集いし者たちと白き龍   作:流星彗

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48話

 

 

 ユクモ村に帰ってきたのは昼が近くなる頃だった。竜車へとアプトルを返還し、坂を上がって集会浴場へと向かっていく。その際数人の村人に二人の姿が気づかれると、「おい、あの二人が帰って来たぞ」とか、「おお、無事だったのか」とか、「もしかして討伐に成功したのかしら?」とか声が聞こえてくる。

 とりあえずそれに対して返事はせず、真っ直ぐに階段を上がっていった。

 そうして集会浴場の酒場の中へと入ると、迅雷が一つの席で朝食をとっている姿が見える。扉を開けて中へと入っていった二人に周りの客達の視線が一斉に集まる。まるで有名人が訪れたかのような反応だが、ある意味それは正解だろう。

 何せ二人はユクモ村では有名なあのジンオウガへと挑みに行ったハンターなのだ。それがこうして帰還してきたという事に、客らの関心が向かないはずがない。

 迅雷もコップを傾けて酒を呑み干し、ちらりと横目で二人を見つめる。その視線を受け、二人も迅雷へと近づいていき、彼をじっと見下ろした。

 

「……その様子、なるほど……あの戦いの中で一皮剥けたか?」

「……ええ、おかげさまで。という事で、クエストを成功させてきたわ。これが、その証拠」

 

 そう言ってローブの中から雷狼竜の尖角を取り出し、机の上に置く。迅雷はそれを無言で見下ろし、そして小さく笑みを浮かべた。

 

「クック、見事なものだ。秘められた才能はなかなかなものと睨んでいたが、よもや本当に達成するとはな。よかろう、約束通り認めよう。貴様らは実力者である事をな」

 

 くつくつと笑いながら迅雷が立ち上がり、首をしゃくって「そら、ギルドの娘に伝えるがいい。成功した、とな」と言うと、瑠璃は一度迅雷を睨むような視線を向けて歩きだし、茉莉もそれに続いていく。

 それを見送り、迅雷はちらりと机の上にある雷狼竜の尖角を見下ろした。それは紛れもなくあのジンオウガのもの。

 よくぞ戦い抜いたものだと思う。

 それはどちらに対しても、だ。

 あのジンオウガも最初こそ二人を侮ったようだが、戦いの中で成長していった二人によく喰らいついた。最後は敗れたが、しかし彼は二人にとっての超えるべき壁としてよく戦った。あのプレッシャーも二人にとってかなりの圧力を与えたし、立派に役目を果たしてくれた。

 そしてあの二人もまた同じようによく戦い抜いた。

 心が折れていれば、諦めていれば死んでいたか、無様な撤退を見せることになっていただろうが、そうすることなく一人のハンターとして最後まで戦い抜いた。

 それだけでなくどういうわけか死闘の中でめきめきと成長していった。あれに関しては正直に言えば少し想定外だった。一体何が彼女達を変えたのかは迅雷にはわからない。だが、確かに“何か”があったのだろう。それがなければ、今もなお彼女達は戦っていたか、あるいは敗北を喫していたか。

 それは仮定の話という事になるが、その可能性が高かっただろう。

 

(……なるほど、人というものはやはり興味深い。あの方がどうして人を愛するのか、わかる気もするな。とはいえ己の場合は愛と言うよりも、戦う相手として興味深い、という感情だろうがな)

 

 目を細めながら受付嬢にクエスト達成の旨を伝える二人の背中を見つめる。

 迅雷にとって目上に当たる人物……いや、人ではないが、その相手は人外の存在でありながら人に対して親密な感情を持っている。よく人の姿をとっては人の社会に紛れ込んで過ごすくらいに。

 最初こそその感情には理解できなかった迅雷だったが、今ではこうして人の社会へと紛れ込むという行動をとっている。だがそれは彼の独白通り、強者を求めての事だ。彼にとって一番の楽しみは強者と出会い、その強さを観察し、願わくば闘うというものだ。

 

 何せ彼は――生粋の戦闘者なのだから。

 

 クエストの話を終え、朝食を注文した二人は迅雷がいる机へと戻り、置いてある雷狼竜の尖角を回収して席に着く。迅雷も酒をおかわりし、それぞれの料理と飲み物が運ばれてくると食事を始めることになる。

 だが、会話がない。

 お互い口を動かして食べ物を咀嚼し、飲み物を飲んでいくだけで言葉を発する事はない。周りの客達がちらちらと様子を窺っているようだが、この沈黙とどこか重苦しい空気に辟易し始める。

