集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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47話

 

 

 夕食を終えた雷河達は揃って宿へと向かっていった。利用している部屋の中心に席を用意している間、未寅は直立している霧夜海と空の二人に気づくと「よう、少しぶりだのう」と声をかけた。

 それに二人は一礼し、海が「はっ、このような姿で失礼します」と挨拶する。私服姿で包帯を巻いているという少しみっともない姿を気にしているようだが、そんな事を未寅が何かを言う事もない。

 おおらかに笑いながら「かっかっか、気にするな海よ。渚嬢ちゃんから少し聞いとるわい」と言いつつ彼の肩をぽんぽんと叩いてやる。

 

「二人が無事である事が大事よ。生きているならば何度でも立ち上がれるからのう」

 

 空の肩も抱き寄せてぽんぽんと軽く叩いてやり、二人が健勝である事を喜ぶように大口を開けて笑っている。こうしてみる限りでは人のいいおじさん、という風だろうが、これでも彼はヤマト国において重要な人物なのだ。

 とてもそうは見えないが、しかし武人としての力を内に秘めているという事は見てとれる。それもかなりの実力者だ。

 未寅龍仁。

 戦アイルーの部隊を主に束ねし軍の長。それが彼だ。

 もう一つの顔がハンターであり、人の部隊は全員がハンターであり、モンスターを相手にする事を専門としている。つまりヤマト国においての対モンスターの軍隊というわけだ。

 彼が席に着き、雷河がお茶を用意しようとすると空がやってきて「お茶はわたしがやりましょう」と声をかけてくる。

 

「いや、怪我人にそういう事は……」

「いえ、お気になさらずに。あなた方が今回の主役、こちらはわたし共が」

 

 頭を下げながらそう言われてしまっては遠慮しづらい。頬をかいて少し考えた雷河は「あぁ……じゃあ、頼むわ」と任せることにした。それに一礼した空がお茶の用意を静かに行い、それから少ししたところで部屋の中に空間の裂け目が生まれる。

 その奥から現れたのは以前と同じく変装している神倉月。だが以前と違うのは連れているのがルーシーではなく青年二人という光景だ。

 その内の一人に未寅が気づくと、

 

「おお? 星野ではないか」

「……? ああ、あなたは……」

 

 星野――すなわち変化によって少し外見を弄っている昴が未寅に気づいて頭を下げる。席から立った未寅が昴へと近づき、首を傾げていたので月が声を掛けに行く。

 

「久しぶりだね、未寅さん」

「おお、神倉の。久しぶりだのう。こういう形で再会するとは思いもしなかったがな」

「はは、それは私もだよ。……さて、彼と知り合いのようだけど」

「おうよ。以前リオの希少種のつがいを討伐した際に共にしたハンターよ」

「ああ、なるほど。話には聞いていたけどやっぱりあなただったんだね。彼については人が揃えば改めて紹介するよ。今は少しおいといてくれないかな?」

「そうか。じゃあ待つとしようか」

 

 月が未寅の対面に座り、未寅も着席したところで空がお茶が入った湯呑を二つ持ってくる。それぞれの前へとそっと置き、一礼して壁際へと下がっていくと、二人はそっとそれを軽く飲む。

 すると月がふぅ、と息をついて「これ、美味しいね」と空に振り返って微笑みかける。その言葉に空は「ありがとうございます」と一礼し、未寅もまたからからと笑って「空は茶を淹れるのがうまいからのお!」と彼女を褒めている。

 幼い頃から海に仕えているだけあって彼女は家事能力が高く、お茶を淹れる技術もなかなかのものだ。海に淹れるだけでなく客人に対して失礼のないように、という作法も心得ている。

 よく出来た娘なのだ。

 そして数分後、薄く開かれている窓から鳥が二羽入り込んでくる。それは(ふくろう)と鷲だった。それらが光を放って粒子となると、それぞれ乾渚と巽鷲輔へと姿を変えていく。

 

「どうも、少しぶりだね。神倉さん」

「ああ。今日はよろしく頼むよ、乾さん。……そして、こちらも久しぶりだね。巽さん」

「ははは、そうだね。よろしくお願いするよ」

 

