集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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45話

 

 

 二人して応急手当てをしあい、回復薬グレートを飲みながらジンオウガについて思い返す。噂通りの強靭な四肢による動きと攻撃力、発電してからの雷光虫の放出。

 しかし話には聞いていたが実際に目にするまでは信じられなかった、茉莉を吹き飛ばしてしまった尻尾の動き。よもや横に回転しながら跳びはねて、という動きをするなど誰が想像するだろうか。

 気の守りをしていなければ、硬化薬グレートがなければ、リオハートシリーズを強化していなければ……あの一撃で命を失っていたかもしれない。それだけの強い衝撃が鎧を通じて体へと襲い掛かってきたのだから。

 油断ならない。いや、油断していなくてもマズイ。

 今までの敵とは格が違う、という事をあの数分間で思い知らされた。

 

「どうする? 攻め方を変える?」

「……いえ、変えたところで何も変わらないでしょう。まずはあの動きに慣れる事から始めなければどうにもなりませんよ。十兵衛さんが言うところの『ダイナミックお手』は問題ないとして、あの移動と距離詰めが問題ですね」

 

 ダイナミックお手、要はあの前足から繰り出される叩き潰しの事らしい。十兵衛が言い出したのではなく桐音が言い出したのだとか、あるいは他のハンター達が言い出したのだとか、発祥は不明だがあの攻撃はそう呼ばれているらしい。

 あれに関しては以前戦ったブラキディオスの拳で問題ない。何度もあの攻撃を見ているのだから目が慣れているためだ。

 問題はいきなり距離を詰めてくる動きと移動速度。

 さっきまで少し離れていたのに向こうから急速に詰めてくる事で攻撃と回避のタイミングが狂わされ、そこから攻撃を繰り出されるという繋ぎ。これによって負傷してしまったのだから、あれを体で覚えなければ。

 そう思っていたのも束の間。

 エリア6の方からバチバチと音を鳴らしてゆっくりとジンオウガが歩いてきている。

 

「早い……!」

 

 まさかこんなに早く帰ってくるとは思わなかった。二人は揃って武器を抜いて身構え、歩きながら接近してくるジンオウガを見据える。

 

「……動ける?」

「ええ、大丈夫ですよ」

 

 それだけ言い合うと、二人は自分達からは接近せずにジンオウガの出方を窺った。対するジンオウガは数メートル先で立ち止まり、また首を回して二人の様子を窺っている。

 そのまま両者は睨み合う形となった。

 どちらも相手がどう動くのかを待つという作戦……なのだが、ジンオウガはただ二人を見下ろしているだけなのかもしれない。青い目がゆっくりと細まっていき、背中の電気が一際強く弾けると、また雷光虫が作り上げる弾が四つジンオウガの左右から放たれた。

 二つずつ二人へと迫ってくるそれに、左右へと散って逃げれば、ジンオウガは弱っていると睨んだ茉莉へと前進した。盾を構えながらジンオウガの動きを見切ろうとした茉莉は、後ろに下がりつつジンオウガを睨み付ける。

 そんな視線など気にも留めずにゆっくりと前進し、ぐっとまた一気に距離を詰めた。

 

(来るっ!)

 

 前進しての身構え、ここからどう来るのか、と警戒した茉莉だったが、ジンオウガは体勢を低くしながら小さく唸るだけだった。

 

(来な……いや、フェイントッ!?)

 

 一向に攻撃が来ない事に少し力が抜けた瞬間を狙って、ジンオウガが前足を振り上げて茉莉へと叩き下ろしてきた。攻撃の瞬間をずらしてきた、という事に気づいただけでも良かった。

 叩き落される前足をバックステップで躱し、しかし衝撃の瞬間に纏われている電気の余波が放出されてくるのが感じられる。じわじわと痛めつけてくるそれを堪え、もう一撃をまたバックステップで躱し、それをもう一度。

 

(ここっ!)

 

 三度目の叩きつけの際に生まれる硬直を狙って茉莉はトキシックジャベリンを突き出す。すると切っ先から漏れ出た毒がジンオウガの体内へと侵入し、それが奴の体内に蓄積した結果が表れた。

 ジンオウガが小さく呻き、傷口の周辺の色合いが変化し始めたのだ。毒状態へと陥ったサインである。

 

(よし、一つの仕事を果たしましたね)

 

 今回の茉莉の仕事はこの毒槍でジンオウガを毒状態にする事。これによって多少の楽が出来る。だがジンオウガはそれでも止まらない。

 ぐっと体勢を低くするとショルダータックルをしかけてきた。これに関しては完全に防御するしかない。盾にかかる衝撃をしっかりと受け止め、放出される電撃も耐える。ここで反撃か、と考えたが、ジンオウガがそのまま後ろへと体を捻りながら跳んで離れる。

 そのすぐ後に瑠璃が迫ってきていたが、またしても尻尾に遮られてしまった。

 しかしすぐにクイックターンをし、離れていったジンオウガを追っていく。

 

「せぇぇええいっ!」

 

 身構える前にジンオウガへとすれ違いざまに一太刀入れてやる。これにより傷口の粘菌が赤色へと染まった。あと一段階で粘菌が爆発する、という段階になったが、ジンオウガはぐっと体勢を低くし、瑠璃へと勢いよく飛びかかっていった。

 それをまた体を捻りつつ翼を羽ばたかせて急速に離れることで回避した。だが、ジンオウガはぐるりと体を捻りながらまた体勢を低くし、もう一度飛びかかっていく。

 

「く、の……!」

 

 これもまた空中で後転しつつジンオウガの背後に上から回り込む事で回避できた。そのまま背後から斬りかかったが、一撃当てた際にジンオウガが前へとステップをしたのを見越して回避行動に移る。

 次に来る行動が何となく読めたからだ。

 そしてそれは当たった。

 勢いよくその巨体が反転し、それに従って浮いた尻尾が瑠璃へと強い力で叩き落されてきた。これを横に跳んで躱し、ブレーキをかけながら体を捻って後ろ足を狙ってディオスソード改を構えなおして斬りかかっていく。

 

「グルルッ!」

 

 そんな瑠璃を叩き潰しにかかるように後ろ足で直立したジンオウガだが、横から茉莉が反対側の後ろ足へとトキシックジャベリンを突き出した。瑠璃も逃げながら後ろ足を切り払い、茉莉がもう一度トキシックジャベリンを突き出すと、体を支える力が少し落ちたのか、あるいは体を蝕む毒の影響か。