 それを壊したのは、茉莉だった。

 

「迅雷さん」

「……なんだ?」

「何故白銀さん達を探し出そうとしていたのか、今なら訊いても?」

「…………ふむ」

 

 茉莉の問いかけに迅雷は軽く二人を見つめ、そのまま周りの客達を視線だけで見回した。何かを考えているような表情をしていたが、一息ついて唇を軽く舐め、机に頬杖をついて話し出す。

 

「そうだな、今の娘っ子達ならば話してもいいだろう。……貴様らは知っているか? 大砂漠と厄海の話を」

「大砂漠? 確かロックラック周辺の砂漠の事でしたね。そして厄海はタンジアの港から離れた所にある海の呼称でしたか」

「そうだ。最近あれらの周辺では異変が確認されているようでな、件のモンスター活性化と関係があるという噂よ」

「あたし達がロックラックで活動している間も小さな噂は耳にしてたわ。……そんなに目立つようになっているわけ?」

「ああ、そうだぞ。公には出ていないが、陰では口伝で少しずつ広まっている。強力で危険なモンスターの確認が主だ。ティガレックスやディアブロス、ラテルヒュドラに並ぶかそれ以上の、な」

 

 迅雷が挙げたのは竜の中でも中級から上級に位置する強力なもの。

 轟竜ティガレックス。

 角竜ディアブロス。

 響蛇竜ラテルヒュドラ。

 どれも砂漠を中心とした乾燥地帯に確認されるモンスターであり、並みのハンターには討伐出来ないと言われる程、強靭で凶暴性を秘めた竜種だ。茉莉が角槍ディアブロスを持っているのは、ロックラックにいる頃にディアブロスのクエストをこなしたということ。それは下位クラスのものだがやはり強力な相手だった。

 ユクモ村にいる間も桐音と共に上位クラスと戦ってきたが、やはり厳しい戦いだった事を覚えている。そのおかげで角槍ディアブロスへと強化する事が出来たのだが、二人で戦った時よりも楽に感じられたのはやはり仲間が増えているからだろう。

 二人で戦った時はジンオウガの時よりも長く、半日は戦っていたのだから。

 

「厄海……あちらの海もまた荒れておるしな。ラギアクルス、ラギアクルス亜種、ガノトトスと海から確認されるモンスターが増えている。……それも上位では収まらない程の、な?」

「……G級?」

 

 瑠璃の呟きに迅雷はにやりと笑みを浮かべてみせた。

 

「どうしてこうも強力なモンスターが現れ出したのか。……娘っ子、貴様らにわかるか?」

「わかるわけ、ないじゃない。あたし達はただのハンターなんだから」

 

 それもそうだ。彼女らは一介のハンターに過ぎない。

 それを解明するのは古龍観測所などをはじめとするギルドの学者たち頭脳派の役目。肉体派の彼女達に何かわかるはずもない。

 

「貴様はどうだ?」

 

 だが迅雷は瑠璃から茉莉へと視線を向ける。彼女もハンターだが、読書家でもある。いつもポーカーフェイスをしている彼女はその趣味のおかげで少しは頭が回る。

 少し考えた茉莉はぽつりと、

 

「蛇竜種らの活性化と繋がりがありますかね?」

「ほう?」

「先日のリオのつがいの事も併せて考えれば、その大砂漠と厄海の一件も繋がりがあるかと」

「なるほど。して、その繋がりの根本には?」

「……馬鹿馬鹿しいかもしれませんが、六年前の一件のような、何らかの意思がある……ですかね」

「…………ク、クッハッハハハハハハ!!」

 

 茉莉が答えた事柄を聞いた迅雷は、突然天井を仰ぎながら今までの彼をぶち壊すかのような大笑いをしだす。その笑い声は酒場中に響き渡り、瑠璃と茉莉だけでなく周りの客達も呆けた顔で迅雷を見つめる。

 しばらく笑い続けた彼はばんばん、と机を叩き、目に浮かんだ小さな雫を指で拭うと、また小さく笑いながら何度か頷いた。

 

「……いや、すまない。久々にこれだけ笑ってしまうとは己も思いもよらなんだ」

「……そうですか」

「どうしてそんなに笑ったのよ? やっぱり茉莉の話が馬鹿馬鹿しく思えてしまったわけ?」

「……いいや? むしろ逆よ」

「逆?」

「ここから先は外で話すとしようか。注目を更に集めてしまったようだからな」

 

