集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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46話

 

 

 冷たい空気が周囲を覆いつくし、放出される覇気が瑠璃と茉莉の心を折っていく。

 纏われている青白い光は相変わらず鎧のようにジンオウガを包み込み、周囲へと小さな電撃が余波として放出されている。

 明らかに普通じゃない。

 飛竜らには怒り状態というものが存在しており、この状態へと移行すると自身の力を解放する事によってパワーとスピードが上昇し、一気に敵を抹殺するべく攻撃的な状態になる。

 これはモンスターならば誰もが持つものであり、生き抜くために、あるいは敵を圧倒して薙ぎ倒すために備えているものだ。

 その状態へと移行したとわかるのは口から漏れ出るブレスの残骸だったり、移行した際に怒りの咆哮を上げたりとした事で判別可能だ。

 だが今までジンオウガはそれがなかった。

 雷光虫が集まって力を溜め、それを最大までチャージして解放した姿こそがその状態に近しいものだと思っていた。そう思わせるだけの外見をしていたし、パワーもスピードも上昇していたのだからそう思い込めた。

 それは過ちだった。

 今こそジンオウガは怒り状態になったのだ。それも普通じゃない状態に移行するというとんでもないリミッター解除。

 

「これが……本気?」

「なんという、ことでしょう」

 

 呆けるしか出来ない。瑠璃も体の痺れから何とか解放され、ジンオウガのその豹変した姿を見て愕然としていた。ディオスソード改を握り直し、冷や汗を流しながら瑠璃はジンオウガを見据える。

 知らず体が震えているがそれを自覚してしまうだけの頭はある。

 だが、それまでだ。

 動けない。

 発せられる覇気が尋常じゃない。自分以外の者を圧倒するだけの野生の強者の気配。恐らく古龍とはまた違った覇気なのだろう。あれこそがモンスターの間でも本能から恐怖を感じて尻尾を巻いて逃げだしてしまうだけの気力なのだ。

 一歩前進したジンオウガが低く唸るとゆっくりと前のめりに倒れながら一気に距離を詰めてくる。攻撃が来る、と感じ、生き残るために何とか気力を振り絞って二人は動いた。

 何がきても防御ないし回避できるようにしたが、ジンオウガはゆっくりと胸を逸らしていくだけで何もしない……かと思った瞬間、今度は素早く距離を詰めて体を捻ってきた。

 

「――ッ!?」

 

 あの横回転が来る! と思った時には既に奴は跳んでいた。

 直撃こそは避けたが、眼前を通り過ぎていく尻尾の風圧と、全身を纏っている電撃の余波が襲い掛かって茉莉は盾を構えながら歯を食いしばった。すぐ近くを着地するジンオウガは四肢に力を込めて体を支え、すぐに茉莉に背を向けてバック転をした。

 振り下ろされる尻尾から逃れるように横へと跳んだが、それを察知したのか素早く回転して向き直り、ショルダータックルを仕掛ける。

 その素早い連撃。まさに殺しにかかっていると言ってもいいだけの攻撃だ。それを食い止めるべく瑠璃は心の内からくる恐怖を振り払い、それを吐き出すように吼えながらジンオウガへと接近した。

 茉莉も一旦距離を取るべく背後へと跳び、それでも追いかけてくるジンオウガへと口から火炎を放出して牽制した。火炎はジンオウガが纏う電撃に触れて小さな爆発を起こし、粒子が集まって作られた高温の炎に顔を焼かれてジンオウガの足が止まる。

 それを好機としてディオスソード改で前足を斬り、続けて横っ腹を薙ぎ払って離脱。

 

「グルッ!」

 

 辻斬りまがいの事をした瑠璃へと振り返りながら前足を振り上げ、彼女へと飛びかかりながら勢いよく叩き落とす。殺気を感じ取った事で前へと飛びながら前転して逃げ、受け身を取って起き上る頃にはジンオウガは勢いよく彼女へと飛びかかっていた。

 それを地面を蹴って横へと跳ぶ事で逃げたが、ジンオウガはそのまま着地すると勢いを殺すように地面を滑りながら方向転換し、ブレーキがかかった瞬間力強く地を蹴って跳躍した。

 空中でぐるんと体を回転させながら全身を纏う電撃を一気に活性化させると、その勢いのまま瑠璃へと向かって流星の如く落下する。

 

「ん、な……ッ!?」

 

 その攻撃に驚愕の言葉が出るが、それでも体を必死に動かしてまたその場から逃げる。刹那、背後に凄まじい破裂音と衝撃が襲い掛かり、瑠璃の体は強制的に宙を飛ばされる。

 逃げるのが遅ければ、あれに押しつぶされながら高威力の電撃を受けることになっていただろう。意識が飛ぶだけでは済まされない一撃だ。

 少しだけもがいていたジンオウガだがすぐに起き上り、軽く首を回して二人へと振り返る。また睨み付けるだけかと思ったが、地を蹴って急速に距離を一歩詰め、数歩前進しながら二人の行動を観察しだす。

 逃げるのか?

 それとも戦うのか?

 それを視線だけで問うているかのようだ。

 しかし――どちらにせよ殺す、とでも言うかのようにまた急速に距離を詰めてショルダータックルを仕掛けてきた。標的は瑠璃。彼女はまた後ろへと逃げたが、それを追わせるようにジンオウガの背中から二つの雷弾が放出された。

 弧を描いて側面から迫ってくる雷光虫の集団を避け、ディオスソード改を構えなおすものの、体を時折走り抜ける電気が彼女の行動を阻害していた。

 先ほどの直撃と、余波を受け続けた事で体に電気が溜まっているらしい。それに気づいた茉莉がちらりと瑠璃へと視線を向け、「瑠璃! 一時撤退を考慮に!」と叫んでジンオウガへと一歩前進した。

 それを見てジンオウガもまた一歩前進しながら身構える。またフェイントが来るのか、と警戒していると、それは外れる。今度はジンオウガもすぐに攻撃へと移ってきた。

 勢いよく振り下ろされる角。これを避けつつカウンターの一撃を放つが、ジンオウガは気にも留めずに下がった頭を勢いよく振り上げて茉莉の盾を跳ね上げようとする。

 下から振り上げられた角に左腕が持っていかれそうになったが、何とか盾に角が直撃せず掠めるだけに留まった。しかもジンオウガは頭を持ち上げるだけでなく上半身も持ち上げ、後ろ足で体を支えながら茉莉へと向き直りつつ一気に押しつぶしにかかってくる。

 

「くぅ……電撃が……!」

 

 衝撃こそまだ耐えられるが放出される電撃が盾の向こうから茉莉へと届いてくる。リオハートシリーズは雷耐性が少し弱いため、電気が体に伝わりやすくなっている。だが茉莉はこれを歯をくいしばって耐えるのだ。

