渓流の奥にある深い山奥、霊峰と呼ばれる場所に再びその姿があった。山頂からじっと下界を見下ろしながらそれ、嵐龍アマツマガツチは小さく唸りだす。
その唸り声は怒りに震えており、山頂の空は黒雲が渦巻いて強い風を作り上げていた。
『ハンターどもめ、やはり目障りよな。妾の駒を
目を細めながら頭の中に浮かぶのは、各地に放った多くのリオ夫婦がハンター達によって狩られる光景だ。原種も、亜種も、そして希少種も……全てが狩られてしまった。
希少種ぐらいは生き残るかと思ったが……よもや全て狩られるとは。いつの間に東方のハンターも実力が上がってきているのだ、と驚きを禁じ得ない。
『ここは妾が出ていっそのこと蹂躙するか? 目障りなハンターどもを一気に掃討し、その中にあの者らが含まれていれば儲けものか』
物騒な事を口走りながら少しずつ力を解放していく。すると周囲の空気が変質していき、上空の黒雲がゆっくりとその規模を拡大していき、風がうねって強風を作り上げていく。
ぽつぽつと雨が降りだし、周囲を濡らし始め、続けて雷が鳴り始める。
そんな中、アマツマガツチが浮上しようとしたその瞬間、
「――それは困るねぇ。天空、ここは抑えて、もらおうか」
女性の声が聞こえてきた。
それに反応し、アマツマガツチが顔を上げ、周囲を見回し出す。
『何奴?』
「おや、心外な。このあたしの声を聞き忘れたか?」
『…………』
どこからか聞こえてくる声だが姿が見えない。振り返ったアマツマガツチは少し不機嫌そうな様子を見せながら視線を巡らせて声の主を探っていくが、されどもやはり姿が見えない。
また香澄がやって来たのか? と思ったが、しかし声が違う。
別の誰かがこんな所までやってこれる、というのは数が限られる。その限られた中で更に女性となればもっと限られる。
一瞬、白皇様か? と思ったが、白皇様がこんな所まで来るはずがない、とその可能性を消す。
『何奴? 姿を見せい』
「……はっは、残念だな。……でもあたしはあまりお前の、前に姿を見せなかったからね。まあ、よしとしようじゃないか」
変わった喋り方でそんな事を言いながら、山頂の一角にその姿が現れる。
漆黒の外套を身に纏い、同じく漆黒の長髪をした女性だ。顔の半分に白い骸の仮面が嵌められており、その奥から金色の瞳がじっとアマツマガツチを見据えている。
「さて、こうして姿を見せたわけだけど、よもやあたしの顔を見忘れと言うのかい? そうだって言うんなら――あたしはお前を殺してしまうかも、しれないけど、さ? くっくっく……」
可愛らしく小首を傾げながら妖艶に微笑み、腰に差している黒い短剣を手にしてみせる。
そんな様子を見たアマツマガツチは息をのみ、白い光に包まれて粒子となった。そうして一度散ったその粒子が一か所へと集まり、人の姿を形作る。
以前に香澄の前に姿を現したような女性がそこに現れる。白い小袖、黒い袴、水色の羽衣という和装をしたその女性は、白い髪を揺らしながら対面にいる漆黒の女性へと膝をついて頭を下げる。
「……申し訳ありませんでした、ヘル様」
先ほどまでの不機嫌さはどこへ行ったのか。高慢な態度はなりを潜め、目上の相手を敬う雰囲気が彼女から感じられる。そんな彼女の変わりっぷりがよほど面白かったのか、漆黒の女性、ヘルと呼ばれた彼女はにやにやと笑みを浮かべながら短剣を弄っている。
そんな彼女に頭を下げているアマツマガツチ、天空は気が気でなかった。
何せ目の前にいるヘル、彼女は七禍龍である天空よりも更に上の地位にいる存在だ。