 体勢を崩してジンオウガの体が転がっていく。

 

「チャンス!」

 

 これを見逃す瑠璃ではない。もがいているジンオウガの尻尾へと向かい、ディオスソード改を連続して振るって斬りかかっていく。刃がジンオウガを切り裂くたび甲殻が傷つき、少しずつ粘菌が侵入していく。

 残念ながら先ほどから斬り続けていた部分は地面に密着してもがいているため斬れない。でも構わない、今はこの尻尾を傷つけて切断へと近づけていくだけだ。気刃斬りも織り交ぜて斬り続ければ、粘菌が急速に活性化して緑、黄色、赤と変色していく。

 そして大回転斬りからの抜刀斬りを放てば、その傷口が爆発した。続けて連鎖するように先ほどの赤い部分も発火して爆発する。

 

「グルォォロロ……ッ!?」

 

 それに呻いたジンオウガだが、奴の顔付近では茉莉がトキシックジャベリンを突き続けている。最初は背中から順次に突き続け、今は顔……というより角を狙って突いていた。

 二人の攻撃のダメージは蓄積し、それだけでなく毒が体内から侵して体力を削っていくという地道な攻撃。しかしそれは効果のある事だ。

 尻尾の甲殻は少しずつ破壊されているし、背中の毛を突き破って刺さる刃と角に若干の亀裂を与えていく、という事実がそこにある。

 だがそれも長くは続かない。

 もがいていたジンオウガがようやく起き上ってきたのだ。それを感じ取って二人はジンオウガから離れたが、ジンオウガはそのまま一歩横にずれながら勢いよく体を捻ってきたのだ。

 

『――ッ!?』

 

 予想だにしなかった反撃。横回転によって勢いよくしなった尻尾が遠心力の力を受け、強い力で二人を纏めて横殴りに吹き飛ばす。受け身もとれずに宙を舞い、地面をゴロゴロと転がっていく二人をジンオウガが歓喜の咆哮を上げて天を仰ぐ。

 それに呼応してまた雷光虫が数匹集まり、背中で発電してジンオウガへと更なる力を与えていった。

 

「げほ、ごほ……く、なんて、奴……!」

「油断していたわけでもないのにこのざま、ですか……っ、来ますよ!」

 

 バチバチ、と激しい音を立ててジンオウガの体の周囲に電撃が放出されながら奴はまた体勢を低くしていく。そのまま地を蹴って走りだせば、今まで以上の速さでその体が迫ってきた。

 痛む体を無理に動かして二人は何とか二手に分かれて逃げるが、ジンオウガは急ブレーキをかけながら反転し、今度は瑠璃へと飛びかかりながら胸を逸らした。すると着地から一気に滑りつつ纏われた電撃も同時に襲い掛かってくる。

 

「っ、のぉ……!」

 

 体を反転させながら宙へと舞い上がり、口から火炎を噴き出してそれを持推進力としつつ反撃の手段として逃げ切る。突然の火炎放射にジンオウガは若干驚いた様子だったが、逃げの一手であるその火炎を受けても気にした風もない。

 瑠璃に背を向けるとまたバック転をして上から尻尾で叩き落そうとしたが、翼を羽ばたかせて躱す。茉莉も距離を取ってから回復薬グレートを飲み干し、一息ついてジンオウガの様子を窺った。

 現在奴は最大まで雷光虫を集めて活性化している状態だろう。

 ジンオウガの本気と言われて納得するだけの力とスピードを感じる。しかも雷光虫と共に発電しているため、常時強い電気を帯びているのだ。近くにいたり攻撃を繰り出したりしてくるたびに一部の電気が放出されて体を撫でてくる。

 そう考えている間も、ジンオウガはぐるんと体を捻って茉莉へと向き直ると、今度は彼女へと向かって疾走しだす。迫ってくるジンオウガから横に逃げるが、ジンオウガはまた急ブレーキをかけながら転進し、勢いよく跳躍するとまた茉莉へと胸を逸らしながら滑っていく。

 これからは逃げ切れず、茉莉は盾を構えて衝撃を受け止めた。じりじりと背後へと押しやられるだけのパワーが加えられ、それに従って強い衝撃が盾から伝わり、追い打ちをかけるように放出された電気が茉莉へと襲い掛かるが、それを歯を食いしばって堪え、一撃胸へとトキシックジャベリンを突き出す。

 胸に浅く食い込んだ刃だったが、それだけだ。大したダメージにはなっていない。それがどうしたとばかりに茉莉へとまた連続して前足を叩き落してくる。これに関しては早くなったとしても彼女には問題なかった。

 だが、彼女は今わき腹を強打している状態だ。その痛みで二発目が振り下ろされる際に体が鈍り、躱しきれなかった。盾を使って受け流してみるが、完全に防ぎきれず、三発目を正面から受け止めることになってしまった。

 それにより左腕に負荷がかかり、更に彼女の体はその場に縫い付けられる。

 

「このおおぉぉッ!」

 

 すかさず瑠璃が救出に入り、ジンオウガの側面からディオスソード改で斬りかかる。頬から方へと一刀両断したその一撃にジンオウガが小さく呻き、続いて斬り上げてやれば、それを払うように角を振り回し、ディオスソード改を両角の間で受け止めた。

 刃が食い込んでくるが、ぎりぎりと音を立てて彼女の振り下ろしを跳ね返していき、強く顔を振り上げれば両腕が無理やり振り上げられて体勢が崩される。

 そんな彼女へと飛びかかり、勢いよく頭突きをかまして地面に叩き落してやったのだ。

 

「がっ、は……!?」

「瑠璃っ!?」

 

 とどめとばかりに前足を振り上げたが、それを今度は茉莉が止めるべくジンオウガへと疾走する。痛みを堪えて強く大地を踏みしめながら、己の持てる気をトキシックジャベリンに纏わせて勢いよくジンオウガの脇腹へと突き出す。

 そこは先ほどからずっと瑠璃が切り続け、ディオスソード改の粘菌によって爆発した影響を受けた部分。少しだけ肉が露出している部分を狙って繰り出したその槍は、内部へと一気に突き入れられ、衝撃をジンオウガへと伝える。

 

「――ッ、グ、グ……!?」

 