 耐える事はポッケ村にいる頃から桔梗に教わっている。防御面で他の武器より優れているランスとガンランスは耐える事も覚えなければならない。実際桔梗も両手に盾を構え、自己強化を施し、己の内面からくる意志の力をコントロールして古龍のブレスすら耐えきってみせた事があるのだ。

 そんな彼女に防御術を教わっている茉莉もまた防御術は習得している。

 彼女を師として仰ぐならば、これくらいの攻撃どうということはない。

 ちらりと背後を振り返れば瑠璃がエリア6へと離脱しようとしているところだった。ならば自分も離脱する事にしよう。

 ゆっくりと翼を広げ、ジンオウガが前足を振り上げた瞬間を見計らって地を蹴りながら背後へと跳び、宙に舞い上がる。そのまま背を向けて飛行してエリア6へと逃げるが、ジンオウガは小さく唸りながら彼女を追うように疾走を開始した。

 エリア6へと逃げてきた二人はそのまま飛行して森の中へと飛び込み、木々の間をすり抜けて空へと舞い上がり、崖からエリア9へと侵入した。

 普通のハンターには出来ない芸当。翼を持つ二人だからこそこのような逃げ方が出来る。森の中でジンオウガが吼えながら追いかけてきていたようだが、崖を上がってくる事は出来ず逃げ切る事が出来た。

 着地して大きく息を吐き、二人はヘルムを取って浮き出てきた汗を拭っていく。まだ電気が残っていたようで髪が逆立ったり手についてきたりしたが、地面に手を付いて電気を放出していく事にする。

 続けて髪を結んでいたリボンも取り、一度髪を流した。鏡で確認してみるとかなり荒れてしまっているが仕方のないことだろう。体に溜まっている電気がなくなっていったところで手櫛で少し髪を整え、ヘルムを被る。

 リボンは懐にしまい、ポーチから回復薬グレートを取り出して一気飲み。

 そうして先ほどの事を思い返してみるだけの落ち着きが戻ってきた。恐怖に震える心も落ち着き、冷静にジンオウガの事を思いだせるようになってくる。

 

「……どう切り崩しましょうかね?」

「……閃光玉は覚えられた、爆弾はなし、落とし穴は調合し直すとして……麻痺投げナイフぐらいしかないわよ?」

「それでも十分でしょう。あとはそれを成立させるまでの攻防。正直、あの電撃を前に私は防御し続けられる自信がないですよ?」

 

 衝撃を殺して耐えきる、という事は出来ても、体を侵してくる電撃の余波まで完全には防御できない。リオハートシリーズの耐性の低さと、生き物としての体の特徴が彼女の防御を脆くさせるのだ。

 となれば逃げればいいだけだろうが、ランスというのはそう易々と回避する事が出来る武器ではない。回避ランサーというものは存在するが、彼らは重量級の武器を手にしながらも、鍛え上げられた体を駆使して回避するという達人であり、茉莉はそこまでの領域には登っていない。

 怪力という特徴を保有しているが、それはしっかりと防御するという事において高められている。なにせ師匠が防御ランサーなのだから、自然と茉莉もそういう風に成長してきたのだ。

 そして回避術は瑠璃が磨き上げている部類だ。武器の特徴上回避を重きに置いている。

 もちろん対人戦の技術として受け流しなどを多少は覚えているが、得物の特徴上、上手くいくのはそうそうない。

 瑠璃がトラップツールとネットを取り出して落とし穴の調合をしつつ、ジンオウガの本気を思い返してみる。

 パワー、スピードは更に上昇、放出される電撃の力も尋常ではない。打撃の攻撃に乗せられて周囲へと余波を撒き散らし、防御の上からでも敵へと影響を及ぼしてくるだけの威力がある。

 となれば完全に動きを読み切って回避しなければならないが、逃げ続けていては高速の連撃の波に呑みこまれるだけだろう。つまりどこかで確実に反撃し、自分達のペースを取り戻さなければならない。

 あれを崩す方法として浮かぶのはやはり雷光虫を散らすというものだろうか。本気になる前の状態も、雷光虫が散った事で通常状態へと戻ってしまった。ならば雷光虫を散らせるだけの攻撃をジンオウガへと与えなければならない。

 

「……これでも使いましょうかね」

 

 ポーチから取り出したのは強走薬グレートと力の種。これを体にドーピングする事で更に力を底上げする事を考える。既に鬼人薬グレートと硬化薬グレートという薬によるドーピングが効いていてあの状況だ。

 これらを飲んだとしてどうにかなるのか、と言いたいかもしれないだろうが、少なくとも強走薬グレートは大きな変化をもたらすだろう。これはスタミナの持続力が高まる薬であり、数十分走り続けても問題なくなるだけの持久力が生まれる。

 また防御した際の堪える力もつくため、ランサーにとっては世話になる事が多い薬だ。

 それらを懐に入れると、瑠璃も右手を開いてじっと見下ろしている。

 

(斬りこむだけじゃ通用しない。太刀使いとしての攻撃手段は接近戦だけじゃない)

 

 頭に浮かぶのは太刀使いじゃないのに、太刀を模した木刀を手にして佇んでいるクロムの姿だった。瑠璃の鍛錬に付きあった彼は、太刀使いとして活動している昴とセルシウスの戦いかたを思い返しながら瑠璃へとレクチャーしていたのだ。

 

『セルシィは場所を選ばないで戦う奴でな……っていうか飛竜と戦う際は近接よりも遠距離が多かったな』

『そうなの?』

『ああ。あいつの十八番は閃剣。つまり、気刃を放って一刀両断して終わらせるって事さ。これがあいつの基本であり、同時に必殺技ってやつさ。……そう、こうだ!』

 

 木刀に気を纏わせたクロムは瞬時に木刀を振りおろし、離れた所にある岩を両断してしまう。木刀では斬れない岩をこうして斬ってしまうクロムは見慣れたものだが、やはり普通じゃないと思ってしまう。

 

『昴は普通の太刀使いのように近接で戦う奴だが、一時期は硬い敵を相手に手こずっていたって話だ。当然だな、太刀は硬い敵とは相性が悪い。だがあいつは神倉獅鬼さんとかの師により、そんな相手を斬る手段を得る。……まあこれも閃剣なわけだが、あいつは斬るだけでなく突く事も行使した。貫通力で強引に突き破るってやつさ』

『……突き破る、ね。でもさ、クロムさん』

『ん? 何だ?』

『今持っている武器でも硬く感じられる敵で、素早く動ける奴がいたらどうするの? 斬りに行っても逃げられて、閃剣を放っても避けられる。そういう奴、いるんでしょ? 上の領域には』

