシウスを見つめている。

 もちろん彼女が何かよからぬことをしようものならば取り押さえるのが彼の役割なのだが、セルシウスは当然ながら無手だ。それに面会しているのは月なので、本当にセルシウスが暴れたら彼女がすぐに取り押さえてしまうだろう。

 セルシウスがくっく、と笑い続けている中、月はぽつりとこう呟く。

 

「しかし君は共に戦った。……彼らと共にヴェルドで戦ったろう? それだけじゃない。あの子の危機に兄と共に駆けつけたじゃないか」

「…………」

 

 その言葉にセルシウスは笑う事をやめ、横目でじっと彼女を見据える。

 どうして知っている? とでもいうかのようだが、たぶんあの二人がセルシウスの事を話したんだろうと推測した。舌打ちしたくなる心情だったが、そうせずに不機嫌そうに腕を組んでそっぽ向くしか出来ない。

 

「こうして視る限りでは君の心に闇はあまり感じられない。どうやら闇を抑えているようだね。いや、落ち着いたというべきかな?」

「……さて? どうだろうな? もしかすると不意に斬りたくなるかもしれないぜ?」

「そういう事は言うものじゃないよ。君はもうあの闇に堕ちることはないだろう。そう言えるほど、君の心は実に落ち着いているとみる」

「…………ふん」

 

 真剣な表情で迷いの欠片も見当たらない様子で断言する様子に、セルシウスは悪態をつく事も出来ない。なんというか、こういうタイプは彼女は苦手だった。何もかも見透かしてくるようなあの目と雰囲気に、ただただ呑まれるしか出来ない。

 ああして笑い飛ばしたりしてみせたが、彼女は真剣そのものだった。あまりにも真っ直ぐすぎて見ていられない。まるであのライムを前にしているかのようだった。

 

「実はね、今朝あの子達に会ってきたんだよ。そして力を貸してくれるように願い出てみたのさ」

「…………はっ、どうせ二つ返事で了承したんだろう?」

「ああ、そうだね。よくわかったね」

「あいつらがそういう事を断る性質だと? そんな事はお前がよく知っているだろうに」

「まあね。そして彼らがいるからこそ、君にも助力を願いたいのさ」

「……どうしてそんなに力を求める? 何か訳ありなんだろう? それを聞かせてもらおうか」

 

 なるほど、それもそうだと月は頷いた。

 表情を引き締めてぐっと手を握りしめてじっとセルシウスを見据え、話し始めることにする。

 東方で起こっている出来事、蛇竜種の活性化に辻斬りの事件。ヤマト国の者らとの繋がりを持つために戦力の増強として声をかけて回っている事を話していき、セルシウスはそれに静かに耳を傾けていた。

 そして最後に、

 

「……私もね、どうやら命を狙われているらしいんだよ」

「……は? なぜ?」

「わからない。だがただ者ではない相手に宣告されたからね、周囲を警戒しているところさ。今のところはその気配はないんだけど、万が一という事もある。……私に何かあったとしても、君にはあの子達と共に行動してほしいと思っている」

「…………何を弱気な事を、縁起でもない。オレは別に遺言を聞く気なんてさらさらないんだけど?」

「はは、ごめんね。でも、本気だよ。万が一私が君を出せずに死んだとしても、君を外の世界へと再び出してやるつもりさ。あの子達と再会させるためにね」

「はっ、わからないな。オレはずっとここに縛られている。オレの力を頼って来たって言うがな、六年の月日はオレを腐らせているぜ? 即戦力になんてなりやしないさ」

 

 手を振りながらそっぽ向いて鼻で笑う。だがそう言われる事も想定済みだ。だからこそ彼に頼んであるのだから。セルシウスににっと笑いかけながら「ああ、問題ないよ。ブランクを埋めるために彼に頼んである。君も彼とならば楽しく()れるだろう?」と言ってやった。

 それにセルシウスは硬直し、また小さく鼻で笑って見せた。だがそれはさっきまでと違い、どこか期待するかのような色が含んでいたのは気のせいではないだろう。

 

「色々と手を回しているみたいだけど、どうしてそんなにオレに固執する? オレとお前はそんなに長い付き合いじゃない。しかも大罪人。どうしてオレを信用する?」

 