 内包している毒も気と共に衝撃となって伝わり、ジンオウガを大きく呻かせた。叩き落とされた前足は傷の呻きによって瑠璃からずれ、数センチ横に存在している。茉莉の攻撃がなければ今頃あの前足に叩き潰されていた。

 九死に一生を得た瞬間だった。

 それだけトキシックジャベリンの一撃が鋭いものだったという表れだろう。瑠璃を助けるのだ、という茉莉の強い意志が含まれた気が含まれた槍だ。一矢報いるだけの力を秘めていたのだろう。

 その隙をついてなんとか瑠璃がジンオウガから離れていき、痛む体を抑えながらポーチに手を伸ばしていく。何をするつもりだ、とジンオウガが瑠璃へと視線を向けるが、茉莉がまた前へと躍り出てジンオウガの前足へとトキシックジャベリンを突き出す。

 それを躱すようにジンオウガは一度二人から距離をとった。そこを狙って瑠璃がポーチから取り出した閃光玉を投擲した。

 強い光に当てられてたまらずジンオウガが苦悶の声を漏らし、顔を振って視界を取り戻そうとするがそう簡単に治るものではない。

 

「瑠璃!」

 

 それを見越して茉莉が瑠璃へと駆け寄り、肩を貸そうとするが瑠璃はそれに首を振った。そして続けてポーチから取り出したそれを茉莉へと見せてやる。一瞬考える茉莉だったが、それに異を唱える事もなく、同じものをポーチから取り出した。

 二人はそれを地面へと叩きつけ、噴き出してきた緑色の煙に包まれる。それが晴れた頃には、そしてジンオウガがようやく視界を取り戻したときには、もう二人の姿はなかった。

 ゆっくりと辺りを見回すジンオウガだが、探しても彼女達の姿は見えず、先ほどまであった気配もない。

 

「…………ケッ」

 

 それは舌打ちだったのか。

 小さく唸ったジンオウガはそのままエリア6へと向かって歩き出す。

 その背中はおめおめと尻尾を巻いて逃げだした二人に興味が失われてしまったかのようで、放たれる覇気も心なしか落ち着き始めていた。

 

 モドリ玉によって一気にベースキャンプまで戻ってきた二人はベッドに腰掛けてどっと息を吐く。身を包む装備を取ってインナー姿となるとお互いの傷の手当てをしっかりとする事にした。

 こうしている間もじくじくと傷が痛み、一部は青タンまで出来ている。回復薬グレートを染み込ませた布で手当てし、薬草をすりつぶしたものを当てながら布で固定し、包帯を巻く。

 後は回復薬グレートを飲み干して自然治癒に任せるのみ。

 だが治ったとしてどうする?

 ジンオウガという強大な敵を前に自分達はただ押され続けていたではないか。

 大丈夫だ、自分達は強くなっている、と思い続けていたが、あれを前にしてそれは脆くも崩れ去ったような感覚。

 あれは間違いなく『無双の狩人』と呼ばれるに相応しい存在だった。ブラキディオスよりも高く聳える強者という名の壁。自分達はそれに挑もうとしていたのだ。

 

「……心が折れましたか、瑠璃?」

「……折れてないわよ。……うん、まだ折れてはいない」

「そうですか」

「あんたはどうなのよ、茉莉?」

「……そうですね。今まで戦ってきた中では純粋に強敵である、と認識はしていますよ。以前戦ったナーガやブラキディオスとはまた違う強者。噂通りだと実感しましたね」

 

 闘蛇ナーガ。

 森の中で遭遇した謎の存在の正体。武闘派を感じさせる立ち回りで二人を苦しめてきた蛇竜種のモンスター。今まで見た事のないような立ち回りをし、二本の腕と強靭で鞭のようにしなる尻尾で戦う奴は初見という事もあって二人は苦戦した。

 

 砕竜ブラキディオス。

 近年確認された新たなる獣竜種のモンスターで、剛拳と例えられる拳による一撃と粘菌の爆発を駆使して戦ったモンスター。獣竜種ならではの軽快なフットワークで相手を翻弄し、一撃一撃の重みと爆発によって攻撃してきた奴もまた強敵だった。

 だが十兵衛という仲間がいたからこそ何とか戦えたと言ってもいいかもしれない。ナーガの時は二人だったが、ブラキディオスの時は三人だった。この差は大きい。

 

 そして今回の敵。

 雷狼竜ジンオウガ。

 無双の狩人と呼ばれ、一般人だけでなくハンターからも恐れられる相手。

 その強さを嫌という程実感してしまった。強靭な四肢を使って疾走から前進、後転に瞬間的な距離詰め。パワーもスピードも申し分なく、時にフェイントを織り交ぜての攻撃。

 四肢だけでなく角の一撃や盾に横に振られる尻尾の一撃も重い。

 完全な肉体派というわけでもなく、集めた雷光虫の力を振るってくるものだから遠距離でも油断ならない。そうでなくとも疾走して一気に距離を詰めてくるのだから、距離をも選ばない。

 あんな相手に勝てるのだろうか?

 そう思ってしまうのも無理はなかった。

 

「勝てるビジョンが……浮かばない」

 

 瑠璃の小さな口から洩れて出てきた呟き。それを茉莉は耳にしながら特にリアクションをする事もなく、ベッドの上で沈んでいく太陽が山の奥へと消えていくのを眺めていた。

 弱音を吐く瑠璃というのは少しだけ珍しいが、弄るような気は浮かんでこない。自分だって言葉にはしないが、あれだけの壁を前にしたのだ。弱気になるのは無理もないと思っている。

 だが、自分達は勝たなければならない。そうしなければいつまでたっても強くならない、上に行けないのだ。

 

「姉さん」

「…………なに?」

 

 久しぶりに瑠璃の事を“姉さん”と呼びかける茉莉。それに瑠璃は顔を上げ、横目で茉莉を見つめる。彼女は瑠璃へと視線を向けることなく、何かを思い返すような目で夕日を眺めながら語りだす。

 

「私達の周りの人達って凄いですよね」

「……?」

「もうすぐ私達も二十歳になるんですよ。まだまだ種族としては若手ですけど、人間で言えばようやく二十歳になるんです」

「それがどうしたってのよ?」

「撫子姉さんやクロムさん達は二十歳になる前から、大きな敵と戦っているんですよ? 狂化竜に古龍……私達が直面している大きな敵と戦っているんです。……仲間との協力体制ですが、あの人達はその大きな敵を討伐している。凄いことですよね」

 