 首をしゃくって入口へと示しながら迅雷が立ち上がる。確かに彼の言う通り注目が集まってしまっていた。主に迅雷のせいで。

 朝食も食べ終えていたのでそれに異を唱えず、会計を済ませて三人は酒場を後にする。階段を下りていき、広場に出るとそのまま森の中へと進んでいく。

 

「ちょっと、どこに行くのよ?」

「なに、人目を避けたいのでな。これから己が話す事はあまり人に聞かれるわけにはいかないものだ。……それを聞きたいならばついてくるがいい。人目を避ける、という事を怪しむならば、話はこれまでだ」

 

 肩越しに振り返り、両手をポケットに入れたまま彼はそう言う。年若い女二人を人目を避けて森へと連れ込む一人の男、というシチュエーションは十人が十人怪しい、と口を揃えて言うだろう。

 瑠璃が警戒するのは正しい。茉莉も表情こそ変えていないが、じっと迅雷のその瞳を見つめて彼の意志を計っている。

 

「どうするの、茉莉?」

「……行きましょう。彼の話は、聞かなければならない気がします」

 

 彼を信用している、という訳ではないが、彼には何かがある気がする。普通の人には持ち得ないようなあの気配。ただの実力者という枠には収まらない何かが彼にはある。

 それを確かめるためにも、ここはあえて彼の誘いに乗った方がいい気がした。

 茉莉のその意志に瑠璃はしばらく考えていたようだったが、彼女も迅雷の言葉に乗る事にした。二人が頷くと、迅雷はにやりと小さく笑い、森の中へと入っていく。

 村から数百メートル離れた所で迅雷は立ち止まる。

 そこは鬱蒼と木々が生える場所であり、日光もそれなりにしか差し込まない少し薄暗い場所だった。また村からも距離がある上に木々によって向こうから何かあったとしても見えづらい。

 まさに彼から何かしようものならば気づかれないような場所。

 そこで迅雷は二人に振り返り……一本の木にもたれかかって腕を組む。

 

「さて、話を続けようか。……なんだ、その目は? 本当に己が何かするとでも思ったか?」

「……そういう疑惑を感じないとでも思ったわけ?」

「安心しろ。別に何かする気など毛頭ない。己はお前達にそう言う感情を抱く事などありはせん」

「信じろと?」

「クック、面倒くさい娘っ子だな。なら疑惑を抱き続けたままでいいから、まずは話を続けようではないか」

 

 首を傾げてまた薄く笑ってみせると、瑠璃も腕を組んで黙り込み、首をしゃくって話をしろと促した。

 

「さて、モンスターらの活性化について貴様は何らかの意思が絡んでいる、と言ったな?」

「ええ」

「それは何故だ?」

「……六年前の一件に関わった人が言うには、人語を解する古龍がいたという話でしたので。しかも古龍の上に立つ何者かの影があるとかないとか」

「……クック、なるほど。つまり、その何者かの意思が絡んでいると貴様は言うわけだ」

 

 それに茉莉は頷くと、また迅雷はくつくつと肩を揺らしながら笑いをこらえている。だがそれは彼女を馬鹿にするような雰囲気はなく、何かおもしろいことを考えて笑い出しているかのよう。

 そして彼は――

 

「正解だ」

 

 ――と、にやりと笑みを浮かべながら一言告げた。

 

「これはな、“世界”の意思だ。“世界”が再び貴様らに牙を剥いている。これから先、東方は荒れ、人はそれに立ち向かわねばならん。……特に、シュヴァルツの末裔は戦わねば生き残れんだろうな」

「な、なんですって……? どういうことよ!?」

「言葉通りの意味だ、娘っ子。これは東方を舞台とした生き残りをかけた戦争よ。人と、竜との、な。だがこうして“人”と挙げているが、実際のところは違う。“世界”はシュヴァルツの滅びを望んでいる。こうして東方で人族がシュヴァルツに対して敵意を向けているが、それも“世界”の意思に他ならぬ。……もう少し切り込んで言えば、人族からもシュヴァルツを抹殺するように促しているともいえるがな」

「……つまり、人からも竜からも殺させるようにしている、と言うわけですか? その、“世界”が」

 

 冷静に茉莉が迅雷に問いかけているが、その手は強く握りしめられている。表情には出していないが彼女も瑠璃と同じく腹の中では少しずつマグマが煮えたぎり始めているようだ。