 月がそれぞれ握手を交わしていき、そして二人の視線は月の後ろに控えている青年二人へと向けられる。それに渚は「へえ……」と目を細めて観察するような視線を向けた。巽も人のいい笑顔を見せながらも、その瞳は観察するような色をにおわせている。

 だが渚はくすりと微笑を浮かべ、海が引いた椅子へと着席した。もちろん、三つ並んでいる内の真ん中だ。彼女の右隣に未寅が、左隣に巽が着席する。続けて渚の背後、窓際に海と空、佐助と椿が控えた。

 向かい合って中心に月が、右隣にクロムが、左隣に昴が着席し、月の背後に雷河と焔が立つ。

 

 ここに、交渉の場が成立する事となる。

 

「まずは紹介といこうか。御三方も気になっているようだしね」

「そうだな。さくさく、紹介してくれ」

「まずはこちら。星野翔……というのが偽名であり、彼の名は白銀昴」

「……どうも、よろしくお願いします」

 

 月の紹介に席を立って頭を下げる昴。渚と巽がほう、と頷く中、未寅は「ほう、お前さんがあの白銀か。なるほどのぉ、確かにかなりの手練れだと思っていたが、そうかそうか!」と驚き、笑顔を浮かべて腕を組んで大仰に頷いている

 昴が着席すると今度はクロムを示し、

 

「こちらが天草翡翠……というのが偽名であり、彼の名はクロム・ルシフェル」

「うす。今日はよろしくお願いします」

 

 昴に倣うように彼も席を立って頭を下げた。三人の視線がクロムに向けられ、渚は口元に指を当てながら彼の顔から腕や体へと視線を移していき、「……噂に聞く通り、マジで鍛えられてるな……」と呟いている。

 そんな彼女に軽く肘でつついて巽が「今は自重するんだよ? 殴り合いなんて物騒な事やらないようにね?」と小声で注意し、「わぁってるよ。しねぇよ」と渚もつつき返す。

 そしてこほん、と咳を一つして、

 

「先日の話の通り、マジで連れてきたってわけだ」

「ああ。本人に直に来てもらった方が信憑性があると思ってね。彼らだけでなく、彼らの家族にも既に話は通してあるよ」

「行動が早いねぇ。……んで? こうして出向いてきたって事は、やる気があるわけだ?」

「おうよ。俺も辻斬りの話や東方のモンスターらの話は風の噂で耳にしていたわけですよ。……でも、辻斬りに関しちゃあ大衆心理によって容疑者だからな、動くに動けなかったところでこの話。俺らの力が役に立つってんなら、協力せずにはいられないってな。大いに乗らせてもらいますぜ」

「はは、なるほど、流石はあのルシフェル夫妻の息子さんだね。困っている人がいるなら手を差し伸べ、協力する。いいね、そういう人、僕は好ましいよ」

 

 にこり、と巽が微笑を浮かべ、クロムは「ども」と一礼する。

 続けて渚の視線が昴へと向けられると、昴もクロムのように理由を話しだす。

 

「俺達の場合は東方に隠れ住んでいたから嫌でも話は耳にしてました。辻斬りの話、活性化していくモンスターの話……後者に関しては稼ぎに出ることで時折遭遇しています。……以前の希少種のつがいの件も、近くを飛行されては困るから俺が出向いていったわけですが……」

「その際にワシと出会う事になったわけだの。かっか、偶然とは恐ろしいのう」

「……モンスターに関しては隠れ住んでいても一部に関わる事は可能だが、辻斬りに関しては無理だと思っていましたね。なにせ俺達も容疑者を囲んでいるわけですから。……しかし、腹の中ではその不届きな辻斬りを捕えたいという思いはありました。そうしてあいつの無実を証明したかったんです」

「……黒崎優羅の事か。……あ、今は白銀優羅、かな?」

 

 渚が首を傾げると昴はそれに小さく頷いた。優羅も紅葉も彼の妻なのだから今は白銀の姓を名乗っている。

 

「とはいえ俺達には神倉さんからいただいた変化の補助をするものがありますが、それでも深くまで調査する事は出来ません。幼い子供がいますので……」

「確かにの。子供を連れて調査に出る事も出来んし、家に残して長く離れることも出来んしの」

「はい。なので今までは見送り続けましたが、この機会が巡ってきました。辻斬りの正体を知り、捕える事が出来るならば、俺達は喜んで力を貸しましょう」

 