 六年前、ドンドルマを中心としたあの大陸では狂化竜という未知なる存在が猛威を振るっていた。シュヴァルツの因子と狂化の因子を植え付けられ、暴走していたモンスター達を相手に、瑠璃と茉莉の周りのハンター達は戦っていた。

 クロム達だけでなく当時は新米ハンターだったライムとシアン、そして人間でありながら地道な努力を重ねて強くなっていた昴達もまた奴らと戦った。

 そして、勝利した。

 一度や二度だけではない、何度も別の種類と戦い、勝利を収めている。

 最後には古龍ラオシャンロン、キリン、テオ・テスカトル、そして伝説に語られたミラボレアスとも戦い、死力を尽くして勝利した。

 一年にわたる時間の中で彼らは戦い続け、成長し、上り詰めていったのだ。十代という若手でありながら、いや若いからこその急成長。彼らは才能だけでは片付かないだけの実力を磨き上げていったのだ。

 それを二人は幼いからこそ参戦できず、その特訓光景を見続け、そして語り草となっているその物語を耳にして過ごしていった。

 いつか彼らみたいなハンターになりたいと夢見て、そして今もなおその夢と背中を追い続けている。

 

「昴さんなんてあのディアブロスを相手に一人で戦ったと言いますからね。……ぶつかった壁を超えるためだけに。なかなか出来るようなものじゃないですよね」

「……そうね」

「それに比べれば私達はまだまだ小さい。……小さいですよね。確かに強敵ですが、狂化竜と比べれば小さいか、あるいは同格。……そう、私達はあの頃の昴さん達が相手にしていた敵と戦っているんです」

「つまり、あたし達が超えるべき壁は、あの頃のあの人達が戦っていたような敵だと言いたいわけ?」

「ふふ、そう考えれば、心が折れている場合じゃないと思えてきませんかねー? あの人達が超えてきた壁を……十代の頃に済ませていた試練を私達も達成しなければ、と燃えてきませんか?」

 

 そこでようやくちらりと茉莉がいたずらっぽく視線を向けてきた。どうやら茉莉なりに瑠璃を再起させようと考えていたようだ。双子とはいえ、妹にこうまで心配されてしまえば姉としては俯いている暇はない、と思えるようになってくる。

 うまいこと茉莉の思惑に乗せられているような気もするが、実際茉莉の言う通りなのだ。

 二人の目標は母親のようなハンターになるという事だが、同時にクロム達のように強くなりたいとも思っている。追うべき背中がいくつもあるのだから目標は多く、広く。それだけ尊敬できる人がいるという事でもあるが、それも仕方のないことだろう。

 

「考えましょう。そして頑張るしかありませんよ。私達の攻撃が全く手ごたえがなかった、というわけではないのですし。策を、攻撃を積み重ねて戦えば、いずれは勝利を手にする事が出来ますよ」

「……そうね。あたしたちはそうやって今は地道に積み重ねるしかないのよね」

 

 ハンターの才能こそ花梨から引き継がれているが、姉である撫子程の才能はない。しかも撫子はハンターの才能だけでなく、父親の岩徹から引き継がれた鍛冶屋としての才能まで引き継いでいる。

 その上で美人でプロポーションがいい……天は彼女に二物も三物も与えてしまったようだ。欠点らしい欠点が見当たらないが……それは昔ハンターをやっていた頃に、自身の才能におぼれた傲慢さから生まれた失敗が存在している。

 一方自分達は竜魔族としての怪力を保有しているが、ハンターとしての才能はたぶんそれなりにはあると思う。瑠璃の素早い翼を駆使した高速移動術は花梨と撫子直伝のものだ。

 そして茉莉のランスとガンランスの技術は桔梗から教えられた技術。

 また二人の気の扱い方はクロムから教わっている。だから二人はそれ相応の武術を習得している。しかしその技術を行使する暇もなく、自分達は圧倒されることになった。

 

「ひとまず食事にして体を休めましょう。私達に今必要なのは休息です。体を休めて体力を回復させ、体勢を立て直すのです」

「そして夜、あるいは明日に決着をつけに行く、というわけね」

「ええ。では肉を焼いていきますね」

 

 今すぐにリベンジに向かったとしても勝てる見込みはない。ならばここは休息をとり、時間をおいて戦いに向かった方がいいと判断した。ローブから肉焼き器と生肉と香辛料を用意し、瑠璃がスープとサラダを用意していく。

 少し早い時間になるがこれが夕食だ。

 活力を取り戻すためのメニューを組み、二人は夕食を作っていくのだった。

 

 

 ○

 

 

「ケッ、未寅のおっさんがこっちに来るとは、ここで何があるってんだァ? おい、おめぇは知ってんのか?」

 

 森の中に身を隠しながらじっととある村、それも酒場の方を眺めながら一人の女性は何かに話しかけるように喋っている。しかし彼女以外に人影は誰もいない。あるのは女性の肩に止まっている一羽の烏。

 彼女はこの烏という名の使い魔を通じて、その先に繋がっている誰かと話をしているのだ。

 

「あァ? 知らねえのかよ? おめぇ、最近までこの未寅のおっさんの近くにいたよな? 何も知らねえってのか? ……ケッ、使えねえクズが」

 

 視界の先にはアプトルに騎乗した未寅龍仁……すなわち、ユクモ村にいた榊仁が供の戦アイルーの佐助と椿と一緒に、アプトルから降りて酒場へと入っていく。その様子を見つめる女性の目は細まっていて、まるで彼を睨み付けているかのようだ。

 その視線に気づいたのか、扉を閉めようとした未寅が隙間から外を見回していたようだが、やがて中へと消えていった。

 

「で? 他に報告する事はねェのか? ……あぁ? なんだそれ、ハブかよ? …………ああ、そう。ま、どうでもいいけど。じゃあまた何か報告する事があれば連絡よこせ。小さなことでもいい、おめぇはアタシのために動く飼い犬なんだからなァ。その辺、心に留めとけよ?」

 

 一方的に罵倒し、命じ、そして烏を指先へと向かわせて再び女性はじっと酒場を見つめる。烏の視線も酒場へと向けられており、女性はどこからこれで監視させようかと考える。

 ヤマト国において重要な人物である未寅龍仁が、どうしてこんな山奥の小さな村にやって来たのか。これを調べなければならない。もしかするととんでもないことがあそこで行われようとしているのかもしれないのだから。

 そうして位置を捜し、烏の使い魔を飛ばそうとしたのだが、そこで――

 

