集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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42話

 

 

 隣のエリアから爆発音が時折聞こえてくる。間を置いた爆発、連続した爆発、何かが崩れ落ちていく音……それが激しい戦いをしているのだと教えてくれる。

 それを聞きながら茉莉は瑠璃の手当てをしていた。

 エリア7は相変わらず静かなものだった。ウロコトルやリノプロスの姿はなく、マグマがボコボコと音を立てて流れていくぐらいの音しか聞こえてこない。

 出来る事ならば外に出てしっかりと治療したいところではあったが、出口は崩れ落ちてしまった岩や瓦礫によって塞がれ、外に出る事は出来なくなっている。

 ならばここで治療するしかない。

 ポーチからシーツを取り出して地面に敷き、その上に瑠璃を寝かせてやって装備を取っていく。頭を打ったせいで瑠璃の意識は飛んでいたが、死んではいなかった。それが幸いか。

 回復薬グレートを布に染み込ませて軽く手当てをしていき、別の布に染み込ませて患部へと当て、包帯を巻いて固定する。もう一つの回復薬グレートをゆっくりと飲ませていきながら、茉莉は考えてしまう。

 

(……大丈夫なのでしょうか)

 

 視線がエリア5へと向けられる。

 ガンナーなのにあのブラキディオスを一人で相手をする。十兵衛はブラキディオスとの戦闘経験がある。それが一人なのか、あるいは誰かと組んでなのかはわからないが、たぶん一人なのかもしれない。

 だから大丈夫なのかもしれないが、それでも不安にはなってしまう。

 妙な胸騒ぎがする。

 これが瑠璃が意識を失っているせいなのか、または十兵衛に関する事なのかはわからない。でも、茉莉の心の奥で何かが警鐘を鳴らしている気がした。

 

(…………ここを離れるわけにはいきませんね。十兵衛さん、どうか無事で……)

 

 しかし意識を失っている瑠璃を置いて様子を見に行くなんてことは出来ない。

 だから茉莉はここで信じるしかなかった。

 

 彼が無事である事を――

 

 

 視界の端で赤い液体が流れ落ちていくのが僅かに見える。どうやら頭か額から出血しているらしかった。それがわかる程、右の視界が広くなっているということだ。

 今まで少し狭かった視界が広くなった理由。

 荒い息をつきながら、十兵衛はプレッシャーとは別の緊張状態に陥っていた。震える手がそっと右の頬へと当てられる。指先から伝わるのは骨の感触ではなく、自分の頬の感触だった。

 

「……っ、あ、ぁあ……ああ……っ!」

 

 ディアブロUガードを伝わってくるのは確かに頬の感触。でも少しだけ歪な感触が伝わってくる。それは自身に刻まれた傷跡の感触。

 自分は今、それを曝け出しているのだ。

 今まで隠していた物が知られてしまった、という怯えと緊張が十兵衛の心の中を埋め尽くしていく。がちがちと歯が打ち鳴らされ、体は十兵衛の意志とは違って硬くなっていく。

 動かなければ、と思っても動けなくなっていく。

 

「ギュルルルル……!」

 

 ブラキディオスが視界を取り戻した、とでもいうように声を張り上げる。そうして十兵衛へと向き直り、彼へと接近するように走り出す。ぶつけられる殺気と接近してくるその動きにようやく十兵衛が顔を上げ、背を向けて走り出す。

 向かう先はエリア6。

 茉莉達が向かったエリア7から見て南にあるエリアであり、逆扇形の道になった岩山地帯だ。爆鎚竜ウラガンキンがよく見かけられる環境をしたエリアであり、回り道となってしまうがこっちからでもエリア7へと向かう事は可能だ。

 一度こっちに逃げ込んで対処しなければならない、と無心になって走り続ける。

 それを追うブラキディオスは逃がさないとでもいうかのようにスピードを上げてくる。

 マグマの川によって細くなっていく道を駆け抜け、背後から追いついてきたブラキディオスが拳を振り下ろしてくるのを感じ、何とか逃げ切れるように勢いよく前へと飛んで転がっていく。

 背後で爆発するのを感じながら転がっては起き上り、十兵衛は何とかエリア6へと逃げ込んだ。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 追ってくる気配はない。

 細道を駆け抜けて岩山地帯を突き進み、何とか開けた場所へと逃げ込んだ十兵衛は岩肌を背に荒い息をつき、そうして腰が抜けたようにその場にへたり込んでしまう。

 

「はぁ……ふぅ…………はぁ」

 

 思わずため息が漏れる。右頬に当たる熱気は左側と比べてやはり熱く感じられる。

 スカルSヘッドが破損した。

 ポーチから手鏡を取り出して確認してみると、右目周辺と頬がぽっかりと穴が開いてしまっている。

 それにより、右目付近から頬、そして頬から鼻付近まで細く伸びる刻まれた傷跡があらわにされていた。赤、紅などと普通の肌の色とは程遠い色で塗り潰され、変色し、焼けた肉のようなそれが外気に曝されている。

 だがそれを隠すように伸びた彼の髪があるが、それでも全てを隠すには至らない。なにせ前髪によって目元まで隠してしまえば戦えないからだ。

 

「…………」

 

 十兵衛は少し考え、スカルSヘッドを頭から外した。そうして現れる彼の素顔。

 顔の左側もまた同じように酷い傷痕があった。左側はほとんど火傷の痕が覆い尽くしている。左目をも侵してきそうな程に伸びた火傷の痕、鼻、口元付近も変色してしまっている。

 それでも目が無事だったのはそれを両腕で庇ったからだろう。実際ディアブロUシリーズの下の腕は一部分が焼けている。指先は何とか守ったが、腕の表面は今もなおその傷痕を残している。

 これをあの二人に晒せと?