 そして迅雷は頷き、

 

「それに抗いたければ強くなるしかない。シュヴァルツを守りたければ戦うしかない。……故に己はそれが出来るだけのハンターを探しているというわけだ。白銀昴を探していたのは、奴がシュヴァルツの女を娶っている事を知っているからだな。どれだけ奴が強くなっているのか、確かめるためにあのようなクエストをちらつかせて各地を巡ってみたが……釣れはせんかったよ」

「そういう、理由でしたか」

 

 彼を抹殺する意志ではなく、彼の強さを改めて確かめるための捜索、という理由。それが本当ならば彼に敵意はなかったということだ。

 しかし気になる点はまだある。

 すなわち――

 

「ですが、どうしてあなたはそう言う事を知っているんです? “世界”の意思、だなんて、普通は知り得ることではないと思うんですがねー?」

「そ、そうよね。普通そんなこと言ってる奴がいたら、頭おかしい奴って思われるわよ」

「…………」

 

 二人の言葉に迅雷は沈黙し、じっと二人を見つめる。

 彼女達の言っている事も尤もだ。普通なら信じるはずがない。というよりその相手の頭を疑う内容だ。だが迅雷は最初からずっと真剣な表情、声で語り続けている。嘘を言っているようには見えず、しかし内容はそれを疑ってしまうようなもの。

 どうしてそんな風に語れるのか。疑問に思うのも無理はない。

 

「……それはな」

 

 刹那、迅雷から凄まじい覇気が放たれる。それに伴って彼から高い雷のエネルギーが放射され、組んでいた腕を解きながら数歩前進する。荒れ狂うような電撃の奔流に他社を圧倒するような威圧感。

 二人はこのような気配を知っている。

 いや、つい昨日感じたばかりだ。だがこれは昨日のものよりも格段に上の領域。

 吹き抜ける強風に目を閉じ、顔を腕で庇い続けた二人は、薄目を開けて迅雷を見つめる。

 

『……っ!?』

 

 そうして見たのは、迅雷の姿ではなかった。

 先ほどまで彼が立っていた場所には、じっと二人を見下ろしているジンオウガの姿があったのだ。その現象に二人はまたしても言葉を失ってしまう。

 

『己が、その竜側に属する者だから、という理由よ。……そう驚く事でもなかろう? 貴様らは知っているはずだ。竜が、人の姿をとって共に行動し、戦ったという事実があるのだからな。……なあ? 暁・フレアウイング姉妹?』

「……っ、知って、いたのね……?」

 

 二人の本来の姓を彼が口にし、瑠璃が冷や汗を流しながら彼の顔を見上げると、また彼は含んだような笑みを浮かべてみせた。

 こうしてジンオウガの姿をとった彼からは覇気こそは落ち着いているが、敵意や殺意は全くない。身構えてしまった茉莉だったが、それを解きながらじっと彼を見上げる。

 以前彼が去っていく際に感じ取った雷撃の気配とその奥に見えた大きな影。それはこういう意味だったようだ。

 よもや人の姿をとったジンオウガとは……こういう人は三人目だろうか。

 

『だがこれでわかったろう? 己は竜側に属する存在。故に知り得る。モンスターの活性化の裏に潜む意思、そしてそれを達成させようという意志があるという事をな』

「でも、同時に疑問も生まれますね。なぜあなたはそれを私たちに伝えるんですかねー? あなたの言葉が本当ならば、竜側もシュヴァルツの末裔には消えてほしいと思っているんでしょうね。……ですが、あなたはまるでその意志に抗ってほしいように感じられます。でなければ昴さん達の実力を確かめるためにわざわざ探しに回らず、そして私達にこういう事を話をする事はないでしょうからねー」

『クク、そうだな。その疑問も尤もだ。……己は別にシュヴァルツの末裔がどうなろうと知った事ではないのだ。生きようが滅びようが、な』

 

 その言葉に、二人はかつて共に戦った彼女の言葉を思い返す。

 クロム達が言っていたが、彼女もまたシュヴァルツが生きようが死のうがどうでもいい、と語っていたらしい。だから獅鬼と協力体制を組み、共に戦ってくれたのだと。今はどこで何をしているのかはわからないが、東方の事も彼女は知っているのだろうか。

 