「――あらん? こんな所で何をしているのかしらん? 午卯ちゃん?」

「――ッ!?」

 

 弾かれたように女性――午卯六花はその場から飛び退き、森の中を見渡した。しかし声はすれども姿が見えない。しかもあの声には嫌という程頭に残っている。それはいい意味ではなく、悪い意味で。

 

「その声……まさか、変態オカマ忍かァ!?」

「いやん、ナニソレ。私をそんな風に呼ばないでちょうだいな。ピュアハートが傷ついちゃうわん」

「うっせぇ! 事実だろうが、あ゛あ゛!? それより、てめぇがここにいるって事はやっぱりあそこで何かあるんだろうなァ?」

「そうねん。で・も、それを午卯ちゃんに見られるわけにはいかないわねん。だから、ここから立ち去ってくれないかしらん? いえ、もしくは――」

 

 そこであの野太いオネエ口調の喋りが止まり、音もなく六花の背後にその巨体が降ってくる。嫌な空気を感じ取って六花が距離を取りながら振り返ったが、それよりも速くその体が動いてまた側面へと回り込んでしまった。

 

「――眠ってもらうわよ?」

「ちぃっ……! こなくそ……てめぇに眠らされれば何をされるか……!」

「あらん、心外だわ」

 

 手刀が掠められ、逃げる六花をそのオネエ忍、霧夜狭間が音もなく追いかける。六花もすごく嫌そうな表情で必死に逃げているようで、その速さは常人には出せないようなスピードだった。

 まさに必死。

 あの男に捕まればなにされるかわからないという恐怖から来る必死の逃走だった。

 だが狭間も忍というだけあって六花よりも速いスピードで追いかけ、容易く追いついてしまった。

 

「なにもしないわよ。ただ、こうして――眠ってもらうだけだから、ね?」

「……ぁ」

 

 鳩尾に拳を入れて六花の意識を飛ばし、倒れ伏せる彼女の体を片手で受け止めてやり、そのままお姫様抱っこをした。鍛え上げられた彼の腕は問題なく彼女の体を抱え上げてしまい、一度彼の視線は背後の村へと向けられる。

 彼の今の役割はあの交渉の場に近づく異物を排除する事。特に酉丑側の者が接近してくるような事があれば何としてでも排除しなければならない。

 決して知られるわけにはいかないのだ。

 あそこで乾渚らと神倉月らが交渉しようとしているなんてことを知られれば、まず間違いなく妨害し、潰してくるだろうから。

 

「こちら狭間よん。午卯ちゃんがいたからこれ、少し遠くへと放ってくるわん。……ええ、じゃあねん」

 

 札を使って同じように周辺を警備している忍へと連絡を取ると、狭間は六花を抱えたまま森を疾走していった。

 

 一方酒場の方はというと中に入っていった未寅の視界には、雷河と焔が夕食をとっている光景だった。ふっと微笑を浮かべた未寅は片手を上げて「よう、久しぶりだのう」と声をかけていく。

 それに焔はぴくりと反応し、硬直してしまう。

 そうして固まっている焔へと近づき、隣の机の席に座ってようやく彼女の視線は未寅へと向けられた。

 

「…………」

「ああ、そう硬くなるな。こうして久々の再会をしたのだ。しかも飯の席、不味くなるような話題は抜きにしようじゃないか。……だから佐助も椿も、それで頼むぞ?」

「……はいよ」

「了解だにゃ」

 

 どうやら戦アイルー同士面識があるらしい。焔は未寅だけでなく戦アイルーの二匹にも視線を向けていなかった。佐助も同じように視線を向けていないようだが、椿はちらちらと焔を気にしているらしい。

 そんな様子を見ていた雷河は肉を咀嚼し終え、ごくんと飲み込んで未寅へと話しかける。

 

「今日はよろしくお願いしますね、えーと……未寅さんでよろしかったんで?」

「おうよ。話は少し耳にしておるぞ。焔が世話になっているそうじゃないか、獅子童雷河とやら。どうだ? 相変わらず無愛想か、こいつは?」

「ええ、まあ……結構長い付き合いになるんですが、まだツンツンしてますわ。いつデレてくれるのか、と待ちぼうけってね」

「かっかっか! そうかそうか!」

「……っ」

 

 お互い焔とは浅はかならぬ縁があるため、自然と本人を前にして彼女の話題となってしまった。雷河の対面に座っている焔がぎろりと彼を睨み付けたようだが、二人は気にする事もなく彼女について盛り上がり始める。

 小さく舌打ちすると、ちらちらと自分を見てくる椿へと視線を向けてしまい、そうして視線が合ってしまった。

 

「……えっと、元気にしてたかにゃ?」

「…………それなりに」

「そ、そうかにゃ。……噂は聞いているにゃ。六年前の一件にも関わっていたってにゃ」

「……あ、そう」

「先輩も、活躍したって……」

「焔は別に活躍してないから。活躍したのは、他の奴ら。焔はただ支援しただけ」

 

 何とか頑張って話しかけていく椿に対し、焔は一貫してどこか素っ気ない。黙々と魚料理を食べ進めていき、淡々と過ごしているだけ。

 そんな様子は相変わらずで、でもあの頃よりも素っ気ないため椿はまた困ったようにそわそわしてしまう。

 

「おいおい、後輩にも素っ気なくするな焔よ。それに椿はお前になついとったじゃないか。そう冷たくせんでもええじゃろうに」

「……ふん。焔はもう部隊とは関係のない存在」

「だから慕うなと? そりゃあ寂しいことじゃないか焔。部隊から離れたからといって縁は消えるようなもんじゃないわい。儂はあれからずっとお前さんを忘れた事など一度もないんじゃぞ? ……お前が儂を忘れんかったようにな」

「……っ、焔は……!」

「忘れておらんのだろう? じゃからヤマト国には近づかず、儂が来ると聞いた時は動揺した。違うか?」

「…………」

 