「何卒、ご容赦を……」
「……ま、いいさ。あたしはそういう事にはあまり、気にしないもんだからね。うん、安心するといいよ天空。何もしない。……そう、お前が何もしないのならば、あたしも何もしない」
「……どういう事でございましょう?」
首を傾げる天空に、ヘルはくすくすと笑みを浮かべながら短剣を指で回転させながら空を見上げる。相変わらず空からは雨が降り注いでおり、冷たい雫に濡れて風が吹き抜いてくるものだから寒く感じられる。
そんな空を示すように短剣を空に向けて数回振れば、天空はそれに一礼して力を操作した。すると少しずつ天気が晴れていき、雨風も落ち着き始めていく。太陽の光が黒雲の隙間から差し込み始め、ゆっくりと温かくなり始めた。
それを確認すると、ヘルは短剣の刀身にそっと指をなぞらせていきながら口を開く。
「言葉の通りさ。天空、この先妙な真似はしないでもらいたいね。上に帰ってもらおうか?」
「……何故です? 妾は白皇様のため、白銀昴らを……」
「それが、妙な真似、というものだよ。天空、お前があたしたちのようにあの
短剣の奥からじっと天空を見据えながらヘルは少し癖のある喋り方をしている。天空は僅かに顔を上げてそんなヘルを見つめながらそれを静かに聞いている。
側用人。
それは白皇に仕える者らの事で、直属の部下と言い換えてもいい立場だ。“世界”に達し、それ相応の力を保有し、白皇の意志に従って行動する。世界の神である白皇のそのご尊顔を拝見できる立場故にその地位を目指す者らは多い。
しかしそれは到底到達できるような領域ではない。
何せ世界の中でも伝わる存在、七禍龍を最終地点とする者もいるが、側用人はそれの更に上の領域だ。それは神である白皇の傍に控える、という地位でもあるが故に。
また時空を飛び越えて移動でき、平行世界もものともせずに移動できるだけの力も保有する。七禍龍の時点では白皇の手助けを借りて平行世界を移動する存在もいるが、側用人ともなれば平行世界だけでなく別の世界へも移動できるだけの力を持つという噂だ。
目の前にいるヘルは『
その正体は耳にはしていないが、普通じゃない存在なのは間違いない。戦闘狂の暗殺者という一風変わった立場であり、白皇の指令を受けて陰で行動するというやり方を取っている。
もう一人が『
世界の中に入り込み、人々の暮らしの中に溶け込むように変化を多用して行動するのだ。六年前の事件でも様々な場所に潜入し、情報を獲得し、かく乱させる。彼女の行動があってシュヴァルツの噂があの事件の後も広まったと言っても過言ではない。
遥かな昔はあと二人の側用人がいたが、現在は空席だ。
当然ながらその二人も高い力を保有しており、同じように世界を飛び回れるだけの行動力があった。しかしそんな二人は白皇の下から離れ、それぞれ己の行動理由を掲げて活動している。
一人は敵対、一人は中立。
神である白皇に牙を向けたものと、神に干渉せずただ起こるままを眺め続けるもの。
その事件があったが故に現在も二つの空席が存在している。七禍龍から更に上へと到達する者は現れず、今もなおリーゼロッテとヘルが白皇を支え続けるだけだった。
天空はその空席を埋めるために努力した。一介の古龍からのし上がり、空の七禍龍であるウェゼントネルを下して七禍龍が一へと昇格した。
だがここで終わるわけにはいかない。側用人となるには更に白皇のために行動し、力を得て更なる高みへ。だからこそ今回の一件も白皇のために白銀昴らを探し出し、抹殺するつもりでいた。
それが、ダメだというのか?