 無理だ。

 無理に、決まっているだろう。

 

「……はぁ」

 

 ため息をつき、十兵衛はポーチから包帯を取り出した。続けて布を取り出し、手鏡を見ながら頭の傷を手当てする。血を拭い、布を当てて包帯を巻いていく。その際、顔の傷も隠すように顔全体を包帯で巻いていった。

 目元と鼻、口元は包帯からだし、傷痕が見えなくなるように巻き終え、破損しているスカルSヘッドを被りなおす。

 これであの二人に傷痕を見られなくて済む。

 今回限りの逃げではあるが、それでも見られるよりはマシだ。立ち上がった十兵衛は手鏡をポーチに戻し、エリア7へと向かって走り出す。

 少し時間を食ってしまった。早急に二人に合流し、ブラキディオスに対する出方を相談しなければならない。

 最悪、クエストリタイアを考えなければならない。

 ブラキディオスがエリア7へと向かっていない事を願いながら、十兵衛は息を少し切らしながら走り続けた。

 

 そうして、やってきたエリア7。

 どうやら意識を取り戻したらしい瑠璃が茉莉と何かを話しているのを見つけた十兵衛は呼吸を落ち着かせながら二人へと近づいていく。

 そんな彼の気配に気づいたのか、茉莉が十兵衛へと振り返って、そして少しだけ驚いた顔をした。瑠璃も同じように振り返って、彼女もまた少し目を大きくさせる。

 

「……ども、遅れたッス」

『…………』

 

 申し訳なさそうにぺこりと頭を下げた十兵衛だが、二人は驚いたまま無言になっている。

 何とか茉莉が先に硬直から解け、「……えっと……大丈夫なのですか?」と何とか言葉を発してきた。だがすぐに口元に手を当てて言葉を詰まらせてしまった。こう訊くべきではなかったかもしれない、と後悔している様子だった。

 

「大丈夫ッスよ。少し手こずったッスが……おいらより、瑠璃さんの方は大丈夫なんスか?」

「え? あ、ええ……まあ、茉莉のおかげで、なんとか……だいじょう、ぶ……よ」

 

 自分の事を訊かれて、瑠璃はうんうん、と頷きながらもちらちらと十兵衛の様子を窺いながら答える。そんな二人に、十兵衛は小さく苦笑するしかない。

 仕方ないとはいえ仕方ないだろうが、そう困られては自分だって困ってしまう。だが心境は複雑だった。

 やっぱりそんな反応を示すか、という納得と、どこかきちんと巻けていないところがあるのだろうか、という不安。彼だって緊張状態からまだ完全に解けていなかったのだ。

 

「……やられたのですか?」

 

 不意に茉莉が静かに十兵衛に問いかける。それに一瞬十兵衛は口をつぐんだが、小さく頷き、右頬を軽くさすってみせた。

 

「この通り、不覚をとられて爆発ッスよ。頭から血を流してしまったッスから、こうして包帯巻いてるッス」

 

 傷痕を隠すため、ではなく血を流したから手当てのために包帯を巻いた、と彼は言った。

 嘘は言っていない。

 実際に血を流してそれを手当てしたのだから。だがその裏にはその傷痕を隠すという大きな目的がある。それに気づかない二人ではなかったが、指摘するように口をする事はなかった。

 わざわざ包帯を巻いてくるという手間をかけてきたのだ。本当に流血の手当てだったとしても、顔全体を巻いてくるなんて事をしてきたくらいだ。よほどその“傷痕”が酷いものである事を暗に示している。

 ならば自分達は気にせず、口にも出さずに流しておこう。

 

「それで……どうするッスか?」

「どうする……って? 何が?」

「このまま続行するのか、リタイアをするのか、という選択ッスよ。瑠璃さん、戦えるッスか?」

「……もちろん、戦うわよ。ここで終わらせるわけにはいかないわ」

 

 そう言って拳を握りしめる瑠璃ではあるが、リオソウルヘルムやメイル、アームの一部が破損している。それだけの衝撃が彼女に襲い掛かり、意識を飛ばしてしまったのだろう。

 それでも彼女は戦う意志を折っていない。

 その瞳には確かに戦意が宿っている。あれだけの痛い目に遭ったとしても彼女は戦うというのだ。そんな彼女を見つめ、十兵衛は驚きを隠せなかった。

 

「……茉莉さんも同意見ッスか?」

「ええ。普通は撤退するんでしょうが……私もここで尻尾を巻いて逃げるというのは選べませんね」

「どうしてッスか? あれだけの痛い目に遭ったというのに、戦えるんスか?」

「……目標があるからよ」

「目標?」

 

 それに首を傾げれば瑠璃は頷いた。

 

「あたし達は姉さんや母さん、そして……あの人達のようなハンターになるんだっていう目標があるのよ。そのためにはこういう厳しい状況にいつかぶち当たる事はある。でもそれに挫けて背を向けちゃ、あたし達は先に、上に進めない。力がないって嘆くのは六年前を最後に終わらせるつもりでやってきているのよ」

(……六年前?)

 

 その言葉に十兵衛が目を細めながら首を傾げるが、茉莉が瑠璃の言葉に続くように口を開いた。

 

「これは一つの壁だと私達は思っています。そしてその壁を破り、超えていく事こそハンターとして成長するきっかけになりますよね?」

「そうッスね。ブラキは壁として立ちはだかるには十分なモンスターだと思うッス」

「ならばこそ、私達はここで背を向けるわけにはいきません。いい経験ですよ、これは。上等です。これを一つの貸しとし、私達はその貸しを取り返すべく、もう一度あれと戦わねばなりません」

「…………」

 

 茉莉もまた無感情ながらもその瞳に炎を宿しているように見えた。

 そんな二人を見て十兵衛は思わず身震いする。無意識に拳を握りしめ、震えるその灰色の瞳で二人を見下ろしてしまう。

 

(なんて……人達だ。あれだけの痛みを味わっておいて瑠璃さんはまだ立ち上がり、普段冷静に見える茉莉さんでさえ熱くなっているように見える。瑠璃さんはわかるとして、茉莉さんは意外だ……こんな、熱い一面を見せるか……。厄介だ厄介だ、と言っていたのに、まだ戦おうとするなんて、それだけ目標にしている人達が凄いって事なのか)

 

 止められない。

 こんな彼女達を止める事が出来ようか。否、出来るはずがない。

 普通ならば折れてもおかしくない、折れたとしても十兵衛は責める気はなかった。

 だが、ここまで覚悟を決めて戦う意志を見せつけられては、十兵衛もそれに乗っかるしかない。自分はただそれをサポートし、出来る事ならばこれ以上のひどい犠牲を生み出さないように気をつけて立ち回ってみせるだけだ。

 

「十兵衛」

「……あ、え? なんスか?」

「ありがとう」

「……え? なぜ、お礼を言われなきゃならないッスか?」

「あんたの……あなたの硬化弾のおかげでやばい傷にはならなくて済んだわ。それに、あたしが手当てを受けるだけの時間を稼いでくれたっていうのもある。……そんな傷を負ってまで、戦ってくれた。……だから、ありがとう」

 