『まあな。上位以上ともなればそういう個体も現れるだろうさ。……そうだな、いつしかそういう強敵が現れた際に少しでも手助けになれるように教えといてやろう』

 

 にっと笑ったクロムが肩に木刀を置きながら、瑠璃の頭をわしわしと撫でてくる。硬い手に髪がくしゃくしゃになるくらい豪快に撫でてくるやり方は彼らしい。あまり力を入れていないというちょっとした優しさを含んだ撫で方だが、「ちょ、髪が乱れますって、やめ……」と頭を振って逃げようとしている。

 そしてクロムはとんとん、と木刀で肩を叩きながら少し考えるように空を見上げ、

 

『そういう時はな――』

『……ごくっ』

『――何も考えるな』

『…………はい?』

 

 思いもよらない答えに瑠璃は呆けた声を漏らしてクロムを見上げてしまう。だがクロムはそんな瑠璃に変わらず気さくな笑みを浮かべて木刀を地面に立て、自分が斬った岩へと首をしゃくった。

 

『今、俺はこれで斬ったよな? 普通は出来ないとか、そうお前らは考えるだろうが、それ自体がナンセンス。斬れる斬れない、なんてことは一切考えない。あるいは、斬れるという事だけを考える。あとは今まで積み重ねてきた事をそのままやるだけ。体は勝手に気を纏わせ、そして気刃を放っている。無心に、あるいは一本筋の意図に従い、それは放たれ、あれを斬る。……それだけの事さ』

『……無心……』

『そう。強敵と出会った場合、こう考えてしまうだろ? 勝てない、強い、殺される、怖い……。色々な感情が頭と心を覆いつくしてしまうだろう。……そうなった場合、持てる力なんて発揮する事は出来やしない。だから、一度無心になるのさ。余計な考えを一切合財排除して頭を綺麗にしてしまう。……すると、剣に迷いがなくなる。そうなってしまえば結構楽になれるぜ。見えていなかったものが見えたり、斬れなかったものが斬れてしまったりするのさ』

『……本当に?』

『ああ。今はわからなくてもいい。でも、もしそういう状況になったら、暑苦しい兄ちゃんがこんなこと言っていたな、とでも思い返してくれや。焦るこたぁねえぜ瑠璃? 俺達の時間はたっぷりある。ゆっくりでいい、一歩一歩前進していけ。……焦らず騒がず、俺の背中を追ってこい』

 

 そうして笑うクロムがどこか眩しく見えた午後だった。

 それを思い返した瑠璃はぐっと拳を握りしめて目を閉じる。色々考えすぎてごちゃごちゃになってしまうのが瑠璃の欠点だ。感情豊かといってしまえばそれまでかもしれないが、それは彼女の長所であり、こういう短所を孕んでいるといってもいい。

 熱くなりやすい点は瞬発力の面からいえば有利だが、熱くなり過ぎれば視野狭窄に陥って攻撃を貰いやすいという欠点もある。

 それを自覚している瑠璃は一度頭の中をリセットするべく、もう一度回復薬グレートを飲み干し、目を閉じたまま無心になっていく。

 

(――――)

 

 夜風に当てられながら静かに頭の中を空っぽにしていくことにする。

 難しいことは考えない。いや、何も考えない。その域へと達する事は難しいかもしれないが、それでもごちゃごちゃとした感情は全て封じ込めてやる。

 明鏡止水の境地。

 そこまではいけなくとも、ほぼ無心になる事は可能だ。しばらくその状態を持続させ、頭の中がほとんど空っぽになったところで目を開ける。

 どこまで通用するかわからないが、今の自分達に持てる力を振り絞るしか出来ない。そんな瑠璃の変化に気づいた茉莉が静かに声をかけてくる。

 

「なにか、道が見えました?」

「……ええ」

「では瑠璃は好きに動いてください。私が、サポートします」

「わかったわ。じゃあ、これも任せていい?」

 

 そう言って先ほど調合した落とし穴を茉莉へと手渡した。それを受け取って腰に提げ、それだけでなくポーチから麻痺投げナイフも取り出して懐にしまう。

 回復もしたし、準備もした。

 後は、ただぶつかるのみ。

 二人は洞窟へと南下してみると、エリア6の入口の方にジンオウガの姿を発見した。あの青白い光を纏ってはいないようだが、それでも雷光虫の影響で奴の外見は鋭利さを保ち続けていた。

 

「…………」

 

 もはや唸るようなことはせず、無言でじっと二人を見つめている。

 雷光虫は相変わらずジンオウガの背中を中心として飛び回り、発電してジンオウガへと力を与えている。あれを散らさなければ、またジンオウガが怒り状態となって、自分達にとっては危険な姿となるだろう。雷光虫にとっては心強い味方だろうが。

 

「では、支援しますので瑠璃は自由にどうぞー」

「……ん」

 

 茉莉の言葉に瑠璃は淡々と返事をしてディオスソード改を抜き、そのまま言葉も発さずにそれを振り抜く。放たれるのは瑠璃の気を刃と化したもの。ジンオウガへと音もなく向かっていき、奴の肩を切り裂いていく。

 それでは止まらずもう一撃振り抜き、今度は突き出して貫通させるが、ジンオウガはそれを躱しつつ瑠璃へと向かって走り出す。それを見つめて瑠璃はただその場に佇み続け、十分にジンオウガが接近したところで地を蹴って疾走した。

 振りかぶられる前足を紙一重で躱し、肩から脇腹へとディオスソード改で薙ぎ払って背後へと回る。それにより傷口に溜まっている粘菌が力を発揮して赤く染まりだし、振り返りながらもう一撃気刃を放つ。

 傷口と交差するように刻まれた傷によってジンオウガの青い甲殻が割れ、肉が斬られて血が噴き出していく。

 驚く程うまくいっている。

 体が軽い。

 

(…………)

 

 頭の中はそれでも真っ白だ。瑠璃は今、さっきまでとは違う自分を感じていてもなお感情は揺らがせないでいた。思考をカットし、それに従って恐怖心もカットする。

 とはいえそれは完全には消え去る事は出来ない。生物が元来持つ本能から来る恐怖心は、心を落ち着かせて何も考えないでいるだけで消せるようなものじゃない。

 

「…………ふっ」

 

 ディオスソード改を下段に構えなおし、振り返りだすジンオウガへと斬り上げて尻尾を切断しようとした。しかしジンオウガは軽く前へとステップして回避しつつ、茉莉へと接近していった。

 彼女へと前足を叩き落していくが、それに慣れているため問題なく背後に下がりつつ、懐から取り出した麻痺投げナイフを指に挟んで気を流し込んで振り抜いた。薄い黄色の気刃がジンオウガへと突き刺さっていくが、それに気も留めずジンオウガは横へと跳び、茉莉の側面へと回り込んでからショルダータックルを仕掛けた。