『だが己の上にいる奴がどうも人側に肩入れする変わり種だからな。仕方なく己もそれに続くようにして戦えるような強者を探しているだけに過ぎん』

「人側に肩入れ? それって誰よ?」

『正体は言えん。……そうだな、食えぬ狐、とでも言おうか』

「狐? ……九尾、ではないですよね?」

『クック、九尾、か。残念ながらそれはハズレだ。それに己はあの九尾の女狐はあまり好かん』

 

 小さく首を振りながら鼻を鳴らす迅雷の様子から、本当に九尾の事はあまり好かないのだろう。というか、あの伝説に語られる九尾と知人だというのか? その辺りが気になったが、『九尾の事は置いておくとして』と話を切りかえてくる。

 

『娘っ子、貴様らは更に上の領域を目指すか?』

 

 じっと二人の目を見つめて迅雷はそう問うた。

 その真剣な眼差しに、二人はごくりと唾をのみ込み、そして強く頷く。元よりそれに異を唱える気などない。自分達は今以上の実力を求め続ける。そうして彼らの背中を追い続けるのが目標なのだから。

 

『ならばロックラック、またはタンジアの港を目指すがいい。そこに、貴様らが更なる上へと登るための道が用意されている。……懐かしい顔にも会えるやもしれんしな』

「どういうことですかね?」

『……なぁに、深い意味などありはせん。……ただ、どうやら己や貴様たちが動くまでもなく、どうやら他の奴らが裏で手回しをしているようでな。貴様たちの願いの一つは、どうやら叶えられる傾向にあるらしい』

 

 やれやれとまた首を振りながら息をつく。それに首を傾げる二人だったが、迅雷はまた体から力を発し、光に包まれて人の姿へと戻っていく。軽く乱れた髪を少し手櫛で整えると、ぐるんと首を回しながら肩を揉んでいる。

 そうして体の調子を少し整えて息を吐き、纏っているコートに両手を入れて木にもたれかかっていった。

 

「あとは、貴様らの選択のみ。このままあの村に留まるのか、あるいはどちらかの道を進むのか。……停滞するのか前進するのか。前進するというならば、それ相応の覚悟を決めることだな。並大抵の覚悟では、あれらの前に敗れ去るのみよ」

「……止まるか進むかって? そんなの、考えるまでもない事よ」

「そうですね。私達に後退はありません。進んで何かを得られるというならば、私達は進むだけです」

 

 その瞳に迷いはない。二人の意志は固く、飽くなき強さの果てを求める戦士の顔をしていた。その様子にまた迅雷は小さく笑みを浮かべる。彼にとってその顔は少し好ましいものだったから。

 

「よかろう。ならば進がいい。だが、気をつけることだな。……いや、モンスターに関する事ではない。人に関する事だ」

「人?」

「言っただろう? シュヴァルツの末裔を狙うのは竜だけではない、人もまた奴らに消えてほしいと願っていると。世間を騒がせる辻斬りもまた、その内の一つよ」

「まさかあんた……辻斬りの正体を知っているの!?」

「知らん」

 

 瑠璃が叫ぶが、迅雷はただ一言告げてはっきりと否定する。肩透かしを食らったように瑠璃が少しずっこけるが、そんな事など気にする風もなく迅雷は両手を広げて首を振ってみせる。

 

「その正体は知らんが、知人の情報だ。最近はタンジアの港付近で辻斬りが活動している気配あり、とな。実際あの辺りでまた犠牲者が出ているし、領主も死んでいる。恐らくはそいつらの仕業だろうよ。辻斬りも捕まえたければ、そっちに向かうといい。……関わりたくないならば、ロックラックに向かうといい」

「そう、ですか。それにしても、どうしてそこまで私達に話を?」

「……なに、貴様らの成長ぶりが興味深かっただけの事よ。それに、貴様らと繋がっているあの者らにも情報を伝えたとしても、己は一向に構わん。むしろそれを知り、あの者らがどのような反応を示すかも興味深いしな」

 

 微笑を浮かべた迅雷だったが、不意にその視線が横へとずれる。指を立てて一点を示すと指先から一筋の雷光が放たれた。森を裂いて空を走り抜けるそれはある木を貫き、遅れて電撃が光の後を追うように音を立てて走り抜けていく。

 突然のその行動に二人が驚き、茉莉はその光の先を振り返って見つめた。

 

「……ふむ、逃げたか」

「まさか、誰かが?」

「気配を巧みに消していたが、逃げ足も速いようだな。よもやこんなところまで追って話を聞こうとするとは、よほど己の話に興味があったらしいな、あの鼠は」

 