 そう言って頭を下げる瑠璃。それに続くように茉莉も「私からもお礼を。ありがとうございます、十兵衛さん」と頭を下げてくる。

 美少女の二人に揃って頭を下げられ、十兵衛はただただ困惑するばかりだ。慌てて手をばたつかせながら「ちょ、やめてくださいッス。そんな、お礼を言われる事はないッス。頭を上げてくださいッス」と二人へと屈みこんで頭を上げるように言う。

 

「おいらはただ……責任をとるために戦っただけッス。もう少しうまいやり方があれば、瑠璃さんをこんな事にせずに済んだかもしれないッス。……申し訳ないッス」

「そんな気にする事じゃないわよ。狩りに危険はつきものよ。この通り、あたしは生きてるわ。茉莉の手当てと、秘薬のおかげよ。そんな傷つくたびに一々心痛まれたらやってらんないわよ?」

「……という言葉を私達のお知り合いの方がよく言ってらっしゃいましたよ、と」

「おい、それを言うな茉莉」

「はっはっはー」

 

 いつも通りの雰囲気を見せてくれる二人に十兵衛はまた口を閉ざしてしまう。

 なんて、強い人達だ、と思わずにはいられない。そんな二人に対して隠し事がある自分が負い目で、ひどく心が痛んでしまう。だがそれでも自分は、今はハンターの一人として行動しなければならない。

 この痛みを奥底へと押しやり、呼吸を整えた十兵衛は小さく頷いて「わかりましたッス」と顔を上げる。

 

「続ける、という事でいいッスね?」

「ええ。何としても狩ってやるわよ。あたしをこんな痛めつけた事を後悔させるくらいにね」

「それでまたへまをしないように気をつける事ですねー。秘薬を飲んだとはいえ、はっちゃければどこかガタがきますからね」

「わかってるわよ。気をつける」

 

 茉莉の言葉に瑠璃は小さく頷きながら少し拗ねる。熱くなるのはいいが程々に冷静にならないとまた痛い目を見るだろう。茉莉がこうしてブレーキをかけてやらないといけない。

 それによって少しだけ落ち着いた瑠璃に頷き、茉莉は立ち上がりながら十兵衛を見つめた。

 

「それで、次はどうしましょう? ブラキディオスに対する新たな作戦、ありますか?」

「そうッスね……閃光玉も少しずつ耐性が出てきているだろうし、となると……これを使う事になるッスかね」

 

 そう言って取り出したのは一つのチップ。それを肩から掛けているベルトに留めると、首を傾げている瑠璃へと説明を始めた。

 

「これでブラキの動きを止めてみるッス。その間に瑠璃さんと茉莉さんで一気にダメージを稼ぐ。まずはこれからッスね。それに、奴も結構暴れ回ったッスからそろそろ疲労してもおかしくない状態ッス。それが狙い目、落とし穴を仕掛けるチャンスッス。奴の疲労状態での落とし穴はかなり効果があるッスよ」

「なるほど。つまりこれからが勝負というわけですか。何とかやってみましょう」

「あと、飛びかかりの件ッスが、あれはブラキの方へと向かって回避すれば、奴が自分を飛び越えていくッス。横に逃げるのではなく、前に逃げれば回避できることが多いッス」

「マジで? じゃあそれでやり過ごして反撃すればいいわけね」

 

 あの厳しい一撃である飛びかかりに対する回避方法。それは二人にとってありがたい情報だった。ブラキディオスにとって格闘戦の中でも最大威力であろう、あれに対する対処方法が頭にあるだけでも状況は変わってくる。

 とはいえそれ以外でもあの両手から繰り出される殴りかかりも脅威といえば脅威だ。例え足元にいたとしても、振り返りながら狙いを定めて振り下ろしてくるのだ。こんな攻撃、他のモンスターにはなかった。

 あれを上手く躱していかなければ、瑠璃は足元で立ち回れない。一々斬っては離れていくをしなければやり過ごせないだろう。その辺りは実際に戦って覚えていこう。実戦の中で成長もまたハンターとして必要な事なのだから。

 瑠璃も立ち上がり、しかし少しだけふらついてしまった。すかさず十兵衛が支えてやり、「……本当に大丈夫ッスか?」と声をかける。

 

「大丈夫よ。ずっと座り込んでいたからふらついてしまっただけ。気にする事じゃないわ」

「……ならいいんスが」

 

 じっと瑠璃の瞳を見つめながら彼女の容体を確かめたが、ここは彼女の言葉を信じることにする。不意に瑠璃がその近くにある十兵衛の瞳と視線が合ってしまい、数秒見つめ合う形になってしまった。

 

「ふむふむ……」

 

 そんな二人の間で茉莉が口元に指を当てながら二人を交互に見て小さく頷きだし、それによって弾かれたように二人は離れてしまった。そんな二人に目に見える形でわかるほどににやつきながら、「あ、そうお気になさらず続けていただいても結構でしたんですよ?」と口にしてみれば、

 

「ちょ、気持ち悪いくらいの敬語を使うな!」

「いえいえ、そんな、気のせいですよー?」

「白々しいわよっ!? 何を考えてんのよ!?」

「ははは、いえ、何も? そう、このまま続けられれば面白いことになっていたかなー、なんて、そんな下世話な事なんて考えちゃいないですよー?」

「考えてんじゃないのよッ!? ふざけんなぁ!」

 

 またしても二人して騒ぎ出してしまう。そんないつも通りの姉妹の仲の良さを見ながら、十兵衛は小さく笑ってしまう。そんな無自覚が出来る程、自分は二人に親しみを感じているのだ、と心のどこかで感じた。

 いい変化だ、と思いつつ、ブラキディオスとの戦いを続けるためにもこの姉妹のコントを止めるために間に入っていった。

 

 ブラキディオスはエリア8へと北上していた。ここは逆Y字型の地形をしている。実際は広々とした外の空間なのだが、左右に火山から流れ落ちたマグマの大河が広がっているのだ。

 南は崖となっており、下界を見下ろせば小山、岩山が広がっていくのが見渡せる。北は更なる火山の奥地へと進むための坂となり、その先を進んでいけば火口付近まで上る事が出来るようになっている。