 が、それを防ぐように瑠璃が先ほど以上の鋭い気を纏わせてディオスソード改を振り下ろす。すると大地を割りながら放たれた閃剣が右肩から背中へと走り抜け、勢いよく血飛沫を吹きあげた。

 その痛みにジンオウガの動きが止まり、呻きながら視線を瑠璃へと向けてくる。

 

「……はっ!」

 

 意識が逸れた事で茉莉は更にジンオウガから距離を取りながら、右手を振るって連続して気刃を放っていく。それが命中する度に少しずつ麻痺毒が侵入していくだろうが、まだまだ奴を麻痺状態へと陥らせるには足りない。

 それに怯みはしたようだが雷光虫が拡散する程ではなかったらしい。

 むしろ逆。

 痛みによって再びジンオウガが怒気を発し、呼応するように雷光虫もその力を高めてしまった。青白い光がジンオウガの全身を包み込み、咆哮を上げれば洞窟中にそれが反響して響き渡る。

 ジンオウガの怒り状態にして、奴の本気が再びそこに蘇る。

 

「オオオオォォォォンッ!!」

 

 再度吼えると瑠璃へと勢いよく跳躍して反転。電撃を瞬間解放して青白い流星となり、彼女へと急速落下。高電圧と自分の重量で押し潰しにかかったが、瑠璃は無言で姿勢を低くし、地を蹴って一瞬にしてジンオウガの背後へと移動した。

 背後で勢いよく弾ける電撃の音を感じながら、地面を滑ってブレーキをかけつつ反転。起き上ってくるジンオウガの背後からもう一撃閃剣を当て、振り返ってくる奴の頬へと向かってもう一撃放って逃げる。

 顔を逸らしてそれは躱したジンオウガだが、背後の岩肌が削られて小石が降り注いだ。とはいえそれは小石であり奴にとってはどうという事はなく、ほとんどは放出される電撃に弾かれて粉々になってしまった。

 離れていく瑠璃を追撃するべく雷光虫の雷弾を四つ左右へと放出し、挟み撃ちさせるが彼女は宙へと舞い上がり、聳え立つ石柱を蹴って反転し、頭上から閃剣を放つ。

 それを躱すべく前へと跳び、彼女の下から雷撃を放出。周囲だけでなく頭上にも放たれる雷撃は縦横無尽に走り抜け、彼女の逃げ場を防ぎながら直撃した。

 

「――ッ、あ、ああっ、くぅ……ッ!?」

 

 逃げ切れないなら防御するしかない、と瑠璃は全身に気を纏わせたが、それでもその雷撃は彼女の体を捉えて離さない。そんな彼女を救出すべく茉莉はこれしかない、と閃光玉を放り投げた。ジンオウガの視界の端で弾けたその閃光は、今度は奴の視界を奪う事に成功した。

 どうやら瑠璃を叩き落す事に意識をとられ、閃光玉に気づかなかったらしい。僥倖だった。

 雷撃がやみ、それから解放された瑠璃は荒い息をつきながら何とかバランスをとって落下寸前で宙に留まる。しかしそれでも数メートルは落下してしまい、ゆっくりと地面に着地して手を付いた。

 深呼吸して落ち着こうとする彼女の視界には、光によって目を潰されたジンオウガが、がむしゃらに暴れている。あらぬ方へと前足を叩き落し、尻尾を振るって薙ぎ払おうとしているようだが、その先には瑠璃も茉莉もいない。

 茉莉はこれを好機として腰に提げている落とし穴を設置し始め、瑠璃も体に残っている電気を地面に流しながら回復薬グレートを飲み干していく。

 これで何本の回復薬グレートを消費しただろうか。それがわからなくなるくらい飲んでいる気がする。

 ……いや、そういう事は考えるな。

 瑠璃は再び冷静さを取り戻しつつ、頭の中をクリアにしていく。電気も流し終えたところでディオスソード改を構えなおし、静かに闘気を高めていって体とディオスソード改へと纏わせて臨戦態勢へ。

 茉莉も落とし穴を設置し終えるとまた麻痺投げナイフを振って気刃を放って麻痺毒を打ち込んでいく。それに続くようにしてジンオウガが暴れる中、近づかずに遠距離から気刃を連続して放ってダメージを与えていく瑠璃。

 あの状態で近づけば何が起こるかわからないのでここは安全策だ。視界が取り戻すまでの間はこうして傷を刻んでいき、少しずつ甲殻を脆くさせていく。

 

「グルォォオオ!!」

 

 顔を振って視界を取り戻したジンオウガは、静かに茉莉の方へと移動していく瑠璃を視認し、彼女を追うように疾走を開始。口を開けて彼女へと喰らいつこうとしたが彼女は加速して逃げ切り、捕えそこなったところでブレーキをかけつつ転進、背後から飛びかかっていったのだが、それこそ二人の思惑通りだった。

 着地から滑っていくジンオウガの体は、またしても地面に吸い込まれてしまった。

 

「グォオオアアアッ!?」

 

 落とし穴のネットに絡みつかれ、もがいてもなかなか抜け出せない状態となってしまったジンオウガへと瑠璃が斬りかかり、暴れる前足から胸へと斬り払い、気刃斬りで錬気を溜めながら攻撃していく。

 茉莉も一旦麻痺投げナイフをしまってトキシックジャベリンを手にして攻撃を開始する。麻痺状態に陥れるよりダメージを重ねた方がいいと考えたのだ。

 こうしてみる限り麻痺毒は蓄積されているようだが、まだ先は長そうだと見越した。ならばダメージが少なく麻痺毒が蓄積されにくいならば、今ここでダメージを重ねつつ毒を注入した方が先のためにもなると判断。

 瑠璃とは反対側を周ってトキシックジャベリンを突き入れていく。それもただ突くのではなく己の気を纏わせ、両手でトキシックジャベリンを握りしめて回転させて連続して斬りつける、という方法も取っていた。

 トキシックジャベリンは角槍ディアブロスのような重槍ではなく、対人戦で使うような槍に近しい形状をしている。そのためこうして突くだけでなく薙ぎ、回転といった槍術も行使できるのだ。

 次々と刃がジンオウガの体を傷つけ、毒と粘菌を注入する事で外側だけでなく内側からも体力を削る。特に瑠璃の高速の連撃により、粘菌はジンオウガの体内で急速に活性化。

 緑色に染まっていた物は一気に赤へと染まり、一度爆発すれば連鎖反応を起こして次々と爆発を起こしていた。それから息をつく間もなくまた粘菌が繁殖して緑色に染まり、黄色、赤と変色していく。