 未寅の言葉に焔は少し顔を紅潮させて言葉に詰まってしまう。そのままそっぽ向いて無言になってしまった。そんな彼女を見て彼はやれやれと首を振りながら苦笑する。

 どうやらまだあの一件を引きずっているらしい。いや、引きずっていなければこのような様子を見せる事はない。

 どうして彼女が『破壊の焔』という異名で呼ばれているのか。

 どうして彼女が未寅、ヤマト国から離れ、神倉獅鬼と獅子童雷河と共に行動する事になったのか。

 全てはとある一件が原因となっている。ここにいる者は全員知っている事であり、それに関しては避けているのだが、気づけば少しずつ触れてしまっている。

 妙な空気になってきたところで、その空気を読んだのか偶然か、店員が未寅達が注文した物を運んできたので何とか落ち着く事になった。

 それからは焔の事ではなく最近のお互いの事などを話しつつ夕食を進めることになる。その間、焔は無言で魚料理を食べ進め、どこか居心地の悪さを感じさせ続けていた。

 その様子を椿だけでなく、いつの間にか佐助もまた彼女の方を気にしているようだった。

 

 

 ○

 

 

 日が完全に沈み、満月がゆっくりと自然を仄かな光で照らしだしていく頃。

 体の痛みも戦いに支障がないくらいまで落ち着き、夕食も消化されて問題なく動けるようになった二人は改めて武具を用意してベースキャンプを後にする。

 エリア4まで北上し、エリア5の森の中へと足を踏み入れてみたがどこにもジンオウガの気配がない。あれから数時間も経過したのだ。奴も移動していったというのはわかりきっている事だろう。

 夕食を求めて移動した可能性が高いだろうが、果たしてどこに行ったのだろうか。

 とりあえずエリア6へと移動してみると、誰もいない。小型モンスターのジャギィやブルファンゴ、ガーグァの気配も姿もなく、まるで森が静まり返っているかのような感覚に包まれた。

 

「……?」

 

 不意に星が動いたような気がした。

 いや、星じゃない、雷光虫だ。

 この小川を挟んで乱立している森から雷光虫が少しずつ光を発して移動しているのだ。夜になっているという事もあって、その淡い光がまるで星のように見えただけだ。

 

「これは……もしや」

 

 一匹や数匹だけならいい。

 数十匹も宙を舞って一方へと移動しているとなればその先に何かがあるとみていい。そしてその何かとは、この状況下では一つしかない。

 流れゆく雷光虫という名の流星群の導きに従い、二人は隣のエリア7へと向かっていく。

 

 そこは、一種の幻想的な空間だった。

 

 水辺という事もあったのだろうか。水面(みなも)を飛び交う無数の雷光虫が作り出す光のイルミネーションと、その中心に佇む王者が発する雷光が混じりあった光は、この闇を照らす照明としては十分なものだった。

 長く生える水草もその光に照らされ、風に揺られれば地味なものもそれが美しく感じられるものへと変化してしまう。

 王者がそこに佇み、それに付き従う従者たちが織り成す光の絵筆。奴を中心として円を描くように飛び交い、時折吹き抜ける風が水草と水面を揺らし、東の空には山間をゆっくりと登っていく満月がある。

 それはまさしく風情ある絵画のよう。

 討つべき相手だというのに二人はその光景に目を奪われ、言葉を失っていた。

 これを壊してしまう自分達がなぜか恥ずべき者だと思ってしまう程に、それはまさしく完成された芸術品のように思えた。

 

「…………」

 

 だが、どうやら壊さなければ――いや、既に壊してしまっているらしい。

 王者(ジンオウガ)が二人に気づいたように肩越しに振り返ってきたのだ。青い瞳はじっと二人を見据えているようだが、そこには殺意は感じられない。だがジンオウガはゆっくりと二人へと向き直っていき、今度は首を左右に傾けて肩慣らしをしている。

 そうして舐めきった態度を変えないジンオウガへと、瑠璃は一瞬で抜き放ったディオスソード改を振るって気刃を放った。既に刀身には彼女の気が纏われており、鋭い刃から放たれた刃はジンオウガの右肩を切り裂いた。

 

「…………グルル」

 

 だが硬い甲殻は完全には斬れず、血を少量しか流さなかった。

 ジンオウガから闘気が放出され、それに反応して周囲を飛び回っていた雷光虫がジンオウガの背中へと集まり、電気を放出し合って高め合い、ジンオウガの力を底上げしていく。

 一瞬にして通常の状態だったジンオウガは臨戦状態となり、鋭利な甲殻が立てられ、毛は逆立ち、青白い光を甲殻へと浮かばせる。

 外見的には完全に殺る気になっているが、ジンオウガはゆっくりと二人へと歩き出すだけだ。夕方の戦いで二人は格下の相手だと判断した結果だろう。ジンオウガは二人を恐るるに足らない小さな存在であると結論付けている。

 

 それこそが、付け入る隙となる。

 

「はぁっ!」

 

 地を蹴って一瞬で距離を詰めた瑠璃がもう一度右肩を斬り、そのまま背後へと抜き去る。それを視線で追ったジンオウガだったが、続いて接近してきた茉莉が前足を狙ってトキシックジャベリンを突き出してきたのに気付いた。

 やはり刃は浅くしか入らないようで、気を込めてもう一度突き出してようやく甲殻を突き破って肉へと届く。が、ジンオウガは気にした風もなく、前足を振り上げて茉莉を叩き潰そうとして来た。

 これをバックステップで回避したが、今度はジンオウガも攻撃を変化させてくる。

 離れた距離を詰めるようにショルダータックルを仕掛けて茉莉を縫いとめ、そのまま顔を上げて頭突きを仕掛けたのだ。

 

「っ、ふっ!」

 

 が、冷静に茉莉は頭突きを捌いて頬へとトキシックジャベリンを突き出し、そのまま側面へと移動して前足、わき腹と連続して突いていく。気を込めた一撃に次々と甲殻が傷ついていったが、大したダメージにはなっていない。

 だが茉莉だけでなく背後では瑠璃が尻尾を狙ってディオスソード改を振るっている。そんな二人を振り払うように、またしてもジンオウガは体勢を低くすると後ろ足で地面を蹴って横回転し、纏めて吹き飛ばそうとしてきた。

 

「……ッ!?」

 

 瑠璃は一歩下がる事でやり過ごしたが、茉莉はジンオウガの側面にいる。咄嗟に盾を構えて防御したが、盾を通じて襲い掛かる衝撃はやはりバカにならない。

 そんな彼女の横へと着地し、茉莉が体勢を立て直して距離をとろうとした。だがジンオウガもまた彼女へと向き直りつつ横へと飛び退き、姿勢を低くした状態で彼女へと飛びかかりながら地面を滑り、電気を放出しながら体当たりを仕掛けた。

 

「ふぅっ……!」

 