 ブラキディオスはその近くで休んでいるようだった。一度エリア5へと進んできた三人は遠くにいるブラキディオスを発見し、静かに接近していく。

 不意にブラキディオスがきょろきょろと辺りを見回し始めた。そうして姿勢を低くしながら接近していた三人の姿に気づき、振り返って威嚇を始める。

 ここは開けた空間であり、視界を遮る物体は何もない。いくら姿勢を低くしたとしても、目が良ければその姿を捉えることは可能だ。

 気づかれたならば仕方がない。

 瑠璃がまた先陣切るために夜刀【月影】に手をかけて翼を広げるが、十兵衛が「待つッス。こっちに引き付けるッス。あっちは狭いッスから」と止める。それもそうだと瑠璃は頷き、十兵衛が炎戈銃ブレイズヘルに通常弾Lv2を装填し、遠距離からブラキディオスへと攻撃を仕掛けていく。

 その間に瑠璃と茉莉はY時の交差点へと移動していき、ブラキディオスが下りてくるように誘い込むことにした。

 それにブラキディオスは誘われ、狙い通りに瑠璃達へと接近していく。それを見た十兵衛があのチップから弾を取り出して装填し、ブラキディオスへと射出する。それは着弾すると黄色い光を発して消える。

 だがブラキディオスはそれを気にした様子もなく、瑠璃と茉莉へと向かって拳を打ち落とす。二人はそれぞれ左右へと散り、ブラキディオスの足を狙って攻撃していく。

 十兵衛からブラキディオスは何度も足を狙って攻撃すればよく転倒する、という話を聞いていたためだ。また転倒を狙うように二人して両足を攻撃していく。

 茉莉も攻撃しているのは、現在ブラキディオスの両手の粘菌が落ち着いているためだ。奴が唾を吐きつけて活性化させない限りは茉莉もうまく立ち回れる。

 そんな彼女へと横から殴りつけるブラキディオスであるが、茉莉はそれを盾で受け流しつつ回り込み、足を狙って角槍ディアブロスを突き出していく。

 もう一度足元にいる茉莉へと勢いよく拳を振り下ろしたが、茉莉はそれをバックステップをして回避し、その拳へと一撃入れてやった。粘菌が活性化していないなら拳を恐れることはない。

 それにこの動きは何度も見てきた事で慣れてきた。確かに一撃は重いし恐ろしく感じるだろうが、注意して見れば回避や防御はそう難しいことではなかった。

 粘菌、という存在があるからこそやり辛い。その存在の強さと脅威性が茉莉の行動を束縛してくる。これがないだけで実に楽なものだった。

 だがブラキディオスの恐ろしさは拳だけではない。

 突如角の粘菌を活性化させるとその場で角を地面に突き立てたのだ。すると周囲に転々と白く発行する部分が生まれてくる。茉莉の足元にもそれが生まれ、舌打ちして急いでその場から離れるように後ろへと跳ぶ。

 瑠璃もまた急いでその場から離れていき、十分に粘菌の力を拡散したブラキディオスが勢いよく角を振り上げた瞬間、ブラキディオスの近くから次々と爆発が発生した。

 地面が吹き飛び、耳をつんざく爆音が連続して発生してぱらぱらと砂埃と小石が降り注いでくる。

 その中でも、遠距離から攻撃する十兵衛は、相変わらず一発の弾を装填してはブラキディオスへと射出していた。その度にブラキディオスの体に黄色い光が発生し、消えていく。

 その小さな一撃一撃に苛立ったのか、ブラキディオスが両手に唾を吐きつけながら振り返り、数歩下がって姿勢を低くした。それに気づいた十兵衛が炎戈銃ブレイズヘルを引いて前へと走り出す。

 奴が跳んだ瞬間を見計らって前のめりに跳び、前転していけばブラキディオスが自分の頭上を通り越して背後に着地した。その様子を見て二人はなるほど、ああして回避するのかと納得した。

 そして茉莉はというと小さく舌打ちしたくなった。ああしたことでブラキディオスの両手はまた粘菌が活性化してしまった。つまり、またやり辛くなってしまったという事になる。

 しかも奴は茉莉の方へと振り返ってきた。どう出てくるのか、と警戒していると、ぐっと姿勢を低くするのが見えた。その瞬間、体を走り抜ける冷たい感覚が襲いかかり、そして先ほどの十兵衛の動きを一瞬の内に思い出して、生きるという衝動に従って息をのみながら前へと突き進む。

 

「――ッ!」

 

 ブラキディオスの体が勢いよく跳躍し、そして自分は盾を構えながらも前へと走り、ステップをしてただ前へ。そうする事で背後に強い振動音が聞こえ、冷や汗をかきながら振り返りつつ角槍ディアブロスをブラキディオスの尻尾へと薙ぎ払う。

 やり過ごしたのだ。

 回避できたのだ、という現実を感じながらも、茉莉は反撃の手を止めない。

 尻尾を突き上げ、更に足を後ろから突いてやり、横へと逃げていく。ブラキディオスの正面からは瑠璃が斬りかかり、奴の意識を自分へと向けていた。

 しかし突如、ブラキディオスの体が痙攣し、硬直してしまう。

 

「今ッス!」

 

 炎戈銃ブレイズヘルへと弾を装填しながら十兵衛が叫ぶ。彼が撃ち続けていた麻痺弾Lv1の効果により、ブラキディオスが麻痺状態に陥ったのだ。これ以上の好機はない。茉莉はそのまま背後に付きつつ、尻尾へと向かって角槍ディアブロスを突き上げていく。

 瑠璃は顔から夜刀【月影】を斬りつつ下へと潜り込み、両足を切り払うように気刃斬りを放っていく。両足を同時に切り払う事で一気に足にダメージを与えて転倒を狙うという目論見だ。

 そんな瑠璃を邪魔しない位置、ブラキディオスの尻尾付近に立つ事で、尻尾を狙って突き上げて尻尾にダメージを与える茉莉。良ければ尻尾切断へと持っていきたいところだが、まだまだそれは遠そうだ。

 しかしこれもまたダメージ蓄積の布石となる。手を止めずに茉莉は角槍ディアブロスを突き上げていく。

 十兵衛は高速に装填していく通常弾Lv2を顔面へと撃ち続ける。動けない今こそ一気に体力を削るチャンス。先ほど受けたダメージをそのまま返すように瑠璃は気刃斬りを放ち続け、夜刀【月影】の錬気を溜め、解放して切れ味を高めていくのだ。

 そうして威力を高めた夜刀【月影】は遂にブラキディオスを転倒させた。

 

「まだまだ終わらなぁああいッ!!」

 