 だがそれでも雷光虫は拡散しない。爆発に驚いているものは逃げていくようだが、しかしジンオウガの気迫が持続し、奴にまだまだ力を注ぎ続けているのだ。

 そしてようやくネットの力が弱まったところで、勢いよくジンオウガが落とし穴から飛び出してくる。それを見越した二人は一度武器を引いて今以上の気を注いだ。それに従って二人の得物は鋭く伸びる気の刃を纏わせ、二人の意志に呼応して淡く光を放ち出す。

 鈍い音を立てて着地したジンオウガへとほぼ同時に、脆くなっている脇腹と前足を狙って振るわれる太刀と槍。

 

「――はぁっ!」

「――せぇい!」

 

 無心に振り下ろされた単純な一撃。しかしそれ故に研ぎ澄まされた刃とそれから放たれる気刃が、背中から大きく一文字に刻まれた傷がそこに生まれることになる。

 また体を支える前足から胸へと突き抜ける槍の一撃。貫く事を念頭に置いた一撃は甲殻を破壊し、前足を貫通するだけでなく毒をも含んで刺し貫かれている。

 前足と体から噴き出す血は地面に流れ落ち、体と共に赤に染め上げていき、そして……ジンオウガの苦痛を感じ取って雷光虫が先ほど以上に霧散した。

 だがそれでも完全に散らす事は出来なかったようだ。青白い光は消え、殺る気になっている状態へと後退してしまっただけに過ぎない。

 でもそれでも構わない。二人の攻撃は通用しているのだ。

 押され気味だったのが逆転し始めている。それを実感しつつ茉莉が距離をとったところでジンオウガが小さく唸りながら走り出す。向かう先はエリア9へと繋がる出入口だ。

 逃げるのか?

 そう思って足取りを見たが弱まっている様子はまだない。一時撤退というところか。

 何にせよ小休憩が取れる。瑠璃へと振り返ると、彼女もディオスソード改を軽く振り、砥石を取り出して刀身を研ぎ始めた。茉莉もトキシックジャベリンに砥石を使い、切れ味を戻していく事にする。

 そうしながらジンオウガについて思い返してみる。

 奴の体はかなり傷つきだしている。二度目の落とし穴によってかなりダメージは与えられたはずだ。雷光虫を完全に拡散させる事は出来なかったが、それでも体力は削られているはずだし、討伐も近くなっているはず。

 攻める手は止めない。しかししっかりと防御もする。

 方針はこのまま変えずに続けていこう。

 武器の切れ味を戻した二人は無言でジンオウガの後を追って走り出した。

 

 エリア9に戻ってきた二人だが、そこにジンオウガの姿はなかった。残された足跡を見ると、どうやらここを素通りしてエリア7へと向かっていたらしい。

 それを辿って追いかければ、そこにはガーグァを捕食しているジンオウガの姿があった。まだ血が流れているガーグァの死体を貪り、食い千切った肉を咀嚼している。二人が武器を構えた時、ジンオウガも追ってきた二人に気づいて振り返ってくる。

 咀嚼している肉を飲み込み、口元に残っている血を舐めとって低く唸ると、背中にいる雷光虫の雷弾を四つ放出してきた。それを皮切りに瑠璃が雷弾を掻い潜って接近していき、茉莉も麻痺投げナイフを振りかぶって気刃を放っていく。

 茉莉の攻撃には意も解せず、接近してくる瑠璃を標的として顔を下げてカウンターを当てるように角を振り上げたが、横に避けて逃げる。そこを狙って体を捻って尻尾で薙ぎ払ったがそれは飛び越え、背後に回り込んで斬りかかろうとした、が――

 

「グルッ!」

 

 それを読み切ったジンオウガがバック転をして尻尾を叩き落してきた。斬りかかっていく瑠璃へと真っ直ぐに狙って落とされた尻尾。

 しかし瑠璃の表情は変わらない。頭上から襲い来る尻尾が視界に入るその瞬間に、軽く体を逸らして直撃を避けたのだ。

 地面に叩きつけられる衝撃が横から吹き抜けるが、瑠璃はそのがら空きになっている尻から後ろ足に掛けて斬る事のみを集中していた。そうして気を纏って振るわれたディオスソード改は後ろ足を切り裂き、その痛みにジンオウガが溜まらず転倒して転がっていく。

 それだけでなく、突然の転倒に驚いた雷光虫たちが揃ってジンオウガから離れていく。鋭利に立っていた甲殻が畳まれ、とうとうジンオウガは通常体へと戻ってしまう。だが一部の雷光虫がまだ残っているので良くて第一段階といったところか。

 何にせよここまで戦力を削ぎ落したならば良し。瑠璃はさっきは喜んでいたというのに、またしても無言で転がっていったジンオウガを追い、尻尾切断に向けて尻尾へと斬りかかっていった。

 茉莉は右手だけでなく左手にも麻痺投げナイフを構え、両手を振るって次々と気刃を放って麻痺毒を打ち込む。これは好機ではあるが、落とし穴と違って隙だらけとなる時間は短い。距離も離れているし踏み込んで攻撃するより、このまま麻痺毒を打ち込む方が得策だろう。

 気刃斬りを行使して錬気を更に解放しつつ、むき出しになっている肉を狙って何度も振り下ろされ、突き出される事でどんどんジンオウガの尻尾は傷ついていき、絶え間なく血が流れ出て地面を赤く染める。だが水辺という事もあって近くの水へと流れ落ちれば混ざり合っていく光景まで見える。

 

「……っ!」

 

 しかし瑠璃の口からは呼吸しか漏れてこない。余分な思考をカットし、ただただ無心にディオスソード改を振り続ける。だがそれもジンオウガが起き上り、尻尾を斬り続けていた瑠璃を吹き飛ばすように尻尾を振り回しながら舞い上がる事で中断させられる。

 直撃こそ受けなかったが、振るわれた尻尾の風圧を受けて少しよろめいてしまった。着地したジンオウガはすかさず瑠璃をショルダータックルで吹き飛ばし、散ってしまった雷光虫を呼び戻し始めた。

 ショルダータックルはディオスソード改で受け止めたもののビリビリと振動が伝わり、ディオスソード改も少し軋んでしまった。折れる、というところまでいかなかっただけでも幸いか。

 急速に集まりだす雷光虫らを前に、瑠璃はディオスソード改を構えなおし、今度は気刃を放って遠距離からの攻撃に移る。茉莉もそれに続いて両手を振るって麻痺毒をどんどん打ち込んでいき、やがてそれは実を結んだ。

 

「ガッ、ググ……ッ!?」

 

 体が痙攣し、苦しげに声を漏らしながらジンオウガがその場に縫い付けられてしまった。体内の麻痺毒が効力を発揮したのだ。それを確認した瞬間、二人は同時に走り出してジンオウガへと接近していく。

 このまま討伐するのだ、という意気込みで瑠璃が下がった頭を薙ぎ払い、首から胸へとディオスソード改を振り下ろすも、しかし甲殻と肉を傷つけるだけで大きな傷を作り上げるには至らない。