 娘二人はポッケ村にいる人達がいるため安全だ。あそこには撫子や花梨という手練れがいる。少し寂しい思いをさせてしまう事になるが、それでもあそこならば自分達がいなくても安全に過ごす事が出来る。

 歳の近い友達も出来たし、信頼できる人に守られているならば、自分達はこの事件に介入する事が出来る。そして願わくば、もう隠れ住むような事にならずにしたいものだ。

 多くは望まない。

 自分達はただ東方という故郷で心安らかに、静かに暮らしていきたいだけなのだから。

 二人の意志を聞いた渚は何度か頷き、そして月を見据えた。

 

「改めて確認しよう。あたし達は忍が集めた情報をあなたらに提供する。そしてあなたらは辻斬りに対抗できるだけの戦力を提供する、だったな?」

「ああ、その通りだよ」

「その戦力の確認。白銀夫妻三人、ルシフェル兄弟夫妻四人、そこにいる獅子童雷河と焔、そしてあなた神倉さんとルーシー・ヴァーミリオン、そしてもう一人。合計十二人、でいいんだよな?」

「間違いないね。……現在ルーシーはドンドルマでもう一人が出てくる時を待っているからここにはいないけど。今のところ向こうの交渉は順調だよ。あとは出てくる準備を整えるだけだね」

「ふむ。そちらの準備は問題なし、と」

 

 そこで渚は両隣にいる二人に視線を向ける。ここでどうするのか、と二人の意見を聞くつもりらしい。それに先に答えたのは未寅だった。

 

「ワシとしては問題ないかと思うぞ。白銀の実力は確かなものよ。ぱっと見はまあまあの才能だが、磨き上げられた実力が光っておる。その妻も聞くところによれば手練れのようだしの、味方として加わるというならば問題なしよ。……一回共にしただけだが、こういう青年は好ましいしの。かっかっか!」

 

 昴と共にクエストをしているため未寅は彼の事をある程度知っている。希少種という強敵を前に共に戦い、共に飯を食い、時間を過ごしていった中で未寅は昴の人となりを見てきている。

 多少の演技が入っているが、それでも彼の根本的な性格は隠しきれていない。未寅は恐らくそれを見たのかもしれない。

 巽もじっと昴とクロムの事を見回し、にこりと人のいい笑みを浮かべて小さく頷いている。

 

「僕としても悪くはないと思うね。実際僕らは戦力が欲しいところなのだからね。それも自由に動ける信頼できる人材が、ね。僕も先日まで東方を巡って来たけど、やっぱり数人で各地に散って動いてもなかなか現場に遭遇する事は出来なかったからね。……たぶん、僕らの事を知っているから避けているんじゃないかと推測できる程にね」

 

 巽の役割は情報収集にある。一般人に紛れ込んで情報収集を行ったり、間諜を放って相手方の調査を行ったりと、陰に潜んで活動する部隊を主としている。

 その情報収集は人を相手にするだけでなく未開の地の捜索やモンスターに関する情報など多岐にわたり、まるでギルドナイトのような側面もあるのがまた特徴だ。

 今回の辻斬りに関しても調査しており、巽自らが出るという行為に出る程、渚達は辻斬りの情報を求めていた。それは酉丑灯らが魔族……それもシュヴァルツの末裔であると断定して抹殺活動に出ないように先回りするという目的があるからに他ならない。

 何としてでも灯らよりも尻尾を掴まなければならない、という思いから巽がヤマト国を離れ、部下を数人各地に散らせながら調査に乗り込んだのだ。

 それを辻斬りらが気づいているのだとしたら?

 変装していてもあれはヤマト国の誰かだと気づかれたのだとしたら?