 今度は顔へと回り込んだ瑠璃が夜刀【月影】をただひたすらに振り回し、凄まじい連撃を叩き込んでいく。瑠璃の溜まりに溜まった怒りと苦痛をエネルギーに、夜刀【月影】へと己の気を纏わせて更なる威力の底上げを果たし、止まらぬ斬撃がブラキディオスへと襲い掛かる。

 茉莉も転倒した事で背後に倒れた尻尾へと振り返り、再びその尻尾へと角槍ディアブロスを突き入れていく。少しずつ鱗を突き破り、肉へと到達していく角槍ディアブロスの切っ先。

 肉を刺し貫き、先端が離れれば少しずつ血が漏れて出てくるのを見ながら、茉莉はただひたすらに突き続けるのみ。

 十兵衛も瑠璃が顔へと斬りかかっていくのを確認すると、貫通弾Lv2へと切り替えて背中から突き抜けるように射出していく。

 麻痺から転倒。二連続の行動束縛による大きなチャンスを生かして体力を一気に削った。それは良しとしよう。だがこれらから解放されればどうなるか。

 

「グルルル……グギャアアアアオオオオオン!!」

 

 いいように自分を傷つけてきた三人へと殺気をむき出しにし、怒り状態へと移行するのは道理。だが十兵衛はそれを見越してポーチから閃光玉を取り出し、ブラキディオスの視界へと放り投げた。

 その強い光に当てられてまたしても視界が潰される。しかしブラキディオスは目の前に瑠璃がいた事だけは把握しており、前に向かって勢いよく拳を振り下ろしてきた。その動きに瑠璃が横へと勢いよく跳ぶ。

 振り下ろされたのは右手。それから逃れるために左足の方へと進めば、拳にも爆発の衝撃波も受けずに済んだ。一撃その左足を切り払ってやるが、その痛みに反応して振り返りながら横殴りをしてくる。

 

「ちっ、見えてないのに……!」

 

 見えていないからこそ、痛みに反応して攻撃をしてくるという事か。舌打ちしながらもう一度足元を潜り抜けるように避け、しかし体が揺れた事で尻尾も揺れ、瑠璃の頭を薙いでくる。

 それを受けて瑠璃の体勢が崩され、またブラキディオスがぐるんと体を捻りながら瑠璃の背後へと右手を振り下ろした。強く打ち落とされた事で爆発し、その爆風が瑠璃の背中へと襲い掛かっていく。

 直撃こそしなかったが、その衝撃波だけでも十分な威力がある。地面を転がっていく瑠璃だったが、何とか受け身を取って起き上る。

 茉莉もブラキディオスから離れ、様子を窺うように観察するが、十兵衛にとってはこれもまた攻撃のチャンスだった。また別の弾をチップから取り出し、二発装填して連続して撃ち出していく。

 すると今度はブラキディオスの体に紫色の煙が立ち上った。

 

「毒弾、ですか」

「そうッス。まあ、使えるものは使っていく、ってやつッスよ」

 

 頷きながら素早く装填、射出を繰り返すが、ブラキディオスは前進、後退、サイドステップと落ち着きなく動き、突如前のめりに倒れながら角を突き立ててきた。その射線上には茉莉がいる。

 慌てて茉莉が横へと逃げ、その直後に連続爆発が通り過ぎていく。しかもブラキディオスはまた方向を変えて連続爆発を放ってきた。今度は十兵衛の近くを通り過ぎるルートだ。

 何かが飛来してきているという事だけを感じとり、離れた所にいる敵へと攻撃しているつもりなのだろう。視界を潰されているというのに、油断ならない奴だった。

 だがすぐにそれは回復する。閉じられていた瞼が数度開閉し、顔を振って一度声を張り上げる。やはり閃光玉の効果時間が短縮していた。三度も受ければ目が慣れてくる、というものらしい。

 こちらのモンスターの耐久性は状態異常だけでなく、こういう罠などの道具のサポート時間も短縮されていくのだ。

 

「ギュルルルッ!」

 

 ぎろりと十兵衛と茉莉を睨み付けるブラキディオスの背後から瑠璃が斬りかかり、足を刈っていったのだが、ブラキディオスは少しよろめいただけだった。転倒しかけたのを堪えるように数歩滑りつつも体を支えて向き直っていく。

 だがその顎下から夜刀【月影】を振り上げて奇襲を仕掛け、続けて喉を突いて薙ぐ。少量ではあるが肉が切れて出血し、痛みに呻いてブラキディオスの動きが一瞬硬直する。

 そこを逃さずに十兵衛が徹甲榴弾Lv2を一発射出し、頭に着弾して爆発した。その爆発によって何度も顔にダメージを受けていた事で、角の一部が吹き飛んでしまう。

 

「グルアアアァァァッ!」

 

 頭を振って吼えたブラキディオスが狙いを十兵衛へと変え、唾を両手に吐きつけながら飛びかかっていった。しかしもうその動きは見切っている十兵衛が下を通り抜けるように走り、背後にブラキディオスが着地する。が、すぐさまブラキディオスが振り返りながら十兵衛へと拳を振り下ろす。

 それも何とか逃れる十兵衛だったが、拳の直撃は避けても爆発の衝撃波だけは逃れられなかった。

 

「距離を詰めるためだけの跳躍、という事ですね……!」

 

 飛びかかりが躱され始めている、というのはブラキディオスも把握し始めた。だからこそそれを攻撃に使うのではなく距離詰めのためのものとして割り切ったのか。

 そんなブラキディオスは今度は茉莉へと標的を定め、一度小さく唸って両手を交互に打ち下ろしながら接近していく。それから逃れるため走り出す茉莉だが、やはり追うようにカーブし、十分に距離を詰めた所で角を振り上げて彼女の体を打ち上げようとした。

 突然の奇襲に茉莉は盾を構えてなんとか防御したが、振り上げられた角の粘菌が活性化し、硬直している茉莉へと勢いよく振り下ろされる。

 

「ッ!?」

 

 再び強く打ちつけられる衝撃。このまま振り上げられれば一気に爆発するであろうその攻撃はしかし、再度ブラキディオスの顔の側面に着弾した弾丸の爆発によって強制的に中断させられた。

 顔の側面から吹き飛ばされる衝撃に、ブラキディオスが転倒してしまったのだ。突き立てられた角の先端の光が急速に落ち着きを取り戻していき、左手の痺れを感じながら茉莉は助かった、という思いに包まれる。