 茉莉もまた側面に回り込み、トキシックジャベリンを抜いて胸や腹を狙って刃を突き入れていく。そこもさんざん斬られ、突かれ、強固だった甲殻の守りはほぼなくなり、傷が目立つ場所になっている。

 そこを重点的に狙って攻撃を加えていき、毒を注入していくのだがなかなか毒状態にはならないとふんでいる。もう二、三度は毒状態へと陥っているためジンオウガの体内には毒に対する抗体は出来上がっている。

 これがそれを防いでいるため、ここまでくるとトキシックジャベリン自身の威力に任せることが多くなる。それはディオスソード改も同じであり、手数が多ければ粘菌がジンオウガに付着して繁殖しやすくなっていくだろうが、これも抗体によって抑えられ始めている頃だ。

 

「グオオオオオンッ!」

 

 怒りの咆哮を上げて麻痺から解放された瞬間、二人を纏めて吹き飛ばすように電撃がジンオウガから放出される。どうやら麻痺している間もジンオウガを助けるべく雷光虫が集まっていたらしい。

 瑠璃は何とか逃げたが、茉莉は盾を構えて防御するしかなかった。盾越しにぶつけられる電撃の奔流に歯噛みして耐え、一突きして距離を取る。

 茉莉へと向かおうとしたジンオウガだったが、また後ろ足を斬られる感触に反応して振り返りながら瑠璃へと前足を叩き落す。それを横に避け、前足を突きつつ距離を取っていった。

 それを追っていくジンオウガを見送り、茉莉は懐に入れていた強走薬グレートと力の種を口に入れて飲み込んでいく。そう時間をかけずその効果が体の内側から表れていき、まるで体の中の火種に燃料をくべられて燃え上がっていくかのような感覚。

 火竜の因子持ちならではの熱い感覚に包まれながら、茉莉はある光景を思い返していた。

 

『今日は(わたくし)がクロムさんの技術から少し学んだ、盾の技術をお教えしましょうか』

『おー、盾ですか。どんなもので?』

『私が教えてきた気を纏っての防御術を更に高めたもの、と考えてもらって結構よ。私は自己強化を主に使って防御しているのは知っているでしょう? これをクロムさんが使っている気を纏っての防御と、武器そのものに気を纏わせての攻撃突破術を合わせたものよ。この武器に纏わせる、という部分を盾に置き換えてみたもの、それがこれね』

 

 彼女、桔梗が手にしているガンチャリオットの盾に彼女の気が纏われていく。盾全体に纏われ、淡く光を放つそれを構えた桔梗は茉莉の見ている前で説明を続けていく。

 

『ランスには盾を構えながらステップしつつの前進方法があるわね。機動力が低いランスならではの距離の詰め方であり、ランサーの実力が見合えばブレスを盾で弾きながらの接近も可能としている。強固な盾を手にするランスだからこそ成立するものよね。それだけの強度を持つ盾ならば、これを防御から攻撃へと転ずる術もあってもいいでしょう。実際片手剣の盾を使っての攻撃方法もあるのだしね』

『確かにそうですねー。それが……今桔梗さんがやろうとしているというものですかね?』

『ええ。大剣を使って強引にブレスを突破していくクロムさんのやり方を参考に、私が編み出した盾の突破法。茉莉、いずれ貴女が強敵と相対した際に備えて見せておきましょう。さあ、私に火炎を当ててきなさい』

 

 距離を取って桔梗が茉莉と正面から相対する。移動している間も小声で自己強化の術を行使し、彼女自身のポテンシャルを上げてきた。そうして盾を前に少し出しながら身構える。

 そんな彼女へと茉莉は右手を前にだし、手のひらに火炎を集めていく。直撃すればまず間違いなく彼女を焼くものではあるが、ガンチャリオットの素材は銀火竜のものだ。あれが火炎を受け止めている限り、炎は桔梗を焼く事はない。

 しかし失敗すれば、という可能性があるのだが……桔梗のことだ。信じることにしよう、と茉莉は彼女へと向けて火炎を放射した。

 それを見た桔梗は、強く大地を踏みしめ、そして――飛び出した。

 

『はぁぁあああッッ!!』

 

 穏やかな印象を持つ彼女がいつもは見せないような真剣な表情と、彼女らしくない声を張り上げながら、構えた盾が彼女の前進に合わせて突き出される。見れば、盾を覆っていた気がその範囲を広げて展開されている。

 茉莉が息を呑む間もなく、火炎は盾へと直撃し、そしてその傍から霧散していく。

 自分としては結構な威力で放ったものだが、見る影もなく消し飛び、桔梗は茉莉の目の前まで接近し、盾を彼女の側面で突き出される。

 刹那、盾から凄まじい衝撃波が放出され、背後の岩山まで吹き飛んでいった。茉莉の髪が衝撃波に大きく揺さぶられ、背後から何かが破壊されて崩れ落ちていくような音が聞こえてくる。

 驚きに目を見開きながら言葉を失っている茉莉に、桔梗はくすり、と微笑を浮かべて盾を引き、

 

『……と、こんな具合ですわ。今はブレスに見立ててやってみましたが、鍛えれば相手の物理的な攻撃……そうですね、例えば突進やタックルを受け止めつつ盾でそのまま反撃、なんて事も可能でしょうね』

『……凄いですね。確かにこれはクロムさんらしい豪快なやり方です』

『ええ。人間である私には少し扱いづらいかもしれませんが、貴女ならば成長した後で有効に使えるかもしれないですわね』

 

 盾を使って防御し、ランスで反撃するというのが普通のカウンターだ。だがこの方法ならば防ぎ辛い攻撃を受け止めながら接近し、盾の一撃をぶちかまして相手への意趣返しが出来るだろう。

 そうして生まれた隙を突いてランスで反撃する事も出来そうだ。

 しかしこれを成立させるには確かに防御しつつ前進できるだけの力が必要だろうし、己の気を高めて纏わせたりすることも必要か。少なくとも今の茉莉には出来ない技術だ。

 

『頑張りなさい、茉莉。貴女ならばきっとすぐにでも私を追い抜く事が出来ますわ。……でもそれに焦らず、一歩ずつ追いかけてきなさい』

『……はい。ありがとうございます、桔梗さん』

 

 にこり、といつものようにたおやかに微笑む桔梗に頭を下げる。いつだって彼女はこうして茉莉に道を示し、そして待ってくれている。その上で自分を鍛え上げてくれる。

 追うべき背中は、そこにある。

 だからこそ自分は、ここで敗れるわけにはいかないのだ。

 かっと目を見開いた茉莉は己の気を全身に包むだけでなく盾にも纏わせていき、強固な盾の防御力を更に底上げしていく。スタミナなど気にするな、今服用した強走薬グレートがエネルギーとなって燃え上がっているのだから。