 彼らの前に姿を見せず事を進めている事になれば、巽が現場に遭遇する事が出来なかったのも頷ける。しかしそうなれば尻尾は掴めずじまい。ならば、ヤマト国と関係のない戦力になり得る誰かを味方に引き入れるのはアリではないかと巽は考えたのだ。

 

「と、いう事で、僕としても協力体制を取る事に異はないよ。辻斬りだけでなく、モンスターに関する事、という意味合いでもね」

「……それは大砂漠や厄海付近の事か?」

 

 渚の言葉にいち早く反応したのは月だった。続くように昴達も目の色を変える。ハンターとしての顔がそこに表れた事に巽は小さく笑い、そして表情を引き締めて月へと問いかける。

 

「大砂漠に関しては神倉さんも耳にしていると思うけど、どうかな?」

「もちろん、耳に入っているよ。旅人の行方不明という事件を引き起こしている可能性が高いUNKNOWNやジエン・モーランの亜種らしき影の事だろう?」

「うん、そうですね。そして厄海に関しては最近情報が入ってね、あの付近で小さな地震が頻繁に起こり始めているという話だよ。まだタンジアの港や周辺の村にまでは届いていないけど、少しずつ震源地が海を移動しているという話さ。同時に古龍観測所から飛ばされた気球の監視員の話では、海に大きな影があったことを確認しているよ。話によれば島の崖にぶつかっているとか」

「ぶつかった衝撃で地震が起こっている、と? なんだい、その話は。数年前にタンジアの港付近で確認されたアレみたいな話じゃないか」

 

 数年前にタンジアの港付近にそれが現れ、小さな地震を頻繁に引き起こしていたという記録がある。その原因を調査した結果、それは巨大な海のモンスターによるものだという結論が下され、導入された水中戦用の装備を纏って戦えるハンターを募り、その原因となったモンスターの討伐に赴いた。

 結果は討伐には至らず、撃退にとどまったのだが、水中戦に不慣れなハンターが多い戦いなのだから仕方がない。しかし死者や重症者も出るという激しい戦いを繰り広げ、かの存在を撃退して生還したハンター達には多くの報酬と名声を得られた一件でもあった。

 

「また奴が出てくる、と?」

「その可能性があるね。だから辻斬りに対する戦力、というだけでなくそのモンスターが猛威を振るいだした際の戦力という意味合いでも、僕達としてはあなた方が戦力に加わるのは歓迎したいんだ」

「それは何故です? 辻斬りに対する戦力として俺達を迎えたい、というのでは?」

「……実はですね、その辻斬りらも普段はハンターとして活動しているんじゃないか、と僕は睨んでいるんだよ」

 

 その言葉と同時に巽は机の上で手を組み、一息ついて語りだす。

 

「辻斬りによる被害は刀傷。それもかなりの腕前でもたらされた傷だよ。でもそれだけでなく一部は槍による一撃も確認できたんだ。……そう、頭か心臓、どちらかを一突き。あるいは首を刎ね飛ばすように槍を薙ぎ払った傷も確認できたんだ」

「刀と槍、か……」

「……槍?」

 

 クロムが腕を組んで頭に思い浮かべる。

 その後ろで雷河が槍という単語で思い出すべき事を頭に思い浮かべる。そう、つい先日に遭遇したあの少年の得物も槍ではなかっただろうか。

 

「そしてその槍と同じような傷でリオ夫婦が討伐されているのも確認できている。ギルド側では密猟と判断し、調査に赴いているくらいにね。……そして先日、こちらの霧夜の二人が遭遇し、そちらの二人が救出に赴いた一件。聞けばその時の相手の得物も槍だったそうだね?」

「ああ、そうだぜ。なかなかの手練れだった。ありゃあそこらにいる武人じゃねえってくらいの実力だったなぁ」

「……つまりなんだ? その時の相手が辻斬りと密猟を行っている奴だ、と言いたいわけで?」

「そうだよ。その可能性は高い。なにせ、傷口を見る限り振るわれた槍が同一のものだと推測できるほど酷似し、貫かれた傷口の鋭さもほぼ一致。まず間違いなくその槍使いが容疑者だろうと疑えるね」

 

 その槍使い……すなわち草薙武の事だ。その正体までは辿り着いていないようだが、誰がやっているのかまでは付きとめているらしい。その辺りは流石というべきか。

 

「その槍使いがモンスターを相手に密猟まがいの事をしているから、彼らもモンスターに対する戦闘の心得があると推測できる。つまり、ハンターとして接近する事が可能なわけだね。だからそう言う意味でも白銀さん達が味方に加わるのは賛成だね」

 

 ヤマト国の諜報員ではなく、一介のハンターとして対象に近づき調査できる、という事か。気づかれれば戦闘になるかもしれないが、対人戦闘の心得もある彼らならば何とかなるという信頼もある。