 見れば、荒い息をつきながら十兵衛が炎戈銃ブレイズヘルを構えていた。一瞬の内の援護射撃。それに感謝するために口を開こうとしたが、荒い息だけが漏れるだけだった。

 何とか体勢を立て直し、盾を持ちなおそうとしたが、見ると表面が強く凹み、粘菌が付着していた。それは黄色へと変色し、間もなく赤へと変わろうとしているところだった。

 

「くっ……!」

 

 何とか粘菌を振り払おうと振り回しながらブラキディオスから離れていくが、なかなか離れない。すると十兵衛が駆け寄ってきて茉莉の足元へと消臭玉を叩きつける。とたんに立ち上る清涼な香りが彼女を包み込み、そしてそれは盾に付着している粘菌を落としていった。

 

「粘菌が取れにくければ消臭玉。普通は異臭を消すためのものッスが、この通り粘菌にも効果があるッス」

「……ありがとうございます。先ほどの件も……」

「いえ、気にしないでくださいッス。サポートするのが、おいらの役割ッス」

 

 そう言って微笑し、毒弾を装填してブラキディオスへと射出する十兵衛。奴の下へは既に瑠璃がついており、起き上ったブラキディオスの足元を斬りつけていた。

 すると怒り状態が落ち着いていき、今度はブラキディオスが息を切らしてその場に留まってしまっていた。

 

「疲労状態ですね。では打ち合わせ通り……」

「はい、お願いするッス」

 

 茉莉が角槍ディアブロスをしまい、腰に提げている落とし穴を取り出して少し離れた所に設置する。その間に十兵衛は毒状態へと陥れようと、毒弾を射出していきながら瑠璃へと「落とし穴設置中ッス!」と声をかける。

 その言葉に一度瑠璃が茉莉の方へと振り返り、大きく頷いた。

 ネットが広がり、問題なく落とし穴が設置されるのを確認すると、十兵衛は角笛を手にして吹き鳴らす。疲労しているブラキディオスではあったが、その音色に反応して十兵衛へと振り返り、のしのしと駆け寄ってくる。

 それだけ見ると主人の呼び声に反応する飼い犬のようだが、生憎とその飼い犬を出迎える主人は狩人(ハンター)だった。そのまま誘い込むように落とし穴へと下がっていき、彼へと拳を振り下ろすために更に一歩踏み出した瞬間、その巨体が一気に地面に沈み込んでいく。

 

「グギャアアァァッ!?」

 

 突然の出来事にブラキディオスが驚きの声を上げる。瞬間、下がっていた茉莉が一気に攻勢に出るために角槍ディアブロスを抜き、その顔へと一気に突き入れる。十兵衛もチップからベルトリンクを取り出し、炎戈銃ブレイズヘルへと繋いでいく。

 

「茉莉さん、もう一度スタンさせるッスから、顔から離れてくださいッス」

「了解です。では手を破壊しましょうか、ねっ!」

 

 炎戈銃ブレイズヘルの銃口を頭へと合わせ、一気に七発の徹甲榴弾Lv2を射出していく。連続して頭へと着弾していったその弾丸は、一間を置いて次々と爆発していき、ブラキディオスにダメージを与えながら頭を揺さぶっていく。

 それでは終わらず、今度は徹甲榴弾Lv1のベルトリンクを取り出して炎戈銃ブレイズヘルに繋ぎ、九発の弾丸を連続して射出すれば、ついにその爆発の海に呑まれてスタンしてしまった。

 背中に回っていた瑠璃も夜刀【月影】を振るって錬気を溜め、気刃斬りをして夜刀【月影】に赤いオーラを纏わせる。それが最大解放となり、夜刀【月影】の威力は最大限に高まっている。

 顔の爆発が収まれば茉莉の反対、すなわち左手へと接近し、左手と肩、胸を纏めて切り払いながらダメージを与えていく。

 十兵衛も貫通弾Lv2に切り替えて顔から背中へと突き抜けるように弾丸を射出し、このまま討伐する勢いで攻撃を重ねていく。

 最初の苦戦はどこへやら。完全に流れが三人へと傾いていた。

 好機を作りだし、そのチャンスを掴み取って三人のペースを物にする。そうしてダメージを積み重ねた結果、何とか気力を取り戻したブラキディオスが再びもがきだし、落とし穴から抜け出してきたのだが、その足元はおぼつかなかった。

 ふらつく体を支えるために両手を地面につけ、一度呼吸を落ち着かせると足を引きずりながらエリア7へと向かって歩き出す。

 瀕死状態だった。

 このまま逃すわけにはいかない、とすかさず瑠璃が疾走し、その足を切り払う。だがそれでは倒れなかったためもう一撃、と斬りつける。だがそれでも立ち止まらず、ブラキディオスはエリア7へと逃げていった。

 

「……逃げられたわね」

「でももうすぐですよ。頑張りましょう」

「そうッスよ。いい感じに攻めれてるッス。この調子で、でも油断せずにいけば勝てるッス」

 

 そうだ。このまま行けば討伐成功となる。

 一度はどうなるかと思ったが、ようやくここまで追い込んだのだ。

 頷く瑠璃は夜刀【月影】に砥石を当てて切れ味を戻していったのだが、不意に体の節々が鈍く痛んだ。

 

(……っつ、これは……傷が……)

 

 体を打ちつけた痛みがここでぶり返してきたらしい。秘薬といえども万能ではない。こうして激しく体を動かして戦ってきたのだから、再びこうなったとしてもおかしくはない。

 だからこそ茉莉に無理はするな、と忠告を受けていたのだが、だからといってもうすぐ勝てる戦いになってきているのにここで終わるわけにはいかなかった。

 それにこれくらいの小さな痛み、どうという事はない。我慢できるものだ、と自分に言い聞かせながら砥石を刀身に滑らせていく。

 一方茉莉もまた左手の痛みがじわりじわりと広がっていくのを感じていた。ぐっと握り、拓を繰り返して調子を確かめてみる。少しまずい状態か、と分析する。

 ここで失敗するわけにはいかない。どうするべきかを考え、そして茉莉は軽く息をついて左手から盾を外し、右手へと持ち変えた。

 その様子に気づいた十兵衛は「左手、大丈夫ッスか?」と声をかける。

 

「ええ、少し不安になってきたもので、持ち変える事にしました」

「利き手は右ッスよね?」

「そうですね。とはいえ種族的な事と、鍛えている事で左手でもああして防御と受け流しが出来るくらいの力を持っていますので、今まではこうしてやってきましたが」

「……凄いッスね」

 