天空は戸惑っていた。
「しかし天空、しばらくは大人しくしていてもらおう。もうすぐおもしろいことが、起きるわけだよ。お前のその行動により、それを潰してほしくない訳。わかるかい?」
「おもしろいこと……? それは一体如何なるもので?」
「……ヒトにとって大事件が起きるのさ。伝説の一角が崩れ落ちる、それを天空、お前の忠誠心から生まれる行動に潰されるとあっちゃあ、あたしはたまらなく困るのさ。……わかるだろう?」
ぎらり、と金色の瞳が輝き、回転させた短剣の切っ先が天空へと向けられる。冷たく放たれる刃のような殺気が天空を貫き、それによってまた天空は冷や汗を流してしまう。
この押し潰し、刺し貫いてくるかのようなプレッシャーに天空はただ平伏するしか出来ない。自分は強くなったと思っているが、やはり上には上がいる。
「だから、ここは何もせずに上へと帰ってもらおうか。それに白銀昴らは、今は放置でいい」
「っ!? よろしいのですか!? あの者らを抹殺する事こそ、シュヴァルツの末裔を……」
「構わないよ。天空、お前が放った駒は今の東方のハンターの実力を計れるものだった。だから無駄じゃない、お前の行動は意味のある事だった。でも、それまでさ。お疲れ様、今はゆっくり休むといいよ?」
「…………っ」
にっこりと笑顔を見せて短剣を腰の鞘に収めるヘル。今回の一件で多くの駒を失ったが、それを知っていて放置していたというのか。白銀昴らはまだ殺さない、と今日のように声をかけてくれば失わずに済んだというのに……。
だがそれに文句を言えるはずがない。言ってしまえば、彼女は笑顔で今収めた短剣を抜いて自分を斬り殺しに来るだろう。彼女はそう言う人……いや、竜だという事を知っている。
側用人にまで昇格してきた――飛竜種。
古龍種ではなく飛竜種がそこまでのし上がれたという事実が目の前に立ち塞がっている。
普通に考えれば古龍種である自分が食い殺したとしてもおかしくない力関係が、高められた力によって完全に逆転している。勝てるイメージが浮かばないだけの差が自分と彼女の間に存在しているのだ。
ぐっと手を握りしめ、天空はまた頭を下げて「……わかりました」と返事をする。
「では……妾はこれで、失礼いたします……」
「ああ。しばらくこっちに来なくていいから」
「……はっ」
立ち上がってもう一度一礼すると、天空は白い粒子となってアマツマガツチへと姿を変え、空へと昇っていく。その先に再び厚い雲を作り上げると中へと消えていった。
それを見送ったヘルは薄く微笑を浮かべて山頂から下界を見下ろした。先ほどまで天空が見下ろしていた光景を、今度は彼女が見下ろす。
そうして頭に思い描くのだ。
この先に起こる一つの大事件を。
「……時は近い。せいぜいそれまでの間に、事を進めてもらいたいね? でなけりゃ、メンバーが揃わないで終わってしまうからねぇ……」
くつくつと低く笑って、ヘルの姿はまた見えなくなってしまう。足音も立てずに立ち去っていく。最後に小さく山頂に聞こえてきた声は――
「最期に遺すものはきちんと残しましょうね? でなけりゃ……その死に意味がなくなるからさ」
その呟きにも似た言葉は風にさらわれて消えていった。
○
「父上に話を通してきました。手続きに時間がかかりますが、いずれ彼女を仮釈放出来る可能性が出てきました」
「そうか。ありがとう、レイン」
あれから数日の交渉の末、レインの執務室に通された月は彼の言葉に頭を下げる。
事情を説明し、この先起こるかもしれない懸念を説明し……数日という時間をかけた末の可能性の浮上だ。監視役としてライムらに任せるだけでは通らないため、ギルドナイトの誰かを共に付けることになりそうだった。
候補として上がるのは過去にセルシウスと行動したことがあるアルテミスなのだろうが、彼女だけでは不安が出る。ギルドナイトとしては少しずつ成長しているだろうが、しかしアルテミスも昔は敵として行動していた。
とはいえ彼女の純情さは今もなお続いており、それは彼女の事を知ったギルドナイトらは彼女に黒い所はまったく見られないと口を揃えて言う程だ。そう考えればアルテミスがセルシウスの監視役と言うのは問題ないかもしれない。