 その隙に霧夜の忍らがその背後を探り、どういった理由でこのような真似をしているのかを探り、次の標的の調査もするという算段か。

 二人の意見を聞いた渚は何度か頷き、

 

「……ま、あたしとしても協力体制を取るっていうのは異論はないんだ」

「ふむ、しかし何か気がかりな点はあるのかな?」

「ああ。灯……というより申子(しんし)のやつがどう出るかっているのが、な」

「申子? ……ああ、申子源次という人物かな?」

「どういう人なんで?」

「紳士な人、として通じている……と本人は思っているらしいけどね。実際外面だけを見れば、うん……紳士だね。でも内面を見れば、かなりどろどろとしているっていう人だよ」

 

 酉丑側の三家の中で一番魔族に対して嫌悪感を示す人物であり、三家の中で一番魔族に対して排他的な感情を示している人物。それが申子源次という人物だそうだ。

 彼は例え外見的には魔族でなくとも、魔族の血が入っているならばそれを排除するという、魔族という種族だけでなく血に対しても反応するらしく、つまりはほとんど人間であったとしても、シュヴァルツの末裔ならば殺せ、といえる人物という事になる。

 竜魔族に対してもそれは同じであり、竜人族が魔族と交わるなど許しがたい事だと排他的だ。つまりはあの鍛冶屋の一家も標的になり得るという事らしい。

 

「……その申子という人物、どうしてそこまで魔族を嫌うんですか?」

「さあ、何故だろうね? 僕には彼の心情がよくわからないよ」

「クズの心なんてわかるもんかい。ああいう奴が同じ地位にいるなんてあたしにゃ苦痛で仕方ねえ」

「まあ渚嬢ちゃんは苦痛だろうなぁ」

「おうよ。いっつもあたしに対して冷え切った視線を向け続けやがってよ……何度あのいけ好かねえ顔を殴り飛ばしてやろうかと思った事か」

 

 渚が苛立たしげな表情を浮かべて歯噛みし、組んだ腕を指でとんとんと叩き続けている。それを見ているだけでどれだけ彼女が申子を嫌っているのかよくわかるというもの。しかし自分に対して明確に敵意を向けている人物を、それも殺意すら感じる人物を好ましく思える人なんてどれだけ酔狂な事か、と言いたくもなるか。

 

「まあ、そんな申子があなたらがあたし達と組んでいる、って知られたら、そしてあなたらがどういう人物かを知ってしまったら、まず間違いなくなんらかの干渉が来るだろうさ」

「元を辿れば魔族は竜人族の派生だっていうのに……やりきれねえなぁ……。わかった、気をつけましょうかね」

 

 竜人族と魔族の分かれ目は自然に適応して変化した竜人族、という点だ。変化……すなわち進化によって魔法を巧みに操れる、外見的な変化が生まれる、何らかの影響によって竜族の因子をその身に宿し、それによって進化をしたもの……様々なものだ。

 つまり血や魔族云々言う前に、彼らは大まかには竜人族だ。ただその大まかなものを区別した、というだけに過ぎない。

 竜人族から進化したというだけで魔族という存在を許さない、というのは生物の進化を許さない、といっているようなものだろう。人は生物は少しずつ変わっていくものだ。停滞する事を良しとし、変わっていくことを許さないのは、自分と異なる存在となる事を許さないという事。

 自分と異なるものを恐れるからこそ、魔族差別が生まれたのかもしれない。長い歴史の中を振り返れば、何度か魔族に対して何らかの迫害があった事は何度かあるのだから。

 湯呑を手にして残ったお茶を飲み干した月が一息ついて渚へと首を傾げる。

 

「他に気がかりなことは?」

「申子だけでなく灯……酉丑灯や午卯六花という存在もある。とはいえ灯は基本あたしと同じくヤマト国から離れることはないけどな。忍の風間一族を使って各地を調査させて、他の奴らに指示をするのが基本さ。午卯は……さっきそこにいたんだって?」

「はい。狭間が捕え、遠くへ放ってくる、と先ほど連絡が」

 

 肩越しに渚が振り返りながら問うと、空が淡々と答えた。

 

「だとよ。あいつもまたクズと同じく、今は東方を巡っているらしいな。今回はこの場を押さえられずに済んだけど、またどこかで遭遇する可能性があるかもしれない」

「午卯六花……彼女も竜人族だったね。確か午卯家は魔闘士タイプと銃使いが多いんだったか」

 