 

「グルルルッ……!?」

 

 急激に高まっていく気に反応してジンオウガが振り返り、そして突き上げられるトキシックジャベリンに気づいて顔を逸らした。頬を掠めていったトキシックジャベリンを感じつつ、見下ろしたジンオウガの視線の先には、先ほど以上の気迫で自分を見上げてくる茉莉がいる。

 その視線が気に入らず、電撃を放出しながらショルダータックルを仕掛けた。これで動きを止めて尻尾で吹き飛ばす算段だ。

 だが、茉莉が身構えた盾が彼女の気に纏われながらそれ以上の範囲を広げて、気が大きく展開されていく。そうしてショルダータックルを受け止め、ぐっと四肢に力を込めて茉莉は衝撃を吸収した盾でジンオウガの前足を弾いた。

 

「――ッ!?」

 

 急に襲い掛かってきた打突にひび割れている甲殻がまたいくつか破片となって飛ぶ。よもや小さい存在が自分の攻撃を防御して、そのまま弾き返してくるとは思いもしなかったジンオウガは突き上げられるトキシックジャベリンに胸を貫かれた。

 痛みを感じるというより、驚愕によってジンオウガは動きを止めてしまっていた。それを見越され、またもう一撃突き上げられたところでジンオウガは茉莉から距離を取ってしまう。

 そう、ジンオウガから距離を取ってしまったのだ。今までならば茉莉、もしくは瑠璃が距離を取っていたというのに、今、奴は自分が距離を取ってしまった。

 それは、僅かな恐れを感じ取ったからに他ならない。

 ジンオウガは戦慄する。

 この戦いの中で急成長する二人の姿に。普通ならば心折れているであろう二人だったが、彼女達には追うべき背中があるのだ。そして帰るべき場所がある。やらねばならない事がある。

 こんな所で死ぬわけにはいかないという思いが、二人が今まで積み重ねてきた経験が、師匠らの教えが生きているから、二人はこの瞬間もなお成長し続けているのだ。

 恐れを勇気に、経験を実力に。

 強き想いと意志と彼女らを支えている絆が、折れかけた心を繋ぎ止める。

 それが瞳に宿っている。

 これらを火種として燃え上がらせ、眼力となって目に見える形に表れる。

 

「グルル、グル……ヴォオオオオオオオンッ!!」

 

 ジンオウガはじっと二人を見つめていたが、不意に目を閉じると、自らを鼓舞するように夜空に向けて咆哮を上げた。それに呼応するように雷光虫らも力を与え、再び奴は青白い光に包まれる。

 そうして開かれた青い瞳には二人を侮る気配はなく、まるで一介の戦士を前にする戦士のようだった。そう、二人を格下、小さき存在と見下す者ではなく、対等な存在として見ているかのよう。

 それを感じ取った茉莉は「……決戦、ですね」と呟いた。瑠璃も無言でディオスソード改を構えなおしつつじりじりとすり足でジンオウガへと近づいていく。

 対してジンオウガもゆっくりと前進していき、急速に距離を詰めながら身構えた。瑠璃はそれを見てすぐに動いた。これはフェイントであると。それは当たり、ジンオウガは急に動いた瑠璃を目で追うだけで動かなかった。

 それを好機として一撃後ろ足へと斬り付け、もう一撃尻尾を狙っていったが、ジンオウガが四肢に力を入れて横回転しだした。それによって尻尾が斬りかかろうとした瑠璃へと直撃し、彼女が吹き飛ばされて水辺を転がっていく。

 着地したジンオウガへと茉莉が踏み込んで攻めていき、前足を叩き落してもそれを躱して更にもう一撃。近づきすぎている彼女を吹き飛ばすように地を蹴って体ごとぶつかっていった。

 盾で防御する事で乗り切ったが、ジンオウガの姿は彼女の背後へと飛んでいく。着地しながら振り返ると、勢いよく跳躍し、電撃を解放して流星となる。

 

「……ふっ!」

 

 普通ならば逃げる場面だが、茉莉はまたしても気を解放し、流星を前にして逃げなかった。盾の前に展開されている気の壁が解放している電撃を防ぎ、落下してくるジンオウガの体から伝わる衝撃を横へと逸らして自分にかかるダメージを減らす。

 もちろんそれでも電撃とその余波が茉莉へと襲い掛かるが障壁に防がれ、それでも彼女の体へと一部が襲い掛かってくるのだが、茉莉はそれを堪えた。退かぬ、という強い意志が彼女をこうして強気の守りを見せつけたのだ。

 

「はぁッ!」

 

 背を向けて転がっているジンオウガへと力強く盾をぶち当て、背中へとトキシックジャベリンを突き刺し、さらに二度突き刺していく。ジンオウガに集まっている雷光虫を散らすようにトキシックジャベリンを振るったが、それでも雷光虫はジンオウガから離れない。

 力を入れて起き上ったジンオウガがいざ茉莉へと反撃しようとしたが、飛来してきた気刃がジンオウガの尻尾を斬り飛ばしてきた。

 

「グォオアアァァッ!?」

 

 武器でもある自慢の尻尾が斬り飛ばされ、ジンオウガが悲鳴を上げてもがきだす。見れば水草に隠れながら瑠璃がディオスソード改を握りしめていた。あそこで意識を集中させ、必殺の気刃を放ったようだ。

 切断面から血を流しながらも、ジンオウガは何とか起き上り、低く唸りだす。

 今の苦痛でも雷光虫は散らないらしい。それどころかジンオウガの声に従い、電気を放出して茉莉と瑠璃へ向けて落雷を落とし始めた。二人はそれを回避するように動き、それを見てジンオウガも距離を保ちながら歩きだし、しかし落雷だけは止めずに放出し続けている。

 落雷は牽制のつもりなのだろう。そうして二人の出方を窺いながら次の攻撃の手を探っているようだ。

 その意図を壊すべく瑠璃が地を蹴ってジンオウガへと接近していく。それを見てジンオウガが足を止めて雷光虫を放出してきた。それを躱して一撃気刃を放ったが、ジンオウガは横に跳んでそれを回避し、側面から飛びかかっていく。

 

「……ふっ」

 

 地面を強く蹴りながら前転し、飛びかかりを回避した瑠璃だが、ジンオウガはすぐさま地面を滑りながら向き直り、もう一度瑠璃へと飛びかかろうとする。その前に茉莉が躍り出、盾を構えながらジンオウガへと距離を詰めた。

 ぶつかる瞬間にまた盾をぶつけてやり、意識を引き付けた瞬間にトキシックジャベリンを突き出す。もちろん狙ったのは先ほどから何度か強力な一撃を与えた場所だ。手ごたえも良くなってきているしかなり効いているのではないだろうか。