が、もしもの時もある。アルテミスだけではなくもう一人誰かをつけるか、アルテミスではなくまた別の誰かをつけるか、と現在相談中だった。
月はその付き人としてルーシーも同行させようかと考えている。彼女は昔、西方でギルドナイトを勤めた事があるため、その経歴を示せば通る可能性があった。レインが彼女の名前を聞いて反応をしていたのは、そのためである。
「そういえばゲイルももうすぐ釈放だったよね? 彼はどうなるんだい?」
「ゲイルに関してはしばらくはどこかの隊の下について一からギルドナイトとしてやり直すか、あるいは一介のハンターとして野に放つか……はたまたカーマイン家でしばらく大人しくしてもらうか。どれかを選ぶことになりますね。わたしとしましては、もう一度ギルドナイトとしてやり直してほしくは思いますが……」
少し悲しげな声でレインが言う。あれから六年が経過した。彼の刑期は今年で終わる。そしてその日時はもう少しで訪れるのだ。もしかするとセルシウスの仮釈放と同時期に出てくる可能性があるかもしれない。
そして外に出てきた彼はどうするのか。あの事件の後やり直してほしいというレインの言葉を彼は覚えているはずだ。少し前に面会した際も毒気は抜けているように見えた。というより真実を知った後は、彼は落ち着いていたと思う。
だから何かよからぬ事をしでかす、という危険性はないだろう。彼はもう、闇を抱えてはいない。
「そうか。……彼なら大丈夫だよ。きっと、また君の下まで帰ってきてくれるはずさ」
「はい、そう願っています」
人生を歪められた彼の道は、きっと正しく戻っていくだろう。彼はまだ若い、これからいくらでもやり直しがきくはずだ。彼がどのような道をこれから辿りなおすのだとしても、月は彼の行く道を祝福してやりたいと思っている。
歪めたのが彼女の姉と神倉一族の闇だったが故に、神倉一族の唯一の生き残りとして手助けするつもりだった。
「……レインさん。一つよろしいです?」
「む? 何でしょうか、ルーシーさん」
そこで紅茶を口に含んでいたルーシーが控えめにレインに声をかけた。
対面のソファーに座っているレインが彼女に向き直ると、カップを置いてルーシーが話し出す。
「レインさんは新種のモンスターの調査をしていると聞いているですが、レインさんはこの先もまた東方に飛ぶような事は?」
「もちろんあるやも知れませんね。現在わたしはここで資料を纏め、上に報告する事になっていますが、それが終わればまた準備をして東方に飛ぶかもしれません」
「そうですか。では大砂漠の一件についても調査を?」
「大砂漠といいますと……ジエン・モーランの事でしょうか? それとも、謎の存在……
「両方です」
先日新たに届いた報告では、砂嵐に紛れて大砂漠を航海している巨大な影を捕捉したというものが上がってきていた。遠目に見ていたため詳細は把握できなかったが、それはジエン・モーランであると推測できるのだが、それにしては何かがおかしかったという。
夜の闇に光る鉱石か水晶のようなものが見えたとか。だが遠目な上に砂嵐に紛れていたため十分に接近できず、そのまま奴の姿は闇の中に消えていったらしい。
これが事実ならばジエン・モーランにも新たな存在……すなわち亜種が現れたという事になる。
そして砂漠に現れた黒い影については謎の存在である事を示すための呼び名、UNKNOWNと呼称された。現在いくつかの隊が東方の大砂漠へと派遣されており、手分けして調査している。
「レイン、大砂漠に入るのかい?」
「ええ。指令が下されていますからね。準備が整えば東方に飛び、大砂漠へと入る事になるかもしれません」
「……気をつけるんだよ。危険な任務だろうが、どうか無事で」
「はい。ありがとうございます」
この未知のモンスターや新たなるフィールドの開拓の任務は危険に満ちている。毎年この任務をこなしたギルドナイトが数人命を落としている程の難易度だ。だが彼らの犠牲があってこそ得られる情報もあり、この任務をこなす事こそ名誉あるものだとギルドナイト達は誇りに思っている。