 魔闘士。

 格闘術を主とする戦士が魔法という要素を身に宿し、格闘術に属性を付与させて戦う格闘家……闘士の事をいう。もちろんこれは対人戦を想定した武術であるが、達人級ともなれば牙獣種相手にこれで立ち回って勝利を収める者もいるという話だ。

 かの衛宮兼続もこの技術を習得しているようではあるが、この技術を使わずに純粋なる格闘術でアオアシラを討伐したというのは、ヤマト国では語り継がれている話だ。

 またヤマト国は鍛冶技術も高く、特に銃に関しては様々な技術を駆使して改良している。ライトボウガンやヘビィボウガンのリミッター解除技術の基礎は、ヤマト国が提供したという話もあるくらいであり、技術国家という側面もあるという。なぜそんなことが出来たかと言えば、未寅が抱えるハンターの軍隊を保有しているせいだ。一国がハンターを軍人として保有することは、本来ならば違反行為とされている。人は人、ハンターはハンターと明確な住み分けをすることで、古代に起きた大戦争を繰り返さないようにする、というのがギルドが定めたルールである。

 ヤマト国はそれに違反しているのだが、ヤマト国が生み出した技術や、会得した情報や戦術をギルドに提供するという取引を以ってして認められている。ボウガンの技術の一部をギルドへと提供した中に、それが含まれたというわけだ。

 最近ではボウガンを小型化していくという技術を高めているようで、いくつか試作品を作ったという話だ。

 すなわち、片手に持って発砲するという拳銃の開発である。

 まだまだ開発途上にある計画だが、いくつかの試作品、完成品は午卯家へと流れている。それは午卯家がその開発資金を援助しているためであり、彼らが銃使いとしての側面もあるためだ。

 近距離は魔闘士、遠距離は銃使い、と二つの戦闘態勢をとり、技術を高めて後世へと伝えていっている。抱えている部隊も同様であり、その二つのトップに午卯六花が立っている、という構成だそうだ。

 そんな六花を狭間は気絶させてしまった。クロムは首を傾げながら何となく訊いてしまう。

 

「……そんな彼女を難なく捕まえて遠くへと放ってくる? その狭間って人、どんだけ強い忍なんだよ」

「……まあ、強いっていうか……いや、実力者だというのは間違いないんだが、たぶん午卯はあいつに関わり合いになりたくなくて逃げたんだろうな」

「はい?」

「ああ、気にすんな。うん、知らなくていい。世の中にはな、知らなくていい事があるってことよ」

 

 渚の言葉に巽は苦笑しつつうんうん、と頷き、未寅もくつくつと笑って同意している。

 気になるところだったがまあ、訊かなくていいならそうしておこうとクロムは気にしないことにしたらしい。

 

「で、だ。話を纏めよう」

「僕らとしては辻斬りだけでなく、大砂漠や厄海についても調査したいと考えています。つまり、辻斬りを捜索する者、大砂漠を調査する者、厄海を調査する者、と三つに分かれるって事だね。その中で辻斬りに対してもいくつかに分かれることになるかもしれませんが……」

「もしワシらの協力体制が成り立った場合、最初に落ち合う場所はどこにするかの。まあ『大砂漠』という舞台があるわけだからロックラックが第一候補だろうがな」

「そうだね。それに関しては異論はないよ。問題は分かれるメンバーか。未寅さんはまだヤマト国には?」

「まだ戻らんつもりじゃわい。きな臭いところがいくつかあるからのう。こいつらとそこを周っていくつもりじゃ」

 

 彼の役割は各地のモンスターの動向を探るというもの。最近はユクモ村を中心として蛇竜種やリオ夫婦について調査しており、その報告を渚へと提出している。それが終わって戻るのかと思いきや、まだまだ調査を続行するつもりのようだ。

 恐らく彼もまた辻斬りや領主の一件についても調査する役割も担っているのだろう。

 

「もちろんそれぞれに霧夜の忍をつけよう。彼らと協力し、事態の調査を行っていく。表から、裏から……それぞれの視点で調査し、わかった事があれば忍に伝えてくれていい。あとはその忍が僕らへと情報を届けるから。そして情報は共有する事を約束しよう」