 だがそれも数秒。じろりと睨みながらセルシウスは月に問いかけた。

 これは彼女にとって一番の疑問だった。他のメンバーと比べて月とセルシウスの接点は短いものだった。その時間の中でセルシウスを信頼する要素なんて考えられなかった。

 しかし月は何だそんな事か、という風に小さく笑って見せた。

 

「簡単だよ。私はね、君が悪人であるなんて思っちゃいないからさ」

「――――は?」

 

 呆気にとられたかのようにセルシウスが声を漏らす。今日一番の「何を言っている、お前は?」という風な表情に月はまた微笑を浮かべながら言葉を続けていく。

 

「私は知っているよ。君があの子達……彼に向ける親愛の情を。君の道がずれたのは悲しい出来事と生きるためのもの。確かに誤った道だったけれど、でも最後には彼らによって正された。それだけでなく彼らと共に戦った。彼らを……守った。それを私は知っている。そして、君は不器用ながらも優しい心を持っている事を私は知っている。特に、あの子に対してはそれが大きいよね。お姉さん、だからだよね?」

「…………」

「それらを知っているからこそ、私は君を信用できる。君ならば、再び彼らと共に戦えるのだと信じている。だから、こうして話をしに来たんだ。君の手を取って再び彼らの下へと送り届けるためにね」

「…………はっ。あの時も思ってたけど――お前、相当の甘ちゃんだよな?」

「はは、よく言われるよ」

 

 苦笑を浮かべる月にセルシウスは大きくため息をついて立ち上がる。看守へと肩越しに振り返って「時間か?」と短く訊けば、彼は小さく頷いた。扉を開け、セルシウスはそちらへと向かって歩き出す。

 それを見送る月は何も言わない。だが部屋を出る前にセルシウスは立ち止まり、振り返らずに静かに言う。

 

「……ま、オレはもう何も言わない。勝手に交渉でもなんでもしてくれ。それで本当に通ったのだとしても、オレは知らない。ただ起こるままを受け入れてやる」

 

 捨て台詞のように言い終えると扉の向こうへと消えていった。

 ぶっきらぼうな言い回しだが、どうやら受け入れてくれたらしい。ならばあとは交渉を成功させるだけだ。

 一歩前進した。

 それに満足して月は留置所を後にする。

 

 

 ○

 

 

 夕食は火山の外にある森の中で取る事になった。あれから数時間歩き回ったがブラキディオスの姿はどこにもなかった。日も暮れてきたため一旦休憩するために火山の外にある森で準備をし、夕食を頂くことになる。

 といっても内容はこんがり肉と山菜のスープだ。茉莉がスープを作り、瑠璃がこんがり肉を焼いていき、十兵衛がその下準備を手伝うという分担作業で夕食が出来上がり、それを腹に入れて満たしていく。

 

「おいしいッスね。料理慣れてるって感じッス」

「ありがとうございます。まあ、ずっと二人でやってきましたからね。自然と慣れるというものですよ」

「あんただって一人で行動してたんでしょ? 料理、しないの?」

「まあ全くしないってわけじゃないッスが……良くも悪くも普通ってやつッス。食えればいいってもんスね」

「なるほど。わからなくもないですね。するのも自分、食べるのも自分だから手の込んだ物は作らないってことでしょう」

「その通りッス」

 

 こうして食事をしながら雑談が出来る程に十兵衛は二人に慣れてきている。最初の内のあのびくびくしていた彼はどこに行った、という変化だった。恐らく本来の彼がこれなのだろう。

 なるほど、至って普通の少年、という感じだ。

 いや、声からして少年だ、とずっと思っているが実際彼はいくつなのだろう? 素顔が見えないし、私服姿の下も普通の男性の体つきをしていたように思える。その割には二人を抱え上げて走れるだけの筋肉を持っている。

 少し気になってきた瑠璃は「ねえ」と声をかける。

 

「ん? なんスか?」

「十兵衛って何歳なの? 聞いた覚えがないように思うんだけど」

「ああ……そういえばそうでしたね。聞く間もないまま色々とやってきてしまってましたからね。まあ……お若いのではないかと思いますが」

「……まあ、若いと言っちゃあ若いんじゃないッスかね」

 

 という事は二十代だろうか?