 普通ランサーなどの盾は利き手に持つとされる。人が相手ではなく強大なモンスターを相手にするのだから、それを防ぐ盾は利き手に持つ事で高い防御力を発揮し、身を守るという教えがあるからだ。

 だが両手を鍛えている者らの中には利き手でなくとも防御できるハンターがおり、茉莉もその内の一人だった。火竜の因子を持つ彼女らは若くとも高い怪力を保有し、重量武器だろうとも扱い、軽々と移動してみせるだけのものを持っている。

 つまり茉莉は、左手で守れないと判断した際は右手に持ち変えて防御できるだけの訓練を積んでいるのだ。角槍ディアブロスを一度左手に持ち、数度突き、振り回してみるが問題なく左手でも扱えていた。

 

「……ん、何とかいけますね」

 

 調子を確かめれば角槍ディアブロスをしまい、しかし念には念を入れるという事で回復薬グレートを一本飲み干した。向こうでも瑠璃が夜刀【月影】の切れ味を戻すと、回復薬グレートを飲み干し、口元を拭っていた。

 最後の準備を終え、三人はエリア7へと移動する。

 マグマに挟まれた道を歩いていき、中心の広場へとやってくれば、ブラキディオスが背を向けて佇んでいた。荒い息を落ち着かせるように呼吸を繰り返していたブラキディオスは近づいてくる気配に気づいて振り返る。

 低く唸り、身構えながら両手に唾を吐きつけて粘菌を活性化させると、再び洞窟中に響き渡る程の咆哮を上げる。

 だがそれを中断させるように十兵衛が装填していた貫通弾Lv2を射出し、顔から貫くように弾丸が数発走り抜ける。それに怯んだ隙を狙って瑠璃が一気に斬りこみ、両足を薙ぐように体を捻りながら斬りかかった。

 最後に茉莉が僅かにふらつくブラキディオスの頬を突き上げるように角槍ディアブロスを振るい、右手から足へと薙ぎ払って下がっていく。

 そんな彼女を逃さないように拳を振り下ろしたが、彼女は更に一歩下がってやり過ごし、足を一突きして逃げていく。彼女を追わずに足元を斬り続ける瑠璃を横から殴り飛ばそうとするも、それに気づいた瑠璃が足元を潜り抜けていく。

 が、その動きも把握したブラキディオスは一歩下がりつつ振り返り、彼女の脳天から拳を振り下ろす。

 

「くっ」

 

 前に跳びながら前転し、すれすれの位置を拳が通過していく。それを逃さずもう一発横殴りを放ち、瑠璃がそれから逃げたのだが、その先には設置されている地雷があった。

 舌打ちして翼を羽ばたかせて急速に舞い上がり、刹那、その地雷が爆発した。

 逃げるのが遅ければその爆発に巻き込まれていただろう。だが脅威は去ってはいなかった。舞い上がった瑠璃を視線で追い、ブラキディオスは角の粘菌を活性化させて瑠璃へと頭突きをする。体を捻って旋回して逃れたが、そのままブラキディオスは角を地面に突き立て、十兵衛へと向かって爆発の波を引き起こす。

 それに気づいた十兵衛が横へと逃げ、起き上りながら毒弾を射出する。もうブラキディオスの体内には十分に毒が蓄積されている。そろそろ毒状態になってもおかしくないはずだ。

 その読みは当たり、着弾した弾丸によってブラキディオスの呼気が変化した。先ほどとはまた違った苦しげな声となり、体の所々が若干変色していた。毒状態になっただろう。

 

(これで良し。後は……)

 

 弾丸の残りはあまりなかったはず。貫通弾Lv2、通常弾Lv2は結構使ったし、火炎弾は効果なし。徹甲榴弾もどちらも全弾放出、散弾は瑠璃と茉莉にも当たる可能性あり。拡散弾もあと一発だが、これも当たる可能性あり。

 となれば……、

 

(貫通弾Lv1でちまちまやる、か。いや、その前に貫通弾Lv2を全弾放出ッスね)

 

 決めれば即、行動。チップから数発の弾を取り出して素早く装填し、ブラキディオスへと射出していく。胸から貫くように狙いを定めた銃口から放たれた弾丸は狙い狂わずブラキディオスを貫いていく。

 唸りながら足元をうろつき続ける瑠璃へと拳を振り下ろすブラキディオスだったが、一向に彼女を捕える事が出来なかった。周囲は地雷が設置され、次々と時間を置いては爆発していく。

 やがてまた足の力が弱まり、ブラキディオスが転倒してしまった。それを好機として瑠璃が尻尾へと接近して茉莉が付き続けた部分を狙って斬っていく。それを見た茉莉はブラキディオスの顔へと回り込み、徹甲榴弾によってボロボロとなっている顔の肉を抉りこむように角槍ディアブロスを突き入れる。

 再び訪れた好機を逃さず、瑠璃が気を夜刀【月影】に篭めて尻尾切断を目指していく。斬りつけるたびに少しずつ肉が切れ始め、斬りおろし、斬り上げ、突きと繰り返していくと、肉の奥に白い物体が見えた。

 瞬間、今まで以上の気を込めて夜刀【月影】を勢いよく振り下ろす。刀身がそれを切り裂く感触を伝えてきた後、宙に蒼い物体が舞い上がる。

 

「ギャアアアアァァァァッ!?」

 

 尻尾の断面から血を流しながらブラキディオスが悲鳴を上げて転がっていく。ふらつきながらも何とか起き上り、そうして最後の抵抗とばかりに怒り状態へと移行して怒号を上げる。

 自分の尻尾を切断した不届き者を吹き飛ばすため、角を地面に突き立てて爆発の波を引き起こすが、そんなものはもう見切っている。横へと走り抜け、一気にブラキディオスへと接近しながら横を通り抜けていく熱風を感じ取る。

 顔へと斬り付けたが、それに怯まずブラキディオスが勢いよく拳を落とした。それを前転して躱し、両足を薙ぎ払って更に跳ぶ。先ほどまで立っていた場所を拳が横殴りに通り過ぎていったのだ。

 そうして瑠璃へと意識を向けている間に茉莉が角槍ディアブロスを突き入れていくが、ブラキディオスはすぐさま反応して今度は茉莉へと殴りかかっていく。

 それを躱し、爆発の衝撃を盾で防ぎながらカウンターを突き入れる。右手ならば直撃でなければ耐えられると踏んだが、読み通りだった。横殴りは躱し、肩へと突き上げる。

 もう一発怒りのままに振り下ろしてきたが、それを躱して盾で衝撃を受け止めて突き出してやる。そんな茉莉を横から吹き飛ばすため今度は尻尾を振り回してきたのだが、短くなったそれは脅威でもなんでもない。