 迅雷の話を盗み聞きしていた輩がいたようだが、しかし彼が撃ち抜いた場所はかなり距離が離れていたように見える。およそ十メートル前後はあったかもしれない。そこから話を聞けるのだろうか。

 

「だとすると随分と耳がいい鼠という事になりますね」

「あるいは目がいいのかもしれんぞ? 読唇術を持っていれば、聞こえずとも言葉を解する事は出来るからな。……まあ、そうすれば己の本来の姿をとっていた時の会話は解せぬという事になるが」

 

 ジンオウガの姿をしていた時はテレパシーのような、あるいは粒子を使って言葉を伝えていたため読唇術は意味がなかった。それすらも盗み聞きしていたとなれば、地獄耳とかいうレベルじゃないだろう。

 

「一体誰が盗み聞きを……」

「さてな。あの気配の消しよう……それ相応の心得がある何者か、という事になるだろうが、ふむ……己ではなく、貴様らを監視している何者かがいるのかもしれんぞ?」

「あたし達を? 何で?」

「それが己にわかるはずもなかろう。己の場合、嗅ぎまわる鼠がいるならば捕えて記憶を吹き飛ばすだけの刺激を与えてやるが、貴様らにはそれは出来んだろう? それに、貴様らが知らないだけで、貴様らを嗅ぎまわるだけの理由があるのやもしれんぞ?」

「……竜魔族という種族だったり、あるいはポッケ村にいるあの人達の事、ですかね」

「まさか、知られて……いや、可能性の話か。でも、一体どこの誰があたし達の事を調べて得するってのよ?」

「それはわかりませんが、以後気をつけていくしかないですね」

 

 肩越しにもう一度振り返って辺りを見回しながら呟き、そして迅雷へと向き直ると、彼は木から離れて二人から離れ始める。どうやら話をするのは以上らしい。

 そんな彼を呼び止め、茉莉はじっと迅雷を見据えながら問いかける。

 

「昨日戦ったジンオウガ……もしかしてあれはあなたの……」

「ああ、弟子の一頭だな。……なんだ、その顔は? 別に気にするようなことは何もない。あれはお互いの生死を賭けた戦いであり、貴様らはそれに勝ったというだけの事」

「それは言いかえれば、私達が死んだ場合も良しとするって事ですかね?」

「はっきりと言えばそうだな。貴様らがもし敗れる事があれば、貴様らはそれまでのハンターだったというだけの事。……どうやら、そうはならずに成長したようだがな」

 

 縁のあるジンオウガを放ち、自分がクエストを用意して二人を指名して行かせる。

 そのような手間を経て二人の実力を図ったというのか?

 何という事実。一瞬怒鳴ってしまいそうになったが、それを瑠璃は堪えた。例え文句を言ったとしても彼は動じないだろうから。

 この先起こりうることは今回の戦いよりも厳しいことが待っているだろう。それへと至るまでの登竜門を用意し、試しただけ。これを越えられないというならば、二人はまだしばらくこの領域をたむろし続けることになっただろうから。

 

「そのまま、成長し続けるがいい。その先に何を望むのかは知らんが、貴様らの目的を達しようというならば、結局は力がなければ話にならんのだからな。生き残るにしても、望みを叶えるにしても……最終的には己の力が物を言う。掴み取りたければ、勝ち続けろ。さすれば、いずれ貴様らは“世界”の意志に抗う日が来るだろうよ」

 

 そう言い残し、迅雷は森の奥へと走り去っていった。

 その青い背中を見送り、二人は顔を見合わせてしまう。最初こそ警戒したが、想像以上にとんでもない話を聞いてしまった。だが実りある話だったかもしれない。

 何せ普通ならば知り得る事はない事を知ってしまったのだから。

 

 ポッケ村に戻ってくると、広場で十兵衛と会う。二人に気づいた十兵衛は「あの、大丈夫だったッスか?」と声を掛けてきた。何やら二人を気遣うような口ぶりだったのでどうかしたのか? と訊いてみると、

 

「なんか迅雷さんでしたッスか? その人に連れていかれていったって聞いたッスが……」

「ああ……連れていかれたっていうよりついていった、ですね。ちょっとした話をしに行ったんですよ」

「そうなんスか? なんかただ事じゃない雰囲気だった、とか酒場の人達が行っていたッス」

「……まあ、ただ事じゃなかったかもしれませんね」

 