 

「桐音が確か二十二で、そんな彼女を姉御呼ばわりするって事は……二十一か二十?」

 

 瑠璃の言葉に十兵衛は首を振る。

 となると十代となるのだろうか。そう思って茉莉が問いかけるがそれにも首を振る。

 

「え? じゃあいくつ?」

「…………ッスよ」

「ん? なんですって?」

「だから……六十六ッスよ」

『…………』

 

 言葉を失うとこはこの事だろうか。瑠璃は少しずつ目を見開いていき、茉莉も茉莉で呆然としたように小さく口を開いたまま固まっている。

 今、彼は何といったのだろう?

 聞き返したというのに耳を疑うほどの数字が聞こえてきたのは気のせいなのだろうか。

 茉莉が呆然としたまま瑠璃に振り返らずに右手でばしん! と彼女の頬をひっぱたいてみせる。「いたっ!?」と呻きながら頬を押さえる瑠璃は「ちょ、なにすんのよ!?」と怒るが、茉莉はいたって冷静に……見えるような表情へと何とか引き締めつつ「……どうやら夢ではないらしいですね」とうんうんと頷く。

 

「おいコラ、確かめるんだったら自分の顔で試しなさいよ」

「はっはっは、ついついやってしまいましたよ。すみません」

「……まあ、いいけどさ。って事は、聞き間違いじゃないって事ね」

「ですねー。いやはや…………」

『んなアホな』

 

 二人して頷き合い、最後はハモってみせるほどの反応をしながら同時に十兵衛を見つめる。こういうところは流石は双子というべきだろうが、十兵衛からすれば溜息をつきたくもなることだ。

 

「そんなに驚く事ッスか?」

「いや、だって……六十六……六十六ぅぅ!?」

「大事な事なので二度言ってしまう瑠璃です」

「いや、確認しながらノリツッコミいれるほど驚く事ッスか?」

「だって……その、えぇ? あんた、いや、あなたは竜人族? それとも魔族?」

「……まあ、人間じゃないってのは確かッスよ。でなけりゃこの年齢でこの声はしてないッスから……。というか、なぜ急に“あなた”?」

 

 なにせいつもこの骸の仮面をつけているものだから素顔が見えない。ということは人間かそうでないのかを確かめる顔の特徴が見ることが出来ない。更に言えば少し高い声色をしているし身長も男にしては低めだ。

 これらから考えるに二人は十兵衛は年下なのだとずっと思ってきたのだが、蓋を開けてみればかなり年上だった。しかも……両親よりも年上だ。

 そう、二人の両親より年上。この事実に驚くしかない。

 つまり自分達は両親より年上の相手とチームを組んでおり、ずっとため口で話していたという事になる。

 そう自覚し始めてくると、何だろうか。こう、心が落ち着かなくなり始めてしまった。もじもじと指をすりあわせ、視線を落ち着きなくふらつかせてしまう。そして瑠璃は小さく頭を下げてしまった。

 

「…………なんていうか、ごめん」

「ちょ、なんで急に謝るッスか!?」

「ええ、まあ……なんと言いますか……すみません」

「だからなんで茉莉さんまで謝るッスか!? おいら、何か悪いことしたッスか!?」

「いや、したのはあたし達というべきか……」

「ええ……まさか、ええ……本当に、謎の罪悪感が……」

「やめてくださいッス! なにかしらないッスが、そんな感情に(さいな)まれる事はないっす! おいらは気にしないッスから、いつも通りでお願いしたいッス!」

 

 しまいには頭を下げ始める二人に十兵衛が手をばたつかせながら慌てだしてしまう。

 突然の衝撃的な事実に二人は戸惑い、十兵衛もまた困り果ててしまう夕食となってしまうのだった。

 

 夕食の後片付けを終え、クーラードリンクを飲んで三人は再び火山へと足を踏み入れる。あの後、少しぎこちない状態になったが、十兵衛が本当に困り果ててしまったため二人はいつも通りに接するという事で解決した。

 彼からすれば自分に敬語を使われる、というのは性に合わないとの事。

 しかし確かに彼は嘘は言っていない。六十六は人間で言えば高齢だが、竜人族や魔族からすればまだまだ若い部類だ。種族に関しては苦笑して流されてしまったため気にしない事にする。なにせ二人も竜魔族だが魔族だと嘘をついているのだから。