 少し体勢を低くしてやり過ごし、体を伸ばしながら角槍ディアブロスを尻へと突き上げる。

 

「グルアアアァァァッ!!」

 

 怒りのままにもう一発拳を振り下ろして瑠璃を叩き潰しにかかるのだが、彼女はにやりと笑ってまた足元を潜り抜けてやり過ごしつつ切り払い、腹へと斬り上げる。そのまま両足を切り払いつつブラキディオスの下から離れていく。

 そんな彼女を逃さないとばかりに前のめりに倒れながら角を突き入れるのだが、彼女はそれをも注意していた。翼を強く羽ばたかせて勢いよく後ろへと跳ぶ事でやり過ごしたのだ。

 連続爆発はあらぬ方へと解放され、隙だらけとなっているブラキディオスへと夜刀【月影】に纏わせた気を解放する。勢いよく夜刀【月影】を振りおろし、地面を割りながら突き進む閃剣はブラキディオスの肩を切り裂き、赤い血を巻き上げる。

 もう一発、と斬り上げて放たれれば、今度は腹を切り裂いた。だが同時に瑠璃の体を痛みが走り抜ける。やはり鈍い痛みが息づいているのだ。脂汗が頬を流れ落ち、しかしそれでも瑠璃は夜刀【月影】を構えたまま走り出す。

 接近してくる瑠璃を感じとり、相変わらず突かず離れずの茉莉を見たブラキディオスは勢いよく角を地面に突き入れ、粘菌を拡散する。周囲に転々と発生する白い光。茉莉は素早く後ろに下がって逃げ、瑠璃も急ブレーキをかけて立ち止まり、一歩離れてからまた閃剣を放つ。

 それを解放するように顔を振り上げれば、周囲が連続して爆発していく。だがガンナーにとってそれらの行動は隙だらけも同然だった。

 狙いを外さずに連続して顔へと貫通弾を撃ち込んでいった事で、ブラキディオスは突如ふらついてしまう。顔へのダメージが蓄積した結果だった。

 がくがくと足を震わせ、荒い息をつくブラキディオス。その体が硬直したのを逃さず、茉莉が一気に距離を詰めながら角槍ディアブロスに気を纏わせていく。

 一気に接近してきたその姿を捉えたブラキディオスは、茉莉へとカウンターを放つように拳を彼女へと打ち落とした。

 だが茉莉はそれを利用した。

 左手が顔を通り過ぎる際に手にしている盾を放り投げたのだ。すると盾と左手が勢いよくぶつかり、そこで爆発する。その衝撃がブラキディオスの頬へとぶち当たり、それによってブラキディオスが怯んでしまった。

 盾が爆発によって吹き飛び、離れた所に落下して転がっていくが、茉莉はそのままたたらを踏み、下がった頭へと両手で構えた角槍ディアブロスを一気に突き出した。

 彼女の気を纏った角槍ディアブロスは露わになっている肉を貫通し、内部へと一気に突き入れられる。

 

「ガ、ガガ……ギュ、グ……ッ!?」

 

 赤い瞳が大きく見開かれ、自分にとどめを刺した人物を見据える。その視線を受け止め、角槍ディアブロスを引き抜けばそこから勢いよく血が噴き出し、一部が茉莉へと掛かる。

 どろりとブラキディオスの顔を濡らす血の感触を感じながら、片膝をついたブラキディオスはそのまま力なく倒れ伏せる。

 怒りに燃えていたその瞳から生気が消え失せ、ここにブラキディオス討伐が成功する事となった。

 

「……ふぅ」

 

 それを実感すると茉莉が大きく息を吐いて二人へと振り返った。瑠璃も夜刀【月影】を背中に戻しながら緊張を吐き出すように大きく息を吐いているのが見える。

 十兵衛は吹き飛んでしまった盾を回収していた。それは爆発によって大きく凹み、破損していた。どう見ても修理が必要なのは明白だった。久々に使ったのに無理させてしまったと思う。

 だがあの奇襲のおかげでとどめが成功した。しっかりと修理してもらう事にしよう。

 

「お疲れ様ッス」

 

 十兵衛が盾を手渡しながら労いの言葉をかけてくる。それに礼を述べながら頭を下げ、瑠璃も「お疲れ様」と声をかけながら手を出してきた。その手に右手を叩いてやって健闘を祝い、三人でブラキディオスの解体を始めることにした。

 

 何はともあれ、こうして討伐は成功した。

 この戦いは二人にとって強敵の出会いをもたらし、そして確かに二人を強くさせるだけのものだったに違いない。

 また一つ、自分達は強くなった。

 そう感じ、ブラキディオスに新たな経験を積ませてくれたことを感謝しつつ、その素材を剥ぎ取っていった。

 

 

 ○

 

 

「……討伐成功、か」

 

 物陰に身を潜めながらその男はそう呟く。

 気配を消して戦いを見守っていた彼はその場を離れて歩き出す。青いコートをなびかせながら火山を下り、岩山地帯へとやってくると軽快にそれを登っていって山を越えていく。

 そうしながら先ほどのあの三人の戦いを思い返していく。

 なるほど、多少は強くなっただろう。でなければあのブラキディオスを討伐するなんてことは出来ない。大抵のハンターはあの暴れん坊につまずいてしまう。そうさせるだけの力があのブラキディオスにはあるのだ。

 あの十兵衛というガンナーの存在があったからこそ出来た、という事も否定はできないが、それでも最後はあの二人はよく戦った方だと彼は分析した。

 

「ならば、そろそろぶつけるとしようか」

 

 にやり、と彼の口元が歪められる。

 果たして彼女らはあれを倒せるのか?

 もう少しだけ時間を与えてやるが、それを終えれば再びユクモに訪れる事にしよう。

 あの二人と戦う存在を引き連れて。

 

「見せてもらおうか。どれだけ立ち回れるかを、な。一つの壁を越えたからといってそれで満足するようでは、失望するというものよ。戦いに上限はない――気を抜くようでは、早々に死んでもらうぞ?」

 

 低く笑い、その声の尾を引きながら彼は眩い雷光に包まれて岩山の向こうの森へと消えていった。

 次なる戦いの気配が、また近づいてきていた。

 

 

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