レインもまたその中の一人であり、このような危険な任務を任せられる事を誇りに思っている。断る理由はどこにもなく、両親の背中を追うならばこれくらいの任務はこなせなくてどうすると張り切っているくらいだ。
「じゃあ準備の邪魔は出来ないから今日はこれで失礼させてもらうよ」
「はい、また何かあればご連絡いたします。……神倉さんはまだドンドルマに滞在を?」
「いや、ルーシーを残して私は一度東方に飛ぶよ。向こうの人達に一度報告し、また交渉をしないとね。だから連絡はルーシーに頼むよ」
「わかりました」
頷きあって立ち上がり、二人は執務室を後にした。
月はすぐに空間転移をして東方へと飛び、ルーシーはギルド本部を後にすると滞在している宿へと向かっていく。部屋へとついてローブを壁掛けに掛け、取り出したのは複数の書類だった。
今まで得た情報の確認だ。
(……セルシウス・ルシフェルの件は何とか成功しそうな気配。後は上手く連れ出し、ポッケへと飛んで送り出せば良し。同行するギルドナイトがアルテミスならばなお良し。彼女に関しては興味深いですし、そうあってほしいものです)
西方に暮らしていてもある程度はドンドルマ、東方のギルドの情報は耳に入ってくる。特に優秀なギルドナイトならばその名はギルド同士把握するものだ。
現在もなお大長老の側近としてギルドを纏めているソル・森羅・スカーレットの名前も、その子供であるレイン、サンの名前もルーシーは知っている。といっても神倉月の知り合いだったという事もあって結構知っていたりする。
そしてカーマイン家の息子、ゲイル・カーマインがどうなっているのかも調べ、把握し、彼が拾って共に敵方で活動していたアルテミスの事もある程度調べていた。
彼女が半妖の妖狐であり、変化能力に長けているという事。ゲイルがそうして育てたのか驚く程に純粋で白く、黒に染まっていないという事。現在はサンの下についてギルドナイト見習いとして活動しているという事。
しかし出生は不明であり、故郷がシュレイド地方かもしれないという事だけは知人の間で伝わっているとか。
(父親の可能性としてはいくつかありますが、しかし確固たる証拠はなし。もし彼ならば……とんでもないことになりますね。だからこそ今もなお秘匿されているのでしょう。実際に会った事があるはずですからね)
そしてルーシーは次の書類に目を落とす。
それは大砂漠の情報だ。
オアシスに作られた交易街ロックラック。その周囲にある砂漠が大砂漠と呼ばれ、広大な砂の海が広がる環境をしている。その規模は数百キロ以上にも及ぶとされ、東西南北に広がっているため一度迷えば一生抜けられないとさえ言われるほどだ。
そんな大砂漠に数年前から出現した新種のモンスター。
ベリオロス亜種やドボルベルク亜種はまだ軽い方だ。
ジエン・モーランの亜種疑惑は現在もなお真偽を調査中。ジエン・モーランが引き起こしている砂嵐を捜し、調査隊が動いているため、はっきりとした結果はまだまだ先に表れる事だろう。
そして最後にUNKNOWN。
調べたギルドナイトも、遭遇してしまったと思われる旅人、商人、ハンターすらも喰い尽くされたという黒い存在。可能性として浮上するのは、六年前に討伐し損ねた狂化竜の生き残りだろうか。
かの大砂漠と言う過酷な環境において生き抜き、誰にも見つからないまま六年、あるいはそれ以上の時を過ごしてきた個体ではないかという推測だ。
それを明らかにするためにも調査が進められるが、やはり犠牲が大きいのが現実だった。
ルーシーもまたこの大砂漠については気になっているところだ。ギルドナイトとしても気になるし、ハンターとしても気になる。
自分も調査に赴きたいところではあったが、こちらの用件も済ましていきたいところだ。セルシウスが無事に仮釈放できるのか、アルテミスが同行してくるのかなど、見届けていかねばならない。
○
火山から帰ってきてから数週間。再び火山に赴いてブラキディオスを狩り、瑠璃はブラキディオスの素材で作り上げた太刀、ディオスソード改を制作する。噂の爆破属性というものがどういうものかを試し斬りするために様々なフィールドを周ってクエストをこなし、この太刀がどういうものかを把握する事になった。