 息を吸いこみながら全身に気を巡らせて防御体勢。体へと襲い掛かる衝撃と電気を気力で堪えながら防御するが、体を走り抜ける電気の余波が反撃の手を封じてきた。トキシックジャベリンを落としそうになったが、慌てて掴み直して握りしめる。

 反撃として突き上げようとしたところでこれだ。痛みは堪えられるが体の反応だけは完全に思い通りにはなってくれなかった。

 茉莉へと意識を向けている隙に瑠璃が腰に提げていた物を地面に設置し、ピンを引き抜く。するとネットが静かに広がっていき落とし穴が設置完了した。

 これが二人の策の一つ。

 攻撃のチャンスが作れないならば無理やりにでも作るだけ。生憎と爆弾という大きな火力はないが、火力を後押ししてくれる属性を二人の武器は持っているのだから除外した。

 それに持ち歩いている暇なんてない。ジンオウガが暴れ回って荷車を破壊されたら爆弾が無駄になるし、荷車を引いている時に襲撃されれば爆風を受けて死ぬかもしれないのだ。

 そんな危険を冒したくはなかった。

 

「茉莉!」

 

 瑠璃が手を上げて茉莉へと呼びかけると、彼女は小さく頷いて少しずつ瑠璃の方へとすり足で移動する。瑠璃もディオスソード改を構えなおし、ジンオウガへと向かって疾走する。

 茉莉が一気に後ろへと下がると、入れ替わるように瑠璃がジンオウガへと斬りかかる。それによって意識が茉莉から瑠璃へと向けられ、茉莉はトキシックジャベリンをしまって落とし穴へと向かっていった。

 回復薬を口に含みつつ角笛を取り出して吹き鳴らす。

 その音を聞いたジンオウガが瑠璃へと前足を使って攻撃していた手を止め、ぎろりと茉莉を睨みつけた。そうしている間も瑠璃がジンオウガを斬り続けているが、ジンオウガの視線は茉莉へと向けられたまま。

 茉莉は角笛を吹きつつ少しずつ後ろへと下がっていき、それに従ってジンオウガも少しずつ前進していく。

 やがて角笛を吹き終えて盾を構えながら背中へと右手を伸ばし、トキシックジャベリンの柄を握りしめた。瞬間、ジンオウガは体勢を低くしてぐっと茉莉へとステップをして距離を詰めたが、その体は勢いよく沈んでしまった。

 

「グルォッ!?」

 

 自分の体が突然沈んだことに驚いたジンオウガだが、そんな奴へと容赦する二人ではない。落とし穴から抜け出そうともがくジンオウガへと茉莉は正面からトキシックジャベリンを連続して突き出し、瑠璃はその背中へとディオスソード改を振るって斬り続ける。

 もちろんこの好機を利用して気刃斬りを行使してディオスソード改の錬気を解放していく事も忘れない。

 その素早い連撃によってジンオウガには次々と粘菌が溜まりだし、どんどん爆発の連鎖を繰り返していく。

 たったの数十秒の拘束時間ではあるが、二人の攻撃とその属性の効果の発揮によって、瞬く間にジンオウガの体力は削られていく。トキシックジャベリンから漏れ出る毒が、刃が突き入れられるたびに体内へと蓄積していき、またしてもジンオウガを毒状態へと貶める。

 ジンオウガの体にも抗体がつくられていくが、それでも次々と突き入れられるトキシックジャベリンが甲殻を少しずつ破壊し、肉を露出させてその内部へと突き入れられるのだ。

 もちろん爆発を起こす粘菌に対しても少しずつ抗体がつくられ、粘菌が溜まりにくくさせているが、連続攻撃の前にはそれも少ししか効果を発揮しない。

 ただただ攻撃を受け続けるだけという現実に、ジンオウガの怒りもまた蓄積されていく。

 夕方ではただ痛め続けられ、自分に対して怯えの色すら見せていた小さき存在がよもやこうして牙を剥いてくるとは。その事にジンオウガの活力が一気に取り戻され、少しずつ拘束力が弱まってくるのを体で感じ取った瞬間、力強く前足で地面を叩き、その力で支えて勢いよく地面から抜け出した。

 が、着地した際に瑠璃がディオスソード改に溜まっている錬気と、己の気を融合させてその刀身に纏わせた。

 

「閃剣・角穿衝(かくせんしょう)!」

 

 突きの構えを取った瑠璃が、茉莉が貫いた部分を狙ってそのディオスソード改を勢いよく突き出す。これは彼女にとっての今日一番の一撃。斬るのではなく脆くなっている部分を狙った一突きに賭けたのだ。

 刃は狙い通りその脇腹へと吸い込まれ、強い衝撃となってジンオウガを文字通り衝き穿つ。

 

「グオオオォォォォッ!?」

 

 その衝撃はジンオウガの体を走り抜け、悲鳴となって口から漏れ出た。背中に集まっていた雷光虫もそれに驚いて無残に拡散する。それに従って立っていた甲殻が畳まれ、逆立つ毛も落ち着きを取り戻す。

 

「よっしゃあ! 一矢報いてやったわ!」

「見事な一撃です。では、私も続きましょうかね……!」

 

 両手でトキシックジャベリンを構えた茉莉が力強く大地を踏みしめ、己の気を刃へと纏わせるだけでなくその先端に収束した気が二つ目の刃を形作らせていく。はっと気づいたジンオウガ茉莉を見下ろしても、もう遅い。

 その構えから勢いよく胸へと突き出されたトキシックジャベリンは、何度も突かれた事で脆くなっており、その部分を強引に打ち破る一撃となって突き上げられた。

 びしっ、と音を立ててひび割れた甲殻は破壊され、その内部へとずぶずぶとトキシックジャベリンが貫通していき、二度目の衝撃となって背中へと貫通した。

 

「ガッ、グゥ……ッ!?」

 

 しかし内臓にまでは届かない。強靭な肉が刃の侵入を防ぎきったのだ。それに舌打ちし、だが更なるダメージと毒を注入できただけでも良しとする。トキシックジャベリンを抜き、両前足を薙ぎ払いながら片手で構えなおして一歩下がる。

 ジンオウガはそんな茉莉から視線を外し、尻尾へと斬りかかろうとした瑠璃へと勢いよく振り返りながら前足を叩き落す。いきなり標的にされた事で驚いた瑠璃だが、何とか横へと跳んで回避する。そんな彼女へと追いかけながらもう一撃叩き落とし、これも回避される。