 小さく呻いたジンオウガが周囲に電撃を放出して茉莉を引きはがしにかかったが、気と盾で防御してカウンターを仕掛けようとしたが、ジンオウガがその盾を弾くように前足を振るってきた。

 それに気づいて何とか受け流そうとしたが、続けて頭突きを仕掛けてきた事で受け流せず防御するしかなくなる。それから勢いよく振り上げられた角により盾を弾き飛ばされそうになり、茉莉は歯を食いしばってそれを耐えた。

 彼女の防御を揺さぶるような攻撃の連続だったが、茉莉はまだ耐えられる。強走薬グレートという存在がそれを可能にさせるのだ。

 ショルダータックルを仕掛けて茉莉を吹き飛ばしにかかるが、地面と一体化するように不動の構えを取って耐えつつ、反撃するように盾をぶち当てようとする。が、ジンオウガはすぐさま二足で立ちあがりそれを回避。

 はっとして盾を構えなおす刹那、彼女を押し潰しにかかるようなボディプレスを仕掛けていった。

 

「……っ、はぁあッ!」

 

 跳ね飛ばされそうになるのを堪え、それでも数センチ後退させられるも茉莉は耐えきり、反撃としてトキシックジャベリンを振り上げた。突くのではなく斬り上げるように振るわれたトキシックジャベリンの刃は胸から顎へと傷を作り上げ、更に薙ぎ払って盾で反撃として振るわれる前足へとカウンターを仕掛ける。

 爪が盾へと食い込みそうになったが展開されている気の壁がそれを阻んだ。みしっ、と爪が軋む音がしたようだが、折れるまでは至らない。

 そうして茉莉が気を引いている間に瑠璃が再度ディオスソード改へと気を纏わせ、意識を集中させていた。スタミナの持続力を謳う強走薬グレートではあるが、それでも体にかかる疲労は蓄積するばかりだ。

 それに気を連続して行使していては心労もたまる。そういう欠点を孕んでいる。

 今でこそ茉莉は防御し続けているが、あれではいつ倒れてもおかしくない状態まで自覚しないまま戦い続けるだろう。そうなれば終わりだ。

 ……と、そんな事を考えている事もなく、瑠璃はただ一気に終わらせるための一撃を放つために気配を消して自然と一体になっていた。

 完全とはいいがたいが、それでも瑠璃は明鏡止水の境地に限りなく近くまで迫り、ジンオウガのある一点へと狙いを定めてディオスソード改を構えている。

 

「――――」

 

 ふぅ、と息を吐いてタイミングを見計らい、地を蹴って一気にジンオウガへと肉薄していく。まるで一筋の風のように水草の間をすり抜け、彼女が通った跡はまるで風が吹き抜けたように水草はざわついた。

 水が跳ねる音すら置き去りにし、茉莉へとショルダータックルを仕掛けて防御を崩そうとするジンオウガのその横っ腹から、袈裟斬りにするようにディオスソード改を振り下ろしていった。

 群青色の刀身と、瑠璃が纏わせた炎のようなオレンジ色の気刃という二つの刃が、露わになっている肉を一気に裂き、更なる血を噴き上げる。

 

「ガアァァッ!?」

 

 突然の攻撃にジンオウガが悲鳴を上げ、瑠璃へと振り返っていったが、下げられたディオスソード改が勢いよく振り上げられ、茉莉が傷つけていた部分を上書きするように傷が刻まれ、更なる赤がその体を染め上げる。

 

「オオオォォォッ!」

 

 しかしジンオウガは踏ん張る。

 決して折れぬとその目が語っている。

 振り上げて硬直している瑠璃へと鋭利な角を突き立てるように頭突きを仕掛け、瑠璃はそれをディオスソード改で滑らせるように何とか受け流し、下がった首へとディオスソード改を突き入れ、切り払った。

 その痛みがジンオウガに走り抜けるが、顔を振って瑠璃の防御を崩し、彼女の側面から薙ぎ払うように横回転して短くなっている尻尾で薙ぎ払った。

 が、瑠璃はそれをギリギリで直撃を避け、宙に吹き飛ばされながらも受け身を取って滑っていく。

 そして着地するジンオウガへと茉莉が両手で構えたトキシックジャベリンに気を纏わせ、脆くなっている顔を刺し貫くように突き出した。額を貫いていく刃から放たれる毒と気の刃がジンオウガに更なる苦痛を与え、悲鳴を上げたその瞬間、とどめとばかりに振り上げたディオスソード改を一息に振り抜く瑠璃。

 大地を割りながらジンオウガへと迫る気刃はジンオウガの左肩から胸にかけて走り抜け、続けてそれに付着していた粘液の効果で傷口が連続して爆発を起こし、それが奴に断末魔の叫びをあげさせた。

 体の外側と内側から爆発を起こした事で内臓に傷がつき、傷口から大量に出血を起こしている。体に回っている毒の後押しもあり、あれほどまでの動きを見せていながらもジンオウガはかなりの体力を奪われていたようだ。

 力なく地に伏せ、しかしそれでも立ち上がろうとするジンオウガ。

 見れば四肢は震えており、その体を支えるのも辛そうだった。そして奴は目の前にいる茉莉と、奥にいる瑠璃を交互に見詰め、何かを考えるような眼差しを向ける。

 

「…………」

 

 その視線を受け止め、無言で見つめ返す二人。

 声なき言葉は何を伝えてきているのか。思い当る言葉はないが、それでも何かを含んでいるというのだけはわかった。

 やがてジンオウガは口から血を吐きだし、それが決定打となって力尽きてしまった。地面に横たわるジンオウガに生気はもうない。それを感じ取った雷光虫たちが夜空へと舞い上がっていく。

 雷光虫らにとってジンオウガは共存の相手であり、隠れ蓑でもある。ジンオウガが倒されたとあれば、もう自分達を守ってはくれない。

 夜空へと舞い上がっていく淡い光の群れはジンオウガの上空に上がるその光景は、まるでジンオウガへの送り火のようで、いつの間にか高い空へと上がっている満月と合わさって美しく感じられた。

 

 死闘は終わった。

 武器をしまった二人は空へと上がり、森へと消えていく雷光虫たちの送り火を眺め、最後にジンオウガへと敬意を表して黙祷を捧げた。

 最期まで奴は誇り高く戦った。自分達を追いこんできた。

 一度、いや二度心が折れかかったが、自分達は何とか勝利を収める事が出来た。

 これだけの成長を感じさせるだけの強敵との出会い。それに感謝を。

 苦しい戦いだったがそれに見合った経験を詰めたと二人は実感し、そして使える部分を全て使おうと無駄なくジンオウガの素材の剥ぎ取りを行った。

 

 

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