また茉莉が掘りだした太古の塊の鑑定だったが、残念ながら外れ。現れたのはブルークレーターだった。その結果に少し残念そうな表情をした茉莉だったが、一応それは売らずに残しておくことにした。
そして火山から掘り出した獄炎石を使用し、シャドウジャベリン改を強化させてトキシックジャベリンにする事にした。これにより切れ味が伸び、毒槍としても結構いい一品になってきた。
ブラキディオスの素材に関しては茉莉は使用せず、溜めこむことになった。一部は瑠璃に譲り、彼女のディオスソードの強化へと使われることになった。
あのブラキディオスとの戦いは確実に二人を強くさせた。あの素早く強力な攻撃に対処するための動きを把握する事。これが大きかった。
桐音との鍛錬も生き、早い段階で対処できるだけの目と感覚を養えたのは幸いだった。クロムとの鍛錬もそうだが、彼女の嬉々とした雰囲気で繰り出される高速の打撃に慣れていたからこそ、ブラキディオスのあの拳に反応出来たのだ。積み重ねた経験は二人に生きている。
そうして少しずつ成長し、三人でのクエストに慣れてきたある日の事。
ユクモ村に再び彼の姿が見えた。
その日もまた三人は酒場で昼食をとっていた。十兵衛が被っているスカルSフェイスも違和感なく感じられてきたのは、もう二人も彼と言う人物に慣れてきているからだろう。あの日破損したスカルSヘッドはクエストから帰ってきてすぐに修理に出され、次の日には完全に修復されていた。
いつものように料理を注文し、美味しい東方料理を堪能し、時間があればクエストボードを眺めて何かいい依頼書がないかを眺めてみる。
その日常を過ごすようになっていた。
今日もまた昼食をとり終え、いざクエストボードへと向かおうとした時、酒場の扉が開かれた。客の視線がそちらへと向けられるが、彼は気にしたようすもなくずんずんと中へと入ってくる。
瑠璃と茉莉もそちらに視線を向けると、少し驚いた表情をしてしまった。
青いコートをなびかせながら、青い瞳を酒場に巡らせている。その視線が自分に向けられている二人に気づき、ぴくりと眉を動かした彼はそのまま二人の下へと近づいてきた。
「久しぶりだな、娘っ子たち」
「ええ、お久しぶりです。ここにやって来たという事は……」
「ああ。約束のモノを持ってきたぞ」
彼、迅雷の言葉に瑠璃と茉莉は反応する。十兵衛も肩越しに軽く振り返り、長身のその姿を見上げてしまう。冷徹さを感じさせるようなその視線に見下ろされ、二人もまた迅雷をじっと見上げてしまう。
視線が交差し、特に瑠璃の視線と交差すれば彼女の方から火花を散らしているだろうが、迅雷は気にした様子が何もない。そんな彼はコートの中に手を入れ、一枚の依頼書を取り出して三人が使っている机へと叩きつける。
それはまさに、挑戦状を叩きつけるかのようなものだった。
「これが、
そこにはこう書いてある。
雷狼竜。
ジンオウガ一頭の狩猟。
場所:渓流。
安定。
それに目を通した二人の目はまたもや驚きに彩られた。二人だけではない、十兵衛もまたその依頼書を見て驚いている様子だった。
ジンオウガ。
雷狼竜と呼ばれる牙竜種であり、ユクモ村をはじめとする東方の山岳地帯に確認される。無双の狩人と呼ばれる程の実力を持つ存在であり、奴を狩れるだけのハンターは上位ハンターの中でも少し限られるといわれる程だった。
先日……いや、もう一カ月以上前にもなるか。
ユクモ村に来る途中でも遭遇していたが、あれからまったく姿を見せなかったはずだ。それがまた姿を見せたというのか。
「あたし達に……ジンオウガを狩れ、と?」
「そうだ。これが出来てこそ、今以上の実力を手にしている、といえるものだろう? 娘っ子、貴様らの実力を試すいい機会というものよ。己はそれを提供してやるのだ」
そこで迅雷はにやり、と小さく笑みを浮かべたような気がした。
試されている。