 そんなジンオウガを追いかけつつ背後から尻尾を突いた茉莉だが、そんな彼女へと勢いよく振り返りながら飛びかかっていき、その槍の柄を咥えつけた。

 得物を咥えられたことでバランスを崩し、それを狙って彼女を持ち上げ、勢いよく顔を振って彼女をトキシックジャベリンごと放り投げる。

 

「茉莉っ!? こ、の……!」

 

 放り投げられた茉莉は翼を羽ばたかせる事で何とか地面に叩きつけられる事はなかったが、突然の事に少し腕を痛めてしまったかもしれない。微細な痛みではあったが、トキシックジャベリンを振るう分には問題なさそうだ。

 瑠璃がディオスソード改を振りかぶって斬りかかろうとしたが、迎え撃つようにショルダータックルを仕掛けて先手を封殺する。ジンオウガもわかっているのだ。茉莉ならば防いでくるが、瑠璃ならば得物の問題でそれが出来ないという事に。

 舌打ちして横へと逃げた瑠璃を追わず、ジンオウガは散ってしまった雷光虫を呼ぶように吼え始めた。それに従って雷光虫が再びジンオウガへと集いだし、背中が少しずつ光りだして電気を帯び始める。

 それを阻止するべく瑠璃が後ろ足を狙って斬りかかっていくが、ジンオウガはそれでも雷光虫を呼び続け、そして瑠璃を肩越しに振り返りながら歩き出した。それでも雷光虫は背中へと流星の如く集まりだし、電力を高め続けている。

 

「なっ……」

 

 ジンオウガは瑠璃を睨みながら背後へと回り込むように歩き続けるだけ。だというのにどういうわけか放たれる覇気が、瑠璃を硬直させるかのように向けられているのだ。

 それでも何とか体を動かして背後をとられないように振り返り、ディオスソード改を構えるが、ジンオウガは悠然と歩き続ける。瑠璃とその後ろにいる茉莉を睨み付け、そしてぐっと構えると瑠璃へと向かってまたショルダータックルを仕掛ける。

 バックステップでやり過ごしたがそれによって再び距離が開いてしまう。それを見越してまたジンオウガが空に向かって吼え、更に雷光虫を集めていく。既に力は二段階上がっている状態か。この呼び寄せによって電力が高まれば、またしてもあの本気状態となってしまう。それを何としてでも阻止したい茉莉は、ポーチから閃光玉を取り出して投擲した。

 とたんに巻き起こる強い光。夜の闇を一瞬で白へと染め上げる光だったが、どういうわけかジンオウガの悲鳴が聞こえてこない。どういうことかと光が消えたところでジンオウガを見てみると、なんと奴は目を閉じていたのだ。

 

「まさか……学習したと?」

 

 一度受けた閃光玉を覚え、放り投げられた瞬間に目を閉じたというのか?

 そんな、馬鹿な……!?

 驚きに固まる二人をよそにジンオウガは勝利を確信したかのような咆哮を上げる。刹那、周囲へと電撃が放出され、またしても奴はその姿を鋭利に変化させた。

 それだけでなく力強く前足を叩きつけながら覇気を放出すると、それに呼応して背中から幾多の電撃が周囲へと放出され、小さな雷となって無差別に降り注ぎだす。

 

「く、またしても厄介なことに……」

「何としてでも雷光虫を散らさないと!」

 

 降り注ぐ落雷を避け、瑠璃がディオスソード改を構えて斬りかかっていく。周囲へと放出される落雷だが意外と近くには落ちていない。密着すれば斬る事は可能だ。それを読んだ瑠璃が一撃、二撃と斬りかかったがジンオウガは動じることはない。

 むしろ歓迎するかのように、まだ離れている茉莉へと落とすように電気を調節して落雷を起こし、十分に電撃が高まったのを見越した瞬間、勢いよくそれを放出した。

 

「――ッ!?」

 

 密着していたが故にそれからは逃れられない。瑠璃は放出される電撃の波に呑まれて吹き飛ばされてしまった。体中を走り抜けるその電撃は彼女の体を蝕み、痙攣させる。

 しばらく地面に縫い付けられる瑠璃に代わり、茉莉が自分へと意識を向けるためにジンオウガへと接近する。瑠璃へと振り返ろうとしたジンオウガだったが、向けられる敵意とトキシックジャベリンの切っ先を無視することなく、彼女へと向かって振り返りながら尻尾を叩き落した。それを盾で受け流しつつ更に接近し、後ろ足へとトキシックジャベリンを突き出す。

 続けてあの肉を露出している脇腹へと突き入れたところでジンオウガが振り返り、前足を叩き落してきた。それをやり過ごして今度は胸を狙って突き上げる。

 硬い部分ではなく脆くなっている部分を的確に狙う。これが中盤からの茉莉のやり方だ。

 連続して叩き落される前足を掻い潜り、最後は勢いよく胸を突き上げる。その衝撃を受けたジンオウガは小さく唸り、刹那――

 

 ――エリアが凄まじい怒気に包まれた。

 

 ぞくり、と本能から来る冷たい震えを感じ取った茉莉は、はっとして顔を上げる。

 見れば、ジンオウガを青白い光が包み込んでいた。

 そのまま奴は距離を取るように背後へと飛び退き、バチバチと背中に溜まっている電撃を瞬時に高め、それを自身に纏わせた。その余波が青白い光となってジンオウガを包み込んでいるのだ。

 まるでそれは淡い光の鎧――雷撃の王者の鎧だ。

 

「ヴォオオオオオオオオォォォォォン!!」

 

 空気が恐怖に震えるほどの怒気の咆哮。それに呼応するように電撃が音を立てて空を裂くように放出される。

 

 あれは、何だ?

 いや、そもそも先ほどまでのものが本気だったと誰が言った?

 十兵衛は言っていたではないか。

 

『これが、ジンオウガが更に殺る気になっている状態ッス』

 

 殺る気になっている状態であり、本気ではない。

 そして十兵衛はこうも言っていた。

 

『とにかくこの状態になったら、雷光虫を散らせる事だけを考えるッス。でなければ体力が削られていった後がやばいことになるッスから』

『どうなるの?』

『……手が付けられなくなるッス。奴の、本気が来るッスよ』

 

 つまりあれこそが――

 

「グルルル……!」

 

 ――無双の狩人の本気である。

 

 

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