 なにせ突然迅雷が大笑いをし出したし、普通にしていても彼はジンオウガというだけあって周りを威圧するような覇気を持っている。そんな人物に連れていかれたともあれば気になるのも不思議ではない。

 ……その中にいたのだろうか、あの場面を盗み聞きしていた鼠は。

 それから二人は鍛冶屋に向かっていき、ジンオウガの素材で何か作れないだろうかと調べに向かった。その背中を十兵衛は見送り、自分が利用している宿へと戻っていった。

 

 バチッ、と小さく何かが弾けるような音が微かに広場に響いたが、それに気づいた人は誰もいなかった。

 

 

 ○

 

 

 タンジアの港付近、空間転移によってここへとやって来た月は手にしている資料を確認する。ここから東に進んだところにある領主が、最近各地で起こっている領主殺しの標的にされる可能性があるという調査結果が出ていた。

 もしこれが事実ならば、これを阻止し、その上で下手人を捕えておきたいところだった。

 まずは拠点の確保をするためすぐそこにある町へと入り、宿をとろうとする。

 そう時間もかけずこの町の宿の一つにある部屋を確保し、続けてここの領主について調べていくことにした。

 そうして得られた情報は、確かにここの領主も少し粗暴が悪いという事が確認された。各地の村の税を上げ、払えなければ若い娘を対価として奪っていくという行為も何度かしているとの事だ。

 先代の領主が死に、その息子が領主へと付いてからそういう行為をしだし、住民の不満を高めているらしい。だが最近はそれも落ち着いているとの事。

 それはやはり各地で起こっている領主殺しが原因だろう。標的にされないようにおとなしくしていると考えられるが、住民からすればあの領主も標的となってくれ、と陰では思っているだろうという事が確認された。

 

(なるほど……住民からすれば悪政が消えるのだから当然といえば当然か)

 

 傍から見れば殺人だろうが、住民にとっては救世主のような存在というわけだ。

 そう考えていると、

 

「――っ」

 

 はっと息を呑んで背後を振り返る。だがその先には誰もいない。

 誰かに見られているような気がしたが……いや、気のせいではないのかもしれない。いよいよその時が迫ってきたのだろうか。

 

(アタリ、か)

 

 領主殺しと、先日遭遇した何者かが口にした存在――自分を殺しに来る戦士。

 これが同一のものならば、今の視線の主はそれなのかもしれない。

 月は周囲の警戒を怠らず、領主の屋敷がある丘を目指す事にした。

 

 

「……お前はあっちに回るがいい。我はあれに用が出来た」

「……いいの? 自分で手を下さなくて?」

「構わん。豚を始末するより、獅子と戦う方が心躍るというものよ。よもやこんな所で会おうとは思いもせんかった」

「あ、そう……んく、んく、ぷはぁ……こっちとしてもさ、豚を殺すのは好かないんだけどな」

「我慢せい。我が束ねる国に豚はいらん。屑どもを早急に排除し、その上で我が国を作る。そのための掃除よ。わかっておろう?」

「はいはい。じゃ、行ってくるかな」

 

 酒瓶を片手に女性が路地裏の奥へと消えていく。

 そして彼は、じっと月の背中を見つめ小さく笑みを浮かべる。

 湧き上がる感情は歓喜。

 変化しているというのに、彼女の真の姿を見据えた彼はそれを抑えられずにはいられなかった。今すぐにでも飛びだして彼女に声を掛けたいが、それを堪えて彼もまた路地裏の奥へと消えていった。

 

 仕掛けるならば、今夜。

 

 そう自分に言い聞かせて彼は準備を進めることにした。

 

 

 そうして日中は何事もなく過ぎていき、満月が浮かぶ星空の下。

 月は目的地である領主の屋敷の近くまでやってきていた。かの家は見晴らしのいい丘の上に建ち、周りを手入れさている庭園が囲んでいる。殺しがいつ行われるかわからないため、近くに待機するしか出来ないのが現実だ。

 正面から入り、警備しますと言えばいいのだろうが、彼女としても悪政を布いている人物を堂々と警護する気にはなれなかった。そうすれば何かと面倒なことになるかもしれないためだ。

 ならば陰から守った方がいいかもしれないと、こうして身を隠している。

 そうして時間が過ぎていき、今日は何もないのだろうかと思った時、周囲の雰囲気が変化した。

 

(……結界!?)