「その代わり戦う、と。更に言えば私達の持っている情報も共有するという事になるわけだね」

「当然さ。この一件はヤマト国だけでなく東方、ロックラック周辺と多岐にわたる。小さなことでもそれが後々大きな何かのきっかけになるかもしれねえからな」

 

 元より情報を求めたのは月側だ。渚側だけが情報を提供するというのはいただけない。なので月側からも何かわかった事、気づいた事があれば話すのは当然の事。

 協力体制を布くという事は、一時的とはいえ両者は仲間になるという事なのだから。

 

「あとワシから疾風へと連絡も取りつけておくわい。あいつも各地を放浪しておるからの、何か見つければ情報をよこすように伝えておこう」

「疾風? ……もしやあの戦アイルー……『神風』の事ですか?」

「おう。白銀は共に戦ったから知っとるだろうの。神風の異名を持つ戦アイルー、名を疾風(はやて)。東方ではそれなりに名が通っている戦アイルーじゃが、知っとるかの?」

 

 そう言いながらクロムへと視線を向けると、彼は少し思い出すようなそぶりを見せ、そして小さく頷いた。

 

「戦アイルーの中でも特に抜きん出た実力を持つ奴ですよね。先陣切って斬りこんでいくその姿、名前から『神風』という二つ名を与えられたって聞いてますね」

「うむ。こっちの戦力として疾風も挙げておこう。ワシから話は通しておく故、どこかで会う事があればよろしくしてやってくれい」

 

 渚側の戦力として挙げられるならば、霧夜海と空、未寅と佐助と椿、そして先ほど挙げられた疾風。だが海と空はこの中では一番戦力としては小さいかもしれない。いや、同じくらいのものとして巽が並ぶかもしれない。

 彼らの役割はあくまでも情報収集にあるため、戦力として数えるとどうしても他のメンバーよりも少なくなってしまう。

 戦力を増やしたいならばヤマト国にいる自分の部隊を派遣すればいいかもしれないが、そうすれば自分達の動きがどうしても酉丑側に伝わってしまう。また部隊を動かすという事はその分だけ国の戦力を失う。

 部隊が離れている間に国に何かあれば目も当てられない。あくまでも渚達はヤマト国の人であり、国の外で起こっている出来事に部隊を派遣するというのは難しい。

 だからこそ渚側は戦力を欲したわけだ。

 そしてまた確認しておくことを確認していき、細かい事もある程度話を詰めていく。

 そうして数分後、お互いの出すべき事、確認しておく事は全て揃った。

 

「さて、これまでの事に異論は?」

「ないよ」

「では、お互い合意と言う事で――以後、よろしく頼みます。神倉さん」

「ああ、よろしく。乾さん」

 

 二人が立ち上がって手を出し合い、固く手が結ばれる。両隣にいる二人もそれぞれ立ち上がって握手を交わし、にっと笑いあう。

 

 ここに、神倉月らと乾渚らの極秘の協力体制が成立する事となった。

 

 話を終えた月達は空間転移によってポッケ村へと帰っていく。渚と巽もそれぞれ鳥の姿となってヤマト国へと帰っていった。といってもここに来ていたのは使い魔であり、本人らはヤマト国にいるのだが。

 最後に未寅が佐助と椿を連れて宿を後にしていく。その際見送りに来た雷河と焔……特に焔に視線を向けてにっと笑いかける。

 

「また、仲間として行動できるの、焔よ」

「……別に、あんたと一緒に行動するってわけじゃないし」

「まあそうだの。じゃが、こうして再び仲間となったんだ。ワシとしては嬉しく思うぞ」

「…………ふん」

 

 そう言って笑う未寅から視線を逸らし、焔は鼻を鳴らす。そういう姿も未寅にとっては懐かしく感じる。雷河からすればいつもの事だが、未寅にとっては八、九年もの月日が空いたのだ。

 その目はどこか優しさを含んでいる。

 

「あの日の事は確かに水に流せるようなものじゃないがの」

「……っ」

「今もなお自分の中にあるその嗜好は消えてはおらぬようだが、落ち着きはしておるのだろう? その辺り、神倉獅鬼やそこの雷河に抑えられたか?」

「まあ、暴走はしなくなりましたよ。……相変わらず爆弾は多用してますがね。親父がその辺りある程度教育しといたんで」

「ふむ、なら良し。……焔よ、罪は消えはせん。だが償う事は出来よう。六年前の一件に関わり、そして今、各地を回って誰かを助けている、という話は聞いておる」

「なっ……いつ?」

「うちには優秀な情報屋がおるからの。少し記録を調べてみたところ、名が挙がってきおったわい」

 