前に言い残したように、このクエストを達成させる事が出来たのならば、二人は迅雷に優秀なハンターであると認めてくれる。それにこのジンオウガが相手ならば、迅雷だけでなく他のハンター達にも実力者だという事を認めてくれるだろう。
まさしく今の自分達の力を示すにはもってこいの舞台だ。それと整えてきた迅雷、本当に彼は何者なのだろうか。
「どうだ? 己の
「……やってやろうじゃない。これをクリアして、あたし達の実力を思い知らせてやろうじゃないのよ!」
「ええ。引き受けましょうか。これを達成させる事が出来たのならば、本当に彼らを探さずにいてくれるんですね?」
「よかろう。だが達成できれば、の話だがな。……奴は無双の狩人、隙を見せようものならば、貴様らを狩りに来るぞ? 頑張る事だ、娘っ子たちよ」
また小さく笑みを浮かべた迅雷は依頼書をカウンターへと持っていく。それに二人も付いていき、受付嬢が依頼書を確認した。それに問題ない事を確認し、瑠璃と茉莉がサインをして受理される。
約束通り十兵衛はこれに参加はせず、ここで待機する事にする。
これにより二人はジンオウガのクエストに参戦する事となった。それを見届けて迅雷は酒場を後にしていく。残った三人は一度席に戻り、ジンオウガについて話をする事にした。
十兵衛もジンオウガに関しては桐音と一度だけやった事があるらしく、ある程度話を聞けることになった。
その日は酒場でジンオウガについて注意すべき事や生態について十兵衛から話を聞き、酒場に戻って準備を進めていき、次の日になって狩場となる渓流へと向かっていった。
○
「依頼書は通してきた。あとはあの娘っ子達が来るのみよ」
「…………グルル」
日が沈んだ渓流のエリアの一つに迅雷の姿と一頭の竜の姿があった。樹にもたれかかって腕を組む迅雷の前には、強靭な四肢をした獣のような竜がじっと迅雷を見つめていた。
青と黄色の甲殻をし、白い毛が生やし、黄色の短く生える角が月に照らされている。彼らの周囲には多くの雷光虫が飛び交い、お互いの電気が放出し合ってバチバチと空気が弾けている。夜の森に光を放つ雷光虫の光景はまるで幻想的な光景だった。
「娘っ子らはお前を全力を以ってして狩りに来るだろう。お前も全力を以って狩りに行くといい。その方がいい戦いになるだろうよ」
「グルル。……グル、グルル?」
「己か? 己は手出しをせずに観戦するのみよ。どっちに転ぼうとも、手出しはせんよ。これはお前達の戦いだ。どっちが生き残るのか、どっちが狩るのか……見届けさせてもらうのみ」
迅雷の役割はこの舞台を整えるだけだ。そして後は役者達が戦うのを見届ける観客でもある。どういう結末となるのかを見届け、それを受け入れるのみだ。
二人が勝てば一人の駒を失う事になるが、しかし更なる二人の成長を目の当たりにする事になるだろう。
「では、頑張るがいい」
それに頷くようにその竜、ジンオウガが小さく首を振ると、のしのしと足音を立てて歩き去っていく。それについていくように周りの雷光虫達もまるで星々が流れるように光の尾を引きながら飛んでいく。
それを見届けながら迅雷は一度目を閉じて頭に思い描く。
果たして彼女達があのジンオウガを討伐できるのか否か。出来たのならばまた一つ彼女らが成長しているという証となる。それは喜ぶべき事だろう。
それに最近は飛竜ら……リオ夫婦の活動もあったがそれも少なくなってきている。どうやらハンター達があらかた討伐し終えていったのだろうが、これには彼女も怒り心頭だろう。また新たな駒を派遣してくる、という可能性も否定できない。
(天空が今以上に駒を派遣するようなことがあれば……面倒なことになるだろうな。そういえばその駒の一つ、希少種のつがいを未寅の男が討伐したという話だったが……それも別の誰かと共に討伐したという。気になるところではあるが……少し誰かを派遣してみるとしようか)
彼が抱えているのはジンオウガだけではない、獣竜種の一部も仲間として加えている。その内の何頭かを希少種が討伐された周辺へと回してみる事にしよう。
そんな事を考えながら、迅雷は渓流の中で夜を過ごした。
双子にとって、今までの中で最大の試練の時です。