 

 一瞬にして展開されるそれに驚き、彼女は臨戦態勢に入る。

 広範囲にわたって人払いと空間閉鎖の二重結界が展開され、月はその中へと閉じ込められることになってしまった。

 空間閉鎖結界。

 これは空間の要素を含んだ結界魔法であり、内外の影響力を無視するという高等技術を用いられている。結界内で起こった事は外から認知されず、何かを破壊したとしても結界を解いてしまえば何事もなかったかのように復元されている、という代物だ。

 つまり彼女が本気でこの中で暴れたとしても、その戦闘痕は結界が解けた後は何もなくなってしまう。

 これだけのものを一瞬にして、それも月に知られずに展開できる人物なんてそうそういやしない。これは、まぎれもなく実力者だ。

 そしてこれを作り上げた術者が、この隔離された空間内に存在しているという事でもある。

 

「――いい月夜だな」

 

 不意にそんな声が聞こえてきた。

 振り返れば真紅に染まった髪をなびかせながら、一人の青年が聳える一本の樹の向こうから姿を現した。全く気配がしなかった。まるで一瞬にしてそこに現れたかのように。

 歳は二十代だろうか。しかし魔族の気配がするため外見的には二十代、という風だろう。

 金色の瞳はじっと夜空を見上げており、月へと向けられていない。

 服装は黒い和服を纏い、両手は組まれて袖の中へと入れられている。しかし首からはシルバーのチェーンが提げられているという東西の要素が同居していた。

 

「……何者だい?」

「このような月夜はいい舞台を演出していると思わぬか? ……そう、いつだって月は我らを見守っている。何年、何十、何百……いや、何千年と変わらぬ。繰り返し空へと上がり、消えていく。あれはそうやって繰り返し世界を照らし、巡りゆく」

 

 月の問いかけに答えず、彼は彼女へと語るように言葉を発し続けている。

 まるでその満月と星空で感傷に浸っているかのような瞳をしている。戦意が微塵も感じられず、しかし他に人の気配がないので彼こそがこの結界を作り上げた人物だというのは間違いないのだが……どういうつもりだろうか。

 警戒している月へと、彼はようやく視線を向け、そしてにこりと笑顔を見せてきた。

 

(まこと)、今宵はいい夜となりそうだな? 本来ならば巡り合う事のなかった者同士が出会い――そして殺し合う。そのような日に、貴様の名を関する物が空にあるのだからな、神倉月よ」

 

 はっきりとした確証を持って彼は月の名を呼んだ。それに一瞬驚きはしたが、しかし納得する。

 彼は、神倉月という人物を殺しに来ているのだと。

 変化している自分の正体を知ってしまうだけの実力を持っているのだと。

 ならば油断などする事はない。

 月は変化を解き、本来の自分の姿をそこに曝け出す。彼女の持つ蒼い長髪が風に揺れ、深海のように蒼い瞳がじっと青年を見据え、改めて「何者だい?」と問いかける。

 

「私の事を知っているんだ。君こそ、名乗らないと失礼というものだろう?」

「フハハ、確かにそうだ。では我が名を心に刻みつけ、そして存分に死合おうぞ」

 

 そう言って彼は、首から提げているペンダントを取り払う。

 

 刹那、冷たい殺気が月へと向かい、刺し貫いていった。その殺意と覇気の奔流に呑みこまれて形のいい唇から一瞬呻き声が漏れ、しかしそれを堪えて彼女もまた気を発して対抗した。

 

(馬鹿な……この気配、彼はまさか……っ!?)

 

 生物の本能から恐怖心を煽り、そして敵対する者を全て抹殺せんとする殺意。

 これらを持ち合わせる気配なんて一つしかない。まさか彼は、それに連なる存在だというのか?

 だがその疑問は、彼の口から発せられた名前により更なる疑問を生み出す事となる。

 

「我が名は天王寺冥夜。しかしてこれは仮の名。この時代に生きる仮初めの名だ。我が名は――」

 

 名乗り終えた彼と、神倉月の決死の殺し合いが幕を開ける。

 

 空に浮かぶ満月が見守り続ける夜。

 別の場所で二人のハンターの成長を見守ったその満月は、今宵もまたその死合いを見守る事となる。いつだって天気のいい夜空には、月が浮かび続ける。天上で淡く光り続け、下界の者らを見守り続けるのだ。

 その理が今日も、そしてこれからも変わらぬこの日、運命が動く。

 

 

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