 かっか、と笑う未寅が挙げた情報屋というのは、恐らくあの人のいい笑みを浮かべる青年の事か、と焔は舌打ちしたくなった。確かに彼ならば記録を漁って容易に自分達の事を見つけ出しそうだ。

 何せ雷河と焔もまた各地を放浪する医術の心得のあるハンターとして活動しているのだから。雷河が父と仰いだ獅鬼のような、そんな立派な行為を受け継ぎ、焔もまた医術の心得があったためその技術を高めて雷河と共に行動していた。

 彼女もまた過去の罪を引きずり続けていたため、ただ無心にどこか素っ気ない医者として腕を振るっている。

 

「いい事ではないか。恥じることなど何もない。むしろワシは嬉しく思ったぞ。あの小さく愛想のない焔が、誰かのために行動するなんてのう。かっかっか! 時は流れるもんじゃい」

 

 まるでそれは孫の自慢をする祖父のよう。……いや、それにしては未寅はまだまだ若いおじさんなので、娘の自慢をする父親、といったところか。そんな未寅を前に居心地悪そうにする焔は、自分を横目で見続けている佐助に気づく。

 視線が合えば佐助は視線を外し、未寅の後ろへと下がっていく。そんな彼の動きに未寅は気づき、「やれやれ、まだ心の整理がついていないやつもおるか」と溜息をつく。

 

「じゃあの。ワシらは向こうで一泊し、明日の朝、出立するわい」

「そうですか。俺達もあいつらの傷の具合を確かめた後に出発するつもりですわ」

「そうか。治療費はワシが持つからよろしく頼むぞ」

「ああ、いや。別に治療費とかそういうのは……」

「遠慮するな。感謝の気持ちも込めておる。受け取ってくれい」

「……はあ、わかりました」

「うむ。じゃ、またの!」

 

 からからとまた大らかに笑いながら未寅は二匹を連れて向かいの宿へと去っていく。そんな背中を見つめながら雷河は焔を見下ろさず、「いい人じゃねえか、未寅さん」と呟きかける。

 

「どうして避けるんだ? あんな人をよ。もう、八年……いや、もうすぐ九年だぜ?」

「……そう。もう、そんなにも経つのか」

「ああ。俺達が出会って八年、とも言えるな。……もう、自分を許してもいいんじゃないか? あの人、本当に焔の事気遣ってくれているぜ?」

「…………でも、他の奴らが許さないだろうさ。あの、佐助のようにな」

 

 ぽつりと呟き、焔は背を向けて宿の中へと入っていく。そんな焔の背中を肩越しに振り返り、雷河は溜息を一つつく。そうして夜空を見上げてみると、満月が淡く光って空を照らしていた。

 雲一つない満点の星空に浮かぶ月を見ていると、どこか感傷深くなってしまうのは何故だろう。あの星のどれかが、彼の頭に浮かぶ人物の顔となって雷河達を見守ってくれているかのように感じてしまう。

 

「……まだ、根が残っていそうだよな。まったく……あんたがまだ生きていてくれたら、この一件をもう少しうまく片付けてくれていたかもしれないのかな?」

 

 あの日喪ってしまった彼にとって一番親しかった人物。

 気難しかった焔の事も気にかけていた人物。

 そして、今もなおその背中を追い続けている相手。

 悲しみはまだ少し残っているが、しかしそれを振り切って雷河はただ前に進んできた。人族ではない彼が、彼のような人物になろうと焔と二人で世界を周ってきた。

 

「ま、泣き言は言えないよな。これはあいつにとっていい機会だろうさ。上手くやってみせるよ、親父」

 

 そうして誰かを助け続けた雷河。今、こうして一番近くにいる彼女を助けられるかもしれない機会が巡ってきた。彼女の過去に触れる相手と再び接近する事になったのだ。

 ならば、この機会を生かして彼女が抱え続けた重荷を下ろしてやろう。

 改めて意を決し、雷河もまた宿の中へと入っていった。

 

 

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