 それにこの年齢なら自分から打ち明ける気にならないのも何となくわかってしまった。なにせ人間であろうともなかろうと、自分達とは四十も歳の差がある。姉御と呼んでいる桐音とも同様だ。

 しかし何で彼女をそんな呼称で呼んでいるのかと聞いてみると、

 

「なんていうか……色々と引っ張りまわされたんで、気づけばそう呼んでいたッス。後で実年齢知られて『あたいより年上のくせにそれか』って笑い飛ばされて、『まあ面白いからいいか。いいぜ、そのままあたいの事は姉御と呼びな』って言われたッス」

 

 との事だった。

 確かに桐音ならそんなこと言いそうだ。細かいことなんて気にしない、っていうのが桐音なんだと思う。

 さて、火山のエリア7に戻ってくると数匹のウロコトルがうろついていた。

 ウロコトルは溶岩獣と呼ばれる海竜種の一種であり、炎戈竜アグナコトルの幼生体だ。大型モンスターが喰らった獲物の残骸や腐肉を喰らって生きるモンスターであり、火山ならばよく見かけられる小型モンスターである。

 カチカチ、と嘴を打ち鳴らしてはキョロキョロと辺りを見回しており、三人に気づいた一匹が振り返りながらまたカチカチと嘴を打ち鳴らしている。それにより他の二匹も気づいたようでそれぞれ振り返ってきた。

 瑠璃が夜刀【月影】を抜こうとしたが、「任せるッス」と十兵衛が素早く炎戈銃ブレイズヘルを抜き、貫通弾Lv1を装填して射出していく。それらは狙い狂わず離れたところにいるウロコトルの頭を貫いていき、一撃のもとに討伐してしまった。

 やはりガンナーとしての腕前は高い。これも長くハンターをしている効果だろう。積み重ねた年季が瑠璃達よりも長いのだから当然だろう。

 

「……まあ、炭鉱夫としての経歴も同様に長いッスけど」

「どれだけやってるんですかね?」

「んん…………まあ、思い出せないくらいはやってるっスよ。それ以外にも気ままに放浪していた時期もあるッスから……経歴に反して上の領域に行ってないのはそういう事ッスよ」

 

 炎戈銃ブレイズヘルを腰に戻しながら十兵衛が言う。

 彼にも色々あったという事なんだろう。となればこの傷を負ったのも一体何年前になるんだろうと気になるところだが、訊くだけ野暮というものだ。こればかりは訊く気にはなれない。

 倒れたウロコトルから素材を剥ぎ取っていると、エリア5の方から鈍い光を反射する群青色の影がやってくるのに瑠璃は気づいた。そちらに視線を向けてみると、はっと息を飲んで夜刀【月影】の柄へと手を伸ばす。

 同様に茉莉と十兵衛も気配に気づき、それぞれ身構えていく。

 離れた所からでもわかる程に硬さを感じさせる群青色の甲殻に覆われ、両手と角には緑色に染まった繁殖している粘菌が付着している。尻尾の先には更に硬質化した甲殻が鈍器のように覆われ、両手はそれ自体が鈍器と化しているかのように指が見当たらない。

 赤い瞳が周囲の様子を見回すように動かされ、そしてそれが三人の姿を捉える。

 

「ギュグ、ギイイィィ…………!」

 

 すると威嚇するように姿勢を低くして唸りだし、両手を口元に近づけて唾液を吹きかけ始めた。すると両手にある粘菌が活性化し、今以上の濃度をした緑色に染まる。

 

「粘菌が活性化したッスね。あれで地面に両手が叩きつけられると、そこに粘菌の地雷が設置されるッス。時間がたてば赤く染まり、爆発するッスよ」

「なるほど、気をつけるとしましょうか」

 

 十兵衛が粘菌について改めて説明し終えたところで威嚇が終わり、天井を仰ぎみながら息を吸いこみ、開戦を告げる咆哮を上げる。

 

 砕竜ブラキディオス。

 

 桐音が抜けて三人となったチーム、新たなる獣竜種との戦いが今ここに始まった。

 

 

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